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私は平凡な中流階級の家に生まれた。
平凡な顔に平凡な身体つき、特に気が利いたわけでもない、平凡な受け答え。
そんな私が平凡ではなくなったのは、金持ちの商人であった彼と出会った時からだった。
『お嬢さん、林檎を落としましたよ!』
買い物からの帰り道、私にそう声をかけてくれた身なりの良い青年に、私の心はざわめいた。
『まぁ! どうもありがとうございます』
林檎を受け取った私に、彼はくすくすと笑い出し、遂に堪えきれないというように声を上げた。
『ああおかしい! 今どき何て純粋なお嬢さんだろう!
あなたは今日、林檎をどこで買ったというのです?
これは私が最初から持っていた林檎です。
私はあなたを“引っかけた”のですよ、お嬢さん』
私はあなたを“引っかけた”のですよ、お嬢さん』
そう微笑んだ彼の顔が、余りにも優しそうだったから。
私は騙されたことへの憤りも忘れ、あっという間に恋に落ちた。
そうして、幸せのうちに彼に嫁ぎ、二人の可愛い娘にも恵まれた頃。
客として夫の店に出入りしていた、とある貴族と知り合った。
『お願いだ、もう少し金を貸してくれないか?』
『そうは言っても、あなた様は既にこんなにも未払いのお金が……』
その貴族は夫に莫大な額の借金をしていた。
貴族というのはとかく金というものが入用な身分である。
彼の夫人は世間知らずで病弱な身体、そして明日をも知れぬ命だ、
と聞いたのはいつのことだっただろう。
夫人が亡くなり、その葬儀に出席したことをきっかけに、
私は彼と頻繁に会話を交わすようになった。
『最近随分あのお方と親しいようだけど、よく気を付けた方がいい。
特にご夫人を亡くされてからは、借金もかさんでいるし、危険な目をしているからね』
そう夫が私に忠告して数日後、彼は帰らぬ人となった。
突然の事故。馬車が橋の上で横転し、真冬の川に投げ出されるとは!
葬儀の場には、あの貴族も訪れていた。
私と二言三言言葉を交わし、痛ましげな表情で別れを告げた彼の真の姿を、
私は屋敷の裏庭で見つけた。
私は屋敷の裏庭で見つけた。
『ご苦労だったな。後は遺産を手に入れた奥方のお心次第だ』
『そんなこと、相手が貴族様となりゃあ、もう決まったも同然ですぜ』
下卑た声音で会話を交わす、我が家の馬丁と男の会話。
私は夫の死が仕組まれたものであったことを知った。
何てこと! 何たること! 私の夫が、愛する人が、お金のためだけに!
憎しみが身を焦がし、激しい怒りが胸に宿った。
それから間もなく、彼から結婚を申し込まれた私はそれを受けた。
全ては、復讐のために。
私はまず、新しい夫となった仇の男に毒を盛って殺した。
そうして男が何より可愛がっていた娘に、辛い仕打ちを施した。
娘は父親と同じ瞳の色をしていた。私はそれが何より憎かった。許せなかった。
だから……
だから……
私は後悔していない。
しているとすれば唯一、何も知らずに義理の妹を甚振り続けた
愛する娘たちだけに、心からの懺悔と真実を告げたいと思う。
愛する娘たちだけに、心からの懺悔と真実を告げたいと思う。
愚かな母親のせいで、これから一生奴隷のように召し使われる哀れな可愛い娘たち!
そうでなければ、一体誰が解ってくれよう?
夫の悲劇も、あの男の罪も、私の苦しみも!
→眠り姫の魔女
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私は魔女の家に生まれた。
ある日、我が家に代々伝わる魔法の鏡の向こうに、一人の凛々しき青年の姿を見た。
魔女の家には女しか存在しない。
私は初めて見る“男”という存在に、そのたくましさに、その強い眼差しに一目で恋をした。
そうして私は“人間”の世界へと足を踏み入れた。
彼は一目で私と恋に落ちた。
私たちは深く愛し合い、互いに幸せを感じていると信じていた。
私たちは深く愛し合い、互いに幸せを感じていると信じていた。
それが覆されたのは、一体いつのことだったのだろう。
ある日、彼が私に贈ってくれた大切な指輪を、不注意から湖に落としてしまった。
慌てた私は彼の前で、とっさに呪文を唱えてしまった。
『水の精霊たちよ、指輪を拾い上げておくれ!』
私の魔法を見た彼は驚きに目を見開き、次にその顔に浮かんだのは畏怖と嫌悪であった。
『君は……魔女なのか?』
私が黙って頷くと、彼は後ずさってこう告げた。
『何てことだ! よりによって魔女だなんて!
魔女を妃に迎えるわけにはいかない。もう君とは会えない。
いいや、今までのことももしかして全部、おまえの魔法の仕業なのか?
魔女を妃に迎えるわけにはいかない。もう君とは会えない。
いいや、今までのことももしかして全部、おまえの魔法の仕業なのか?
ああ、そうに違いない。そうでなければ誰が、恐ろしい魔女などと!』
『違うわ、待って!』
叫んだ私の声は、白馬に跨り走り去った彼の耳には届かなかった。
それでも私は、彼を思い切れなかった。
我が家へと戻った後も、ずっと鏡を通じて彼のことを見つめ続けてきた。
私と別れて半年が過ぎた頃、彼は妃を娶った。
彼の妃となったのは、人間にしては美しい、けれど私に比べれば見劣りのする、
雪のように白い肌、窓枠のように黒い瞳、血のように紅い唇をした女だった。
『君のことを世界で一番愛しているよ』
彼は妃に、私に囁いていたのとそっくり同じ愛の言葉を告げた。
許せなかった。
あの時間の思い出だけを胸に生きる私に、鏡よ、何て酷い仕打ちを見せてくれるのだ!?
嫉妬の炎は怨嗟に代わり、やがて強い強い憎悪へと変化する。
私は彼を、その妃を、その子孫を憎むようになった。
いつか必ず復讐を遂げてやる。
そう思いながら、彼の死も、妃の死も、二人の間の子供や孫の死も見届けてきた。
そうして数百の年を数えた頃のことだった。
魔法の鏡が、私から彼を、彼の言葉も、思い出も何もかもを奪い去った
あの妃にそっくりな赤ん坊を目の前に映し出したのは。
今こそ復讐の時が来た!
私は歓喜した。
私は歓喜した。
すぐに魔法を使ってその母親を殺し、父親を籠絡してその妃の座に収まった。
義理の娘となった幼子は、日を追うごとにあの女へと似通ってくる。
私は数百年の間積もり積もった憎しみを、全てその娘へとぶつけた。
ところが娘は、成長すればするほどに、辛く当たれば当たるほどに
不思議とその美しさを増していった。
不思議とその美しさを増していった。
そうしてある日、鏡が告げた。
『この世で一番美しいのは最早あなたではありません。
あなたの義娘、あなたの復讐の相手、白雪姫こそが、この世で一番美しい!』
私は己の最後の砦がガラガラと崩れ落ちていく音を聞いた。
言葉も、思い出も、私が唯一あの女より勝っていたはずの美しさでさえも、
あの女の子孫に奪われてしまったというのか!?
そうして私は、彼女を殺すことに決めた。
例え焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬより辛い罰が待ち受けていようと、
私が私を救うためには、あの娘を殺すより他無かった。
私は後悔していない。詫びの一つとて、するつもりはない。
あの娘を愛する王子にどれだけ責め立てられようと、
幸せになった娘の姿に、どれだけ屈辱を感じようと。
幸せになった娘の姿に、どれだけ屈辱を感じようと。
おまえたちは知らない。
私の想いも、私の悲しみも、私の憎しみも!
私の想いも、私の悲しみも、私の憎しみも!
→シンデレラの継母
目次(その他)
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『温と冷』続編。拍手ログ。
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ウンとキリは水の里の長の家に生まれた双子の兄弟であった。
二人が双子である、という事実に戦々恐々としていた里人は、
生まれたのがどちらも男であると知るや否や、ホッと胸を撫で下ろしたと聞く。
その理由は、火の神の血を引く父にあるのだと言う。
水の里で語り継がれるその恐怖の二神は、双子として生まれたにも
関わらず倫を超えて交わり、子を生して天上より追放された。
そうして生まれた子がウンとキリの祖父に当たる火の神子・エンだった。
今では長として多くの里人に慕われている父だが、幼いころは
双子の祖母である水の巫女・スイを誑かし、死に至らしめた火の神子の子、
双子の祖母である水の巫女・スイを誑かし、死に至らしめた火の神子の子、
として随分と辛い目にあってきたらしい。
父は決してそれを自分たちには告げず、ぽつぽつとそうした事実を
教えてくれるのは母であり、現在の水の巫女であるレイなのだが。
教えてくれるのは母であり、現在の水の巫女であるレイなのだが。
本来なら、父の持つぬくもりは水の里人には毒に等しく、
父を育てた老婆もその熱に中てられて死んでしまったのだと言う。
しかし、水の巫女として、また長の一族として強大な力を持つ母にとって
父のぬくもりは返って力を高め、浄化する作用があるのだ、といつか母が言っていた。
『例え兄弟であったとしても、火の神の血を引く双子は不吉だ』
としてウンとキリを引き離そうとする里人に、必死で抵抗を示した父と母。
最後は祖父に当たる先代の長・ヒョウの鶴の一声で片が付いたが、強い意志と
力を持ち、仲睦まじい両親のことを、ウンとキリはとても誇りに思っていた。
火の神子の血を引いているためか、長の一族に生まれたせいか、
双子は普通の里人とは異なり、変幻自在にその姿を変えることが出来た。
里人の行く手を遮る白い壁になって道を惑わすことも、
里人の頭上にぷかりと浮かび上がって彼らをおどかしてみせることも出来た。
現れては消え、消えては現れ、といった悪戯を繰り返す双子に里人は困りはて、
怒ったオンは二人に水の里を出ていくことを命じた。
「自分たちの行いがどれだけ愚かなものであったか、理解するまで戻るのではない!」
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父の叱責に唇を尖らせながら里を出たウンとキリは、方々を旅して回った。
祖父の故郷であるという火の社、緑豊かな木の村、木枯らしと春風の同居する風の町……
弟のキリは、風の町がすっかり気に入ってしまったようだった。
「だって、この町にいれば、僕がつい作り出してしまう白い壁で
みんなを困らせてしまうこともないだろう? ここの人々は風を操る。
水でできた僕の壁なんて、一瞬で吹き飛ばしてしまえるじゃないか!」
「ううん、違うな。俺は知っているぞ、キリ。
おまえはこの町に暮らす、フウという女の子が好きになってしまったんだろう?
いいさ、旅は俺一人で続ける。
おまえはこの町に残って、フウに結婚を申し込めばいい。
おまえはこの町に残って、フウに結婚を申し込めばいい。
父様と母様には、俺からちゃんと伝えておくさ」
弟の言葉にニヤリと微笑んでウンが本当のところを言い当ててやると、
キリは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ごめん、兄さん……。兄さんは、これから何処へ行くの?
兄さんもここで一緒に暮らせばいいのに」
言い募る弟にウンはふるふると首を振ってみせた。
「行くあてなんて決まってないさ。
ただこの町にいると、俺はふうっ、とかき消えることの出来るおまえとは違って、
一々町外れまで吹き飛ばされてしまうからね。たまったもんじゃないよ。
じゃあな、キリ。おまえの幸せを願っているよ」
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風の町を後にして、一人歩きだしたウンの上から、小さな小さな声が聞こえてきた。
「ねえ、あなたでしょう? 水の里の長の息子で、
身体を白くふわふわと浮かせることのできる双子の片割れ、って」
いきなり耳に届いた不躾な質問に、ウンはいささか憤慨し、無視して歩きだした。
すると、空の上から一人の少女が舞い降りてきて、ウンの目の前に立ちはだかった。
「ちょっと待ってよ! あたしはクウ。空の民。あなたにお願いがあって来たの!」
ウンは驚いて目を見張り、
次に少女と同じ高さまで浮かび上がってじっとその瞳を見つめた。
次に少女と同じ高さまで浮かび上がってじっとその瞳を見つめた。
「確かに、俺は水の里の長・オンの息子のウンだ。俺に何の用がある?」
ウンがそう問いかけると、少女は嬉しそうに顔をほころばせ、こう告げた。
「あなたの身体で、お日さまを隠してほしいの。もちろん毎日とは言わないわ。
ただ近頃あんまりにもお日さまが眩しいから、近くに住むあたしたち空の民も、
下に住むあちらこちらの民たちも、みんな困り果てているのよ。
下に住むあちらこちらの民たちも、みんな困り果てているのよ。
お願い、ウン。あたしと一緒に、空の国へ来てくれない……?」
少女の必死の懇願に釣られるように、ウンは思わず頷いてしまった。
水の里人皆に迷惑がられた白く浮かび上がる己の身体を必要としてくれる存在に
初めて出会ったことが、嬉しくて堪らなかったのかもしれない。
それともそのときから、クウに一目で恋をしてしまっていたのかもしれない。
空の国で暮らすようになって暫しの時を重ね、ウンはクウと結ばれた。
同じ頃、風の町からも弟のキリと彼が恋していたフウとの間に
可愛い赤ん坊が生まれた、との便りが届いていた。
可愛い赤ん坊が生まれた、との便りが届いていた。
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「かごのとり、みたいなものかしら?」
「は?」
籠の中の小鳥のくちばしに指先を遊ばせながら主が呟いた言葉に、
少納言は戸惑いを露わに答えを返した。
少納言は戸惑いを露わに答えを返した。
彼女の主……紫の上は、『当代一の貴公子』と呼ばれる
光源氏の君の最愛の妻として遇されている。
光源氏の君の最愛の妻として遇されている。
「沢山の殿方と比べて『あの方が一番』と褒めたたえる他の女人方と違って、
一も二もなくあの方しか知らないわたくしは」
一も二もなくあの方しか知らないわたくしは」
一心に小鳥を見つめる主の瞳に、無邪気以外の表情は何も浮かんでいない。
少納言は知らない。
否、少納言だけではなく源氏にも、誰にも紫の上の心の内はわからない。
否、少納言だけではなく源氏にも、誰にも紫の上の心の内はわからない。
「あの方を手にして、あの方を手放すことを恐れておいでの方は
星の数ほどいらっしゃるでしょう。それでもきっとわたくしほど、
あの方に手放されることを怖れている女はいない。そうでしょう? 少納言」
星の数ほどいらっしゃるでしょう。それでもきっとわたくしほど、
あの方に手放されることを怖れている女はいない。そうでしょう? 少納言」
小鳥を指の先に乗せた紫の上の笑みに、
少納言は今にも泣き出しそうな気持ちに駆られた。
少納言は今にも泣き出しそうな気持ちに駆られた。
「さあ、お行き。外の世界を眺めておいで」
手の上の小鳥を、紫の上は空に放つ。
「上様!」
雛の頃から、少女の頃から、彼女が如何にあの小鳥を可愛がっていたか。
少納言の叫びに、紫の上は困ったように微笑んだ。
「大丈夫よ、少納言。少し見ていてごらんなさい」
小鳥は庭を飛び回り、嬉しそうにさえずった。そうして結局、二人の目の届かぬ
塀の外には出ることのないまま、再び紫の上の手の中に戻ってきた。
塀の外には出ることのないまま、再び紫の上の手の中に戻ってきた。
「ほら、言った通りでしょう? かごのとりは、知っているのよ。
かごを出てしまったら決して生きてはいけないことを」
たとえ、本当に捕まえたかった鳥の“代わり”として囲われている身だったとしても――
かごを出てしまったら決して生きてはいけないことを」
たとえ、本当に捕まえたかった鳥の“代わり”として囲われている身だったとしても――
紫の上の少しだけ潤みを帯びた瞳が物語るその言葉に、
少納言は返事を返すことができなかった。
少納言は返事を返すことができなかった。
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「ないものねだり、というものかしら?」
「は?」
主がぼそりと呟いた言葉に、
王命婦は些か面食らったようにぼんやりと返事をした。
王命婦は些か面食らったようにぼんやりと返事をした。
彼女の主……藤壺の見つめる先では、
『当代一の貴公子』と呼ばれる光源氏の君が女房達と戯れている。
『当代一の貴公子』と呼ばれる光源氏の君が女房達と戯れている。
「あの方に愛の言葉を囁かれることを願う女人方も、
一度で良いからあの方に愛の言葉を伝えてみたいわたくしも」
一度で良いからあの方に愛の言葉を伝えてみたいわたくしも」
扇越しに口元は隠され、はっきりと窺えない表情で藤壺は続けた。
王命婦は知っていた。否、彼女だけが知っている。
源氏の真の想いの在り処も、それを拒み続けている藤壺の想いも。
「あの方を愛し、愛されることを望んでおいでの方は
星の数ほどいらっしゃるでしょう。
それでもきっとわたくしほど、あの方を愛することを望んでいる女はいない。
そうは思わなくて? 命婦」
星の数ほどいらっしゃるでしょう。
それでもきっとわたくしほど、あの方を愛することを望んでいる女はいない。
そうは思わなくて? 命婦」
ようやくこちらを向いた藤壺の笑みに、王命婦は胸を締め付けられる心地がした。
「浄土に召されることができたら、わたくしの望みは叶うかしら?
いいえ、同じ蓮に乗ることもできない身の上なら、
いっそ地獄に堕ちれば叶うのかしら……」
いいえ、同じ蓮に乗ることもできない身の上なら、
いっそ地獄に堕ちれば叶うのかしら……」
「宮様!」
泣きもせず、滔々と言葉を紡ぐ藤壺に、王命婦は堪え切れず叫んだ。
「嫌だわ、命婦。ほんの冗談よ。さあ早くこの文を返してきてちょうだい。
『わたくしにはこんなものをいただく謂れはございませんから』と」
『わたくしにはこんなものをいただく謂れはございませんから』と」
差し出されたのは藤の一枝に巻かれた美しい薄様の紙。
あの瀟洒な青年が、精一杯の想いを込めて綴ったであろう、
真に愛する人への恋文。
真に愛する人への恋文。
「……本当に、よろしいのですか?」
文を受け取ったまま立ち上がり、振り返った王命婦を見上げた藤壺の目には、
ついぞ見ることのなかった熱い雫が浮かんでいた。
ついぞ見ることのなかった熱い雫が浮かんでいた。
「早く行きなさい、命婦。わたくしが紙と筆を手にしてしまう前に」
そうして、あの方とわたくしを果てのない地獄へと誘ってしまう前に――
言外に木霊した藤壺の声に、王命婦は急いで踵を返した。
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