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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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結びに代えて。

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()の花は、地獄花。花は咲かぬし、実は生らぬ。
 
苦しさ故に狂うのか、愛しさ故に狂うのか。
 
女将がどんなに止めようと、遣り手がどんなに叱ろうと。
 
されど女は、恋をする。
 
たとえ枯れるとも、たとえ腐り堕ちようとも。
 
花は妓の、生きた証。実は女の、苦しみぬいた証。
 
この、痛み多き世界で――





  


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深山楼の売れっ妓・お実沙と、その常連だった逸平。

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逸平がお実沙の馴染みとして深山楼に通ってくるようになったのは、
女の口から白い吐息の漏れる真冬のことだった。
逸平は北の果ての漁師だった。廓に来る客の中でそれほど
裕福な方でもない彼は、そう頻繁に廓を訪れるわけではなかったが、
三月に一度ほどのその訪れを、お実沙は心待ちにしていた。
 
お実沙は、お咲のいなくなった深山楼で、一番の売り上げを誇る妓だった。
特別美しい、というわけではないが愛嬌のある顔立ちと華やかな微笑みは、
沢山の上客を虜にした。それでも、なぜかお実沙が客を迎えるとき、
一番嬉しそうな顔を見せるのが逸平なのだ。
薄汚れた上着を着て、顔立ちも体格も平凡、金払いはもっと平凡、
時々それ以下なこの男に、なぜお実沙はそこまで入れ込むのか。
廓の妓たちはやっかみ半分、逸平を馬鹿にして嗤った。
 
「……俺みたいなのが馴染みの客としてきたら、あんたの迷惑じゃないかね?」
 
妓たちのなんともいえぬ眼差しに気づいてか、ある日逸平がお実沙に尋ねた。
 
「まぁ、どうして? 私は逸平さんが来てくださって嬉しいですよ」
 
にっこり笑って答えるお実沙に、逸平はポリポリと頭を掻いた。
 
「あんたは仕事だから、そう言ってくれるんだろうが……
本当なら俺なんて、とっても三階の妓に通える男じゃねぇ。
だけどここに来るとついうっかり、お前さんの顔が思い浮かんじまって……」
 
逸平は、お実沙の三夜目の客だった。慣れぬ仕事に身体の痛みを
堪えきれず涙するお実沙に気づき、その夜は何もせずに慰めてくれた。
辛い仕事にも、いつかは終わりが来る、と。
幼かったお実沙も今では女盛りの立派な遊女になり、三階へと昇った。
十年近い月日が、流れていた。
 
「俺、しばらくここに来れなくなるわ」
 
帰り際に男が告げた言葉に、お実沙は不安げにその顔を見つめた。
 
「だけど、また、きっと必ずここに来る。だから……俺を信じて、待っててくれないか?」
 
照れくさそうに吐かれた台詞が、とても暖かくて、愛しくて。
お実沙はにっこり笑って、頷いた。
 

~~~
 
 
それから、また三十年近い時が流れた。
お実沙は苦界を、離れられなかった。実家から次々と重ねられる借金に
文句一つ言うことなく、お実沙は唯々働き続けた。
やがて年を重ね、一番人気の妓ではなくなっても、お実沙は廓に在り続けた。
四十を過ぎてもまだ失われぬ、人を惹きつける天性の魅力に、客が途切れることはなかった。
金持ちの旦那からの身請け話も、何度かあった。
けれどその度にお実沙は、第二の人生は自分の望んだ人と送りたい、と断ってきた。
 
客が引けた明け方、お実沙は遠くを見つめていた。
必ずここへ戻ってくると誓った男に想いを馳せることを、決して辞めようとはしなかった。
 
 
 
「ごめんください」
 
深山楼に、初老の身なりの良い紳士が訪ねて来たのは、その年の雪解けの季節だった。
楼主と女将の前で、彼はおもむろにトランクを開き、
中から札束を取り出して女将に手渡すと、一言告げた。
 
「これでお実沙を、身請けさせてください」

驚いた女将がよくよく男の顔を見ると、
それは三十年間一度も姿を見せなかった逸平であった。
 
「あなた、奥方は?」
 
身請け交渉の第一歩として、女将が逸平に問うと、彼は笑って
 
「いません。お実沙と正式に籍を入れたいと思っています」
 
と答えた。その瞬間、お実沙の言う、『望んだ人』が誰であるのか……
辛い仕事に耐え、お実沙が待ち続けたのがこの男である、と女将には分かった。
 
それから一月後、お実沙と逸平は慎ましやかな結婚式を挙げた。
花婿は六十間近、花嫁は五十。
それでも二人は、幸せに満ちた笑みを湛え、廓の女将や妓たちの祝福を受けて、
新たな一歩を踏み出した。お実沙が廓で過ごした時間は、四十年弱。
どんなに辛いときも、最後まで笑顔を絶やさぬ女だった。





結・堕つる実
 


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遊女から真汐楼の遣り手となった夕華と、幼なじみで恋人の幸二。
『散る花弁』より改題。

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夕華が最後に幸二の顔を目にしたのは、
桜の花びらが舞い散る春の終わりのことだった。
漁業しか生業()の無い貧しい海辺の村で、二人は育った。
貧しさの中で、互いに互いを助け合ううち、二人は惹かれあい、
いつしか将来も共に、と誓い合うようになっていた。
夕華の父親の船が沈み、家が莫大な借金を背負うまでは。
 
借金は母の細腕一つで返せる額では到底なく、幼い妹弟の食い扶持()も稼がなくてはならなくなった夕華は、自ら遊女となることを申し出た。
幸二には、わざと冷たい言葉を吐いた。
 
「廓()に入ったら、きっと一番の売れっ子になって、お金持ちの旦那に落籍されるわ。
だからあんたもさっさと可愛いお嫁さんもらって、せいぜい貧乏生活を頑張んなさい」

そう告げて踵を返した少女の瞳に浮かんだ涙に、青年は気づいていたのだろうか。(

)
「俺が必ずお前を出してやる! 必ず、村一番の漁師になって、お前を迎えに行く……!」
 
村を出る日、背中に向かって叫ばれた言葉に、夕華は振り返ることができなかった。
廓に入ることで、己は幸二を裏切ったのだ、と。
自分のことは忘れて、幸せな結婚をした方が、幸二のためなのだ、と。
 
忘れる。全て、忘れてしまえ……。
二人の記憶から、互いのことが跡形もなく消えてしまえばいい、と夕華は願った。
 

~~~
 
 
それから、三年。幸二は夕華の父と同じ運命を辿る。
夕華を一刻も早く請け出したい、と、遠方までの無茶な漁を繰り返してのことだった。
 
「私のことなんか、忘れてくれと言ったのに……」
 
郷里からの手紙に、夕華は呆然と呟いた。涙は、出なかった。
幸二の死に涙を流すには、今の己は余りにも穢れている、と思ったから。
 
その日から毎夜、毎夜、夕華は悪夢に苛まれるようになった。
客と交わる己の姿を、幸二が見ているのだ。哀しそうな瞳で、じっとこちらを見つめている。
 
「やめて、見ないでぇっ……!」
 
己が幸二を裏切ったから、彼は死んだのだ、と責められているようで。
堪らない夜を、いくつ重ねればよいのか。夕華は地獄の底にいた。
 
 
~~~
 
 
また、十年が過ぎた。
地獄の日々を糸が切れる寸前の状態まで耐え抜いた夕華の年季はようやく明けた。
しかし、「女郎」として蔑まれる夕華への周囲の目は厳しく、
唯一彼女を受け入れてくれる存在であったはずの幸二の亡き故郷に帰るのは、
また新たな地獄のように思われた。
 
そんなとき、真汐楼の女将から頼まれたのが“遣り手”の仕事であった。
遊女の采配を一手に引き受け、客との間を取り持つその職について、数十年。
夕華は沢山の妓たちを見てきた。多くは途中で枯れていく花。それでも夕華は、
彼女たちを枯らすまいと、いつかは咲く日も来るのだと、支え、励まし続けた。
 
夕華の心にあったのは、桜吹雪の中に佇む、幸二の姿。
例え束の間でも、例え一度きりであっても……己は幸せを知った。
なればこそ、生きてこれた。瞼を閉じれば、しわがれた己の姿とは違う、
いつまでも若くたくましい男の姿が目に浮かぶ。
 
「私ももうすぐ、そこに行くわね……」
 
最期くらいは、若返るといいのだけれど。
 
夕華の最期の顔は、覗きこんだ妓が驚くほど、若々しく幸せに満ちた笑顔であったという。





実が生る
 


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真汐楼のけち女郎、花笑(はなえ)と、帝国大学生の石山。

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花笑()が初めての恋に落ちたのは、彼女が真汐楼()に入って十年目、
ちょうど桜が見ごろを迎える春の盛りのことた。
名に似合わず、現実主義者の花笑は決して客に媚を売らず、
微笑んでも皮肉の笑みしか見せなかった。
その気概が良いのだと、通って来る客は少なくはなかったが、
花笑は客の誰にも心を許しはしなかった。
 
「男なんて、みぃんな馬鹿よ。所詮あたしたちは遊女。
相手をするのは金のためだけなんだから」
 
遣り手の説教と全く同じ言葉を同輩に向かって嘯き()
しでも金目のものがあると素早く手に入れてしまいこむ彼女は、
「けち女郎」として周囲から煙たがられていた。


 
そんな彼女の元に、ある日やって来た客が石山だった。
 
「ええ?嫌よ、学生さんなんてお金になんない客。誰か他の娘(こ)()に回してちょうだい」
 
文句を言う花笑に、遣り手は苦い笑みを浮かべて
 
「他の娘はみぃんな接客中さ。今んとこ空いてんのはあんただけなんだ。さっさとお行き!」
 
と怒鳴った。花笑が渋々部屋に向かうと、そこには、既に一人の青年が座っていた。
 
「遅れてすいませぇん。花笑と申しますぅ」
 
ふてぶてしく挨拶をした花笑に、若者は礼儀正しく頭を下げた。
 
「石山です」
 
見れば、若者の手はがちがちに固まっており、
一目で廓という場所に慣れていないことが伺えた。
花笑はため息をつきながら、それでも社交辞令として、男に向かって問いかけた。
 
「石山さんは、学生さん?」
 
「はい、T帝国大学で勉強させていただいてます!」
 
急に笑顔になり、誇らしげに答えた男に、花笑は思わず笑みをこぼした。
 
「あたしみたいな妓に、そんなお上品な言葉を使うことなんかありませんよ。
大学、ってとこは楽しいんですかい?」
 
花笑の問いに、石山は目を輝かせて
 
「そりゃあ、勿論! 入りたくて、入りたくて堪らなかった、憧れの学校なんだ」
 
と笑って答えた。
 
「へぇ、その大学で、ご学友にでも焚き付けられて悪所(こんなところ)()に?」
 
悪戯に微笑んだ花笑に、石山は顔を真っ赤にさせて
 
「仲間内で花町に来たことがないのが俺だけで……カードの、罰ゲームだったんだ」
 
と小さく呟いた。
 
その日、石山は花笑に触れようとはしなかった。
二人が交わしたのは、他愛もない言葉だけ。
氷のようだった花笑の顔に、柔らかな表情が甦り始めたのは、それからだった。
 

 
石山は定期的に真汐楼を訪れるようになった。
女将と遣り手は、そのことに余り良い顔をしなかった。
 
「前途ある学生さんの将来をダメにしちゃいけないよ」
 
と二人に再三注意された花笑が、石山にいくらもう来るなと頼んでも、
彼は静かに首を振るだけだった。その真剣な、そして激しい眼差しを
見て振り切れるほど、花笑の心は凍り付いてはいなかった。
いつしか花笑の氷は跡形もなく溶かされていたのだ。
石山への想いという名の熱によって……。
 
しかし、学生の身である石山にとって、廓に通う金を維持し続けるのは困難なことだった。
いつ明けるとも知れぬ花笑の年季を待つだけの余裕は、二人にはなかった。
二人が決意を固めたのは、雪の狭間から小さなふきのとうが顔を出す、
そんな季節のことだった。
 
花笑は、十年暮らした廓を抜けた。石山と共に向かった先は、故郷の霊山。
汽車の窓から身を乗り出して、花笑は叫んだ。
 
「見て、見て! お山が見える……!」
 

~~~

 
その山の麓から寄り添う男女の遺体が見つかったのは、それから三日後のことだった。
この世でただ一人愛した男と共に逝った、穏やかな女の死に顔には、
誰も見たことがないほど美しい、花のような微笑が浮かんでいた。





舞う花弁


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深山楼一番の売れっ妓(こ)のお咲と、大店(おおだな)の婿主人の俊次。

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俊次が大店()の跡取りとして婿に入ったのは、桜のつぼみが芽吹き始める春のことだった。
それほど大きくはない商家の次男に生まれ、大店に店子奉公に出されてから十年。
真面目な人柄と商才を見込まれ、主人直々に「娘の婿に」
と頼み込まれて断ることができるほど情に薄い男ではなかった。
 
結婚して五年。妻との間に長男が生まれ、店は順風満帆、
そんな時期に番頭に誘われて訪れたのが深山楼だった。
悪所()」と呼ばれる場所を訪れるのは、初めてではなかった。
けれども、大店の婿主人という身の上と店の忙しさを考えると、とても遊んでいる暇はない。
そんな理由から、俊次は極力その場所を訪れるのを避けていた。
先代から仕える手練れ()の番頭の誘いをさすがに断るわけにはいかないと、
渋々j足を運んだのが過ちの始まり。
彼は出会ってしまった。深山楼で最も美しい、その()に。
 
「オイ、せっかくの旦那の初登楼だ。一番の綺麗どころを頼むぞ」
 
遣り手に向かって番頭が軽口を叩くと、遣り手はニヤリと笑って、
 
「わかってますよ、うちで一番の売れっ妓の、お咲の部屋に案内しましょう」
 
と答えた。
あまり気乗りがしないまま、“売れっ妓”の集う三階に向かった俊次を待っていたのは、
その名の通り、今まさに開いたばかりの花弁を思わせる美しい女だった。
 
「なんで、お前のような女がこんなところにいるんだ……?」
 
閨の中で問いかけずにはいられなかった俊次に、お咲はただ笑って、
 
「こんな仕事をする女の大半が、うちと同じ理由やと思いますけど?」
 
と返した。
 
「年季はいつまでだ?」。
 
「さぁ? お天道()(てんと)さんでもご存知ないんとちゃいますかぁ?」
 
寂しそうに笑う妓の顔と、柔らかな上方()言葉が忘れられずに、
俊次は深山楼に通って来るようになった。
 
 
~~~

 
「あの娘(こ)()、死にましたわ。」
 
ある日の明け方、未だ寝ぼけ眼の俊次に向かって、
お咲が独り言のように窓の外を見つめながら呟いた。
 
「あの娘?」
 
暮葉()どすわ。この前、三階(うえ)()に上がってきたばっかりやったんに……

お咲の言葉に、俊次はようやく先日聞いた噂を思い出した。
廓の妓の、飛び降り自殺……
そう珍しいことでもないその事件は、この深山楼で起きたことだったのだ、と。
 
「何でも、郷里の恋人の結婚が決まったそうどすわ」
 
「可愛がってた妹分だったのか?」
 
いつになく沈んだお咲の様子が気になって、俊次が問うた言葉に、お咲は曖昧に微笑んだ。
 
「うちもいつか、ああなるんかな……」
 
ぽつりと吐かれたその言葉が、きっかけだった。
 
子を成した途端、妻としての役割は終わったとばかりに、冷淡な態度を取り続ける妻。
息子は姑の元で育てられ、自らの手に抱くことも滅多にない。
初めから、「所詮は貧乏商家の次男」と見下されていた。
妻や姑のその態度は店子にまで伝わる。皆表面は主人として努める俊次を立ててはいる。
けれど、主以上に大きな顔を利かせる番頭の存在といい、
俊次は店の中で、所在のわからぬ居心地の悪さを感じていた。
 
そんな時に、出会った美しい花。一目で、惹かれた。
泥の中から顔を出す蓮のようなその女を、いつか救い出したいと思った。
自分には、叶わぬ望みかもしれないけれど。
 

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それから一月後の、ある晴れた日の朝のことだった。
いつまでたっても置きだす気配のないお咲の部屋を覗いた遣り手が目にしたのは、
がらんとして誰もいない部屋。時を同じくして、大店の婿主人も姿を消した。
 
()一同総出で探しても、探しても見つからなかった二人が、
次に姿を現したのは、お咲の故郷である上方の方であった。
子どもの手を引き、仲良く花見を楽しむ夫婦の姿が、かつて姿を消した
二人に瓜二つであった、と、一人の行商人が花町の人々に伝えたと言う。
 
深山楼で唯一つ成功した、遊女と客の駆け落ちであった。





花を捥ぐ
 


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