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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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水晶の夏』・『金剛石の冬』国王視点続編SSS。
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



彼女を選んだのは、その深い湖のような眼差しに、昔の恋人の面影を重ねたからだった。

国王に即位する前の若かりし日、私は下級貴族の娘と恋に落ちた。
彼女を愛していた。
黄金に輝く秋の森で、将来を誓い合い、互いの指に黄玉の指輪を嵌めて。
それが、当時ただの王族の一人にすぎなかった私に贈れたたった一つの宝石だった。
それから後、血で血を洗う継承者争いの末、年若い私は国王に選ばれ、
隣国の王女を妃に迎えなければならなくなった。
私と引き離そうと、重臣たちは彼女の一家を僻地へと押し込めた。
王となったばかりの、傀儡の私は無力だった。
彼女は病に倒れ、既に帰らぬ人となったと風の噂に聞いたのは、
それから暫く後のことである。


~~~


隣国からやってきた妃との間に生まれた子は王女だった。
王子を生さねばまた私のような悲劇が起きる。
気ばかり焦る中、最初の妃は一人娘を残して逝ってしまった。

後添えを自国の貴族から迎えることに決めたとき、
思い出したのがルイーズという少女だった。大貴族、モントロン公爵家の息女。
彼女と、シェフェール公爵の嫡男であるアルマンとの婚約が
水面下で整いつつあるとの動きは宰相が掴んでいた。
モントロンとシェフェール。この国きっての有力貴族である両家が
結びつくことは王家にとっての脅威である、という宰相の助言。
政略として他国に嫁がせるのではなく、いずれは普通の娘として臣に降嫁を、
と願っていた娘と年の釣り合う後継ぎがいるシェフェール家。
そして何より、かつて愛した人の面影を宿したルイーズの姿に、
私は決断を下した。早々に執り行われていた両家の“見合い”のことも、
そこで誓われた幼い二人の“約束”のことも、何も知らずに。


~~~


秋の木の葉が散りゆくように、娘も、妃も、将来を嘱望していた若き臣も
結局みな私の手をすり抜けていってしまった。
この手に残されたのは母を求めて泣き叫ぶいたいけな幼子だけ。
母があんなことになってしまった以上、この子とて楽に王位につけるわけもない。
夕暮れに染まる玉座に一人佇み、取り出したのは黄玉の指輪。
妃たちには沢山の宝石を贈った。金剛石、紅玉、緑玉に青玉……
その身に付けさせていたものは国の威を表すもの。
高価で、貴重で、豪奢でなければならないそれに、私の意思は介入しない。
だが、これは……これだけは、私が私の意志で選んだもの。
誰に見せるでもない、彼女と、私のためだけに選んだもの。

「私はどこで、間違えてしまったのだろうな……」

簡素な黄玉に口づける王の姿を一人の女に見られていたことに、
私はこの時気付けなかった。





ブログ初出2009/6/9

Imitation Seasons(占い師視点。拍手ログ)


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水晶の夏』・『金剛石の冬』シャルロット視点SSS。
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大切な家族。お父様と、お母様と、それからルイーズとエミール。
今度はもう一人増えることになったの、それがあなたよ、アルマン。
花が咲き、鳥が歌う春、私はあなたに出会った。私の旦那さまになる人。
これでもうお父様にご心配をおかけすることも、ルイーズに憂い顔をさせることもない。
エミールに、ずっと笑顔でいてもらえる。
エミールと私とルイーズ、ずっと仲良しでいられるわよね?
アルマンはとても良い人よ。
ハンサムで、優しくて、いつも穏やかな瞳で私を見つめてくれる。
彼が私に恋をしていないことは知ってるの。
でも、結婚に恋なんか必要ない、ってお母様がおっしゃっていたから。
私たち、きっと良い夫婦になれると思うわ。お父様とルイーズのように。


~~~


ルイーズ、あなたに出会ったのも緑輝き、透きとおるせせらぎが流れゆく春だったわね。
初めて見たとき、お人形さんのように可愛らしい人だと思ったわ。
私にはきょうだいがいなかったから、それこそお姉さまのように思って、
いつも後を追いかけていた。

あれはもう、十年以上前のことになるかしら?
ルイーズとしばらく会えない日が続いて、ようやくお城にやってきたとき。
ルイーズは薄汚れた人形を大事そうに抱えて、隅の方に蹲っていた。
悲しそうな顔で、口を引き結んで、私が話しかけても、少しも応えてくれなかった。
笑って、くれなかった。だから私まで悲しくなって。
ルイーズを悲しくさせているのは、あのお人形のせいだと思ったの。
ただ、笑ってほしかっただけなの。
ルイーズのお母様が亡くなったことを教えられたのは、
ルイーズが壊れたお人形を手に泣きながら部屋を出て行った後だった。
ルイーズはそれから半年間、一度も城へは来なかった。

ルイーズに謝らなくちゃ、何とかして元気を出してもらわなくちゃ、
そう思っていた私が新しいお人形を用意してルイーズを待っていたあの日。
現れた彼女は笑っていた。
お母様のことなんて、お人形のことなんて少しも覚えていないかのように、
朗らかに笑い、私に旅先でお父様に買ってもらったのだという宝物をくれた。
綺麗な翡翠の耳飾り。

『ルイーズのものじゃないの? いいの?』

と聞くと、ルイーズは首を振って

『わたくしは別のものをいただきましたから、それは姫様に差し上げます』

と少し寂しそうに微笑んだ。

それから、私のお母様が亡くなったとき。
ルイーズは私をそっと抱きしめて、傍にいてくれた。
そんなルイーズがお父様の後添えに立たれると決まったとき、
私は余りにも嬉しくて、思わず城にやってきたあなたに飛びついてしまった。
ルイーズが新しいお母様になったことも、
念願のきょうだいが生まれたこともとてもとても嬉しくて、幸せで。
温かい春の日のようなこの幸せを壊したくなくて、アルマンとの結婚を決めたのです。

それなのに、何故かしら?
ルイーズ、あなたの瞳がまた、悲しみに陰って見える。
アルマン、あなたの唇からもまた、溜息が逃げていく。
私はまた何か間違えてしまったのかしら?
あのお人形を壊しては、あの翡翠を受け取ってはいけなかった?
ただ、幸せになりたかっただけなのに。ただ、皆に幸せでいてほしかっただけなのに。







ブログ初出2009/6/9

黄玉の秋(国王視点。拍手ログ)


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『水晶の夏』アルマン視点。

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「僕が決めたんだ。君を守る。そばにいるよ」
 
そう自分が告げれば、恥ずかしそうに頬を染めて頷いた彼女の
どこまでも澄んだ湖のような瞳を今も覚えている。
もう十年も前、多忙な両親に厄介払い的に送り込まれた真夏の避暑地。
名のある貴族たちが集うその場所で、初めて出会った同い年の少女。
部屋にこもりがちな彼女の手を無理やり引っ張って、森や、川や、草原に誘った。
はじめは中々打ち解けてくれなかった彼女も、繰り返し連れ出すうちに
柔らかな手の平を、花が咲いたような微笑みを、
優しく名を呼ぶ声を僕にも向けてくれるようになった。
好きだった。彼女と過ごす時間が。彼女のことが。あれはきっと、初めての恋だった。
あの夏から十年が過ぎた冬の今日、
彼女は私の婚約者の義母(はは)として僕の前に現れる。


 
五年前、先の王妃が薨去した。
その後添えに彼女が選ばれたと聞いた時、私はまだたった十六だった。
父や他の貴族の意見に異を唱えることも、彼女を攫って逃げることもできずに
彼女と国王の結婚式に参列したあの日。
私は父に願い出て三年間の遊学の旅に出ることを決めた。逃げたのだ。
国王の隣に佇み、やがてはその腹にこの国の世継ぎを宿し、
その子を優しく腕に抱く彼女の姿を見ることから。
彼女の懐妊の報を聞いて間もなく、私は故国を離れた。
待ち望まれた王子の誕生を知った時、仲睦まじい国王一家の噂を聞いた時、
刺すような胸の痛みも、煮えたぎるような嫉妬も、全てを忘れようとした。
忘れなければならなかった。父から決められた三年という期限の間に。
 
異国の地に後ろ髪を惹かれつつも父からの催促で帰国した私を
待ち受けていたのは、シャルロット王女の降嫁の話だった。
シャルロット王女と年の釣り合う上流貴族の跡取り……
私の帰国を、国王は待ちわびていたらしい。
両親は喜びいさんでこの話にとびついたようで、
否も応もなく帰国早々王女との見合いの日取りが設定された。
記憶の中にあるよりいくらか大人びたシャルロット王女は親しみやすく可愛らしい人だった。
 
「わたくしのことはシャルロットとお呼びくださいな。
わたくしもアルマンと呼ばせていただきます。どうぞ仲良くなさってくださいね」
 
彼女は王女という身分にあっても少しも気取ることなく、一生懸命私のことを慕ってくれた。
しかし彼女の後ろに、私は常にルイーズの影を追ってしまっていた。
何故、ルイーズは彼女の義母なのか。
何故、シャルロットはルイーズの義娘(むすめ)なのか。
何故、私はシャルロットと婚約しているのか。
恨むべきは誰なのか、私には最早わからなかった。
 

~~~

 
「お初にお目にかかります、アルマン・ド・シェフェールと申します。
王妃殿下にはご機嫌麗しく……」
 
「堅苦しい挨拶は抜きに致しましょう。あなたは私の娘婿となられるのですから、
家族も同然ですわ。ねえそうでしょう?シャルロット?」
 
「お義母さまったら……!
アルマン、義母もこうおっしゃっていることですし、楽になさって?」
 
「は、いえ、しかし……」
 
「シェフェール公爵」
 
「はい、何でしょうか?王妃殿下」
 
「なさぬ仲とはいえ、シャルロットはわたくしの可愛い義娘……
どうか大切に、幸せにしてくださいね」
 
「……はい、この命に代えましても」
 
ルイーズ、ああ、ルイーズ!
何も変わっていなかった、あの人の心をどこまでも見透かすような深い湖の瞳も、
まっすぐに流れる栗色の髪も! うっすらと施された化粧と女性らしい
丸みを増した身体つきは彼女の本質を何も損ないはしない。
彼女のドレスの胸元に輝く金剛石を見たとき、今にも震え出しそうになった。
彼女は覚えていない。何も覚えていないのだ、僕と過ごしたあの夏の日のことなど!
覚えていて何故、あんなに優しく微笑める? あんな誓いを私に立てさせるのだ?
守ると、そばにいると告げた女以外の相手を幸せにすると!
ああ、否私は矛盾している。あの誓いに頷いたのは私だ。
大切な許嫁を、傷を負った私の心に、癒しと安らぎを与えてくれたシャルロットを
幸せにすると彼女に約束したのは他ならぬ私自身だ。
それなのに、それなのに……今はこんなにも、彼女のことが憎くて、憎くて仕方ない。
あの夏の日から今日まで……こんな気持ちになることは一度だってなかったのに。


~~~

 
「エミール殿下を殺してしまえば良いではありませんか。
そうすれば世継ぎの王子を死なせた妃としてのルイーズ様の評判は地に落ち、
王の寵愛もなくなりましょう。あなたの妻となられるシャルロット王女が
王のただ一人の実子となられれば、自然あなたの宮廷でのお力も増しましょう」
 
そういった戯言を吐いてくる側近たちの甘言はことごとく交わしてきた。
シャルロット自身に王位や権力を欲する気持ちが皆無なのは見てとれるし、
ルイーズやエミール王子とも親しい関係を保っているらしい。
 
「ルイーズお義母さまは幼いころから姉のような方だったし、お優しくて大好きよ。
エミールも、わたくしずっときょうだいというものに憧れていたから、可愛くて仕方がないわ」
 
無邪気に笑うシャルロットに、安堵と共に複雑な気持ちがこみ上げる。
 
ルイーズ。王は念願の世継ぎを生んだ彼女をとても大切にしているという。
それでなくても、彼女は美しく年も若い。
王に愛され、ルイーズもまた王を愛したのだろうか?
その腕に抱かれ、子を孕み、隣に侍り続けて……
私を、あの約束を交わした僕を忘れてしまった? 安物の水晶ではなく、
正真正銘のよく磨かれた金剛石を身につけるようになって……。
暗く醜い気持ちが私を襲う。
 
「王妃殿下とて女です。女とは欲深きもの。あなたとの思い出の品は
とうに捨てられて、宝石箱の中は王からの賜り物で満杯でしょう。
この上シャルロット様が亡き者になれば、確実にエミール殿下が次期国王。
国王の母ともなれば今よりももっと妃殿下の権勢は高まります。
実際に妃殿下の側近たちの中でシャルロット王女暗殺を
企てている者もいるそうですし、いくら幼き日を共に過ごした
あなた様とはいえ、シャルロット殿下の婚約者というお立場上、
いえそれを利用されて狙われるやも……」
 
囁いた占い師は、ルイーズの元にも出入りしていると聞く。
ならば確かな情報なのか。
あの夏の木漏れ日のような水晶は、もう残っていない?
雪の塊のような金剛石を身につけて、ルイーズ、君は変わってしまったのか?
シャルロットを守るために、自分自身を守るために、
君を殺さなければならないならば、いっそ私が……


~~~

 
シャルロットが寝室で亡くなっているのが発見されたのは、
その翌日のことだった。全ては手遅れだったのだ。
私はルイーズを止められず、シャルロットを救えなかった。
いつも朗らかに笑い、彼女の向こうに別の女性を見ていた私を一途に見つめてくれていた人を。
許せなかった。シャルロットの死が。彼女の罪が。己の過ちが。
犯人として引っ立てられた女官が去った部屋で、私はたった一人、真犯人の証拠に気づいた。
血に濡れたシャルロットのガウンに付けられていた、薄汚れた水晶のブローチ。
幼き日の私が、宝物だと信じていたもの。彼女があの地を去る直前、その手に握らせた……。


~~~
 
 
王妃の居室を訪れたのは、シャルロットの葬儀が全て終わり、
無理やり犯人に仕立て上げられた元女官の裁判が始まる前日のことだった。
 
「……何故、なぜ彼女を殺したのですか?」
 
押し殺した声で問うた自分を、彼女は静かな瞳で見つめた。
その青い瞳が、私の手に握りしめられたブローチを見る。
やはり彼女は故意に残したのだ、私に、己が犯人だと気付かせるために。
そして私を待っていた。裁かれるためか、それとも……
 
「……エミールを、我が子を守るためです」
 
彼女は私の問いに微笑って答えた。
その微笑を、言葉を、受け入れることを心が拒絶する。
 
「あなたを、この水晶の中に閉じ込めていられたら……
こんな悲劇は起きなかったのでしょうか?」
 
彼女を見つめて吐き出した言葉に、彼女は微笑んで首を振った。
 
「いいえ、わたくしの心がその水晶にいつまでも囚われていたからこそ、
現実(いま)が受け入れられないのです」
 
胸元に輝く冷たい金剛石を外した彼女の白い頬を伝う涙に、私はようやく彼女の想いを知った。
私は泣いた。あの夏の日、彼女との別れの間際に人生で初めて流した涙を思い出しながら。
黒い銃口を彼女に向け、その細い手に握られたきらめく剣先を見つめて。
 
「ルイーズ、僕は君を……」
 
銃声は夕闇を切り裂き、後に続く咆哮がいつまでも部屋に木霊していた。






初出2009/4/22

→ 『翡翠の春』(シャルロット視点・拍手ログ)
 


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初恋の人は、義娘の婚約者として私の前に現れた・・・。
中世欧風シリアス。

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「僕が決めたんだ。君を守る。そばにいるよ」
 
そう告げて笑った彼の、木漏れ日にきらめく新緑の色をした瞳を今も覚えている。
もう十年も前、母を亡くしたばかりで塞ぎ込んでいた私を父が連れ出した、真夏の避暑地。
退屈を持て余す貴族たちで溢れたそこで、初めて出会った同い年の少年。
部屋にこもりがちな私の手を彼は無理やり引っ張って、森や、川や、草原に誘った。
はじめはその強引さに嫌気が差していた私も、彼の手のひらの温かさや、
頬をなでる風の心地よさ、私の名を呼ぶ声の明るさに、
いつの間にか自然に笑みがこぼれるようになった。
好きだった。彼と過ごす時間が。彼のことが。あれはきっと、初めての恋だった。
あの夏から十年が経った冬の日の今日、
彼は私の義娘(むすめ)の婚約者として私の前に現れる。

 
 
五年前、先の王妃が薨去した。
国王と王妃の間に生まれたのは王女シャルロットのみ。
三十を過ぎたばかりの国王は世継ぎの王子の誕生を諦めきれず、後添えを望んだ。
前王妃の故郷である隣国との兼ね合いを考え、
国の臣たちは自国から新しい王妃を立てることを決めた。
国で一、二位を争う大貴族の父がこの機を逃すはずもなく、
私は国王の後添えに立った。十六の時のことだった。
誰もが待ち望んだ王子エミールを生んだのはその翌年のこと。
国王は年の離れた私にとても優しく、元々私を姉のように慕ってくれていた
王女シャルロットとも良好な関係を築けている。
可愛い盛りのわが子と、年頃を迎え瑞々しい美しさが花開きつつある義娘、
威風堂々とした国王たる夫……誰もが羨む幸せを、私は若くして手に入れた。
 
国王が娘の降嫁を決めたのは、つい先日のことだった。
私が王子を生んだころから、隣国におもねる一部の勢力の間で
前王妃の娘であるシャルロットを次期女王に、という声は尽きなかった。
シャルロット本人は私の息子であるエミールを可愛がってくれているし、自分が王位にとは
夢にも思っていないようだが、宮廷というのはとかく陰謀の尽きない空間だ。
無用な争いを避けるためにも、と陛下はシャルロットが十六になるのを待って
臣籍に降嫁させることを決めた。そうして、その相手に決まったのが彼……
三年間の外遊から帰国したばかりのアルマンだった。

 
~~~
 
 
「お初にお目にかかります、アルマン・ド・シェフェールと申します。
王妃殿下にはご機嫌麗しく……」
 
「堅苦しい挨拶は抜きに致しましょう。あなたは私の娘婿となられるのですから、
家族も同然ですわ。ねえそうでしょう? シャルロット?」
 
「お義母さまったら……!
アルマン、義母(はは)もこうおっしゃっていることですし、気楽になさって?」
 
「は、いえ、しかし……」
 
「シェフェール公爵」
 
「はい、何でしょうか?王妃殿下」
 
「なさぬ仲とはいえ、シャルロットはわたくしの可愛い義娘……
どうか大切に、幸せにしてくださいね」
 
「……はい、この命に代えましても」
 
アルマン、ああ、アルマン!
何も変わっていなかった、あの力強く人を照らす眩しい新緑の瞳も、少し癖のある黒髪も!
低く落ち着いた声音とたくましくなった身体つきは、彼の本質を何も歪めはしない。
『お初にお目にかかります』という言葉を聞いたとき、今にも震え出しそうになった。
彼は覚えていない。何も覚えていないのだ、私と過ごしたあの夏の日のことなど!
覚えていて何故、あんなに穏やかに微笑める?あんな誓いに頷けるのだ?
守ると、そばにいると告げた女以外の相手を幸せにすると!
ああ、否私は矛盾している。あの誓いを立てさせたのは私だ。
大切な義娘を、私を王室の一員として快く受け入れてくれたあの娘を
幸せにしてほしいと、彼に願ったのは私自身だ。
それなのに、それなのに……今はこんなにも、あの娘のことが憎くて、憎くて仕方ない。
あの夏の日から今日まで……こんな気持ちになることは一度だってなかったのに。


~~~
 
 
「シャルロット王女を殺してしまえば良いではありませんか。
そうすればエミール殿下の王位が脅かされることも、
シェフェール公爵が奪われることもなくなりますわ」
 
側近として仕える占い師は妖しく嗤ってそう言った。
 
「とんでもないわ、そんなこと。私はシャルロットを本当の娘のように
思っているのよ。彼女が可愛いし、大切な家族だわ」
 
「本当に? 一度も彼女を妬んだり、憎んだことはないと?」

私の言葉に、占い師は慈しむような眼差しをこちらに向けて問いかけた。
 
「あなたが母を失い哀しい思いをなさっている時、
無理にあなたのお袖を引っ張って亡き母君が残された大切な
形見のお人形を壊してしまったのは幼き日の姫君では?
あなたが自分の倍ほどの年齢の陛下に心ならずも嫁がねばならなくなった時、
あなたの気持ちを何も思いやることなく『ルイーズが家族になるなんて嬉しいわ』
と高らかに笑ったのは? あなたの腹に己が父の子供が宿っているのを見ても、
あの姫君はまるであなたが新しい玩具を与えてでもくれるかのように
図々しくも膨れた腹に何度も触れたがって……。
あなたとシャルロット様は四つしか離れていらっしゃらない。
そんな義娘に膨れた腹を撫でられる、
まだたった十七のあなたの気持ちを考えてくれた方はどこにいます?
挙句の果てに心の奥でひそやかに想い続けた初恋の方まで
彼女に奪われてしまうとは、なんと可哀想な王妃さま!」
 
「やめて、やめて! そんなこと思っていない! 私を、私を哀れまないでっ……!」
 
両耳を押さえ蹲る私を、占い師は嘲笑う。
 
「これはまだ極秘の情報らしいのですが、シャルロット王女の一派は
降嫁と同時にエミール殿下の暗殺を計画しているようですよ。
もちろんシェフェール公爵も巻き込む予定でしょう。
降嫁までに彼を自分たちの側に説得するつもりで。
まぁご自分の妻が女王となれば自らは国王に準じる地位を得られるのですもの、
清廉潔白と言われる公爵さまとはいえどちらに着くかは火を見るより明らか……
いえ、説得に応じない場合、最悪殺されてしまいますものね。
身の保身のためにも彼はあなたとエミール殿下を……」
 
耳元で囁かれる悪魔の文言。私は震えながら顔を上げた。
 
「それは、本当なのですか……?」
 
「ええ、確かな筋からの話でございます。」
 
ニヤリと嗤う女の顔に、私は矢も楯も止まらず立ち上がった。
エミールが殺されてしまう。アルマンも殺されるかもしれない。
シャルロットを、彼らの旗印を殺さなければ、コロサナケレバ……!
 

~~~

 
「シャルロット、起きている?」
 
細心の注意を払って、私は深夜の義娘の寝室の扉を叩いた。
 
「まぁ、お義母さま! どうかなさって?」
 
薄蒼の瞳が可愛らしく瞬いて、何の疑いもなく私を出迎える。
 
「もうすぐあなたもこの城を去って、寂しくなってしまうでしょう?
ですから婚礼の準備で忙しくなる前に、一度母と娘として
じっくり語り合いたいと思ってこれを持ってきたの」
 
差し出したワインの瓶に、シャルロットは支度をする女官を呼ぶ鐘を鳴らそうとした。
 
「ああ、およしなさい。女官がいては母娘水入らずのお話ができないわ。
あなたは座っていて。わたくしが持ってきたのですもの、
ワインの支度くらいわたくしがするわ」
 
「ふふ、そうですわね。ルイーズ……
お義母さまと二人きりなんて、久し振りですもの」
 
シャルロットが嬉しそうに微笑んで寝台へと腰掛ける。
彼女に背を向けて、私はグラスを二つ並べた。
片方には毒、そしてもう片方には……
シャルロットは最後まで私を疑うことなく、毒のグラスに口をつけた。
 
血を吐いて倒れたシャルロットを見届けて、
現れた占い師と共に“私”の痕跡を隅から隅まで拭い去る。
血、血、紅い紅い血。
ルイーズ、と私を慕ってくれた、義母として私を受け入れてくれた、
エミールを可愛がってくれた……大切な、大切な彼女の血。
私は逃れられない罪を知った。だから、
 

~~~

 
彼が私の居室を訪れたのは、シャルロットの葬儀が全て終わり、
無理やり犯人に仕立て上げられた元女官の裁判が始まる前日のことだった。
 
「……何故、なぜ彼女を殺したのですか?」
 
押し殺した声に込められたのは憤りか、憎しみか。
彼の手に握られた水晶のブローチ。あの日、あの部屋に唯一残された私のもの。
十年前の夏の日、彼が私の手に残して行った宝物……
 
「エミールを、我が子を守るためです」
 
微笑って告げた私を、信じられないといった瞳で彼が見つめた。
 
「あなたを、この水晶の中に閉じ込めていられたら……
こんな悲劇は起きなかったのでしょうか?」
 
嫉妬と悲しみと怒りと悔恨に縁取られた彼の瞳に、私はようやく彼の想いを知った。
喜びの涙が私の頬を伝う。
 
「いいえ、わたくしの心がその水晶にいつまでも囚われていたからこそ、
現実(いま)が受け入れられないのです」
 
私は微笑った。あの夏の日、彼に向けていた笑顔を思い出しながら。
光る刃を彼に向け、その手に握られた黒い銃の先を見つめて。
 
「アルマン、わたくしはあなたを……」
 
夕闇に部屋は真紅に染まり、悲しい嗚咽がいつまでも響いていた。






初出2009/4/17

→『金剛石の冬』(アルマン視点)

目次(中世欧風)
 


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一人の女の墓前に佇む男。中世欧風シリアス掌編。

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見晴らしの良い丘の上の、静かな木陰にひっそりと佇む小さな墓の前に、私は今立っている。
灰色の石に刻まれた名は、『マルタ・バリオーニ』
一年前まで、私の妾だった女の名だ。
 
 
~~~
 
 
マルタは我が伯爵家に仕える家令の娘だった。幼いころより共に過ごし、親しく接した仲だった。彼女の両親は都の大貴族の元から私の両親が引き抜いてきた優秀な家令で、家柄もしっかりしていた。そのため彼女は我が家に仕える身分の娘とはいえ私に媚びへつらうことは決してなく、皆にかしずかれ我儘放題に育った幼い私にその態度は生意気に映り、苛立ちを覚えた。
しかし、私にへりくだらないことから周囲の子供に仲間はずれにされても、私に直接虐げられても、常に凛と胸を張り自分の意を通す彼女の姿に、対等に過ごせる“友達”のいなかった私は次第に興味を覚えるようになった。何かと言うとマルタに声をかけ、あちこちに連れ回した。共に野を駆け、本をながめ、花を摘み、口喧嘩を含む様々なやりとりをするうち、私とマルタは男女の垣根を越えて友情を育んだ。
そんな彼女の両親が流行り病で亡くなり、遠方の親族に引き取られていく彼女を見送ったのは私たちが十二の年を迎えたばかりの時。寂しかった。初めての友達、初めて『伯爵家の若様』としてではない私を見てくれた、初めて私に他人(ひと)を大切だと思う感情を教えてくれた彼女が、私の傍を去ってしまうことが。
 
「……困ったことがあったら絶対連絡を寄こせ。必ず助けてやるから」
 
荷馬車に乗り込む彼女の小さな後ろ姿に、私は初めてマルタが自分とは異なる……“女”であることを知った。こくりと頷いたマルタの寂しそうな顔が、しばらく脳裏から離れなかった。
 

~~~
 
 
それから、5年。伯爵家を継ぎ主となった私の元に、マルタの叔父と名乗る男が美しい娘に成長したマルタを伴って現れた。下卑た笑みを浮かべた貧相なその男は、今現在一家が金に困っていること、昔なじみであったこの家にマルタを『奉公に出す』代わりに、一家の借金を肩代わりしてもらえないか、という話を持ち出してきた。男の提示した金額は肥沃な領地を持つ我が伯爵家にとっては端金に過ぎない。何より困窮した家に養われてきた哀れな幼馴染を助けるつもりで、私はその条件を飲んだ。
 
本邸から少し離れたところに立てたこじんまりとした屋敷の一室でマルタを組み敷いた時、彼女は瞠目し、抵抗を示した。
 
「これは……っ、どういうおつもりですか!? 私は、昔のご縁を通じて伯爵家にお仕えさせていただけると聞いて参りました。どうして、あなたがっ……!」
 
「嫌だな。何も聞いていないのか? マルタ。普通の女中奉公だけであれだけの借金を肩代わりし、あまつさえこんな屋敷にそんなドレスを与えられると思ったのか? 愚かだな。お前はあの叔父に売られたんだ、私の妾として。」
 
伯爵位を継いだばかりの年若い私は、あちこちの娘に手を出して醜聞を起こすくらいなら早いうちに従順な妾を囲え、と父から口を酸っぱくして言われていた。いずれ貰うであろう正妻に子ができなかった際の保険としても、妾は必要だった。かつて我が家に仕えた者の娘で、身寄りもなく、何よりこの辺りではついぞ見かけぬほどの美貌を備えたマルタはまさしく適任だったのだ。
閨の中で、マルタは泣いた。しばらくは絶望の色をその表情(かお)に浮かべ続け、夜伽の際も中々その身を私に預けようとはしなかった。しかし、やがて諦めたのか己の立場を悟ったのか、少しずつ私に対し自ら身体を開くようになり、会話を交わすようになり、いつしか私が屋敷を訪れるときは手ずから夕食を作り待つようになった。素朴で懐かしいその味は私に幸せだった子供時代を思い出させ、そんな夜はマルタに昔のように私の名を呼ばせた。
普段「旦那さま」としか呼ばないマルタの唇から紡ぎだされる己が名は何故だか特別な響きを持って鼓膜を揺らし、私に心地よい安らぎを与えた。昔のように互いを信頼し、友と慕う関係は失われてしまったが、マルタが私の帰りを待ち、私の身体を抱きしめ、私の名を呼んでくれることは確かに私にとって喜びだった。そのことに気付けなかった、己の愚かさが堪らなく口惜しい。
 
 
~~~
 
 
私が正妻を迎えたのは、マルタを妾として囲ってから二年が過ぎたころのことだった。都の夜会で、格上の侯爵家の娘であるアマーリアと懇意になった私は、華やかで愛らしい彼女とその背景にある絶大な富と権力に魅入られ、周囲の反対を押し切って妻に迎えた。都会暮らししかしたことのない世間知らずの妻にとって田舎の領地での暮らしは刺激に欠けるらしく、彼女は常に何かしらの目新しい趣向を行うことを私に求めた。楽団を呼んだり、舞踏会を開いたり、珍しい宝石を取り寄せたり……アマーリアのご機嫌取りにかまけて、私はすっかりマルタのことを忘れ去っていた。
彼女の妊娠の報が届いたのはその頃であった。妻に妾の存在は告げていなかった。ただでさえ上流貴族の娘で、気位も高く傲慢な面もあるアマーリアだ。もしマルタの存在が知られたら厄介なことになる……。そして、妾である彼女が男児を先に生んでしまったら。私は舌打ちをしたい気分になった。
 
「生まれるまでは絶対に隠し通せ。産んだら必ず連絡を寄こせ、男児なら色々と処遇を考える必要があるからな」
 
伝えに来た女中にそれだけ告げると、その女中は何か言いたげに一瞬顔を歪めて 
「わかりました」
 
と頷き去って行った。マルタがその伝言を、どんな気持ちで聞いたのかはわからない。ただ、次に訪ねて行った時、深夜だというのに彼女はいつもと変わらず夕食を用意し、柔らかい笑顔で私を迎えてくれたのだ。
 
「旦那さま、お疲れ様でございます。今日は……」
 
ところが私は近づいてきたマルタに冷たい一瞥を下し、妊婦である彼女を冷たい床の上に押し倒したのだ。
 
「今日の夕食はあちらでアマーリアと食べてきた。それより今は酷く女を嬲りたい気分なんだ。箱入りのお嬢様は我儘でね……優しく丁寧な扱いしか許されないから」
 
あの時の、引きつったマルタの顔が忘れられない。妊娠初期で子が流れる可能性もあった。ただでさえ線の細いマルタの身体にはどれだけの負担がかかっただろう。それからも、私は妻の目を盗んで夜中にマルタの元を訪れる度、子を宿したその体を乱暴に抱いた。よく無事に生まれてきたものだ、と娘の……マルゲリータの姿を思い浮かべる。
 
マルゲリータ。マルタ危篤の報が入ったのは、その出産からたった一週間後のことだった。マルタの生んだ子が女児だったことに、私は正直安堵していた。男児ならばどこぞの農家にでも里子に出そうと案じていたが、女児ならば手元に置いてやってもいい。女中を通じて「顔を見て、名前を付けてやってほしい」というマルタからの伝言をもらってはいたが、いかんせんアマーリアの目がある。妾の存在に薄々気付き始めているらしい妻は、近頃とみに私の動きに敏感になった。そんな中、マルタの屋敷に仕えさせていた女中が血相を変えて本邸に飛び込んできたのだ。
 
「旦那さま! お方様が、マルタ様がご危篤でございます! 旦那さまには黙っているよう言いつかっておりましたが……ご出産からずっと床に伏せられて……もう、もう……!」
 
女中の言葉を聞くや否や、
 
「あなた、どちらへ!?」
 
と叫ぶ妻を無視して馬を駆った。
 
 
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焦る勢いのまま小さな屋敷の寝室に飛び込んだとき、マルタは既に虫の息だった。
 
「だんな、さま……」
 
うっすらと目を開けて私を見るマルタの瞳がだんだんと光を失っていく様が恐ろしくて、繋ぎ留めるようにその細く痩せた手を強く握った。
 
「名前で呼べ、マルタ。……昔の、ように」
 
絞り出すように告げた私に、マルタはくすりと力なく微笑んだ。
 
「かわら、ないわね、エドモンド……あなたは昔から、泣き虫だった」
 
言われて初めて、己の目頭に熱いものが滲んでいることに気づいた。その雫を拭うように伸ばされた白い指に、思い出が走馬灯のように蘇る。
 
初めて他人に言い負かされて悔し涙を流した相手がマルタだった。そしてそれを呆れたように拭ってくれたのも。貴族たちの集まりで田舎育ちを馬鹿にされた時も、父や母に説教をされた時も、いつもいつも、不思議とマルタの前でだけ涙が出た。そしてその涙を拭ってくれた、小さな白い指……。あの白い指が欲しかった。手放したくなかった。あかぎれだらけの指を、滑らかな肉刺一つない指にしてあげたかった。絹の手袋で包んでやりたかった。
だから彼女を、幼いころよりも寂しそうな暗い影を背負い、すっかり痩せてしまった彼女をその叔父の元から引き取った。今度こそ確実に傍に置くために、引き離されないように女中としてではなく妾として囲った。彼女により良い暮らしを、より高い地位をあげたくて、都の貴族と必死に繋がりを持とうとした。
それなのに、何を忘れていたのだろう。どうして、素直になれなかったのだろう。自分を「旦那さま」としか呼ばない彼女に苛立って。敬語でしか接してくれない彼女が悲しくて。そうさせたのは他ならぬ再会したその日の自分。彼女に再会できた喜びと、姪を金で売ろうとするその叔父に対する苛立ちがないまぜになって。彼女を失ったあの日の恐怖が蘇って、もう二度と手放したくなくて。酷いことをした。幼馴染との、“友達”との再会を素直に喜んでいた彼女の気持ちを裏切った。憎まれても仕方がないことをした。それでもマルタは、「旦那さま」としての自分を必死に受け入れようとしてくれたではないか。
 
「マルタ、マルタ……!」
 
名前を呼ぶことしかできない私に向かって、マルタは全て解っている、というように頷いた。
 
そういうところが、昔から嫌いだった。いいや、嫌いで、愛しかった。嬉しい時、哀しい時、楽しい時、苦しい時……ただ黙って傍にいてくれたマルタが。全てを理解してくれたわけではなくとも、本当の意味で私を知ろうとしてくれたのは、おそらく彼女だけだった。
 
「あの子を、お願いね……」
 
マルタの最期の言葉に、私はようやく隣室で眠る名も無き我が子を思い出した。マルタの葬儀を手配する合間、初めて対面した赤子は私と同じ髪の色をしていた。
 
「瞳の色は……深い緑が良いな」
 
呟いた私を、驚いた顔で女中が見る。深緑はマルタの瞳の色。未だ閉じられたままの我が子の瞼の奥に、私は彼女の面影を見出したかったのだ。
 
 
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それから、一年。様々なことがあった。私は弟に家督を譲り、それを理由に妻と離縁した。ただ人となった私に妻の贅沢に付き合える余裕は到底なく、田舎での生活に飽き飽きしていた彼女も清々したように邸を去って行った。所詮は都会で見た夢幻。私も、彼女も、互いに夢を見すぎていた、ということなのだろう。
そうして、ただの『エドモンド・バリオーニ』になった私は、ようやくマルタの正式な夫となれる。マルゲリータを、誰にも憚ることなく実の娘として認められる。
 
「こんな墓を造るのに、一年もの時を費やしてしまって、すまない……」
 
マルタの墓を花で飾りながら、刻まれた名をそっとなぞる。
 
「マルゲリータは元気に育っている。その名の通り、花のように可愛らしい子だ……特に瞳が、お前によく似ている」
 
『マルタ・バリオーニ』
この墓に刻まれた名は、私の妾だった女の名。そして、永遠に私の最愛であり続けるたった一人の妻の名だ。






後書き
  続編『献花』
 
目次(欧風)
 


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