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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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薄明』続編。レイフとマーサの息子視点です。

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「母上はどうして、参謀長殿と再婚されないのですか?」

十六の年を迎え、尊敬するデヴィッドさん……
否、参謀長のようになろうと士官学校に入った。
『英雄』であった父の息子である私を取り巻く嘲笑や侮蔑から守ってくれたのは、
紛れもなくデヴィッド参謀長の下に仕えた経験のある教官たちや兵士の子息たちだった。
父の親友であったという参謀長は、母と長年親しい付き合いを続けている。
早くに父を亡くし、その記憶すら定かではない私たちにとっては、
何かに付けて我が家を訪れ、時に食事を共にすることもある彼が、
まるで父親代わりのような存在だった。だから私たちはいつも、
『デヴィッドさんがお母様と結婚して、本当のお父様になって下されば良いのに』
と話し込んでいたものだ。しかし彼が我が家に泊って行ったことは一度として無かったし、
母と頬以外の場所に口づけをしているところすら、一度も見たことが無かった。
けれど、そんな状態が続いてもう十年が経つ。
母は、参謀長は、亡き父に操を立てているのだろうか。あんな『裏切り者』の男に。
 
「……まぁ、ランドルフ。帰ってくるなり、何を言い出すかと思えば。
私とデヴィッドさんはそんな関係ではないわ。冗談も休み休みお言いなさい」
 
クスクスとおかしそうに微笑む母に、余計に苛立ちが募る。
 
「母上、誤魔化さないでください! 父上を亡くされてから、
あなたが今まで唯一親しく付き合ってこられた男性は参謀長殿だけでしょう!?
そして参謀長殿ご自身も、あの年になるまで一度も結婚をなさらず、私たちの家に通ってくる。
私は知っています、おじい様が母上に参謀長殿との再婚を再三勧めておられることを。
一体何が、あなたたちを躊躇わせるというのです!?
子供(わたし)たちの存在ですか? それとも、あんな男(ちち)の……」
 
バシンッ!
 
激昂し心の中に燻っていた醜い本音を吐きだした私の頬を、母の手が力強く叩いた。
 
「……他ならぬおまえが、あの方の息子であるおまえが父君を侮辱することは、
あの方の妻であり、おまえの母であるこの私が許しません。いいえ、あの方の
真の友であったデヴィッドさんが聞いたとて、決してお許しにはならないでしょう」
 
いつもは穏やかな母の瞳に込められた鋭い怒りに、一瞬瞠目し腫れた頬を抑える。
 
「どうして……何故、あなた方はそこまでして、」

父は、『英雄』であったレイフ将軍は、グリフィス城陥落の日、
その城に一人残った王族の姫の後を追って自害してしまった、と言われている。
表向きは『名誉の戦死』とされているが、人の口に戸は立てられぬ。
血に塗れた王女の身体を抱きしめるように、
自らの胸に懐剣を突き刺した父の遺体を見つけた兵士は憶測した。
 
『将軍が反乱を起こし、短期間で城まで攻め入ったのも、城に入って
真っ先に向かったのが王女の部屋であったのも、全ては彼女を手に入れんがため。
ところが誇り高き姫君は平民出身の将軍の手で辱めを受けることを拒み、
彼の目の前で自害して果てた。
望んだものが永遠に手に入らなくなってしまったことに絶望した将軍は
せめてもと王女の亡骸を抱き抱え、共に死出の旅に出ることを選んだ』
 
兵士たちの間で吹聴されたその噂が、私たち家族の元に飛び込んできたのは
あっという間だった。当時は幼かった私も成長するにつれてその“噂”の
真の意味を解するようになり、やがては父を憎むようになった。
 
父は私たちを捨てたのだ。初めから、愛してもいないのに母と結婚し、子を生した。
そうして全てが用済みになったら、本当に欲しかったものを失ってしまったら、
まるでゴミのように、虫けらのように私たちを捨てて逝ってしまった。
何という酷い男だろう。
何故そんな男を、母は、参謀長は、いつまでも愛し続けるのだ!?

「……私とて、全く気づいていないわけではありません。
母君と参謀長殿の繋がりは……お二人を繋ぐ一番の絆は、
父上への想いでいらっしゃるのでしょう?
どうして、何故あなた方はあのひとを思い切れないのです!?
お互いに好意を感じておられることは確かであられるのに……!」
 
私の叫びに、母は少し目を見開き、そして哀しそうに笑ってみせた。
 
「あの方は……あなたのお父君は、“全て”を愛しておいでの方でした。
私のことも、デヴィッドさんのことも、もちろんあなた方のことも……。
全てを包み込み、あの方の愛を乞う全てのものに愛を与えることの出来る方でした」
 
「それならば、どうして……」
 
呆然と呟いた私に、母は苦しそうに瞳を閉じる。
 
「でも、メアリー王女だけは別でした。レイフ様にとってあの方だけは、
己が愛を与えることの出来る“全て”の範疇ではなかったのです」
 
「どういう、ことですか……?」
 
「レイフ様は、メアリー王女に対してのみ、愛を“与える”のではなく、
“与えられる”ことを欲していたのですよ。ご本人もお気づきにならないうちに。
お二人は幼馴染でした。そうして、幼い頃より約束していたのです。
『いつか必ず、自分が姫を“姫”ではなくしてあげる』と。
いつの日かその約束はメアリー王女のためのものではなく、
レイフ様ご自身の望みとなり、“王女”ではなくなった彼女を欲する、
焦がれる、“恋心”へと変化していった……」
 
未だ十六、初恋も知らぬ私には、母の語る父の想いが到底理解できなかった。
 
「……メアリー王女とは、それほどに魅力的な方だったのですか?」
 
「ええ、美しくて、お強くて。当時の堕落しきった王族の中にあって、唯一人
他国への亡命を拒み、城に残って自らの手で最期を遂げられたくらいですもの。
……もっとも、滅びゆく城に最後まで残られた理由は、
王族としての矜持だけではなかったのかもしれませんけれど」
 
また、ほんのりと切なそうに微笑んだ母に、
私はようやくメアリー王女と父の不器用な関係を知った。
 
ほんの少しの安堵と嫉妬。
母や参謀長がこの境地に至るまでには、どれだけの嘆きと葛藤があったことだろう。
私はそれ以上、二人の関係について口を出すのを止めた。
傷だらけの二人が、寄り添いあい、励ましあい、ようやく作り上げてきたものを、
二度と壊してしまいたくはなかったから。
 


そっと玄関を抜け出し、馬を駆って丘の上へと登る。
見下ろす先は、月光に照らされ浮かび上がる、今や廃墟も同然と化したグリフィス城。
いつの日か、父と、父の愛した人が永遠の眠りについたあの場所に
花を手向けることが出来たら、と思う。
未だ幼い私は、二人のことを心から許せているとは言い難い。
それでもいつか、私が本当に愛し、愛されることを望む人が出来たなら……。
母や参謀長のように、愛することの喜びを知ることが出来たなら……。
 
「どうかそれまで、お待ち下さい、父上……」
 
初めて『父』と呼んだ『英雄』は、黄泉の国で息子の言葉を受け止めてくれているだろうか。
その傍らに静かに寄り添っているであろう、この国最後の美しい姫君と共に。





後書き


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落日』続編。レイフの妻と親友視点。
6/15『薄闇』より改題。

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初めから知っていたの。あなたの心の中にいるひとのこと。
争いごとが嫌いなあなたが、戦い続けた理由を。
誰にでも優しいあなたの“特別”。
ねえ、今あなたは、幸せですか……?
 
 
 
「マーサさん」
 
聞き覚えのある低い声に後を振り返ると、
グリフィス共和国参謀長を務める彼……デヴィッドがいた。
 
「まあ、参謀長。お仕事のお帰りですか。ご苦労様です」
 
にこっ、と微笑んで挨拶すると、彼はぎこちなく笑って
 
「先日ネルソンに行った際に買ってきた菓子なのですが、よろしければお子様方に」
 
と小さな包みを差し出した。
 
「まあ、いつもすみません。
よろしかったら、直接子供たちに差し上げてやって下さいませんか?
みんなデヴィッドさんに懐いていますし……喜ぶと思います」
 
ただでさえ父親を亡くした子供たちだ。
大人の男性と触れ合う機会の少ない彼らは、デヴィットを父のように慕っている。
 
「そういうことなら……少しだけ、お邪魔させていただいても?」
 
「ええ、どうぞ」
 
私は笑顔で彼に応え、共に家路を急いだ。

 
~~~

 
「デヴィッドさん!」
 
「デヴィッドさんだ~!」
 
デヴィットの姿を認めて、子供たちが歓喜の声を上げて駆け寄ってくる。
ひとしきり子供たちにじゃれつかれた後、
お菓子を渡してこちらに向かってきた彼に、私は静かに告げた。
 
「もう、良いのですよ、デヴィッドさん」
 
「……」
 
彼は黙って私を見る。
 
「もう、私たちを気遣う必要なんてありません。
政府からは十分すぎるほどの援助を頂いていますし、子供たちも元気に育っています。
あなたがいつまでも、あの人の影を背負うことはありません」
 
「……マーサさん」
 
彼は苦悩の表情を浮かべて、押し黙る。
 
デヴィッドは、亡き夫の親友であった。
堕落した王族を倒し、共和国を打ち立てた英雄であるはずの夫。
彼は、王城を攻め滅ぼしたその日、城にただ一人残った姫と共に逝ってしまった。
夫の最期がどのようなものであったのか、詳しくは知らない。
ただ、その直後からまことしやかに囁かれた噂――

『レイフ将軍は、メアリー王女が欲しくて反乱を起こしたのだ』
 
『挙句これを拒んだ姫に自害され、心中を図ったのだ』
 
『国を救うと言って兵を起こしておきながら国を捨てるとは、
かつての王族と何ら変わらぬ逆賊よ』

皆、私の前では「可哀相な未亡人」を慮って妙に優しくなり、共和国政府も
一応「英雄の家族」である私たちに大きな家と手厚い支援を与えてくれる。
けれどその一方で、一歩外に出れば哀れみと同情、
そして侮蔑の視線が襲い掛かってくるのは、仕方のないことだった。
 
「私は、最初から知っていたんです」
 
「え?」
 
突然のわたしの言葉に、デヴィットが戸惑いを浮かべる。
 
「あの人の心の中に、他の誰かがいるのを知っていて結婚したんです。
そしてあの人がそのために、何をしようとしているのかも」
 
デヴィッドの驚愕の表情に、私はふっと微笑む。
 
「私は彼が好きでした。誰からも愛されながら、誰のものにもならない彼が。
……デヴィッドさんも、そうだったんでしょう?」
 
「マーサさん……」
 
「彼が彼の想うひとに、手を伸ばすつもりがないのは見ていてわかりました。
だから私は、彼は誰のものにもならないのだ、と思ったのです。
ならばせめて、気持ちの上では無理でも、立場の上で“特別”になろうと……」
 
「もう、良い!」
 
 
~~~

 
気がつくと叫んでいた。女は、泣いてはいなかった。
心の内で血の涙を流しながら、他人には決して笑顔以外の顔を見せない。
それが今は亡き親友の妻……マーサだった。
 
レイフ、ああレイフ! どうしてお前は逝ったんだ!?
妻と子供を残して……俺を残して。
なあ、メアリー王女、教えてくれ。
どうしてそんなにもあなたはレイフの心を捉えることができたんだ?
二人は今、天国で幸せなのか……?

 
 
親友の想い人の存在を知ったのは、私たちがまだ士官学校に入りたてのころだった。
 
『姫さまを、救うんだ』
 
その頃からの奴の口癖だった。誰とでも仲良くなり、常に人の輪の中心にいるレイフ。
それは言い換えれば、“ダレニデモオナジヨウニ”接していることと同じだった。
そのレイフの眼差しが、声音が、『姫』と……『メアリー』と口にする時だけ
色を異にするのに気づいた者はどれだけいただろうか。
それは時に甘く、時に切なく、けれど変わらず愛しげに囁かれる言葉。
 
――『姫を、救うんだ……』
 
焼け付く痛みが胸を襲う。それでも、私は彼を止められなかった。
結婚を決めた時も、反乱を起こすと言った時も。
私は彼の“夢”に加担してしまった。同罪なのだ。
一人の、自分と同じ立場にある女性を不幸にしてしまった罪。
 
そう、私たちは同じ……。半分は、償いのため。半分は、痛みを共有するため。
だからここを訪れる。マーサと、レイフの忘れ形見の元を。
 
「……私は、これからもここに来る。例えあなたが嫌がろうとも」
 
「私たち、本当に馬鹿ですね。デヴィッドさん……」
 
「どんなに馬鹿だろうと……あの男ほど、愚かではあるまい」
 
微笑んだ彼女に揶揄するように言うと、彼女は夫を亡くしてから初めて、声を上げて笑った。
 
レイフはメアリー王女の想いを知らなかった。
傍から見れば実に判りやすい姫の態度を、友情の一端だと信じて疑わなかった。
姫は素直に自分の感情を吐露できる人柄ではない。
奴は姫の想いに気づかぬまま、結婚し、子を生し、兵を率いて城に攻め入った。
二人の最期の遣り取りがどんなものであったのかは知らない。
けれど彼が随分無駄な遠回りをしたことだけは確かだと言えるだろう。

 女の笑い声が嗚咽へと変わる頃、私はようやくこの想いを断ち切る決意が付きそうだと感じた。
誰よりも愛した親友と、その心の最奥に住まっていたあのひとに、心からの祝福を贈れそうだと。
 
女の震える肩を、そっと抱き締める。暖かく脈打つ身体に、どうしようもない生への実感が湧く。
私たちは生きている。彼らは逝った。さあ、新しい時を刻まなければ――
 





ブログ初出2008/8/2

→続編『月光』(レイフとマーサの息子視点)


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反乱軍の将と亡国の王女、幼き日の約束の結末。中世欧風。

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「姫さまっ!」
 
扉を開いて飛び込んで来たのは、予想通りの人物だった。
そう……彼は、反乱軍を率いる将軍。
滅び行く城に唯一人残った私を真っ先に見つけ出すのは、幼なじみの彼だとわかっていた。
 
「助けに来た。一緒に行こう!」
 
「レイフ、あんたって本当に馬鹿ね……」
 
必死の形相で迫る青年を、呆れ返って見つめると、
彼はキョトンとした目でこちらを見つめ返してきた。
 
 
~~~
 
 
『あーぁ、お城の外に行ってみたいなぁ』
 
脳裏に蘇って来たのは、幼い頃の自分。
外の世界を欲していた自分。
 
『行けばいいじゃん』
 
傍らで笑う、あどけない幼なじみ。
 
『だめよ。私は王女だもん。普通の子と違うもの。
あーぁ、“姫”をやめて、レイフみたく普通の子になれればいいのに……』
 
『じゃあ俺が、メアリーを普通の子にしてあげる! “姫”をやめさせてあげるよ!』
 
『ムリよ。できっこないわ』
 
『ムリじゃないよ。約束する!』
 
『本当?』
 
『うん、絶対! 約束!』
 
遠い日の指切り。愚かな、愛しい約束。
 
 
~~~
 
 
「私はこの城を出ないわ。グリフィス王族として、この国と運命を共にする」
 
私の言葉に、レイフは目を見開いて叫ぶ。
 
「何でだよ!? 姫様のために、ここまで来たのに……」
 
どこまでも真っすぐな男。彼は何も変わらない。
自分と同じ身分の可愛らしい妻を迎え、既に三人の子の父親となっていても……。
反乱軍の長として、大勢の兵を束ねる立場にあっても……。
その瞳のひたむきさは、幼い頃と少しも変わっていない。
苦しいほどに恋しい。憎いほどに愛しい。この、愚かな男が。
 
 「レイフ、あなた、欲しくて欲しくて堪らないものはあって?」
 
私の突然の問いに、彼は戸惑いの表情を浮かべた。
きっとこの男は、何かを渇望することを知らない。
いつも他人のために、他人の求めるものを与える立場であったから。
彼は恋を知らないのだ。
唯一人の人を得られぬ、あの飢えを、渇きを、焦燥を知らないのだ。
恋を知らぬまま結婚し、子を儲ける……何て彼らしい生き方だろうか!
私は不意に笑い出したくなった。レイフが怪訝そうにこちらを見つめる。
 
「私はね、確かに自由が欲しかったわ。
でも、今はそれ以上に欲しいものができてしまった」
 
そう、だから私は彼と共には行けない。彼の妻と子と、彼の幸せを見たくないから。
 
「さよなら、レイフ」
 
私は両手に握りしめた懐刀を、自分の胸に突き刺した。
 
「ひめっ……メアリーッ!」
 
レイフが駆け寄って血だらけの私を抱き寄せる。
あぁ……これでいい。これで、彼の中に私を残すことができる。
私は己が持つ表情(かお)の中で、最も美しいであろう微笑を浮かべた。
彼のために、彼を見つめて。
 
「ありがとう、馬鹿なレイフ」
 
大好きよ……
最後の言葉は、彼に届いたのだろうか。
 
 
~~~

 
「メアリー! ……メアリーッ!」
 
どれだけ名を呼んでも、もう彼女はピクリとも動かない。
 
「俺が本当に君のためだけに“約束”を守ったと思ってるのか!?」
 
美しい亡き殻に向かって思わず叫ぶ。
約束を守ったのは、反乱を起こしたのは……自分のためだ。
もう一度、メアリーに会いたい。他愛ない世間話をして、ケンカをして、笑い合いたい。
例え自分が触れることを許されなくても。
己を突き動かしたのは、その一心だけだったのだ。それなのに……
 
「一度しか言わないから聞いてくれる? 愛してるよ、メアリー」
 
冷たい唇に口づけた後、反乱軍の将は姫の血に濡れた懐刀を自らの心臓に突き立てた。






ブログ初出2008/8/2

→続編『薄闇』(レイフの妻と親友視点)

目次(中世欧風)


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『墓前』続編掌編。母の墓に花を捧げる娘の話。

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私は母を知らない。声も、顔も、肖像画の一つですら聞いたことも見たこともない。知っているのは、ただ目の前の灰色の石に刻まれた名前のみ。
『マルタ・バリオーニ』
それが、私と同じ深い緑色の瞳を持ち、今なお父が愛するたった一人の妻である母の名だ。
 
 
 
「姉さま! マルゲリータ姉さま! やはりこちらにおいででしたか」
 
息を切らせながら走ってきたのは私の五つ下の従弟に当たるヴィットリオだ。彼は“現”バリオーニ伯爵である叔父の一人息子で、私を姉のように慕ってくれている。
 
「ええ、お花の綺麗な季節になったから、お母様にもお見せしようと思って」
 
微笑んで答えると、ヴィットリオは屈託なく笑って頷いた。
 
「そんなことなら僕に言って下されば、庭師に命じて一等綺麗な薔薇を摘んでこさせましたものを」
 
「いいのよ、お母様はこの花が一番お好きだと伺ったし、何よりこれはお父様がご自分でお育てになったものですもの」
 
「ああ、それで姉さまのお名も……」
 
無邪気なヴィットリオは明るい瞳を輝かせて私を見る。人々が噂する私の婚約者。若くして自ら位を退いた前伯爵の娘で、次期伯爵夫人と目されている私の領地内での立場は微妙だ。私と彼の婚約は正式なものではないが、家督相続の件で父に引け目を感じているらしい叔父が姪である私と自分の嫡子との婚姻を望んでいることは周知の事実だ。その一方で、叔父の正妻であるヴィットリオの母がそれを快く思っていないことも。
 
 
~~~
 
 
『正妻であられたアマーリア様の、侯爵家の血筋を引いているのならわかります。けれどあんな身分の低い妾の子などと娶せるなんて……!』
 
あれは私が七つか八つのときだった。叔父に呼ばれてヴィットリオの遊び相手を務めに伯爵家の本邸に赴いた際、偶然聞いてしまった言葉。私は己の母が父の“めかけ”と呼ばれるものであったことを、その時初めて知った。
 
一方で叔父はヴィットリオが生まれた直後から、将来私と結婚させることを考えていたらしい。
 
『マルタは優しい娘だった。私は兄上とは四才年が離れていてね、兄上とその取り巻き連中の遊びに混ざろうとすると、必ず腫れものか、みそっかすのような扱いをされたものさ。伯爵家の息子といっても跡取りというわけではなく、ただの“グズでのろまなチビ”に他ならなかったからね。もちろん誰も口に出しては言わなかったけれど、みんなが私を邪魔に思い、あえて私が混ざれないような遊びをしようとするのを知っていた。
けれど、彼女が来てからはそれが変わったんだ。マルタは私の手を引いて兄上たちの輪の中に入れてくれた。
どうしても仲間外れにされてしまったときは彼女が野苺の茂みや、花畑や、とにかく私でも手の届く安全な場所へ連れ出してくれた。そうすると、いつの間にやら兄上が後を追いかけてきて、その後ろにみんながぞろぞろとついてきてね。結局私は“独り”にならずに済んだ。彼女のおかげだよ』
 
そう言って寂しそうに笑う叔父もまた、幼き日の母に想いを寄せていたのかもしれない、と考えてしまうのはいささか邪推が過ぎるだろうか。
 
『兄上とマルタは本当に仲が良かった。二人で姿を消すと誰も追いつけない、どこに行ったのか誰も知らない場所に行ってしまうんだよ。そうして、夕方には泥だらけになったり、ところどころ破けた服を着て帰ってきたものだ。それでも、どんなに叱られても、二人ともとても楽しそうなんだ。私はそんな二人を見ているのが、とても、とても好きだった……』
 
叔父の回顧はいつもそこで止まってしまう。だから私ははっきりとした答えを聞けずにいた。成長した母が何故父の妾となったのか。父が何故爵位を捨てたのか。
 
 
~~~
 
 
寡黙な父に代わって母の思い出を話してくれる相手はもう一人いる。“元”女中のソニアだ。
 
『お母君……マルタ様は、初めは旦那さま……いえ、エドモンド様を初めとする周囲の子供たちに苛められておりました。かくいう私もその中の一人でしたわ。当時の子供たちの中でエドモンド様は絶対的な支配者で、そのエドモンド様に盾突くなんてとても考えられないことでしたもの……。
それなのに、マルタ様はエドモンド様に決して媚びず、むしろ間違いを間違いだとはっきり指摘されるようなご気性の方で。エドモンド様ご本人のお怒りもありましたけれど、子供というのは自分たちと異なる存在を恐怖に感じるものです。随分酷い嫌がらせも……致しました』
 
溜息を吐きだすように紡がれるソニアの言葉に、幼い私はじっと耳を傾けた。
 
『ところがマルタ様は決して卑屈になることなく毅然となさって……エドモンド様もそんなところに惹かれたのでしょう。いつの間にか何をするにもまずはマルタ様に相談なさるようになって。お二人があっという間に仲良くなられて……。私たちはマルタ様を苛めていた手前、あまり素直にお二人の傍に寄っていけなかったのですが、マルタ様はちっとも気にしていないようにこちらにも声をかけて下さって……。このような言い方をすると畏れ多いのかもしれませんが、大好きな友達になりましたわ』
 
どこか遠い目をして、ソニアが笑う。
 
『マルタ様のご両親が亡くなり、遠方のご親族に引き取られていったのが十二のお年……私はマルタ様より一つ年上ですから、その翌年から女中見習いとして伯爵家のお邸にお仕えさせていただくようになりました。そうして四年が経ったあの日……エドモンド様が新しくお建てになった小さなお屋敷への異動を命ぜられたのです』
 
ソニアの瞳が悲しげに濁り、私を見据える。
 
『まさか、その屋敷の主があのマルタ様で、エドモンド様のお妾になるとは思っておりませんでした。それはマルタ様も同様だったらしく、私もマルタ様も互いに酷く戸惑い、特にマルタ様は初め大分憔悴なさっておいでのご様子でした』
 
ソニアは一旦辛そうに話を切り、息を吐く。
 
『けれどマルタ様はある日突然顔を上げ、にこりと微笑まれたのです。
 
『ソニア、昔のように「マルタ」と呼んでちょうだい。“様”なんて付ける必要ないわ。ただでさえ気が滅入るような鳥籠の環境なんですもの。昔のようなあなたの憎まれ口が利けなくなってしまったら、本当にどうかしてしまうわ』
 
と』
 
『本当に、昔の通りのマルタ様でした。笑顔も、口調も全て。だから私は決意したのです。この方の前では、この方が望む限りは、昔のままの“マルタとソニア”の関係を壊さないようにしよう、と』
 
以後、ソニアは父が訪れた時以外は母に対して敬語を使ったり、遠慮をしてみせることは一切しなくなったのだと言う。
 
『マルタ様は優しい方でしたわ。私や他の者の愚かさや過ちも、エドモンド様の我儘やご無体も、全てを受け入れて微笑んでいらっしゃった。最期のときまで……』
 
噛みしめたところから血が滲みそうになっているのを見て、その唇に小さな指をそっと伸ばす。
 
『ねえソニア、おじさまも、あなたも、おかあさまはやさしいかただった、っておっしゃるわ。けれどほんとうにそうなのか、わたしにはわからないの。だって、ほんとうにおやさしいかただったなら、どうしておとうさまをおいていってしまったの? どうしておとうさまに、あんなにかなしいおかおをさせているの?』
 
幼い私の問いかけに、ソニアは一瞬嗚咽を堪えたようだった。
 
『……お父君ではなく、あなたは寂しくないのですか?』
 
『それはもちろんさびしいわ。ヴィットリオや、ほかのみんなにはおかあさまがいるのに、わたしにはいない。わたしもさびしいけれど、おとうさまのほうがもっとさびしがっていらっしゃるようにみえるの』
 
『マルゲリータ様……あなたは瞳の色だけでなく、そういうところまでお母君によく似ておいでなのですね』
 
涙を拭いながらこぼれたソニアの笑顔を、私はよく覚えている。
 
 
~~~
 
 
『おとうさま、おとうさまはおかあさまではないかたをおくさまにしていたことがあったのですか?』
 
“めかけ”という言葉の意味を知ってから初めて、父に問いかけた言葉に父は悲しそうに俯き、小さく頷いた。
 
『お父様は本当に大馬鹿者でね……本当はその時既にお前のお母様を誰よりも愛していたのに、その気持ちに自分では気づくことが出来なかったんだ』
 
『では、おかあさまはおとうさまのおきもちにきづいておいでだったのですか?』
 
私の問いに縋るような切ない眼差しを投げかけ、弱く首を振った父の姿。
 
『手遅れだったのかもしれない……それでもお父様なりに何とかお母様に気持ちを伝えたくて、“あの場所”を造ったんだよ』
 
 
~~~
 
 
木々のざわめきだけが耳を揺らす小高い丘の上。私と同じ名の花で彩られた灰色の石碑。物心つく前から何度となく訪れた、母の墓。少しだけ薄くなっている、そこに彫られた文字をじっと見つめる。さっきまで傍らではしゃいでいたヴィットリオは、少しの間一人にしてほしい、との私の意を汲み取って本邸の方へと戻って行った。
 
私は、父の母への愛を信じている。そうして、娘(わたし)を通じて天国の母に父の想いが通じることを……ここに来るたび、祈り続けている。
 
いつか私も、他人(ひと)を愛するときが来るのだろうか。その相手がヴィットリオでなくとも別に構わない、だからこそ彼との間に正式な婚約を結ばせないのだ、と父は私に告げた。名のある貴族に恋をしたならば、叔父の養女として嫁げば良い。行商人を愛したならば、家族も故郷も捨てて隊商の一員となれば良い。
 
「おまえだけは後悔をするな。愛することを知り、愛されることを学び、幸せになってほしい」
 
それが、『身勝手』な父の願い。
 
「お父様……私は、本当はあなたの幸せを祈り続けていたいのです」
 
それでも、私は父の願いを叶えるために。明日“婚約者”を捨て、あてのない旅路へと赴く。
 
「お別れです、お母様。どうかほんの少しでも、あなたにお父様の愛が届きますように。あなたが、お父様の愛を受け入れて下さいますように」
 
胸の前で手をしっかりと組み、唱えた言葉は少し震えていた。そんな私に応えるように、慰めるように、労わるように柔らかな風が頬を掠める。私の知ることのない『優しい』母の面影が、その風の中に溶けて消えた。





後書き
  番外編『風葬


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水晶の夏』・『金剛石の冬』・『黄玉の秋』占い師視点続編SSS。
拍手ログです。

拍手[0回]


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全てを失ったのは突然だった。
恋も、家族も、幸せも全て。
ただ彼に恋をしたというだけで。
彼が、王に選ばれたというだけで。

愛していた。指輪を嵌めた手がこの上もなく嬉しかった。
家族と共に寒々しい荒野の地へ送られ、都で行われた華やかな国王夫妻の
結婚式の様子を伝え聞いた時も、この指輪があれば生きていけると思った。
母は心労で亡くなり、父は酒浸りになり、
貴族の娘とは思えない生活に耐え忍んでいた日々。
王女を生まれた妃殿下がお亡くなりになったと聞いたときも、
本当にお気の毒に思った。そう、思おうとしていた。
あの男が私を訪ねてきたのは、その頃だった。


~~~


「国王陛下の後添えを我が国の貴族から立てることに決まりました。
十六歳のモントロン公爵令嬢がほぼ確定されているようです。
お悔しくはありませんか?
隣国から妃殿下を迎えるという理由で、あなたはお払い箱になられたのに、
今度は自国の若いご令嬢をお妃に据えようというのですよ?
第一、昔の恋人であられたあなたに陛下は何もして下さらない。
ご一家のこの窮状を、陛下は見て見ぬふりをなさっているのかもしれない」

全てを信じたわけではないのに、その男の口車に乗せられてしまったのは、
私の中に彼への憎しみが、恨みが宿っていたということなのだろうか。
黄玉はいつのまにか色褪せて、偽物へと変貌を遂げてしまった。


~~~


男の命ずるまま、評判の占い師としてルイーズに近づいた私は、計画通り
彼女を使ってシャルロットを殺し、シェフェール公爵をも追い込んだ。
寂しそうに微笑うルイーズ、無邪気に笑うシャルロット。
哀れな結末を迎えた二人の女。愛した男の妃と娘。
私は二人を憎んでいるはずだった。恨んでいるはずだった。



夕闇の中、黄玉に口づける王の姿に、私は真の過ちを知った。

「国王陛下」

私は歩み出た。
城に出入りするようになってからいつも身につけていた
深いフードの付いたマントを取り払い、素顔をさらして。
彼はこちらを振り向き、私を見て驚愕に言葉を失った。

「お伝えしなければならぬことがございます。
妃殿下に王女殿下の殺害を唆したのは……」

「やめろ」

跪いて彼を見上げた私の言を、彼は絞り出すような声で止めた。

「何があっても…何をされても……そなただけは恨めぬ。
私におまえを……いや、これ以上誰も、憎ませないでくれ」


~~~


城を去った私は酒に溺れる父の酒瓶に毒を盛った。
父がその酒瓶を口にしたのを目にした後、自らもその酒を杯に注いだ。

偽っていたのは私の方。
憎んでいないふり。憎んでいるふり。
捨てたふり。捨てていないふり。
名前も、姿も、感情すらも、私は“本物”を忘れてしまった。
春も夏も秋も冬も、あなたと離れてから、いつも己を偽って生きてきた。
だから、水晶も金剛石も翡翠も何も持たない女は、
かつて手放した黄玉によく似たまがい物の指輪を手にこの世を去る。

「さようなら、ごめんなさい……」






ブログ初出2009/6/9

後書き


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