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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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初恋の人は、義娘の婚約者として私の前に現れた・・・。
中世欧風シリアス。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「僕が決めたんだ。君を守る。そばにいるよ」
 
そう告げて笑った彼の、木漏れ日にきらめく新緑の色をした瞳を今も覚えている。
もう十年も前、母を亡くしたばかりで塞ぎ込んでいた私を父が連れ出した、真夏の避暑地。
退屈を持て余す貴族たちで溢れたそこで、初めて出会った同い年の少年。
部屋にこもりがちな私の手を彼は無理やり引っ張って、森や、川や、草原に誘った。
はじめはその強引さに嫌気が差していた私も、彼の手のひらの温かさや、
頬をなでる風の心地よさ、私の名を呼ぶ声の明るさに、
いつの間にか自然に笑みがこぼれるようになった。
好きだった。彼と過ごす時間が。彼のことが。あれはきっと、初めての恋だった。
あの夏から十年が経った冬の日の今日、
彼は私の義娘(むすめ)の婚約者として私の前に現れる。

 
 
五年前、先の王妃が薨去した。
国王と王妃の間に生まれたのは王女シャルロットのみ。
三十を過ぎたばかりの国王は世継ぎの王子の誕生を諦めきれず、後添えを望んだ。
前王妃の故郷である隣国との兼ね合いを考え、
国の臣たちは自国から新しい王妃を立てることを決めた。
国で一、二位を争う大貴族の父がこの機を逃すはずもなく、
私は国王の後添えに立った。十六の時のことだった。
誰もが待ち望んだ王子エミールを生んだのはその翌年のこと。
国王は年の離れた私にとても優しく、元々私を姉のように慕ってくれていた
王女シャルロットとも良好な関係を築けている。
可愛い盛りのわが子と、年頃を迎え瑞々しい美しさが花開きつつある義娘、
威風堂々とした国王たる夫……誰もが羨む幸せを、私は若くして手に入れた。
 
国王が娘の降嫁を決めたのは、つい先日のことだった。
私が王子を生んだころから、隣国におもねる一部の勢力の間で
前王妃の娘であるシャルロットを次期女王に、という声は尽きなかった。
シャルロット本人は私の息子であるエミールを可愛がってくれているし、自分が王位にとは
夢にも思っていないようだが、宮廷というのはとかく陰謀の尽きない空間だ。
無用な争いを避けるためにも、と陛下はシャルロットが十六になるのを待って
臣籍に降嫁させることを決めた。そうして、その相手に決まったのが彼……
三年間の外遊から帰国したばかりのアルマンだった。

 
~~~
 
 
「お初にお目にかかります、アルマン・ド・シェフェールと申します。
王妃殿下にはご機嫌麗しく……」
 
「堅苦しい挨拶は抜きに致しましょう。あなたは私の娘婿となられるのですから、
家族も同然ですわ。ねえそうでしょう? シャルロット?」
 
「お義母さまったら……!
アルマン、義母(はは)もこうおっしゃっていることですし、気楽になさって?」
 
「は、いえ、しかし……」
 
「シェフェール公爵」
 
「はい、何でしょうか?王妃殿下」
 
「なさぬ仲とはいえ、シャルロットはわたくしの可愛い義娘……
どうか大切に、幸せにしてくださいね」
 
「……はい、この命に代えましても」
 
アルマン、ああ、アルマン!
何も変わっていなかった、あの力強く人を照らす眩しい新緑の瞳も、少し癖のある黒髪も!
低く落ち着いた声音とたくましくなった身体つきは、彼の本質を何も歪めはしない。
『お初にお目にかかります』という言葉を聞いたとき、今にも震え出しそうになった。
彼は覚えていない。何も覚えていないのだ、私と過ごしたあの夏の日のことなど!
覚えていて何故、あんなに穏やかに微笑める?あんな誓いに頷けるのだ?
守ると、そばにいると告げた女以外の相手を幸せにすると!
ああ、否私は矛盾している。あの誓いを立てさせたのは私だ。
大切な義娘を、私を王室の一員として快く受け入れてくれたあの娘を
幸せにしてほしいと、彼に願ったのは私自身だ。
それなのに、それなのに……今はこんなにも、あの娘のことが憎くて、憎くて仕方ない。
あの夏の日から今日まで……こんな気持ちになることは一度だってなかったのに。


~~~
 
 
「シャルロット王女を殺してしまえば良いではありませんか。
そうすればエミール殿下の王位が脅かされることも、
シェフェール公爵が奪われることもなくなりますわ」
 
側近として仕える占い師は妖しく嗤ってそう言った。
 
「とんでもないわ、そんなこと。私はシャルロットを本当の娘のように
思っているのよ。彼女が可愛いし、大切な家族だわ」
 
「本当に? 一度も彼女を妬んだり、憎んだことはないと?」

私の言葉に、占い師は慈しむような眼差しをこちらに向けて問いかけた。
 
「あなたが母を失い哀しい思いをなさっている時、
無理にあなたのお袖を引っ張って亡き母君が残された大切な
形見のお人形を壊してしまったのは幼き日の姫君では?
あなたが自分の倍ほどの年齢の陛下に心ならずも嫁がねばならなくなった時、
あなたの気持ちを何も思いやることなく『ルイーズが家族になるなんて嬉しいわ』
と高らかに笑ったのは? あなたの腹に己が父の子供が宿っているのを見ても、
あの姫君はまるであなたが新しい玩具を与えてでもくれるかのように
図々しくも膨れた腹に何度も触れたがって……。
あなたとシャルロット様は四つしか離れていらっしゃらない。
そんな義娘に膨れた腹を撫でられる、
まだたった十七のあなたの気持ちを考えてくれた方はどこにいます?
挙句の果てに心の奥でひそやかに想い続けた初恋の方まで
彼女に奪われてしまうとは、なんと可哀想な王妃さま!」
 
「やめて、やめて! そんなこと思っていない! 私を、私を哀れまないでっ……!」
 
両耳を押さえ蹲る私を、占い師は嘲笑う。
 
「これはまだ極秘の情報らしいのですが、シャルロット王女の一派は
降嫁と同時にエミール殿下の暗殺を計画しているようですよ。
もちろんシェフェール公爵も巻き込む予定でしょう。
降嫁までに彼を自分たちの側に説得するつもりで。
まぁご自分の妻が女王となれば自らは国王に準じる地位を得られるのですもの、
清廉潔白と言われる公爵さまとはいえどちらに着くかは火を見るより明らか……
いえ、説得に応じない場合、最悪殺されてしまいますものね。
身の保身のためにも彼はあなたとエミール殿下を……」
 
耳元で囁かれる悪魔の文言。私は震えながら顔を上げた。
 
「それは、本当なのですか……?」
 
「ええ、確かな筋からの話でございます。」
 
ニヤリと嗤う女の顔に、私は矢も楯も止まらず立ち上がった。
エミールが殺されてしまう。アルマンも殺されるかもしれない。
シャルロットを、彼らの旗印を殺さなければ、コロサナケレバ……!
 

~~~

 
「シャルロット、起きている?」
 
細心の注意を払って、私は深夜の義娘の寝室の扉を叩いた。
 
「まぁ、お義母さま! どうかなさって?」
 
薄蒼の瞳が可愛らしく瞬いて、何の疑いもなく私を出迎える。
 
「もうすぐあなたもこの城を去って、寂しくなってしまうでしょう?
ですから婚礼の準備で忙しくなる前に、一度母と娘として
じっくり語り合いたいと思ってこれを持ってきたの」
 
差し出したワインの瓶に、シャルロットは支度をする女官を呼ぶ鐘を鳴らそうとした。
 
「ああ、およしなさい。女官がいては母娘水入らずのお話ができないわ。
あなたは座っていて。わたくしが持ってきたのですもの、
ワインの支度くらいわたくしがするわ」
 
「ふふ、そうですわね。ルイーズ……
お義母さまと二人きりなんて、久し振りですもの」
 
シャルロットが嬉しそうに微笑んで寝台へと腰掛ける。
彼女に背を向けて、私はグラスを二つ並べた。
片方には毒、そしてもう片方には……
シャルロットは最後まで私を疑うことなく、毒のグラスに口をつけた。
 
血を吐いて倒れたシャルロットを見届けて、
現れた占い師と共に“私”の痕跡を隅から隅まで拭い去る。
血、血、紅い紅い血。
ルイーズ、と私を慕ってくれた、義母として私を受け入れてくれた、
エミールを可愛がってくれた……大切な、大切な彼女の血。
私は逃れられない罪を知った。だから、
 

~~~

 
彼が私の居室を訪れたのは、シャルロットの葬儀が全て終わり、
無理やり犯人に仕立て上げられた元女官の裁判が始まる前日のことだった。
 
「……何故、なぜ彼女を殺したのですか?」
 
押し殺した声に込められたのは憤りか、憎しみか。
彼の手に握られた水晶のブローチ。あの日、あの部屋に唯一残された私のもの。
十年前の夏の日、彼が私の手に残して行った宝物……
 
「エミールを、我が子を守るためです」
 
微笑って告げた私を、信じられないといった瞳で彼が見つめた。
 
「あなたを、この水晶の中に閉じ込めていられたら……
こんな悲劇は起きなかったのでしょうか?」
 
嫉妬と悲しみと怒りと悔恨に縁取られた彼の瞳に、私はようやく彼の想いを知った。
喜びの涙が私の頬を伝う。
 
「いいえ、わたくしの心がその水晶にいつまでも囚われていたからこそ、
現実(いま)が受け入れられないのです」
 
私は微笑った。あの夏の日、彼に向けていた笑顔を思い出しながら。
光る刃を彼に向け、その手に握られた黒い銃の先を見つめて。
 
「アルマン、わたくしはあなたを……」
 
夕闇に部屋は真紅に染まり、悲しい嗚咽がいつまでも響いていた。






初出2009/4/17

→『金剛石の冬』(アルマン視点)

目次(中世欧風)
 

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「僕が決めたんだ。君を守る。そばにいるよ」
 
そう告げて笑った彼の、木漏れ日にきらめく新緑の色をした瞳を今も覚えている。
もう十年も前、母を亡くしたばかりで塞ぎ込んでいた私を父が連れ出した、真夏の避暑地。
退屈を持て余す貴族たちで溢れたそこで、初めて出会った同い年の少年。
部屋にこもりがちな私の手を彼は無理やり引っ張って、森や、川や、草原に誘った。
はじめはその強引さに嫌気が差していた私も、彼の手のひらの温かさや、
頬をなでる風の心地よさ、私の名を呼ぶ声の明るさに、
いつの間にか自然に笑みがこぼれるようになった。
好きだった。彼と過ごす時間が。彼のことが。あれはきっと、初めての恋だった。
あの夏から十年が経った冬の日の今日、
彼は私の義娘(むすめ)の婚約者として私の前に現れる。

 
 
五年前、先の王妃が薨去した。
国王と王妃の間に生まれたのは王女シャルロットのみ。
三十を過ぎたばかりの国王は世継ぎの王子の誕生を諦めきれず、後添えを望んだ。
前王妃の故郷である隣国との兼ね合いを考え、
国の臣たちは自国から新しい王妃を立てることを決めた。
国で一、二位を争う大貴族の父がこの機を逃すはずもなく、
私は国王の後添えに立った。十六の時のことだった。
誰もが待ち望んだ王子エミールを生んだのはその翌年のこと。
国王は年の離れた私にとても優しく、元々私を姉のように慕ってくれていた
王女シャルロットとも良好な関係を築けている。
可愛い盛りのわが子と、年頃を迎え瑞々しい美しさが花開きつつある義娘、
威風堂々とした国王たる夫……誰もが羨む幸せを、私は若くして手に入れた。
 
国王が娘の降嫁を決めたのは、つい先日のことだった。
私が王子を生んだころから、隣国におもねる一部の勢力の間で
前王妃の娘であるシャルロットを次期女王に、という声は尽きなかった。
シャルロット本人は私の息子であるエミールを可愛がってくれているし、自分が王位にとは
夢にも思っていないようだが、宮廷というのはとかく陰謀の尽きない空間だ。
無用な争いを避けるためにも、と陛下はシャルロットが十六になるのを待って
臣籍に降嫁させることを決めた。そうして、その相手に決まったのが彼……
三年間の外遊から帰国したばかりのアルマンだった。

 
~~~
 
 
「お初にお目にかかります、アルマン・ド・シェフェールと申します。
王妃殿下にはご機嫌麗しく……」
 
「堅苦しい挨拶は抜きに致しましょう。あなたは私の娘婿となられるのですから、
家族も同然ですわ。ねえそうでしょう? シャルロット?」
 
「お義母さまったら……!
アルマン、義母(はは)もこうおっしゃっていることですし、気楽になさって?」
 
「は、いえ、しかし……」
 
「シェフェール公爵」
 
「はい、何でしょうか?王妃殿下」
 
「なさぬ仲とはいえ、シャルロットはわたくしの可愛い義娘……
どうか大切に、幸せにしてくださいね」
 
「……はい、この命に代えましても」
 
アルマン、ああ、アルマン!
何も変わっていなかった、あの力強く人を照らす眩しい新緑の瞳も、少し癖のある黒髪も!
低く落ち着いた声音とたくましくなった身体つきは、彼の本質を何も歪めはしない。
『お初にお目にかかります』という言葉を聞いたとき、今にも震え出しそうになった。
彼は覚えていない。何も覚えていないのだ、私と過ごしたあの夏の日のことなど!
覚えていて何故、あんなに穏やかに微笑める?あんな誓いに頷けるのだ?
守ると、そばにいると告げた女以外の相手を幸せにすると!
ああ、否私は矛盾している。あの誓いを立てさせたのは私だ。
大切な義娘を、私を王室の一員として快く受け入れてくれたあの娘を
幸せにしてほしいと、彼に願ったのは私自身だ。
それなのに、それなのに……今はこんなにも、あの娘のことが憎くて、憎くて仕方ない。
あの夏の日から今日まで……こんな気持ちになることは一度だってなかったのに。


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「シャルロット王女を殺してしまえば良いではありませんか。
そうすればエミール殿下の王位が脅かされることも、
シェフェール公爵が奪われることもなくなりますわ」
 
側近として仕える占い師は妖しく嗤ってそう言った。
 
「とんでもないわ、そんなこと。私はシャルロットを本当の娘のように
思っているのよ。彼女が可愛いし、大切な家族だわ」
 
「本当に? 一度も彼女を妬んだり、憎んだことはないと?」

私の言葉に、占い師は慈しむような眼差しをこちらに向けて問いかけた。
 
「あなたが母を失い哀しい思いをなさっている時、
無理にあなたのお袖を引っ張って亡き母君が残された大切な
形見のお人形を壊してしまったのは幼き日の姫君では?
あなたが自分の倍ほどの年齢の陛下に心ならずも嫁がねばならなくなった時、
あなたの気持ちを何も思いやることなく『ルイーズが家族になるなんて嬉しいわ』
と高らかに笑ったのは? あなたの腹に己が父の子供が宿っているのを見ても、
あの姫君はまるであなたが新しい玩具を与えてでもくれるかのように
図々しくも膨れた腹に何度も触れたがって……。
あなたとシャルロット様は四つしか離れていらっしゃらない。
そんな義娘に膨れた腹を撫でられる、
まだたった十七のあなたの気持ちを考えてくれた方はどこにいます?
挙句の果てに心の奥でひそやかに想い続けた初恋の方まで
彼女に奪われてしまうとは、なんと可哀想な王妃さま!」
 
「やめて、やめて! そんなこと思っていない! 私を、私を哀れまないでっ……!」
 
両耳を押さえ蹲る私を、占い師は嘲笑う。
 
「これはまだ極秘の情報らしいのですが、シャルロット王女の一派は
降嫁と同時にエミール殿下の暗殺を計画しているようですよ。
もちろんシェフェール公爵も巻き込む予定でしょう。
降嫁までに彼を自分たちの側に説得するつもりで。
まぁご自分の妻が女王となれば自らは国王に準じる地位を得られるのですもの、
清廉潔白と言われる公爵さまとはいえどちらに着くかは火を見るより明らか……
いえ、説得に応じない場合、最悪殺されてしまいますものね。
身の保身のためにも彼はあなたとエミール殿下を……」
 
耳元で囁かれる悪魔の文言。私は震えながら顔を上げた。
 
「それは、本当なのですか……?」
 
「ええ、確かな筋からの話でございます。」
 
ニヤリと嗤う女の顔に、私は矢も楯も止まらず立ち上がった。
エミールが殺されてしまう。アルマンも殺されるかもしれない。
シャルロットを、彼らの旗印を殺さなければ、コロサナケレバ……!
 

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「シャルロット、起きている?」
 
細心の注意を払って、私は深夜の義娘の寝室の扉を叩いた。
 
「まぁ、お義母さま! どうかなさって?」
 
薄蒼の瞳が可愛らしく瞬いて、何の疑いもなく私を出迎える。
 
「もうすぐあなたもこの城を去って、寂しくなってしまうでしょう?
ですから婚礼の準備で忙しくなる前に、一度母と娘として
じっくり語り合いたいと思ってこれを持ってきたの」
 
差し出したワインの瓶に、シャルロットは支度をする女官を呼ぶ鐘を鳴らそうとした。
 
「ああ、およしなさい。女官がいては母娘水入らずのお話ができないわ。
あなたは座っていて。わたくしが持ってきたのですもの、
ワインの支度くらいわたくしがするわ」
 
「ふふ、そうですわね。ルイーズ……
お義母さまと二人きりなんて、久し振りですもの」
 
シャルロットが嬉しそうに微笑んで寝台へと腰掛ける。
彼女に背を向けて、私はグラスを二つ並べた。
片方には毒、そしてもう片方には……
シャルロットは最後まで私を疑うことなく、毒のグラスに口をつけた。
 
血を吐いて倒れたシャルロットを見届けて、
現れた占い師と共に“私”の痕跡を隅から隅まで拭い去る。
血、血、紅い紅い血。
ルイーズ、と私を慕ってくれた、義母として私を受け入れてくれた、
エミールを可愛がってくれた……大切な、大切な彼女の血。
私は逃れられない罪を知った。だから、
 

~~~

 
彼が私の居室を訪れたのは、シャルロットの葬儀が全て終わり、
無理やり犯人に仕立て上げられた元女官の裁判が始まる前日のことだった。
 
「……何故、なぜ彼女を殺したのですか?」
 
押し殺した声に込められたのは憤りか、憎しみか。
彼の手に握られた水晶のブローチ。あの日、あの部屋に唯一残された私のもの。
十年前の夏の日、彼が私の手に残して行った宝物……
 
「エミールを、我が子を守るためです」
 
微笑って告げた私を、信じられないといった瞳で彼が見つめた。
 
「あなたを、この水晶の中に閉じ込めていられたら……
こんな悲劇は起きなかったのでしょうか?」
 
嫉妬と悲しみと怒りと悔恨に縁取られた彼の瞳に、私はようやく彼の想いを知った。
喜びの涙が私の頬を伝う。
 
「いいえ、わたくしの心がその水晶にいつまでも囚われていたからこそ、
現実(いま)が受け入れられないのです」
 
私は微笑った。あの夏の日、彼に向けていた笑顔を思い出しながら。
光る刃を彼に向け、その手に握られた黒い銃の先を見つめて。
 
「アルマン、わたくしはあなたを……」
 
夕闇に部屋は真紅に染まり、悲しい嗚咽がいつまでも響いていた。






初出2009/4/17

→『金剛石の冬』(アルマン視点)

目次(中世欧風)
 

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