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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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玲奈の付箋

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あなたを理解するのも、愛するのも、あたしだけでいい。あたしだけ、がいい。



『あー、今日? 今日は佑んち寄って帰るって……』

電話口から漏れる低い声は、相変わらず面倒くさそうにこちらの問いに答える。

「ホントに? 女の子といるんじゃないの? 信用できない!」

甲高い声で叫ぶと、電話の向こうからハァ、という溜め息が聞こえた。

『ちょっと、誰か代わって』

『えー!?』

ボソボソしたやりとりが聞こえた後、耳に届いたのは廉と異なる透明な声。

『もしもし、玲奈ちゃん? おれ、佑樹だけど』

すぐに、まるで女の子のように綺麗な顔をした彼の姿が脳裏に浮かぶ。

「ユウキくん? ……ごめんね、わざわざ」

高ぶった気持ちを精一杯抑えて誤る私に、彼は優しく

『いいよ、大丈夫。廉のことはおれと祥がちゃんと見張っとくから』

と言ってくれた。

『何だよそれ……』

『めんどい』

という声が、電話の後ろから聞こえる。

『とりあえず黙っとけ!』

恐らく背後に向かって叫んだのだろう、ユウキくんの声。

「ごめんね……廉……」

そう呟いて、私は通話を切った。いつの間にか切れた電話に、
少し慌てる二人と、ホッとして溜め息をつく廉の姿を思い浮かべながら。

大丈夫。あの二人といるなら、女の子は入ってこない。
あの二人は、私と同じ世界の人間だから。
 

~~~


『だれ? その子たち』

『……友達』

二人と初めて出会ったのは、中学一年生の夏。小学校までは同じ私立の
小学校に通っていた廉が、中学校からは突然公立に行くと言い出した。
一方で私は、「一族の伝統」に従い私立の女子校に進学することが決まっていた。
その女子校の目と鼻の先にある名門男子校に、当然廉も進学するものと思っていた。
私たちの出た小学校の卒業生のほとんどが、そうするように。
それなのに、廉は私を裏切った――
私も公立に行きたい、とどんなにねだっても、両親は首を縦には振らなかった。

『廉くんは、特別なの』

『全く、本家の跡取りでなかったらあんな我儘……!』

すました顔で答える母と、舌打ちをして呟いた父の姿を覚えている。

廉は私の手を、いとも簡単にすり抜けてしまった。

その日から、私は廉の家に通い詰めるようになった。廉は当然鬱陶しそうな眼差しを
私に向けてきたが、そんなことには既に慣れていた。私は、必死だった。

そんな時、廉の家に向かう途中の公園で、聞こえてきた笑い声。

『うわー、祥、だっせー!』

『うるせぇ、黙れ!』

『キャハハハハ! その辺にしときなよ、廉!』

“レン”、その響きに、私は足を止めた。声のする方を見れば、同じ制服の
少年二人とふざけ合う廉の姿。廉の、あんな顔を見るのは初めてだった。
何の計算も、皮肉も含まれていない笑顔。私は動揺した。冷たい汗が背中を滑る。

『だれ? その子たち』

唐突に現れた私を、驚いたように三人が見つめる。

『……友達』

ムッツリとした表情で廉が答えた。“トモダチ”、その言葉は、私に大きな衝撃を与えた。
常に無気力で、学校でもどこでも、誰かとつるむことをしなかった廉。
世の中をどこか醒めた瞳で見つめ、同じ年頃の少年たちを見下しているかのような
きらいさえあった。けれど、それは私にとっては好都合だった。
私だけが、廉の側にいることができたから。私の大好きな廉を、守ることができたから。

『廉……この子、誰?』

『知り合い?』

二人の問いに、廉は不愉快そうに眉根を寄せて答えた。

『オレの婚約者』

二人は呆気に取られた表情で私を見る。私は少しホッとした。
ああ、良かった。これで二人は、明日から廉の隣にはいなくなるだろう。
“廉”は、人々から遠巻きに見つめられる存在でなければならない。

それなのに……期待はまた、裏切られた。
彼らは廉の、“本当の”トモダチになってしまった。


~~~


『アンタ、なんだろ?』

電話に出ない、家に行ってもいつもいない廉に業を煮やして、
私はショウタロウくんの家を訪ねた。廉の行方を尋ねる私に、
彼は『知らねぇ』としか答えなかった。何度聞いてもそうとしか答えない彼に、
憮然として踵を返そうとすると私に、彼がボソリと呟いた。

『アンタ、なんだろ?』

『……何のこと?』

聞き返した私を、彼は鼻で笑った。

『廉から、“コイ”とか“アイ”とかいう感情を奪ったの』

少しかすれた声に、身体からサァッと血が引いていくのが分かった。

『“コイ”だけじゃないな。親の愛情、当たり前に側にいるはずだった友達、
好きな女の子……全部、ぜんぶ、アンタが廉から奪ったんだろ?』

辛辣な彼の口調に、思わず耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られる。

『何で……なんでそれっ……!?』

私の叫びに、彼はニヤリと笑ってこう答えた。

『同じ小学校だった奴が言ってたんだよ。あんな女がベッタリの奴と、
よく付き合えるな、って。お前、相当色々やったんだって?』

『……そうよ。それの、何が悪いの?』

祖父を焚き付けて廉を家族の元から引き離したことも。
廉の近くの席の子、廉と少しでも喋った子には嫌がらせをし続けたことも。
廉が静かに見つめていた女の子を転校にまで追い込んだことも。
全て、すべて、廉を守るため。
私の大好きな、“誰のことも愛さない”廉を失ってしまわないため。

『……最低だな』

ショウタロウくんはそう吐き捨てて玄関の扉を閉めた。
私は一人、唇を噛み締める。私には、涙を流す資格なんて無い。
例え誰に理解してもらえなくても。例え廉に、愛してもらえなくても――

ねぇ、廉? “レンアイ”って、そんなキレイなものじゃないよ……?

願うのはただひとつ。
あなたの世界が、永遠にあなたのものでありますように……。

 



 →後書き
 


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遥香の付箋

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あなただけがいればいい。あなた以外、何もいらない。



『竜ちゃんは理系に進むんだねー』

『おうっ! 数学ⅢC、頑張るぜぃ!』

入学当初に言っていた言葉、覚えていたのに。


~~~


「もう、一緒に宿題できなくなっちゃうね。」

寂しそうに呟くと、彼はきょとんとした顔で

「え、何で? おれが物理やってる脇で遥香世界史やりゃいいじゃん」

と言った。

「一緒のがいーんだもん」

唇を尖らせた私の頭に、彼は苦笑して優しく手を乗せた。
暖かい手。大きな手。私の大好きな、彼の手のひら。

「大丈夫だよ。おれは遥香の、側にいるから」

「うん……」

ずっと一緒なんて、無理なことは理解()ってる。
でも、それでも……いつも、あなたの一番近くにいたい。
この世界に、あなたと私の二人だけが存在していたら良かったのに。


~~~


「神田!」

学校の帰り道。見知った後ろ姿を見つけて、彼は私の隣から駆け出していく。
弟の友人である祥ちゃん……神田祥太郎は、彼の中学時代の部活の後輩だ。
サッカーが巧く、頭の回転も速い祥ちゃんのことを、竜ちゃんはとても気に入っている。
高校のサッカー部への勧誘は断られたようだが、
それでも私の弟と仲が良いせいもあってか、何かと気にかけているようだ。
彼が声をかけている姿を、よく目にするから。
誰にでも優しい彼。 誰からも好かれる彼。 私だけのものじゃない、彼。
嫌、いや……!
話し込む二人を見ている内に、もやもやした気持ちが沸き起こる。

「竜ちゃん!」

思わず大きな声で叫ぶと、彼はハッとしたようにこちらを振り向いた。

「あぁ、ごめんごめん」

全て解っているというように微笑んだ彼は、祥ちゃんと二言三言言葉を交すと、
こちらに向かって走ってきた。スタスタと歩き出した私に、祥ちゃんがペコリと頭を下げる。
私は祥ちゃんに軽く会釈をして、その横を通り過ぎた。小さな声で「ごめんね」と告げて。
隣を歩く竜ちゃんが、何度も祥ちゃんをチラチラと振り返っていたのは、見なかったことにした。
私の目には、竜ちゃんしか映らない。


彼の頭の中から、私以外のものを全部追い出してしまえたらいいのに。
彼の目に映るものが、ずっと私だけであればいいのに。
今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えながら、私の小さな手では
包み込むことのできない彼の大きな手を、ぎゅっと握り締めた。()





後書き
  =(玲奈の付箋)


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咲也子の付箋

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あたしを一番に選んでくれないなら、あなたなんていらない。



「さよなら」

言い訳を重ねる男に、それだけを告げて踵を帰す。

「ちょ、待てよ咲也子!」

往生際の悪い男だ。私もまだまだ見る目が無い。
肩にかかる武骨な手を、パシンと払い除けて彼を睨む。

「後悔するならあの()とあたしを天秤にかけたりなんか、しなきゃ良かったのに」

私の言葉に固まった男の表情を流し見て、私は足を進めた。

夏の日差しが白い肌に照り付ける。自由に調整の利かないセーラー服は少し暑い。
帰りのバスは、まだ来ない。


~~~


家に帰りつくと、玄関には見慣れない靴が四つ並んでいた。
男物の革靴が一足、華奢なミュールが一足、その間に、小さなスニーカーが二足。

ああ、兄が来ているのか。

私は憂鬱な気分になった。兄夫婦のことは余り嫌いではない。
特に、美しい義姉(あね)()は私の自慢だ。私も容姿は人に誉められる方だが、
どこか近づきがたいと言われる私とは違い、義姉はそこに現れただけで、
蜜の香りに引き寄せられる蝶のごとく、駆け寄っていきたくなるような華やかな女性だ。

私が苦手とするのは、子供。兄夫婦の間には、女の子と男の子が一人ずつ生まれている。
排便の世話や、離乳食……義姉が、子供のことならどんなに汚いことも
その白い手でやってしまうことが気に入らない。
 
美しい彼女が、汚れてしまうようで。

子供は、嫌い。汚いから。綺麗過ぎるから。何を考えているのか分からないから。
ああ、今日は何てついてない日だろう。

「おばちゃ?」

玄関先で顔をしかめていると、トタトタという足音と共に二歳の甥が現れた。

「おばちゃん、じゃなくて、咲也子って言ってるでしょ」

不機嫌さがあいまって、つい怒鳴るように言い返すと、
彼はキョトンとした表情を浮かべ、何故かすぐにニッコリと笑った。

「さやちゃ!」

だっこを求めるように伸ばされた手を、受け入れてしまったのは何故だろう。
抱き上げた佑樹は、じっとこちらの顔を覗きこんではキャッキャッ、と嬉しそうに笑う。
二歳児とは思えないくらい、義姉同様に整った、可愛らしい笑顔。

「あら、咲也子ちゃん帰ってたの? まぁ珍しいわね、佑樹がそんなにご機嫌なの」

居間から顔を出した義姉が、不思議そうにこちらを眺める。

「佑樹は咲也子のこと大好きだもんな」

義姉の後ろから聞こえてきた兄の声に応えるように、佑樹が叫んだ。

「うん、ゆうき、さやちゃ、だいしゅき!」

真っ直ぐな、好意。痛いくらい真っ直ぐに、こちらに向けられる眼差し。
今日別れた彼が私に与えてくれなかったもの。
私が何よりも欲しくて、手に入れられないもの。

「……うん、あたしも佑樹、大好きよ」

ひとりでに溢れた言葉と微笑みは、なんだったのだろう?
腕の中の温もりは、細腕が抱き上げられてしまうほど小さいのに。
私が本当に欲しいものをくれるのは、一生の間に出会う人の中で、この子だけなのかもしれない。
そんな、気がした。





後書き
  ⅢC(遥香の付箋)


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廉2ページ目

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「レンアイとシューチャクって、どう違うワケ?」

「は?」

佑樹の家からの帰り道。
ふと、傍らの祥太郎に問掛けると、彼は怪訝な表情でこちらを見返した。

「佑も、祥も、玲奈も。みんな、執着してるように見える。
咲也子さんや、遥香さんや、オレに。でも、それが“コイ”なんだろ?
ただのシューチャクとどう違うの?」

からかうように笑ったオレに、祥は少し怒ったようだ。
黙りこんで、こちらを睨みつけてくる。

「……お前の世界は、まだお前のもんなんだな」

険しい表情がふっと緩んだ瞬間、祥が呟いた言葉。

その意味が理解できなくて、胸の中の形にならない苛立ちは、一層増した。


~~~


情事が終わると、玲奈はいつもオレの腕をしっかり握り締めたまま隣に横たわり、
ピロートークをねだる。本当ならすぐにでも出て行ってほしいのに、
眠りに落ちるまでしがみついた腕は決して離れようとしない。
仕方なしに紡ぎだされる意味のない会話に、玲奈はじっと耳を傾け続けるのだ。

「例えばさ、オレと佑と祥が三人で雪山に行って、遭難したとするじゃん?」

「……」

「食糧が全部尽きて、誰かがその身を犠牲にしないと
みんな死んでしまう状況になったとする」

「……」

玲奈は一言も言葉を発することなく、ただ視線を宙に彷徨わせている。

「オレは躊躇わずに他の二人を殺すね。
普段あれだけ一緒にいる、大事な友達でも。オレは、そういう奴だよ」

だからいい加減、こんな男を求め続けるのはやめた方が良い、
そう言おうとした時だった。

「そんなの、誰だってそうだよ」

玲奈が口を開いた。

「廉は普通だよ。人間なんてみんな、自分が一番可愛いんだから」

でも、お前は違うだろ? 佑も、祥も。
もし、一緒に遭難したのがオレだったら。咲也子さんだったら。遥香さんだったら。
真っ先に自分の身を犠牲にして、相手を救おうとするだろ?
理解できない。……気持ち悪い。

「れん、れん、廉はおかしくなんかないよ。私は廉が、大好きだよ」

オレの目を、真っ直ぐに覗き込んで、玲奈が言った。抑えてきた感情が爆発する。

「何でそんなこと言えんだよ!? お前オレのこと、何もかも知ってる訳じゃねぇだろ!?」

「分かるわよ!」

玲奈はそう叫ぶと、サイドテーブルに置いてあったペンに手を伸ばし、オレの腕を掴んだ。
掌に記されたのは「Rena」の綴り。「a」の字を隠すように、
玲奈がオレより一回り小さなその手を、そっと重ねる。

「私の中には、廉がいるもの」

今にも泣き出しそうな、震えた声と同時に、細い腕がオレの肩に回された。

「好きになってくれなくてもいいの。その代わり、誰のことも見ないで。
私と同じように、誰のことも、愛さないで……」

鼻先に香る、シトラスの香り。前にオレが好きだと言った香り。涙が、こぼれた。
あぁ、こいつの世界は、きっとオレのものなんだな、と漠然と思った。

可哀想だ、と。オレを想う玲奈のことが可哀想だと、その時初めて思った。


~~~


いつもの昼下がり、学校の屋上。フェンスにもたれて風に当たる。
少しだけ冷たい風が、頬を撫でる。ああ、気持ちいい。

「この前言ってた、オレの世界がまだオレのもんだ、って話」

「あぁ?」

唐突に話題を降ると、祥は面倒くさそうに読んでいた漫画から顔を上げた。
佑は、古文の教科書と格闘している。

「アレ、玲奈見てたら何となく分かった」

オレの台詞に、少し考え込むような表情を浮かべた後、祥は短く

「そうか」

とだけ答えた。

「可哀想だ、と思った」

佑を手伝ってやろうと移動しながら呟いた言葉に、祥は目を見開いた。
いつのまにか佑も教科書を閉じ、こちらを見ている。

「でも少しだけ、羨ましくなった」

こぼれ落ちた本音。佑と祥は一瞬沈黙した後、少し切なげな微笑を浮かべた。

「オレ、佑と祥のことは好きなんだけどなぁ……」

冗談めかして呟いた言葉が、青空の下に虚しく響く。
気がつくと背後には佑と祥がいて、二人ともオレの肩をポン、と叩いた。

いつかこの世界が、オレのものじゃなくなる日が来るのだろうか。
次に見える世界は、どんな色をした世界なんだろうか。

ブーッ……ブーッ……
携帯のバイブが鳴る。
ディスプレイを見て、すぐに返信を打ち始めたオレをからかうように祥が言った。

「あれ~? 今日はちゃんと返事、してあげるんだね?」

佑がにこにこと笑いながらオレの手元を見つめる。

「……たまには、ね」

にっこりと微笑んだオレが、よっぽど意外だったのか、
きょとんとして固まる祥を尻目に、送信を終えた携帯を閉じて、オレは鼻歌を吹いた。

今日も、世界はオレのもの。





後書き
  2B(咲也子の付箋)


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廉1ページ目

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「祥、祥、ここ分かんない。教えて?」

「あぁ? どこだよ……ってお前こんなのも分かんねぇの!?」

数学の教科書と睨み合う佑樹の側に、祥太郎が腰を降ろす。
雑誌を片手に寝転ぶオレはその様子を横目で眺めていた。
馬鹿なくせに真面目な佑。頭は良いのに不真面目な祥。馬鹿で不真面目なオレ。
オレら三人は、いつも一緒。

ブーッ……ブーッ……
ポケットの中でバイブが鳴る。正直、出るのはめんどくさい。
ディスプレイに浮かんだ名前は、更にオレの気分を憂鬱にさせた。 
そのまま、電源ボタンをプチンと押したオレの不機嫌な顔に気づいたのだろう、
教科書を間に押し問答を繰り広げていた二人が、黙り込んでこちらを見ていた。

「……電話、出なくて良かったの?」

もっともな佑の言葉に、オレはにっこりと微笑んで答えた。

「ああ、玲奈だから」

オレの返答に、祥は眉をひそめてあーぁ、という表情を作る。
以前、一週間電話に出なかった時、
祥はオレの行方を探す玲奈に家まで押し掛けられたことがあったらしい。

「どうせ結婚するんだから、ちょっとは優しくしてやりゃいいのに」

憮然とした顔で呟く祥に、オレは悪戯に舌を出して見せる。

「ジョーダン。嫌でも結婚しなきゃいけないんだから、今くらい離れさせてよ」

玲奈はオレの、又従妹で婚約者。
老舗のホテルを経営するオレの家は、ちょっとした資産家。
昔からの名家に、あんまり他の血を入れたくない、とかいう
訳の分からない理由で、オレと玲奈の婚約が決まったのはもう随分前のこと。

玲奈はオレのことが好き。オレは玲奈を好きじゃない。

好きって気持ちが理解できない。理解できないものは、苦手。だから玲奈から逃げている。

オレは玲奈から逃げるために。祥は遥香さんの近くにいるために。
利用してるんだ、佑を。佑の傍は居心地がいい。


~~~


「ねぇ、何で昼間電話した時、出てくれなかったの?」

家に帰ると、玄関ホールには仁王立ちの玲奈が待っていた。
スラリと伸びた手足に、この辺では名の知れたお嬢様学校のセーラー服はよく似合う。
厳しい校則のために一度も染めたことの無い真っ黒なセミロングの髪に、
黒いつぶらな瞳。上唇が少しめくれた、薄い唇。
身内や関係企業のパーティなどの改まった席で婚約者だ、と紹介すれば、
周囲からは羨望の眼差しが返ってくる。遠慮しないで手ぇ出してくれればいいのに。

「……正直、ウザイ。学校いる時までかけて来んなよ。お前だって学校あんだろ?」

溜め息混じりに吐き出せば、それが彼女の勘に触ったようで。

「何それ!? 私達、婚約者でしょ!?
大体廉学校サボって他の女とホテル行ったりしてるじゃない!
いつでもどこでも確認の電話くらいしたくなるわよ!」

キャンキャンと詰め寄る玲奈は、本当に鬱陶しい。
結婚したら好きなだけオレの配偶者のポジションを独占できるのに、
どうして今からオレを束縛しようとするんだろう。
騒ぎ立てる玲奈を無視して自分の部屋に入ろうとすると、
玲奈はパタパタと追い掛けてきて、オレの腕を掴んだ。

「廉」

「何?」

うんざりと振り返るオレの顔をじっと覗きこんで、玲奈は言った。

「……しよう?」

オレは無言で玲奈を部屋の中に招き入れ、扉を閉める。
それは、承諾の合図。誘いを断ったことは、多分一度もない。

行為の最中、頭の片隅で「あぁ、また佑樹に怒られるな」とぼんやり思った。

『ヤっちゃうから、縛り付けたくなるんだよ』

『ホント馬鹿だな、お前』

いつかの佑と祥の声が、頭に響く。

『好きじゃないなら、ヤらなきゃいいのに』

“好き”って何? セックスはスキ。気持ちいいから。コイはできない。分かんないから。

何で、体と心を一緒に重ねようとすんの?
それとも、誰に誘われても断らないオレがおかしいのかな?
傍らに眠る玲奈を見ながら考えた。


あー……明日はどのこと約束してたっけ?
めんどくさいな。めんどくさいから佑んとこ行こうかな。

佑がⅠAの教科書にBのシャー芯で書いた答えみたいに、
世の中の恋だの愛だの全部、消しゴムで消しちゃえればいいのに。





後書き
  ≒(廉2ページ目)


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