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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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咲也子の付箋

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



あたしを一番に選んでくれないなら、あなたなんていらない。



「さよなら」

言い訳を重ねる男に、それだけを告げて踵を帰す。

「ちょ、待てよ咲也子!」

往生際の悪い男だ。私もまだまだ見る目が無い。
肩にかかる武骨な手を、パシンと払い除けて彼を睨む。

「後悔するならあの()とあたしを天秤にかけたりなんか、しなきゃ良かったのに」

私の言葉に固まった男の表情を流し見て、私は足を進めた。

夏の日差しが白い肌に照り付ける。自由に調整の利かないセーラー服は少し暑い。
帰りのバスは、まだ来ない。


~~~


家に帰りつくと、玄関には見慣れない靴が四つ並んでいた。
男物の革靴が一足、華奢なミュールが一足、その間に、小さなスニーカーが二足。

ああ、兄が来ているのか。

私は憂鬱な気分になった。兄夫婦のことは余り嫌いではない。
特に、美しい義姉(あね)()は私の自慢だ。私も容姿は人に誉められる方だが、
どこか近づきがたいと言われる私とは違い、義姉はそこに現れただけで、
蜜の香りに引き寄せられる蝶のごとく、駆け寄っていきたくなるような華やかな女性だ。

私が苦手とするのは、子供。兄夫婦の間には、女の子と男の子が一人ずつ生まれている。
排便の世話や、離乳食……義姉が、子供のことならどんなに汚いことも
その白い手でやってしまうことが気に入らない。
 
美しい彼女が、汚れてしまうようで。

子供は、嫌い。汚いから。綺麗過ぎるから。何を考えているのか分からないから。
ああ、今日は何てついてない日だろう。

「おばちゃ?」

玄関先で顔をしかめていると、トタトタという足音と共に二歳の甥が現れた。

「おばちゃん、じゃなくて、咲也子って言ってるでしょ」

不機嫌さがあいまって、つい怒鳴るように言い返すと、
彼はキョトンとした表情を浮かべ、何故かすぐにニッコリと笑った。

「さやちゃ!」

だっこを求めるように伸ばされた手を、受け入れてしまったのは何故だろう。
抱き上げた佑樹は、じっとこちらの顔を覗きこんではキャッキャッ、と嬉しそうに笑う。
二歳児とは思えないくらい、義姉同様に整った、可愛らしい笑顔。

「あら、咲也子ちゃん帰ってたの? まぁ珍しいわね、佑樹がそんなにご機嫌なの」

居間から顔を出した義姉が、不思議そうにこちらを眺める。

「佑樹は咲也子のこと大好きだもんな」

義姉の後ろから聞こえてきた兄の声に応えるように、佑樹が叫んだ。

「うん、ゆうき、さやちゃ、だいしゅき!」

真っ直ぐな、好意。痛いくらい真っ直ぐに、こちらに向けられる眼差し。
今日別れた彼が私に与えてくれなかったもの。
私が何よりも欲しくて、手に入れられないもの。

「……うん、あたしも佑樹、大好きよ」

ひとりでに溢れた言葉と微笑みは、なんだったのだろう?
腕の中の温もりは、細腕が抱き上げられてしまうほど小さいのに。
私が本当に欲しいものをくれるのは、一生の間に出会う人の中で、この子だけなのかもしれない。
そんな、気がした。





後書き
  ⅢC(遥香の付箋)

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あたしを一番に選んでくれないなら、あなたなんていらない。



「さよなら」

言い訳を重ねる男に、それだけを告げて踵を帰す。

「ちょ、待てよ咲也子!」

往生際の悪い男だ。私もまだまだ見る目が無い。
肩にかかる武骨な手を、パシンと払い除けて彼を睨む。

「後悔するならあの()とあたしを天秤にかけたりなんか、しなきゃ良かったのに」

私の言葉に固まった男の表情を流し見て、私は足を進めた。

夏の日差しが白い肌に照り付ける。自由に調整の利かないセーラー服は少し暑い。
帰りのバスは、まだ来ない。


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家に帰りつくと、玄関には見慣れない靴が四つ並んでいた。
男物の革靴が一足、華奢なミュールが一足、その間に、小さなスニーカーが二足。

ああ、兄が来ているのか。

私は憂鬱な気分になった。兄夫婦のことは余り嫌いではない。
特に、美しい義姉(あね)()は私の自慢だ。私も容姿は人に誉められる方だが、
どこか近づきがたいと言われる私とは違い、義姉はそこに現れただけで、
蜜の香りに引き寄せられる蝶のごとく、駆け寄っていきたくなるような華やかな女性だ。

私が苦手とするのは、子供。兄夫婦の間には、女の子と男の子が一人ずつ生まれている。
排便の世話や、離乳食……義姉が、子供のことならどんなに汚いことも
その白い手でやってしまうことが気に入らない。
 
美しい彼女が、汚れてしまうようで。

子供は、嫌い。汚いから。綺麗過ぎるから。何を考えているのか分からないから。
ああ、今日は何てついてない日だろう。

「おばちゃ?」

玄関先で顔をしかめていると、トタトタという足音と共に二歳の甥が現れた。

「おばちゃん、じゃなくて、咲也子って言ってるでしょ」

不機嫌さがあいまって、つい怒鳴るように言い返すと、
彼はキョトンとした表情を浮かべ、何故かすぐにニッコリと笑った。

「さやちゃ!」

だっこを求めるように伸ばされた手を、受け入れてしまったのは何故だろう。
抱き上げた佑樹は、じっとこちらの顔を覗きこんではキャッキャッ、と嬉しそうに笑う。
二歳児とは思えないくらい、義姉同様に整った、可愛らしい笑顔。

「あら、咲也子ちゃん帰ってたの? まぁ珍しいわね、佑樹がそんなにご機嫌なの」

居間から顔を出した義姉が、不思議そうにこちらを眺める。

「佑樹は咲也子のこと大好きだもんな」

義姉の後ろから聞こえてきた兄の声に応えるように、佑樹が叫んだ。

「うん、ゆうき、さやちゃ、だいしゅき!」

真っ直ぐな、好意。痛いくらい真っ直ぐに、こちらに向けられる眼差し。
今日別れた彼が私に与えてくれなかったもの。
私が何よりも欲しくて、手に入れられないもの。

「……うん、あたしも佑樹、大好きよ」

ひとりでに溢れた言葉と微笑みは、なんだったのだろう?
腕の中の温もりは、細腕が抱き上げられてしまうほど小さいのに。
私が本当に欲しいものをくれるのは、一生の間に出会う人の中で、この子だけなのかもしれない。
そんな、気がした。





後書き
  ⅢC(遥香の付箋)

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