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「今日は佑樹休みだっけ?」
「うん、咲也子さんの三回忌ー」
一人いないだけで、こんなに寂しいもんなんだな、とボンヤリ思う。
いつものサボり場所、学校の屋上。
廉と二人、座り込むそこは、太陽に照らされて、何だか少し広すぎる。
「律儀に行くもんなんだなー」
「そりゃ行くでしょ、佑は」
当たり前のように言った廉の態度に、ずっと胸に抱いていた疑問が口をつく。
「一瞬だけ想いが通じたけど、もう二度と会えない相手を想い続けるのと、
いつでも会えるけど、一生想いが通じることのない相手を想い続けるのは、
どっちが辛いんだろうな」
俺の言葉に、廉は驚いたようにこちらを見つめた。
「祥……」
咎めるような廉の声。それでも俺は、止まらなかった。
ずっとずっと、体の奥で燻っていた重苦しいものが、滔々と流れ出る。
「俺、いつも比べてるんだ。俺と佑は、どっちがマシだろう、って。
そんで最後は、いっつも、佑の方が可哀想だって。俺の方がまだマシだって。
そう自分に言い聞かせて、安心するんだ」
「……」
黙りこんだ廉に、俺は自らを嘲る。
「最低だろ? 俺。こんなの、友達って言えねぇよな。
佑の、あいつの、友達なのに、俺……」
喋り続けるうちに、知らず知らず視界が滲む。
俺は、なんて、小さいんだろう。俺は、なんて、醜いんだろう。
『人と比べて自分が幸せとか、寂しいこと考えるなよ』
しばらく前に聞いた、三山先輩の言葉が頭をよぎる。
煩い、うるさい。
じゃあ俺を、誰と比べなくても幸せだと思えるようにしてくれよ。
あのひとの心を、俺に譲ってくれよ。お願いだから……
「……佑は、幸せだと思うよ」
沈黙を破って、廉は呟いた。
「え?」
濡れた目を擦りながら、俺が問い返すと、廉は真っ直ぐにこちらを見つめてこう問うてきた。
「この間、Bのシャー芯見つけた時の佑の顔、覚えてる?」
脳裏に蘇るのは、本当に嬉しそうな、キラキラしたあいつの笑顔。
「ああ……」
と答えると、廉はクスリと微笑んだ。
「佑は、幸せだよ。咲也子さんが死んでも、気持ちは繋がってる、って信じてられるから」
天を仰いだ廉の瞳は、どこか空虚なガラス玉のようだった。
「だから、佑は怒んないと思う。お前がそんなこと考えてるって言っても、
佑は笑って、言うと思う。『いいよ、俺、幸せだから』って」
涙が、頬を伝った。胸が熱かった。
佑が、死んだ叔母を一途に想い続けるあいつが、とても愛しいと思った。
どうして俺は、あいつと自分を比べようとしたんだろう。
あいつが咲也子さんを想う気持ちと、
俺が遥香さんを想う気持ちは、きっと全く別の次元にあるのに。
「……祥もきっと、幸せになれるよ」
にっこりと笑って廉が言う。そんな確証はどこにもない。だけど。
「サンキュ、廉……」
少しはにかみながら、小さな声でそう言うと、廉はガチャガチャと鞄を開け始めた。
「お礼はいいから、これ問いてよ」
取り出したのは、数学ⅠAの教科書。
今日提出の課題を、まだ問いていなかったことを思い出す。
「おい……そんなオチかよ」
渋々教科書を受けとると、廉は悪びれもせず歌うように呟いた。
「だって、数学苦手だも~ん」
ⅠAは、好きじゃない。でも、こいつらと一緒なら。あのひとを、追い掛けていられるなら。
ⅠAでも、ⅡBじゃなくても。 悪く、ないかな……。
→後書き
≠(廉1ページ目)
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「あ、祥ちゃん。来てたんだ」
「あ、お邪魔してました」
鈴の音を転がすような、とはこういう声のことを言うんだろうな。
佑樹の家の玄関で出くわしたのは、今学校から帰ってきたばかり、
という様子の佑樹の姉、遥香さん。 それと……
「おっ、神田! お前も来てたのか!」
いつも妙にテンションが高い三山先輩。遥香さんの彼氏だ。
「……チッス」
軽く会釈をすると、先輩はにこにこしながら俺の背中をバンバン、と叩いた。
「何でお前サッカー部入らなかったんだよ、もったいねーなぁ!
またお前とできんの楽しみにしてたのに!」
「……すいません」
苦笑しながら頭を掻くと、先輩は仕方ない、という風に笑って
「まぁ気が向いたらいつでも大歓迎だから」
と優しく告げた。
「竜ちゃん、早く宿題やっちゃおう」
遥香さんが先輩を呼ぶ。
白い手に握られているのは、数学ⅡBの教科書。
「わかったわかった、今行くから。んじゃまたな、神田!」
彼女の声に答えて、先輩が階段を上っていく。
サッカー部に入らなかったのは、あんたがいたからだよ、先輩。
遥香さんの教科書はⅡB、先輩の教科書もⅡB。
だけどまだ、俺の教科書はⅠAだから。
「ドンマイ、祥」
スニーカーを履きながら振り返ると、二人と入れ違いに階段を降りてきた佑樹と廉がいた。
「……うるせー」
気が短くすぐに不機嫌になる俺のことを、理解ってくれる人間はそう多くない。
佑と廉は、数少ない俺の友達。 だから二人には、つい甘えてしまう。
どんな俺でも受け入れてくれる、そんな気がして。
「じゃあ、佑樹。お邪魔しましたー」
明るく声をかける廉と違って、俺はむっつりと黙りこんだまま。
「あ~ぁ、ダメだ祥。カンペキ不機嫌モード入っちゃったよ。どうしよ、これ」
苦笑混じりの廉に、佑は俺の顔をチラッと見て
「その辺に棄てといたら?」
とすげなく返す。 さすがにムカついて佑をギロリと睨みつけた。
「……またな」
一応低い声を絞りだして玄関のドアを開けば、夕日はもう沈んでいた。
二階からは、楽しそうな遥香さんと先輩の声が聞こえてくる。
~~~
触れれば汚してしまいそうな真っ白な肌に、佑樹と同じ栗色のサラサラの髪。
くるくると変わる表情は、そのよく動く焦茶色の瞳のせいだろう。
美人、と言われるその母親とは違い、どちらかというと可愛らしい顔立ちなのに、
一度見たら、何故か目をそらせない。 穏やかで優しい彼女は、昔からみんなの人気者だった。
そんな彼女が選んだのは、三山竜介先輩。 特別ハンサムな訳じゃない。特別目立つ訳じゃない。
でも彼は、いつも人の輪の中心にいる。 誰にでも優しくて、常に誰かのために一生懸命で。
負け試合の時は、つまらない冗談と変顔で周囲の笑いを誘い、
打ち上げの時は、誰よりも先にマイクを握り場を盛り上げる。
俺は彼が嫌いだった。 敵わない、と思ったから。
遥香さんによく似た、遥香さんの愛した男に。
数学ⅡBなんて、学習塾でとっくの昔に終わらせたのに。 俺は今、あの教科書が欲しい。
薄っぺらなあの問題を、解きたくて堪らない。 遥香さんと、一緒に。
→ⅠA(祥太郎2ページ目)
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「小学生が使う鉛筆じゃあるまいし、今時Bのシャー芯なんてどこでも売ってないって」
「今日はもう諦めて、また別な日に出直さない?」
げんなりした顔で、祥太郎と廉がおれを振り返る。
また、Bが無い。
「……やだ。もうシャー芯切れたもん」
憮然として唇を尖らせるおれに、二人はハァ、と溜め息を吐いた。
「とりあえず明日は間に合わせでHB使っとけばいいじゃん」
短気な祥は少し苛々してきたようだ。それでも、おれは。
「やだ。……「「咲也子さんとの約束だもん」」
おれと同時に声を重ねた廉が、こちらを見てニヤリと微笑む。
「やっぱり咲也子さんか……しつこいねぇ、お前も」
呆れたように祥が呟く。
「……祥には、言われたくない」
唇の尖りはますます酷くなっていく。ああ、また口内炎が治らない。
「ほっとけ、バーカ」
祥は独り言のように呟いて、後ろからおれの頭を小突いた。
「駅ビルの中なら売ってるかもよ? ……行こう」
おれに背を向けて先に歩き出した廉の声が、少しだけ心に染みた。
~~~
『あたしね、シャープペンシルが嫌いなの』
その美しい人は、そう言って長い指に握った銀色のシャープペンシルの先から
伸びる真っ黒な芯を、ポキンと折った。緩やかに波打つ長い髪が揺れる。
『じゃあ、なんで……』
それを持っているのか。
彼女の上着のポケットにはいつも、銀色の細いシャープペンシルが刺さっている。
『必要だからよ』
彼女はさも単純明快、というようにそう答えた。
彼女との会話はいつもこうだ。幼いおれには、彼女の紡ぐ言葉の意味が理解できない。
『あたしね、HBよりBや2Bの方が好きなの』
頭の中から疑問符の消えないおれの表情をおかしそうに眺めて、彼女は再び口を開いた。
『固くて薄いのより、柔らかくて濃い方が好きなの』
そう言って微笑んだ口元が、艶やかに煌めいていたのを覚えている。
『でも、シャープペンシルが出回ってから、みんなHBしか使わなくなったじゃない?』
おれが頷くと、彼女は少し淋しそうに笑った。
『Bなんか使うのは、鉛筆を持って間もない子どもたちだけ。
売ってるシャープペンシルの芯は、ほとんどがHBだもの。
でもね……探せばあるのよ、Bの芯』
そう言って、取り出したのは細いプラスチックの筒。
どこにでも売っている、シャープペンシルの芯の入った容器。
彼女の手に握られているだけで、いかにもそれが特別な物であるかのように見えた。
『これ、あげるわ。佑樹。あんたも使ってみたらきっとハマるわよ。HBより、Bに。
……固くて薄い男じゃなくて、柔らかくて濃い男になりなさい。いいわね?』
六年前の夏のことだった。 その日以来おれはずっと、Bの芯を使い続けている。
固くて薄いHBではなく、柔らかくて濃いBを。
~~~
「……あった!」
駅ビルの中の文房具屋で、ようやくBの芯を見つけたのは午後6時55分。
「お~やっとかよ! 早くレジ! レジ!」
祥に急かされて慌ててレジに駆け込む。
小さな包みを持って戻ってきたおれを見て、廉がにっこり微笑んだ。
「良かったな、佑」
「おう……ありがと」
微笑み返すと、祥も笑う。 幸せな気持ちが、胸に満ちる。
~~~
『あたしね、あんたが好きよ。馬鹿で、純粋で、綺麗で』
咲也子さんが笑う。美しい微笑。切ない微笑。
『本当に大好き……だから、ごめんね』
咲也子さん、咲也子さん、ならば、どうして。
おれを、置いて逝ったの?
死に行く者の病的な美しさを纏うようになって初めて、彼女がおれに告げてくれた言葉。
おれの体を抱き締めて、ようやく欲しかった言葉を紡いだ唇に、そっと触れたのは一度だけ。
彼女はおれの女神だった。 昔から、おれの世界の全ては、彼女を中心に回っていた。
~~~
「もうすぐだっけ、三回忌」
「ほんとずるいよな、あの人。死ぬ前に言うだけ言って、
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
「それは言ってやるなよ。……彼女、きっと佑の中では死んでないんだろ?」
……そう、彼女は今も生きている。おれの世界の中心で、ずっと。
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デンパンブックス『School Days』より移行。別名文具シリーズ。
連作タイトルを改題・登場人物の名字も変更しました。
Main Casts
『HB』&『B』・・・佑樹
『ⅡB』&『ⅠA』・・・祥太郎
『≠』&『≒』・・・廉
『2B』・・・咲也子
『ⅢC』・・・遥香
『=』・・・怜奈
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「Bって……濃くない?」
「すぐ折れそうだし」
「そんなことない。一番書きやすい見やすい使いやすい」
また、HBしか無い。 おれはBか、2Bが欲しい。
「あ、おい待てよ佑樹!」
「え~、もう一軒行くの~!?」
文句を言うなら、付いてこなけりゃいいのに。慌てて追い掛けてくる二人を、チラッと振り返る。
小学校から一緒の祥太郎。中学に入ってから知り合った廉。
何だかんだと、おれらはいつも一緒にいる。
黒髪に黒い肌、どこか日本人離れしたエキゾチックな雰囲気を纏った祥太郎。
祥とは対照的な白い肌にウェーブがかった薄茶の髪を少し長めに伸ばし、
柔らかな微笑みを常に絶やさない廉。
祥は元サッカー部、廉は元バスケ部で、それぞれエースストライカーのポジションにいた。
それなのに、おれと一緒に大してスポーツが盛んとも言えないこの高校に来て、
先輩方の熱心な誘いも無視して帰宅部を続けている。
~~~
『だって、部活続けてたら一緒遊ぶ時間が減るじゃん』
と笑いながら告げた祥の言葉に、廉が頷く。
『おれは別にお前らと遊ばなくてもいいんだけど……』
と呆れたように呟くと、背中から祥に飛びかかられた。
『なーに佑樹くんたら冷たーい!』
『照れんなって、佑』
正面に回り、にこにこ笑いながら頭を撫でてくる廉。
おれだってチビではないはずなのに、頭一つでかい廉の顔を見上げる格好になる。
ううん、少しムカつくことを思い出してしまった。
~~~
「佑ー? 何、トリップしてんのー? 目が怖いんですけど」
数週間前の出来事を回顧する内に、知らず知らず廉のことを睨みつけていたらしい。
「あ、何でもない。ごめん」
目線を外して歩き出すと、廉は笑いながら、
「きっとオレが女の子なら、目だけで落とされてるわ」
とからかうように言った。
「ギャハハ! あ、そいえば佑、お前浜崎さんに告られたってマジ!?」
身を乗り出すように問うてきた祥の言葉に、記憶の糸を手繰り寄せる。
「あ~、そんなことも、あったかもね」
~~~
『中学の時から、ずっと好きでした!』
顔を真っ赤にして告げてきた彼女は、“ミスM中”と
言われていた中学時代よりも遥かに色褪せて見えた。
どこか垢抜けない、二つに結んだ黒い髪。長さを調節するために必死に折ったのだろう、
制服のスカートのプリーツは不自然な歪みを生じている。
『……ごめん』
それだけ告げると、彼女はその大きな瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
こういう時に気の利いた台詞が言えるおれでもないので、
泣き続ける彼女を一人残して、おれはその場を後にした。
~~~
「え~やっぱ振ったの!? もったいないなぁオレが慰めてあげたい!」
大袈裟に驚いて見せる廉の白々しさに、苦笑が漏れる。
「やっぱ顔がいい奴はすることが違うよな~。あ~羨ましい!」
冗談混じりに祥も乗っかる。
「……よく言うよ」
とおれが言うと、二人は目配せをして、共犯者めいた笑みを浮かべた。
おれたち三人は、よく目立つ。
告白される回数だって、二人とおれの間にそれほど大きな差があるとは思えない。
おれと祥と廉の顔は世間一般で言うところの“イケメン”の部類に入るらしい。
“男らしい”祥、“セクシー”な廉に対しおれは「中性的」と言われることが多い。
『佑樹くんて、かわいいけどかっこいいよね』
と、クラスメートの女子が少し顔を赤らめて言ってきたことがあった。
少しだけ染めた栗色の髪は、特別な手入れをしなくてもいつもサラサラだし、
鏡を覗けば目に映るのは、パッチリした瞳に長い睫、スッと通った鼻筋にピンク色の唇。
それらは全て美人の母譲りで、確かに男にしては整っている方かもしれない。
「でも、見た目だけで人って好きになれんのかな……?」
ボソッと呟くと、祥がこちらを見て目を見開き、そして吹き出した。
「プッ……あはは! お前全然分かってねぇのな!」
「いいんだよ祥。それが佑のいいところなんだから」
廉もにこにこ笑いながらこちらを見る。何だか居心地が悪くて唇を尖らすと、
「あ、また佑がその口やってる」
とますます笑われた。
「佑、むつけんなって」
おれの頭をポンポンと叩く祥の手を振り払う。本気で笑い過ぎたらしく、祥はまだ涙目だ。
文房具屋は、7時で閉まる。早く見付けなくちゃ、Bのシャー芯。
→後書き
B(佑樹2ページ目)
目次(現代)
「すぐ折れそうだし」
「そんなことない。一番書きやすい見やすい使いやすい」
また、HBしか無い。 おれはBか、2Bが欲しい。
「あ、おい待てよ佑樹!」
「え~、もう一軒行くの~!?」
文句を言うなら、付いてこなけりゃいいのに。慌てて追い掛けてくる二人を、チラッと振り返る。
小学校から一緒の祥太郎。中学に入ってから知り合った廉。
何だかんだと、おれらはいつも一緒にいる。
黒髪に黒い肌、どこか日本人離れしたエキゾチックな雰囲気を纏った祥太郎。
祥とは対照的な白い肌にウェーブがかった薄茶の髪を少し長めに伸ばし、
柔らかな微笑みを常に絶やさない廉。
祥は元サッカー部、廉は元バスケ部で、それぞれエースストライカーのポジションにいた。
それなのに、おれと一緒に大してスポーツが盛んとも言えないこの高校に来て、
先輩方の熱心な誘いも無視して帰宅部を続けている。
~~~
『だって、部活続けてたら一緒遊ぶ時間が減るじゃん』
と笑いながら告げた祥の言葉に、廉が頷く。
『おれは別にお前らと遊ばなくてもいいんだけど……』
と呆れたように呟くと、背中から祥に飛びかかられた。
『なーに佑樹くんたら冷たーい!』
『照れんなって、佑』
正面に回り、にこにこ笑いながら頭を撫でてくる廉。
おれだってチビではないはずなのに、頭一つでかい廉の顔を見上げる格好になる。
ううん、少しムカつくことを思い出してしまった。
~~~
「佑ー? 何、トリップしてんのー? 目が怖いんですけど」
数週間前の出来事を回顧する内に、知らず知らず廉のことを睨みつけていたらしい。
「あ、何でもない。ごめん」
目線を外して歩き出すと、廉は笑いながら、
「きっとオレが女の子なら、目だけで落とされてるわ」
とからかうように言った。
「ギャハハ! あ、そいえば佑、お前浜崎さんに告られたってマジ!?」
身を乗り出すように問うてきた祥の言葉に、記憶の糸を手繰り寄せる。
「あ~、そんなことも、あったかもね」
~~~
『中学の時から、ずっと好きでした!』
顔を真っ赤にして告げてきた彼女は、“ミスM中”と
言われていた中学時代よりも遥かに色褪せて見えた。
どこか垢抜けない、二つに結んだ黒い髪。長さを調節するために必死に折ったのだろう、
制服のスカートのプリーツは不自然な歪みを生じている。
『……ごめん』
それだけ告げると、彼女はその大きな瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
こういう時に気の利いた台詞が言えるおれでもないので、
泣き続ける彼女を一人残して、おれはその場を後にした。
~~~
「え~やっぱ振ったの!? もったいないなぁオレが慰めてあげたい!」
大袈裟に驚いて見せる廉の白々しさに、苦笑が漏れる。
「やっぱ顔がいい奴はすることが違うよな~。あ~羨ましい!」
冗談混じりに祥も乗っかる。
「……よく言うよ」
とおれが言うと、二人は目配せをして、共犯者めいた笑みを浮かべた。
おれたち三人は、よく目立つ。
告白される回数だって、二人とおれの間にそれほど大きな差があるとは思えない。
おれと祥と廉の顔は世間一般で言うところの“イケメン”の部類に入るらしい。
“男らしい”祥、“セクシー”な廉に対しおれは「中性的」と言われることが多い。
『佑樹くんて、かわいいけどかっこいいよね』
と、クラスメートの女子が少し顔を赤らめて言ってきたことがあった。
少しだけ染めた栗色の髪は、特別な手入れをしなくてもいつもサラサラだし、
鏡を覗けば目に映るのは、パッチリした瞳に長い睫、スッと通った鼻筋にピンク色の唇。
それらは全て美人の母譲りで、確かに男にしては整っている方かもしれない。
「でも、見た目だけで人って好きになれんのかな……?」
ボソッと呟くと、祥がこちらを見て目を見開き、そして吹き出した。
「プッ……あはは! お前全然分かってねぇのな!」
「いいんだよ祥。それが佑のいいところなんだから」
廉もにこにこ笑いながらこちらを見る。何だか居心地が悪くて唇を尖らすと、
「あ、また佑がその口やってる」
とますます笑われた。
「佑、むつけんなって」
おれの頭をポンポンと叩く祥の手を振り払う。本気で笑い過ぎたらしく、祥はまだ涙目だ。
文房具屋は、7時で閉まる。早く見付けなくちゃ、Bのシャー芯。
→後書き
B(佑樹2ページ目)
目次(現代)
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