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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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薄明』続編。レイフとマーサの息子視点です。

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「母上はどうして、参謀長殿と再婚されないのですか?」

十六の年を迎え、尊敬するデヴィッドさん……
否、参謀長のようになろうと士官学校に入った。
『英雄』であった父の息子である私を取り巻く嘲笑や侮蔑から守ってくれたのは、
紛れもなくデヴィッド参謀長の下に仕えた経験のある教官たちや兵士の子息たちだった。
父の親友であったという参謀長は、母と長年親しい付き合いを続けている。
早くに父を亡くし、その記憶すら定かではない私たちにとっては、
何かに付けて我が家を訪れ、時に食事を共にすることもある彼が、
まるで父親代わりのような存在だった。だから私たちはいつも、
『デヴィッドさんがお母様と結婚して、本当のお父様になって下されば良いのに』
と話し込んでいたものだ。しかし彼が我が家に泊って行ったことは一度として無かったし、
母と頬以外の場所に口づけをしているところすら、一度も見たことが無かった。
けれど、そんな状態が続いてもう十年が経つ。
母は、参謀長は、亡き父に操を立てているのだろうか。あんな『裏切り者』の男に。
 
「……まぁ、ランドルフ。帰ってくるなり、何を言い出すかと思えば。
私とデヴィッドさんはそんな関係ではないわ。冗談も休み休みお言いなさい」
 
クスクスとおかしそうに微笑む母に、余計に苛立ちが募る。
 
「母上、誤魔化さないでください! 父上を亡くされてから、
あなたが今まで唯一親しく付き合ってこられた男性は参謀長殿だけでしょう!?
そして参謀長殿ご自身も、あの年になるまで一度も結婚をなさらず、私たちの家に通ってくる。
私は知っています、おじい様が母上に参謀長殿との再婚を再三勧めておられることを。
一体何が、あなたたちを躊躇わせるというのです!?
子供(わたし)たちの存在ですか? それとも、あんな男(ちち)の……」
 
バシンッ!
 
激昂し心の中に燻っていた醜い本音を吐きだした私の頬を、母の手が力強く叩いた。
 
「……他ならぬおまえが、あの方の息子であるおまえが父君を侮辱することは、
あの方の妻であり、おまえの母であるこの私が許しません。いいえ、あの方の
真の友であったデヴィッドさんが聞いたとて、決してお許しにはならないでしょう」
 
いつもは穏やかな母の瞳に込められた鋭い怒りに、一瞬瞠目し腫れた頬を抑える。
 
「どうして……何故、あなた方はそこまでして、」

父は、『英雄』であったレイフ将軍は、グリフィス城陥落の日、
その城に一人残った王族の姫の後を追って自害してしまった、と言われている。
表向きは『名誉の戦死』とされているが、人の口に戸は立てられぬ。
血に塗れた王女の身体を抱きしめるように、
自らの胸に懐剣を突き刺した父の遺体を見つけた兵士は憶測した。
 
『将軍が反乱を起こし、短期間で城まで攻め入ったのも、城に入って
真っ先に向かったのが王女の部屋であったのも、全ては彼女を手に入れんがため。
ところが誇り高き姫君は平民出身の将軍の手で辱めを受けることを拒み、
彼の目の前で自害して果てた。
望んだものが永遠に手に入らなくなってしまったことに絶望した将軍は
せめてもと王女の亡骸を抱き抱え、共に死出の旅に出ることを選んだ』
 
兵士たちの間で吹聴されたその噂が、私たち家族の元に飛び込んできたのは
あっという間だった。当時は幼かった私も成長するにつれてその“噂”の
真の意味を解するようになり、やがては父を憎むようになった。
 
父は私たちを捨てたのだ。初めから、愛してもいないのに母と結婚し、子を生した。
そうして全てが用済みになったら、本当に欲しかったものを失ってしまったら、
まるでゴミのように、虫けらのように私たちを捨てて逝ってしまった。
何という酷い男だろう。
何故そんな男を、母は、参謀長は、いつまでも愛し続けるのだ!?

「……私とて、全く気づいていないわけではありません。
母君と参謀長殿の繋がりは……お二人を繋ぐ一番の絆は、
父上への想いでいらっしゃるのでしょう?
どうして、何故あなた方はあのひとを思い切れないのです!?
お互いに好意を感じておられることは確かであられるのに……!」
 
私の叫びに、母は少し目を見開き、そして哀しそうに笑ってみせた。
 
「あの方は……あなたのお父君は、“全て”を愛しておいでの方でした。
私のことも、デヴィッドさんのことも、もちろんあなた方のことも……。
全てを包み込み、あの方の愛を乞う全てのものに愛を与えることの出来る方でした」
 
「それならば、どうして……」
 
呆然と呟いた私に、母は苦しそうに瞳を閉じる。
 
「でも、メアリー王女だけは別でした。レイフ様にとってあの方だけは、
己が愛を与えることの出来る“全て”の範疇ではなかったのです」
 
「どういう、ことですか……?」
 
「レイフ様は、メアリー王女に対してのみ、愛を“与える”のではなく、
“与えられる”ことを欲していたのですよ。ご本人もお気づきにならないうちに。
お二人は幼馴染でした。そうして、幼い頃より約束していたのです。
『いつか必ず、自分が姫を“姫”ではなくしてあげる』と。
いつの日かその約束はメアリー王女のためのものではなく、
レイフ様ご自身の望みとなり、“王女”ではなくなった彼女を欲する、
焦がれる、“恋心”へと変化していった……」
 
未だ十六、初恋も知らぬ私には、母の語る父の想いが到底理解できなかった。
 
「……メアリー王女とは、それほどに魅力的な方だったのですか?」
 
「ええ、美しくて、お強くて。当時の堕落しきった王族の中にあって、唯一人
他国への亡命を拒み、城に残って自らの手で最期を遂げられたくらいですもの。
……もっとも、滅びゆく城に最後まで残られた理由は、
王族としての矜持だけではなかったのかもしれませんけれど」
 
また、ほんのりと切なそうに微笑んだ母に、
私はようやくメアリー王女と父の不器用な関係を知った。
 
ほんの少しの安堵と嫉妬。
母や参謀長がこの境地に至るまでには、どれだけの嘆きと葛藤があったことだろう。
私はそれ以上、二人の関係について口を出すのを止めた。
傷だらけの二人が、寄り添いあい、励ましあい、ようやく作り上げてきたものを、
二度と壊してしまいたくはなかったから。
 


そっと玄関を抜け出し、馬を駆って丘の上へと登る。
見下ろす先は、月光に照らされ浮かび上がる、今や廃墟も同然と化したグリフィス城。
いつの日か、父と、父の愛した人が永遠の眠りについたあの場所に
花を手向けることが出来たら、と思う。
未だ幼い私は、二人のことを心から許せているとは言い難い。
それでもいつか、私が本当に愛し、愛されることを望む人が出来たなら……。
母や参謀長のように、愛することの喜びを知ることが出来たなら……。
 
「どうかそれまで、お待ち下さい、父上……」
 
初めて『父』と呼んだ『英雄』は、黄泉の国で息子の言葉を受け止めてくれているだろうか。
その傍らに静かに寄り添っているであろう、この国最後の美しい姫君と共に。





後書き

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「母上はどうして、参謀長殿と再婚されないのですか?」

十六の年を迎え、尊敬するデヴィッドさん……
否、参謀長のようになろうと士官学校に入った。
『英雄』であった父の息子である私を取り巻く嘲笑や侮蔑から守ってくれたのは、
紛れもなくデヴィッド参謀長の下に仕えた経験のある教官たちや兵士の子息たちだった。
父の親友であったという参謀長は、母と長年親しい付き合いを続けている。
早くに父を亡くし、その記憶すら定かではない私たちにとっては、
何かに付けて我が家を訪れ、時に食事を共にすることもある彼が、
まるで父親代わりのような存在だった。だから私たちはいつも、
『デヴィッドさんがお母様と結婚して、本当のお父様になって下されば良いのに』
と話し込んでいたものだ。しかし彼が我が家に泊って行ったことは一度として無かったし、
母と頬以外の場所に口づけをしているところすら、一度も見たことが無かった。
けれど、そんな状態が続いてもう十年が経つ。
母は、参謀長は、亡き父に操を立てているのだろうか。あんな『裏切り者』の男に。
 
「……まぁ、ランドルフ。帰ってくるなり、何を言い出すかと思えば。
私とデヴィッドさんはそんな関係ではないわ。冗談も休み休みお言いなさい」
 
クスクスとおかしそうに微笑む母に、余計に苛立ちが募る。
 
「母上、誤魔化さないでください! 父上を亡くされてから、
あなたが今まで唯一親しく付き合ってこられた男性は参謀長殿だけでしょう!?
そして参謀長殿ご自身も、あの年になるまで一度も結婚をなさらず、私たちの家に通ってくる。
私は知っています、おじい様が母上に参謀長殿との再婚を再三勧めておられることを。
一体何が、あなたたちを躊躇わせるというのです!?
子供(わたし)たちの存在ですか? それとも、あんな男(ちち)の……」
 
バシンッ!
 
激昂し心の中に燻っていた醜い本音を吐きだした私の頬を、母の手が力強く叩いた。
 
「……他ならぬおまえが、あの方の息子であるおまえが父君を侮辱することは、
あの方の妻であり、おまえの母であるこの私が許しません。いいえ、あの方の
真の友であったデヴィッドさんが聞いたとて、決してお許しにはならないでしょう」
 
いつもは穏やかな母の瞳に込められた鋭い怒りに、一瞬瞠目し腫れた頬を抑える。
 
「どうして……何故、あなた方はそこまでして、」

父は、『英雄』であったレイフ将軍は、グリフィス城陥落の日、
その城に一人残った王族の姫の後を追って自害してしまった、と言われている。
表向きは『名誉の戦死』とされているが、人の口に戸は立てられぬ。
血に塗れた王女の身体を抱きしめるように、
自らの胸に懐剣を突き刺した父の遺体を見つけた兵士は憶測した。
 
『将軍が反乱を起こし、短期間で城まで攻め入ったのも、城に入って
真っ先に向かったのが王女の部屋であったのも、全ては彼女を手に入れんがため。
ところが誇り高き姫君は平民出身の将軍の手で辱めを受けることを拒み、
彼の目の前で自害して果てた。
望んだものが永遠に手に入らなくなってしまったことに絶望した将軍は
せめてもと王女の亡骸を抱き抱え、共に死出の旅に出ることを選んだ』
 
兵士たちの間で吹聴されたその噂が、私たち家族の元に飛び込んできたのは
あっという間だった。当時は幼かった私も成長するにつれてその“噂”の
真の意味を解するようになり、やがては父を憎むようになった。
 
父は私たちを捨てたのだ。初めから、愛してもいないのに母と結婚し、子を生した。
そうして全てが用済みになったら、本当に欲しかったものを失ってしまったら、
まるでゴミのように、虫けらのように私たちを捨てて逝ってしまった。
何という酷い男だろう。
何故そんな男を、母は、参謀長は、いつまでも愛し続けるのだ!?

「……私とて、全く気づいていないわけではありません。
母君と参謀長殿の繋がりは……お二人を繋ぐ一番の絆は、
父上への想いでいらっしゃるのでしょう?
どうして、何故あなた方はあのひとを思い切れないのです!?
お互いに好意を感じておられることは確かであられるのに……!」
 
私の叫びに、母は少し目を見開き、そして哀しそうに笑ってみせた。
 
「あの方は……あなたのお父君は、“全て”を愛しておいでの方でした。
私のことも、デヴィッドさんのことも、もちろんあなた方のことも……。
全てを包み込み、あの方の愛を乞う全てのものに愛を与えることの出来る方でした」
 
「それならば、どうして……」
 
呆然と呟いた私に、母は苦しそうに瞳を閉じる。
 
「でも、メアリー王女だけは別でした。レイフ様にとってあの方だけは、
己が愛を与えることの出来る“全て”の範疇ではなかったのです」
 
「どういう、ことですか……?」
 
「レイフ様は、メアリー王女に対してのみ、愛を“与える”のではなく、
“与えられる”ことを欲していたのですよ。ご本人もお気づきにならないうちに。
お二人は幼馴染でした。そうして、幼い頃より約束していたのです。
『いつか必ず、自分が姫を“姫”ではなくしてあげる』と。
いつの日かその約束はメアリー王女のためのものではなく、
レイフ様ご自身の望みとなり、“王女”ではなくなった彼女を欲する、
焦がれる、“恋心”へと変化していった……」
 
未だ十六、初恋も知らぬ私には、母の語る父の想いが到底理解できなかった。
 
「……メアリー王女とは、それほどに魅力的な方だったのですか?」
 
「ええ、美しくて、お強くて。当時の堕落しきった王族の中にあって、唯一人
他国への亡命を拒み、城に残って自らの手で最期を遂げられたくらいですもの。
……もっとも、滅びゆく城に最後まで残られた理由は、
王族としての矜持だけではなかったのかもしれませんけれど」
 
また、ほんのりと切なそうに微笑んだ母に、
私はようやくメアリー王女と父の不器用な関係を知った。
 
ほんの少しの安堵と嫉妬。
母や参謀長がこの境地に至るまでには、どれだけの嘆きと葛藤があったことだろう。
私はそれ以上、二人の関係について口を出すのを止めた。
傷だらけの二人が、寄り添いあい、励ましあい、ようやく作り上げてきたものを、
二度と壊してしまいたくはなかったから。
 


そっと玄関を抜け出し、馬を駆って丘の上へと登る。
見下ろす先は、月光に照らされ浮かび上がる、今や廃墟も同然と化したグリフィス城。
いつの日か、父と、父の愛した人が永遠の眠りについたあの場所に
花を手向けることが出来たら、と思う。
未だ幼い私は、二人のことを心から許せているとは言い難い。
それでもいつか、私が本当に愛し、愛されることを望む人が出来たなら……。
母や参謀長のように、愛することの喜びを知ることが出来たなら……。
 
「どうかそれまで、お待ち下さい、父上……」
 
初めて『父』と呼んだ『英雄』は、黄泉の国で息子の言葉を受け止めてくれているだろうか。
その傍らに静かに寄り添っているであろう、この国最後の美しい姫君と共に。





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