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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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落日』続編。レイフの妻と親友視点。
6/15『薄闇』より改題。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



初めから知っていたの。あなたの心の中にいるひとのこと。
争いごとが嫌いなあなたが、戦い続けた理由を。
誰にでも優しいあなたの“特別”。
ねえ、今あなたは、幸せですか……?
 
 
 
「マーサさん」
 
聞き覚えのある低い声に後を振り返ると、
グリフィス共和国参謀長を務める彼……デヴィッドがいた。
 
「まあ、参謀長。お仕事のお帰りですか。ご苦労様です」
 
にこっ、と微笑んで挨拶すると、彼はぎこちなく笑って
 
「先日ネルソンに行った際に買ってきた菓子なのですが、よろしければお子様方に」
 
と小さな包みを差し出した。
 
「まあ、いつもすみません。
よろしかったら、直接子供たちに差し上げてやって下さいませんか?
みんなデヴィッドさんに懐いていますし……喜ぶと思います」
 
ただでさえ父親を亡くした子供たちだ。
大人の男性と触れ合う機会の少ない彼らは、デヴィットを父のように慕っている。
 
「そういうことなら……少しだけ、お邪魔させていただいても?」
 
「ええ、どうぞ」
 
私は笑顔で彼に応え、共に家路を急いだ。

 
~~~

 
「デヴィッドさん!」
 
「デヴィッドさんだ~!」
 
デヴィットの姿を認めて、子供たちが歓喜の声を上げて駆け寄ってくる。
ひとしきり子供たちにじゃれつかれた後、
お菓子を渡してこちらに向かってきた彼に、私は静かに告げた。
 
「もう、良いのですよ、デヴィッドさん」
 
「……」
 
彼は黙って私を見る。
 
「もう、私たちを気遣う必要なんてありません。
政府からは十分すぎるほどの援助を頂いていますし、子供たちも元気に育っています。
あなたがいつまでも、あの人の影を背負うことはありません」
 
「……マーサさん」
 
彼は苦悩の表情を浮かべて、押し黙る。
 
デヴィッドは、亡き夫の親友であった。
堕落した王族を倒し、共和国を打ち立てた英雄であるはずの夫。
彼は、王城を攻め滅ぼしたその日、城にただ一人残った姫と共に逝ってしまった。
夫の最期がどのようなものであったのか、詳しくは知らない。
ただ、その直後からまことしやかに囁かれた噂――

『レイフ将軍は、メアリー王女が欲しくて反乱を起こしたのだ』
 
『挙句これを拒んだ姫に自害され、心中を図ったのだ』
 
『国を救うと言って兵を起こしておきながら国を捨てるとは、
かつての王族と何ら変わらぬ逆賊よ』

皆、私の前では「可哀相な未亡人」を慮って妙に優しくなり、共和国政府も
一応「英雄の家族」である私たちに大きな家と手厚い支援を与えてくれる。
けれどその一方で、一歩外に出れば哀れみと同情、
そして侮蔑の視線が襲い掛かってくるのは、仕方のないことだった。
 
「私は、最初から知っていたんです」
 
「え?」
 
突然のわたしの言葉に、デヴィットが戸惑いを浮かべる。
 
「あの人の心の中に、他の誰かがいるのを知っていて結婚したんです。
そしてあの人がそのために、何をしようとしているのかも」
 
デヴィッドの驚愕の表情に、私はふっと微笑む。
 
「私は彼が好きでした。誰からも愛されながら、誰のものにもならない彼が。
……デヴィッドさんも、そうだったんでしょう?」
 
「マーサさん……」
 
「彼が彼の想うひとに、手を伸ばすつもりがないのは見ていてわかりました。
だから私は、彼は誰のものにもならないのだ、と思ったのです。
ならばせめて、気持ちの上では無理でも、立場の上で“特別”になろうと……」
 
「もう、良い!」
 
 
~~~

 
気がつくと叫んでいた。女は、泣いてはいなかった。
心の内で血の涙を流しながら、他人には決して笑顔以外の顔を見せない。
それが今は亡き親友の妻……マーサだった。
 
レイフ、ああレイフ! どうしてお前は逝ったんだ!?
妻と子供を残して……俺を残して。
なあ、メアリー王女、教えてくれ。
どうしてそんなにもあなたはレイフの心を捉えることができたんだ?
二人は今、天国で幸せなのか……?

 
 
親友の想い人の存在を知ったのは、私たちがまだ士官学校に入りたてのころだった。
 
『姫さまを、救うんだ』
 
その頃からの奴の口癖だった。誰とでも仲良くなり、常に人の輪の中心にいるレイフ。
それは言い換えれば、“ダレニデモオナジヨウニ”接していることと同じだった。
そのレイフの眼差しが、声音が、『姫』と……『メアリー』と口にする時だけ
色を異にするのに気づいた者はどれだけいただろうか。
それは時に甘く、時に切なく、けれど変わらず愛しげに囁かれる言葉。
 
――『姫を、救うんだ……』
 
焼け付く痛みが胸を襲う。それでも、私は彼を止められなかった。
結婚を決めた時も、反乱を起こすと言った時も。
私は彼の“夢”に加担してしまった。同罪なのだ。
一人の、自分と同じ立場にある女性を不幸にしてしまった罪。
 
そう、私たちは同じ……。半分は、償いのため。半分は、痛みを共有するため。
だからここを訪れる。マーサと、レイフの忘れ形見の元を。
 
「……私は、これからもここに来る。例えあなたが嫌がろうとも」
 
「私たち、本当に馬鹿ですね。デヴィッドさん……」
 
「どんなに馬鹿だろうと……あの男ほど、愚かではあるまい」
 
微笑んだ彼女に揶揄するように言うと、彼女は夫を亡くしてから初めて、声を上げて笑った。
 
レイフはメアリー王女の想いを知らなかった。
傍から見れば実に判りやすい姫の態度を、友情の一端だと信じて疑わなかった。
姫は素直に自分の感情を吐露できる人柄ではない。
奴は姫の想いに気づかぬまま、結婚し、子を生し、兵を率いて城に攻め入った。
二人の最期の遣り取りがどんなものであったのかは知らない。
けれど彼が随分無駄な遠回りをしたことだけは確かだと言えるだろう。

 女の笑い声が嗚咽へと変わる頃、私はようやくこの想いを断ち切る決意が付きそうだと感じた。
誰よりも愛した親友と、その心の最奥に住まっていたあのひとに、心からの祝福を贈れそうだと。
 
女の震える肩を、そっと抱き締める。暖かく脈打つ身体に、どうしようもない生への実感が湧く。
私たちは生きている。彼らは逝った。さあ、新しい時を刻まなければ――
 





ブログ初出2008/8/2

→続編『月光』(レイフとマーサの息子視点)

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初めから知っていたの。あなたの心の中にいるひとのこと。
争いごとが嫌いなあなたが、戦い続けた理由を。
誰にでも優しいあなたの“特別”。
ねえ、今あなたは、幸せですか……?
 
 
 
「マーサさん」
 
聞き覚えのある低い声に後を振り返ると、
グリフィス共和国参謀長を務める彼……デヴィッドがいた。
 
「まあ、参謀長。お仕事のお帰りですか。ご苦労様です」
 
にこっ、と微笑んで挨拶すると、彼はぎこちなく笑って
 
「先日ネルソンに行った際に買ってきた菓子なのですが、よろしければお子様方に」
 
と小さな包みを差し出した。
 
「まあ、いつもすみません。
よろしかったら、直接子供たちに差し上げてやって下さいませんか?
みんなデヴィッドさんに懐いていますし……喜ぶと思います」
 
ただでさえ父親を亡くした子供たちだ。
大人の男性と触れ合う機会の少ない彼らは、デヴィットを父のように慕っている。
 
「そういうことなら……少しだけ、お邪魔させていただいても?」
 
「ええ、どうぞ」
 
私は笑顔で彼に応え、共に家路を急いだ。

 
~~~

 
「デヴィッドさん!」
 
「デヴィッドさんだ~!」
 
デヴィットの姿を認めて、子供たちが歓喜の声を上げて駆け寄ってくる。
ひとしきり子供たちにじゃれつかれた後、
お菓子を渡してこちらに向かってきた彼に、私は静かに告げた。
 
「もう、良いのですよ、デヴィッドさん」
 
「……」
 
彼は黙って私を見る。
 
「もう、私たちを気遣う必要なんてありません。
政府からは十分すぎるほどの援助を頂いていますし、子供たちも元気に育っています。
あなたがいつまでも、あの人の影を背負うことはありません」
 
「……マーサさん」
 
彼は苦悩の表情を浮かべて、押し黙る。
 
デヴィッドは、亡き夫の親友であった。
堕落した王族を倒し、共和国を打ち立てた英雄であるはずの夫。
彼は、王城を攻め滅ぼしたその日、城にただ一人残った姫と共に逝ってしまった。
夫の最期がどのようなものであったのか、詳しくは知らない。
ただ、その直後からまことしやかに囁かれた噂――

『レイフ将軍は、メアリー王女が欲しくて反乱を起こしたのだ』
 
『挙句これを拒んだ姫に自害され、心中を図ったのだ』
 
『国を救うと言って兵を起こしておきながら国を捨てるとは、
かつての王族と何ら変わらぬ逆賊よ』

皆、私の前では「可哀相な未亡人」を慮って妙に優しくなり、共和国政府も
一応「英雄の家族」である私たちに大きな家と手厚い支援を与えてくれる。
けれどその一方で、一歩外に出れば哀れみと同情、
そして侮蔑の視線が襲い掛かってくるのは、仕方のないことだった。
 
「私は、最初から知っていたんです」
 
「え?」
 
突然のわたしの言葉に、デヴィットが戸惑いを浮かべる。
 
「あの人の心の中に、他の誰かがいるのを知っていて結婚したんです。
そしてあの人がそのために、何をしようとしているのかも」
 
デヴィッドの驚愕の表情に、私はふっと微笑む。
 
「私は彼が好きでした。誰からも愛されながら、誰のものにもならない彼が。
……デヴィッドさんも、そうだったんでしょう?」
 
「マーサさん……」
 
「彼が彼の想うひとに、手を伸ばすつもりがないのは見ていてわかりました。
だから私は、彼は誰のものにもならないのだ、と思ったのです。
ならばせめて、気持ちの上では無理でも、立場の上で“特別”になろうと……」
 
「もう、良い!」
 
 
~~~

 
気がつくと叫んでいた。女は、泣いてはいなかった。
心の内で血の涙を流しながら、他人には決して笑顔以外の顔を見せない。
それが今は亡き親友の妻……マーサだった。
 
レイフ、ああレイフ! どうしてお前は逝ったんだ!?
妻と子供を残して……俺を残して。
なあ、メアリー王女、教えてくれ。
どうしてそんなにもあなたはレイフの心を捉えることができたんだ?
二人は今、天国で幸せなのか……?

 
 
親友の想い人の存在を知ったのは、私たちがまだ士官学校に入りたてのころだった。
 
『姫さまを、救うんだ』
 
その頃からの奴の口癖だった。誰とでも仲良くなり、常に人の輪の中心にいるレイフ。
それは言い換えれば、“ダレニデモオナジヨウニ”接していることと同じだった。
そのレイフの眼差しが、声音が、『姫』と……『メアリー』と口にする時だけ
色を異にするのに気づいた者はどれだけいただろうか。
それは時に甘く、時に切なく、けれど変わらず愛しげに囁かれる言葉。
 
――『姫を、救うんだ……』
 
焼け付く痛みが胸を襲う。それでも、私は彼を止められなかった。
結婚を決めた時も、反乱を起こすと言った時も。
私は彼の“夢”に加担してしまった。同罪なのだ。
一人の、自分と同じ立場にある女性を不幸にしてしまった罪。
 
そう、私たちは同じ……。半分は、償いのため。半分は、痛みを共有するため。
だからここを訪れる。マーサと、レイフの忘れ形見の元を。
 
「……私は、これからもここに来る。例えあなたが嫌がろうとも」
 
「私たち、本当に馬鹿ですね。デヴィッドさん……」
 
「どんなに馬鹿だろうと……あの男ほど、愚かではあるまい」
 
微笑んだ彼女に揶揄するように言うと、彼女は夫を亡くしてから初めて、声を上げて笑った。
 
レイフはメアリー王女の想いを知らなかった。
傍から見れば実に判りやすい姫の態度を、友情の一端だと信じて疑わなかった。
姫は素直に自分の感情を吐露できる人柄ではない。
奴は姫の想いに気づかぬまま、結婚し、子を生し、兵を率いて城に攻め入った。
二人の最期の遣り取りがどんなものであったのかは知らない。
けれど彼が随分無駄な遠回りをしたことだけは確かだと言えるだろう。

 女の笑い声が嗚咽へと変わる頃、私はようやくこの想いを断ち切る決意が付きそうだと感じた。
誰よりも愛した親友と、その心の最奥に住まっていたあのひとに、心からの祝福を贈れそうだと。
 
女の震える肩を、そっと抱き締める。暖かく脈打つ身体に、どうしようもない生への実感が湧く。
私たちは生きている。彼らは逝った。さあ、新しい時を刻まなければ――
 





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