×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
祥太郎1ページ目
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あ、祥ちゃん。来てたんだ」
「あ、お邪魔してました」
鈴の音を転がすような、とはこういう声のことを言うんだろうな。
佑樹の家の玄関で出くわしたのは、今学校から帰ってきたばかり、
という様子の佑樹の姉、遥香さん。 それと……
「おっ、神田! お前も来てたのか!」
いつも妙にテンションが高い三山先輩。遥香さんの彼氏だ。
「……チッス」
軽く会釈をすると、先輩はにこにこしながら俺の背中をバンバン、と叩いた。
「何でお前サッカー部入らなかったんだよ、もったいねーなぁ!
またお前とできんの楽しみにしてたのに!」
「……すいません」
苦笑しながら頭を掻くと、先輩は仕方ない、という風に笑って
「まぁ気が向いたらいつでも大歓迎だから」
と優しく告げた。
「竜ちゃん、早く宿題やっちゃおう」
遥香さんが先輩を呼ぶ。
白い手に握られているのは、数学ⅡBの教科書。
「わかったわかった、今行くから。んじゃまたな、神田!」
彼女の声に答えて、先輩が階段を上っていく。
サッカー部に入らなかったのは、あんたがいたからだよ、先輩。
遥香さんの教科書はⅡB、先輩の教科書もⅡB。
だけどまだ、俺の教科書はⅠAだから。
「ドンマイ、祥」
スニーカーを履きながら振り返ると、二人と入れ違いに階段を降りてきた佑樹と廉がいた。
「……うるせー」
気が短くすぐに不機嫌になる俺のことを、理解ってくれる人間はそう多くない。
佑と廉は、数少ない俺の友達。 だから二人には、つい甘えてしまう。
どんな俺でも受け入れてくれる、そんな気がして。
「じゃあ、佑樹。お邪魔しましたー」
明るく声をかける廉と違って、俺はむっつりと黙りこんだまま。
「あ~ぁ、ダメだ祥。カンペキ不機嫌モード入っちゃったよ。どうしよ、これ」
苦笑混じりの廉に、佑は俺の顔をチラッと見て
「その辺に棄てといたら?」
とすげなく返す。 さすがにムカついて佑をギロリと睨みつけた。
「……またな」
一応低い声を絞りだして玄関のドアを開けば、夕日はもう沈んでいた。
二階からは、楽しそうな遥香さんと先輩の声が聞こえてくる。
~~~
触れれば汚してしまいそうな真っ白な肌に、佑樹と同じ栗色のサラサラの髪。
くるくると変わる表情は、そのよく動く焦茶色の瞳のせいだろう。
美人、と言われるその母親とは違い、どちらかというと可愛らしい顔立ちなのに、
一度見たら、何故か目をそらせない。 穏やかで優しい彼女は、昔からみんなの人気者だった。
そんな彼女が選んだのは、三山竜介先輩。 特別ハンサムな訳じゃない。特別目立つ訳じゃない。
でも彼は、いつも人の輪の中心にいる。 誰にでも優しくて、常に誰かのために一生懸命で。
負け試合の時は、つまらない冗談と変顔で周囲の笑いを誘い、
打ち上げの時は、誰よりも先にマイクを握り場を盛り上げる。
俺は彼が嫌いだった。 敵わない、と思ったから。
遥香さんによく似た、遥香さんの愛した男に。
数学ⅡBなんて、学習塾でとっくの昔に終わらせたのに。 俺は今、あの教科書が欲しい。
薄っぺらなあの問題を、解きたくて堪らない。 遥香さんと、一緒に。
→ⅠA(祥太郎2ページ目)
PR
追記を閉じる▲
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あ、祥ちゃん。来てたんだ」
「あ、お邪魔してました」
鈴の音を転がすような、とはこういう声のことを言うんだろうな。
佑樹の家の玄関で出くわしたのは、今学校から帰ってきたばかり、
という様子の佑樹の姉、遥香さん。 それと……
「おっ、神田! お前も来てたのか!」
いつも妙にテンションが高い三山先輩。遥香さんの彼氏だ。
「……チッス」
軽く会釈をすると、先輩はにこにこしながら俺の背中をバンバン、と叩いた。
「何でお前サッカー部入らなかったんだよ、もったいねーなぁ!
またお前とできんの楽しみにしてたのに!」
「……すいません」
苦笑しながら頭を掻くと、先輩は仕方ない、という風に笑って
「まぁ気が向いたらいつでも大歓迎だから」
と優しく告げた。
「竜ちゃん、早く宿題やっちゃおう」
遥香さんが先輩を呼ぶ。
白い手に握られているのは、数学ⅡBの教科書。
「わかったわかった、今行くから。んじゃまたな、神田!」
彼女の声に答えて、先輩が階段を上っていく。
サッカー部に入らなかったのは、あんたがいたからだよ、先輩。
遥香さんの教科書はⅡB、先輩の教科書もⅡB。
だけどまだ、俺の教科書はⅠAだから。
「ドンマイ、祥」
スニーカーを履きながら振り返ると、二人と入れ違いに階段を降りてきた佑樹と廉がいた。
「……うるせー」
気が短くすぐに不機嫌になる俺のことを、理解ってくれる人間はそう多くない。
佑と廉は、数少ない俺の友達。 だから二人には、つい甘えてしまう。
どんな俺でも受け入れてくれる、そんな気がして。
「じゃあ、佑樹。お邪魔しましたー」
明るく声をかける廉と違って、俺はむっつりと黙りこんだまま。
「あ~ぁ、ダメだ祥。カンペキ不機嫌モード入っちゃったよ。どうしよ、これ」
苦笑混じりの廉に、佑は俺の顔をチラッと見て
「その辺に棄てといたら?」
とすげなく返す。 さすがにムカついて佑をギロリと睨みつけた。
「……またな」
一応低い声を絞りだして玄関のドアを開けば、夕日はもう沈んでいた。
二階からは、楽しそうな遥香さんと先輩の声が聞こえてくる。
~~~
触れれば汚してしまいそうな真っ白な肌に、佑樹と同じ栗色のサラサラの髪。
くるくると変わる表情は、そのよく動く焦茶色の瞳のせいだろう。
美人、と言われるその母親とは違い、どちらかというと可愛らしい顔立ちなのに、
一度見たら、何故か目をそらせない。 穏やかで優しい彼女は、昔からみんなの人気者だった。
そんな彼女が選んだのは、三山竜介先輩。 特別ハンサムな訳じゃない。特別目立つ訳じゃない。
でも彼は、いつも人の輪の中心にいる。 誰にでも優しくて、常に誰かのために一生懸命で。
負け試合の時は、つまらない冗談と変顔で周囲の笑いを誘い、
打ち上げの時は、誰よりも先にマイクを握り場を盛り上げる。
俺は彼が嫌いだった。 敵わない、と思ったから。
遥香さんによく似た、遥香さんの愛した男に。
数学ⅡBなんて、学習塾でとっくの昔に終わらせたのに。 俺は今、あの教科書が欲しい。
薄っぺらなあの問題を、解きたくて堪らない。 遥香さんと、一緒に。
→ⅠA(祥太郎2ページ目)
PR
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック