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やっぱりいっつも思うんだけど、中/国さん早く目ぇ醒まして帰って来てええええええ!!!。・゜・(ノД`)・゜・。今の日.本人の大半が違う意見なのは分かってますよ、でも私には、何だかんだ言って日/本が最も上手くやっていける、そうするべき国があるとすれば中.国(大陸)しかないと思うんだ。文化も人も距離も、お互いの長所短所合わせてもさぁ!早くあの党の独裁と歪んだ歴史のしがらみから解き放たれてくれれば・・・あと本当幻想の「中/華民族」騙りやめて各民族の自治を認めてやって・・・そうすればきっと身の丈に合った民主的な国家が(以下略)とか夢見るのは無謀すぎるのかな? 大陸に酷いことした国の人間が何言ってんだ、って向こうの人には思われるかもしれないけど、じゃあイギ○スは? ロシ○は? 満遍なく全方位に恨みを持つならともかく、ウチに対してのみ教育においても国際社会においても取り立てて騒ぐのは、党による政治的な事情と儒教思想に基づく華夷秩序の破壊を根に持ち過ぎちゃってるせいで、言うほどの真実味というか正当性が無いよね?と現代日.本人としては感じざるを得ないんだ正直。
・・・ぶっちゃけ私、イギ○スの植民地支配に比べれば大陸王朝の朝貢システムの方が何倍も優れていたと考えてます。貢物もって恭順の意を示せば倍の返礼と「ウチの保護範囲内ね」ってお墨付きがもらえるんだもん。それで欧米の魔手から逃れられた、あるいは餌食になるのを遅らせることができた国がどんだけある? 日/本も「清からの輸入品しか歓迎しませーん(゜Д゜)」って宣言してたも同然な状態で、間接的に華夷秩序下の国認識で手出されるの防がれてた面もあったんじゃないかな? 実際の国交はなく、優位な貿易独占体制を維持したがっていたオラ○ダの働きも大きかったとはいえ。自分たちの土地に勝手に麻薬だのゴムだののプランテーション作られて強制労働させられて民族対立煽られて奴隷として売り飛ばされるよりはるかにマシな体制だよ、例えそれで(結局は大陸王朝の政策や状況に左右されるために)進歩が大幅に遅れてしまったとしても、朝/鮮のように大陸を妄信・崇拝し過ぎて思考停止状態に陥ってしまっても。
あとロ○アの歴史やしてきたこと考えると人間性的に中.国人の方が百倍マシ、と思えるのだが何故日/本には未だに親/中派より親.露的な人が多いのか・・・?プー○ンがカリスマに見えるから?バカじゃないの? 自国の、あるいは同じ民族の人間にだってああいう仕打ちができるヤツだぞ? 元スパ○に亡命実業家にアーティストに野党政治家、クリ○アとシ○アで起こったことを何も見ていないのか?(゜Д゜;)ポカーン ましてやウチら日/本人だからね?邪魔な米.国の腰巾着アジアンのクソ野郎認識だからぶっちゃけ(^ω^) 柔道愛好家? 関係ないっつの、彼にとっては支持者>ロシ○人>その他で、利用できるもの以外、つか基本的には自分の権力保持以外何も興味ない人間だって。欲しいもの引きずり出したら用済み始末系だって!恐らく自分の血に近いのは(体質とか諸々考えて)コッチなんでしょうけど、戦後の女性の扱い一つとってもマジでロ○アだけは無理、というか信用できるわけねーだろ、と夢見てる人に言いたい。
中/国人は庇ってくれたり嫁にもらってくれたり孤児引き取って育ててくれたりしたんだぞ? 中には本当にウチのせいで散々な目に合った人もいただろうに。それが、ソ.連は女と見るとひっ捕まえてマワしてなぶり殺しか性病移して妊娠させて何人死んだよ? 日.本もド○ツも大っぴらにそれを語ることが許されてない状況だけどさ。都市の元々の人口より多い人数が「殺された」ことになっている南/京とか、その「性病」蔓延防止目的で「慰.安所」設置してた日/本軍の方がはるかにマシじゃない? 問題はそこで働かされていた女性たちがそこに到った経緯だということは確かだと思うけれど。とにかくW W 2その他で女性の扱い面で最悪だったのはソ.連(と何故か日.独のみならず味方側のフ○ンスでも暴れ回ったアメ○カ)だと個人的には思う。白/馬事件に関しては何も申し開きはできないけれど、敗戦前に軍事裁判で処罰されていたことだし、他のイ○ドネシア人慰.安婦の話を聞くと(URL見失ってしまったけれど以前現地の新聞に載った証言を翻訳されて下さっていた方がいた)、多少本人の納得の行かない形ではあったけれど言わば当時の駐留日/本兵の「現地妻」のようなかたちで囲われ、子供が生まれたり、元兵士が終戦後探しに来て子供が日.本に渡ったり、という例もあったと。兵士の方は本当に彼女たちを奥さんと思い、子供のことも愛していたというか、たぶん異国の地で寂しくて、一緒に暮らしてそれを慰めてくれる女性を求めていただけだったんだろうなぁ・・・と、自分が日/本人だから甘い見方をしてしまうのかもしれないけど想像できる範囲内で。拉致監禁で自由の無い奴隷生活、という話では決して無かった。
併合から三十年くらい経っていた半島の女性たちは本当に日.本人慰/安婦と余り変わらない扱いだったんだろう、と思う。サンダカン~を読んでも大隊が着くと寝る間もないくらい一気に相手をしないといけなくて大変だった、という話は出てくるし(もちろんそのしんどさは察するに余りある)、けれど余裕のある時間もあり、兵士と恋に落ちることもあり、売られた身とはいえある程度の小遣いは自由が利き・・・という。その募集方法、職に就いた経緯が日/本人であっても半島人であっても100%彼女たちの意思であったのか、あるいは身内に売られたのか仲買人に騙されたのか、という点が問題なんだよな、とは考えます。ただ、軍がある程度「定宿」や「慰.安所」を定めたり設置して管理する、というのは彼らが精力の衰えていない(しかも戦時下の興奮状態・妻や恋人と長く離れた状態にある)男性の集団だということを考えると、最低限必要な措置だったとは思う。例え売.買.春の概念自体がキリ○ト教的に間違っているとされることでも。アメ○カ軍の暴れっぷり、ソ/連軍の「民○浄化」と性病の撒き散らしっぷりを見ると余計に。今の沖/縄ですら度々問題が起きてんだから、戦後すぐはどんな地獄絵図だったか(((-_-;))) あーもう『昭.和遊.女考』の記述とか思い出すだけで吐き気するわ。よくそれでNa○jing世○遺産登録できたな!フラ○ス辺り、もっと暴露して怒ったって良いと思う、ナ/チ相手の娼婦がいたことなんて相殺できるって!と感じちゃうなー・・・、ってまた話が逸れてしまった。
浩さんの話は色々聞いたり読む度に泣いてしまうけど、やっぱり今回も大号泣(´;ω;`) えーせーさん何故死んだし! 日/本の華族のお姫様があんな苦労の果てに何でここまで悲しい目に遭わなきゃいけなかったんだ?(つД`) たぶん、全く知らなかった己の民族の醜い部分に何度も絶望した場面もあったと思うし、反対に大陸人なんか大嫌い!って憎んだこともあっただろう。それでも彼女は最期まで溥.傑さんと一緒にいて、彼を愛して愛されることで救われて、そのためだけに頑張って生き抜いた。お互いと出会えたから、彼らはどんなに激動の人生でも、どちらの国や民族のことも、世界中を呪ってしまいたくなったとしても、相手の存在故に赦しと救いを得て、最終的に両国を繋ごうとする努力ができたんじゃないか、と。長女が日/本で死んだことも、次女が日.本人と結婚して故郷に帰ってこなかったことも受け入れて、その上で中/国で人生を全うする選択を叶えることができたんじゃないか、って。何か本当凄いなぁ、と思います、この時代のアジアで「エライ人」として生きなければならなかった全ての人たち。朝.鮮王家に嫁がれた方も、確か戦後も向こうで離婚せずご夫婦として生涯を全うされましたよね? 国なんか、両国の絆云々なんか背負わされたくなかっただろうに。普通に出会って結ばれて、当たり前の家族として一緒に暮らしていければ良かったのだろうに。でもそれが無理な時代、無理な立場の人たちが、まだ一世紀も経つ前に存在したんだ。
というか日/本人と大陸人、あるいは朝.鮮人、台/湾人とのカップルの全てが何らかの形で別離を経験したか、どちらかの故国を捨てる決断をせざるを得なかったのだろう、と先のイ○ドネシア女性との間に生まれた子を戦後必死に探していた、という元日.本兵の父親の話とかも思い出して色々考えさせられてしまいました。かの悪名高い(笑)中/国メディアにも、台.湾で恋人だった日/本人女性のことを忘れられずに生涯独身を貫いているという元国○党兵士の話が載っていたな・・・。本気の大和撫子ってハニトラ云々よりマジで自分の人生丸ごと相手に捧げ尽くしちゃうからなぁ。得たいもの得たらポイ、の割り切りが下手くそというか(^^; この辺もアジア圏の日.本女性信仰に一役買っているのだろうか・・・どこにでも嫁ぎ、生涯決して裏切ることなくついていく、というイメージ?とセレブに嫁ぐことが多いから?(あとまぁA Vが主な理由だろうけどな最近は!笑)
この辺の日/本のスタンスは欧米と真逆で興味深い。向こうはポカホン○スはじめ大体植民地の女性が宗主国男性の妻・あるいは妾的な立場になることが多くて、その逆のパターンというか支配側の女性が被支配側の男性に嫁ぐことってまず無かったけど、日.本の場合は意図的な政略結婚も含めその例が結構あるんだよね。やっぱある程度華夷秩序意識というか、教養としての漢詩や古代中/国の兵法学ぶことが必須だったり、大陸・半島に敬意や仲間意識を持っていたせいもあるのかな? 一応スローガンとして掲げていたのが「大○亜共栄圏・八○一宇・五族○和」だったわけだし。混ざり合うのはどっちがどっちでもむしろ良いこと、みたいな、むしろある意味では今より開かれた認識だったのかも。(現在と来たら、某紅/白出場歌手に義父が迫った踏絵っぷりにガクブルしちゃったのは私だけでしょうか?(((゜Д゜;))) 神社で結婚式+婿入り+帰化とか・・・確かに昨今の情勢考えたらそこまでしないと一家で芸能界生き残れない、って判断と一人娘への愛情故なのかもしれないけど(以下略))
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しかしたかが地下鉄の広告に戦後70年も経った戦勝国()様でありながら、どんだけ繊細なんだよ(ノ∀`)って例の騒ぎには思わず笑っちゃったよね。その一方でルーズベ○ト上げ日.系人強.制収容を肯定する一派がナチュラルに出てくるという(笑) 「自由の国」アメ○カの戦後70年ですらこうなんだから、支配者となったナ○スが『イナゴ身重く横たわる』を禁書にするのは当然だろう。
1/3くらい読んだ印象では、何か結局どっちの陣営が勝っていたとしても世界の構造や流れ、人間の心理や生活は基本的にはそう変わらないもので、過去が不変であることに代わりはないけれど、歴史がどう動くかはほんの些細な入れ違いというかコインの裏表みたいなもんなのかな、と思っちゃった。
狂気に囚われソ/連化していくド○ツ、E Uのように理想にがんじがらめにされる日.本。そして妥協が成立し、なぁなぁで付き合っていく日/本人とアメ○カ人。日.本人の奇妙な収集癖(欧州人への袖の下にミッ○ーの時計のくだりは爆笑した^^)・舶来物に弱かったり、まず目の前のものを完璧に仕上げてからじゃないと先に進めない性質と、ド○ツ人の絶対的真理を信じる頑固さが狂気に繋がる、という描き方は第三者の目から見た時に的確なんじゃないかと感じた。だから日.本では物事の進め方がとても遅い、非効率的だという批判が出るし、ドイ○人はその頑なさと自らの正義への絶対的な信頼故に、財政問題でも難民の件でもE Uに深い亀裂を生み出してしまった。自分で自分の首を締める特性持ちなんですよね、どっちも(^-^;
『1984』と続けて読んで思ったのは、アング○サクソン、というかネイティブ英語圏の人々の強さは嘘でも本心でも自己を客観視し、それを明確な言葉で他者に向かって語れることではないか、と感じた。客観視しているから他者という「聴衆」の存在を常に意識し、その語りを通じてある程度相手を説得できる可能性を秘める。主観で動くだけの狂信者、ただ内にこもった自分の主張を独善的に熱弁するだけの私たちとは違う。(ド○ツ人は一緒にされたくないかもしれないけど、少なくとも日/本人は「どうせガイジンには分からない」と初めから他者の理解を拒む良くない癖があるし、例え第三者から問われた時に理由を説明できなかったとしても、指示をされたことに対しては「そういうもの」として闇雲に従ってしまう面がある。旧ナ○スの徹底した上下関係の統制ぶりも下位の者に思考の停止を強いるという意味でそれに近いところがあったのでは? 一時的にはそれで良くても、組織や勢力の永続的な維持という点で見れば疑問を持ち考える頭脳の豊富さと多様さ、またその意見を自由に表明できる機会が多い体制の方が伸びる可能性は膨らむよね、とか(´-`))彼らは常に「聞いている」・「見られている」他者の存在を認識している状態だから、嘘をついてソレを見抜かれたとしてもその理由まできちんと説明できるんですよね。そこが私たちとの一番の相違点で、きっと永遠に敵わない理由なのだろう、と思います。
あとこれは欧米共通なのかもしれないけど、プランA,B,C・・・って常に何通りものシュミレーションを用意しておいて挫折感を減らし、かつ適応力を上げる考え方。結果がダメでも、一つのことを諦めずにひたすらコツコツやり続ける方を褒め称えるウチの人間には無いというか、どんなに良いと感じても行き渡るのは少し難しいかな、って発想ですねー。
日.本人に比べたら口が立つように見える中/国人は、果たしてアング○勢力を乗り越えることができるだろうか? それともその中核の国(正直一番の深手を負わせた、あるいはそのキッカケを作った相手なのになー、と釈然としないところはあるけど!(^ω^#)ビキビキ)との「黄金時代」を築きつつある今、妥協と協力が成立し、彼らと世界の覇権を分かち合うような未来が訪れてしまうのだろうか?とか、日.本人としてどうしても色々考えさせられてしまった(-_-;)
イタ○アは何か本当に可哀想な立場ですね。長年大国に分割統治され、やっと統一して独立したと思ったらもろに不況の煽りを喰らった勢いでファ○ズムに呑まれ・・・その中ですら存在感を発揮できずに、結局南北の不和を解消できなかった果てに同盟国を裏切らざるを得ない立場に。勝っていたとしてもナ○スの圧倒的な存在感の前に結局コレかよ、とジョーの告白のくだりはひたすら哀れで(つд`) 彼の語るイギ○スの残虐性はまさに日/本の裏側なのかもしれない、とも。語り尽くされたナチ○の「残虐行為」と同時期に日.本は負けず劣らずこんなヒドイことしてましたー、というのが何故か最近になって特定の国々から懸命に発信されている構図を思わせる・・・。
でも少なくとも戦後20年くらいのアメ○カにおいては、まだ戦時プロパガンダ等が人々の記憶の中に残っていた時代ではあっただろうけど、日/本人の印象として「ちょっと変わってる上に杓子定規すぎてつまんない人種ではあるけれど、ある程度ルールを守って丁寧に接していればそこまでトチ狂ったことはしないグループ」という認識が持たれていた点は少し安心した(・・;)=3
ナ○スがもうあり得ない非人道的な狂気の行いに走っている、ということが示唆されているだけに。てかヒム○ー死んでんのかよ!(;´д`)1948年、ってはえーな!そして残ってんのがゲー○ングにゲッべ○ス・・・((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル ヒト○ーが廃人化して後を継いだボ○マンが死んでドイ○経済が崩壊寸前なのに宇宙開拓しようとしててその状況とか、田上じゃなくても気分悪くなって聞いてられないわ。
でもさー、さも枢軸側が勝ってたら経済も技術も全然進歩してなくて遅れてた、ってのはいかにもアメリ○的な世界観だなぁ、と(笑) 引っ張ってきたナチ○の研究者に教えてもらったこと、どんだけある? 確かに教育と資金の援助は受けたけど、ウチだって少なからず戦後の経済や生活や科学の発展には貢献してきたはずだと思うんですけど・・・とちょっと言いたくなっちゃうよね!まぁ中.国の易経やらアジア諸国定番の輪車?の描写が日/本が中心となって支配しているはずの世界の中でごちゃ混ぜになっていたり、60年代のアメリ○人にとってのアジア・日.本認識って結局こんなもんだったのかな、と虚しい気持ちになったりもしますけど(´・ω・`) だってス○ェーデン人とド○ツ人の差異にこだわれるくらいならさぁ(以下略)
タイトルにもなっている「高い城の男」についてジョーが語る「安全な場所から世界を斜にながめている」ってまさに私や、大局的に見れば今の日.本人全てにとっての現状そのものなんじゃないかな、って胸を突かれました。直接の経験に身を置かず、その勇気すら無しに情報だけを漁り妄想にふける。張り巡らしたバリケードはさながら在/日米/軍ですかね?(~_~;) そんなところに住んでいる人物が実際の歴史に近い、物語中の「空想の小説」を書き、それをナ○スが禁書化しつつ日.本人側は楽しく?貪り読んでいる、という構図がリアルで面白い(^^)b ウチら歴史IFもの大好きだからなぁ。(それもIFが起きていたら民族滅亡、とかの可能性が極めて少ない地理的要因や歴史的背景の幸運あってのことなのかもしれませんが)
日/本人がアニメやらマンガ、ゲームにラノベでタブーもクソもなくありとあらゆる国や歴史や宗教をネタにできるのって、本当長きに渡り世界と隔絶された「高い城」に住み続けられたおかげだと思ってるからさー。広大かつ荒い海とぶっちゃけ久しく最高の囮役を務めて下さいました大陸の皆様、そして言いたいことは諸々あっても何だかんだ戦後のアメリ○さんありがとう!とその点に関してだけは思うわ(-人-)
これからそれぞれの人物の人生がどう絡んでいくのか、ボル○ンの死が何をもたらすのか続きを読むのが楽しみです♪
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途中からありきたりな(ハリウッド映画化できそうな方向の)愛と冒険ものになるのかな、と感じたところもあったんですよ。さすがイギリスの名著、裏切らない・・・!いつも通り鬱な方向に発揮される意外性!残酷なまでに人間の真理を抉ってくる描写に言葉に展開。そして真実を最後までハッキリさせずとも読者に「そう」と「解らせてしまう」、この絶妙な幅と余韻を残したラストね。やべー「病んでるぅ(;´д`)」と共感()できるのは独・露語圏文学で、「かっ飛んでるけどオサレ過ぎて理解できない・・・!」って楽しむ()のが大体おフレンチ系なんですけど。(あ、でも変態的方向性でウチと一番似通っているのは彼らなのかもしれない、とも。マンガも好きだしさー。独系のフェティシズムにスラヴ圏の鬱要素、イギリ○の孤立志向+仏の耽美的妄執が合わさるとウチの諸々に到るかもしれない)ちなみにアメリカは大体いつもオチが綺麗すぎて自分の中では娯楽枠認識です。ヘミングウェイもフィッツジェラルドも好きで名作だと思うけど、何つーか必ずヒーロー要素があって物語として美しいじゃん? えっげれす様はひたすら「上手いなー!」と映画もドラマも毎度毎度感心しちゃいますよね(;゜Д゜) イヤお前ソレ考え過ぎだよ、ってくらいのひねくれっぷりオット、深い思索(笑)、それをどこで出していくかという構成の緻密さ、そーしーてズダーンとぶちかますラスト!あぁもうお見それしましたm(__)m
結局ブラザー同盟とゴールドスタインの存在自体が「異分子」を炙り出すために党が作り出した架空の餌だったってことか・・・そして思考警察の罠の張りようといったら(((-_-;)))gkbr
ジュリアとウィンストンの最後の逢瀬が物悲しい。人間の本来の在り方を、記憶を、絆を断ち切って、そこまでして求めるものが絶対不変の「党」という集団の権力、と言い切れる点には正直ある種の清々しさを感じてしまった。・・・そしてやっぱりこの理想に一番近いかたちで「権威」を手に入れたのが日/本のTennoではないか、と(・・;) 確かに直接の「権力」を握っていた期間こそ短いものの、神社と全く関わらずに生きている日.本人はほとんどいないよね?その頂点がそうと定められている以上、無意識に私たちは彼らへの信奉というか、行動原理のなかに「お天道様=天.照」が見ている→最低限その子孫とされる一族への敬意と服従(というとアレだけど、キリス○教の神の目と同じで侵してはいけない倫理規範のようなもの)を示さなくては、という理念が働いているように感じるんだよね。
中.国K産党は正直ここまで開き直れていないし(だから今必死で抗日宣伝強化中)、余りに広大な土地と膨大な人口に揉まれて育った民族的特性なのか、ぶっちゃけ集団の権力を存続することより個人の利権を追求して、エライさんほどサッサと外国に身内と資産移しちゃうよね。この点でも真の共産国家・全体主義には向かない隙があったことが、『1984』の究極形を読んだ後ではある意味ラッキーだったのかもしれない、とも感じた。あ、でもそのせいで逆にウチをはじめ西側諸国が油断して彼らの増長を放置・あるいは支援する形になり、内側で抑圧される立場の人々にとってはより酷い状態をもたらしてしまった面もあるのかな・・・? 北に対しても、総/連を通じてウチから流れていったモノはどこでどう使われてしまったのだろう、と日.本人として責任を感じるべきところはあるかもしれない。実際に中/国と北の軍拡やミサイルはウチにとって直接的な脅威になってしまっているわけだし。
でも、ウィンストンがプロールの中に希望を見出だしたように、今の時代にはその膨大な「プロール」同士が繋がれる壁を越えた世界、インターネットの存在があるから。例え罵詈雑言の応酬になったとしても、金の盾を越えて、あるいはゴモーさんの一人としてでも外部の意見を聞ける、ガチで戦争しちゃう前に思いっきり口(カキコミ?)喧嘩したり、連行される前に公開の場で自分の意見を表明(あるいは表明を委託)することができたり、またそれに対する他者の反応も、基本的には全ての情報が自動的に公開・記録されることになる。例え検閲があっても、バカみたいなプロパガンダが混じっていても、少なくとも私たちは情報を得て、それについて考えることができるんだから、何て幸せな時代・素晴らしい世界か、と改めて考えてしまいました(つд`) 確かにネットはN○Aにも城/管にも見張られていて、ある意味では『1984』におけるテレスクリーンのような役割を果たしている部分もあるかもしれない。でも、ネットがあるから私たちの世界は完全に閉じきらず、「相手」も自分と同じ感情を持った人間であることを理解できる可能性を秘めていると言えるんじゃないか、と、今のこの現実をオーウェルさんにも見せてあげたいと思った。
人間から人間性を奪い去ることなんか、どんな独裁者にも組織にも国にだって出来ないよ。WW2期の日/本人がそうだった、みたいに語られる度に、田舎の神社に掲げられた平和祈願の奉納板のことを考えるんです。アメ○カ人が必死に「原爆は大勢の人々を救った」って主張するのは許されるのに、ウチの片隅で確かに平和を祈る人間がいた事実は無視されてしまうのか、と。オブライエンの言葉を借りるなら、大日○帝国の掲げた「動機のごまかし」は大東○共栄圏だったのだろう。けれど全ての人間がそのスローガンを信じ、そのために戦っていたとは思えない。・・・何か上手くまとめられないけど、それだけ。中には本当にその「理想」に含まれる「アジアの解放」を叶えるべく敗戦後も戦った人たちがいたことも、残されるべきではない記録・記憶として忘れ去られていってしまうんでしょうね(・_・)
歴オタだから、この党が全てを支配する世界では「過去は存在しない」という言葉が一番胸に刺さったかな? 過去を知りたいがために何とか今まで人生踏みとどまってこられた自分にはとても生きられそうもない。ソッコー自殺か愛情省送りだなぁ、と(^-^; でも、さっきも書いたけどナ○スも日/帝も、シベ○ア抑留者の記録を見る限りソ.連ですら完全な思想の統制、人間性の排除が叶わなかったように、私もウィンストンと同じく恐怖と裏切りと拷問によってオブライエンの語る世界の純化が実現できるとは思えない。人間の精神がいつかそれを打ち破る、ってウィンストンのセリフには泣いてしまった・゜・(つД`)・゜・ そして彼にとってはその「人間の精神」の拠り所であったジュリア、遂に彼女を裏切ってしまう101号室のくだりと、哀しすぎる再会からの怒濤のラストシーン、「<ビッグ・ブラザー>を愛していた」・・・これでやっと彼は射殺される権利を得たわけですねorz 何て哀しくて鬱で真に迫った結末なんだろう。と、何か心から撃ち抜かれたというかハッピーエンドより逆にむしろ感動してしまった。
でも本当、人間の現実はもう少しマシだよ、そう感じせてほしい、と昨今の情勢に改めて涙が(´;ω;`) 『1984』の世界よりは、代理戦争でもどれだけ残酷でも直接殺し合い憎み合うことを隠さない世の中の方が良いのかな・・・とか夜中のテンションも相まって訳わかんなくなってくるな。とにかくあと三回くらい読み直してから改めて考えたい、と思わせる作品でした。出会えたことに感謝(-人-) せめて10年くらい前に読んでおかなかった自分を殴りたい。『変身』と『沈黙』最初に読んだ時並みのインパクトだった。10代の頃に読んでたら完全に信者化してただろうなぁ(´-`)
追記:
ビッグ・ブラザー、あるいはオブライエンの描写についてはモデルはヒ○ラー+スター○ンでつまりナ○スとソ/連がヨー○ッパの人々にとっての全体・共産主義への恐怖の象徴だったんだろうな、とうかがえたけど、薬剤を用いてまでの拷問というか徹底的な精神の洗脳(改造?)を施すというくだりはロボトミー手術みたいやな、と。「ウチをモデルにしてるんだー!o(>皿<)o」と一部の皆様()が騒ぐ『猿の惑星』みたいな? ヨー○ッパ人が捉えたファ○ズムへの恐怖の凝縮形がコレであるなら、アメ○カ人が抱いたウチの訳わからん統治・思考体系や行動原理への恐怖の結実がアレ、と考えても確かにおかしくはないな。
アメリ○は歴史が浅く、ウチは長いこと鎖国というか限られた国以外との交流を断ってきた。見た目も違う、倫理的規範の根幹を成す宗教も違う、食べ物も作法も文化や歩みが全く異なる国の人間同士が、海挟んで隣だからっていきなり上手くやれるわけないんですよ。近くだって、近くだからこそ余計に対立し合い殺し合ってきたのが人間の、いや生物的な本能に基づく自然界の歴史だから。戦時中ウチが彼らに対して掲げていたスローガンやプロパガンダも大概酷かったし(まぁ実際大規模かつ無差別な都市への空襲・原爆・ドクロでサッカーや兵士の遺品剥ぎ取り、降伏した捕虜を容赦なく撃ち殺した記録が残っているにも関わらず、コッチの捕虜の扱いについてはいつまでもネチネチ言ってくる辺りの所業はまさに鬼畜としか考えられないけれども。自分たちの食糧さえマトモに確保できてない状況だったんだぞ・・・って言ったら「早く降伏しないのが悪い」って反論されるかもしれないけど、戦後も結構長く食糧難続いちゃってましたヨネー?┐(-。-;)┌ ハイハイ負けたら全て悪い、戦争始めたのもウチでそれが全ての原因なんだから、ってことでしょーがないか)。
イヤまぁ、だから世の中結局は進歩してるんだな、って。例え東西に陣営が別れてしまったことが和解のキッカケであったとしても、ここまで互いの文化が混ざり合い、影響し合い、完全な理解ではなくとも「知ろう」とする、接する機会を持つことが増える日が来ることを、昔のウチや向こうの人間は果たして想像ができただろうか。いくらジャポニズムの流行があり、移民や木の交換が行われていたところで戦争への流れが止められなかった時代の人々が。
インターネットで多国籍混じりあって制限はあるかもしれないけど自由な議論がある程度交わすことができるようになった今、恐らく国家としてのロシ○や彼らの指導者・政府について文句を付けたいアメ○カ人は一定数いるだろうと思うけど(逆に自国の指導者より支持してる人もいそう^^)、彼らが一個人としてのロシア人に接した時、頭ごなしに拒絶したりソレを理由に隔離措置や差別をすることはないんじゃないかなー、って感じるわけですよ。
だからいつか、今かつての日系人のような扱いを受けているムス○ムさんたちとの間にも、そういう憎しみや恐怖が薄れて互いに人間として接する、解ろうとする機会を与えてくれる時代が訪れると良いな、って。インターネットやSNS、交流の場が増えることは、確かに過激な思想の拡大やコミュニティの増加、犯罪を実行する方法の示唆にも寄与してしまうかもしれないけど、パンドラの箱のように最後に人間が人間であるための希望が残ってるもんなんじゃないか、と。そのためにウチらは技術を積み重ねてきた、それは進歩なんだって信じたい・・・ですよね、と何か改めて思った(´・ω・`)
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『寡頭制集産主義の理論と実践』の記述でようやく物語の中の「世界観」が見えてきたんだけど、WW2直後のイギリ○人の目にはこういう風に世界が映っていたのか、って新鮮に感じるやら逆に憎たらしくなるやら(スミマセンいきなりのアレっぷりで^^#)いやでもオーウェルさん、英領時代のイ○ド生まれでアチコチ放浪して色んな経験してきてるはずなのに、やっぱこういう見方しかできない、そういう時代だったんか、って限界のようなものも感じて興味深くもあるかな・・・?
ヨー○ッパをロ○アが呑み込むなんてことはどう転んでも不可能なように思えるけど、実際当時の東独までは一気にソ/連の影響下に組み込まれてしまっていた訳だし、現在の難民危機に到って一気にプー○ンが欧州右.翼に英雄視されていること等を考えると、もしかしたら今が絶好のタイミングなのかもネー、と思っちゃった(笑)今度は武器持ってない公海上のト○コ漁船沈めちゃった件について、まーだロシ○擁護の方が圧倒的なんだもんなぁ欧州コメ(;´д`) 何コレ難民云々じゃなくもう宗教戦争と捉えた方が良いわけなの? それでもフラ○スやド○ツがそれに対して全く抗わない状況というのは想像がやっぱりつかないけど。アジアに至っては、そこで生まれて仕事もしてきた割に舐め過ぎだな正直(^ω^#)ビキビキとなったわ。道理でイギ○スの中/国幻想が根深い訳だわ、って何となく分かる・・・その「死の崇拝」・「自己の滅却」的な思想は恐らく日.本(の特に軍部による)武士道曲解Ver.で、ウチにのみ存在するもんだよ? 南アジア、東南アジアの認識についてはハッキリ言ってそれを上回る勢いで酷すぎる。重要な資源と「無限の苦力」を生み出すためだけの係争地帯だって? あそこに長いこと存在していた「文明」を人為的に破壊しつくした国の人間が何か書いちゃってますけどー(゜Д゜)ポカーン 赤道付近の扱いと宗教カオスと資源の塊な中東も随分無視してるとしか感じられないんだが、WW2は少なくとも日/本にとっては資源を巡る戦争だったわけだよね? 満.州で油田見つかったの何年でしたっけ? ユーラシア領域も、1948年の時点で「資源・物資共に外に出ていかなくても国内で充足できる」段階に行き着く妄想ができたエリアだとは思えない。当時の人々が、将来的に世界が三つの超大国に分割され均衡を保つ、という未来の予測を本当にしていたとしたら、何てステキでおめでたい思考ができた時代だったんだろう、何て互いのことを知らずに狭い世界だけで生きられた時代だったんだろう、と夢のように感じます。
一方で現状を思い起こした時に、もしかしたらこの『1984』の中の世界がそう悪いものではないように感じてしまうことも怖いな、と。『1984』の中の三国のように、閉じられた領域内で永遠の戦争「ごっこ」を続けながら一部の兵士たちを覗いては現実の戦いに駆り出されることもなく、ある意味で安定した生活を送れる人々が多数派を占める社会とは反対の道を、戦後の欧米は中心となって進めていった。資本主義を推し進めるのにグローバリズムは必要不可欠で、安い労働者としての移民の受け入れや、それに伴って差別意識の社会からの表面的根絶も当然求められてきた。でも人間はどんなに理性が発達していても生物としての本能で「ホーム」に異物が入り込むことへの拒絶や、「自分たち」と異なる者への嫌悪感がどうしても残ってしまう部分があり・・・結果何が起きたか、って言えば米でのヘイトクライムや欧州の難民騒ぎに繋がりますよねー、と(´-`) 『1984』の世界では、「紛争地帯の住民にとっては戦争は彼らをあちらこちらへ押し流す津波のようなもので、主人がどの国に変わろうが何の関心もない」との記述がある。かつてはどれほど悲惨な戦争が起きようとも、人々は高いお金を支払い、命を賭けてまで故郷を離れ豊かな国に押し寄せたりはしなかったんじゃないだろうか? 「グローバル化」あるいは「人道主義」がもたらした罪の一種と言ったら言い過ぎかな・・・。
富の分配や二重思考に関しては、もしかしたら一番近い形態でやってきた国がウチなのでは?と正直ガクブルしてしまった(((-_-;))) 特にかつての「敵」に対しての切り替えとか、「Tenno」の存在に対する認識とか大衆の変わり身早すぎてマジびびるよね歴史的に(笑)平安時代なんか何十年、いや百年単位で何も変わらない暮らしが続いてたんだぜ・・・。たまに将門と信長がチャンスをモノにしていたらどんな国になってたんだろう、と妄想する。今に繋がるTennoの存在を脅かせたのはこの両者だけだったと思うから。Tennoという「権威を授ける者」と大臣・将軍といった「為政権を預かった者」の癒着というか共犯関係で(不敬な言い方でスミマセンm(__)m)、時には押したり引いたりバランス変わりながら続いてきた日/本の統治形態が、もしかしたら全く違うものになって歴史も文化も全く別物になってたんじゃないか(下手したら大陸に呑まれたりどっかの植民地(信長ならスペ○ン辺りの爵位賜って植民地化OKもあり得たかも(^^;と思ったりする)になってたかもなぁ)、とか考えると歴オタ的に興奮せざるを得な(以下略)。
あと、党に対する考え方と指導者への個人崇拝、「敵」への憎悪によって反抗や疑問の芽を摘む、というやり方は中.国K産党に近いな、とも。ただ、何で今もソレが通用してんのかが意味わかんないけどね・・・最近また毛/語録ブームなんだって?(´・ω・`) ロシ○やイギリ○には何も文句言わない癖に、ウチへの憎悪だけ煽るというのもまさに敵味方変わる度に記録(と記憶。笑)を同時に書き換えるという過去の改ざんとねつ造そのもの。でも中/国は世襲OKで今まで党が続いてきてんだよなー。この辺もオーウェル御大が生きていたらぜひご意見の方お伺いしてみたい。まぁかの国は途中で形式上の共産・社会主義国家から国家資本主義体制に転換したり、ということもあったけどさ。
社会構造を保つために富と資源の生産を抑制し、常に民衆を欠乏状態に置いておきつつ体制への信頼を維持、また労働力の消費のために戦争「ごっこ」を続ける、という考え方に初めは納得できなかったけれど、もしかしたらアメ○カとロ○ア(合間合間に欧州と中.国も混じっていたけど)が続けてきたことと根本的な仕組みはそう変わらないのかもしれない、と今は思えてきたり。だってどう考えてもプロレスだなー、としか感じられない言葉遊びから発展した戦争もあるし、両国とも相手の本土で戦ったことはないわけだし。今覇権を狙いに来ている中/国さんがどこまで出るかでまた変わってくるのかもしれないけど、ヨー○ッパの態度見る限りでは精々直接害被るのはウチ(とフィ○ピンとか?)辺りで米は大人しくハ○イまで引っ込むかもな、とかも考えるし。
でもどんな分野においても、人間が進歩を止めるということだけは仮にも知性を持って生まれてきた生き物である限りあり得ないことだと思う。確かに賢さ故に保身に走り「二重思考」を見に付けはするだろう、けれどその中にあっても、サイムのように「言葉を究極形に進化させる喜び」を、主人公のように「過去を誰より上手に書き換えてみせる達成感」を見出してしまうのが人間だから。あと人間の技術の進歩に最も大きな貢献をもたらすものはいつの時代も戦争、という事実も変わらないと思う。だから、進化を止めた世界で生き続けることに人々が満足し続ける、という点は個人的には納得できない内容かな? 適度な進歩を見せないと体制自体が攻撃されてしまうような・・・あー、でもそれすらも「過去」をコントロールできる党にとっては自由自在に「進歩」してるように見せられちゃうのかぁ。難しい。
イギ○ス、というかヨー○ッパの階級制度がいかに根深いもので、政治体制の転換や社会構造について考える上でも切り離せない思想なんだな、ってことも改めて感じた件についてとかも色々書きたかったんですけど。アジアとか今まさに北や中/国で起こっていること、続いている統制や弾圧、社会的類似点との比較や、ウチの伝統的な体制との共通項とかも。現実の未来が見えるように感じる箇所もいくつかあったり・・・やっぱりこの章は何度も読み返さなきゃだな。グダグダでまとめられないので、とりあえず先に進んでからまた戻って来てよく考えてみますm(__)m
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「身も心も愛してほしい」って言ってたヒロさんが、「心が一番深く繋がっていればそれで良い」って結論に達してくれたのが良かった。20歳の時の初恋の相手で、恐らくはそれからずっとずっと、彼女の心の中にはジョージさんがいて、仮面を被らずにはいられないくらい深く傷つき続けていたということは、それだけ長い間彼を想い続けていたのと同義だと思う。彼しか愛せない人なんだよな、きっと。だから、そんな彼女が、生い立ちも含め普通の家族・当たり前の幸せをどうやっても与えられないジョージさんを選ぶこと・許すことがどれほど苦しくて難しかったか、そういう自分を認めることがいかにつらかったか、考えると何か色々しんみり・・・(´;ω;`)ブワッ 頑張ったなヒロさん!って感じ。たぶん生産可能年齢な40前に再会しちゃってたらこうは行かなかっただろうな、とも思うけど(笑)あとその選択肢を取れたのは、しおりさん・ゆうちゃん親子との出会いと生活があってこそだったんじゃないのかな、とも。ノーマルな人が元々の嗜好とは異なる性生活に適応する、ってのは私は凄く難しいことだと考えているので(何たって自分が誰が相手でも出来ない人種なわけだから)、例えそういうものが付随しなくても、心からお互いを思いやって何気ない日々の暮らしを共にしていれば人間同士は「かぞく」になれる、結びつくことができるんだ、って絆の意味を教えてくれたのがヒロさんにとってのあの親子だったと思うんですよね。だからぶっちゃけ心の中で「(タモツくんも含め)もう5人で一緒に暮らせば良くね!?(´Д`)」と考えたりもしていたんですけど・・・。やっぱり恋愛の意味で相手を好きな人にとっては相手の一番が自分じゃない、ってことが分かってしまうとつらいのかな。あるいは相手を一番に想えないことを申し訳なく感じてしまったりするのかな?
私、実は昔の日/本のお妾さん制度とか、衆.道関係と男女間の婚姻が併存するシステムをそう悪くないと思っていて・・・日.本って職人からして分業制の国じゃない? 家の仕切り役、子作り担当、大事な行事やエライさんへのご挨拶などに同伴して如才なく立ち回る係、家や仕事や責任も何も関係なくただ甘やかしてあげる恋人、仕事のグチから将来の夢まで共有し相手に全てを託すことができる念/友、あるいは忠誠を捧げつくす・相手に一生ついていくと決めた主君、とかって棲み分け素晴らしくない? 社会的側面、家庭的側面、個人的側面と人には様々な顔と人生の幅がある訳だし、その場その場で相手を変えても、パートナーは一人じゃなくたって良いじゃない。その方がお互いに楽じゃない?って考えたりもするんだ、今の朝ドラの元ネタの人とか見ても(-_-;) ・・・ぶっちゃけエッ○しなくて済む結婚とか最高じゃん。(結局そこか)
話が逸れてしまいましたが、だから無理に二人がパートナーと別れて籍入れる必要はなかったんじゃないかなー、とかも感じたんだけど(特に一緒に仕事初めて毎日顔を合わせられるような関係になるなら)、それくらい互いに離れがたい魂の片割れ的な存在だったんかなぁ、とか考えたらウワアァ何でジョージさんゲイなんやああああ(つД`)と。でもそればっかりはどうしようもないしなぁ、と共感する面もあり・・・。それでも、あれだけ恋していたはずのタモツくんを捨ててヒロさんを選んだ、そして共に暮らし共にフリースクールの運営も始めた、それ自体が彼の精いっぱいの、そして最大限のヒロさんへのどうしようもない執着と愛情の証というか示し方なんだろうな、って。数年後のインタビューで「何回も浮気してるし^^」ってヒロさんが言ってたけど、男の人はどうしても性欲の衰えは女性より遅いし仕方ない面もあるよね。ただ、それでもヒロさんが一番だと言える、彼女の元に帰るという覚悟を持ってるんだ、ってことが本物なんだな、だから余計に切ないな、と感じてしまった(´;ω;`) あーやっぱこの脚本家さん好き!『純○愛』で散々叩かれてどうなることかと心配してましたけど、今回のも今回のでリアル同.性.愛者の方や一般人双方から苦情が来るような展開だったかもしれないけど、私にとっては救われる終わり方でした。
最後ら辺のVTRに登場してくれた恐らくは一般の同/性カップルの方々も、普通の夫婦と同じような「自然に一緒にいる」空気感で、すごく勇気を振り絞っての出演やコメントだったんだろうな、ってことがうかがえて良かった。特に親へのカムアウト語ってくれた女の子たち、共感すると同時にやっぱりかなり羨ましく感じたよ。ジョージ母の反応・行動といい。医者にも「え?(´・ω・`)」ってリアクションされる自分の件とか考えた時に、本当「ただの言い訳でしょ?」以外の反応が想像つかないもん・・・まぁ時間経ち過ぎな上にちゃんと説明できてない自分が一番悪いんだけどさ。
進撃18巻のエレン母のセリフにも胸打たれたわ・・・「特別じゃなくても、この世に生まれてきてくれただけでこの子は偉い」って。何か4歳の頃から抱えてきた自分のコンプレックスとか(ビッグ・バンに始まる全ての宇宙やら星やら生命やらの誕生自体が偶然で特に意味の無いことなら別に私の身の上に起こらなくても良かったのに、っていう。笑)親への申し訳なさが爆発しそうだわ。ゴメン、それでも正直未だに自分自身が受け入れられない厨二病真っ盛りで・・・\(^o^)/
最近の進撃は展開急ぎ過ぎて逆にグタグダというか最初のインパクトが強すぎたせいか「はー、やっぱり王政とウォール教が繋がってて貴族がガンだったのねー(´д`)」とか普通のラノベ?でも読んでる気分で見てたんですけど、今巻は担当さん変わったのか、ようやく作者が本気で描きたいパートに突入したのか久々に名場面・セリフ続出だな!外の世界への夢を生き生きと語り合う若者たちの様子をコッソリうかがうリヴァイの切ない表情とか、その前の3人の「どんなに完璧に見える相手にも確実に一人ではどうにもできないことがあって、だから人と人はみんな違うんだ」って語り合うところ(´;ω;`) このマンガは右.翼作品なんかじゃないよ、エレンとミカサとアルミン、メイン3人の人種や出身や特性の差異が、そんな3人の絆が全てを表してるじゃんかー!と言いたくなるね。
絵の方は正直相変わらずアレだけど、見開きが効果的になってるというか「オレならできる」のモノローグからみんなの顔が描かれた上に「オレ達ならできる、何故ならオレ達は生まれた時からみんな特別で自由だからだ」ってシーンには、エレンの成長だけじゃなくて作者さんも作品やキャラクターと共に漫画家として着実に進化してるんだなー、って(偉そうだけど)思わず感動してしまった(つд`)
あー、あとコレ現代若者向け1984と言える作品かもしれない、と共通点めっちゃ感じた・・・オーウェルファンにとっては侮辱になるかもしれないけど(-_-;) 壁の中の自由、思想の統制、実態の分からない「敵」。海外にファンが多いのもこの暗雲に覆われつつある現実に作品世界の状況を重ねて共感する人が沢山いるせいじゃないのか?
昨日もトラ○プ旋風を解説するブ○ゴス記事で納得しちゃったことなんだけど、ポリティカル・コレクトネスが余りに浸透しちゃった結果、絶対正義を振りかざすウチで言うところの意識高い系?「多数派」に不満を感じる人々の受け皿になってるからだ、みたいな・・・。自らの信じる正義のためならばそれに反する行為(例えば差別や民族攻撃への反対派が「レイシスト」と認定した人物に対して罵倒や個人情報のさらし上げといった「差別・攻撃」行為を行う、というのは最近日/本でも問題というかネット上で一大祭り化しちゃいましたね)を行っても許される、みたいな風潮が向こうでは社会的に蔓延してしまっている、と。まぁ確かに、英.国の入国禁止拒否署名なんかはその最たる例だと私も思う。だってトラ○プはまだ政権取って何かした訳じゃないんだから、独裁者にも虐殺者にもなっていない人間を、全ての思想信条の自由を謳う民主国家がその発言内容だけで入国拒否というのはどう考えてもおかしい。むしろ呼んで説教、あるいは説得して意見を変えさせるくらいの肝っ玉を見せろ、とヒステリー集団に感じるのは正直同意せざるを得ないなぁ、と(´-`)
もし欧米でこのままの状態が続いて「正しい 」と見なされる意見しか表立って口にすることが完全に許されない社会が出来上がってしまえば、それは本当の自由や民主主義からはかけ離れた(それこそ一部「エリート」のコントロールしやすい)体制へと変わってしまうのではないか、という漠然とした不安や抵抗が極端な人物への支持に向いてしまっているのかもしれない。だからと言って一日/本人としては絶対にトラ○プ擁護はできないけどね(^ω^#)
捕鯨に関しての議論にならない議論も似たトコあるよなー、困ったア○ニマスくんたち・・・。本当ポリティカル・コレクトネスの行き過ぎに関しては妥協点なり何か手を打たないと、このままじゃ内部での対立が増してそれこそ本物の「敵」に付け入られるだけやで、と危うさをとっても感じる。「遅れてる」認定食らっても良いから日本にはこれ以上入ってきませんように(-人-)ナモナモ
・・・いやね、正直某神社爆発「音」事件表現だけで十分だと思うんだ。それなのにウチの全ての犯罪事件 (例え最終的に冤罪が判明したとしても!)と同じように顔と名前報道しただけで政府からクレームとか(;´д`) あなた方それアメ○カで売/春婦の皆さんが捕まった時も同じことされてましたっけ?マジでいい加減にしてくれ、としか。あちらのネチズン()の皆さんの反応見る限り在.日か右/翼が関わっている方向にどうしてもしたいみたいだし、挙げ句の果てに「どう見ても日.本人顔」とか相変わらずの「全/羅道」コメが出てくるのには正直笑った。笑わざるを得なかった(´∀`)ハハハ・・・本当、もう関わらずに済む日が来れば良いのに。
※あ、繰り返しますが在.日の知人と大陸の歴史は今も変わらず好きですよー!
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