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瑠璃族族長アントン・ラズトキンがその嫡子ロマン・ラズトキンにより暗殺された。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
そんな報せがもたらされて一月。
わたくしはかねてより用意していた黒毛の馬に自ら跨り、緑豊かな故郷を後にした。
「水姫様……くれぐれも、道中お気をつけて」
不安そうに餞別の美しい絹織物を差し出したのは、
これからわたくしの義妹となるユーリヤ・ラズトキン……いえ、四季ユーリヤ。
四年前にわたくしの従兄の元に嫁いできた、瑠璃族の娘。
わたくしは彼女が嫌いだった。
わたくしの愛する人を、わたくしの居場所をいとも簡単に奪い取っていった
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
「ええ、もちろん分かっておりますわ。この一月、あなたに特訓していただいたおかげで
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
騎乗したままくるりと一回転してみせれば、彼女は苦笑して少し俯いた。
「水姫様、あなたには本当に色々と……感謝しております。
春輝のことも、瑠璃族と四季族の講和のことも、兄上の……」
「それ以上はおっしゃらないで」
“わたくしにも誇りというものがあります”
目だけで訴えたわたくしの言葉に、彼女は深く頷き、礼をした。
わたくしは確かに、彼女が嫌いだった。
けれども今は、この亜麻色の髪も、瑠璃色の瞳も素直に美しいと感じる。
だからきっと、その兄の元に嫁いでも嫌悪を覚えることはないだろう。
「輿を用意すると行ったのに……」
馬上のわたくしに向かい、未だぶつぶつと呟く従兄の姿に笑みがこぼれる。
「鈍感ですわね、春輝兄様」
わたくしはユーリヤ様に負けてしまいたくはないのです。
あなたと共に在るために懸命に努力し、“族長の妻”として異民族に馴染んだ彼女に。
きょとん、とこちらを見つめる彼はきっと、気づくことのない女の意地。
「それではいって参ります。さようなら、春輝兄様、ユーリヤ様」
そしてさようなら、四季族。わたくしの愛するふるさと。
道中を付き添う火野の先導に従い、わたくしは馬を進めた。
異民族だからと言って、舐められたくはない。
少しだけ痛む尻を持ち上げ、わたくしは馬に鞭を振るった。
わたくしの生きる場所へ、わたくしの新しい務めが待つ土地へ――
~~~
「……驚きました。あのときは、他人(ひと)に抱えられて馬に乗っておられたあなたが、
お一人で馬を駆っておいでになられるとは」
初夜の床に現れた美しい男は、開口一番苦笑しながらこう告げた。
「瑠璃族の女子(おなご)は皆一人で馬を乗りこなすと伺いましたゆえ、
あなたの妹御にもご協力を仰いで練習致しましたの。どうでしたか?
わたくしは瑠璃族族長の正妻にふさわしく振舞えておりましたかしら?」
こちらをじっと見つめる瞳は、深い深い瑠璃色。
彫りの深い顔立ちは端正に整っているが、冷たさは少しも感じさせない。
彼ならば、きっと一族の良き指導者となるに違いない。
「十分過ぎるほどですよ、ミズキ……と名を呼んでもよろしいか?」
こくりと頷いたわたくしに、彼はにこりと微笑んでこう告げた。
「では私のこともロマン、と」
その言葉に考え込んで俯いたわたくしを、彼は不思議そうに覗き込んだ。
「瑠璃族は一夫多妻を取っていると聞き及びます。
あなたにも既に三人の妻がいると伺いました。
わたくしを第一夫人に据えたせいで、これまでの地位から下がられた方々は、
わたくしがあなたの名をお呼びしている様子を見れば
ご不快に思うのではありませんか?」
ご不快に思うのではありませんか?」
ユーリヤから聞いたロマンの三人の妻の存在。
それでも、族長の嫡男の妻の数としては少ない方なのだと言う。
文化も習慣も、何もかもが異なる民族。
だからこそわたくしは人一倍努力し、気遣わねばならないのだ。
男には男の戦場があるように、女には女の闘いがある。
「それは……名を呼ぶことを許していたのは、
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
ならばあなたが皆に認められるまで、
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
けれど二人きりのときには……是非ともあなたに、名を呼んでいただきたい」
心を射るは深い瑠璃色、海の色。
わたくしの欲していたはずの黒ではない。
瑠璃とは、こんなにも美しい色であったのか!
わたくしがそう思ったときだった。
ロマンがそっとわたくしの髪に触れ、感嘆とした溜息を吐いた。
「それにしてもあなたの黒髪は……噂に聞いた通り、本当に見事なものですね。
元々は床に着くほどの長さだったのだと伺いましたが……
まるで夜の闇をそのまま閉じ込めたかのような、美しい漆黒だ」
「あなた方の一族には、夜の闇を厭う方の方が多いのではなくて?
視界の開けぬ夜は移動をするにも戦うにも不便でございましょう?」
褒め言葉に思わず頬を染めながら、宴の席であからさまに
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
「確かに、我が一族の中にそういう者がいるのは否定しない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
あなたはあのとき、私と我が一族を正しい方向へと導いてくれた。
本当に、感謝している」
本当に、感謝している」
真摯な眼差しはわたくしを真っ直ぐに捉え、告げられた言葉が胸に迫る。
きらきらと輝く金の髪が眼前に迫り来るのを前に、わたくしは呟いた。
「ご自分の方がよっぽど、星のように輝く素敵な髪をお持ちですのに……」
その言葉に嬉しそうに微笑んだ彼に、わたくしは今更ながら、
己がこの男を心の底から愛せるのではないかという可能性に気づいた。
何故、今の今までこうまで意固地になっていたのだろう。
族長との結婚は務めにしか過ぎぬと、
わたくしは第一夫人としての役割を全うすれば良いだけなのだと。
“人質”だからと言って、人を愛してはならぬと誰が決めたというのか。
わたくしは初めから知っていたではないか、春輝兄様とユーリヤの姿を。
そうして、本当は解っていたではないか。
あの日、あの場所で力強くわたくしに向かって頷き、己が父を手にかけるため
踵を返した、若く美しい男の姿が己の瞼から離れなかった理由を。
いずれ、混じり合う黒と金は夜空の闇に煌く星となる。
そうしていつの日か瑠璃に染まったわたくしは、
同じ色をした海に還り、彼の隣に眠るのだろう。
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それはまさに一触即発、という壮観な光景だった。
瑠璃族の兵たちと四季族の兵たちがずらりと並んで向き合い、
いつ戦の火蓋を切るか、互いにタイミングを窺っているような様子であった。
そんな両軍の中心に思い切り駆け降りた俺の姿に、
敵も味方も皆一様に驚き、隊列は乱れた。
敵も味方も皆一様に驚き、隊列は乱れた。
「静まれ! 静まれ、皆の者! 私は四季族の新しい族長、四季春輝である!
この戦を望んだ先代族長、四季冬彦は既に隠遁した!
かくなる上は我が四季族に戦をするだけの余力は残されてはおらぬ!
私は新たな四季族の族長として、瑠璃族との講和を望みたい!」
突如戦場に現れ、新族長を名乗った俺の言に兵たちはどよめき、
敵も味方も俺の真意を探ろうと心中が揺れ動いているのが分かった。
……本来は戦など、誰も望みはしないはず。
「お兄様!」
そのとき、馬上のユーリヤがさっと馬から降りて駆け寄っていった男がいた。
金の髪に瑠璃の瞳、瑠璃族の兵の先頭に立ち、一際豪奢な鎧を纏ったその将は
間違いなく瑠璃族族長の血を受け継ぐ、ユーリヤの実兄であろうと思われた。
戦場に現れた妹を戸惑いがちに受け止めたその兄は、
顔を上げて真っ直ぐにこちらを見た。
顔を上げて真っ直ぐにこちらを見た。
「貴殿が四季族族長の嫡男……、いや、既に長の座を引き継いだと申されたか、
四季春輝殿か。貴殿に嫁いだ我が妹は処刑されたと聞いたが……
今こうして腕にあるのは、四季族の操る幻術というものではあるまいな?」
今こうして腕にあるのは、四季族の操る幻術というものではあるまいな?」
「もちろんです。ユーリヤは私の何よりも大切な妻で、世継ぎの母です。
そう簡単に死なせはしません」
真摯な瞳で頷き返せば、彼はにこりと微笑んで手を差し伸べた。
「私はユーリヤの兄、瑠璃族族長が嫡男、ロマン・ラズトキン。
妹を守ってくれたこと、礼を言う」
端正な顔立ちのロマンが発した一言に、俺は彼が一瞬で全てを悟ることのできる
聡明な頭脳の持ち主であることを知った。
「お兄様、わたしが生きていることを知れば、瑠璃族に戦の口実は無くなるはず。
どうか講和をご承知下さい。
わたしはもうこれ以上、瑠璃族と四季族に争ってほしくないのです……!」
必死に兄に取り縋るユーリヤを、周囲の兵たちが固唾を飲んで見守る。
「……ユーリヤ、今度(こたび)の戦は父上が……
おまえを嫁がせたときから、お決めになられていたことなのだ。
私はおまえを守るため、何とかして開戦を伸ばそうとした……。
おまえを嫁がせたときから、お決めになられていたことなのだ。
私はおまえを守るため、何とかして開戦を伸ばそうとした……。
もう、エーヴァやラリサのような悲劇は見たくなかったから」
俯いた男の口から紡がれたのは、おそらくはユーリヤの二人の姉の名前。
ユーリヤの父、瑠璃族族長のアントンという男は、
本当に娘たちを道具としてしか思っていないというのか!
思わず叫び出しそうになった俺の背後から聞こえてきたのは、
此処にいることがありえない存在の静かな声だった。
「それでは、お話は簡単なことですわ。
あなたがお父君を退かせて、新しい族長におなりあそばせば良いのです。
ちょうど此処にいる、春輝兄様と同じように」
あなたがお父君を退かせて、新しい族長におなりあそばせば良いのです。
ちょうど此処にいる、春輝兄様と同じように」
どこまでも冷静で落ち着いたその声に驚いて振り向くと、長かった黒髪を
綺麗に切り落とした姿の水姫が、火野の腕に抱かれて馬の上に座していた。
綺麗に切り落とした姿の水姫が、火野の腕に抱かれて馬の上に座していた。
「暗殺でも追放でも、どんな手段を用いられても構いません。
瑠璃族は続く戦に兵や民たちは疲れ切っているはず。
ここにいる兵たちだけでも、あなたの方を信奉する者は数多くおりましょう」
水姫の口から滔々と紡がれる言葉に、ロマンと兵たちは呆気に取られたように
馬上の女を見つめた。
「そうしてあなたが族長となられた後、このわたくし、
四季族族長の従妹である四季水姫が新族長殿の元に嫁ぎましょう。
言い方は悪うございますが、所謂“人質の交換”というものですわね。
四季族は既にあなた様の妹御であるユーリヤ様を
族長の妻にいただいておりますから……これで釣り合いが取れ、
両民族の間に平和が保たれるのではございませんか?」
族長の妻にいただいておりますから……これで釣り合いが取れ、
両民族の間に平和が保たれるのではございませんか?」
そう言ってのけた水姫の笑顔に、ロマンは額に手を当て、
傍らの参謀らしき男を見た。
傍らの参謀らしき男を見た。
主の視線に深く頷いてみせた彼に、ロマンは何かを決意したように
瑠璃色の瞳をキラリと光らせ、自らの兵たちを振り向いた。
瑠璃色の瞳をキラリと光らせ、自らの兵たちを振り向いた。
「そなたたちの中に、今の四季族族長の従妹殿の意に賛同する者は幾らいる!?」
「……私は支持します」
「俺もです!」
「私も!」
「俺も賛成するぞ!」
ロマンの問いにポツリポツリと漏れ出した呟きはやがて大きな声となり、
うねりとなり、悲鳴のような歓声となって一帯を取り巻いた。
そうしてロマン率いる瑠璃族の兵たちが族長アントンの“討伐”へと踵を返した後、
俺は改めて従妹と向き合い、その真意を問うた。
あれだけ異民族を厭っていた、生粋の四季族であるはずの水姫の、
本当の心の内を。
本当の心の内を。
「水姫、いいのか?
おまえがけしかけた瑠璃族の新族長は……髪も瞳も黒くはない」
おまえがけしかけた瑠璃族の新族長は……髪も瞳も黒くはない」
「あら、例え夫となる方の髪と目が黒かったとしても、
結局望む方の元に嫁(ゆ)けぬのでしたら同じことですわ」
結局望む方の元に嫁(ゆ)けぬのでしたら同じことですわ」
俺の傍らに寄り添うユーリヤに対する嫌みの混じったその発言に眉根を寄せると、
水姫は苦笑して答えた。
「冗談ですわ。
ユーリヤ様、どうか春輝兄様を……四季族を、よろしくお願い致します」
ユーリヤ様、どうか春輝兄様を……四季族を、よろしくお願い致します」
あれほど嫌っていたユーリヤに向かい、真摯に頭を下げた水姫の姿に、
驚いてユーリヤと顔を見合わせる。
「こちらこそ、お兄様と……瑠璃族を、よろしくお頼み申し上げます」
微笑んでお辞儀を返したユーリヤの姿は、既に四季族そのものであった。
その様子に水姫も満足したらしく、誇らしげに笑むと自ら馬に跨った。
「水姫様! 危のうございます!
あなた様はまだお一人で馬にはお乗りになれないでしょう!」
慌てて駆け寄った火野に、水姫は何かが吹っ切れたような表情(かお)で叫んだ。
「あら、でも瑠璃族は女子(おなご)でも皆一人で馬を乗りこなすと聞きます!
そうではありませんこと? ユーリヤ様」
「そうなのか? ユーリヤ」
初めて聞いた話に、思わずユーリヤの方を見返す。
嫁いできてから今まで、我が一族の女子と同じように当たり前に己が腕に抱いて
騎乗させてきた妻は、少しだけ頬を赤らめて頷いた。
「おまえ、そういうことは早く言わないか!」
慌ててユーリヤの分の馬を用意させ、共に連れ立って里へ帰った俺が
己を遥かに上回る妻の乗馬の腕前に赤面することになるのは、
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「水姫(ミズキ)に会いたいのだが」
突然の俺の申し出に、傍仕えの侍女は戸惑い、すぐさま父の元へと走っていった。
俺の“監視役”の一人である年かさの女だが、所詮は父の傀儡に過ぎぬ。
決定権は無いらしい。
苦笑しながら、女の帰りを待つ。
「お館様は
『幼き日よりの許嫁同士、婚儀の日まで毎日のように逢瀬に出かけるのが
筋というもの。よかろう、水姫の館まで、好きに出かけてくるが良い』
筋というもの。よかろう、水姫の館まで、好きに出かけてくるが良い』
とおっしゃっておいででした」
急いで戻ってきた女が息を切らしながら伝えた父の伝言。
存外にあっさりと出た面会の許可への驚きと同時に、
火野を動かしたことが正解であったことを知る。
急がなければ。
四季族には、俺とユーリヤにはもう一刻の猶予も残されてはいないかもしれぬ――
~~~
「何時になったらお越し下さるのかと、
それはもう首を長くして待っておりましたのよ、春輝兄様」
それはもう首を長くして待っておりましたのよ、春輝兄様」
口元を扇で隠し、長い長いぬばたまの髪をゆったりと流した従妹の水姫は、
現在の俺の婚約者とされている。確かに、幼い頃より俺達二人はいずれ
族長夫婦となる者として育てられた。しかし俺はユーリヤを妻に迎えた。
族長夫婦となる者として育てられた。しかし俺はユーリヤを妻に迎えた。
四年前に我が四季族と瑠璃族との間でどんな経緯があったのかは知らないが、
族長の嫡男である俺は瑠璃族の娘を妻に娶った。
誇り高い彼女にとって、当然のごとく四季族族長の正妻になるのだと信じて
育ってきた水姫にとって、それはどれほどの屈辱であったことか。
それを知りながらこんなことを頼みにきた俺は残酷なのかもしれない。
だが、それでも……
だが、それでも……
「単刀直入に言う。水姫、俺の記憶を返せ。
今の我が一族の中で、その力を持つのはおまえだけだろう?」
「……傍仕えの者たちを全て“眠らせて”、何をおっしゃるのかと思えば……。
そんなことをおっしゃって、わたくしが素直に従うとでもお思い?
族長様に告げ口をして、更に重い“術”を施してしまうかもしれませんわよ?」
水姫の深い暗闇の瞳が俺を射る。
「水姫、俺はおまえを信じている。おまえは何よりも曲がったことが嫌いな、
強く美しい俺の従妹だ。そして俺に寄せてくれていた想いも……知っている。
だからこそおまえに頼むのだ。お願いだ、水姫、俺の記憶を返してくれ……!」
絞り出すような声音で紡がれた俺の懇願に、水姫はすっと顔を背け、俯いた。
「ひどい、酷い、春輝兄様は酷い方……!
あなたが、あんな気味の悪い髪をした女などを正妻に迎えていなかったら……
あなたのお子はわたくしがお生みするはずでしたのに!
あんな、不気味な色をした瞳の子などではなく、綺麗な黒髪に黒い瞳を
宿した子供が、この四季族の長を継ぐと決まっておりましたのに……!」
宿した子供が、この四季族の長を継ぐと決まっておりましたのに……!」
初めて見る気丈な従妹の涙に、胸の奥がズキリと痛む。
しかしこの何倍もの痛みを、ユーリヤの瞳を見るたび、声を聞くたびに思い出すのだ。
恋とは、愛とは何と残酷なものであることか!
「……わかりました。そこまでこのわたくしを信じていらしたのなら、
どうして兄様の“妹”も同然の水姫に断ることなど出来ましょうか……。
“全て”の覚悟は、おありなのですね?」
水姫は涙を拭って、こちらを見つめた。
深く頷いた俺に、彼女はそっと手をかざして祈りを唱える。
そうして、俺は……
~~~
「遅かったようだな、春輝よ」
屋敷に戻ると、俺の居室であるはずの東の棟に父が座し、
ニヤニヤと顔に嗤いを浮かべて座していた。
「久しぶりの逢瀬で、つい話し込んでしまいましたので」
父の言に極力不審なところを見せぬよう、淡々と受け答えをする自分にも
辺りに漂う不穏な空気は既に伝わっていた。
辺りに漂う不穏な空気は既に伝わっていた。
「そうではない。そなた、水姫の元で記憶を取り戻してきたのであろう?
けれどもう手遅れじゃ。あの瑠璃族の女と子供は今頃わしの手の者にかかっておろう」
予想通りの言葉に、鋭く父を睨みつけて口端を上げる。
予想通りの言葉に、鋭く父を睨みつけて口端を上げる。
「……さぁ、どうでしょうか? 父上」
眼差しが交錯し、張りつめた空気に額から一筋の汗が滴り落ちたそのときだった。
火野が、待ち焦がれた二人を連れて己が背後に現れたのは。
「火野……!? 何故!? わしを裏切ったのか!?」
激昂して立ち上がった父に、火野は無表情で答えた。
「我が主は春輝様お一人。異民族の血を引く私を、まともな“人間”として
扱って下さったのは春輝様だけでした。私は生涯の忠誠を春輝様に捧げております」
扱って下さったのは春輝様だけでした。私は生涯の忠誠を春輝様に捧げております」
「ぐぬうっ……おまえぇ!」
火野とその背後に控えるユーリヤに掴みかかろうとする父を、周囲の兵が取り押さえる。
全てはあの寂れた庵で一人の異民族の女に、
何よりも愛する妻に再会できたこの三月の間に手配したこと。
全てはあの寂れた庵で一人の異民族の女に、
何よりも愛する妻に再会できたこの三月の間に手配したこと。
「父上、あなたには四季族族長の座から退いていただく。
俺が新たな族長に就き、必ず瑠璃族との戦を止めてみせる」
振り返ってユーリヤの瞳をじっと見つめ、しっかりと頷いてみせる。
美しい瑠璃色の双眸は全てを悟ったかのように瞬き、
目尻からは透明な雫が次から次へと滴り落ちていた。
「ふっ、もう遅いわ。既に兵たちは戦場に向かっておる。
そなたたちがどんなに急いたところで、戦地まで二日はかかる。
間に合いはせぬ。既に切られた戦の火蓋が、止められるわけはない!」
高らかに嗤う父を奥の間に幽閉することを命じてから、急いで馬の手配をさせる。
すると、それまで火野の背後に大人しく控えていたユーリヤが、
俺の袖に縋りついてきた。
俺の袖に縋りついてきた。
「春輝、春輝、あなた記憶を取り戻したのね!?
そうして、瑠璃族との戦を止めに戦場に赴くと言うの!?」
慌てた様子のユーリヤに、微笑んで優しく頬を撫でる。
「思い出した……おまえのことも、夏海のことも全て。
おまえと同じ、真夏の海のように美しい瞳をした赤子だから、夏海と名付けた……。
そうだったな? ユーリヤ」
俺の言葉に、彼女は瞳を潤ませて頷く。
「そうよ。そうよ、春輝。四季族の文字が分からないわたしに、その意味を
教えてくれたのはあなただわ……。だからお願い、わたしも一緒に連れて行って。
わたしはもう二度と、あなたを失ってしまいたくはない。
教えてくれたのはあなただわ……。だからお願い、わたしも一緒に連れて行って。
わたしはもう二度と、あなたを失ってしまいたくはない。
あなたに言われたように、あなたが記憶を無くした時、あなたの妻としてすべきだった
あなたを取り戻すための努力を、今からでもさせてほしいのよ。お願い、春輝……!」
あなたを取り戻すための努力を、今からでもさせてほしいのよ。お願い、春輝……!」
ユーリヤの必死の懇願に、俺は信頼のおける乳母子に夏海を預け、
彼女を馬上へと抱き上げた。
彼女を馬上へと抱き上げた。
「全速力で瑠璃族の里に向かう。しっかり掴まっていろよ、ユーリヤ!」
固く唇を噛みしめ、無言で頷いた彼女を抱いて、俺は馬を駆けた。
父の命を受けた兵たちは、昨日秘密裏に四季族の里を出発したのだと言う。
間に合うだろうか? この俺に、俺達二人に果たして戦は止められるのだろうか――?
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屋敷に戻った俺は、己が周囲から監視されていることに気づいた。
気配を隠し、注意深く、しかし綿密に。
何故今まで気づくことが出来なかったのか。
それも全ては……
何故今まで気づくことが出来なかったのか。
それも全ては……
俺は監視に気づかれぬよう、少しずつ失われた五年間のことを調べ上げることにした。
瑠璃族から妻を迎えたという痕跡、その妻との間に生まれた嫡子の痕跡。
瑠璃族との開戦の経緯。父は瑠璃族の有する知恵と技術を、
瑠璃族は我が四季族の持つ肥沃な領土を欲していた。
瑠璃族は我が四季族の持つ肥沃な領土を欲していた。
昔から小競り合いの絶えなかった両民族の“架け橋”として送り込まれてきた娘が、
ユーリヤ・ラズトキン。その美しさを謳われる瑠璃族族長の一族の中でも、
殊に美しいとの評判を極めていた娘。
殊に美しいとの評判を極めていた娘。
彼女を妻に娶った俺は、その美しさだけに惹かれたのだろうか。
いいや、記憶を失ってから幾度か重ねた彼女との逢瀬で、俺は彼女の賢さを知り、
優しさを知り、そして俺に向けられる真っ直ぐな瑠璃色の眼差しを見た。
俺の名を呼ぶ、胸を締め付けられるような透きとおる声を聞いた。
俺はユーリヤを、妻となった敵の女を、おそらくは心から愛していた。
否、今でも愛している。だから……
~~~
「……ユーリヤ」
突然訪れた俺に、ユーリヤは驚いてナツミを抱いたまま後ずさり、
庵の中へと逃げ込んだ。
庵の中へと逃げ込んだ。
「関係ないと……申し上げたではありませんか! 何故わからないのです!?
あなたがこちらにおいでになればなるほど、
あなたの身も、ナツミの身も危うくなるのだと!」
あなたがこちらにおいでになればなるほど、
あなたの身も、ナツミの身も危うくなるのだと!」
ピシャリと閉められた扉の内側から聞こえる悲痛な叫び。
おそらくユーリヤは知っている。
「それは俺とこの庵が、一族の者に見張られているからだろう?」
「……分かっていて、何故……」
今にも泣き出しそうな女の声に、すぐにでも扉を蹴破って
その細く震える身体を抱きしめたい衝動に駆られる。
「今、監視は俺の“術”によって眠っている。否、正確には“起きている”が
眠っている状態にある。だから、ここに俺がいることも、
おまえとこれから話すことも誰に聞かれる心配もない」
眠っている状態にある。だから、ここに俺がいることも、
おまえとこれから話すことも誰に聞かれる心配もない」
そう告げれば、固く閉じられた庵の扉が少しずつ開き、
泣きはらした瞳のユーリヤが姿を現した。
泣きはらした瞳のユーリヤが姿を現した。
「それで今さら、わたしに何のお話があると言うのです?」
「ユーリヤ、俺が記憶を無くしたのは
正確にはいつ頃のことだったか覚えているか?」
正確にはいつ頃のことだったか覚えているか?」
赤く縁取られた瑠璃の瞳を真っ直ぐに見つめて投げかけた問いに、
彼女は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。
「一族の会議で、わたしとこの子を送り返すことはない、と宣言されて……
確か、三日後のことだったように思います」
「三日後……」
少し俯いて考えを巡らせる俺に、ユーリヤは怪訝な眼差しを向けてくる。
「お前の話を聞く以上、俺は瑠璃族との間に戦を起こすことを
強硬に望む者たちに、意図的に記憶を奪われた可能性がある」
強硬に望む者たちに、意図的に記憶を奪われた可能性がある」
すっと顔を上げて告げた言葉に、ユーリヤは目を見開き、
フラフラと力が抜けたように地面へと倒れ込んだ。
フラフラと力が抜けたように地面へと倒れ込んだ。
~~~
「火野(ヒノ)、少し頼みたいことがある」
ユーリヤの庵から帰ってすぐに、俺は側近中の側近である火野を呼び出した。
黒い髪に濃い茶色の瞳を持つ火野は、一見すると生粋の四季族と
何ら変わりはないが、身体の半分に異民族の血を受け継いでいる。
何ら変わりはないが、身体の半分に異民族の血を受け継いでいる。
『黒髪に黒い瞳を持つ者以外は、“野蛮で恐ろしい”異民族である』
との教育を長年に渡り受けてきた四季族の中で彼の存在は異質であり、
長の一族に極めて近い血筋を持ちながら、
火野は幼い頃より周囲の迫害を受けて育ってきた。
との教育を長年に渡り受けてきた四季族の中で彼の存在は異質であり、
長の一族に極めて近い血筋を持ちながら、
火野は幼い頃より周囲の迫害を受けて育ってきた。
だからこそ、失われた記憶の中でも彼だけはユーリヤと俺の結婚も、
二人の間に生まれた子供のことも、きっと祝福してくれたことだろう。
俺の“頼み”を聞いた火野は一瞬驚いたような表情(かお)をし、
次に破顔し、快くその“頼み”を引き受けてくれた。
これで問題の一つは片付いた。そして、残る一つは……
次に破顔し、快くその“頼み”を引き受けてくれた。
これで問題の一つは片付いた。そして、残る一つは……
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「……また、いらしたんですか」
「ここは四季族の本拠だ。私が何処をうろつこうと勝手だろう?」
「…………」
俺の言葉に一瞬目を瞬かせ、溜息を吐きだす横顔は
相変わらず白く、人形めいている。
初めての出会いで拒絶の意を示されてから、
二度、三度と日を置かず此処へ足を運んでしまうのは何故なのだろう。
瑠璃族。子連れの女。族長……父に匿われている。
瑠璃族。子連れの女。族長……父に匿われている。
そして自分には一切知らされていない存在……。
近づくな。危険だ。
本能が発する警報を無視しても、会いたい。声を聞きたい。その、全てを――
そこまで思い至って、訝しげにこちらを見つめる瑠璃色の瞳に気づき、
ハッとする。
近づくな。危険だ。
本能が発する警報を無視しても、会いたい。声を聞きたい。その、全てを――
そこまで思い至って、訝しげにこちらを見つめる瑠璃色の瞳に気づき、
ハッとする。
「どうか、なさったんですか? ……とても疲れた顔をして」
白い手がこちらへ伸ばされかけて、
何かに押しとどめられたようにすぐに引かれた。
その白い手で、優しく頬に触れてほしい。髪を撫でてほしい。
ふつふつと湧き起こった願望を振り払うように、彼女に向かって嗤ってみせる。
「どうかしたか、だと? それは勿論疲れているに決まっている。
瑠璃族が我が四季族に宣戦を布告したばかりなのだから。」
「……っ!」
瑠璃族である彼女の心を抉る言葉。
細い指先はカタカタと震え、かたちの良い桃色の唇が青ざめていく。
「まぁ先に奇襲を仕掛けたのはこちらだがな。
当分は此処が戦場になることはまず無いだろうが、私は族長の息子だ。
しばらくは寝る間もなく軍議に追われることになるだろうな」
「……春輝様も、戦われるのですか?」
苛々しながら漏れ出た俺の言葉に、我らが敵・瑠璃族の人間であるはずの
彼女から帰ってきたのは、いささか見当外れな問いかけだった。
「いや、私は……それは、すぐにでも戦いたいが……。
本拠が襲われるまでは此処にいて守りに徹しろとの父の命だ。
長の家の跡取りも生さねばなるまいし……」
自嘲気味に吐き出した言葉に、彼女は一瞬何かを堪えるように身を震わせた後、
ホッとしたように息を吐いた。
「……そうですか。
もうじき奥方様を迎えられるご予定でいらっしゃいますものね……」
寂しそうに笑う顔は、すでに見慣れたものだ。
何故彼女はこんなふうに笑うのだろう?
何故いつも哀しそうに、寂しそうに、
それなのに俺を見る目はどこまでも優しく……何故だか酷く、苛立つ。
「ユーリヤ。そなたは今、いくつになった?」
「ユーリヤ。そなたは今、いくつになった?」
ほら、また。白い面が強張り、瑠璃色の眼差しが揺れる。
ユーリヤは俺が彼女について何か質問する度に、
微かに動揺し、そしてそれを隠そうとする。
「わたくし、ですか? わたくしは……今年、二十二になります」
「そうか、ならば私より三歳若年なのだな。
それではナツミは……あの子供は、いつ頃に生んだ?」
「……っ、あの子は……二十歳(はたち)の、時に」
「ならばナツミは今二歳というところだな。道理で、可愛い盛りの訳だ」
ユーリヤの足元に纏わりつく幼子に笑顔で手を差し出せば、
彼は声を上げてその小さな手をこちらへと伸ばしてくる。
決して俺にその手を伸ばしてはくれない母親とは違い、
決して俺にその手を伸ばしてはくれない母親とは違い、
数度の逢瀬でナツミは大分自分に懐いてくれた。
ユーリヤはその様子を、いつもどこか怯えたような、苦しそうな顔で眺めている。
ユーリヤはその様子を、いつもどこか怯えたような、苦しそうな顔で眺めている。
「ナツミの瞳はおまえ譲りの見事な瑠璃色だな。
そしてナツミの髪は我が四季族の中でも滅多に見られぬほどの見事な黒髪だ」
「…………」
ユーリヤは固く手を握ったまま黙っている。
「ユーリヤ、私は己が持っているものの中で、好きなものはたった一つしかない。
それは一体何だと思う?」
ピクリと強張った彼女の様子をチラリと窺い、腕の中の幼子をじっと覗き込む。
「分からぬか? それでは教えてやろう。それは私の髪だ。
角度によってはこの深い森と同じ緑にも、そなたの瞳と同じ瑠璃にも変化する
母譲りの真っ直ぐに伸びた黒髪……。瑠璃族のそなたにはわからぬかもしれぬが、
四季族の我々には誰が誰の血を引いているか、髪を見れば一目で区別がつく。
一つ聞く。何故私と同じ色の髪を、この幼子が持っている?」
「……それはっ……!」
顔を上げたユーリヤの瞳は潤んでいた。
「父が冬彦、私が春輝、そしてこの子が“ナツミ”。気づかないとでも思ったか?
四季族の嫡男は代々四季の名を一文字冠することになっている。
春夏秋冬の順番通りに。おそらくナツミの“ナツ”は“夏”の文字を……」
春夏秋冬の順番通りに。おそらくナツミの“ナツ”は“夏”の文字を……」
「違う、違う、その子はっ……!」
俺の言葉を遮り、必死に頭を振るユーリヤを冷めた目で見つめ、更に追い詰める。
「俺の記憶は二十歳の時より止まっている。父も、一族の者も皆
五年の間に俺自身に大きな変化はなかったと言っていたが……。
俺は族長の嫡男だ。成人したらすぐにでも結婚の話が出たはずだ。
それを今の今まで……二十五の年になるまで、結婚どころか
正式な婚約の話すら出なかったとは不自然だ。そうは思わないか?ユーリヤ」
「……っ……っ!」
「それに、今度(こたび)の瑠璃族との戦の経緯にしても……
あの血も涙もない瑠璃族が、ギリギリまで開戦を避ける交渉を望んだ。
結局こちらから奇襲を仕掛けて無理やりに戦へと持ち込んだものの……
それはこちら側に“人質”がいるからではないのか?
……俺の妻として送られてきたおまえが!」
「やめて、やめて春輝……わたしは、もう……!」
「ユーリヤ、おまえは誰だ? そしてナツミは誰の子なんだ?
おまえは何故ここにいる? おまえと、俺は……!?」
「……わたしの名は、ユーリヤ・ラズトキン。瑠璃族族長の三番目の娘で……
確かに、半年前まで、四季春輝の……あなたの、妻だった」
震えた声で紡がれた事実に目を見開く。
ユーリヤは泣き笑いのような表情で俺を見つめ、そっと頬に触れた。
焦がれた温もりに、泣きたくなるような安堵感が俺を襲う。
「あなたの記憶は五年前で止まっていると言いましたね?
わたしがこの国に嫁いできたのは四年前。
そしてナツミが生まれたのは話した通り。
そしてナツミが生まれたのは話した通り。
この子が生まれてから、瑠璃族と四季族の関係は悪化の一途を辿り、
四季族の有力者たちは幾度もあなたにわたしを離縁するように迫った。
わたしは、二つの民族の架け橋になれなかった……役立たずの女だから」
わたしは、二つの民族の架け橋になれなかった……役立たずの女だから」
ユーリヤは自嘲気味に目を伏せた。
「でも、それでもあなたは……わたしを庇ってくれた。
此処にいても良いと、言ってくれた。ナツミと、あなたと、一緒に……!」
ポロポロと涙をこぼす女の姿は、今にも消えそうに儚い。
「俺が記憶を失ったのは、一族との間でそのやりとりがあった直後か」
「…………」
答えないユーリヤに、真実を知り、込み上げてきたのは激しい怒りだった。
「気に入らないな。父も、一族の連中も、そしておまえも」
怒気を含んだ声に気づいたのか、ユーリヤがビクリと身体を震わせてこちらを見る。
「この俺の……四季族族長の後継ぎの正妻と嫡男を無断で追い出し、
勝手に後妻を与えて……。それを黙って受け入れるとはどういうことだ?
おまえはそれでも俺の妻か!?」
「仕方ないでしょう! わたしはいつ殺されてもおかしくない瑠璃族族長の娘。
わたしの一番上の姉は、瑠璃族が攻め入った嫁ぎ先から送り返されて
一月も経たぬうちにまた別の民族の元へ嫁がされた……。姉の連れて来た子供は、
滅ぼした一族の血を引いているというだけで祖父である父に殺された。
滅ぼした一族の血を引いているというだけで祖父である父に殺された。
わたしの二番目の姉は、嫁ぎ先の一族と瑠璃族との戦が起こった際、
自らの夫の手にかかり殺された。
自らの夫の手にかかり殺された。
父は娘(わたし)たちのことなど都合の良い道具としか思っていやしない。
わたしには、もうナツミを連れて帰れる場所などない。
ナツミを守るためにも……少しでも生き永らえるためにも、こうするしか……」
我が子を抱きかかえて崩れ落ちる女の姿に、これまで胸の中にあった
言いようのない苛立ちとわだかまりが急速に静まっていくのが分かる。
言いようのない苛立ちとわだかまりが急速に静まっていくのが分かる。
「どうせもうあなたは何も覚えていない……。
わたしが、わたしとこの子がどうなろうが、もう二度と関係のないことでしょう」
ゆらりと立ち上がり、庵へと戻りゆくユーリヤの華奢な背中を、
その時の俺はただ黙って見送ることしか出来なかった。
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