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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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お待たせして申し訳ありません。
(そして待たせた割には大したことないorz)
異世界風シリアス、全五話+番外編。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



その女と出会ったのは偶然だった。
一族の社を抱く山に広がる深い緑。
様々な民族が集い、日々小競り合いを繰り返すこの地で、今まさに己が属する
四季族は領土の隣接する瑠璃族との間に大きな戦を起こそうとしていた。
いずれ四季族の長を継ぐ者として日々を軍議に追われていた俺は、喧噪を逃れて
癒しを求めようと、長の一族が管理する山の中を奥へ奥へと踏み入っていた。
記憶が確かならば、屋敷から随分と離れた山の中腹に寂れた庵があったはずだ。
黙々と歩を進めると、一族の者以外誰も立ち入れぬはずの山中から
細い女の声が聞こえた。

「ナツ、どこへ行くの? 待ちなさい!」

横道の草がガサガサと揺れる。
刺客か、と思い腰の刀に手をかけた瞬間、現われたのは二つか三つばかりの幼子だった。
我が四季族特有の漆黒の髪に、瑠璃族の証であるはずの瑠璃色の瞳を宿した子供。
味方とも敵ともつかぬ見知らぬ幼子であるはずなのに、
何故かその姿には不思議な親しみを覚える。
キョトン、とこちらを見上げてくる無垢な眼差しに手にかけていた刀から
力を抜くと、幼子の背後から一人の女が現れた。

「ナツミ!」

一目で瑠璃族であることが窺える白磁の肌に、目の前の子供と同じ
深い瑠璃色の瞳、そして風になびく亜麻色の長い髪……。
己がこの世で見てきた中で、誰よりも美しい容姿を持つ異民族……
しかも今や“敵”とも呼べる瑠璃族の女は、何故か我が四季族の装束を纏っていた。
そういえば幼子を呼んでいたであろう柔らかな声もまた、流麗な四季語であった。

「貴様、何者だ? 何故ここにいる?」

己の姿を目にした途端驚いたように目を見開いて静止した女に向かい、
警戒を解かぬまま問いかけると、彼女はいささか戸惑いがちに俯いた。

「わたくしは……族長様のご温情により、こちらの庵に住まわせていただいている者です」

「族長の意向? 何も聞いていないが……それに貴様、四季族ではない……。
その瞳、おそらくは瑠璃族だろう?
その子供は、四季族の血を引いているようだが……」

「……っ、確かにわたくしは瑠璃族の者です。
ですが、あなたの……四季族の敵ではありません! 本当です、信じてください!」

我が子を抱き締めながら、瞳を潤ませてこちらを見上げる彼女に、
初めに抱いた警戒心はいつのまにか解けていた。

「分かった、信じよう」

両手を挙げて溜息を吐き出すと、彼女は安心したように息を吐いて微笑んだ。
どこまでも優しく、暖かく、そして切ないその微笑に、
ささくれ立っていた己の心がギシリと音を立てて軋んだ。

「ありがとうございます、……春輝(ハルキ)様」

「……そなた、私の名前を知っているのか?」

敵ではないとの判断に基づき、対外用の仮面を取り繕って問いかけた自分に、
彼女はまた哀しそうに笑った。

「わたくしは、族長様にお世話になっている身です。
跡取りの若君のことは、当然存じ上げております」

「そうか。では、名は何と言う?」

重ねた問いに、彼女はまた少し戸惑いがちに視線を逸らした。

「……一族の方々、誰にも、わたくしとこの子に会ったことを話さない、
とお約束してくださいますか?」

意味深な問いかけに、若干苛々しながら彼女を見つめる。

「それは何故だ?」
 
「一族の方々は族長様を初め、おそらく春輝様がわたくしたちの存在を
知られることを望まれてはいないでしょうから」

こちらの問いを拒むように視線を下げて答える彼女に、
それ以上疑問をぶつけることはできなくなってしまう。

「……わかった、約束しよう。だから、そなたの名を教えろ」

まるで魔法にでもかかったように無意識に唇から漏れ出た言葉。
その問いに初めて彼女は真っ直ぐに視線を上げ、俺を見つめた。
長い睫毛に縁取られた瑠璃の双眸が己を射抜く。
何だろう、この、魂を揺さぶられるような既視感は――

「ユーリヤ」

耳の中を通り抜けていく、軽やかな異民族の響き。

「ユーリヤ」

舌に転がした音はどこまでも甘い。
彼女が、今にも泣き出しそうな表情(かお)でその名を口にした俺を見つめる

「私はユーリヤ、この子はナツミ」

震えた声でそれだけ紡ぎ、ユーリヤは踵を返した。

「あ!」

呼び止めようとした俺に背を向けたまま、ユーリヤは告げた。

「ここにはもう来ないで。あなたのためにならない」

幼子を抱きあげてそのまま走り去った女の、華奢な後姿が瞼へと深く焼きつく。

ユーリヤ。
ユーリヤ。
ユーリヤ。

その名を、音を思い浮かべるだけで頭と心が酷く痛んだ。
五年前から止まった記憶。
何も変わらないと告げる一族の人々。
違う、違う、五年の間に何があった?
俺は一体何を得て、一体何を失ったのだ――?







目次(その他)

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その女と出会ったのは偶然だった。
一族の社を抱く山に広がる深い緑。
様々な民族が集い、日々小競り合いを繰り返すこの地で、今まさに己が属する
四季族は領土の隣接する瑠璃族との間に大きな戦を起こそうとしていた。
いずれ四季族の長を継ぐ者として日々を軍議に追われていた俺は、喧噪を逃れて
癒しを求めようと、長の一族が管理する山の中を奥へ奥へと踏み入っていた。
記憶が確かならば、屋敷から随分と離れた山の中腹に寂れた庵があったはずだ。
黙々と歩を進めると、一族の者以外誰も立ち入れぬはずの山中から
細い女の声が聞こえた。

「ナツ、どこへ行くの? 待ちなさい!」

横道の草がガサガサと揺れる。
刺客か、と思い腰の刀に手をかけた瞬間、現われたのは二つか三つばかりの幼子だった。
我が四季族特有の漆黒の髪に、瑠璃族の証であるはずの瑠璃色の瞳を宿した子供。
味方とも敵ともつかぬ見知らぬ幼子であるはずなのに、
何故かその姿には不思議な親しみを覚える。
キョトン、とこちらを見上げてくる無垢な眼差しに手にかけていた刀から
力を抜くと、幼子の背後から一人の女が現れた。

「ナツミ!」

一目で瑠璃族であることが窺える白磁の肌に、目の前の子供と同じ
深い瑠璃色の瞳、そして風になびく亜麻色の長い髪……。
己がこの世で見てきた中で、誰よりも美しい容姿を持つ異民族……
しかも今や“敵”とも呼べる瑠璃族の女は、何故か我が四季族の装束を纏っていた。
そういえば幼子を呼んでいたであろう柔らかな声もまた、流麗な四季語であった。

「貴様、何者だ? 何故ここにいる?」

己の姿を目にした途端驚いたように目を見開いて静止した女に向かい、
警戒を解かぬまま問いかけると、彼女はいささか戸惑いがちに俯いた。

「わたくしは……族長様のご温情により、こちらの庵に住まわせていただいている者です」

「族長の意向? 何も聞いていないが……それに貴様、四季族ではない……。
その瞳、おそらくは瑠璃族だろう?
その子供は、四季族の血を引いているようだが……」

「……っ、確かにわたくしは瑠璃族の者です。
ですが、あなたの……四季族の敵ではありません! 本当です、信じてください!」

我が子を抱き締めながら、瞳を潤ませてこちらを見上げる彼女に、
初めに抱いた警戒心はいつのまにか解けていた。

「分かった、信じよう」

両手を挙げて溜息を吐き出すと、彼女は安心したように息を吐いて微笑んだ。
どこまでも優しく、暖かく、そして切ないその微笑に、
ささくれ立っていた己の心がギシリと音を立てて軋んだ。

「ありがとうございます、……春輝(ハルキ)様」

「……そなた、私の名前を知っているのか?」

敵ではないとの判断に基づき、対外用の仮面を取り繕って問いかけた自分に、
彼女はまた哀しそうに笑った。

「わたくしは、族長様にお世話になっている身です。
跡取りの若君のことは、当然存じ上げております」

「そうか。では、名は何と言う?」

重ねた問いに、彼女はまた少し戸惑いがちに視線を逸らした。

「……一族の方々、誰にも、わたくしとこの子に会ったことを話さない、
とお約束してくださいますか?」

意味深な問いかけに、若干苛々しながら彼女を見つめる。

「それは何故だ?」
 
「一族の方々は族長様を初め、おそらく春輝様がわたくしたちの存在を
知られることを望まれてはいないでしょうから」

こちらの問いを拒むように視線を下げて答える彼女に、
それ以上疑問をぶつけることはできなくなってしまう。

「……わかった、約束しよう。だから、そなたの名を教えろ」

まるで魔法にでもかかったように無意識に唇から漏れ出た言葉。
その問いに初めて彼女は真っ直ぐに視線を上げ、俺を見つめた。
長い睫毛に縁取られた瑠璃の双眸が己を射抜く。
何だろう、この、魂を揺さぶられるような既視感は――

「ユーリヤ」

耳の中を通り抜けていく、軽やかな異民族の響き。

「ユーリヤ」

舌に転がした音はどこまでも甘い。
彼女が、今にも泣き出しそうな表情(かお)でその名を口にした俺を見つめる

「私はユーリヤ、この子はナツミ」

震えた声でそれだけ紡ぎ、ユーリヤは踵を返した。

「あ!」

呼び止めようとした俺に背を向けたまま、ユーリヤは告げた。

「ここにはもう来ないで。あなたのためにならない」

幼子を抱きあげてそのまま走り去った女の、華奢な後姿が瞼へと深く焼きつく。

ユーリヤ。
ユーリヤ。
ユーリヤ。

その名を、音を思い浮かべるだけで頭と心が酷く痛んだ。
五年前から止まった記憶。
何も変わらないと告げる一族の人々。
違う、違う、五年の間に何があった?
俺は一体何を得て、一体何を失ったのだ――?







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