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拍手ログ。『山の宝石』番外編。水姫の結婚。
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瑠璃族族長アントン・ラズトキンがその嫡子ロマン・ラズトキンにより暗殺された。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
そんな報せがもたらされて一月。
わたくしはかねてより用意していた黒毛の馬に自ら跨り、緑豊かな故郷を後にした。
「水姫様……くれぐれも、道中お気をつけて」
不安そうに餞別の美しい絹織物を差し出したのは、
これからわたくしの義妹となるユーリヤ・ラズトキン……いえ、四季ユーリヤ。
四年前にわたくしの従兄の元に嫁いできた、瑠璃族の娘。
わたくしは彼女が嫌いだった。
わたくしの愛する人を、わたくしの居場所をいとも簡単に奪い取っていった
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
「ええ、もちろん分かっておりますわ。この一月、あなたに特訓していただいたおかげで
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
騎乗したままくるりと一回転してみせれば、彼女は苦笑して少し俯いた。
「水姫様、あなたには本当に色々と……感謝しております。
春輝のことも、瑠璃族と四季族の講和のことも、兄上の……」
「それ以上はおっしゃらないで」
“わたくしにも誇りというものがあります”
目だけで訴えたわたくしの言葉に、彼女は深く頷き、礼をした。
わたくしは確かに、彼女が嫌いだった。
けれども今は、この亜麻色の髪も、瑠璃色の瞳も素直に美しいと感じる。
だからきっと、その兄の元に嫁いでも嫌悪を覚えることはないだろう。
「輿を用意すると行ったのに……」
馬上のわたくしに向かい、未だぶつぶつと呟く従兄の姿に笑みがこぼれる。
「鈍感ですわね、春輝兄様」
わたくしはユーリヤ様に負けてしまいたくはないのです。
あなたと共に在るために懸命に努力し、“族長の妻”として異民族に馴染んだ彼女に。
きょとん、とこちらを見つめる彼はきっと、気づくことのない女の意地。
「それではいって参ります。さようなら、春輝兄様、ユーリヤ様」
そしてさようなら、四季族。わたくしの愛するふるさと。
道中を付き添う火野の先導に従い、わたくしは馬を進めた。
異民族だからと言って、舐められたくはない。
少しだけ痛む尻を持ち上げ、わたくしは馬に鞭を振るった。
わたくしの生きる場所へ、わたくしの新しい務めが待つ土地へ――
~~~
「……驚きました。あのときは、他人(ひと)に抱えられて馬に乗っておられたあなたが、
お一人で馬を駆っておいでになられるとは」
初夜の床に現れた美しい男は、開口一番苦笑しながらこう告げた。
「瑠璃族の女子(おなご)は皆一人で馬を乗りこなすと伺いましたゆえ、
あなたの妹御にもご協力を仰いで練習致しましたの。どうでしたか?
わたくしは瑠璃族族長の正妻にふさわしく振舞えておりましたかしら?」
こちらをじっと見つめる瞳は、深い深い瑠璃色。
彫りの深い顔立ちは端正に整っているが、冷たさは少しも感じさせない。
彼ならば、きっと一族の良き指導者となるに違いない。
「十分過ぎるほどですよ、ミズキ……と名を呼んでもよろしいか?」
こくりと頷いたわたくしに、彼はにこりと微笑んでこう告げた。
「では私のこともロマン、と」
その言葉に考え込んで俯いたわたくしを、彼は不思議そうに覗き込んだ。
「瑠璃族は一夫多妻を取っていると聞き及びます。
あなたにも既に三人の妻がいると伺いました。
わたくしを第一夫人に据えたせいで、これまでの地位から下がられた方々は、
わたくしがあなたの名をお呼びしている様子を見れば
ご不快に思うのではありませんか?」
ご不快に思うのではありませんか?」
ユーリヤから聞いたロマンの三人の妻の存在。
それでも、族長の嫡男の妻の数としては少ない方なのだと言う。
文化も習慣も、何もかもが異なる民族。
だからこそわたくしは人一倍努力し、気遣わねばならないのだ。
男には男の戦場があるように、女には女の闘いがある。
「それは……名を呼ぶことを許していたのは、
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
ならばあなたが皆に認められるまで、
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
けれど二人きりのときには……是非ともあなたに、名を呼んでいただきたい」
心を射るは深い瑠璃色、海の色。
わたくしの欲していたはずの黒ではない。
瑠璃とは、こんなにも美しい色であったのか!
わたくしがそう思ったときだった。
ロマンがそっとわたくしの髪に触れ、感嘆とした溜息を吐いた。
「それにしてもあなたの黒髪は……噂に聞いた通り、本当に見事なものですね。
元々は床に着くほどの長さだったのだと伺いましたが……
まるで夜の闇をそのまま閉じ込めたかのような、美しい漆黒だ」
「あなた方の一族には、夜の闇を厭う方の方が多いのではなくて?
視界の開けぬ夜は移動をするにも戦うにも不便でございましょう?」
褒め言葉に思わず頬を染めながら、宴の席であからさまに
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
「確かに、我が一族の中にそういう者がいるのは否定しない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
あなたはあのとき、私と我が一族を正しい方向へと導いてくれた。
本当に、感謝している」
本当に、感謝している」
真摯な眼差しはわたくしを真っ直ぐに捉え、告げられた言葉が胸に迫る。
きらきらと輝く金の髪が眼前に迫り来るのを前に、わたくしは呟いた。
「ご自分の方がよっぽど、星のように輝く素敵な髪をお持ちですのに……」
その言葉に嬉しそうに微笑んだ彼に、わたくしは今更ながら、
己がこの男を心の底から愛せるのではないかという可能性に気づいた。
何故、今の今までこうまで意固地になっていたのだろう。
族長との結婚は務めにしか過ぎぬと、
わたくしは第一夫人としての役割を全うすれば良いだけなのだと。
“人質”だからと言って、人を愛してはならぬと誰が決めたというのか。
わたくしは初めから知っていたではないか、春輝兄様とユーリヤの姿を。
そうして、本当は解っていたではないか。
あの日、あの場所で力強くわたくしに向かって頷き、己が父を手にかけるため
踵を返した、若く美しい男の姿が己の瞼から離れなかった理由を。
いずれ、混じり合う黒と金は夜空の闇に煌く星となる。
そうしていつの日か瑠璃に染まったわたくしは、
同じ色をした海に還り、彼の隣に眠るのだろう。
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瑠璃族族長アントン・ラズトキンがその嫡子ロマン・ラズトキンにより暗殺された。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
ロマンはそのまま族長の座を継ぎ、一族の者は皆彼の決定に従った。
そんな報せがもたらされて一月。
わたくしはかねてより用意していた黒毛の馬に自ら跨り、緑豊かな故郷を後にした。
「水姫様……くれぐれも、道中お気をつけて」
不安そうに餞別の美しい絹織物を差し出したのは、
これからわたくしの義妹となるユーリヤ・ラズトキン……いえ、四季ユーリヤ。
四年前にわたくしの従兄の元に嫁いできた、瑠璃族の娘。
わたくしは彼女が嫌いだった。
わたくしの愛する人を、わたくしの居場所をいとも簡単に奪い取っていった
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
異民族の女が、憎くて憎くて堪らなかった。
「ええ、もちろん分かっておりますわ。この一月、あなたに特訓していただいたおかげで
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
随分と馬も上手く乗りこなせるようになりましたし……。ほらこの通り、ご存じでしょう?」
騎乗したままくるりと一回転してみせれば、彼女は苦笑して少し俯いた。
「水姫様、あなたには本当に色々と……感謝しております。
春輝のことも、瑠璃族と四季族の講和のことも、兄上の……」
「それ以上はおっしゃらないで」
“わたくしにも誇りというものがあります”
目だけで訴えたわたくしの言葉に、彼女は深く頷き、礼をした。
わたくしは確かに、彼女が嫌いだった。
けれども今は、この亜麻色の髪も、瑠璃色の瞳も素直に美しいと感じる。
だからきっと、その兄の元に嫁いでも嫌悪を覚えることはないだろう。
「輿を用意すると行ったのに……」
馬上のわたくしに向かい、未だぶつぶつと呟く従兄の姿に笑みがこぼれる。
「鈍感ですわね、春輝兄様」
わたくしはユーリヤ様に負けてしまいたくはないのです。
あなたと共に在るために懸命に努力し、“族長の妻”として異民族に馴染んだ彼女に。
きょとん、とこちらを見つめる彼はきっと、気づくことのない女の意地。
「それではいって参ります。さようなら、春輝兄様、ユーリヤ様」
そしてさようなら、四季族。わたくしの愛するふるさと。
道中を付き添う火野の先導に従い、わたくしは馬を進めた。
異民族だからと言って、舐められたくはない。
少しだけ痛む尻を持ち上げ、わたくしは馬に鞭を振るった。
わたくしの生きる場所へ、わたくしの新しい務めが待つ土地へ――
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「……驚きました。あのときは、他人(ひと)に抱えられて馬に乗っておられたあなたが、
お一人で馬を駆っておいでになられるとは」
初夜の床に現れた美しい男は、開口一番苦笑しながらこう告げた。
「瑠璃族の女子(おなご)は皆一人で馬を乗りこなすと伺いましたゆえ、
あなたの妹御にもご協力を仰いで練習致しましたの。どうでしたか?
わたくしは瑠璃族族長の正妻にふさわしく振舞えておりましたかしら?」
こちらをじっと見つめる瞳は、深い深い瑠璃色。
彫りの深い顔立ちは端正に整っているが、冷たさは少しも感じさせない。
彼ならば、きっと一族の良き指導者となるに違いない。
「十分過ぎるほどですよ、ミズキ……と名を呼んでもよろしいか?」
こくりと頷いたわたくしに、彼はにこりと微笑んでこう告げた。
「では私のこともロマン、と」
その言葉に考え込んで俯いたわたくしを、彼は不思議そうに覗き込んだ。
「瑠璃族は一夫多妻を取っていると聞き及びます。
あなたにも既に三人の妻がいると伺いました。
わたくしを第一夫人に据えたせいで、これまでの地位から下がられた方々は、
わたくしがあなたの名をお呼びしている様子を見れば
ご不快に思うのではありませんか?」
ご不快に思うのではありませんか?」
ユーリヤから聞いたロマンの三人の妻の存在。
それでも、族長の嫡男の妻の数としては少ない方なのだと言う。
文化も習慣も、何もかもが異なる民族。
だからこそわたくしは人一倍努力し、気遣わねばならないのだ。
男には男の戦場があるように、女には女の闘いがある。
「それは……名を呼ぶことを許していたのは、
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
先の第一夫人であったカテリーナだけだったが……。
ならばあなたが皆に認められるまで、
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
人前では私のことを“長”と呼ばれた方がよろしいでしょう。
けれど二人きりのときには……是非ともあなたに、名を呼んでいただきたい」
心を射るは深い瑠璃色、海の色。
わたくしの欲していたはずの黒ではない。
瑠璃とは、こんなにも美しい色であったのか!
わたくしがそう思ったときだった。
ロマンがそっとわたくしの髪に触れ、感嘆とした溜息を吐いた。
「それにしてもあなたの黒髪は……噂に聞いた通り、本当に見事なものですね。
元々は床に着くほどの長さだったのだと伺いましたが……
まるで夜の闇をそのまま閉じ込めたかのような、美しい漆黒だ」
「あなた方の一族には、夜の闇を厭う方の方が多いのではなくて?
視界の開けぬ夜は移動をするにも戦うにも不便でございましょう?」
褒め言葉に思わず頬を染めながら、宴の席であからさまに
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
わたくしへの嫌悪感を露わにしていた一部の臣たちを揶揄すると、
彼は真面目な様子で首を振ってみせた。
「確かに、我が一族の中にそういう者がいるのは否定しない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
けれど私は夜が好きだ。夜は星が空を彩る。
太陽は私たちを照らしをするが、導いてはくれない。
あなたはあのとき、私と我が一族を正しい方向へと導いてくれた。
本当に、感謝している」
本当に、感謝している」
真摯な眼差しはわたくしを真っ直ぐに捉え、告げられた言葉が胸に迫る。
きらきらと輝く金の髪が眼前に迫り来るのを前に、わたくしは呟いた。
「ご自分の方がよっぽど、星のように輝く素敵な髪をお持ちですのに……」
その言葉に嬉しそうに微笑んだ彼に、わたくしは今更ながら、
己がこの男を心の底から愛せるのではないかという可能性に気づいた。
何故、今の今までこうまで意固地になっていたのだろう。
族長との結婚は務めにしか過ぎぬと、
わたくしは第一夫人としての役割を全うすれば良いだけなのだと。
“人質”だからと言って、人を愛してはならぬと誰が決めたというのか。
わたくしは初めから知っていたではないか、春輝兄様とユーリヤの姿を。
そうして、本当は解っていたではないか。
あの日、あの場所で力強くわたくしに向かって頷き、己が父を手にかけるため
踵を返した、若く美しい男の姿が己の瞼から離れなかった理由を。
いずれ、混じり合う黒と金は夜空の闇に煌く星となる。
そうしていつの日か瑠璃に染まったわたくしは、
同じ色をした海に還り、彼の隣に眠るのだろう。
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