[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
わたしのほしいものは、すべてあなたがもっていってしまう。
始まりは姉でした。美しくて、優しくて、何よりも眩かったひと。
わたしは姉が好きでした。
だっておねえさまはわたしのただ一人の姉で、わたしはおねえさまのただ一人の妹。
おねえさまの一番はわたしで、わたしの一番はお姉さま。それが、当たり前のかたちでしょう?
それなのに、あなたは。
おねえさまがあなたを見る瞳は、おねえさまがわたしを見る瞳とは全く異なるものだった。
おねえさまは私を、春の日のような、真綿にくるまれた卵を見守る親鳥のような、
やさしい、やさしすぎる慈愛の眼差しで見つめる。
おねえさまはあなたを、燃え盛る炎のような、薄氷を張った湖のような、
熱く、冷たい情念の眼差しで見つめる。あなたを、あなただけを。
憎らしかった。
おねえさまの“ただ一つ”の眼差しを受けるのは、わたしだけでいいのに。
だから、わたしは。
わたしは自分の身体を傷つけた。わざとあなたにぶつかって、煮えたぎる熱湯をこの身に被った。
“心と身体に傷を負った”わたし、“あなたが近づくことを怖れるようになった”わたし。
わたしを連れて、おねえさまはあなたの元を離れた。そうしてわたしはおねえさまを手に入れた。
あなたに勝った。おねえさまは、傷ついた妹の傍を離れなくなった。
~~~
そうして、次に出あったのがかれだった。純粋で、誠実で、何より暖かかったひと。
私はかれが好きでした。
だってかれはわたしのただ一人の恋人で、わたしはかれのただ一人の恋人。
かれの一番はわたしで、わたしの一番はかれ。それが、当たり前のかたちでしょう?
それなのに、あなたは。
かれがあなたに立てた誓いは、かれがわたしに立てた誓いとは全く異なるものだった。
かれは私に、甘い砂糖菓子のような、ふわふわと漂う雲のような、
やさしい、やさしすぎる不確かな誓いを立てた。
かれはあなたに、身を押し流す濁流のような、鋭くとがった猛獣の牙のような
激しく、重い確実な誓いを立てた。あなたに、あなたにだけ。
憎らしかった。
かれと“ただ一つ”の誓いを結ぶのは、わたしだけでいいのに。
だから、わたしは。
わたしはおねえさまに嘘を吐いた。騙されたおねえさまは絶望し、あなたの命を奪った。
『恋人を裏切って殺した』おねえさま。『主君を殺された』かれ。
かれはおねえさまの元からわたしを引き離した。そうしてわたしは、かれを手に入れた。
あなたに勝った、はずだったのに……。
~~~
わたしを取り戻そうとするおねえさま。わたしの傍から離れないかれ。
大好きなおねえさまと、大好きなかれが、全てわたしのものになると思った。
けれど、まさか、そんな。
おねえさまの心にはかれへの怒り。かれの心にはおねえさまへの恨み。
たった、それだけしか存在しないなんて。二人が、わたしを想ってくれないなんて。
許せない。許せない。そんなことは認めない。だから、
「これは契約です、公爵さま。わたしの穢れた名を使うことを許します。
わたしの醜い身体も貴方に捧げましょう。ですから、どうか、二人の首を――」
~~~
あなた、天国にいるか地獄にいるか分からぬあなた。生前はごめんなさい?
わたしは決してあなたを嫌いなわけではなかった。
わたしが欲しがると、自分のものでも必ず分け与えてくれたあなた。
あのときあなたに分けていただいたお礼に、
わたしも自分のものをあなたに分けてあげようと思います。
二人の魂をあなたに。二人の首をわたしに。仲良くはんぶんこ。
ねぇ、素敵でしょう?何よりも愛しかった二人を、何よりも憎らしかったあなたと。
ねぇ、わたしもおとなになったでしょう?
→後書き
追記を閉じる▲
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「愛したとしたら何が悪いの?」
燃えるような怒りと悲しみを、その瞳にたぎらせながら。
押さえつけても、押さえつけても溢れる思いの丈を吐き出した。
昨夜の出来事を告げた己に側近はこう返した。
彼はその冷徹な姿勢を崩さぬまま、こう続けた。
小国の城を落とした翌日のことだった。
それから間もなくのこと。
混乱を沈めようと向けられた大国の軍勢が王太子を攻めたとき、
彼が立て篭もったのは、かつて己が攻め落とした、あの小国の城だった。
己に良く似た赤子を腕に抱いた美しい女の幻を見た。
追記を閉じる▲
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「いやっ!!やめて!!」
そうだな、そなたには人の世の倫も何もないものな。
愛しい男と引き裂き、無理やり身体を我が物にした俺を。
でも余り早く遊戯が終わってしまっては……つまらないわ」
こんな楽しい遊びに出会えるなんて……。
霞は冷めた瞳で見つめていた。
追記を閉じる▲
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
竹下が結婚するだとか、森崎がママになるだとか聞く度に、
君のことを思い出すんだ。
シュウちゃん。
シュウちゃん、俺もやっと、就職先が決まったよ。
会いに来るのは何年ぶりだろう?
もしかしたら、十年以上前のあの日以来かもしれないな。
実感なんか全然湧かなくて、
ピカピカの墓石がミニチュアの公衆便所みたく見えたあの日。
シュウちゃんの、納骨の日。
小さなシュウちゃんの骨壺に、大人たちはみんな泣いてた。
俺とヒロシは訳も分からずに、
ギュッと手を握ったまま線香の匂いの中に立ち尽くしていた。
あんな小さな壺がシュウちゃんだなんて、信じられる訳がなかったんだ。
ヒロシは結局親の跡を継いだみたいだよ。
浪人してようやく大学を出る俺なんかとは違って、
手早いことに嫁さんも、子供もいるんだってさ。
シュウちゃん。
もしもシュウちゃんが生きてたら、今頃は社会人として頑張ってたんだろうか。
ヒロシみたいに早々に結婚して家庭を持っていたんだろうか。
記憶の中のシュウちゃんは、あどけなく笑うやんちゃなガキ大将のまま。
その顔すらも、今はぼやけてハッキリしない。
~~~
墓地は丘の上にあった。
「こんな見晴らしいいとこなら、もっと早く来てれば良かったなー」
呟きながら、君の墓を探す。
確か一昨年、おじいさんも亡くなったと聞いたっけ。
三回忌の年なら、ある程度綺麗な状態を保っているだろう。
見つけ出した墓は、記憶の中にあるそれよりも遥かに小さく見えた。
墓の脇には、萎れた菊の花束と共に薄汚れたミニ四駆が備えられていた。
シュウちゃんが好きだったミニ四駆。
お兄さんに教えてもらった、というシュウちゃんの車は、
仲間内の誰のものよりも速く走った。
シュウちゃんに勝ちたくて、新しいパーツを買いに
連れて行ってくれと何度もねだった週末。
あの時夢中になって手にしていたそれらは、今押し入れの中に眠っている。
シュウちゃん。
俺が、今までここを訪れることがなかったのは……
認めたくなかったんだ。
隔たってしまった自分を。
シュウちゃんの死を。
認めてしまったら、友達ではなくなってしまう気がして。
七歳の子供とハタチ過ぎの大人が、友達になれるとは思えない。
けれど彼は永遠に七歳で、俺は三十歳になり、四十歳になる。
「シュウちゃん、ごめんな……」
墓石の上に、ポンと手を置いて涙を拭う。
それから、君の好きだったコーラを、ミニ四駆の脇に備えた。
昔は、ラジオ体操の後に配られる最後の一本を巡って
大ゲンカを繰り広げたこともあるコーラの缶。
「……俺、今はビールの方が好きなんだ」
そこにはいない君に向かって笑ってみせれば、木々が風にそっと揺れた。
いつかあちらに行ったら、君はまた俺に笑いかけてくれるだろうか。
俺のことを「トモダチ」と呼んでくれるだろうか。
ミニ四駆が、一瞬カタッと音を立てた気がした。
そっと持ち上げて、夕陽にかざせば、君の小さな手が目に浮かんだ。
「忘れないよ、きっと」
死んでしまったから、思い出すのかもしれない。
生きていたら、ヒロシのようにいつのまにか疎遠になっていたのかもしれない。
こんな俺は、歪んでいるのかもしれない。
それでも、君がいたことだけは……忘れたくないんだ。
確かに、『トモダチ』だったのだから。
風が優しく頬を撫でた。
あの頃と同じように、彼がすぐ傍で微笑っているような気がした。
→後書き
追記を閉じる▲
『The Castle Of Roses』番外編SSS。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何色の薔薇が欲しい?
その紋章が発表された時、宮廷に激震が走った。そう、聞かされている。
生誕から七日後の祝いの席。
仕来たり通り、生まれた子と、その紋章が披露されるその日。
青い薔薇の紋章。かつてその紋章を冠した王族は一人もいない。
存在しない花を戴くなど、馬鹿げている。瞬間、貴族たちは理解した。
私が、存在を認められぬ王子だと。
『アルフさまーっ!』
蘇るのは、金の巻き毛を揺らし、こちらへ駆け寄る少女の笑い声。
凍りついた祝いの席で、その“在って亡き王子”の監視役を命じられた
哀れな下級貴族の一人娘。下級貴族でありながら、国王に対しても堂々と
己の主張を貫く男爵を、父王は兼ねてから気に入らなかったのだろう。
厄介者を押し付け、更にはその厄介者と娘の婚約を確約させた。
どうせ本気で婚姻を履行させる気はないのだ。父王は、私の子孫を望まない。
一度婚約をしたことで、傷物となった娘はどこへも嫁げない。
そんな娘に、胸を痛める男爵の姿を見たいだけなのだ。
それなのに男爵は、その娘は。どこまでも暖かく、優しく私に接してくれた。
『呪いの青薔薇』と呼ばれる私に、懸命に尽くしてくれた。
「アルフ様、アルフ様」
娘は歌うように、私に囁く。妹のように思っていた彼女は、
いつしか大輪の紅薔薇のような美貌を纏う女性になっていた。
黒薔薇の王が、手を伸ばすほどに。
~~~
「アルフ」
柵の向こうから、低い声が響く。
「……兄上」
視線を向ければ、漆黒の双眸がこちらを射る。
「明日、午前十時だ」
処刑の日時を告げて去る兄に、今更肉親の情を求めるつもりは無い。
「紅薔薇は染まりませんよ」
背中に呼びかけた声に、ピクリと反応して止まる兄の足。
「例え貴方がどんなに黒々と血塗られた手で触れようとも、
紅薔薇は染まりませぬ。それだけは、お忘れなきよう」
にこりと微笑んで見せれば、兄は憎々しげにこちらを睨んだ。
ああ、ようやく“私”を見てくれた――
明日死ぬというのに、恍惚としたこの喜びは何だろう?
ああ、ローズ、今ほど君を愛しいと感じたことはない。
私は死によって、愛する者を二人までも縛ることができるのだから。
気づいていますか、兄上? 黒薔薇と紅薔薇は、禁断の青薔薇の庭に咲く。
→後書き
追記を閉じる▲