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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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ちょっと宗教っぽい小ネタ。信仰をお持ちの方はご注意ください。

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 いのらせてください。祈らせて下さい。あなたを信じぬ私に、祈ることをお許し下さるならば。あの人の神よ、彼らの信じ給う神よ。どうかあの人に安らぎを、どうか彼らに平和を。祈らせて下さい。あなたが最も憎んだものを、あなたがあの人に、彼らにもたらすこと無きように。
 
 
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 砂塵舞う町の片隅で、シスター・マリアは祭壇に祈りを捧げていた。だが彼女が祈るのは、その祭壇に掲げられるべき神ではない。彼女が洗礼を受けた教えの中では邪と称される“異教”、この国の“神”に向かってだった。礼拝堂の扉の外からは、絶え間なき銃声と爆音がこだましている。マリアの見つめる先にあるものも、祭壇とは名ばかりの砕かれた石の塊。引き裂かれた布がその上に情けなく垂れ下がり、燭台は折られて床に転がっていた。木の枝で作られた小さな十字架が、かろうじて石の鎮座する部屋の目的を明確にしている。幾度押し入られ、破壊され、虐げられたことか。脳裏に過ぎる凶悪な暴徒の顔は、瞳を輝かせた純朴な青年のそれと重なる。彼らほど一途な心を持った信徒たちを、マリアは知らない。
 
 国教とは異なる洗礼をマリアが受けた理由は、彼女が“神”を信じられなかったせいだった。神を信じる者と信じぬ者の境界は“死後”にあるのだとマリアは思う。彼女の想像は死後の世界に及ばない。死んでしまえば人は無に帰す。仮に輪廻転生などというものがあるにしても、記憶も受け継がず育った環境も違う“魂”とやらを同一の存在とは見なせない。加えてマリアは神の“力”にも興味が持てなかった。世界を創り、人を導き、自然を操る。全てを統べる存在などありえない。一つの国の中でさえ、完璧な王などいないのだから。
 人々が祈りを捧げる時間、マリアは目を閉じたままそんなことばかり考えていた。人々が食を断つあいだは、人目につかぬ高い木の上でその実を貪った。人々が戒律に反した者を罰する光景に際しては、罵声を浴びせる周囲に同調することもせずぼんやり冷めた眼差しを注いでいた。水に浮いた油のような少女は留学の名目で外へ飛び出す。そこで初めて彼女は“異教徒”――日々の祈りすら捧げず掟の一つも持たぬ者たちに出会った。
 恐ろしくないのか? 全てを見通し裁く者の存在を信じながら自由気ままに、欲望のまま生を貫くことは。問うたマリアに、彼らは告げた。神を信じることそれ自体が救いを得る所以なのだと。強い衝撃を受けた彼女は自らの意思で洗礼を望んだ。知りたくなったのだ、彼らの“神”の慈悲深さを。修道院に入り、誓願を立てたマリアと家族の絆は断たれた。それでも彼女は、危険を押して懐かしい故郷に帰って来た。この地に在っては“異端”とされる教会に仕えるために。
 
 周囲の反発は凄まじかった。飛んでくる石つぶてに教会の窓は割れ、道を歩けば唾を吐きかけられる日々。時には室内に幾人もの男たちが押し入り、祭壇もオルガンも、机も椅子も滅茶苦茶に壊された。それでも、ひっそりと足を運び、賛美歌に耳を傾けてくれる人々がいた。美しい少女の二人連れ。薄汚れた服を纏った孤児。気の良い八百屋の青年……現在(いま)の国に、そこに根づく教えに、掟に少なからぬ息苦しさを感じていた彼らは、新しい空気を教会に求めたのだった。マリアは彼らに寄り添い、糧を与え、語りかけながらその内に己の姿を見出すようになった――彼女が真に望んだものの答えを、自らが誓いを立てた理由(わけ)を。
 同時に、国に帰って初めて気づけたこともあった。人々の“神”に対する頑ななまでの一途さ。口先だけで神に祈り怠惰を貪る者たちよりも、日々戒律を満たすことだけを考え生きる故郷の人々にマリアは共感と憧憬を覚え、そんな己に驚いたのだ。彼女が最も厭ったはずの、馴染めなかった信仰の情景。それを羨み、愛しく思う気持ちを素直に受け止める自分自身に。真っ直ぐな瞳、屈託のない笑顔。ありふれた営みの中に当たり前のように息づく祈り。マリアが二度と手にすることができぬもの。信ずるものの存在はこれほどまで人の心を潤し、そしてまた一瞬で干あがらせてしまうこともできる――
 
 マリアは今、以前とは違う理由で“神”を信じられなくなっていた。この国の神のみならず、彼女が誓いを立てた神も同様に。そんな己の心を、マリアは何よりも疑わしく感じてしまう。内にくすぶる澱んだ思いは囁きかける――神は誰の魂も救わない。戒律を守って戦いに斃れゆく若者たちも、最後まで信仰を貫いた青年たちも。彼らは引き裂かれ、虐げられ、傷つき、そして滅んでいった。彼らは天の国で祝福を得たというのだろうか? 人は死ななければ幸せになれぬというのか? 現実は、生は確かに余りに惨い。では“神”を、“天の国”を求めることは、生きて在る世からの逃避ではないのか?
 澱を払うように、マリアは扉を振り返る。騒がしい銃声は鳴りやまず、人々の怒号と悲鳴が合間に響く。信ずるものを否定された時、人間は寛容を失う。砂漠に見出した唯一つのオアシスが幻だと告げられたら、旅人はどんな感情を抱くのだろうか。彼の行き来た荒野の果てを指差して、あれこそが真の泉だと告げられたとしたら。水の無い砂漠でいつまでも辿り付けぬ蜃気楼を作り出しては人を惑わす存在が神だとしたら、余りに虚しいではないか。先の見えぬ砂嵐に、ただただ翻弄される旅人の道行きは。
 辿りついた“神”への答えは、乾ききった彼女の胸に鋭く重い痛みを生んだ。ドン、ドンと扉を穿つ音が聞こえる。終わりの時は近いのかもしれぬ。天国にも地獄にも行けぬ己の“死後”を思い、マリアは嗤った。
 
「くだらない……本当に、馬鹿みたい」
 
 ふと見上げた窓から差し込む光に、マリアは幼き日の夢想を思い起こす――触れられぬ幻を追う道行きよりなら、立ち止まって砂の一粒を握りしめることの方を確かに選んだ己だった。修道女の黒いベールがなだらかな肩を滑り落ちた瞬間、教会の扉は音を立てて開いた。















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『聖☆おにいさん』がヨーロッパ圏で出るとか(゜Д゜)と驚いたので書いてみた。
日本人でもガチ無宗教でそのことにコンプレックス持ってる人間は少ないんじゃないかと思う。『Sin』→『映らない真実』→コレで自分の中では何となく繋がったような。一応ぼかして混ぜて創ってるので既存宗教とは別物とお考えくださいm(_ _)m


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拍手ありがとうございます。
ちょっと時事ネタっぽい小ネタ。同性愛要素あり。暗いです。

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私は何に、憤っているのだろうか。
怒号と風塵の飛び交う最中、トガの滾った血は不意に冷たさを取り戻し自問した。この世で唯一、魂を分かち合うべきネスと結ばれぬ故であろうか。誰よりも敬い慕った兄・ハピを殺された故であろうか。それとも、自由に息を吸うことすら許されぬ己がためであろうか。短い髪の不揃いな毛先に触れ、トガはふっと息を吐いた。瞼を閉ざせばその裏に、懐かしい残像が蘇る。
トガが同じ性を持つ者しか愛せぬことに気づいたのはいつの頃であったか。父と兄以外の男に嫌悪と蔑みの眼差ししか注げなかった彼女は、裕福な親類の援助で入学した女学校でネスと出会った――美しい、青い瞳と白い肌を持つ少女に。彼女を見つめる時、トガの胸には祝福の鐘が鳴り響き、頬は灼熱を帯びて薔薇色に染まった。己に向けられ続ける黒い瞳にいつしか円らな青が応えるようになり、二人は掟を超える関係になった。躊躇など無い。トガは、ネスと在れることが幸せだった。ただひたすらに、清らかな幸福を望んだだけ。それだけ、だった。
トガの兄ハピは均整の取れた美丈夫で、大学まで進んだ秀才だった。幼き日より父の行商について回り、見分を広めた彼は自国の異常を認識するのも早かった。まずは学を身に付け、地位を高めて力を得ること。妹に繰り返し語って聞かせた夢想の通り、軍に入り青年将校の栄誉を欲しいままにしたハピは早すぎる謀反を企てた。若気の至りと嗤えばそれまで。仲間――間諜の手により漏らされた計画はたちまちの内に王に知れ、三日と経たずに彼は首を切られた。ハピは壁の内で鎖に縛り付けられる暮らしが嫌いだった。ただひたすらに、自由の翼を望んだだけ。それだけ、だった。 
ネスは真実を知った両親により成り上がり貴族の息子へ嫁がされた。ハピは大罪人として墓を作ることすら許されず、妹の手にはその艶やかな黒髪の切れ端が残るのみ。罪人の証として短く刈られた頭と、虚ろな面ざしを抱えたままトガは暗い部屋に籠り続けた。家人に連れ去られる恋人の甲高い叫び声、かすれていく兄の低い呻き声、その二つだけが彼女の耳を支配し、硝子玉のような双眸には快活に煌めく青い瞳と、柔らかく輝く黒い瞳だけが映り込んでいた。
 
「ネス……ハピ、私はどうすればいいの? 何故私を放っておくの? 何故私を連れていかないの? 一人では、生きられない……」
 
神を、この国の基である神を、王の由緒を物語る神を憎むと言う選択肢はトガには無い。けれど怒りは、確かにここに在った。トガの胸の内を荒れ狂う激しい感情は、ネスに向ける情熱は、ハピの死に注ぐ冷えた想いはトガの肉の奥に脈打ち、彼女の唇を噛みしめさせ手の平に拳を形作る。それでもトガは、自身の怒りの正当なる理由を見出せずにいる。
 
「我々はあなた方の敵ではありません。どうか、どうか理性的なご判断を……」
 
銃を高く天に掲げながら、震えた声で哀願する兵士。
 
「パパはどこ? 昨日はお休みのはずだったんだけど。僕のパパは勇敢な兵隊なんだよ、どこにいるの? パパ、パパ……」
 
無邪気な顔で問いかけながら、戦車の間を駆けめぐる少年。
 
彼らは、数か月、或いは数年前の自分の姿ではなかったか。己はどれほどに、“正しい”ことが言えるのか。
 
「ハピ……兄さん、私は間違っている?」
 
答えは返らない。王に抗するための運動には、兄の旧友に誘われ参加した。ネスを取り戻すこと叶わぬ現在(いま)の国法を、少しでも改める余地を見出すために。けれど実際は、仲間達すら神に背くトガを蔑み厭っていることを知っている。世界がそっくり、人間ごと入れ替わらぬ限り、彼女に安住は訪れない。それでも――
 
「私は何故、ここに居るの?」
 
国外の支援者たちには幾度も国を出ろと説得された。ネスと共に必ず助け出すと、強く訴えた人もあった。けれどトガは首を縦に振らず、兄の血が流れた国で、恋人の涙がこぼれおちた砂の上に佇み続けている。愛しているのだ、ハピよりもネスよりも何よりも、この故郷を――
トガは瞳を閉じた。小麦色の輝きが蠱惑的な彼女の肌は土埃に汚れ、ただでさえ彫りの深い瞳は今や落ちくぼみ深い隅と皺を刻み出していたが、その表情(かお)には誇りと喜びが満ちていた。彼女は遂に手に入れたのだ、誰よりも欲していた、何よりも確かな答えを。
 
散弾銃の唸り声が、トガの佇む広場を覆う。鮮血が辺りに飛び散り、悲鳴が木霊す。その中で唯一人微笑み、ゆっくりと斃れていった女の姿を、人の手で作り出した水晶体が映し出すことは決して無かった。
















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トガ=咎、ハピ+ネス=Happinessということで、ちょっと『Sin』とリンクしてるかも。あれも実は時事ネタ入ってるんですよね(^^; まぁフィクションですけど!
 


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あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致しますm(__)m
ということで、初詣SSSです。

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吐く息が白い。漆黒の闇の中に異なる唇から放たれたそれが浮き上がり、混じり合う様をぼんやりと眺めていると、頭の上から少し震えた声が降ってきた。
 
「寒いねー」

声の主は彼。幼なじみまでいかない同級生。十年来の友だち。昔、好きだったひと。
 
「でも雪降らなくて良かった」
 
「ホントにね」
 
小さな呟きに返った柔らかい笑みに、少しだけ胸が軋んだ。 
 
「覚えてる? 五年前も、一緒に初詣行ったよね」
 
「ああ、受験の時! タマとかチイとかと、みんなでお守り買ったよな!」
 
楽しそうに答える彼に、ほんの少し――あの日の、あの頃の切なさが蘇る。あの日、あの時、本当は……大声で叫んでしまいたかった、彼が好きだと。好きだった、彼が。タマやチイと喋っていることにすら嫉妬した。俯いて自嘲する私を不思議そうに覗きこむ彼に、困ったように微笑んだ。
 
「……まぁ、おまえはちょっとご利益薄かったかもしんねーけど」
 
ポンポン、と頭を撫でる彼の誤解を解くことはしないまま、私は優しい温もりに身を委ねた。神様に祈る瞬間すら、私は彼のことを想っていた。進学して離れ離れになるのが嫌だった。だから、本命の不合格は当然の報い。彼は、それを知らない。
 
「タマもチイも地元出ちゃって、大分寂しくなったねー」
 
「ホントだよなー。おまえが戻ってきて良かった」
 
眩い笑顔が、何のてらいも無い言葉が、凪いでいたはずの心を揺らす。
そんなこと、言わないで。そんな笑顔、見せないで――
 
「あ、明るくなってきた」
 
目の前にはほの白い光に包まれた水平線。未だ姿を見せない太陽に、私と彼の不確かな関係を思う。あの頃の私には勇気が無かった。彼を自分のものにしたい、誰にも渡したくないという妄執を抱きながら、関係を壊すほどの覚悟も、強烈な欲求ですら持ち得なかった。そうして、言葉を捨てた私は今、彼の隣を歩いている。この年の初めの静謐な時間を、彼と並んで共有していることが少し不思議だ。これは、あの頃の私にとっては夢のようなことなのかもしれない。途方も無いほど幸せで、愛しい時間なのかもしれない。でも、今の私は――
 
「何、いきなり首振って。何か今日のおまえ、おっかしー」
 
首を振って俯いた私に、彼が声を上げて笑い出す。
 
「何か、結局何も変わってなんかいないんだなぁ、って思って」

私が唇を尖らせれば、彼は急に真面目な調子で呟いた。
 
「そりゃそうだろ、おまえはおまえで、俺は俺。五年前も今も、これからも、ずっと変わらないよ」
 
思わず視線を滑らせた先にある彼の横顔は美しい。その美しい横顔を、触れることのできない横顔を、新しい日はまた飲み込んでゆく。
 
五年前も今も、これからも、変わらなければずっと傍にいてくれる――?
 
生まれては消えてゆく、声に出せない言葉たち。変わらない、変われない、それでも。
 
「今年は縁結びのお守り、買おっかな……」
 
「え、何て!?」
 
小さな呟きに大きく目を見開いて素っ頓狂な声を上げた彼に、今年初めて心からの笑みがこぼれた。









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いいふうふの日記念SSSと言い張りたい・・・orz

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「久しぶりねぇ……」

仰々しく近衛隊を派遣すると告げた息子をなだめ、一人では持ち切れないほどの
大きな花束を渡そうとする侍女を押し止めてその中から数本のマーガレットを抜き取り、
王太后たるその人は簡素な馬車で夫の墓所へと向かっていた。

彼女が顔も知らずに婚約し、愛称も呼ばず初夜の床についた相手は、
結婚から一年も経たぬうちに帰らぬ人となってしまった。
国境際の小競り合いで、運悪く流れ矢に当たった彼を間抜けな王だと人は嗤った。
少しだけ膨れた腹を抱えて、彼女は悲しみにくれてなどいられなかった。
戦の事後処理、国王代理への就任、そして出産に育児……余りにも慌ただしく時は過ぎた。
そうして二十年、彼女の息子は立派に成人を迎え、王位を継いだ。
喜ばしいことに、先日は隣国の姫との婚姻も成った。
若い国王夫妻の仲は睦まじく、彼女も後見役として、また母としての役目を終え
人生で初めて穏やかにまどろむことのできる時間を得たのだ。

夫の命日を思い出すことができたのも、そんな気持ちの余裕を取り戻したせいだろうか。
彼の死の知らせを最初に聞いた時、自分がどんな表情(かお)をしていたのか、
どんな言葉を発したのか既に彼女は覚えていない。ただ、最後に別れた時の夫の表情――
困ったように垂れた目尻と、何かを言いたげに薄く開かれた唇だけが、強く印象に残っている。

「あの人は、どんな顔をしていたのかしら。何を思っていたのかしら」

幸せそうに寄り添う息子夫婦を見るたびに、彼女はそんなことを考えるようになっていた。

「私の傍であんな風に笑っていたかしら? あの人は私と結ばれて、幸せだったのかしら?」

濃い灰色の瞳、癖の強いこげ茶色の髪、それから、それから――
鼻や耳はどんなかたちをしていたかしら? 手は大きかった?
体温は高めで、声は低かったように思う。息子に似ているのは笑い方。
初め少し堪えるように顔を歪めて、それから耐えきれずに吹き出す。

『く……くっくっく……ぶはっ、あっはっはっはっは!』

少しずつ、少しずつ蘇る夫の記憶。もう何年も、墓にさえ訪れることは無かった。

「あんまり良い妃とは言えないわね……」

好きな花が何かも分からずに、ただ自分の好きなマーガレットを選んでこの場所にやってきた。
一国の主が眠る墓としては余りに簡素に過ぎるその墓の、
白く美しい十字の傍にかがみこみ小さな花束を立てかける。
花言葉は、愛の誠実。愛していたのかも、愛されていたのかも分からぬ相手に
手向けるには余りに可笑しな花だったと、彼女は一人自嘲した。
 
「あんれ、王太后様、さすがはご夫婦だなぁ。ちゃあんと先王様のお好きな花を分かっておいでだ」
 
そんな彼女の背後から現れたのは墓守の老人。
 
「陛下もマーガレットがお好きだったのですか?」
 
やや面食らった表情で問うた王太后に、老人は苦笑まじりにこう応じた。
 
「そらなぁ……大事な方と同じ名前の花だから」
 
その答えに王太后は大きく目を見開き、そして言葉を失った。
マーガレット――それは、何年も何年も呼ばれることの無かった彼女自身の名。
この二十年、彼女は“女王陛下”であり、“母上”であり、“王太后様”として生きてきた。
何故己がこの花を愛したのか、すっかり忘れてしまっていた。
 
『行って来る……留守を頼むな、マーガレット』
 
最後にその名を呼んだのは彼だった。
今となっては二度と聞けぬ声、二度と見られぬ眼差し、二度と触れられぬ手の持ち主。
王太后は、マーガレットはゆっくりと瞳を閉ざし、そして微笑んだ。
ぼんやりとしていたはずの輪郭が、今では鮮明に浮かび上がる。
ああ、あの人は確かに自分の夫だった。自分は確かに、あの人の妻であったのだ。
そう認めた瞬間、胸の内から込み上げる喜び。同じものを、彼も感じていてくれたなら。
 
「陛下……――――――」
 
二十年ぶりに紡ぐその名を、彼女は愛しげに呼んだ。






 






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『花墓』暗くないバージョンかよ!っていう。
墓前と言うシチュエーションが好きすぎてごめんなさいm(__)m
そんでもって11/22の誕生花調べたらマーガレットだったんですよ・・・
どんだけネタ被りだよっていう・・・でも折角時事ネタなんだから、と強行。
好物詰め込めて楽しかったです(笑)


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童話風?SSS。最近のクマ関連ニュースが哀し過ぎて殴り書き。

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くまきちは星を見るのが大好きなクマでした。
真っ暗闇の夜空に、かがやく一点の光を見上げては
 
「いいなぁ、あのきらきらした、きれいなものに触れたらなぁ。
いつかおいらも今よりもっともっと高い木にのぼれるようになって、あの光を掴んでみたいな」
 
と考えていました。そんなくまきちを、仲間たちは笑いました。
 
「くまきち、知らねぇのか、あれは目に見えるよりずっとずっと遠くにある“星”というもんなんだぜ」
 
「光っているのは星そのものが燃えているせいか、
近くに燃える星があってその光を反射しているからさ」
 
「実際に近づけば、おれたちが今いる場所よりもっと寂しい場所かもしれないんだよ」
 
それでも、くまきちは空を見上げ、星を追うことを止めませんでした。
 
「光っていなくてもいい、何もない場所だっていいんだ。おいらはいつか、あの場所に行ってみたい」
 
そんな風にして、くまきちは夢を見、春を過ぎ夏を越え、やがて秋を迎えました。
秋は実りの季節です。そしてクマたちにとっては、冬の間の長い長い眠りに備えるための
大切な支度の季節でもあるのです。ところがその年、夏の太陽は余りに強い日差しで
野山を焼き、木々を狂わせ草を枯らしてしまいました。恵みを失った山でクマたちは惑い、
やむなく人里へと降りる決意をせざるを得ませんでした。
人里は、クマたちにとって地獄です。踏みつければ固く冷たいアスファルトの大地、
猛スピードで走り去っていく鋼鉄の塊、そして、恐ろしい恐ろしい敵である人間……。
それでも、人里には食べ物があります。人間たちが大切に育て、自然にも獣にも負けず
慈しんできた豊かな実りが、クマの目には眩しい宝物として映るのです。
命を繋ぐために、くまきちも人里へ赴く決意をしました。
 
山の上の住処から、くまきちは静かに人の住む街を見下ろしました。そこには無数の灯が輝き、
さながら自分の見上げてきた宇宙が、その場所に凝縮されているかのようにくまきちは感じました。
 
「くまきち、おまえ本当に行くのか?」
 
心配そうな友だちに問われて、くまきちはこう答えました。
 
「みんなの言うように地獄のような場所だったとしても、
あのきらめきの中ならおいらは後悔しないんじゃないかと思うんだ。
一度でいいから、おいらは星を目の前で見てみたい。手にしてみたいんだ……」
 
あくる日、くまきちは一目散に山を駆け降りました。
 
 
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初めて訪れた人間の町は、灰色で、真っ黒で、そしてくまきちが嗅いだ事の無いにおいに
満ち溢れていました。畑を焼く煤の臭い、自動車の排気ガスの臭い、そして、
ドブを流れる下水の臭い……全てが、くまきちの鼻にとっては強烈すぎる、不快なにおいでした。
それでも時たま、民家の軒先や、畑の奥からかぐわしい果実の香りが漂ってきます。
久しぶりに嗅ぐその香りはくまきちを夢見心地にさせ、自分が今危険な場所にいる、
という注意力を失わせて山から遠く、遠くへ彼を誘うのでした。
 
「ああ、これは柿のにおいだなぁ! おいらは柿が大好きなんだ。
もう少し、もうちょっとだけ近づければなぁ……」
 
すっかりお腹をペコペコにさせたくまきちは、そう呟いてとぼとぼと人間の町をさまよいました。
走り出す元気は、とうになくなってしまいました。そうして辺が暗闇にすっぽりと包まれた頃、
くまきちの憧れた星の光のようにぼんやりとかがやく電灯の光の中、真っ直ぐにそびえたつ
灰色の柱が自分を見下ろしていることに、くまきちは気づきました。
柱のてっぺんは高すぎてくまきちには見えませんが、かすかに――
本当にかすかに、小さな黒い影が止まっているようにくまきちは思いました。
 
「あれは木の実だろうか、鳥だろうか。ひとまず行って、確かめてみよう」
 
お腹を空かせたくまきちは、それが何なのか気になって仕方ありませんでした。
くまきちは、ヨロヨロと柱を登り始めました。一つ目の枝まで登り、二つ目の枝に辿りつき、
少しずつ、少しずつ息を切らしながら、くまきちはするするとして滑りやすい柱を、
慎重に慎重に登り詰めていきました。そうしてようやく、てっぺんまで辿りついた時――
そこから伸びる細い枝の根本に張り付いた、木の実とも鳥とも判別のつかないそれを目にしました。
 
「木の実か鳥か、なんて関係ない。おいらはこれのためにここまで登って来たし、
どちらでも食えるものに代わりはないんだから」
 
くまきちはその黒いものにかぶりつきました。その瞬間、くまきちの目の前で星が弾け、
体中が雷に打たれたように熱くなって、炎が、くまきちのふさふさとした黒い毛を焦がしました。
くまきちは瞳をいっぱいに見開いて夜空を見つめました。そこには人里に降りて以来
やけに遠く感じてしまうようになった恋しい星々が、ずっと近い距離で瞬いていました。
くまきちはその星の美しさに感動し、ああ、自分はとうとう星に触れたのだ、
と一つ息を吐いて、それから二度と目を開くことはありませんでした。






 








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いきなりだったので引かれた方もいらっしゃったかもしれないんですが、
私はクマが好きなのでつい書いてしまいました。感電死なんて悲し過ぎる(´;ω;`)
現実世界でどっちの味方か、と明確に言えないようなモヤモヤするネタは
書かないようにしようと思いつつ、書くことによって自分の中で
色々沈静化できるので時々やらかしてしまいます(-_-;
大体の方は「は?」と思われるでしょうしどうぞスルーしてやってください・・・。
 



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