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拍手ありがとうございます。
ちょっと時事ネタっぽい小ネタ。同性愛要素あり。暗いです。
ちょっと時事ネタっぽい小ネタ。同性愛要素あり。暗いです。
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私は何に、憤っているのだろうか。
怒号と風塵の飛び交う最中、トガの滾った血は不意に冷たさを取り戻し自問した。この世で唯一、魂を分かち合うべきネスと結ばれぬ故であろうか。誰よりも敬い慕った兄・ハピを殺された故であろうか。それとも、自由に息を吸うことすら許されぬ己がためであろうか。短い髪の不揃いな毛先に触れ、トガはふっと息を吐いた。瞼を閉ざせばその裏に、懐かしい残像が蘇る。
トガが同じ性を持つ者しか愛せぬことに気づいたのはいつの頃であったか。父と兄以外の男に嫌悪と蔑みの眼差ししか注げなかった彼女は、裕福な親類の援助で入学した女学校でネスと出会った――美しい、青い瞳と白い肌を持つ少女に。彼女を見つめる時、トガの胸には祝福の鐘が鳴り響き、頬は灼熱を帯びて薔薇色に染まった。己に向けられ続ける黒い瞳にいつしか円らな青が応えるようになり、二人は掟を超える関係になった。躊躇など無い。トガは、ネスと在れることが幸せだった。ただひたすらに、清らかな幸福を望んだだけ。それだけ、だった。
トガの兄ハピは均整の取れた美丈夫で、大学まで進んだ秀才だった。幼き日より父の行商について回り、見分を広めた彼は自国の異常を認識するのも早かった。まずは学を身に付け、地位を高めて力を得ること。妹に繰り返し語って聞かせた夢想の通り、軍に入り青年将校の栄誉を欲しいままにしたハピは早すぎる謀反を企てた。若気の至りと嗤えばそれまで。仲間――間諜の手により漏らされた計画はたちまちの内に王に知れ、三日と経たずに彼は首を切られた。ハピは壁の内で鎖に縛り付けられる暮らしが嫌いだった。ただひたすらに、自由の翼を望んだだけ。それだけ、だった。
ネスは真実を知った両親により成り上がり貴族の息子へ嫁がされた。ハピは大罪人として墓を作ることすら許されず、妹の手にはその艶やかな黒髪の切れ端が残るのみ。罪人の証として短く刈られた頭と、虚ろな面ざしを抱えたままトガは暗い部屋に籠り続けた。家人に連れ去られる恋人の甲高い叫び声、かすれていく兄の低い呻き声、その二つだけが彼女の耳を支配し、硝子玉のような双眸には快活に煌めく青い瞳と、柔らかく輝く黒い瞳だけが映り込んでいた。
「ネス……ハピ、私はどうすればいいの? 何故私を放っておくの? 何故私を連れていかないの? 一人では、生きられない……」
神を、この国の基である神を、王の由緒を物語る神を憎むと言う選択肢はトガには無い。けれど怒りは、確かにここに在った。トガの胸の内を荒れ狂う激しい感情は、ネスに向ける情熱は、ハピの死に注ぐ冷えた想いはトガの肉の奥に脈打ち、彼女の唇を噛みしめさせ手の平に拳を形作る。それでもトガは、自身の怒りの正当なる理由を見出せずにいる。
「我々はあなた方の敵ではありません。どうか、どうか理性的なご判断を……」
銃を高く天に掲げながら、震えた声で哀願する兵士。
「パパはどこ? 昨日はお休みのはずだったんだけど。僕のパパは勇敢な兵隊なんだよ、どこにいるの? パパ、パパ……」
無邪気な顔で問いかけながら、戦車の間を駆けめぐる少年。
彼らは、数か月、或いは数年前の自分の姿ではなかったか。己はどれほどに、“正しい”ことが言えるのか。
「ハピ……兄さん、私は間違っている?」
答えは返らない。王に抗するための運動には、兄の旧友に誘われ参加した。ネスを取り戻すこと叶わぬ現在(いま)の国法を、少しでも改める余地を見出すために。けれど実際は、仲間達すら神に背くトガを蔑み厭っていることを知っている。世界がそっくり、人間ごと入れ替わらぬ限り、彼女に安住は訪れない。それでも――
「私は何故、ここに居るの?」
国外の支援者たちには幾度も国を出ろと説得された。ネスと共に必ず助け出すと、強く訴えた人もあった。けれどトガは首を縦に振らず、兄の血が流れた国で、恋人の涙がこぼれおちた砂の上に佇み続けている。愛しているのだ、ハピよりもネスよりも何よりも、この故郷を――
トガは瞳を閉じた。小麦色の輝きが蠱惑的な彼女の肌は土埃に汚れ、ただでさえ彫りの深い瞳は今や落ちくぼみ深い隅と皺を刻み出していたが、その表情(かお)には誇りと喜びが満ちていた。彼女は遂に手に入れたのだ、誰よりも欲していた、何よりも確かな答えを。
散弾銃の唸り声が、トガの佇む広場を覆う。鮮血が辺りに飛び散り、悲鳴が木霊す。その中で唯一人微笑み、ゆっくりと斃れていった女の姿を、人の手で作り出した水晶体が映し出すことは決して無かった。
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トガ=咎、ハピ+ネス=Happinessということで、ちょっと『Sin』とリンクしてるかも。あれも実は時事ネタ入ってるんですよね(^^; まぁフィクションですけど!
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トガ=咎、ハピ+ネス=Happinessということで、ちょっと『Sin』とリンクしてるかも。あれも実は時事ネタ入ってるんですよね(^^; まぁフィクションですけど!
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私は何に、憤っているのだろうか。
怒号と風塵の飛び交う最中、トガの滾った血は不意に冷たさを取り戻し自問した。この世で唯一、魂を分かち合うべきネスと結ばれぬ故であろうか。誰よりも敬い慕った兄・ハピを殺された故であろうか。それとも、自由に息を吸うことすら許されぬ己がためであろうか。短い髪の不揃いな毛先に触れ、トガはふっと息を吐いた。瞼を閉ざせばその裏に、懐かしい残像が蘇る。
トガが同じ性を持つ者しか愛せぬことに気づいたのはいつの頃であったか。父と兄以外の男に嫌悪と蔑みの眼差ししか注げなかった彼女は、裕福な親類の援助で入学した女学校でネスと出会った――美しい、青い瞳と白い肌を持つ少女に。彼女を見つめる時、トガの胸には祝福の鐘が鳴り響き、頬は灼熱を帯びて薔薇色に染まった。己に向けられ続ける黒い瞳にいつしか円らな青が応えるようになり、二人は掟を超える関係になった。躊躇など無い。トガは、ネスと在れることが幸せだった。ただひたすらに、清らかな幸福を望んだだけ。それだけ、だった。
トガの兄ハピは均整の取れた美丈夫で、大学まで進んだ秀才だった。幼き日より父の行商について回り、見分を広めた彼は自国の異常を認識するのも早かった。まずは学を身に付け、地位を高めて力を得ること。妹に繰り返し語って聞かせた夢想の通り、軍に入り青年将校の栄誉を欲しいままにしたハピは早すぎる謀反を企てた。若気の至りと嗤えばそれまで。仲間――間諜の手により漏らされた計画はたちまちの内に王に知れ、三日と経たずに彼は首を切られた。ハピは壁の内で鎖に縛り付けられる暮らしが嫌いだった。ただひたすらに、自由の翼を望んだだけ。それだけ、だった。
ネスは真実を知った両親により成り上がり貴族の息子へ嫁がされた。ハピは大罪人として墓を作ることすら許されず、妹の手にはその艶やかな黒髪の切れ端が残るのみ。罪人の証として短く刈られた頭と、虚ろな面ざしを抱えたままトガは暗い部屋に籠り続けた。家人に連れ去られる恋人の甲高い叫び声、かすれていく兄の低い呻き声、その二つだけが彼女の耳を支配し、硝子玉のような双眸には快活に煌めく青い瞳と、柔らかく輝く黒い瞳だけが映り込んでいた。
「ネス……ハピ、私はどうすればいいの? 何故私を放っておくの? 何故私を連れていかないの? 一人では、生きられない……」
神を、この国の基である神を、王の由緒を物語る神を憎むと言う選択肢はトガには無い。けれど怒りは、確かにここに在った。トガの胸の内を荒れ狂う激しい感情は、ネスに向ける情熱は、ハピの死に注ぐ冷えた想いはトガの肉の奥に脈打ち、彼女の唇を噛みしめさせ手の平に拳を形作る。それでもトガは、自身の怒りの正当なる理由を見出せずにいる。
「我々はあなた方の敵ではありません。どうか、どうか理性的なご判断を……」
銃を高く天に掲げながら、震えた声で哀願する兵士。
「パパはどこ? 昨日はお休みのはずだったんだけど。僕のパパは勇敢な兵隊なんだよ、どこにいるの? パパ、パパ……」
無邪気な顔で問いかけながら、戦車の間を駆けめぐる少年。
彼らは、数か月、或いは数年前の自分の姿ではなかったか。己はどれほどに、“正しい”ことが言えるのか。
「ハピ……兄さん、私は間違っている?」
答えは返らない。王に抗するための運動には、兄の旧友に誘われ参加した。ネスを取り戻すこと叶わぬ現在(いま)の国法を、少しでも改める余地を見出すために。けれど実際は、仲間達すら神に背くトガを蔑み厭っていることを知っている。世界がそっくり、人間ごと入れ替わらぬ限り、彼女に安住は訪れない。それでも――
「私は何故、ここに居るの?」
国外の支援者たちには幾度も国を出ろと説得された。ネスと共に必ず助け出すと、強く訴えた人もあった。けれどトガは首を縦に振らず、兄の血が流れた国で、恋人の涙がこぼれおちた砂の上に佇み続けている。愛しているのだ、ハピよりもネスよりも何よりも、この故郷を――
トガは瞳を閉じた。小麦色の輝きが蠱惑的な彼女の肌は土埃に汚れ、ただでさえ彫りの深い瞳は今や落ちくぼみ深い隅と皺を刻み出していたが、その表情(かお)には誇りと喜びが満ちていた。彼女は遂に手に入れたのだ、誰よりも欲していた、何よりも確かな答えを。
散弾銃の唸り声が、トガの佇む広場を覆う。鮮血が辺りに飛び散り、悲鳴が木霊す。その中で唯一人微笑み、ゆっくりと斃れていった女の姿を、人の手で作り出した水晶体が映し出すことは決して無かった。
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トガ=咎、ハピ+ネス=Happinessということで、ちょっと『Sin』とリンクしてるかも。あれも実は時事ネタ入ってるんですよね(^^; まぁフィクションですけど!
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トガ=咎、ハピ+ネス=Happinessということで、ちょっと『Sin』とリンクしてるかも。あれも実は時事ネタ入ってるんですよね(^^; まぁフィクションですけど!
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