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「この日はつらいやろ」って向こうの友達がみんなの笑顔のメールを送ってくれた。私、こっちにいた直後の時間は本当に本当に救われたんです。あの時ほど地元を離れた場所に進んで良かったと感じたことはない。だって連絡取れなかったもん。地元の友達、東日本エリア。気が狂いそうだった。でも、離れた場所にいる子たちとだけ連絡取れて、「大丈夫?何がいる?」「こんな情報出てる、支援してる」「SNSに無事だって上げといたよ」とずーっと不安で不安で仕方ない心の支えになってくれてた。サイレンの音、耳に響いて離れない。夕食後また吐いた。でも、「自由になったら、いつでもこっち帰っておいで」言ってもらえて。私めんどくさくて最低の友達だったのに。ごめん、ずっと殻にこもって連絡取れずにごめんなさい、と別の意味で泣いた(/_;) みんな若いうちに外に出るべき。友達作っとくべき。明日もがんばって息しよう。
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テレビに出てる人たちがどういう状況だったかわかる? どんな時間過ごしてきたと思う? 考えたくない。苦しい。私は復学の直前だった。だめだった。苦しかった。生きてるのも、京都の人が無関係か善意の押しつけ的な反応しかしないのも、当たり前のことなのに。その年も食べられなくなり激ヤセして、こっち帰って来て引きこもった。父が倒れて、死んでの時と同じ。父が何回かの未遂の直前に母宛に寄越したライン、「孫の顔を見られないことより母を幸せにできなかったことがつらい」というメッセージが忘れられない。被災地の真っ只中で生まれ育った同世代の義弟の親友は一昨年自分で死んだわ。だから義弟は「また助けられなかった」って男泣きしたんだよ。誰のせいでもないのに。生きてたらどんな人生を送っていたか考える。キャリア重ねてたかな、結婚は、子供は。7年という時間はそれほど長い。そして、生きてる人間にとっては短い。だから苦しい。存在しているのが地獄。地獄にいるみたい。それでも死んじゃいけないのはわかってるけど。だから目そむけさせてよ。なかったことにできないなら、考えたくない。感情をなくしたい。そうじゃないと仕事行って食いぶち稼いで、ってとてもまともにできない。
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最近義弟の訛りが半分くらいわかんなくなってきてる・・・( ´_ゝ`) 津軽出身方言マスターの母との会話についていけない。てかズーズー弁わかんなすぎて仕事でもたまに困る。東海から西の訛りの方が聞き取れる。1番他の地方出身の人との接触が増えるであろう大学関西行っちゃったからなー。仙台弁こけしちゃんで勉強中だけど、生まれ育ちでも聞いたことない言葉ありすぎ。使いこなせない。県外出身の両親と、非地元民の出入り激しい場所で育ったからなぁ。アウトサイダー感さびしいですね(´・ω・`) あと怒ってる時の対応が京都ナイズされてるっぽい指摘を受けたから、もう何かエセ関西弁にイラッとされても向こう帰って「よう~せん」「~しはる」文化に染まって死にたい気もする。これ一度覚えるとニュアンス伝わらないもんね。「いずい」と同じ感じ? 未だにイントネーションどこに合わせたら良いかわかんなくて、仕事で話してても変な風になっちゃう。つられるというか、同じ言葉でも相手によって「これは↑↓ーどの基準?」って迷いが生じるともうだめ(/ω\) てか大学入るまで日本人こんなお国言葉使ってると思わなかったよ・・・「何で訛ってないの? 東北弁しゃべって!」って無理です、あなた方の方が自然と立派に訛ってます(笑) 東北の訛りきついイメージはどっから?と思ってたけど母や義弟やこけしちゃん見てると確かに凄まじいね(^_^;) 西の言葉は書き起こせるけど、発音自体が文字で再現できないんだもん。難しい。
スケオタの友人「エキシビションのロシアンガールズ羽生Senpaiの隣取り合い自重( *´艸`)」
ヅカオタの先輩「東京でポー(ヅカVer.)観てきたの~(*^^*)」(宝塚で先に観ていたため)「めっちゃハマってましたよね~、DVD買うか悩んで・・・「買おう!」はい、さようなら諭吉(* ^ー゜)ノハハッ
ヅカオタの先輩「東京でポー(ヅカVer.)観てきたの~(*^^*)」(宝塚で先に観ていたため)「めっちゃハマってましたよね~、DVD買うか悩んで・・・「買おう!」はい、さようなら諭吉(* ^ー゜)ノハハッ
いくつ好きなものを見つければ、生きる気になれるんだろう。自分の誕生日は罪深い日だと思う。また父の知らない一年が来る。生まれた日に彼を泣かせた理由を、私は達成することができなかったし、これからも無理だから。自分にとっての夢でもあった(その延長線上の子供を持つことが)から、もう何も生きてる意味なんてないんだけど。死にたいんだけど、終わりたいし息してるだけで申し訳ないんだけど。どうすれば良いのかわからない。同じ死に方はできないから、生きるんじゃなくて死なない理由を本当に探し回ってる。空洞を埋めるために必死。空っぽの蛹の殻だからさ(笑)ハチの幼虫でも良いから中身つめないと。本当に好きな人と頑張ってる彼らに申し訳ない。いや好きなのは好きなんだけど・・・もう人生の全てがそれとか、それがあれば生きていけるという気持ちにはなれない。ここ数年は沢山、もう沢山だから早く終わりにして、って存在してることに堪えられない。震災の後から特にかな。もう十分だから、良いから、生きれば生きるほど喜びなんかなくて、苦しい悲しいつらい気持ちばかりが増えていく。何で私より生きるべき価値のある人、やりたかったことがあった人が死んでいくのにのうのうと生きてるのか信じられない。4歳の頃から「たまたまこの世に出てきただけなんだから生きる意味なんか探す必要ねぇしすぐ消えても何も影響ないわ」と思ってきた子供だったから、好きなことだけやって、満足したらそこで終わった。最後にやりたかったことが絶対無理ってわかってもう本当に良いんだよ。満足というか苦しい。これ以上は堪えられない。まだまだ、死ねないのはわかってるけど。
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現代の医学がなければフリークスになってた。中身は今でもフリークス。何も変わらない。見た目が取り繕えたから、一見「普通」のフリして混じりこんでるだけ。LGBTや分かりやすい障害者に対しては「語る」ことで善人アピールができるのに、彼らに対して、彼らの生きる手段だったサーカスや見世物小屋に対しては話題にすること自体が差別のようなタブーになってる。ダブルスタンダードに違和感を覚えて当然。奇形、生まれつきの「ユニーク」さとそれを「社会」がどう受け入れてきたかについては闇の扱いで触れられない。はなれ瞽女おりんを思い出した。琵琶法師も瞽女さんも、按摩さんも尊敬する。見世物小屋の登場で初めて命を繋げた奇形もいるやろ。食わせる余裕ない場所や時代なら生まれた段階で殺されてた。見世物小屋の登場によって「金になる存在」として生きる権利を許された。負の側面と、社会の闇と人間の性と、多面的に捉えないといけないことを全ての素晴らしい出演者と相変わらず心躍る音楽、心を震えさせる歌声と歌詞によって思い知らされた。私と彼らの違いは、才能と強さ、そして手術のおかげで得た上っ面の「普通」だけ。私があのままフリークスになっててもサーカスのスターになんてなれなかった。誰も好きになれないのに、誰もができることをできないのに普通のふりして会話してる。嘘だらけ。自分が恥ずかしい。ラ・ラ・ランドに続いて、押し付けがましくなく紛れもない現実を最高にエンターテイメントな脚色、いや演出で描いた素敵な作品でした。人間は、懸命に生きているものは全てが輝いていて美しい。ゴッホみたい。私も、一人を特別に愛することができない欠陥品だからそうなりたいな、と憧れる。全く、第一歩として寄付から始めてんだからちゃんとしてくれよユニ〇フ&有象無象のNGOども・・・┐(´д`)┌
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