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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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対話と別れと旅立ち。

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「来たか、ケイ」
 
扉を開いた俺に、彼女は常と変らぬ様子で微笑んでこちらを見た。
 
「約束は果たされたようだな。さぁ、わらわで最後だ。復讐を遂げろ」
 
「なぜ……どうして……」
 
震える唇から思わず漏れた言葉に、公主は苦笑して吐き捨てた。
 
「わらわはこの国を憎んでいた。殺戮と略奪を繰り返し、
骨肉の争いを繰り広げ続ける己が血族全てを、な。
わらわの母が懐妊中に“不慮の事故”で亡くなった訳を知っているか?
二人目の子を身籠った母に恐れをなした皇后が、宮殿の階段から突き落としたのだ。
そして父はそれを知りながら握り潰した。
母によく似たわらわを同じ手で珠のように慈しみながら、な……。
よくある話であろう? 所詮はわらわも単純な女子だったということじゃ。
憎しみのためにそなたを利用し、そして今本懐を遂げた。思い残すことは何も無い」
 
硝子玉の瞳が映し出す憎悪。ああ、この瞳は硝子玉などではなかった!
炎のように燃えたぎる己と同じ思いを、彼女もまた抱いていた!
俺はどうしてそのことに気づけなかった? いや、気づこうとしなかった?
己が彼女に利用されたと思いたくなかったから?
彼女が自分自身に惹かれて牢から連れ出してくれたのだと、信じたかったから――?
 
「……駄目だ、できないっ!」
 
刀を握る手がカタカタと震え、俺は叫んだ。
すると彼女は鋭く冷めた眼差しでこちらを見つめ、静かに告げた。
 
「そうか。……それは失望したな、ケイ。
ではわらわはこれから予定通り塊の国へ赴くとしよう。
あそこには我が許嫁がおる。この程度の反乱、すぐに鎮圧してくれよう」
 
俺を裏切るのか!? 俺を利用した女が、俺に全てを与えた女が、
俺に失望し、俺を打ち捨てて他の男の元に――
そう思った瞬間、俺は袈裟掛けにその細い身体に刃を走らせていた。
ふっと崩れ落ちた華奢な背中を見た途端、俺は我に返って彼女の傍に駆け寄った。
 
「公主(ひめ)……紅華!」
 
血塗れの身体を抱き起こすと、公主は、紅華は呆れたように微笑んだ。
 
「なにを……泣きそうな表情(かお)をしておる? これで……良いのじゃ……。
わらわは……そのために……」
 
溢れ出る血に消えゆく温もり。俺はただ必死に彼女の名を叫んだ。
目頭に溜まりゆく熱いものが、視界を濁らせ、彼女の顔が少しずつぼやけていく。
 
「のう、最後に、教えてくれぬか? そなたの、名は……」
 
頬に伸ばされた指の先が、ふっと力を失って崩れ落ちる。
 
「茎だ。花の茎と書いて“ケイ”と読む。紅華、聞いているか? 紅華、紅華……!」
 
美しき公主の瞼は閉ざされた。もう永遠に、開かれることはない!
 
「うわあああああああああああああああああ!!!!!」
 
俺は吠えた。咆哮した。絶叫した。
 
「どうして、なんで、初めから復讐させるつもりだったなら、
初めから殺させるつもりだったなら、どうして俺を傍に置いたんだ!?
どうして俺に……“大切”だなんて思わせたんだ!?」
 
どうして俺を愛したんだ!?
どうして俺に……“愛しい”と想う気持ちを植え付けた!?
 
俺は血に濡れた手で白い頬にそっと触れた。
あのとき以来初めて自らの手で触れた公主の肌は、昔と同じように滑らかで、
そして昔とは異なり冷たく青ざめていた。
 
「紅華……」
 
唇にそっと指を伸ばす。
皆が思っていた事実とは異なり、一度も触れることのなかった薄い唇。
俺は今、五年も前から己が抱き続けた衝動の正体を知った。
 
 
~~~
 
 
「どうした!? 何が起きている!? 茎は何処だ!?」
 
旧知の仲である茎を探して侵華宮に駆け付けた翠の国の将軍・靖は、
一室の扉の前で固唾をのむ仲間たちの姿に行き合った。
 
「靖様……茎は、茎はこの中に……」
 
泣き腫らした瞳で告げる仲間の一人、この宮に女官として仕えていた憂という
女の言葉に扉を開けば、そこにあったのは己が目を疑うような光景であった。
美しい女の亡骸を抱きしめるようにして、血溜まりに倒れ伏す友の姿。
 
「何故だ……? 何故、茎が自刃せねばならぬ!?
おまえたちの中に、これを止める者はいなかったのか!?」
 
「恐れながら……茎が抱いているのはこの国の公主・紅華様。
茎はこの部屋に入るとき、わたしたちに言い残していったのです。
 
『俺が自ら開くか、靖殿が来るまで、決してこの扉を開けるな』
 
と。わたしは知っていました。彼が公主を愛していることを!
公主が彼を愛していることを! 何故止めなかったのでしょう!?
靖様、どうかわたしを殺して下さい! 二人を死なせたのはわたしです!」
 
取り乱す女の姿に、彼は“全て”を知った。いいや、本当はもっと前から解っていた。
公主により“報せ”がもたらされたときから、
否、そもそも彼と茎を取り持つような“隙間”がこの宮に開いたときから。
公主の想いも、茎の想いも。
それなのに何故この悲劇が起きる可能性に思い至らなかったのか!
靖は額を押さえて蹲った。
 
「二人の遺体を外へ運べ……。やがて我が国の兵が来る。
茎は……名誉の戦死ということにしてやってくれないか」
 
将軍の言葉に、奴隷たちは涙を堪えて頷き、彼らの亡骸を運び出した。
 
 
~~~
 
 
それから、一年の歳月が流れた。
靖はあの日己の前で殺してくれ、と取り縋った女と共に、
翠の国の静かな森の中に設けられた小さな墓石の前に立っていた。
彼らは国を取り戻した。“賎”の身ではなくなった。自由を、手にした。
そのために犠牲にされた小さな恋も、儚き命も全てを置き去りにして――
 
「だが、詫びは済ませたつもりだ、茎。私と憂は行くぞ。来世は妻女と幸せに、な」
 
彼の傍らで涙を拭う女が頷く。彼らは奴隷たちの協力を経て
どうにか紅華と茎の遺体を翠の国に運び込み、同じ墓へと葬った。
決して名を記せぬ墓石に、ただ二人が来世でも必ず結ばれるであろう、
夫婦(めおと)であったことだけを刻んで。
真実がどうであったのか、それは誰にも判らない。
ただあの二人の間には確かな“絆”があった。
恋だけで結ばれたものでも、愛だけで結ばれたものでもない、
今にも擦り切れそうにボロボロに朽ち果てた、薄汚れたものであったとしても。
そんな彼らを、せめて自分たちだけは認めてやるわけにはゆかぬだろうか?
己が命を、己が想いを削り取って互いを愛した、互いを縛り、
互いを殺した二人の絆を、何か、確かなかたちとして――
 
並んで墓に手を合わせた男女はその後、連れ立ってこの国を後にした。
かつて『華の国』と呼ばれた彼の土地に、新たな芽吹きをもたらすために。





後書き
  番外編『花に憂う』(後日談・憂視点)
      『緑燃ゆ』(翠の国滅亡以前)
     同一世界観『花に砂』・『砂に緑
 


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“復讐”の決行に至る日々。

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「また塊の国からの文か。つまらぬ。この男は毎回同じことしか書いて寄こさない」
 
婚約者からの文を一目見るなり放り投げた公主は、
寝台に寝そべったまますぐ傍に侍る俺に問いかけた。
 
「のう、ケイ? そなたもそう思うじゃろう? 女子への文だと言うのに、
戦や政治の話ばかり。何という風流のない男じゃ、と」
 
悪戯に輝く瞳が、放り投げた文を拾って読んでみろ、と告げている。
五年も傍で過ごしたせいで、俺はすっかりその視線や仕草で
公主の意図を読み取ることができるようになっていた。
その意図に従いくしゃりと皺のついた文を拾い上げて読めば、なるほど公主が
言った通り、通り一遍の挨拶と戦や政(まつりごと)の近況ばかりが書き連ねてあった。
 
「……自分には何とも。けれど、己が国の妃となられる方に最低限
これだけの状況は把握しておいてもらいたいとお考えになられての……」
 
「黙りゃ!」
 
最後まで言い終わらぬうちに激昂した公主の手元から金の張られた扇子が飛び、
己の頬をシュッと掠める。
 
「そなたはただ、わらわの言うことに頷いておれば良いのじゃ。
のう、そう約束したであろう? ケイ……」
 
一転して妖しく微笑んだ公主に、また目だけで“近う寄れ”と合図をされ、渋々顔を近づける。
 
「もうすぐそなたともお別れじゃな。わらわの愛人だと思われているそなたが、
今後この国でどのような扱いを受けるかは気がかりじゃが……」
 
公主はこうして顔を寄せ、その白く柔らかな手で俺の頬や髪を撫でるのが好きだ。
そうして、まるで恋人たちが睦みあっているかのように見えるところを
わざと周囲の女官や奴隷に見せ、俺を己の“愛人”であると思わせて
孤立させるのが彼女の狙いなのだ。
確かに俺はこの宮の女官や奴隷たちから腫れ物のように扱われている。
だが、それを本心から行っているのは女官と新参の奴隷たちだけ。
五年かけて、俺はやっとの思いで築き上げた。
この国を憎む亡国の賎たちの組織を。
そうしてようやく、故国の人間とも繋がることが出来た。
あとは皇族の隙を窺うだけ。隙が出来ればすぐにでも、
この宮の奴隷たちと故国の者たちが立ち上がることになっている。
機会はこの第七公主・紅華の婚礼と前後してやってくる。
公主の婚礼、しかも異国に嫁ぐ場合は様々な儀式や宴が催される。
皇族が一堂に会し、警備の手も薄まる時を、俺たちは狙っていた。
 
紅華の婚礼。俺は待ち焦がれた時機を前にした気の昂りとは異なる、
言い知れぬ苛立ちを彼女に対し感じていた。
妖艶にして美しい、大輪の花のように成長したあの日の少女。俺の主、俺の仇。
俺に消えない憎しみと、生きる希望を与えておきながら全てを投げ出して
異国へと旅立っていく彼女を見る度、あの日のような衝動が俺の心を焼いた。
この気持ちは何だ? いいや、気づいてはいけない。
気がついてしまったら、きっとこの女を殺せなくなる。
機会が公主の出立の後に巡ってくれば、俺は公主を殺さずに済む――?
いや、それでは遅い。
この女に、紅華に見せつけなければ、己の国が滅ぼされていく様を。
そうして、見せつけた後はどうする――?
当然殺すべきだろう、俺にとって仇そのものであるこの国の皇族なのだから。
いや、俺の“奴隷”として侍らせてやるのも、興のある復讐かもしれない。
いいや駄目だ、それではこの女と同じになってしまう!
ちがう、違う、俺はどうしたいのだ!? 俺は一体どうすれば……!?
 
そのときだった。
まるで葛藤する俺の胸の内を見透かすかのように、公主が俺の名を呼んだ。
 
「のう、ケイ。一つ良いことを教えてやろう」
 
耳元で囁く声は、あの時の少女と同じ艶やかで有無を言わせぬ声音。
 
「わらわの出立の前日、わらわ以外の皇族は皆神殿に入り祈りを捧げる。
わらわの道程の無事と、両国の末永き絆をな。
神殿には皇族しか入れない。兵も女官も、何者も、な……」
 
思わず顔を背けて公主を見つめた俺の頬に、公主はまたそっと触れた。
 
「知っているか? ケイ。神殿には皇族しか知らぬ抜け道がある。
そしてその地図を、わらわは枕の下に大切に忍ばせている。
わらわの寝室に出入りできるのは麗とそなただけであるからの。
ケイ、わらわはそなたを“信頼して”このことを話したのじゃ、良いな?」
 
黒い瞳は久方ぶりにあの日と同じ硝子玉のように読めない光を宿し己を射た。
 
俺は何故だか、この報せを仲間に告げることを躊躇った。
しかし仲間の一人である女官の憂――
この国の高官とその奴隷との間に生まれた娘が扉の外で聞き耳を立てていたため、
その話を隠し立てすることも出来なかった。
決行日は約一月後。紅華公主の出立の前日。
俺はもう戻れない。
あの日、紅華に己が運命(さだめ)を決定付けられたときから――
 
 
~~~
 
 
ことは驚くほど簡単に進んだ。
あらかじめ仲間の奴隷たちによって薬を盛られていた神殿警備の兵たちは
既に敵ではなく、神殿に入るため武器や装備を全て取り払った皇族たちは
抜け道から入り込んだ俺たちの刃に次から次へと斃れていった。
そうして血に塗れた俺は、そのままその足で侵華宮への道を急いでいた。
予定ならばあそこには、公主が――
 
辿り着いた侵華宮で、公主は寝室に籠められていた。一斉に群がる仲間たちを、
その扉の前で必死に食い止めていたのは女官の憂だった。
 
「やめて、やめて、この人だけは殺さないで!」
 
必死に叫ぶ憂の元に駆けつけると、
彼女は反乱蜂起の中心である俺に向かい、泣いて取り縋った。
 
「この反乱を起こすきっかけを与えてくれたのは紅華様でしょう!?
あの人わたしに言ったのよ、
 
『この侵華宮は華に侵された宮ではない。華を侵すための宮なのだ』
 
って! もしかしたら侵華宮(ここ)が造られたのは、賎(わたし)たちを集めたのは……!」
 
憂の泣きそうな声に、背後の奴隷たちの中からも声が上がる。
 
「この宮の一室には大量の武器と弾薬が備えてあった。
そしてその在り処を、彼女は俺たちに隠そうともしなかった。
もしかしたら、彼女は本当にこの国を――」
 
滅ぼそうとしていたというのか? 憎んでいたというのか? 己が国を、己が血族を!
だから、己と同じようにこの国に、己に憎しみを抱く俺を利用した……?
 
「そこをどけ。処分は俺が決める」
 
誰よりも長く公主に仕え、誰よりも彼女を知る俺に、皆は一斉に道を譲った。





後編


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落日』の愛憎180%増、アジア風Ver.な感じの前中後編です。

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華の国の第七公主は『変わり者』だ。末の公主として、また姉妹たちの中で
誰よりも艶やかな容姿を誇る公主として父帝の寵愛を受けているのをいいことに、
己が住まう離宮をわざわざ己の国が滅ぼした国々の文化を取り入れて造り上げ、
そこに亡国の“賎民”たちを集め、奴隷として侍らせた。
 
『何とまぁ、悪趣味極まりない棘のある薔薇の花よ』

それが、この国における第七公主・紅華様の評価である。
……本当は“様”なんて付けるのも怖気が立つ。
何故ならば、己もまた彼女の住まう“異国風”の離宮・
侵華宮に仕える奴隷の一人であるからだ。
いや違う、正確には“俺を引き取ってから”公主は侵華宮を造った。
あの日、あの時、牢屋の中で高らかに嗤ってみせた公主。

『それほどに憎いのであれば、そなたをいつもわらわの隣に侍らせてやろう。
そうすればそなたは、仇の公主に復讐するまたとない機会を得る。
もっとも、“時機”は見計らう必要があるがな』

幼き日の公主の声が蘇る。そう、あれはもう五年も前のこと――


~~~


「なりません、公主様! そちらは公主様がおいでになるような
場所ではございません! どうかお戻りを……!」

華の国の役人に楯突き、牢に入れられ処刑を待つ身だった
翠の国の“賤民”である俺は、あの日突然激しく叫ぶ女の声と、
慌ただしく道を空ける牢番たちの足音を聞いた。

「おどき! そこをどくのじゃ! 良いではないか、麗。
わらわは“虜囚”なるものを見てみたい」

馬鹿にしたような高慢な響きに、思わず顔を上げた先には、
慌てふためく女官を一人従えた花のような少女が立っていた。
豪奢な衣装に身を包み、色とりどりの宝石を纏ったその少女に
囚人たちは鼻白みすぐに視線を逸らしたが、俺は何故だかその姿に惹きこまれ、
自分と同じくらいの年齢でありながら正反対の立場にあるであろう
彼女の姿を、食い入るように凝視してしまっていた。

「……のう、そこな者。この者はわらわとそう年の変わらぬ子供ではないか。
我が国は子供でも“賤民”であれば牢屋に入れるのか?」
 
己に注がれる眼差しに気づいたのか、
ふと自分を指差して揶揄するように紅い唇から紡がれた言葉に、牢番は慌てて

「違います、公主様。その者は我が国の役人を害そうとしたのです。
歴とした国家への反逆者です」

と告げた。

「ふむ……」

公主は暫し考え込むように俯いた後、
俺に向かってしゃがみ込み、問いかけてきた。

「のう、そなた、我が国が憎いか?」

無邪気な公主の問いに、俺はどうせ処刑されるのだから、
とやけっぱちになって答えた。

「ああ、憎いに決まってるさ。翠の国を、俺の国を滅ぼした。
土地を荒らし、民を殺し、俺たちを“賤民”なんかに貶めたこの国が、
憎くて憎くて堪らないに決まってる!」

俺の叫びに、牢番は震え上がって鞭を振るった。

「おまえ、公主様に何という口を聞くのだ!賤の分際で……」

「良い」

そんな牢番を止めたのは、彼よりずっと幼い公主の静かな声だった。

「面白いではないか。翠の国の賤……そなた、名は何と言う?」

 
微笑んでなおも問いかけてくる公主の声に、ぶっきらぼうに

「ケイ」

と答えると、公主は笑顔で己が女官を振り返った。

「この者、わらわが父上に頼んで奴隷としてもらい受けよう。
ちょうど退屈していたところなのじゃ」

「公主様! 何を……」

「やめろ!」

戸惑う女官の言葉を遮って、俺は怒鳴った。

「こんな国の公主の奴隷になるなんて、死んでもごめんだ!
それならさっさと処刑された方が何倍もいい!」

「何を……この、無礼者が!」

再び鞭を振るおうとした牢番の手を引き止めて、公主はフゥ、と溜め息を吐いた。

「そなた……阿呆じゃな」

「何だと!?」

呆れたように告げられた言葉に、思わずカッとなって公主を睨めば、
彼女は嫣然と微笑んで俺の瞳を覗き込んだ。

「わらわの側にいるということは、いつでも仇の隙が狙えるということじゃぞ?」

告げられた言葉の意味が解らず、その黒い硝子玉のような瞳を見返せば、
彼女はハッキリとこう言った。

「そなた、この国が憎いのであろう?
この国に君臨するは我が父、我がきょうだい、我が血族。
わらわを殺すことが、復讐の一つに繋がるとは思わなんだか?」

「公主様! 何てことを……!」

女官の悲鳴が耳をすり抜ける。冷たい汗が額を伝い、俺はごくりと息を飲み込んだ。

「それだけではない。わらわの側に仕えていれば、
父や、他のきょうだいたちの動きも当然知れよう。
“協力者”さえ得られれば、我が血族を一網打尽に、
引いてはこの国を滅ぼすこととて夢ではない」

滔々と紡がれる公主の言葉に、頭の中がめまぐるしく回転する。
俺は一体、どうすれば良い?
生き恥を飲んで僅かな可能性にかけ、公主の言葉に従うのか。
突っぱねて十日も経たぬうちに首を跳ねられるか。

「さぁ、どうするのじゃ? ケイ」

そのとき、俺の名を呼んだ子供とは思えぬほど艶やかな声に導かれるようにして、
俺は気がつけば目の前に差し出された肉刺一つない白い手を取っていた。

「ふふっ……決まりじゃな、ケイ。
これ、そこな者。この者を牢屋から出すのじゃ!」

公主に告げられて牢番が呆然と牢の中から俺を引っ立てる。
立ち上がって並んだ公主は、俺と同じ目の高さをしていた。

「これ、虜囚ではなくなったとはいえ、そなたは奴隷であろう!
跪かぬとは公主(ひめ)様に対して何たる無礼か!」

憤る公主付きの女官を公主は手で押し留め、

「良い、麗」

と告げて俺の方をじっと見つめた。

「そなた、本当にこの国が憎いか?」

先程と同じ質問に、俺は若干辟易しながら答えた。

「ああ……憎い。憎くて、憎くて堪らない」

「では、わらわのことも憎いか?」

「……もちろん、憎いに決まってる」

続けて重ねられた問いに、僅かな躊躇を抱いてしまったのが何故なのか、
俺は今でも分からない。
だが俺の答えに、その時彼女は心底嬉しそうに高らかな嗤い声を上げたのだ。

「おほほほほ!
それほどに憎いのであれば、そなたをいつもわらわの隣に侍らせてやろう。
そうすればそなたは、仇の公主に復讐するまたとない機会を得る。
もっとも、“時機”は見計らう必要があるがな」

にこりと笑んで俺の頬を撫でたその細い指先に、俺は初めて焼けるような衝動を感じた。
それは怒りであったのか、羞恥であったのか、憎しみであったのか――
今となっては覚えていない。
それから俺は、当初の約束通りいつも影のように公主に付き従う“特別な”奴隷となり、
公主は父帝に強請って翠の国の意匠をふんだんに取り入れた離宮を造った。
翠の国を初めとする各地からの“賤”……
国を滅ぼされた奴隷たちが集められたその宮の名は“侵華宮”。
華に侵された宮、とは何と皮肉な名を付けることか! 
公主はそうして楽しむのだ。
俺の表情(かお)が歪み、憎しみに滾る様を見て、あり余らんばかりの暇を潰す。
しかしそれもあと、一月の辛抱。紅華公主は異国へ嫁ぐことが決まった。
そうして俺は――待ちに待った、復讐の機会を得た。





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