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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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“復讐”の決行に至る日々。

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「また塊の国からの文か。つまらぬ。この男は毎回同じことしか書いて寄こさない」
 
婚約者からの文を一目見るなり放り投げた公主は、
寝台に寝そべったまますぐ傍に侍る俺に問いかけた。
 
「のう、ケイ? そなたもそう思うじゃろう? 女子への文だと言うのに、
戦や政治の話ばかり。何という風流のない男じゃ、と」
 
悪戯に輝く瞳が、放り投げた文を拾って読んでみろ、と告げている。
五年も傍で過ごしたせいで、俺はすっかりその視線や仕草で
公主の意図を読み取ることができるようになっていた。
その意図に従いくしゃりと皺のついた文を拾い上げて読めば、なるほど公主が
言った通り、通り一遍の挨拶と戦や政(まつりごと)の近況ばかりが書き連ねてあった。
 
「……自分には何とも。けれど、己が国の妃となられる方に最低限
これだけの状況は把握しておいてもらいたいとお考えになられての……」
 
「黙りゃ!」
 
最後まで言い終わらぬうちに激昂した公主の手元から金の張られた扇子が飛び、
己の頬をシュッと掠める。
 
「そなたはただ、わらわの言うことに頷いておれば良いのじゃ。
のう、そう約束したであろう? ケイ……」
 
一転して妖しく微笑んだ公主に、また目だけで“近う寄れ”と合図をされ、渋々顔を近づける。
 
「もうすぐそなたともお別れじゃな。わらわの愛人だと思われているそなたが、
今後この国でどのような扱いを受けるかは気がかりじゃが……」
 
公主はこうして顔を寄せ、その白く柔らかな手で俺の頬や髪を撫でるのが好きだ。
そうして、まるで恋人たちが睦みあっているかのように見えるところを
わざと周囲の女官や奴隷に見せ、俺を己の“愛人”であると思わせて
孤立させるのが彼女の狙いなのだ。
確かに俺はこの宮の女官や奴隷たちから腫れ物のように扱われている。
だが、それを本心から行っているのは女官と新参の奴隷たちだけ。
五年かけて、俺はやっとの思いで築き上げた。
この国を憎む亡国の賎たちの組織を。
そうしてようやく、故国の人間とも繋がることが出来た。
あとは皇族の隙を窺うだけ。隙が出来ればすぐにでも、
この宮の奴隷たちと故国の者たちが立ち上がることになっている。
機会はこの第七公主・紅華の婚礼と前後してやってくる。
公主の婚礼、しかも異国に嫁ぐ場合は様々な儀式や宴が催される。
皇族が一堂に会し、警備の手も薄まる時を、俺たちは狙っていた。
 
紅華の婚礼。俺は待ち焦がれた時機を前にした気の昂りとは異なる、
言い知れぬ苛立ちを彼女に対し感じていた。
妖艶にして美しい、大輪の花のように成長したあの日の少女。俺の主、俺の仇。
俺に消えない憎しみと、生きる希望を与えておきながら全てを投げ出して
異国へと旅立っていく彼女を見る度、あの日のような衝動が俺の心を焼いた。
この気持ちは何だ? いいや、気づいてはいけない。
気がついてしまったら、きっとこの女を殺せなくなる。
機会が公主の出立の後に巡ってくれば、俺は公主を殺さずに済む――?
いや、それでは遅い。
この女に、紅華に見せつけなければ、己の国が滅ぼされていく様を。
そうして、見せつけた後はどうする――?
当然殺すべきだろう、俺にとって仇そのものであるこの国の皇族なのだから。
いや、俺の“奴隷”として侍らせてやるのも、興のある復讐かもしれない。
いいや駄目だ、それではこの女と同じになってしまう!
ちがう、違う、俺はどうしたいのだ!? 俺は一体どうすれば……!?
 
そのときだった。
まるで葛藤する俺の胸の内を見透かすかのように、公主が俺の名を呼んだ。
 
「のう、ケイ。一つ良いことを教えてやろう」
 
耳元で囁く声は、あの時の少女と同じ艶やかで有無を言わせぬ声音。
 
「わらわの出立の前日、わらわ以外の皇族は皆神殿に入り祈りを捧げる。
わらわの道程の無事と、両国の末永き絆をな。
神殿には皇族しか入れない。兵も女官も、何者も、な……」
 
思わず顔を背けて公主を見つめた俺の頬に、公主はまたそっと触れた。
 
「知っているか? ケイ。神殿には皇族しか知らぬ抜け道がある。
そしてその地図を、わらわは枕の下に大切に忍ばせている。
わらわの寝室に出入りできるのは麗とそなただけであるからの。
ケイ、わらわはそなたを“信頼して”このことを話したのじゃ、良いな?」
 
黒い瞳は久方ぶりにあの日と同じ硝子玉のように読めない光を宿し己を射た。
 
俺は何故だか、この報せを仲間に告げることを躊躇った。
しかし仲間の一人である女官の憂――
この国の高官とその奴隷との間に生まれた娘が扉の外で聞き耳を立てていたため、
その話を隠し立てすることも出来なかった。
決行日は約一月後。紅華公主の出立の前日。
俺はもう戻れない。
あの日、紅華に己が運命(さだめ)を決定付けられたときから――
 
 
~~~
 
 
ことは驚くほど簡単に進んだ。
あらかじめ仲間の奴隷たちによって薬を盛られていた神殿警備の兵たちは
既に敵ではなく、神殿に入るため武器や装備を全て取り払った皇族たちは
抜け道から入り込んだ俺たちの刃に次から次へと斃れていった。
そうして血に塗れた俺は、そのままその足で侵華宮への道を急いでいた。
予定ならばあそこには、公主が――
 
辿り着いた侵華宮で、公主は寝室に籠められていた。一斉に群がる仲間たちを、
その扉の前で必死に食い止めていたのは女官の憂だった。
 
「やめて、やめて、この人だけは殺さないで!」
 
必死に叫ぶ憂の元に駆けつけると、
彼女は反乱蜂起の中心である俺に向かい、泣いて取り縋った。
 
「この反乱を起こすきっかけを与えてくれたのは紅華様でしょう!?
あの人わたしに言ったのよ、
 
『この侵華宮は華に侵された宮ではない。華を侵すための宮なのだ』
 
って! もしかしたら侵華宮(ここ)が造られたのは、賎(わたし)たちを集めたのは……!」
 
憂の泣きそうな声に、背後の奴隷たちの中からも声が上がる。
 
「この宮の一室には大量の武器と弾薬が備えてあった。
そしてその在り処を、彼女は俺たちに隠そうともしなかった。
もしかしたら、彼女は本当にこの国を――」
 
滅ぼそうとしていたというのか? 憎んでいたというのか? 己が国を、己が血族を!
だから、己と同じようにこの国に、己に憎しみを抱く俺を利用した……?
 
「そこをどけ。処分は俺が決める」
 
誰よりも長く公主に仕え、誰よりも彼女を知る俺に、皆は一斉に道を譲った。





後編

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「また塊の国からの文か。つまらぬ。この男は毎回同じことしか書いて寄こさない」
 
婚約者からの文を一目見るなり放り投げた公主は、
寝台に寝そべったまますぐ傍に侍る俺に問いかけた。
 
「のう、ケイ? そなたもそう思うじゃろう? 女子への文だと言うのに、
戦や政治の話ばかり。何という風流のない男じゃ、と」
 
悪戯に輝く瞳が、放り投げた文を拾って読んでみろ、と告げている。
五年も傍で過ごしたせいで、俺はすっかりその視線や仕草で
公主の意図を読み取ることができるようになっていた。
その意図に従いくしゃりと皺のついた文を拾い上げて読めば、なるほど公主が
言った通り、通り一遍の挨拶と戦や政(まつりごと)の近況ばかりが書き連ねてあった。
 
「……自分には何とも。けれど、己が国の妃となられる方に最低限
これだけの状況は把握しておいてもらいたいとお考えになられての……」
 
「黙りゃ!」
 
最後まで言い終わらぬうちに激昂した公主の手元から金の張られた扇子が飛び、
己の頬をシュッと掠める。
 
「そなたはただ、わらわの言うことに頷いておれば良いのじゃ。
のう、そう約束したであろう? ケイ……」
 
一転して妖しく微笑んだ公主に、また目だけで“近う寄れ”と合図をされ、渋々顔を近づける。
 
「もうすぐそなたともお別れじゃな。わらわの愛人だと思われているそなたが、
今後この国でどのような扱いを受けるかは気がかりじゃが……」
 
公主はこうして顔を寄せ、その白く柔らかな手で俺の頬や髪を撫でるのが好きだ。
そうして、まるで恋人たちが睦みあっているかのように見えるところを
わざと周囲の女官や奴隷に見せ、俺を己の“愛人”であると思わせて
孤立させるのが彼女の狙いなのだ。
確かに俺はこの宮の女官や奴隷たちから腫れ物のように扱われている。
だが、それを本心から行っているのは女官と新参の奴隷たちだけ。
五年かけて、俺はやっとの思いで築き上げた。
この国を憎む亡国の賎たちの組織を。
そうしてようやく、故国の人間とも繋がることが出来た。
あとは皇族の隙を窺うだけ。隙が出来ればすぐにでも、
この宮の奴隷たちと故国の者たちが立ち上がることになっている。
機会はこの第七公主・紅華の婚礼と前後してやってくる。
公主の婚礼、しかも異国に嫁ぐ場合は様々な儀式や宴が催される。
皇族が一堂に会し、警備の手も薄まる時を、俺たちは狙っていた。
 
紅華の婚礼。俺は待ち焦がれた時機を前にした気の昂りとは異なる、
言い知れぬ苛立ちを彼女に対し感じていた。
妖艶にして美しい、大輪の花のように成長したあの日の少女。俺の主、俺の仇。
俺に消えない憎しみと、生きる希望を与えておきながら全てを投げ出して
異国へと旅立っていく彼女を見る度、あの日のような衝動が俺の心を焼いた。
この気持ちは何だ? いいや、気づいてはいけない。
気がついてしまったら、きっとこの女を殺せなくなる。
機会が公主の出立の後に巡ってくれば、俺は公主を殺さずに済む――?
いや、それでは遅い。
この女に、紅華に見せつけなければ、己の国が滅ぼされていく様を。
そうして、見せつけた後はどうする――?
当然殺すべきだろう、俺にとって仇そのものであるこの国の皇族なのだから。
いや、俺の“奴隷”として侍らせてやるのも、興のある復讐かもしれない。
いいや駄目だ、それではこの女と同じになってしまう!
ちがう、違う、俺はどうしたいのだ!? 俺は一体どうすれば……!?
 
そのときだった。
まるで葛藤する俺の胸の内を見透かすかのように、公主が俺の名を呼んだ。
 
「のう、ケイ。一つ良いことを教えてやろう」
 
耳元で囁く声は、あの時の少女と同じ艶やかで有無を言わせぬ声音。
 
「わらわの出立の前日、わらわ以外の皇族は皆神殿に入り祈りを捧げる。
わらわの道程の無事と、両国の末永き絆をな。
神殿には皇族しか入れない。兵も女官も、何者も、な……」
 
思わず顔を背けて公主を見つめた俺の頬に、公主はまたそっと触れた。
 
「知っているか? ケイ。神殿には皇族しか知らぬ抜け道がある。
そしてその地図を、わらわは枕の下に大切に忍ばせている。
わらわの寝室に出入りできるのは麗とそなただけであるからの。
ケイ、わらわはそなたを“信頼して”このことを話したのじゃ、良いな?」
 
黒い瞳は久方ぶりにあの日と同じ硝子玉のように読めない光を宿し己を射た。
 
俺は何故だか、この報せを仲間に告げることを躊躇った。
しかし仲間の一人である女官の憂――
この国の高官とその奴隷との間に生まれた娘が扉の外で聞き耳を立てていたため、
その話を隠し立てすることも出来なかった。
決行日は約一月後。紅華公主の出立の前日。
俺はもう戻れない。
あの日、紅華に己が運命(さだめ)を決定付けられたときから――
 
 
~~~
 
 
ことは驚くほど簡単に進んだ。
あらかじめ仲間の奴隷たちによって薬を盛られていた神殿警備の兵たちは
既に敵ではなく、神殿に入るため武器や装備を全て取り払った皇族たちは
抜け道から入り込んだ俺たちの刃に次から次へと斃れていった。
そうして血に塗れた俺は、そのままその足で侵華宮への道を急いでいた。
予定ならばあそこには、公主が――
 
辿り着いた侵華宮で、公主は寝室に籠められていた。一斉に群がる仲間たちを、
その扉の前で必死に食い止めていたのは女官の憂だった。
 
「やめて、やめて、この人だけは殺さないで!」
 
必死に叫ぶ憂の元に駆けつけると、
彼女は反乱蜂起の中心である俺に向かい、泣いて取り縋った。
 
「この反乱を起こすきっかけを与えてくれたのは紅華様でしょう!?
あの人わたしに言ったのよ、
 
『この侵華宮は華に侵された宮ではない。華を侵すための宮なのだ』
 
って! もしかしたら侵華宮(ここ)が造られたのは、賎(わたし)たちを集めたのは……!」
 
憂の泣きそうな声に、背後の奴隷たちの中からも声が上がる。
 
「この宮の一室には大量の武器と弾薬が備えてあった。
そしてその在り処を、彼女は俺たちに隠そうともしなかった。
もしかしたら、彼女は本当にこの国を――」
 
滅ぼそうとしていたというのか? 憎んでいたというのか? 己が国を、己が血族を!
だから、己と同じようにこの国に、己に憎しみを抱く俺を利用した……?
 
「そこをどけ。処分は俺が決める」
 
誰よりも長く公主に仕え、誰よりも彼女を知る俺に、皆は一斉に道を譲った。





後編

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