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幸せは底にある』続編。ユウジとマイコの息子・コウジ視点です。
6/9 『底から生まれる』より改題。

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マサコママが死んだ。
マサコママは、正確に言うと母の母で、本来なら「おばあちゃん」と呼ぶべき関係にある。
だが、父さんが「マサコさん」と、母さんが「ママ」と呼び、更にはマサコママ自身が
「おばあちゃん、なんて絶対に呼ばれたくない!」と突っぱねたので、
幼い日から俺達きょうだいは彼女のことを「マサコママ」と呼んできた。
そんなマサコママの死は、呆気ないものだった。
買い出し帰りの交通事故、交差点に突っ込んできた車に跳ね飛ばされ、即死。
長年ホステスとして働いた職場を四十半ばで退いたマサコママは、
やっぱり人と接する仕事が好きだから、と十年ほど前に小さな喫茶店を開いた。
母さんに連れられてよく手伝いに訪れたそのこじんまりとした店には
マサコママのホステス時代の常連客もしょっちゅう訪れているようで、
 
「あのマイコちゃんにもうこんなにおっきな子供がいるなんてなぁ……」
 
と、見知らぬおじさんに感慨深げに頭を撫でられることもよくあった。
父さんの会社の社長さんもその一人で、俺や母さんの姿を見ると決まって
笑顔で手招きし、飴玉や小さなおもちゃを渡してくれた。
父さんは、マサコママのおかげで今の会社に就職できたのだという。
その話をすると母さんは必ず機嫌が悪くなって、
妹たちを連れてどこかへ消えてしまうけれど。
 
父さんは、元々はマサコママのヒモだった。その父さんをマサコママから
奪い取ったときの話を、母さんは俺たちによく自慢げに話して聞かせる。
 
 
~~~
 
 
「あたしね、ユウジに会ったとき、一目で運命だ! って分かったの。
だからちゃんと次の日すぐにママに宣戦布告しに行ったのよ。
 
『あたしはユウジが好きだから、ユウジをあたしにちょうだい』
 
って。そしたらママは笑って
 
『いいわよ、マイ。あんたが本気だって言うんなら、中学出るまでに
私からユウジの心を奪ってみせなさい。そしたらママも考えてあげるわ』
 
って言ったの。だからお母さん、必死に頑張ったわ。
そしてちゃんと約束通りお父さんをゲットできたわけよ」
 
鼻息荒く子供に聞かせていいのか悪いのかわからない話を繰り返す母さんを、
幼い妹弟はキラキラした瞳で見つめる。
 
「おかーさんすごーい、かっこいー!」
 
仲の良い家族。絵に描いたような幸せ。
思春期を迎えた俺が、何だかたまにそんな空間にいるのがむず痒くなると、
避難するのは必ずマサコママの店だった。
 
 
~~~
 
 
「いらっしゃーい……って、なんだコウジ。あんたまた一人で来たの?
ここはスポーツバック提げたガキンチョなんかじゃなくて
本当はダンディな熟年層狙いのカフェなんだけどなぁ」
 
苦笑しながら少し苦いココアを入れてくれるマサコママに、ぶすくれて
 
「カフェオレでいい」
 
と告げると、
 
「あらっ、いつの間にコーヒーもいけるクチになったのかしら?
牛乳と砂糖たーっぷりのカフェオレだって、少し前まで飲めなかったのにねぇ」
 
と嫌みが返ってきた。
 
「男の子はほーんと、成長するときはあっという間よねぇ」
 
呟きながらココアをカフェオレに入れ直すマサコママの手は、細くて少し皺が寄っている。
若い頃はさぞかし美しかったのだろう、と窺える容貌は今も衰えることなく、
年齢を重ねた女性特有の色香を放っている。
今でも、マサコママを真剣に口説きにかかる客は何人かいるらしい。
奥さんを亡くしたやもめだったり、バツイチだったり、
壮年に差し掛かって急に独りが寂しくなったおじさんだったり……。
マサコママに、現在(いま)の恋人はいるのだろうか。
二十年前は、父をヒモとして囲っていたマサコママ。
その父を母に取られてから、マサコママは……
 
「ねぇ、マサコママ、うちの父さんってさ、マサコママの恋人だったんだよね?」
 
「……うーん、まぁ、そういうことになるわね」
 
俺の突然の問いかけに、マサコママは咥えた煙草に火を付けながら
どこか曖昧に返事をした。
 
「じゃあさ、父さんが母さんのとこに行っちゃったとき、
母さんに女としての嫉妬は感じなかったの?
いくら自分の娘だからってさ。ていうか、娘だったら余計に……」
 
「あっはっはっは!」
 
言い募る俺に、マサコママは噴き出した。
 
「ああおかしい、私があの()に嫉妬? それだけは有り得ない。
だってユウジもマイも、私にとっちゃどっちも大切で可愛い宝物なんだから」
 
納得いかない、という表情を露に顔をしかめた俺に、
マサコママはにっこりと微笑んで俺の頭を愛しげに撫でた。
 
「一度失敗してからね、男の人はみんな自分の子供と同じだと思うようにしてるの。
それが一番傷つかなくて、ラクチンで、きれいな愛し方だから」
 
 
~~~
 
 
「あんた、もしかして“おじいちゃん”を探そうとでもしてるの?」
 
通夜の弔問客の一人一人に頭を下げる合間、
キョロキョロと会場を見渡す俺に母から投げかけられた言葉。
白髪交じりの上品な紳士、顔を真っ赤にしたハゲのおっさん、
父さんの会社の社長さん、親しい友人で父さんの恩人でもある磯部さん……。
少しでも母や俺たちきょうだいの面影を宿している人物がいないか、
俺は必死になって弔問に来た男性客を目で追ってしまっていた。
 
「昔のユウジと一緒で他人と関わることをめんどくさがるあんたが、
わざわざ受付まで引き受けちゃって。あたしが気付かないとでも思った?」
 
悪戯に微笑む母の目元は少し赤い。
 
だって、仕方ないじゃないか。一介のホステス、しかもシングルマザーが、
あんな立派な庭付き一戸建てに住んでいたなんて。
大の男と中学生の娘の二人を養い、退職後は店を開くだけのお金の出所が
何処にあったのか、マサコママが経験した一度の“失敗”がどんなものだったのか、
知りたいと思うのは当然のことじゃないか。
俺はマサコママの孫で、きっと最後の“子供”でもあったんだから。
 
「……死亡届、出しに行かなきゃなんないんだけど、あんた一緒に市役所行く?」
 
呆れたように呟いた母の言に、こくりと頷いた。
きっと母は教えてくれるつもりなのだろう。俺が今最も欲しがっている“答え”を。
 
 
~~~
 
 
『杉田雄一 平成××年△月○日、死亡』
 
母から手渡された戸籍謄本の、母の父親の欄に記載されていた呆気ない一文。
 
「死亡届出すついでに、あんたにも現実を見せておこうと思って」
 
マサコママと“杉田雄一”との間に、婚姻の証は無い。
というか“杉田雄一”の没年と、母の生まれた年を換算すると……。
 
「教育実習生だったらしいわ。
ママが高校二年の頃、“スギタセンセイ”はママの高校にやって来た。
そうして、そこで出会ったママに手を出して、ママが妊娠して、悩んだ末に自殺」
 
母の口から語られた衝撃の事実に、しばし絶句して目を見開いていると、
母は何でもないことのようにまた淡々とその後のマサコママのことについて語り出した。
 
「“センセイ”のご両親は一人息子の死に堪えられなくてここを去ったそうよ。
ママやあたしを恨む気持ちもあったでしょうけど、
結局は自分の息子が悪いんですもの、何も文句は言えない。
それでも息子の死の原因となったあたしたち親子を見ていられなくて、
ただ自分たちが住んでいた家だけを賠償金がわりに押し付けて遠いところへ去って行った。
そして時々、申し訳程度にお金だけ送ってよこすのよ。
あたしの養育費代わり、とでも言うようにね」
 
何の感情も浮かべていない虚ろな瞳で、絞り出すように言葉を紡ぐ、
こんな母の表情を、俺はそれまで見たことがなかった。
 
「高校を中退してあたしを生んだママが出来る仕事なんて、ホステスくらいしか無かった。
ママは人と話すのが好きだから天職だった、とか言ってたけど……。
ユウジを拾ったのだって、彼の境遇に自分の過去を重ねたせいもあったんじゃない?」
 
少し溜息を吐いて、母はようやく苦笑を浮かべてこちらを見た。
 
「ママは寂しかったのよ。早くに両親を亡くして、施設で育って、
高校に入って初めて一人暮らしをするようになって。
そしてそんなママに、“センセイ”は同情した。
そうして一線を越えて初めて、“センセイ”は取り返しのつかない過ちに気付いた。
本当に、弱い人よね。結局ママも、あたしも何もかも放っぽり出して逝っちゃったんだから」
 
母はその大きな瞳にうっすらと滲んだ涙を拭って、いつものように笑ってみせた。
 
「でもね、あたし見つけちゃったの。あんたにも見せてあげるわ。
あんたはあたしの息子で、多分ママの“子供”でもあったんだと思うから」
 
 
~~~
 
 
『真紗子、君とお腹の子を置いて逝く僕を、許してくれとは言わない。
僕は本当に君が好きだった。可哀想な生徒に教師として同情してしまったからじゃない。
出来ることなら君と、子供と、暖かな家庭を作りたかった。君に、家族をあげたかった。
両親にも、学校にも、夢にも抗えない僕を、君と子供だけを選べない僕を、
詰って、憎んで、忘れてほしい。愛している。
そして君たち二人の幸せを……ずっと、ずっと祈り続けている。
 
P.S 僕の預金口座の通帳と印鑑を君に預けておく。
     君とお腹の子の未来のために少しでも役に立てば良いのだが……』
 
 
~~~
 
 
「ね? バッカみたいでしょ? そんな手紙残すくらいなら
どんな手使ってでもママと生きて幸せになれっつーの」
 
実の父親の“遺書”とやらをピラリと放り投げてマサコママの使っていたベッドに
ダイブしてみせる母に、俺は何だか笑いが込み上げてしまった。
 
「何よ、なに笑ってんの、あんた」
 
「いや、別に……じいちゃんとばあちゃん、
何だかんだ言って両想いだったんだな、って思ったら何か安心した」
 
実習先の生徒に本気で恋した揚句大切なものを一つに絞り切れずに
死を選んだ糞真面目な“センセイ”も、そんな男の生家に死ぬまで住み続け、
残された娘をたった一人で育て上げ、遺書を後生大事に取っておいた
マサコママも、本当に何て滑稽で、馬鹿なんだろう。
 
「ふぅ……ん。まぁそーいう考え方も、アリっちゃアリなのかなぁ……。
って、「ばあちゃん」なんて言ったら枕元に祟られるわよ!」
 
軽口を言いながら母はベッド下にひらりと舞った変色した紙を拾い上げ、
くるりと踵を返して駆け出した。
 
「どこ行くの!? 母さん!」
 
「これ、骨壺の中に入れてもらわなくちゃ! 今から急いで和尚さんに頼んでくる!」
 
息を切らして叫ぶ母に、同じくらい大きな声で怒鳴り返す。
 
「なら俺がチャリで行く! その方が早いだろ!?」
 
今の今まで、何事にも無気力だった俺。昔の父さんにそっくり、とよく皮肉られていた俺。
けど、やっと気づいたんだ。仲が良すぎて時折うざったくなる家族だって、
底の底から少しずつ、積み上げて作り上げた“幸せ”のかたち。
だから俺も、幸せになってやる。“センセイ”やマサコママの分まで。
父さんや母さんよりもずっと。そんでもって向こうに行ったら絶対言ってやるんだ。
 
「じいちゃん、ばあちゃん、俺、こんなに幸せに生きたよ」
 
って。その呼び方はないだろ!って二人に頭を叩かれるかもしれないけれど。
だって二人は俺のじいちゃんとばあちゃん。その事実だけは変わらない。
例え別々の場所にお墓があったって、じいちゃんがばあちゃんを置いて逝ったって、
離れてた時間が長くたって、その事実だけは変わらないんだから。





後書き
 


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『破れ鍋の底』続編。ユウジ視点。

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「いいわよ、別れてあげても。ただし条件があるわ。
マイはちゃんと高校に合格して、きちんと卒業すること。
ユウジは同じ会社に少なくともきっちり三年は勤めること」
 
それは若干肌寒い風を感じるようになった初秋のことだった。
ようやく春からの就職先が決まり、転居を申し出たオレにこの家の主で養い手、
マイの母であるマサコさんが告げた条件。
マイに関しては何も言っていないのに、出された条件の中に
しっかりマイのことが触れられているのはさすが、といったところか。
傍らで好物のシュークリームを頬張っていたマイは、
今にもかぶりつこうとしたその口のままあんぐりと固まっている。
 
「人生何年先輩だと思ってるの? 私を出し抜こうったって、そうはいかないんだから」
 
にっこりと微笑んだマサコさんの顔があんまりにもキレイだったから、
オレちょっと惜しいことしたかも、と思ったのはマイには内緒だ。
 
 
~~~
 
 
それから半年が過ぎた三月の終わり、マイは無事高校に合格し、
オレがマサコさんの家を出て行く日がやってきた。
 
「荷物、これでぜんぶー? ちょっと少ないんじゃない?」
 
マイが笑いながら軽トラックの荷台から持ち上げた段ボール箱を、オレが受け取る。
知り合いから借りてきたという軽トラを運転していたのはオレが以前働いていた
ホストクラブのオーナーで、就職先を紹介してくれた恩人でもある磯部さんだ。
彼は『引っ越し、手伝ったげる♪』と言って助手席に乗り込んだマサコさんと
二人、オレの新しい勤め先の社長の元に挨拶に行っているらしい。
何だか二人揃うと、オレの両親みたいだな……。
高校を退学した時点で、とっくに縁の切れてしまった
実の両親の顔を思い浮かべようとして、止めた。
今、そこから転がり落ちたオレの傍には彼らがいて、久し振りに心が弾んだり、
へこんだり、いきり立ったりするようになった。それで十分じゃないか。
 
「ママってば、引っ越しとか模様替えとかのイベント大好きなんだよねー。
しっかしそれにしても狭い部屋ぁ」
 
ぶつくさ言いながら俺の新居を覗き込んだマイが、呆れたように呟いた。
 
「独身寮なんだから、こんなもんだろ」
 
相変わらずそっけないオレの返事に、マイは頬を膨らまして少し俯いた。
あ、この表情(かお)はきっと寂しいんだな……。
ここ最近ずっと、いつにも増して纏わりついてくるマイを、
うざったく感じながらも何だか可愛いな、と思えるようになったのは
オレからしてみれば本当に大きな進歩だと思う。
昔のオレならオンナのそういうところが大嫌いで、
面倒くささのあまりテキトーにスルーしてしまっていたと思うから。
マサコさんの家に転がり込んで、くるくると表情の変わるマイに出会って、
彼女を見ているうちにだんだん面白くなって、気がついたらまた“ヒト”に対して、
“セケン”に対して向き合ってみようという気持ちを取り戻していた。
 
「隣町なんだし、電車ですぐだって」
 
いつものようにポンポン、と頭を叩きながら苦笑すれば、
マイはクイッとオレのシャツを引っ張って顔を見上げてきた。
 
「ぜったい、絶対しょっちゅう会いに来るからね。
ママの妨害工作になんか負けないんだから!」
 
潤んだ瞳で睨みつけるようにオレを見つめながら宣言された言葉。
マイはオレの就職先が隣町で更には寮付きという事実を、マサコさんが
オレたち二人の仲を邪魔しようとして仕組んだものだと思っているらしい。
 
『あそこの社長さん、確かママのお客さんだもん。
あたしもちっちゃいころ、ぬいぐるみとか貰ったことあるもん』
 
それを聞いてオレはようやくマサコさんが全てを知った上で
陰ながら応援してくれていたことを知り、感謝の念を抱いたりしたんだけど……
マイにそう言ったら、また怒られてしまうだろうか。
ボーッと考えに耽っていたその時、マイが掴んでいたシャツの裾が、
グイッと思いっきり引っ張られる。

“ちゅっ”
 
思わず頭ごと下に傾いた俺の唇に、そっと触れた柔らかい感触。
 
「へへっ、初チューだね」
 
照れたように微笑んだマイに、耳まで赤く染まっていくのが分かる。
初めてでもないくせに、何熱くなってんだ、オレの顔!
……でも、こんな風にオレは一生彼女に振り回されて、
その遠心力でだんだん浮上していくのかもしれない。
 
「そっか、やっぱり、『運命の出会い』だったのかもしれないな……」
 
「だから最初っからそう言ってんじゃん!」
 
あ、ヤバイ、結局怒らせちゃった……。






後書き
  続編『底から生まれた


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『底にある幸せ』続編。ママ視点。

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「たっだいまー! あれ? マイは? 帰ってないの?」
 
「図書館に籠って勉強してるよ……最近はずっと」
 
久々のオフを満喫して、帰宅したのは夜の八時過ぎ。
いつもならばこの“現代に生きる若者の無気力”をそのまま体現したかのように
床に寝そべる男と、思春期真っ盛りの割には可愛げのある愛娘が
揃って出迎えてくれる時間だった。
 
「あらそうなの。折角あの子の好きなシュークリーム買ってきたのに……。
マイったら、いつの間に勉強に目覚めちゃったのかしら?」
 
悪戯に問いかけてみるが、ユウジはもちろん無愛想な表情のまま答えない。
大袈裟に溜息を吐きながら、シュークリームを冷蔵庫にしまい終えて
リビングに戻ると、ユウジがおもむろに立ちあがって鍵を手にしたところだった。
 
「あら、出かけるの? 珍しい」
 
わざと目を見開いてみせると、またそっけなく
 
「あいつ、迎えに行ってくる」
 
とだけ答えて出て行ってしまった。
 
あれだけ分かりやすいのに、いつ切り出してくるつもりなのかしら?
わずかに苦笑をこぼしてその背を見送る。
季節はもうすぐ夏を迎える。就職活動の方は、まともに進んでいるのかしら?
 
 
~~~
 
 
「……ってね、私的には心配になるわけよ。
なんたってあの()の親で、あの()の恋人だったんだもの」
 
ロックのバーボンを片手に愚痴をこぼす相手の“イソちゃん”は、
ユウジが元いたホストクラブのオーナーで、旧知の仲である。
 
「うーん、やっぱ中卒だからなぁ。今不景気だし、中々安定した
昼の仕事はないみたいで、この間俺のとこに電話が来たよ」
 
「やっぱりぃ? もうイソちゃんに泣きが入ったかー。
マイ任せんの、やっぱり考え直そうかなぁ……」
 
眉間に皺を寄せて深い溜息を吐きだした私に、
初めにユウジを紹介した彼は慌ててフォローを入れた。
 
「オイオイ、そう言ってやるなよ。あいつ、相当長いことがんばってたと思うぞ?
店辞める時点でマイコちゃんの名前出してたくらいだし」
 
「えっ、ほんとぉ? 何て言って辞めたの?ユウジ」
 
驚いて問いかけた私に彼が話してくれたホスト・ユウジとの最後の会話は、
次のようなものだった。
 
 
~~~
 
 
『辞める理由を聞いてもいいか?』
 
『マサコさんが辞めてもいい、って言ったんス』
 
『おまえ、本気でオンナのヒモになり下がる気か?』
 
『……マサコさんち、中学生のガキが一人いるんスよ』
 
『ああ、知ってるよ。マイコちゃんだろ?』
 
『そいつが、俺がマサコさんちにお世話になるようになって最初に
「おかえり」って出迎えてやったとき、めちゃめちゃ喜んだんス。
オレ、今まで自分がしたこととか言ったことで
あそこまで誰かに喜んでもらったことってなくて……』
 
 
~~~
 
 
「オイオイおまえ、相手は中坊だぞ? って俺は思わずツッコミそうになったね。
あれから丸二年。よく我慢したよ、ユウジは」
 
感慨深げにうんうん、と頷くイソちゃんに私は少し口を尖らせる。
 
「当たり前じゃない、娘に手出したらすぐにでも追い出すわよ、
って最初に約束させたんだから。
『オレ、ロリコンじゃないから大丈夫っス』って言ってたくせに」
 
そもそもユウジが私の家に転がり込んだのは、
熱烈な年の差恋愛故でもホスト遊びに溺れた果てのことでもない。
大喧嘩の末元カノの家を追い出されて行き場をなくしたユウジを、
イソちゃんの店の常連だった私が仕方なく“引き取ってあげた”のだ。
幸いにも“あっち”の相性は良かったし、金をせびるわけでも暴力を振るう
わけでもなく邪魔にならないユウジのことを私は結構気に入っていた。
だから、軽い気持ちで言ったのだ。
お互いの出勤前である夕方の時間、やたら時計と玄関を気にして
明らかに“行きたくない”という表情を浮かべていた彼に。
 
『ホスト、辞めたいなら辞めてもいいわよ。
私の稼ぎで十分やっていけるし、そもそもあなた、あの仕事向いてないと思うし』
 
と。軽い気持ちだったとはいえ、彼がホストに向かないと思ったのは本心だった。
いつも無表情で感情の起伏に乏しく、何事にもやる気が感じられない。
なんでイソちゃんがこんな男を雇ってしまったのか疑問だった。
そんな彼が、“仕事に行きたくない”という気持ちをあからさまにしているのが
何だかおかしくて、からかうつもりもあった。
ところが彼はその三日後、本当に仕事を辞めてきてしまった。
経済的にそこまで困窮することはなかったけれど、正直唖然としてしまったのは覚えている。
あれがまさか、マイのためだったなんて。
あの頃から、母親の私が気付かないあの娘の寂しさを埋めてくれていたなんて……。
 
 
~~~
 
 
「しっかしさ、あの能面みたいだったユウジが、マサコちゃんちに行ってから
大分変わったよな。ちょっと微笑ったり、ムッとした顔したりするようになった」
 
イソちゃんの言葉に、またグラスを一口傾けてしんみりと頷く。
 
「そうねぇ。やっぱりそれって、マイのおかげなんでしょうねぇ……」
 
「なになに?マサコちゃんは一体どっちに嫉妬してんの?」
 
面白そうに問いかけてくる旧友に、
 
「大事に育てた我が子をいっぺんに二人手放すような気分なのよ、
子供のいないイソちゃんにはわかんないだろうけど」
 
と毒づいて舌を出した。それから鞄を引き寄せ、沢山の小さな紙片の束が
入ったケースの中から一枚の名刺を取り出して彼の手のひらに乗せる。
 
「これ、私からだってことは伏せてユウジに渡して。話はつけておいたから」
 
その紙切れに記されているのは、隣町にある小さな会社の社長の名前と連絡先。
私の長年の“お得意様”である彼は気の良い壮年の紳士だ。
 
「マサコちゃん……あんた、本当にいい女だな……」
 
少しだけ目を潤ませてこちらを見つめたイソちゃんに
 
「でもやっぱり複雑かも、自分の娘と棒姉妹になるなんて」
 
と返せば、彼は呆れて首を振り溜息を吐いた。
 
「……下ネタさえ言わなけりゃ、な」






後書き
  続編『幸せは底にある』(ユウジ視点)


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母親のヒモに恋する中学生。

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「ねぇユウジ、あたしとカケオチしてよ」

何十回目になるか分からない懇願の言葉に、彼は自堕落に壁に寄りかかった
姿勢を崩すことも、膝の上に広げたスポーツ新聞から視線を上げることもなく
そっけない返事を返した。

「マジむり」

コタツ兼用の四角いちゃぶ台に頬杖を付きながら、あたしは溜め息を吐き出す。

「まだダメかぁ。まぁったく、あんなオバサンのどこがいいわけぇ?
やっぱり金? 金稼いでるから?」

ユウジはホステスとして働くあたしのママ(ユウジは「マサコさん」と呼ぶ)
のヒモで、元ホストだ。 ユウジがこの家に転がり込んで、早二年。
整った顔立ちは伸び放題の癖毛と不精ひげに隠され、やることなすこと全てが
テキトーで無気力な彼を、あたしは初めて会った瞬間から想い続けている。
一目惚れ、つまり運命の出会いってやつだと思う、って言ったら、
ユウジは鼻で笑っていたけれど。
確かにママは職業柄、三十半ばという年齢よりは綺麗だと思うけど、
十も年の離れたユウジが未だに彼女を愛しているとは思えない。
……最近では“あっち”の方も大分ご無沙汰みたいだし。
一緒にいる時間は、交わす言葉はあたしの方がずっと多いのに。
やっぱり、養ってもらえるから? 働きたくないから? 面倒くさいから……?
悶々としながら唇を尖らせ、シャープペンシルを握る。
ちゃぶ台の上には数学の課題。ちっとも解らないユウジの心の中と同じように、
あたしにとっては難問だらけのプリントだ。

「つーかおまえ、口より先に手動かせ。
オトコ口説くより先にやらなきゃいけないこと、山ほどあんだろ」

「いーんだもん。あたし中学出たらママと同じシゴトして、ママより稼いで、
絶対ユウジのこと養ってあげるんだから」

あたしの言葉に、ユウジは苦笑してポンポン、とあたしの頭を撫でる。

「おまえなぁ、俺だって一応高校くらい行ったんだぞ……」

「途中で辞めちゃったけど?」

先回りして悪戯に笑った私に、ユウジはムッとしたように反論した。

「しょーがねぇだろ。ダチの濡れ衣被んねぇといけなかったんだから」

ユウジは本当にこういうところがバカだと思う。
友達を庇って退学して、ホストになってヒモになって……
どんどんどんどん堕ちていくばかりの人生の、底の底があたしだったら、
そんな嬉しいことはない。 中学を卒業するまで、あと九ヶ月。
それまでに、ユウジはあたしのところまで堕ちてきてくれるだろうか。
受験勉強より何より、そっちの方が気になって手が進まない。

「来年の春になったら、さ」

「え?」

唐突なユウジの呟きに、プリントから顔を上げると、ユウジは相変わらず
やる気なさげに壁にもたれたまま、あたしをじっと見つめていた。

「オレ、働くから。ここ、出ていくから」

「……何よ、それ。ママには言ったの?」

沢山色々すごく悩んで、ユウジをママから奪い取る方法を考えていたのに。
ユウジは九ヶ月の猶予期間すら、無為に潰して行ってしまおうというのか。
ひどい、それは酷い、あんまりだ……。

「いや、言ってない。親子の間にヒビ入れんのはさすがにまだ早いと思うし」

潤んだ瞳で睨んだあたしに、ユウジは訳の分からないことを言う。

「だから、おまえは高校行けよ。カケオチなんかしなくても、
ちゃんと一緒にいられるように、頑張ってみるから」

「なんで……だって今まで、」

一気に溢れ出た涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら問いかけた私に、
ユウジはまたうっすらと微笑ってみせた。

「おまえさ、何でオレが今の今までこの家に“ただ”居たと思ってんの?
オレとマサコさんの関係がとっくに切れたも同然のことなんか、知ってんだろ?」

ホストを辞めたのは、夜しか家にいない中学生のあたしと一緒にいるため。
“マサコさんの娘”としてしか扱ってくれなかったのは、中学生のあたしを守るため。

「さすがに中坊はねぇよなぁ、と思ってたんだけどなぁ……」

ポリポリと掻いてみせた頭からこぼれ落ちるフケですら、とっても愛しい。

「ほらね、言った通りでしょ? やっぱり運命だったんだよ、あたしたち!」

感極まって大声で叫んだあたしの頭を、ユウジは

「声がでかい!」

と思いっきり叩いたけれど、それが彼なりの照れ隠しであることくらい、
二年も共に暮らしたあたしにはお見通しだった。

とりあえずユウジとはその先も一緒にいられそうだから、
卒業までの九ヶ月は計画を変更して、図書館にでも通い詰めることにしようっと!






後書き
    続編『破れ鍋の底』(ママ視点)

目次(現代)


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