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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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Disunderstand』関連作。サン視点。

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ヒトの治める青の国には政争、というものがあった。定められた王ではなく、絶対的な力の持ち主ではなく、人々の支持によって集められた代表が話し合いにより政を行う――という建前のもと成り立つヒトの世界では、互いの足の引っ張り合いが命のやり取りに発展することが頻繁にあった。初めて議員に当選したばかりの父親がその政争に巻き込まれて死んだのは、サンが七つの時だった。
 
「すぐに支度をなさい、白に逃げるのよ。あそこまでは追手も来ないし、赤の国からも遠いわ!」
 
きりきりと告げた母のその時の表情は強張っていた。夫の死にも涙一つこぼさず気丈に葬儀を執り行った彼女は、弔問客を見送るとすぐさま幼い子供の喪服を脱がし白への出立を急き立てたのだ。木々と獣たちの楽園への旅路は少年にとってとても長い、そして退屈なものだった。
 
初め、言葉を持たない彼らとの暮らしに好奇心旺盛で活発なサンは酷く苛立ちを感じた。緑の中にひっそりと佇む山荘は、青の国の都会から来た子供には余りに静かすぎたからだ。
 
「もうやだ、ここは不気味だよ。家に帰りたい!」
 
ぬいぐるみを放り投げ、おもちゃのブロックを放り投げてかんしゃくを起こす彼を守り役は
 
「我々ヒトは彼らの“声”を聴けないのです。いずれ慣れますよ、ぼっちゃま」
 
と必死になだめようとした。そんな守り役の態度が気に入らず、一月が経ったころ、我慢の限界に達したサンはついに一人で山荘を飛び出した。門を出た彼の前に広がったのは一面の緑、深い森と険しい山、低く木霊する獣の遠吠え。どこか幻想的なその景色にブルリと身を震わせながら、振り返ることはできないという意地で足を進めると、突然彼の耳に“声”が届いた。ヒトが使うようなハッキリとした言葉ではない、小さな鳥のさえずりに葉のざわめく音、今まさに開こうとする花びらのかすかな身じろぎの音。そこには沢山の“声”が溢れていることに、やっと少年は気づいたのだ。
 
『あなた……どうしたの? 迷ったの? どこの子?』
 
必死に耳を澄ます内、自分に呼びかける小さな声が聞こえてきた。“声”の意味が理解できる――自分に語りかける“声”がある! 二重の驚きに、サンは思わず瞬きをしてその声の主を探した。グルグルと当たりを見回した彼の目に留まったのは、小さな白い花の傍に佇む少女だ。
 
『青い目、キレイね』
 
ふわり、彼女はそう告げて茶色の目元をほころばせた。その日から、彼が三日とあけず訪うようになった花の精――マリカはよくサンの髪を撫でながらそう言った。彼女と“話せる”ようになってから、少年の耳は少しずつ他の木や獣の声を拾い、理解することができるようになっていった。マリカはサンの話すほかの国の話を聞きたがり、彼は得意になって自分の生まれた青の国や、その隣の赤の国のことを話した。大人が子供に押し隠す、都合の悪い真実を彼自身もわからぬままに。
 
『いいなぁ、私も行ってみたいな。摩天楼も、砂漠の砂も、ここ以外の世界を自分の目で眺めてみたい』
 
じゃあ、自分が連れて行ってあげる――口にしかけて、少年は黙り込んだ。己の身ですら己で守れず、故国に帰ることもできないのに? 母に頼んでみたらどうだろう? いや、彼女は自分が守らなければ。彼自身が、もっと強くならなければいけないのだ。強く、賢く、彼女をどこにでも連れて行って、守ってあげられるように。強くなるにはどうすれば良い? 知をもって力を得ようとした父は銃によって殺された。ならば銃を取るしかない。武をもって、自分が変えていくしかないのだ。風が吹けば散ってしまう花を、何をはばかることなく傍に置いておけるような世界を。
 
『ぼく、来年には青の国に帰るんだ。センキョがあって、新しいトウリョウが決まるから。そしたらきっと、パパの敵も捕まるし……僕も学校に通わなきゃ』
 
サンが白の国に来て、既に三年が過ぎていた。二人の時間がもうすぐ終わる――根付いた場所から身動きの取れない花の少女が、その両足で己の元に駆けてくる少年を待ち続けていた時間は。
 
『そう……そうよね、サンはヒトだもの』
 
わずかに目を見開いて応じたマリカの声に潜む想いがいじらしくて、サンはそっと手を引いた。
 
『ぼくがいなくなったら、寂しい?』
 
小さな手を握りしめて、額を合わせる姿勢は“声”が一番よく響く。何度も試して、彼が見つけたやり方だ。彼女は声を発さずに、コクリと首を縦に振った。
 
『大丈夫、また会いに来るよ。沢山勉強して、自分を鍛えて、君を迎えに来る方法を考える。一緒にどこへだって行けるように……ぼく頑張るよ、必ず』
 
 
~~~
 
 
「ぼうや、白の生き物はね……私たちの、ヒトの世界では生きていけないの。白の土と清浄な空気のあるところじゃないと死んじゃうのよ。それに考えてもみて? 良い年をした男の子が花に夢中なんて、格好悪いと思わない? あなたにはパパの意志を継ぐっていう大事な未来があるんだから」
 
国に帰って後、白の国でできた友達に青の国を見せてあげたい、そう告げた少年に母は苦い顔で首を振った。窓の外に広がるのは灰色の空気に覆われた摩天楼。高速で通り過ぎる沢山の車が、引っ切り無しにクラクションを鳴らす音が響いていた。少し前まで彼がいた場所の静寂が懐かしい。緑の広がる鮮やかな景色も、そこに佇む彼女の優しい微笑みも――
 
「とにかく、今のあなたがすべきことは勉強よ。学校に通って、早く遅れを取り戻さなくちゃ。ブランクのことは忘れなさい」
 
母は、白の国で息子が過ごした年月を文字通り空白期間――彼の人生にとって何の意味も無い時間だったと思っているのだ。ただ危険から逃れ、生きながらえるための屈辱的で無駄な時間だったと。神の力もヒトの文明も持たぬ“イキモノ”から得たものなど何も無いと。それは違う――いくらサンが唇を噛みしめたところで今この場所にマリカを呼ぶことは不可能だ。もっと大きくなって金を稼ぎ、花である彼女が生きられる温室ドームの建造と白の土の輸送を行えるような立場に就くまで。更にはもっともっと大きな地位を得て、工場の管理や土地の開発に口を出し、この国のシステムを完全に掌握できるようになったとしたら、きっとマリカやその仲間たちも多くが気軽にこの地を訪れるようになるだろう。そのためにやってやろう。例え母が、支持を取り付けるために時折自宅に招いている男が兵器工場の幹部でも。パーティで親しげに寄り添っていた紳士が国のエネルギー政策を担う役人だったとしても。父が殺された理由が、彼らに抗ったことであっても。サンは思いをより強くして、固く拳を握りしめる。
 
 
~~~
 
 
約束と別れの日から十年の月日が流れた。赤の国の“王”と手を結び、邪神の拠点を破壊した英雄として名を馳せた年若い青年は、母の反対とそれを取り巻く周囲の人々の思惑をねじ伏せて白の地に降り立った。“英雄”の人気を使って勢力拡大を目指す軍部の支援を背景に、表向きは白の国との友好を取り持つ役目を仰せつかって。――その実、“イキモノ”が決してヒトに逆らうことなきよう、釘を刺し圧力をかけるための軍の派遣なのだと、よく分かってはいたけれど。
 
『マリカ、昇進したんだ、許可が下りた! 白の国の土と一緒に、やっと君をどこにでも連れて行ける。来てくれるだろう? 僕のいる場所なら、どこへでも』
 
己を抱きしめるサンの言葉に、長い間彼を待ち続けていたかつての少女は涙ぐんで頷く。清らかに芳しく成長した花の精にヒトは多くを語らなかった、その地位を得るために背負い込んだ憎しみと、くぐり抜けてきた熾烈な競争の数々、身内さえ切り捨てた事実を。過ぎ去った歳月を無かったことにはできるはずがない、けれど彼らは見て見ぬふりをしたのだ。風に乗って届いた噂も、かすかに漂う火薬の臭いも、何かを確かめるように細められる眼差しも、不自然なほどの無垢も――言葉だけでなく“声”すら封じた。輝かしい“あの時”に囚われるためだけに、彼らは真実を、“それ以外”を遮断したのだ。
 
 
~~~
 
 
『彼女は……彼女は私の声が聞こえないみたい』
 
根腐れを起こしかけた足の先を気にしながら恋人が呟いた小さな声に、サンははっとして顔を上げた。指令として多忙を極める彼は、拠点である基地にマリカを住まわせていても小まめに面倒を見きれない――だから部下にその世話を任せていたのだが。普通の人間に花の声は聞こえない、迂闊だった。
 
『……余り気が進まなかったんだけど、神はあらゆる生き物の声を聴くことができるそうなんだ』
 
オアシスが枯渇し、争いが激化していくごとに厳しい暮らしを余儀なくされる神々にとって、商いによって豊かさを増す青の国は本来敵として対峙する相手ではあれ、糧を得るための取引相手にもなる。“王”に抗する勢力に与さず、青の国に協力し彼らに雇われる神もまた存在した。
 
『お願いします、サン』
 
甘えるように微笑んで身を寄せる恋人の意を汲んで、サンは少年の神を探し出す――何物にも染まらぬ白く柔らかな羽を持つ、純真な金の瞳の年若い神を。その名はラムル。水でありながら砂の名を持つ。その矛盾に気づいた時、彼は初めて気づくのだ。苦しみの真の在り処、終わらぬ憎しみの渦底に。






→関連作:『Nounderstand』(王視点)

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ヒトの治める青の国には政争、というものがあった。定められた王ではなく、絶対的な力の持ち主ではなく、人々の支持によって集められた代表が話し合いにより政を行う――という建前のもと成り立つヒトの世界では、互いの足の引っ張り合いが命のやり取りに発展することが頻繁にあった。初めて議員に当選したばかりの父親がその政争に巻き込まれて死んだのは、サンが七つの時だった。
 
「すぐに支度をなさい、白に逃げるのよ。あそこまでは追手も来ないし、赤の国からも遠いわ!」
 
きりきりと告げた母のその時の表情は強張っていた。夫の死にも涙一つこぼさず気丈に葬儀を執り行った彼女は、弔問客を見送るとすぐさま幼い子供の喪服を脱がし白への出立を急き立てたのだ。木々と獣たちの楽園への旅路は少年にとってとても長い、そして退屈なものだった。
 
初め、言葉を持たない彼らとの暮らしに好奇心旺盛で活発なサンは酷く苛立ちを感じた。緑の中にひっそりと佇む山荘は、青の国の都会から来た子供には余りに静かすぎたからだ。
 
「もうやだ、ここは不気味だよ。家に帰りたい!」
 
ぬいぐるみを放り投げ、おもちゃのブロックを放り投げてかんしゃくを起こす彼を守り役は
 
「我々ヒトは彼らの“声”を聴けないのです。いずれ慣れますよ、ぼっちゃま」
 
と必死になだめようとした。そんな守り役の態度が気に入らず、一月が経ったころ、我慢の限界に達したサンはついに一人で山荘を飛び出した。門を出た彼の前に広がったのは一面の緑、深い森と険しい山、低く木霊する獣の遠吠え。どこか幻想的なその景色にブルリと身を震わせながら、振り返ることはできないという意地で足を進めると、突然彼の耳に“声”が届いた。ヒトが使うようなハッキリとした言葉ではない、小さな鳥のさえずりに葉のざわめく音、今まさに開こうとする花びらのかすかな身じろぎの音。そこには沢山の“声”が溢れていることに、やっと少年は気づいたのだ。
 
『あなた……どうしたの? 迷ったの? どこの子?』
 
必死に耳を澄ます内、自分に呼びかける小さな声が聞こえてきた。“声”の意味が理解できる――自分に語りかける“声”がある! 二重の驚きに、サンは思わず瞬きをしてその声の主を探した。グルグルと当たりを見回した彼の目に留まったのは、小さな白い花の傍に佇む少女だ。
 
『青い目、キレイね』
 
ふわり、彼女はそう告げて茶色の目元をほころばせた。その日から、彼が三日とあけず訪うようになった花の精――マリカはよくサンの髪を撫でながらそう言った。彼女と“話せる”ようになってから、少年の耳は少しずつ他の木や獣の声を拾い、理解することができるようになっていった。マリカはサンの話すほかの国の話を聞きたがり、彼は得意になって自分の生まれた青の国や、その隣の赤の国のことを話した。大人が子供に押し隠す、都合の悪い真実を彼自身もわからぬままに。
 
『いいなぁ、私も行ってみたいな。摩天楼も、砂漠の砂も、ここ以外の世界を自分の目で眺めてみたい』
 
じゃあ、自分が連れて行ってあげる――口にしかけて、少年は黙り込んだ。己の身ですら己で守れず、故国に帰ることもできないのに? 母に頼んでみたらどうだろう? いや、彼女は自分が守らなければ。彼自身が、もっと強くならなければいけないのだ。強く、賢く、彼女をどこにでも連れて行って、守ってあげられるように。強くなるにはどうすれば良い? 知をもって力を得ようとした父は銃によって殺された。ならば銃を取るしかない。武をもって、自分が変えていくしかないのだ。風が吹けば散ってしまう花を、何をはばかることなく傍に置いておけるような世界を。
 
『ぼく、来年には青の国に帰るんだ。センキョがあって、新しいトウリョウが決まるから。そしたらきっと、パパの敵も捕まるし……僕も学校に通わなきゃ』
 
サンが白の国に来て、既に三年が過ぎていた。二人の時間がもうすぐ終わる――根付いた場所から身動きの取れない花の少女が、その両足で己の元に駆けてくる少年を待ち続けていた時間は。
 
『そう……そうよね、サンはヒトだもの』
 
わずかに目を見開いて応じたマリカの声に潜む想いがいじらしくて、サンはそっと手を引いた。
 
『ぼくがいなくなったら、寂しい?』
 
小さな手を握りしめて、額を合わせる姿勢は“声”が一番よく響く。何度も試して、彼が見つけたやり方だ。彼女は声を発さずに、コクリと首を縦に振った。
 
『大丈夫、また会いに来るよ。沢山勉強して、自分を鍛えて、君を迎えに来る方法を考える。一緒にどこへだって行けるように……ぼく頑張るよ、必ず』
 
 
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「ぼうや、白の生き物はね……私たちの、ヒトの世界では生きていけないの。白の土と清浄な空気のあるところじゃないと死んじゃうのよ。それに考えてもみて? 良い年をした男の子が花に夢中なんて、格好悪いと思わない? あなたにはパパの意志を継ぐっていう大事な未来があるんだから」
 
国に帰って後、白の国でできた友達に青の国を見せてあげたい、そう告げた少年に母は苦い顔で首を振った。窓の外に広がるのは灰色の空気に覆われた摩天楼。高速で通り過ぎる沢山の車が、引っ切り無しにクラクションを鳴らす音が響いていた。少し前まで彼がいた場所の静寂が懐かしい。緑の広がる鮮やかな景色も、そこに佇む彼女の優しい微笑みも――
 
「とにかく、今のあなたがすべきことは勉強よ。学校に通って、早く遅れを取り戻さなくちゃ。ブランクのことは忘れなさい」
 
母は、白の国で息子が過ごした年月を文字通り空白期間――彼の人生にとって何の意味も無い時間だったと思っているのだ。ただ危険から逃れ、生きながらえるための屈辱的で無駄な時間だったと。神の力もヒトの文明も持たぬ“イキモノ”から得たものなど何も無いと。それは違う――いくらサンが唇を噛みしめたところで今この場所にマリカを呼ぶことは不可能だ。もっと大きくなって金を稼ぎ、花である彼女が生きられる温室ドームの建造と白の土の輸送を行えるような立場に就くまで。更にはもっともっと大きな地位を得て、工場の管理や土地の開発に口を出し、この国のシステムを完全に掌握できるようになったとしたら、きっとマリカやその仲間たちも多くが気軽にこの地を訪れるようになるだろう。そのためにやってやろう。例え母が、支持を取り付けるために時折自宅に招いている男が兵器工場の幹部でも。パーティで親しげに寄り添っていた紳士が国のエネルギー政策を担う役人だったとしても。父が殺された理由が、彼らに抗ったことであっても。サンは思いをより強くして、固く拳を握りしめる。
 
 
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約束と別れの日から十年の月日が流れた。赤の国の“王”と手を結び、邪神の拠点を破壊した英雄として名を馳せた年若い青年は、母の反対とそれを取り巻く周囲の人々の思惑をねじ伏せて白の地に降り立った。“英雄”の人気を使って勢力拡大を目指す軍部の支援を背景に、表向きは白の国との友好を取り持つ役目を仰せつかって。――その実、“イキモノ”が決してヒトに逆らうことなきよう、釘を刺し圧力をかけるための軍の派遣なのだと、よく分かってはいたけれど。
 
『マリカ、昇進したんだ、許可が下りた! 白の国の土と一緒に、やっと君をどこにでも連れて行ける。来てくれるだろう? 僕のいる場所なら、どこへでも』
 
己を抱きしめるサンの言葉に、長い間彼を待ち続けていたかつての少女は涙ぐんで頷く。清らかに芳しく成長した花の精にヒトは多くを語らなかった、その地位を得るために背負い込んだ憎しみと、くぐり抜けてきた熾烈な競争の数々、身内さえ切り捨てた事実を。過ぎ去った歳月を無かったことにはできるはずがない、けれど彼らは見て見ぬふりをしたのだ。風に乗って届いた噂も、かすかに漂う火薬の臭いも、何かを確かめるように細められる眼差しも、不自然なほどの無垢も――言葉だけでなく“声”すら封じた。輝かしい“あの時”に囚われるためだけに、彼らは真実を、“それ以外”を遮断したのだ。
 
 
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『彼女は……彼女は私の声が聞こえないみたい』
 
根腐れを起こしかけた足の先を気にしながら恋人が呟いた小さな声に、サンははっとして顔を上げた。指令として多忙を極める彼は、拠点である基地にマリカを住まわせていても小まめに面倒を見きれない――だから部下にその世話を任せていたのだが。普通の人間に花の声は聞こえない、迂闊だった。
 
『……余り気が進まなかったんだけど、神はあらゆる生き物の声を聴くことができるそうなんだ』
 
オアシスが枯渇し、争いが激化していくごとに厳しい暮らしを余儀なくされる神々にとって、商いによって豊かさを増す青の国は本来敵として対峙する相手ではあれ、糧を得るための取引相手にもなる。“王”に抗する勢力に与さず、青の国に協力し彼らに雇われる神もまた存在した。
 
『お願いします、サン』
 
甘えるように微笑んで身を寄せる恋人の意を汲んで、サンは少年の神を探し出す――何物にも染まらぬ白く柔らかな羽を持つ、純真な金の瞳の年若い神を。その名はラムル。水でありながら砂の名を持つ。その矛盾に気づいた時、彼は初めて気づくのだ。苦しみの真の在り処、終わらぬ憎しみの渦底に。






→関連作:『Nounderstand』(王視点)

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