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ファンタジー。雰囲気。シリアス。
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そこには三つの国があった。神の統べる赤の国、人の生きる青の国、木々と獣の白の国。力と言葉を巡って赤と青は争い、白は黙して佇んだ。
少年の名はラムル、砂と火と風の元に生まれた神の国の子。
男の名はサン、屋根と暖炉とシーツの間に産み落とされた人の国の子。
女の名はマリカ、土と水と光によって育まれた花の精の娘だった。
彼らは知らなかった――知らなかったのだ。互いが互いにもたらした、怒りと悲しみと喜びを。
~~~
「ねぇ、触ってみても良い?」
間近で響いた声にラムルがハッとして顔を上げると、そこには種子のかたちをした美しい瞳があった。少年の持つ真白な羽を、興味深そうに眺める女の薄く色づいた背に彼と同じそれは無い。“ヒト”はこの姿を恐れ、近づいてなど来ないのに――しなやかにたゆたう緑の髪、キラキラと輝いて向けられる茶色の瞳。初めは恐ろしく見えたその顔がほころべば随分と印象が変わる。彼にとって、白の生き物と見(まみ)えるのは初めてのことだった。赤の国では他国の者と言えば、聖地を踏み荒らす邪悪な青の兵士たちしか見かけない。逆に言えば白の国の者たちにとっても、彼のような“神”を目にするのはとても珍しいことなのだろう。
「良いよ、少しだけなら」
震える声で小さく答えたラムルの羽に、恐る恐るといった調子で細い指先が触れる。思わずピクリと体を揺らした。
「わぁ、ふわふわ! とってもあったかいのね……」
素直にこぼれた感嘆の声に、思わず目頭が熱くなって少年は目を伏せた。もしヒトに、青の国の者に言われたらならば、きっと侮辱と受け取っただろう。これまでの自分なら、当然怒りを示したはずだ。けれど不思議とそんな気持ちにはならなかった。優しくなでるその指先は、彼に記憶の彼方へ眠る故郷への想いを思い起こさせた。ふわりと香る花の匂い、瑞々しい木の温もり――ああ、どうして自分はこんなところに来てしまったのか。
「これからよろしくね……ええと、ラムル」
ぎこちなく差し出された手を握る。するりとすり抜けていくその滑らかさは、彼女が異種であることを残酷に彼の前へと突きつける。これはヒトの、青の国の挨拶だ、けれど彼女はそれをした――高鳴る胸に冷や水を浴びせられたように、ラムルの心はうごめいた。彼女はあの男の伴侶、そのために己はここに潜り込んだ。木々は物言わず根付いた土の元、照らす日だけを一途に信じる。書類に記載された少年の身分と経歴が偽りであるなどと、平和と無関心の息づく白の国からやってきたマリカは露ほども疑っていなかった。
~~~
ラムルの故郷は赤の国の砂漠、小さなオアシスの村だった。そこから湧き出る水を求めて水の名を持つ神々は争い、いつも小競り合いを繰り返してきた。だから彼は生まれてこの方、穏やかな暮らしなど経験したことが無い。静けさは激しい砂嵐の前触れ、枯れる泉に怯えながら育った幼い時代に終止符を打ったのは、富と争いの源であるオアシスを“国”の管理下に置かんと攻めてきた“王”を名乗る強大な神の攻撃だった。彼はあるまじきことに青の国のヒトと通じ、長年オアシスを守ってきたラムルの村を襲い、水の神々を皆殺しにした。幼い彼の目の前であの恐ろしいヒトの兵器・鉄の塊を短い間に次から次へと繰り出す銃を撃ち放った男がゴーグルを上げた瞬間の顔を、彼は生涯忘れない。あの男・サンは青の国において戦の雄となり、“邪神”討伐隊司令の座を得たのだという。許せない――心から憎い。国の名を体現したかのような青の瞳の冷たさを思い出すと、唇が切れそこから溢れた血の味が口の中を満たすほどに、ラムルは彼を憎んでいた、深く、深く。
『そうだ、許すな。ヒトは我々の敵だ。我々の庇護の元に、我らの力を吸い上げながら裏切った。挙句神がヒトの上に立つのはおかしいと、我らの地にまで入り込み……傲慢で罪深い生き物だ、忘れてはいけない』
師の言葉を頼りに、ラムルは復讐するため神としての力を蓄えてきた。それだけを頼りに、今日まで命を繋いできたのだ。憎しみが深まれば深まるほど、人との絆によって得られる信仰の力が弱まっても、神としての己の正義が揺らいでも。許したい気持ちは日々戦闘に明け暮れる仲間の姿を見れば消え去る――そう、信じられる。欲に目がくらんだ“王”とヒトに粛清を加えるためにこの時があるのだと。この神々の輪に拾われなければ泉の滅亡と共に彼の命はとうに途絶えていただろう、と。例え、優秀な戦力を得るためだとしても、決して裏切らぬ忠誠に篤い手駒欲しさゆえだったとしても、ラムルは彼らに救われたのだ。だから後悔などしていない、彼は神だ、その使命を果たすまで。
『あの“花”は奴が連れてきた。そうでもなければこんなところに、白の者がいるはずないだろう』
肩をすくめながら呟く街人の声に、仲間たちは息を潜めて耳を傾けた。この砂漠の地では珍しい白の国の花の精。サンが、あの男が遠き地よりわざわざ招き世話をしていると聞いた彼らはほくそ笑んだ。ついに弱味を掴んだと――そして警戒されにくい少年を、彼女の元に送り込んだ。花の求める水の神であるラムルを。
『良いか、いずれあの女は人質として捕らえ、奴らを追い出す交渉の道具に使う。いざとなれば殺せ。最も大事なものを奪われたおまえにとって、最高の仇討ちだろう?』
マリカの元にやって来てから、ラムルは毎日その根に水を与え、伸びた髪を切って、花びらを美しく見えるように整えた。マリカは彼を信頼し、感謝の言葉を述べては白い羽をそっと撫でた。
「ありがとうラムル。本当におかしくないかしら? 私、ちゃんと良い香りはする? 今日はあの人が帰ってくる日ですもの」
不安そうにこちらを見上げる瞳に彼は触れた羽から本心が伝わらぬよう、注意を込めて奥歯を噛んだ。
「大丈夫です、マリカ。指令もお喜びになるでしょう」
新しい花を咲かせた彼女はその花と同じくらいほころんだ顔で、あの男を出迎える。今まさに赤の国に醜く苛烈な傷を与えてきたばかりの男を。争いを知らぬ白い花が、血に塗れた邪悪なヒトを。
「今戻ったよ、マリカ、ああ会いたかった!」
彼女を抱きしめ口づけの雨を降らせる男が、ラムルの故郷で犯した罪をマリカは知らない。赤と青の間に起きていることを何も知らず、白の土と共にこの地へ来たのだ。守られていると信じ切って、愛した男だけを頼りに。白い羽が黒く染まっていくようだ。己は一体何なのか、最早神ではなく――少年は苦悶した。時が迫っていたのだ、すぐそこまで足音を立てて。
~~~
マリカは酷く衰弱していた。彼女の根は踏み荒らされ、土はこぼれて水も吸えない。グルグルと縛り付けられた両腕は痺れ、足には力が入らなかった。怒号と銃声が長い時間こだましている。バサバサと翻る羽の音が霞む頭に酷く響いた。ああ、まさかあの温かな羽を持つ神々が――あのあどけない少年が、裏切るなんて、“彼ら”を、誰かを、何かを憎んでいるだなんて! 負の感情に気付けなかった。遠い地で育ったせいか、盲目的に思い込んでいた、神というのは綺麗なものだと。常に許しを与えるものだと。憎しみを生む行いに、気づいていても見ぬふりをした。マリカはサンを、青の男を愛しているから、彼を信じ、そして許し続けなければいけないのだと――何も言ってはいけないのだと。驕り高ぶっていたのは自分の方だったのかもしれない。
「ラムル、何故……」
銃口を向ける少年の瞳に、滲んだ涙は美しかった。白い羽が煤で汚れている、初めて見た時は艶やかに輝いていたそれを、もったいない、と彼女は感じた。
「青の国は要求を呑まない! その白の女を殺せ!」
バンと大きな音を立てて扉が開き、入ってきた男が苛立たしげにラムルに叫ぶ。指示を出したのはサンのはず、彼女は見捨てられたのだ。
「彼女はヒトじゃない。殺さなくても、連れて行けば……」
「神でもない! 連れて逃げるだと? 我々の国にか? 花が、どうやって生きていける?」
躊躇うラムルに、師である神は鋭い視線を向けて問うた。茉莉花、芳しい花の精。彼女がじわじわと萎れ、枯れていくのを見るよりは――
「助けて、サン……!」
吹き荒れる砂嵐の中、閉じ行く花の唇からこぼれた言葉を聞いた瞬間、彼は真っ直ぐ引き金を引いた。ドン、ドンと放たれた銃声が花びらを、茎を、根を打ち砕く。もしもその名を呼ばなければ――もしマリカが、誰より憎い男の代わりにラムルの名を口にしていれば。少年は彼女を守っただろう、例え己が身と引き換えにしても、初めて恋した女の命を。
~~~
焼け跡に降り立ったサンが真っ先に向かったのは、白の国の土を敷き詰めた花壇だった。その傍らに優しく佇んでいたはずの恋人は焼けこぼれた土と共に無残な姿で倒れていた。焼かれずに認識できる姿で遺されていたのは、恐らくはあの少年の想いゆえであったのかもしれない。それでも、だからこそなお許せないと彼の心は咆哮を上げる。
「……だから忠告したであろう? 大切ならば餌には向かぬと」
あざ笑う声に振り向いた先は、大きな羽を持つ野心家の“王”を名乗る神。この地で珍しい白の者を連れて来れば、反王を訴える勢力が尻尾を出すかもしれないとサンに囁いたのは他ならぬ彼だったはずだ。いや、本当は気づいていた――あの少年の神の危うさと、彼女に対する想いには。だからこそ利用できると踏んだのだ、この結末は己の罪。サンはギリギリと唇を噛みしめる。全ては欲だ、ヒトの欲、彼の故郷である青の国の。神に認めてもらいたいという始まりの気持ちはいつの間にか醜く汚れて変化していた。それでもなお、止まらない国の正義に従って生きてきたツケがこれだと言うなら、運命とは残酷に過ぎる。遠き地に暮らす彼女を傍に置きたいという願い、手柄を掴んで更に高みを目指す野心、彼の中の餓えた欲望。全てに目がくらみ油断していた。恋心ゆえにラムルはマリカを守るだろう、彼の仲間を裏切るだろうと思っていた。けれど……なればこそサンへの憎しみは深くなり、その敵意は彼を想う彼女にもまた向いたのだ。
罪は誰にあったのだろうか。罪を知ってなお、終わらない憎しみの始まりは。ヒトを己の下に置いた神か、それを退けようとしたヒトか、物言わなかった生き物か。
「……殺してやる」
男は吐き捨てて立ち上がる。血だまりに、緑の葉と白い羽が重なるようにポチャリと落ちた。
→番外編『Misunderstand』(サン視点)
『Nounderstand』(王視点)
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そこには三つの国があった。神の統べる赤の国、人の生きる青の国、木々と獣の白の国。力と言葉を巡って赤と青は争い、白は黙して佇んだ。
少年の名はラムル、砂と火と風の元に生まれた神の国の子。
男の名はサン、屋根と暖炉とシーツの間に産み落とされた人の国の子。
女の名はマリカ、土と水と光によって育まれた花の精の娘だった。
彼らは知らなかった――知らなかったのだ。互いが互いにもたらした、怒りと悲しみと喜びを。
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「ねぇ、触ってみても良い?」
間近で響いた声にラムルがハッとして顔を上げると、そこには種子のかたちをした美しい瞳があった。少年の持つ真白な羽を、興味深そうに眺める女の薄く色づいた背に彼と同じそれは無い。“ヒト”はこの姿を恐れ、近づいてなど来ないのに――しなやかにたゆたう緑の髪、キラキラと輝いて向けられる茶色の瞳。初めは恐ろしく見えたその顔がほころべば随分と印象が変わる。彼にとって、白の生き物と見(まみ)えるのは初めてのことだった。赤の国では他国の者と言えば、聖地を踏み荒らす邪悪な青の兵士たちしか見かけない。逆に言えば白の国の者たちにとっても、彼のような“神”を目にするのはとても珍しいことなのだろう。
「良いよ、少しだけなら」
震える声で小さく答えたラムルの羽に、恐る恐るといった調子で細い指先が触れる。思わずピクリと体を揺らした。
「わぁ、ふわふわ! とってもあったかいのね……」
素直にこぼれた感嘆の声に、思わず目頭が熱くなって少年は目を伏せた。もしヒトに、青の国の者に言われたらならば、きっと侮辱と受け取っただろう。これまでの自分なら、当然怒りを示したはずだ。けれど不思議とそんな気持ちにはならなかった。優しくなでるその指先は、彼に記憶の彼方へ眠る故郷への想いを思い起こさせた。ふわりと香る花の匂い、瑞々しい木の温もり――ああ、どうして自分はこんなところに来てしまったのか。
「これからよろしくね……ええと、ラムル」
ぎこちなく差し出された手を握る。するりとすり抜けていくその滑らかさは、彼女が異種であることを残酷に彼の前へと突きつける。これはヒトの、青の国の挨拶だ、けれど彼女はそれをした――高鳴る胸に冷や水を浴びせられたように、ラムルの心はうごめいた。彼女はあの男の伴侶、そのために己はここに潜り込んだ。木々は物言わず根付いた土の元、照らす日だけを一途に信じる。書類に記載された少年の身分と経歴が偽りであるなどと、平和と無関心の息づく白の国からやってきたマリカは露ほども疑っていなかった。
~~~
ラムルの故郷は赤の国の砂漠、小さなオアシスの村だった。そこから湧き出る水を求めて水の名を持つ神々は争い、いつも小競り合いを繰り返してきた。だから彼は生まれてこの方、穏やかな暮らしなど経験したことが無い。静けさは激しい砂嵐の前触れ、枯れる泉に怯えながら育った幼い時代に終止符を打ったのは、富と争いの源であるオアシスを“国”の管理下に置かんと攻めてきた“王”を名乗る強大な神の攻撃だった。彼はあるまじきことに青の国のヒトと通じ、長年オアシスを守ってきたラムルの村を襲い、水の神々を皆殺しにした。幼い彼の目の前であの恐ろしいヒトの兵器・鉄の塊を短い間に次から次へと繰り出す銃を撃ち放った男がゴーグルを上げた瞬間の顔を、彼は生涯忘れない。あの男・サンは青の国において戦の雄となり、“邪神”討伐隊司令の座を得たのだという。許せない――心から憎い。国の名を体現したかのような青の瞳の冷たさを思い出すと、唇が切れそこから溢れた血の味が口の中を満たすほどに、ラムルは彼を憎んでいた、深く、深く。
『そうだ、許すな。ヒトは我々の敵だ。我々の庇護の元に、我らの力を吸い上げながら裏切った。挙句神がヒトの上に立つのはおかしいと、我らの地にまで入り込み……傲慢で罪深い生き物だ、忘れてはいけない』
師の言葉を頼りに、ラムルは復讐するため神としての力を蓄えてきた。それだけを頼りに、今日まで命を繋いできたのだ。憎しみが深まれば深まるほど、人との絆によって得られる信仰の力が弱まっても、神としての己の正義が揺らいでも。許したい気持ちは日々戦闘に明け暮れる仲間の姿を見れば消え去る――そう、信じられる。欲に目がくらんだ“王”とヒトに粛清を加えるためにこの時があるのだと。この神々の輪に拾われなければ泉の滅亡と共に彼の命はとうに途絶えていただろう、と。例え、優秀な戦力を得るためだとしても、決して裏切らぬ忠誠に篤い手駒欲しさゆえだったとしても、ラムルは彼らに救われたのだ。だから後悔などしていない、彼は神だ、その使命を果たすまで。
『あの“花”は奴が連れてきた。そうでもなければこんなところに、白の者がいるはずないだろう』
肩をすくめながら呟く街人の声に、仲間たちは息を潜めて耳を傾けた。この砂漠の地では珍しい白の国の花の精。サンが、あの男が遠き地よりわざわざ招き世話をしていると聞いた彼らはほくそ笑んだ。ついに弱味を掴んだと――そして警戒されにくい少年を、彼女の元に送り込んだ。花の求める水の神であるラムルを。
『良いか、いずれあの女は人質として捕らえ、奴らを追い出す交渉の道具に使う。いざとなれば殺せ。最も大事なものを奪われたおまえにとって、最高の仇討ちだろう?』
マリカの元にやって来てから、ラムルは毎日その根に水を与え、伸びた髪を切って、花びらを美しく見えるように整えた。マリカは彼を信頼し、感謝の言葉を述べては白い羽をそっと撫でた。
「ありがとうラムル。本当におかしくないかしら? 私、ちゃんと良い香りはする? 今日はあの人が帰ってくる日ですもの」
不安そうにこちらを見上げる瞳に彼は触れた羽から本心が伝わらぬよう、注意を込めて奥歯を噛んだ。
「大丈夫です、マリカ。指令もお喜びになるでしょう」
新しい花を咲かせた彼女はその花と同じくらいほころんだ顔で、あの男を出迎える。今まさに赤の国に醜く苛烈な傷を与えてきたばかりの男を。争いを知らぬ白い花が、血に塗れた邪悪なヒトを。
「今戻ったよ、マリカ、ああ会いたかった!」
彼女を抱きしめ口づけの雨を降らせる男が、ラムルの故郷で犯した罪をマリカは知らない。赤と青の間に起きていることを何も知らず、白の土と共にこの地へ来たのだ。守られていると信じ切って、愛した男だけを頼りに。白い羽が黒く染まっていくようだ。己は一体何なのか、最早神ではなく――少年は苦悶した。時が迫っていたのだ、すぐそこまで足音を立てて。
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マリカは酷く衰弱していた。彼女の根は踏み荒らされ、土はこぼれて水も吸えない。グルグルと縛り付けられた両腕は痺れ、足には力が入らなかった。怒号と銃声が長い時間こだましている。バサバサと翻る羽の音が霞む頭に酷く響いた。ああ、まさかあの温かな羽を持つ神々が――あのあどけない少年が、裏切るなんて、“彼ら”を、誰かを、何かを憎んでいるだなんて! 負の感情に気付けなかった。遠い地で育ったせいか、盲目的に思い込んでいた、神というのは綺麗なものだと。常に許しを与えるものだと。憎しみを生む行いに、気づいていても見ぬふりをした。マリカはサンを、青の男を愛しているから、彼を信じ、そして許し続けなければいけないのだと――何も言ってはいけないのだと。驕り高ぶっていたのは自分の方だったのかもしれない。
「ラムル、何故……」
銃口を向ける少年の瞳に、滲んだ涙は美しかった。白い羽が煤で汚れている、初めて見た時は艶やかに輝いていたそれを、もったいない、と彼女は感じた。
「青の国は要求を呑まない! その白の女を殺せ!」
バンと大きな音を立てて扉が開き、入ってきた男が苛立たしげにラムルに叫ぶ。指示を出したのはサンのはず、彼女は見捨てられたのだ。
「彼女はヒトじゃない。殺さなくても、連れて行けば……」
「神でもない! 連れて逃げるだと? 我々の国にか? 花が、どうやって生きていける?」
躊躇うラムルに、師である神は鋭い視線を向けて問うた。茉莉花、芳しい花の精。彼女がじわじわと萎れ、枯れていくのを見るよりは――
「助けて、サン……!」
吹き荒れる砂嵐の中、閉じ行く花の唇からこぼれた言葉を聞いた瞬間、彼は真っ直ぐ引き金を引いた。ドン、ドンと放たれた銃声が花びらを、茎を、根を打ち砕く。もしもその名を呼ばなければ――もしマリカが、誰より憎い男の代わりにラムルの名を口にしていれば。少年は彼女を守っただろう、例え己が身と引き換えにしても、初めて恋した女の命を。
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焼け跡に降り立ったサンが真っ先に向かったのは、白の国の土を敷き詰めた花壇だった。その傍らに優しく佇んでいたはずの恋人は焼けこぼれた土と共に無残な姿で倒れていた。焼かれずに認識できる姿で遺されていたのは、恐らくはあの少年の想いゆえであったのかもしれない。それでも、だからこそなお許せないと彼の心は咆哮を上げる。
「……だから忠告したであろう? 大切ならば餌には向かぬと」
あざ笑う声に振り向いた先は、大きな羽を持つ野心家の“王”を名乗る神。この地で珍しい白の者を連れて来れば、反王を訴える勢力が尻尾を出すかもしれないとサンに囁いたのは他ならぬ彼だったはずだ。いや、本当は気づいていた――あの少年の神の危うさと、彼女に対する想いには。だからこそ利用できると踏んだのだ、この結末は己の罪。サンはギリギリと唇を噛みしめる。全ては欲だ、ヒトの欲、彼の故郷である青の国の。神に認めてもらいたいという始まりの気持ちはいつの間にか醜く汚れて変化していた。それでもなお、止まらない国の正義に従って生きてきたツケがこれだと言うなら、運命とは残酷に過ぎる。遠き地に暮らす彼女を傍に置きたいという願い、手柄を掴んで更に高みを目指す野心、彼の中の餓えた欲望。全てに目がくらみ油断していた。恋心ゆえにラムルはマリカを守るだろう、彼の仲間を裏切るだろうと思っていた。けれど……なればこそサンへの憎しみは深くなり、その敵意は彼を想う彼女にもまた向いたのだ。
罪は誰にあったのだろうか。罪を知ってなお、終わらない憎しみの始まりは。ヒトを己の下に置いた神か、それを退けようとしたヒトか、物言わなかった生き物か。
「……殺してやる」
男は吐き捨てて立ち上がる。血だまりに、緑の葉と白い羽が重なるようにポチャリと落ちた。
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