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深山楼一番の売れっ妓(こ)のお咲と、大店(おおだな)の婿主人の俊次。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俊次が大店の跡取りとして婿に入ったのは、桜のつぼみが芽吹き始める春のことだった。
それほど大きくはない商家の次男に生まれ、大店に店子奉公に出されてから十年。
真面目な人柄と商才を見込まれ、主人直々に「娘の婿に」
と頼み込まれて断ることができるほど情に薄い男ではなかった。
と頼み込まれて断ることができるほど情に薄い男ではなかった。
結婚して五年。妻との間に長男が生まれ、店は順風満帆、
そんな時期に番頭に誘われて訪れたのが深山楼だった。
そんな時期に番頭に誘われて訪れたのが深山楼だった。
「悪所」と呼ばれる場所を訪れるのは、初めてではなかった。
けれども、大店の婿主人という身の上と店の忙しさを考えると、とても遊んでいる暇はない。
そんな理由から、俊次は極力その場所を訪れるのを避けていた。
先代から仕える手練れの番頭の誘いをさすがに断るわけにはいかないと、
渋々j足を運んだのが過ちの始まり。
渋々j足を運んだのが過ちの始まり。
彼は出会ってしまった。深山楼で最も美しい、その妓に。
「オイ、せっかくの旦那の初登楼だ。一番の綺麗どころを頼むぞ」
遣り手に向かって番頭が軽口を叩くと、遣り手はニヤリと笑って、
「わかってますよ、うちで一番の売れっ妓の、お咲の部屋に案内しましょう」
と答えた。
あまり気乗りがしないまま、“売れっ妓”の集う三階に向かった俊次を待っていたのは、
その名の通り、今まさに開いたばかりの花弁を思わせる美しい女だった。
あまり気乗りがしないまま、“売れっ妓”の集う三階に向かった俊次を待っていたのは、
その名の通り、今まさに開いたばかりの花弁を思わせる美しい女だった。
「なんで、お前のような女がこんなところにいるんだ……?」
閨の中で問いかけずにはいられなかった俊次に、お咲はただ笑って、
「こんな仕事をする女の大半が、うちと同じ理由やと思いますけど?」
と返した。
「年季はいつまでだ?」。
「さぁ? お天道(てんと)さんでもご存知ないんとちゃいますかぁ?」
寂しそうに笑う妓の顔と、柔らかな上方言葉が忘れられずに、
俊次は深山楼に通って来るようになった。
俊次は深山楼に通って来るようになった。
~~~
「あの娘(こ)、死にましたわ。」
ある日の明け方、未だ寝ぼけ眼の俊次に向かって、
お咲が独り言のように窓の外を見つめながら呟いた。
お咲が独り言のように窓の外を見つめながら呟いた。
「あの娘?」
「暮葉どすわ。この前、三階(うえ)に上がってきたばっかりやったんに……」
お咲の言葉に、俊次はようやく先日聞いた噂を思い出した。
廓の妓の、飛び降り自殺……
そう珍しいことでもないその事件は、この深山楼で起きたことだったのだ、と。
廓の妓の、飛び降り自殺……
そう珍しいことでもないその事件は、この深山楼で起きたことだったのだ、と。
「何でも、郷里の恋人の結婚が決まったそうどすわ」
「可愛がってた妹分だったのか?」
いつになく沈んだお咲の様子が気になって、俊次が問うた言葉に、お咲は曖昧に微笑んだ。
「うちもいつか、ああなるんかな……」
ぽつりと吐かれたその言葉が、きっかけだった。
子を成した途端、妻としての役割は終わったとばかりに、冷淡な態度を取り続ける妻。
息子は姑の元で育てられ、自らの手に抱くことも滅多にない。
初めから、「所詮は貧乏商家の次男」と見下されていた。
妻や姑のその態度は店子にまで伝わる。皆表面は主人として努める俊次を立ててはいる。
けれど、主以上に大きな顔を利かせる番頭の存在といい、
俊次は店の中で、所在のわからぬ居心地の悪さを感じていた。
俊次は店の中で、所在のわからぬ居心地の悪さを感じていた。
そんな時に、出会った美しい花。一目で、惹かれた。
泥の中から顔を出す蓮のようなその女を、いつか救い出したいと思った。
自分には、叶わぬ望みかもしれないけれど。
~~~
それから一月後の、ある晴れた日の朝のことだった。
いつまでたっても置きだす気配のないお咲の部屋を覗いた遣り手が目にしたのは、
がらんとして誰もいない部屋。時を同じくして、大店の婿主人も姿を消した。
がらんとして誰もいない部屋。時を同じくして、大店の婿主人も姿を消した。
廓一同総出で探しても、探しても見つからなかった二人が、
次に姿を現したのは、お咲の故郷である上方の方であった。
次に姿を現したのは、お咲の故郷である上方の方であった。
子どもの手を引き、仲良く花見を楽しむ夫婦の姿が、かつて姿を消した
二人に瓜二つであった、と、一人の行商人が花町の人々に伝えたと言う。
二人に瓜二つであった、と、一人の行商人が花町の人々に伝えたと言う。
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俊次が大店の跡取りとして婿に入ったのは、桜のつぼみが芽吹き始める春のことだった。
それほど大きくはない商家の次男に生まれ、大店に店子奉公に出されてから十年。
真面目な人柄と商才を見込まれ、主人直々に「娘の婿に」
と頼み込まれて断ることができるほど情に薄い男ではなかった。
と頼み込まれて断ることができるほど情に薄い男ではなかった。
結婚して五年。妻との間に長男が生まれ、店は順風満帆、
そんな時期に番頭に誘われて訪れたのが深山楼だった。
そんな時期に番頭に誘われて訪れたのが深山楼だった。
「悪所」と呼ばれる場所を訪れるのは、初めてではなかった。
けれども、大店の婿主人という身の上と店の忙しさを考えると、とても遊んでいる暇はない。
そんな理由から、俊次は極力その場所を訪れるのを避けていた。
先代から仕える手練れの番頭の誘いをさすがに断るわけにはいかないと、
渋々j足を運んだのが過ちの始まり。
渋々j足を運んだのが過ちの始まり。
彼は出会ってしまった。深山楼で最も美しい、その妓に。
「オイ、せっかくの旦那の初登楼だ。一番の綺麗どころを頼むぞ」
遣り手に向かって番頭が軽口を叩くと、遣り手はニヤリと笑って、
「わかってますよ、うちで一番の売れっ妓の、お咲の部屋に案内しましょう」
と答えた。
あまり気乗りがしないまま、“売れっ妓”の集う三階に向かった俊次を待っていたのは、
その名の通り、今まさに開いたばかりの花弁を思わせる美しい女だった。
あまり気乗りがしないまま、“売れっ妓”の集う三階に向かった俊次を待っていたのは、
その名の通り、今まさに開いたばかりの花弁を思わせる美しい女だった。
「なんで、お前のような女がこんなところにいるんだ……?」
閨の中で問いかけずにはいられなかった俊次に、お咲はただ笑って、
「こんな仕事をする女の大半が、うちと同じ理由やと思いますけど?」
と返した。
「年季はいつまでだ?」。
「さぁ? お天道(てんと)さんでもご存知ないんとちゃいますかぁ?」
寂しそうに笑う妓の顔と、柔らかな上方言葉が忘れられずに、
俊次は深山楼に通って来るようになった。
俊次は深山楼に通って来るようになった。
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「あの娘(こ)、死にましたわ。」
ある日の明け方、未だ寝ぼけ眼の俊次に向かって、
お咲が独り言のように窓の外を見つめながら呟いた。
お咲が独り言のように窓の外を見つめながら呟いた。
「あの娘?」
「暮葉どすわ。この前、三階(うえ)に上がってきたばっかりやったんに……」
お咲の言葉に、俊次はようやく先日聞いた噂を思い出した。
廓の妓の、飛び降り自殺……
そう珍しいことでもないその事件は、この深山楼で起きたことだったのだ、と。
廓の妓の、飛び降り自殺……
そう珍しいことでもないその事件は、この深山楼で起きたことだったのだ、と。
「何でも、郷里の恋人の結婚が決まったそうどすわ」
「可愛がってた妹分だったのか?」
いつになく沈んだお咲の様子が気になって、俊次が問うた言葉に、お咲は曖昧に微笑んだ。
「うちもいつか、ああなるんかな……」
ぽつりと吐かれたその言葉が、きっかけだった。
子を成した途端、妻としての役割は終わったとばかりに、冷淡な態度を取り続ける妻。
息子は姑の元で育てられ、自らの手に抱くことも滅多にない。
初めから、「所詮は貧乏商家の次男」と見下されていた。
妻や姑のその態度は店子にまで伝わる。皆表面は主人として努める俊次を立ててはいる。
けれど、主以上に大きな顔を利かせる番頭の存在といい、
俊次は店の中で、所在のわからぬ居心地の悪さを感じていた。
俊次は店の中で、所在のわからぬ居心地の悪さを感じていた。
そんな時に、出会った美しい花。一目で、惹かれた。
泥の中から顔を出す蓮のようなその女を、いつか救い出したいと思った。
自分には、叶わぬ望みかもしれないけれど。
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それから一月後の、ある晴れた日の朝のことだった。
いつまでたっても置きだす気配のないお咲の部屋を覗いた遣り手が目にしたのは、
がらんとして誰もいない部屋。時を同じくして、大店の婿主人も姿を消した。
がらんとして誰もいない部屋。時を同じくして、大店の婿主人も姿を消した。
廓一同総出で探しても、探しても見つからなかった二人が、
次に姿を現したのは、お咲の故郷である上方の方であった。
次に姿を現したのは、お咲の故郷である上方の方であった。
子どもの手を引き、仲良く花見を楽しむ夫婦の姿が、かつて姿を消した
二人に瓜二つであった、と、一人の行商人が花町の人々に伝えたと言う。
二人に瓜二つであった、と、一人の行商人が花町の人々に伝えたと言う。
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