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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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遊女から真汐楼の遣り手となった夕華と、幼なじみで恋人の幸二。
『散る花弁』より改題。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



夕華が最後に幸二の顔を目にしたのは、
桜の花びらが舞い散る春の終わりのことだった。
漁業しか生業()の無い貧しい海辺の村で、二人は育った。
貧しさの中で、互いに互いを助け合ううち、二人は惹かれあい、
いつしか将来も共に、と誓い合うようになっていた。
夕華の父親の船が沈み、家が莫大な借金を背負うまでは。
 
借金は母の細腕一つで返せる額では到底なく、幼い妹弟の食い扶持()も稼がなくてはならなくなった夕華は、自ら遊女となることを申し出た。
幸二には、わざと冷たい言葉を吐いた。
 
「廓()に入ったら、きっと一番の売れっ子になって、お金持ちの旦那に落籍されるわ。
だからあんたもさっさと可愛いお嫁さんもらって、せいぜい貧乏生活を頑張んなさい」

そう告げて踵を返した少女の瞳に浮かんだ涙に、青年は気づいていたのだろうか。(

)
「俺が必ずお前を出してやる! 必ず、村一番の漁師になって、お前を迎えに行く……!」
 
村を出る日、背中に向かって叫ばれた言葉に、夕華は振り返ることができなかった。
廓に入ることで、己は幸二を裏切ったのだ、と。
自分のことは忘れて、幸せな結婚をした方が、幸二のためなのだ、と。
 
忘れる。全て、忘れてしまえ……。
二人の記憶から、互いのことが跡形もなく消えてしまえばいい、と夕華は願った。
 

~~~
 
 
それから、三年。幸二は夕華の父と同じ運命を辿る。
夕華を一刻も早く請け出したい、と、遠方までの無茶な漁を繰り返してのことだった。
 
「私のことなんか、忘れてくれと言ったのに……」
 
郷里からの手紙に、夕華は呆然と呟いた。涙は、出なかった。
幸二の死に涙を流すには、今の己は余りにも穢れている、と思ったから。
 
その日から毎夜、毎夜、夕華は悪夢に苛まれるようになった。
客と交わる己の姿を、幸二が見ているのだ。哀しそうな瞳で、じっとこちらを見つめている。
 
「やめて、見ないでぇっ……!」
 
己が幸二を裏切ったから、彼は死んだのだ、と責められているようで。
堪らない夜を、いくつ重ねればよいのか。夕華は地獄の底にいた。
 
 
~~~
 
 
また、十年が過ぎた。
地獄の日々を糸が切れる寸前の状態まで耐え抜いた夕華の年季はようやく明けた。
しかし、「女郎」として蔑まれる夕華への周囲の目は厳しく、
唯一彼女を受け入れてくれる存在であったはずの幸二の亡き故郷に帰るのは、
また新たな地獄のように思われた。
 
そんなとき、真汐楼の女将から頼まれたのが“遣り手”の仕事であった。
遊女の采配を一手に引き受け、客との間を取り持つその職について、数十年。
夕華は沢山の妓たちを見てきた。多くは途中で枯れていく花。それでも夕華は、
彼女たちを枯らすまいと、いつかは咲く日も来るのだと、支え、励まし続けた。
 
夕華の心にあったのは、桜吹雪の中に佇む、幸二の姿。
例え束の間でも、例え一度きりであっても……己は幸せを知った。
なればこそ、生きてこれた。瞼を閉じれば、しわがれた己の姿とは違う、
いつまでも若くたくましい男の姿が目に浮かぶ。
 
「私ももうすぐ、そこに行くわね……」
 
最期くらいは、若返るといいのだけれど。
 
夕華の最期の顔は、覗きこんだ妓が驚くほど、若々しく幸せに満ちた笑顔であったという。





実が生る
 

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夕華が最後に幸二の顔を目にしたのは、
桜の花びらが舞い散る春の終わりのことだった。
漁業しか生業()の無い貧しい海辺の村で、二人は育った。
貧しさの中で、互いに互いを助け合ううち、二人は惹かれあい、
いつしか将来も共に、と誓い合うようになっていた。
夕華の父親の船が沈み、家が莫大な借金を背負うまでは。
 
借金は母の細腕一つで返せる額では到底なく、幼い妹弟の食い扶持()も稼がなくてはならなくなった夕華は、自ら遊女となることを申し出た。
幸二には、わざと冷たい言葉を吐いた。
 
「廓()に入ったら、きっと一番の売れっ子になって、お金持ちの旦那に落籍されるわ。
だからあんたもさっさと可愛いお嫁さんもらって、せいぜい貧乏生活を頑張んなさい」

そう告げて踵を返した少女の瞳に浮かんだ涙に、青年は気づいていたのだろうか。(

)
「俺が必ずお前を出してやる! 必ず、村一番の漁師になって、お前を迎えに行く……!」
 
村を出る日、背中に向かって叫ばれた言葉に、夕華は振り返ることができなかった。
廓に入ることで、己は幸二を裏切ったのだ、と。
自分のことは忘れて、幸せな結婚をした方が、幸二のためなのだ、と。
 
忘れる。全て、忘れてしまえ……。
二人の記憶から、互いのことが跡形もなく消えてしまえばいい、と夕華は願った。
 

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それから、三年。幸二は夕華の父と同じ運命を辿る。
夕華を一刻も早く請け出したい、と、遠方までの無茶な漁を繰り返してのことだった。
 
「私のことなんか、忘れてくれと言ったのに……」
 
郷里からの手紙に、夕華は呆然と呟いた。涙は、出なかった。
幸二の死に涙を流すには、今の己は余りにも穢れている、と思ったから。
 
その日から毎夜、毎夜、夕華は悪夢に苛まれるようになった。
客と交わる己の姿を、幸二が見ているのだ。哀しそうな瞳で、じっとこちらを見つめている。
 
「やめて、見ないでぇっ……!」
 
己が幸二を裏切ったから、彼は死んだのだ、と責められているようで。
堪らない夜を、いくつ重ねればよいのか。夕華は地獄の底にいた。
 
 
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また、十年が過ぎた。
地獄の日々を糸が切れる寸前の状態まで耐え抜いた夕華の年季はようやく明けた。
しかし、「女郎」として蔑まれる夕華への周囲の目は厳しく、
唯一彼女を受け入れてくれる存在であったはずの幸二の亡き故郷に帰るのは、
また新たな地獄のように思われた。
 
そんなとき、真汐楼の女将から頼まれたのが“遣り手”の仕事であった。
遊女の采配を一手に引き受け、客との間を取り持つその職について、数十年。
夕華は沢山の妓たちを見てきた。多くは途中で枯れていく花。それでも夕華は、
彼女たちを枯らすまいと、いつかは咲く日も来るのだと、支え、励まし続けた。
 
夕華の心にあったのは、桜吹雪の中に佇む、幸二の姿。
例え束の間でも、例え一度きりであっても……己は幸せを知った。
なればこそ、生きてこれた。瞼を閉じれば、しわがれた己の姿とは違う、
いつまでも若くたくましい男の姿が目に浮かぶ。
 
「私ももうすぐ、そこに行くわね……」
 
最期くらいは、若返るといいのだけれど。
 
夕華の最期の顔は、覗きこんだ妓が驚くほど、若々しく幸せに満ちた笑顔であったという。





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