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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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深山楼の売れっ妓・お実沙と、その常連だった逸平。

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逸平がお実沙の馴染みとして深山楼に通ってくるようになったのは、
女の口から白い吐息の漏れる真冬のことだった。
逸平は北の果ての漁師だった。廓に来る客の中でそれほど
裕福な方でもない彼は、そう頻繁に廓を訪れるわけではなかったが、
三月に一度ほどのその訪れを、お実沙は心待ちにしていた。
 
お実沙は、お咲のいなくなった深山楼で、一番の売り上げを誇る妓だった。
特別美しい、というわけではないが愛嬌のある顔立ちと華やかな微笑みは、
沢山の上客を虜にした。それでも、なぜかお実沙が客を迎えるとき、
一番嬉しそうな顔を見せるのが逸平なのだ。
薄汚れた上着を着て、顔立ちも体格も平凡、金払いはもっと平凡、
時々それ以下なこの男に、なぜお実沙はそこまで入れ込むのか。
廓の妓たちはやっかみ半分、逸平を馬鹿にして嗤った。
 
「……俺みたいなのが馴染みの客としてきたら、あんたの迷惑じゃないかね?」
 
妓たちのなんともいえぬ眼差しに気づいてか、ある日逸平がお実沙に尋ねた。
 
「まぁ、どうして? 私は逸平さんが来てくださって嬉しいですよ」
 
にっこり笑って答えるお実沙に、逸平はポリポリと頭を掻いた。
 
「あんたは仕事だから、そう言ってくれるんだろうが……
本当なら俺なんて、とっても三階の妓に通える男じゃねぇ。
だけどここに来るとついうっかり、お前さんの顔が思い浮かんじまって……」
 
逸平は、お実沙の三夜目の客だった。慣れぬ仕事に身体の痛みを
堪えきれず涙するお実沙に気づき、その夜は何もせずに慰めてくれた。
辛い仕事にも、いつかは終わりが来る、と。
幼かったお実沙も今では女盛りの立派な遊女になり、三階へと昇った。
十年近い月日が、流れていた。
 
「俺、しばらくここに来れなくなるわ」
 
帰り際に男が告げた言葉に、お実沙は不安げにその顔を見つめた。
 
「だけど、また、きっと必ずここに来る。だから……俺を信じて、待っててくれないか?」
 
照れくさそうに吐かれた台詞が、とても暖かくて、愛しくて。
お実沙はにっこり笑って、頷いた。
 

~~~
 
 
それから、また三十年近い時が流れた。
お実沙は苦界を、離れられなかった。実家から次々と重ねられる借金に
文句一つ言うことなく、お実沙は唯々働き続けた。
やがて年を重ね、一番人気の妓ではなくなっても、お実沙は廓に在り続けた。
四十を過ぎてもまだ失われぬ、人を惹きつける天性の魅力に、客が途切れることはなかった。
金持ちの旦那からの身請け話も、何度かあった。
けれどその度にお実沙は、第二の人生は自分の望んだ人と送りたい、と断ってきた。
 
客が引けた明け方、お実沙は遠くを見つめていた。
必ずここへ戻ってくると誓った男に想いを馳せることを、決して辞めようとはしなかった。
 
 
 
「ごめんください」
 
深山楼に、初老の身なりの良い紳士が訪ねて来たのは、その年の雪解けの季節だった。
楼主と女将の前で、彼はおもむろにトランクを開き、
中から札束を取り出して女将に手渡すと、一言告げた。
 
「これでお実沙を、身請けさせてください」

驚いた女将がよくよく男の顔を見ると、
それは三十年間一度も姿を見せなかった逸平であった。
 
「あなた、奥方は?」
 
身請け交渉の第一歩として、女将が逸平に問うと、彼は笑って
 
「いません。お実沙と正式に籍を入れたいと思っています」
 
と答えた。その瞬間、お実沙の言う、『望んだ人』が誰であるのか……
辛い仕事に耐え、お実沙が待ち続けたのがこの男である、と女将には分かった。
 
それから一月後、お実沙と逸平は慎ましやかな結婚式を挙げた。
花婿は六十間近、花嫁は五十。
それでも二人は、幸せに満ちた笑みを湛え、廓の女将や妓たちの祝福を受けて、
新たな一歩を踏み出した。お実沙が廓で過ごした時間は、四十年弱。
どんなに辛いときも、最後まで笑顔を絶やさぬ女だった。





結・堕つる実
 

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逸平がお実沙の馴染みとして深山楼に通ってくるようになったのは、
女の口から白い吐息の漏れる真冬のことだった。
逸平は北の果ての漁師だった。廓に来る客の中でそれほど
裕福な方でもない彼は、そう頻繁に廓を訪れるわけではなかったが、
三月に一度ほどのその訪れを、お実沙は心待ちにしていた。
 
お実沙は、お咲のいなくなった深山楼で、一番の売り上げを誇る妓だった。
特別美しい、というわけではないが愛嬌のある顔立ちと華やかな微笑みは、
沢山の上客を虜にした。それでも、なぜかお実沙が客を迎えるとき、
一番嬉しそうな顔を見せるのが逸平なのだ。
薄汚れた上着を着て、顔立ちも体格も平凡、金払いはもっと平凡、
時々それ以下なこの男に、なぜお実沙はそこまで入れ込むのか。
廓の妓たちはやっかみ半分、逸平を馬鹿にして嗤った。
 
「……俺みたいなのが馴染みの客としてきたら、あんたの迷惑じゃないかね?」
 
妓たちのなんともいえぬ眼差しに気づいてか、ある日逸平がお実沙に尋ねた。
 
「まぁ、どうして? 私は逸平さんが来てくださって嬉しいですよ」
 
にっこり笑って答えるお実沙に、逸平はポリポリと頭を掻いた。
 
「あんたは仕事だから、そう言ってくれるんだろうが……
本当なら俺なんて、とっても三階の妓に通える男じゃねぇ。
だけどここに来るとついうっかり、お前さんの顔が思い浮かんじまって……」
 
逸平は、お実沙の三夜目の客だった。慣れぬ仕事に身体の痛みを
堪えきれず涙するお実沙に気づき、その夜は何もせずに慰めてくれた。
辛い仕事にも、いつかは終わりが来る、と。
幼かったお実沙も今では女盛りの立派な遊女になり、三階へと昇った。
十年近い月日が、流れていた。
 
「俺、しばらくここに来れなくなるわ」
 
帰り際に男が告げた言葉に、お実沙は不安げにその顔を見つめた。
 
「だけど、また、きっと必ずここに来る。だから……俺を信じて、待っててくれないか?」
 
照れくさそうに吐かれた台詞が、とても暖かくて、愛しくて。
お実沙はにっこり笑って、頷いた。
 

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それから、また三十年近い時が流れた。
お実沙は苦界を、離れられなかった。実家から次々と重ねられる借金に
文句一つ言うことなく、お実沙は唯々働き続けた。
やがて年を重ね、一番人気の妓ではなくなっても、お実沙は廓に在り続けた。
四十を過ぎてもまだ失われぬ、人を惹きつける天性の魅力に、客が途切れることはなかった。
金持ちの旦那からの身請け話も、何度かあった。
けれどその度にお実沙は、第二の人生は自分の望んだ人と送りたい、と断ってきた。
 
客が引けた明け方、お実沙は遠くを見つめていた。
必ずここへ戻ってくると誓った男に想いを馳せることを、決して辞めようとはしなかった。
 
 
 
「ごめんください」
 
深山楼に、初老の身なりの良い紳士が訪ねて来たのは、その年の雪解けの季節だった。
楼主と女将の前で、彼はおもむろにトランクを開き、
中から札束を取り出して女将に手渡すと、一言告げた。
 
「これでお実沙を、身請けさせてください」

驚いた女将がよくよく男の顔を見ると、
それは三十年間一度も姿を見せなかった逸平であった。
 
「あなた、奥方は?」
 
身請け交渉の第一歩として、女将が逸平に問うと、彼は笑って
 
「いません。お実沙と正式に籍を入れたいと思っています」
 
と答えた。その瞬間、お実沙の言う、『望んだ人』が誰であるのか……
辛い仕事に耐え、お実沙が待ち続けたのがこの男である、と女将には分かった。
 
それから一月後、お実沙と逸平は慎ましやかな結婚式を挙げた。
花婿は六十間近、花嫁は五十。
それでも二人は、幸せに満ちた笑みを湛え、廓の女将や妓たちの祝福を受けて、
新たな一歩を踏み出した。お実沙が廓で過ごした時間は、四十年弱。
どんなに辛いときも、最後まで笑顔を絶やさぬ女だった。





結・堕つる実
 

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