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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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深山楼(みやまろう)の暮葉(くれは)と、幼なじみで恋人だった正治。
『折れた茎』より改題。
『茎伸びる(旧題・伸びる茎)』と順番を入れ替えました。

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暮葉()深山楼()にやって来たのは、山々が赤く染まりだす秋の初めのことだった。
女将が「暮葉」の源氏名を与えたのはそのためである。
田舎者の小娘が、ふとした時に垣間見せる……
伏せた睫の奥や、そっとこぼれる吐息の中に……
愁いの表情が、夕暮れに映える散る直前の紅葉を思い起こさせた。
だからこそ、女将はその名を与えたのだ。
その愁いがどこから来るのか、あえて知ろうとはせずに。
 
 
 
「暮葉、準備はいいかい? お客だよ!」
 
「はい、大丈夫です」
 
遣り手の問いに、暮葉はか細い声で答える。滅多に口を利くことは無くとも、
暮葉は真面目な()であり、その楚々とした風情と静かな物腰を気に入る客も多かった。
彼女はただ黙々と稼いだ。
己を食い物にする家族や、きつい躾をする遣り手に対して文句を言うことは決して無かった。
ただ、夕暮れ時になるといつも、深山楼の三階の窓辺から、遠くの山並みを見つめていた。
暮葉は、故郷の山を思っていたのだろうか。それとも、そこに住む誰かを……
 

 
暮葉がその窓辺から身を投げたのは、深山楼に彼女が来て、五度目の秋のことだった。
その前日、故郷の両親が送ってよこした手紙に書かれていたのは、
 
『正治が結婚する』
 
の一文。その時暮葉の脳裏に過ぎったのは、村を出る直前の逢瀬。
幼馴染同士だった二人。いつしか自然と想いを寄せ合うようになった二人。
 
『好きだからな。おまえのこと、ずっと、ずっと……』
 
甦るのは、その低く、少し掠れた声。暮葉はそっと目を閉じた。
翌朝客が引けた後の暮葉が、そっと文机に向かっている姿を、一人の姉遊女が見ていた。 


~~~
 
 
『さよなら、を言います。見失いたくないから。
忘れるわけでも、消えるわけでもない、あなた。
好き、という気持ちが美しくも醜くもなるのだと、私は始めて知りました。
 私は、私を守りたいのです。そしてあなたへの想いを、手放すこともしたくない。
だから、さよなら。あなたが彼のひとと結ばれる前に、
私の恋心が恋でなくなってしまう前に。さよなら、……さよなら。
 永遠(とわ)()にあなたを想うための、さよなら
 
文末が涙で滲み、途切れるように筆の乱れた暮葉の最期の文が
正治の元に届いたのは、それから三十年も後のことだった。
暮葉の母親の葬儀の際、遺品を整理していた弟が、見つけたのであった。
両親は、良縁に恵まれた正治の心に影を差すまい、と手紙を彼に渡さぬことを選んだ。
けれど娘の最期の想いを破り棄てることもできず、
古ぼけた文箱に、大切に、大切にしまっておいた。
弟はそれを見つけ、幼き日のおぼろげな記憶にしか残らぬ姉の姿を思い出した。
その身を犠牲にして家族を救った姉。
己に「女郎の弟」という惨めな称号を与えた、疎むべき存在。
姉の遺筆を見て泣き崩れる男に、弟は初めて、姉を哀れと思った。





咲きし花
 


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真汐楼のお美生(みよ)と大工見習いの伸介。
『伸びる茎』より改題(逆にしただけですが・・・)
『散りゆく葉(旧題・折れた茎)』と順番を入れ替えました。

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伸介が()を初めて訪れたのは、日の光が眩しい夏の盛りのことだった。
日中汗だくで働いた伸介に、「ご褒美だ」と親方が連れてきてくれたのが真汐楼()だった。
故郷の貧しい農村を離れ、大工の親方の元に弟子入りして、ようやく五年。
まだあどけなさの残る少年は、いつしか精悍な眼差しを秘めた青年になりつつあった。
ようやく職人としての基礎を身につけた彼を、「大人にさせてやる」
と親方が花町に連れてきたのである。
 
「お、親方、やっぱ俺……いいですよ」
 
うろたえて帰ろうとする伸介を
 
「大の男が情けねぇこと言ってんじゃねえ!
ここを知らなきゃ職人としても一人前にはなれねぇよ!」
 
と引きずって、自身馴染みの真汐楼に引っ張り込んだ親方は、
さっさと()の元へ姿を消してしまった。
一人残された伸介は、遣り手の案内するまま、二階の一室へと通された。
部屋の中にいたのは、一人の少女。
 
「いらっしゃい。真汐楼のお美生()です」
 
ふわっと微笑んだその顔は、どこか懐かしい、春の陽だまりを思わせた。
 
「し、伸介です」
 
おどおどする伸介に、お美生はにこりと笑顔を浮かべて
 
「伸介さんは、こちらは初めて?」
 
と聞いた。
 
「あ、う、うん……実は、そうなんだ。だから勝手がわかんなくて、
緊張しちまって……。ごめんな、俺の相手なんか、つまんねえだろ?」
 
美生の笑顔に釣られて本音が出てしまった伸介は、
言ってしまってから、はたと口を押さえた。
そんな伸介の様子に、お美生はくすくすと笑ってみせた。
 
「いいえ、遊びなれてるフリして女のことなんか何にもわかっていない、
いつものお客さんたちに比べたらずうっといいわ。
ねえ、伸介さんはいくつ? 見たところ私とそう変わらないようだけど……」
 
「じゅ、十八だ」
 
「あら、ピッタリ同じ!」
 
「え!? お前、大人っぽいなあ」
 
「あら、何それ、老けてるって言いたいの?」
 
「い、いやそうじゃなくて……」
 
お美生の明るく、気さくな態度に、伸介の緊張は徐々にほぐれていった。
二人はただひたすら、色々な話をした。故郷のこと、家族のこと、己の生き方のこと。
同じ貧しさを味わっていながら、家族のための金を得るために、
男と女が強いられる苦労の違い。まざまざと見せ付けられた現実が、伸介の胸を打った。
伸介はお美生の姿に、己を重ねた。お美生もまた伸介の中に、自らを見出していた。
二人が互いに惹かれあうのに、時間は必要ではなかった。
 
それから三年後、戦争が始まる。召集令状は、伸介の元にもやって来た。
お美生は彼を、待つと言った。伸介は、生きて帰って来れるかわからない。
お美生の年季は、いつ明けるかわからない。
それでも二人は、誓い合った。いつか必ず、共に生きようと……。
 
 
~~~

 
それから、更に五年が過ぎた。国は戦争に負け、花町は外国兵の支配下にあった。
客として遊郭に来ることができるのは、彼らだけだった。
戦争が終わるまでの三年間、伸介からの手紙はなかった。
「もう、生きてはいるまい」と、他ならぬ大工の親方に告げられても、お美生は彼を忘れなかった。
 
死線を越えた伸介がようやく日本に帰りついたとき、廓の入り口は
ジープによって塞がれ、一般人の立ち入りは禁止されていた。
それでも伸介は、毎日そこに立っていた。
真汐楼の二階から、ほんの少しでもお美生が顔をのぞかせる、それだけを祈って。
 
それから半年余り後、お美生はついに廓を抜けた。
伸介が初めて真汐楼を訪れたときと同じ、暑い夏の盛りの出来事だった。
兵士たちに人気のあったお美生を、何としても連れ戻そうとする
廓主を止めたのは、長年真汐楼に務める遣り手だった。
 
「あのままここに置いといても、あの娘は花をつける前に枯れちまう。
そうなったら処分が面倒だ。
どうせいなくなるなら、勝手に飛んで行ってくれた方がまだ気が楽ってもんだよ」
 

 
お美生が消えて一年後、遣り手の元に届いた便りには、
伸介とお美生の名前が並んで記されていた。





散りゆく葉


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真汐楼(ましおろう)のお早芽(さめ)と、「一夜大尽」の井崎。

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()お早芽の元にその客がやって来たのは、夏の終わりにもの哀しく蝉が鳴く、
そんな季節のことだった。
蝉の声は、遠くで聞こえる。
山にいた時は、もっと近くにあったものを――
そんな思いに浸りながら、お早芽はぼんやりと外を見やる。
乱雑な、貧しい花町の風景。今日は何人、客を取るのだろうか。
 
北国の山奥の村を出て、もう五年。
お国言葉で泣き言をこぼすばかりだった少女は、控えめで大人しい()になった。
美しく慎ましやかな()は客に好まれ、稼ぎは増えた。借金は、少しずつだが減りつつある。
けれど……返し終わったところで、何が得られるというのだろう?
「穢れた」己を愛してくれる男など、この世にいるとは思えない。
そして苦界を知った己もまた、“男”を愛せるとは思えない。
 
そんなことを思ううち、日は暮れた。さあ、今日も長い夜が始まる……
 

~~~~
 
 
一夜大尽()、という言葉がある。
普段はとても遊郭に足を運ぶことができない者が、数ヶ月、あるいは
数年分の給料を使って一夜の夢を買うのである。常連にはならぬ客。
一目見ただけで、今夜最初の客がそうであることが、お早芽には分かった。
日焼けしたたくましい顔。荒れた肌、荒れた髪。
 
「ようこそ真汐楼()へ。お早芽にございます」

微笑んで挨拶を告げたお早芽に、彼は戸惑ったように頭を下げた。
 
「あ、どうも井崎です」
 
遊女に頭を下げるなんて、変な人。思いながらも、顔には出さない。
働いている船の主にここへ連れてきてもらったのだ、という彼と話すうち、
ふとしたことからお早芽と彼が、同郷であることが分かった。
そうと気づくと、皆に笑われるから、と封印していた郷里の言葉が、泉のように
次から次へと溢れ出てきた。彼は一年分の給料を、一晩につぎ込んだ。
その夜は、お早芽にとって、廓に来て初めての、幸せな時間であった。
 
翌朝、彼はお早芽に小さな和紙の人形を残していった。
故郷の郷土玩具であるそれを最後に目にしたのは、実に十年も前のこと。
荒くれた北の海へと旅立つ兄に妹が渡してくれたそれを、彼はお守り代わりに、
とずっと懐に入れて持ち歩いていたのだ、と言った。
俺の妹が作ったものだから、余り上手い出来ではないけれど、と照れくさそうに
微笑う井崎からそれを受け取った瞬間、お早芽の瞳から不意に涙が溢れた。
借金が増えても、親からの便りが来なくなっても……
ただひたすらに堪えてきた、五年分の涙。
井崎は笑顔で去っていった。昨夜と全く変わることのない、どこか懐かしい明るい笑顔で。
 
 
~~~

 
それから、五年の月日が流れた。
明けるはずだった年季は、実家から次々と重ねられる借金に寄って延び続け、
気づけばお早芽は間もなく三十路()になろうとしていた。
それでも、年に一度は彼に会えるかもしれない。そのことだけがお早芽の希望だった。
一年が過ぎ、二年が過ぎ……お早芽は、彼を待ち続けた。
たった一晩、心を通わせただけの、貧しい同郷の男を。
けれども五年間、船主が井崎を連れて来ることはなかった。
 
お早芽が井崎と出会ってから五度目の夏の終わり、
廓にやって来た船主は、お早芽の顔を見ると手招きして己が元へと呼び寄せた。
 
「おまえ、うちの若い衆となんぞ言い交わしておったのか?」
 
「いいえ」
 
思わぬ問いに、お早芽は静かにそう答える。
 
「……五年ほど前に連れてきた、井崎という男がおっただろう? 覚えとるか?」
 
「はい」
 
お早芽の胸が、ドクンと脈打つ。
 
「あれに、うちの娘との結婚を勧めたとき、真汐楼の妓を請け出したいから、
と断られてな……。あんまり奴が真剣じゃったからわしも諦めたんじゃが、
それが先日流行り病に罹って、ポックリ逝ってしもうた。
一応、ここで奴の敵娼(あいかた)じゃったおまえさんには伝えておくわ」

しんみりと、壮年の男が語った言葉に、お早芽は丁寧に礼を述べた。
 
「……ありがとう、ございます」
 
その先の言葉は無かった。

 
 
翌年、お早芽はようやく年季が明け、気の良い漁師と夫婦になった。
井崎と同じ、潮の香りを身に纏った夫と、お早芽は幸せに暮らした。
あの和紙の人形は、廓を出てすぐ、浜辺で思い出と共に燃やした。
彼の魂を、天に送るために。恋する人を追いかけることが出来なかった、
愛する人のために涙を流すことさえ許されなかった己の過去を、空に葬るために。
それでも尚、お早芽の心からは、井崎の最後の笑顔が消えることはなかった。





茎伸びる
 


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デンパンブックス『狂吾:くるわ~The Painful World~』より移行。
昭和初期の遊郭をイメージしたシリアスオムニバスもの。

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遊女は客に惚れてはならぬ。
からだもこころも、相手をするのは銭一つ。
悦びなど、感じてはならぬ。
極楽にいくのはただ客のみ。
己は決して、いってはならぬ。
からだと共にこころまで、引き寄せられてしまうから。
交わりは、商い。
愛は、ない。
 
苦界に身を沈めてすぐの娘に、遣り手が厳しく言い聞かせる。
 
恋などここでは……禁忌の花。





育たぬ芽

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