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『From 東京』後編
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『浩太、結婚おめでとう。これからも……がんばってな』
結婚式とそれに付随するイベントが終わって、開いた電話に残されたメッセージ。
久しぶりに聞く、彼女の声。
『松下さんはお金も受け取らなかったし、こちらへの要求は何も
ありませんでしたよ。暴露本を出すなんてこともまずありえません。』
ありませんでしたよ。暴露本を出すなんてこともまずありえません。』
付き人の坂口がプロダクションの社長に淡々と説明する言葉。
『本当か……? 何だか出来すぎてて気味が悪いな。
まあ、さすが高崎が選んだ女ってとこか……』
まあ、さすが高崎が選んだ女ってとこか……』
こちらをチラっと見る社長の視線に、気づかないフリをする。
反吐が出そうだ。何より、この状況を作り上げた自分自身に。
~~~
反吐が出そうだ。何より、この状況を作り上げた自分自身に。
~~~
「あ~ぁ、疲れたぁ。ねえねぇコータ、新婚旅行のオフ取れたぁ?」
甘ったるい声で話しかけてくるのは、今日結婚したばかりの俺の妻で。
知性派美人女優として売っている割には、いささか直情的で単純な部分がある。
精神的に不安定な彼女と共に過ごすようになったのは、
彼女の中に自らと同質のものを見出していたからかもしれない。
彼女の中に自らと同質のものを見出していたからかもしれない。
「そう簡単に一週間のオフなんて取れるわけねぇだろ。
ただでさえ電撃婚であちこちに迷惑かけてんだから」
ただでさえ電撃婚であちこちに迷惑かけてんだから」
ため息混じりに吐いたセリフに、
「何よ、迷惑って。デキ婚なんだからコータにも責任あるでしょー!?」
と頬を膨らます女に、思わず怒鳴ってしまう。
「あん時俺がゴム付けようとしたのに、オマエがピル飲んでるから、
って言うたんやろが。騙された俺も俺やけどな……」
って言うたんやろが。騙された俺も俺やけどな……」
「やめてよ! 関西弁使わないで!」
俺の言葉に、絵里がキンキンと叫ぶ。彼女は方言が嫌いだ。
「なら、何で俺と一緒におんねん……」
呟いた俺の背中に、華奢な腕がまとわり付く。
「ごめん、コータ。ごめん……私、どうしてもあなたの傍にいたかったの……」
折れそうに細い身体を抱きしめながら思い浮かべたのは、
もう少し小さくて、もう少しポッチャリした彼女の、優しい眼差しだった。
もう少し小さくて、もう少しポッチャリした彼女の、優しい眼差しだった。
~~~
「うちはここでやりたいことがあんねん」
「うちはここでやりたいことがあんねん」
本格的に上京する、一月前の夜だった。たった一度だけ、口に出した願い。
「お前、一緒に東京来ーへん?」
口に出さなくても、仕草で、態度で、さりげなく伝え続けたつもりだった。
あいつもそれに、気づいていたはずだった。
あいつもそれに、気づいていたはずだった。
「うちはこの町を離れられへん。この町で、やりたいことがあんねん」
にっこりと笑いながら告げられた言葉に、俺はそれ以上願いを口にすることはできなかった。
『俺は一人じゃあかんねん……。ほんまはお前に、ずっと傍におってほしいねん……』
~~~
似たもの同士は、無いものねだり。だから、上手くいくわけがない。
結婚生活は、結局三年も続かなかった。
そもそも、関西弁を母国語とする俺と、それを嫌う絵梨の生活が長く持つわけがなかったのだ。
互いの浮気、親権問題、慰謝料の有無。連日マスコミに追われ、事務所から
暫しの雲隠れを命じられた俺は、気が付けば故郷へ向かう電車に乗り込んでいた。
結婚してからたった一度しか帰っていなかったふるさと。
どこか喧しい、けれど耳に柔らかく馴染むあの言葉が、聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
結婚生活は、結局三年も続かなかった。
そもそも、関西弁を母国語とする俺と、それを嫌う絵梨の生活が長く持つわけがなかったのだ。
互いの浮気、親権問題、慰謝料の有無。連日マスコミに追われ、事務所から
暫しの雲隠れを命じられた俺は、気が付けば故郷へ向かう電車に乗り込んでいた。
結婚してからたった一度しか帰っていなかったふるさと。
どこか喧しい、けれど耳に柔らかく馴染むあの言葉が、聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
駅に降り立ってまず最初に向かったのは、どこにでもあるような少し古ぼけたアパート。
今も住んでいるはずは無い、そう分かっていても、足が自然と向かっていた。
辺りは三年前と、何も変わっていない。町全体は変わってしまったのに、
そのアパートだけは変わらず俺を待っているんじゃないか、って。
俺を優しくお帰りと迎えてくれるんじゃないか、って。そんな気がした。
そっと見上げたのは、二階の南端の部屋。あいつがいた部屋。
その時、部屋の扉が少し開いた。
今も住んでいるはずは無い、そう分かっていても、足が自然と向かっていた。
辺りは三年前と、何も変わっていない。町全体は変わってしまったのに、
そのアパートだけは変わらず俺を待っているんじゃないか、って。
俺を優しくお帰りと迎えてくれるんじゃないか、って。そんな気がした。
そっと見上げたのは、二階の南端の部屋。あいつがいた部屋。
その時、部屋の扉が少し開いた。
「今日の帰りは何時になるん?」
「ん~、店長の機嫌次第だけど……10時くらいかな。できるだけ早く切り上げてもらうよ」
「うん、わかった。ほな行ってらっしゃーい。ほら、翔もオトンにいってらっしゃい、は?」
「うん、わかった。ほな行ってらっしゃーい。ほら、翔もオトンにいってらっしゃい、は?」
「まだ言えるわけねぇだろ。……じゃあ、行ってくるな」
赤ん坊を抱いた彼女は、あの時より少しだけ丸みを帯びていて。
でも同時に、あの時より幸せそうで。
でも同時に、あの時より幸せそうで。
赤ん坊の額に口付けて階段を降りる男は、三年前まで俺の付き人だった若造。
芸能界という荒波の中で、ただ戸惑ってガムシャラに雑用をこなすしか
能の無かったヤツが、誰よりもたくましい“男”の顔をしていた。
能の無かったヤツが、誰よりもたくましい“男”の顔をしていた。
確かに三年前、ヤツはプロダクションを辞めた。去る直前、俺に向かって繰り返し問うてきた。
『本当にこのままでいいんですか?』と。
『このまま、遠山さんと結婚して、本当にいいんですか?』と。
『このまま、遠山さんと結婚して、本当にいいんですか?』と。
『今更、やめるわけにはいかないだろう!』と怒鳴り返した自分。
「そういう、ことだったのか……」
俺は彼女を手放した。誰よりも失いたくなかったひとを。
失ってはいけなかったひとを。俺は確かに、自分の夢を叶えたかった。
彼女と離れたのも、彼女を手放したのもそのため。
失ってはいけなかったひとを。俺は確かに、自分の夢を叶えたかった。
彼女と離れたのも、彼女を手放したのもそのため。
本当は彼女にも、同じ夢を見てほしかった。何てエゴイズム、何て勝手な。
彼女は彼女の夢を見つけた。それを見つけたのは俺のおかげだと、笑っていたけれど。
その笑顔さえ壊したかった。でも、できなかった。
彼女を失わないためには、俺の夢か、彼女の夢が死ななければならなかったから。
今から思うと、那美は知っていたんだろう。夢を見た時から。
俺たちに、終わりの日が来ることを。
彼女は彼女の夢を見つけた。それを見つけたのは俺のおかげだと、笑っていたけれど。
その笑顔さえ壊したかった。でも、できなかった。
彼女を失わないためには、俺の夢か、彼女の夢が死ななければならなかったから。
今から思うと、那美は知っていたんだろう。夢を見た時から。
俺たちに、終わりの日が来ることを。
~~~
「お前がアイツを手に入れることができたのは……お前がお前の夢を捨てたからか?」
アパートの入り口で、俺の姿に気づいて驚いたように
こちらを見つめる坂口に向かって、思わず呟いた言葉。
こちらを見つめる坂口に向かって、思わず呟いた言葉。
「……違いますよ。俺の夢が、那美に笑っていてもらうことだったからです」
そっと微笑んだヤツの笑顔は、かつての彼女の笑顔とどこか似ていた。
「あいつは何もしなくても……いつも、笑っているだろう?」
少し震える声で聞き返すと、ヤツは少し考え込んでこう言った。
「そうですね……三年前、手切れ金を届けに来たとき、
俺は初めて那美と話しました。その時も、あいつは笑ってました。
俺はその時……彼女の、“本当の”笑顔を見たいと思ったんです」
俺は初めて那美と話しました。その時も、あいつは笑ってました。
俺はその時……彼女の、“本当の”笑顔を見たいと思ったんです」
胸に走る衝撃。いつから俺は……あいつの、あんな笑顔を見ていなかったんだろう。
自分の望みばかり押し付けて、それを叶えてくれないアイツに苛立って。
アイツだって、俺と同じ寂しさを、同じ哀しみを、同じ怒りを、
抱えていたに違いないのに……。
自分の望みばかり押し付けて、それを叶えてくれないアイツに苛立って。
アイツだって、俺と同じ寂しさを、同じ哀しみを、同じ怒りを、
抱えていたに違いないのに……。
「那美を……那美を、幸せにしてやってくれ。あいつのこと……よろしく頼む」
震える拳を硬く握り締めたままそう告げると、坂口はおかしそうに、
けれどどこか遠くを懐かしむように打ち明けた。
けれどどこか遠くを懐かしむように打ち明けた。
「それと同じセリフ……高崎さんに対してですけど、三年前、那美にも言われました」
にこっと笑って背を向ける青年に、とても敵わない、と思った。
手に入れたもの、失くしたもの。せめて、今その手にあるものを失わないために。
俺はそっと踵を帰した。さあ、東京に帰ろう。
俺の夢が眠る、沢山の現実の待つ、あのまちへ―
俺の夢が眠る、沢山の現実の待つ、あのまちへ―
→後書き
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『浩太、結婚おめでとう。これからも……がんばってな』
結婚式とそれに付随するイベントが終わって、開いた電話に残されたメッセージ。
久しぶりに聞く、彼女の声。
『松下さんはお金も受け取らなかったし、こちらへの要求は何も
ありませんでしたよ。暴露本を出すなんてこともまずありえません。』
ありませんでしたよ。暴露本を出すなんてこともまずありえません。』
付き人の坂口がプロダクションの社長に淡々と説明する言葉。
『本当か……? 何だか出来すぎてて気味が悪いな。
まあ、さすが高崎が選んだ女ってとこか……』
まあ、さすが高崎が選んだ女ってとこか……』
こちらをチラっと見る社長の視線に、気づかないフリをする。
反吐が出そうだ。何より、この状況を作り上げた自分自身に。
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反吐が出そうだ。何より、この状況を作り上げた自分自身に。
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「あ~ぁ、疲れたぁ。ねえねぇコータ、新婚旅行のオフ取れたぁ?」
甘ったるい声で話しかけてくるのは、今日結婚したばかりの俺の妻で。
知性派美人女優として売っている割には、いささか直情的で単純な部分がある。
精神的に不安定な彼女と共に過ごすようになったのは、
彼女の中に自らと同質のものを見出していたからかもしれない。
彼女の中に自らと同質のものを見出していたからかもしれない。
「そう簡単に一週間のオフなんて取れるわけねぇだろ。
ただでさえ電撃婚であちこちに迷惑かけてんだから」
ただでさえ電撃婚であちこちに迷惑かけてんだから」
ため息混じりに吐いたセリフに、
「何よ、迷惑って。デキ婚なんだからコータにも責任あるでしょー!?」
と頬を膨らます女に、思わず怒鳴ってしまう。
「あん時俺がゴム付けようとしたのに、オマエがピル飲んでるから、
って言うたんやろが。騙された俺も俺やけどな……」
って言うたんやろが。騙された俺も俺やけどな……」
「やめてよ! 関西弁使わないで!」
俺の言葉に、絵里がキンキンと叫ぶ。彼女は方言が嫌いだ。
「なら、何で俺と一緒におんねん……」
呟いた俺の背中に、華奢な腕がまとわり付く。
「ごめん、コータ。ごめん……私、どうしてもあなたの傍にいたかったの……」
折れそうに細い身体を抱きしめながら思い浮かべたのは、
もう少し小さくて、もう少しポッチャリした彼女の、優しい眼差しだった。
もう少し小さくて、もう少しポッチャリした彼女の、優しい眼差しだった。
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「うちはここでやりたいことがあんねん」
「うちはここでやりたいことがあんねん」
本格的に上京する、一月前の夜だった。たった一度だけ、口に出した願い。
「お前、一緒に東京来ーへん?」
口に出さなくても、仕草で、態度で、さりげなく伝え続けたつもりだった。
あいつもそれに、気づいていたはずだった。
あいつもそれに、気づいていたはずだった。
「うちはこの町を離れられへん。この町で、やりたいことがあんねん」
にっこりと笑いながら告げられた言葉に、俺はそれ以上願いを口にすることはできなかった。
『俺は一人じゃあかんねん……。ほんまはお前に、ずっと傍におってほしいねん……』
~~~
似たもの同士は、無いものねだり。だから、上手くいくわけがない。
結婚生活は、結局三年も続かなかった。
そもそも、関西弁を母国語とする俺と、それを嫌う絵梨の生活が長く持つわけがなかったのだ。
互いの浮気、親権問題、慰謝料の有無。連日マスコミに追われ、事務所から
暫しの雲隠れを命じられた俺は、気が付けば故郷へ向かう電車に乗り込んでいた。
結婚してからたった一度しか帰っていなかったふるさと。
どこか喧しい、けれど耳に柔らかく馴染むあの言葉が、聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
結婚生活は、結局三年も続かなかった。
そもそも、関西弁を母国語とする俺と、それを嫌う絵梨の生活が長く持つわけがなかったのだ。
互いの浮気、親権問題、慰謝料の有無。連日マスコミに追われ、事務所から
暫しの雲隠れを命じられた俺は、気が付けば故郷へ向かう電車に乗り込んでいた。
結婚してからたった一度しか帰っていなかったふるさと。
どこか喧しい、けれど耳に柔らかく馴染むあの言葉が、聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
駅に降り立ってまず最初に向かったのは、どこにでもあるような少し古ぼけたアパート。
今も住んでいるはずは無い、そう分かっていても、足が自然と向かっていた。
辺りは三年前と、何も変わっていない。町全体は変わってしまったのに、
そのアパートだけは変わらず俺を待っているんじゃないか、って。
俺を優しくお帰りと迎えてくれるんじゃないか、って。そんな気がした。
そっと見上げたのは、二階の南端の部屋。あいつがいた部屋。
その時、部屋の扉が少し開いた。
今も住んでいるはずは無い、そう分かっていても、足が自然と向かっていた。
辺りは三年前と、何も変わっていない。町全体は変わってしまったのに、
そのアパートだけは変わらず俺を待っているんじゃないか、って。
俺を優しくお帰りと迎えてくれるんじゃないか、って。そんな気がした。
そっと見上げたのは、二階の南端の部屋。あいつがいた部屋。
その時、部屋の扉が少し開いた。
「今日の帰りは何時になるん?」
「ん~、店長の機嫌次第だけど……10時くらいかな。できるだけ早く切り上げてもらうよ」
「うん、わかった。ほな行ってらっしゃーい。ほら、翔もオトンにいってらっしゃい、は?」
「うん、わかった。ほな行ってらっしゃーい。ほら、翔もオトンにいってらっしゃい、は?」
「まだ言えるわけねぇだろ。……じゃあ、行ってくるな」
赤ん坊を抱いた彼女は、あの時より少しだけ丸みを帯びていて。
でも同時に、あの時より幸せそうで。
でも同時に、あの時より幸せそうで。
赤ん坊の額に口付けて階段を降りる男は、三年前まで俺の付き人だった若造。
芸能界という荒波の中で、ただ戸惑ってガムシャラに雑用をこなすしか
能の無かったヤツが、誰よりもたくましい“男”の顔をしていた。
能の無かったヤツが、誰よりもたくましい“男”の顔をしていた。
確かに三年前、ヤツはプロダクションを辞めた。去る直前、俺に向かって繰り返し問うてきた。
『本当にこのままでいいんですか?』と。
『このまま、遠山さんと結婚して、本当にいいんですか?』と。
『このまま、遠山さんと結婚して、本当にいいんですか?』と。
『今更、やめるわけにはいかないだろう!』と怒鳴り返した自分。
「そういう、ことだったのか……」
俺は彼女を手放した。誰よりも失いたくなかったひとを。
失ってはいけなかったひとを。俺は確かに、自分の夢を叶えたかった。
彼女と離れたのも、彼女を手放したのもそのため。
失ってはいけなかったひとを。俺は確かに、自分の夢を叶えたかった。
彼女と離れたのも、彼女を手放したのもそのため。
本当は彼女にも、同じ夢を見てほしかった。何てエゴイズム、何て勝手な。
彼女は彼女の夢を見つけた。それを見つけたのは俺のおかげだと、笑っていたけれど。
その笑顔さえ壊したかった。でも、できなかった。
彼女を失わないためには、俺の夢か、彼女の夢が死ななければならなかったから。
今から思うと、那美は知っていたんだろう。夢を見た時から。
俺たちに、終わりの日が来ることを。
彼女は彼女の夢を見つけた。それを見つけたのは俺のおかげだと、笑っていたけれど。
その笑顔さえ壊したかった。でも、できなかった。
彼女を失わないためには、俺の夢か、彼女の夢が死ななければならなかったから。
今から思うと、那美は知っていたんだろう。夢を見た時から。
俺たちに、終わりの日が来ることを。
~~~
「お前がアイツを手に入れることができたのは……お前がお前の夢を捨てたからか?」
アパートの入り口で、俺の姿に気づいて驚いたように
こちらを見つめる坂口に向かって、思わず呟いた言葉。
こちらを見つめる坂口に向かって、思わず呟いた言葉。
「……違いますよ。俺の夢が、那美に笑っていてもらうことだったからです」
そっと微笑んだヤツの笑顔は、かつての彼女の笑顔とどこか似ていた。
「あいつは何もしなくても……いつも、笑っているだろう?」
少し震える声で聞き返すと、ヤツは少し考え込んでこう言った。
「そうですね……三年前、手切れ金を届けに来たとき、
俺は初めて那美と話しました。その時も、あいつは笑ってました。
俺はその時……彼女の、“本当の”笑顔を見たいと思ったんです」
俺は初めて那美と話しました。その時も、あいつは笑ってました。
俺はその時……彼女の、“本当の”笑顔を見たいと思ったんです」
胸に走る衝撃。いつから俺は……あいつの、あんな笑顔を見ていなかったんだろう。
自分の望みばかり押し付けて、それを叶えてくれないアイツに苛立って。
アイツだって、俺と同じ寂しさを、同じ哀しみを、同じ怒りを、
抱えていたに違いないのに……。
自分の望みばかり押し付けて、それを叶えてくれないアイツに苛立って。
アイツだって、俺と同じ寂しさを、同じ哀しみを、同じ怒りを、
抱えていたに違いないのに……。
「那美を……那美を、幸せにしてやってくれ。あいつのこと……よろしく頼む」
震える拳を硬く握り締めたままそう告げると、坂口はおかしそうに、
けれどどこか遠くを懐かしむように打ち明けた。
けれどどこか遠くを懐かしむように打ち明けた。
「それと同じセリフ……高崎さんに対してですけど、三年前、那美にも言われました」
にこっと笑って背を向ける青年に、とても敵わない、と思った。
手に入れたもの、失くしたもの。せめて、今その手にあるものを失わないために。
俺はそっと踵を帰した。さあ、東京に帰ろう。
俺の夢が眠る、沢山の現実の待つ、あのまちへ―
俺の夢が眠る、沢山の現実の待つ、あのまちへ―
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