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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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静かに切ない別れ話、現代。前後編掌編・前編。

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ピンポーン……
酷く憂鬱な気分でチャイムを押す。
どこにでもあるような小さなアパートの、何の変哲も無い紺色のドアの前。

「はーい」

少し経って、開いた隙間から顔を覗かせたのは、これまたどこにでもいるような、小柄な女の子。
いや、年齢を考えると「女性」と呼ばなくてはいけないのだろうが、いかんせん身長と顔立ちが……。
ゴホン、と咳き込んで、俺は勇気を出して口を開く。

「ご無沙汰してます、松下さん」

「……お久しぶりです、えっと……坂、」

「坂口です」

「あ、失礼しました、坂口さん」
 
と言って彼女はにっこり微笑んだ。ほんの数回、チラッとしか顔を合わせたことのない
俺の名前を、少しでも覚えてくれていたことに若干驚く。 
 
「あの、実はですね……本日、突然こちらにお伺いしたのは……」
 
緊張しながら言葉を続けようとする俺に、彼女は静かに笑った。
 
「分かってます。お話なら中で伺いますし……どうぞ?」
 
「……すいません。お邪魔します。」
 
こじんまりとした1DKのアパートの一室。
白を基調にさりげなく統一された室内は、部屋の主の人柄を思わせる。
居心地、いいなぁ……。
この部屋に入るのは初めての俺でさえ、あっという間にそんな気分にさせられてしまう。
高崎さんがこっちに来る度に寄りたくなるのもわかるよなぁ……。
 
「お茶、どうぞ」
 
「すいません、お構いなく」
 
ペコリと頭を下げて見上げた顔は、あの冷たいまでに整った男の顔と、
とても釣り合いが取れるとは言いがたい顔だけれど。
ずっと、一緒にいたい、とそんな風に思わせる空気を纏ったひとだ。
 

 
俺の仕事は俳優の付き人。
と言っても、メインのマネージャーは他にいて、半分雑用係みたいなものだ。
買出しに行かされたり、面倒な書類を取りに行ったり。
大手芸能プロダクションに入社して、三年目。
芸能界という華やかな世界を縁の下で支える沢山のスタッフの中で、
俺はまだまだ下っ端の新人に過ぎない。

そして目の前に座る彼女の名前は松下那美。
俺の付いている二枚目俳優、高崎浩太の、いわゆる……“地元妻”だ。
高崎は、うちの事務所に入り、俳優としてスクリーンデビューをしてから既に十年が経つ。
初めの頃は余り売れているとは言えなかった彼も、七年前、
トレンディドラマの主人公の親友役でブレイクし、そこから
トントン拍子にドラマ、映画の主役が舞い込んでくるようになった。
五年前には活動拠点を完全に東京に移し、
30歳になる今では押しも押されぬトップクラスの俳優である。
那美は高崎の高校時代の後輩で、彼が俳優としてデビューする頃から……
つまり、十年来の付き合いになるらしい。
そんな彼女の家に、俺が事務所の命でわざわざ来させられたのは……。
  
「結婚、するんやね、浩太」
 
黙り込んだ俺より先に、口を開いたのは那美だった。
 
「あ……」
 
言葉に詰まった俺の前に、彼女は四角い箱を差し出した。
その中には、あられもない姿で眠る高崎の写真、
彼が吸ったと思われるタバコの吸殻、恐らく……女性の髪の毛、
と思われる沢山の不気味なものが収められていた。
 
「松下さん、これ……」
 
驚いて顔を上げた俺に、彼女は寂しそうに笑って、こう告げた。
 
「去年辺りから……一月にいっぺんくらいかなぁ。このこと、浩太には言わんといてね。
あちらさんは……うちのことがどうしても許せなかったんやろ。
あのひとはちょっとの間でも一人ではおれん人やって、解ってあげたらええのに」
 
虫も殺さぬ顔をした女の、高崎への異常なまでの執着心を思い出す。
 
「松下さんは……じゃあ……」
 
「うちは、ええんです。あのひとが幸せになるんならそれで。あちらさんの
性格考えてもあっちと結婚した方がええと思いますし、話題的にも……。それに」 
 
彼女の視線は、箱の中に収められた週刊誌へと向けられる。
 
「赤ちゃん、いはんのやろ……?」
 
高崎浩太と、一昨年映画で共演した美人女優、遠山絵里の熱愛が
写真週刊誌にスクープされたのは、つい先週のことだった。
ニュースは瞬く間に業界を駆け巡り、更に報道は加熱、
遂には遠山の妊娠という事実までが明らかになってしまった。
彼女の妊娠については、高崎本人も把握していなかったようで、
随分戸惑っていたが。しかしこうなった以上、籍を入れることは必然である。
幸い昨今は芸能界にも「できちゃった結婚」は流行していることもあるし、
映画で共演した美男美女カップルの誕生はある程度世間にも歓迎されるだろう。
互いのイメージのマイナスにも繋がらない。“元恋人”の処理さえ上手くできれば……。
 
『上手く納得させて別れさせてこい!』
 
社長から“手切れ金”として百万の入った封筒を渡されて、
大阪行きの新幹線に乗り込んだ俺が酷く滅入った気分だった理由。
 
「お金は、いりません」
 
俺の差し出した封筒をそっと押し返して、那美は優しく微笑んだ。
 
「……今までのこと考えたら、百万だって安すぎるくらいじゃないですか?」
 
俺の言葉に、彼女は少し首をかしげてこう言った。
 
「別にどこにも売ったりしませんし、プロダクションさんには安心しといてもらってええですよ?」
 
「そういうことを言ってるんじゃないでしょう! なんで……どうしてそんな簡単に、
納得できるんですか!? 高崎さんだって本当は……あなたの方と……!」
 
俺の激昂に、そっと首を振る那美の姿に、自分が取り乱していたことに気づいた。
これじゃあ、立場が逆だ。
 
「……高崎さんから、何か連絡はありましたか?」
 
「留守電が……一件だけ。」
 
『那美……ごめんな……ごめんな……那美……』
 
どこか遠くを見つめるような瞳。
 
「坂口さん、あのひとを……浩太のこと……よろしくお願いします。
ほんまに……一人じゃアカン人なんです」
 
自分を捨てた男のために、最後まで頭を下げる彼女は、哀しいけれど、美しかった。
予感が、した。彼女の願いを聞いてあげることができないかもしれない、という予感。
俺の中に新たに芽生えた、一つの夢のために。






後書き
  後編『To 東京』(浩太サイド)

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ピンポーン……
酷く憂鬱な気分でチャイムを押す。
どこにでもあるような小さなアパートの、何の変哲も無い紺色のドアの前。

「はーい」

少し経って、開いた隙間から顔を覗かせたのは、これまたどこにでもいるような、小柄な女の子。
いや、年齢を考えると「女性」と呼ばなくてはいけないのだろうが、いかんせん身長と顔立ちが……。
ゴホン、と咳き込んで、俺は勇気を出して口を開く。

「ご無沙汰してます、松下さん」

「……お久しぶりです、えっと……坂、」

「坂口です」

「あ、失礼しました、坂口さん」
 
と言って彼女はにっこり微笑んだ。ほんの数回、チラッとしか顔を合わせたことのない
俺の名前を、少しでも覚えてくれていたことに若干驚く。 
 
「あの、実はですね……本日、突然こちらにお伺いしたのは……」
 
緊張しながら言葉を続けようとする俺に、彼女は静かに笑った。
 
「分かってます。お話なら中で伺いますし……どうぞ?」
 
「……すいません。お邪魔します。」
 
こじんまりとした1DKのアパートの一室。
白を基調にさりげなく統一された室内は、部屋の主の人柄を思わせる。
居心地、いいなぁ……。
この部屋に入るのは初めての俺でさえ、あっという間にそんな気分にさせられてしまう。
高崎さんがこっちに来る度に寄りたくなるのもわかるよなぁ……。
 
「お茶、どうぞ」
 
「すいません、お構いなく」
 
ペコリと頭を下げて見上げた顔は、あの冷たいまでに整った男の顔と、
とても釣り合いが取れるとは言いがたい顔だけれど。
ずっと、一緒にいたい、とそんな風に思わせる空気を纏ったひとだ。
 

 
俺の仕事は俳優の付き人。
と言っても、メインのマネージャーは他にいて、半分雑用係みたいなものだ。
買出しに行かされたり、面倒な書類を取りに行ったり。
大手芸能プロダクションに入社して、三年目。
芸能界という華やかな世界を縁の下で支える沢山のスタッフの中で、
俺はまだまだ下っ端の新人に過ぎない。

そして目の前に座る彼女の名前は松下那美。
俺の付いている二枚目俳優、高崎浩太の、いわゆる……“地元妻”だ。
高崎は、うちの事務所に入り、俳優としてスクリーンデビューをしてから既に十年が経つ。
初めの頃は余り売れているとは言えなかった彼も、七年前、
トレンディドラマの主人公の親友役でブレイクし、そこから
トントン拍子にドラマ、映画の主役が舞い込んでくるようになった。
五年前には活動拠点を完全に東京に移し、
30歳になる今では押しも押されぬトップクラスの俳優である。
那美は高崎の高校時代の後輩で、彼が俳優としてデビューする頃から……
つまり、十年来の付き合いになるらしい。
そんな彼女の家に、俺が事務所の命でわざわざ来させられたのは……。
  
「結婚、するんやね、浩太」
 
黙り込んだ俺より先に、口を開いたのは那美だった。
 
「あ……」
 
言葉に詰まった俺の前に、彼女は四角い箱を差し出した。
その中には、あられもない姿で眠る高崎の写真、
彼が吸ったと思われるタバコの吸殻、恐らく……女性の髪の毛、
と思われる沢山の不気味なものが収められていた。
 
「松下さん、これ……」
 
驚いて顔を上げた俺に、彼女は寂しそうに笑って、こう告げた。
 
「去年辺りから……一月にいっぺんくらいかなぁ。このこと、浩太には言わんといてね。
あちらさんは……うちのことがどうしても許せなかったんやろ。
あのひとはちょっとの間でも一人ではおれん人やって、解ってあげたらええのに」
 
虫も殺さぬ顔をした女の、高崎への異常なまでの執着心を思い出す。
 
「松下さんは……じゃあ……」
 
「うちは、ええんです。あのひとが幸せになるんならそれで。あちらさんの
性格考えてもあっちと結婚した方がええと思いますし、話題的にも……。それに」 
 
彼女の視線は、箱の中に収められた週刊誌へと向けられる。
 
「赤ちゃん、いはんのやろ……?」
 
高崎浩太と、一昨年映画で共演した美人女優、遠山絵里の熱愛が
写真週刊誌にスクープされたのは、つい先週のことだった。
ニュースは瞬く間に業界を駆け巡り、更に報道は加熱、
遂には遠山の妊娠という事実までが明らかになってしまった。
彼女の妊娠については、高崎本人も把握していなかったようで、
随分戸惑っていたが。しかしこうなった以上、籍を入れることは必然である。
幸い昨今は芸能界にも「できちゃった結婚」は流行していることもあるし、
映画で共演した美男美女カップルの誕生はある程度世間にも歓迎されるだろう。
互いのイメージのマイナスにも繋がらない。“元恋人”の処理さえ上手くできれば……。
 
『上手く納得させて別れさせてこい!』
 
社長から“手切れ金”として百万の入った封筒を渡されて、
大阪行きの新幹線に乗り込んだ俺が酷く滅入った気分だった理由。
 
「お金は、いりません」
 
俺の差し出した封筒をそっと押し返して、那美は優しく微笑んだ。
 
「……今までのこと考えたら、百万だって安すぎるくらいじゃないですか?」
 
俺の言葉に、彼女は少し首をかしげてこう言った。
 
「別にどこにも売ったりしませんし、プロダクションさんには安心しといてもらってええですよ?」
 
「そういうことを言ってるんじゃないでしょう! なんで……どうしてそんな簡単に、
納得できるんですか!? 高崎さんだって本当は……あなたの方と……!」
 
俺の激昂に、そっと首を振る那美の姿に、自分が取り乱していたことに気づいた。
これじゃあ、立場が逆だ。
 
「……高崎さんから、何か連絡はありましたか?」
 
「留守電が……一件だけ。」
 
『那美……ごめんな……ごめんな……那美……』
 
どこか遠くを見つめるような瞳。
 
「坂口さん、あのひとを……浩太のこと……よろしくお願いします。
ほんまに……一人じゃアカン人なんです」
 
自分を捨てた男のために、最後まで頭を下げる彼女は、哀しいけれど、美しかった。
予感が、した。彼女の願いを聞いてあげることができないかもしれない、という予感。
俺の中に新たに芽生えた、一つの夢のために。






後書き
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