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佑樹2ページ目
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「小学生が使う鉛筆じゃあるまいし、今時Bのシャー芯なんてどこでも売ってないって」
「今日はもう諦めて、また別な日に出直さない?」
げんなりした顔で、祥太郎と廉がおれを振り返る。
また、Bが無い。
「……やだ。もうシャー芯切れたもん」
憮然として唇を尖らせるおれに、二人はハァ、と溜め息を吐いた。
「とりあえず明日は間に合わせでHB使っとけばいいじゃん」
短気な祥は少し苛々してきたようだ。それでも、おれは。
「やだ。……「「咲也子さんとの約束だもん」」
おれと同時に声を重ねた廉が、こちらを見てニヤリと微笑む。
「やっぱり咲也子さんか……しつこいねぇ、お前も」
呆れたように祥が呟く。
「……祥には、言われたくない」
唇の尖りはますます酷くなっていく。ああ、また口内炎が治らない。
「ほっとけ、バーカ」
祥は独り言のように呟いて、後ろからおれの頭を小突いた。
「駅ビルの中なら売ってるかもよ? ……行こう」
おれに背を向けて先に歩き出した廉の声が、少しだけ心に染みた。
~~~
『あたしね、シャープペンシルが嫌いなの』
その美しい人は、そう言って長い指に握った銀色のシャープペンシルの先から
伸びる真っ黒な芯を、ポキンと折った。緩やかに波打つ長い髪が揺れる。
『じゃあ、なんで……』
それを持っているのか。
彼女の上着のポケットにはいつも、銀色の細いシャープペンシルが刺さっている。
『必要だからよ』
彼女はさも単純明快、というようにそう答えた。
彼女との会話はいつもこうだ。幼いおれには、彼女の紡ぐ言葉の意味が理解できない。
『あたしね、HBよりBや2Bの方が好きなの』
頭の中から疑問符の消えないおれの表情をおかしそうに眺めて、彼女は再び口を開いた。
『固くて薄いのより、柔らかくて濃い方が好きなの』
そう言って微笑んだ口元が、艶やかに煌めいていたのを覚えている。
『でも、シャープペンシルが出回ってから、みんなHBしか使わなくなったじゃない?』
おれが頷くと、彼女は少し淋しそうに笑った。
『Bなんか使うのは、鉛筆を持って間もない子どもたちだけ。
売ってるシャープペンシルの芯は、ほとんどがHBだもの。
でもね……探せばあるのよ、Bの芯』
そう言って、取り出したのは細いプラスチックの筒。
どこにでも売っている、シャープペンシルの芯の入った容器。
彼女の手に握られているだけで、いかにもそれが特別な物であるかのように見えた。
『これ、あげるわ。佑樹。あんたも使ってみたらきっとハマるわよ。HBより、Bに。
……固くて薄い男じゃなくて、柔らかくて濃い男になりなさい。いいわね?』
六年前の夏のことだった。 その日以来おれはずっと、Bの芯を使い続けている。
固くて薄いHBではなく、柔らかくて濃いBを。
~~~
「……あった!」
駅ビルの中の文房具屋で、ようやくBの芯を見つけたのは午後6時55分。
「お~やっとかよ! 早くレジ! レジ!」
祥に急かされて慌ててレジに駆け込む。
小さな包みを持って戻ってきたおれを見て、廉がにっこり微笑んだ。
「良かったな、佑」
「おう……ありがと」
微笑み返すと、祥も笑う。 幸せな気持ちが、胸に満ちる。
~~~
『あたしね、あんたが好きよ。馬鹿で、純粋で、綺麗で』
咲也子さんが笑う。美しい微笑。切ない微笑。
『本当に大好き……だから、ごめんね』
咲也子さん、咲也子さん、ならば、どうして。
おれを、置いて逝ったの?
死に行く者の病的な美しさを纏うようになって初めて、彼女がおれに告げてくれた言葉。
おれの体を抱き締めて、ようやく欲しかった言葉を紡いだ唇に、そっと触れたのは一度だけ。
彼女はおれの女神だった。 昔から、おれの世界の全ては、彼女を中心に回っていた。
~~~
「もうすぐだっけ、三回忌」
「ほんとずるいよな、あの人。死ぬ前に言うだけ言って、
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
「それは言ってやるなよ。……彼女、きっと佑の中では死んでないんだろ?」
……そう、彼女は今も生きている。おれの世界の中心で、ずっと。
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「小学生が使う鉛筆じゃあるまいし、今時Bのシャー芯なんてどこでも売ってないって」
「今日はもう諦めて、また別な日に出直さない?」
げんなりした顔で、祥太郎と廉がおれを振り返る。
また、Bが無い。
「……やだ。もうシャー芯切れたもん」
憮然として唇を尖らせるおれに、二人はハァ、と溜め息を吐いた。
「とりあえず明日は間に合わせでHB使っとけばいいじゃん」
短気な祥は少し苛々してきたようだ。それでも、おれは。
「やだ。……「「咲也子さんとの約束だもん」」
おれと同時に声を重ねた廉が、こちらを見てニヤリと微笑む。
「やっぱり咲也子さんか……しつこいねぇ、お前も」
呆れたように祥が呟く。
「……祥には、言われたくない」
唇の尖りはますます酷くなっていく。ああ、また口内炎が治らない。
「ほっとけ、バーカ」
祥は独り言のように呟いて、後ろからおれの頭を小突いた。
「駅ビルの中なら売ってるかもよ? ……行こう」
おれに背を向けて先に歩き出した廉の声が、少しだけ心に染みた。
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『あたしね、シャープペンシルが嫌いなの』
その美しい人は、そう言って長い指に握った銀色のシャープペンシルの先から
伸びる真っ黒な芯を、ポキンと折った。緩やかに波打つ長い髪が揺れる。
『じゃあ、なんで……』
それを持っているのか。
彼女の上着のポケットにはいつも、銀色の細いシャープペンシルが刺さっている。
『必要だからよ』
彼女はさも単純明快、というようにそう答えた。
彼女との会話はいつもこうだ。幼いおれには、彼女の紡ぐ言葉の意味が理解できない。
『あたしね、HBよりBや2Bの方が好きなの』
頭の中から疑問符の消えないおれの表情をおかしそうに眺めて、彼女は再び口を開いた。
『固くて薄いのより、柔らかくて濃い方が好きなの』
そう言って微笑んだ口元が、艶やかに煌めいていたのを覚えている。
『でも、シャープペンシルが出回ってから、みんなHBしか使わなくなったじゃない?』
おれが頷くと、彼女は少し淋しそうに笑った。
『Bなんか使うのは、鉛筆を持って間もない子どもたちだけ。
売ってるシャープペンシルの芯は、ほとんどがHBだもの。
でもね……探せばあるのよ、Bの芯』
そう言って、取り出したのは細いプラスチックの筒。
どこにでも売っている、シャープペンシルの芯の入った容器。
彼女の手に握られているだけで、いかにもそれが特別な物であるかのように見えた。
『これ、あげるわ。佑樹。あんたも使ってみたらきっとハマるわよ。HBより、Bに。
……固くて薄い男じゃなくて、柔らかくて濃い男になりなさい。いいわね?』
六年前の夏のことだった。 その日以来おれはずっと、Bの芯を使い続けている。
固くて薄いHBではなく、柔らかくて濃いBを。
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「……あった!」
駅ビルの中の文房具屋で、ようやくBの芯を見つけたのは午後6時55分。
「お~やっとかよ! 早くレジ! レジ!」
祥に急かされて慌ててレジに駆け込む。
小さな包みを持って戻ってきたおれを見て、廉がにっこり微笑んだ。
「良かったな、佑」
「おう……ありがと」
微笑み返すと、祥も笑う。 幸せな気持ちが、胸に満ちる。
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『あたしね、あんたが好きよ。馬鹿で、純粋で、綺麗で』
咲也子さんが笑う。美しい微笑。切ない微笑。
『本当に大好き……だから、ごめんね』
咲也子さん、咲也子さん、ならば、どうして。
おれを、置いて逝ったの?
死に行く者の病的な美しさを纏うようになって初めて、彼女がおれに告げてくれた言葉。
おれの体を抱き締めて、ようやく欲しかった言葉を紡いだ唇に、そっと触れたのは一度だけ。
彼女はおれの女神だった。 昔から、おれの世界の全ては、彼女を中心に回っていた。
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「もうすぐだっけ、三回忌」
「ほんとずるいよな、あの人。死ぬ前に言うだけ言って、
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
佑の気持ち持ってっちゃってさ。……佑の、実の叔母さんの癖に」
「それは言ってやるなよ。……彼女、きっと佑の中では死んでないんだろ?」
……そう、彼女は今も生きている。おれの世界の中心で、ずっと。
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