忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


真汐楼のお美生(みよ)と大工見習いの伸介。
『伸びる茎』より改題(逆にしただけですが・・・)
『散りゆく葉(旧題・折れた茎)』と順番を入れ替えました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 
伸介が()を初めて訪れたのは、日の光が眩しい夏の盛りのことだった。
日中汗だくで働いた伸介に、「ご褒美だ」と親方が連れてきてくれたのが真汐楼()だった。
故郷の貧しい農村を離れ、大工の親方の元に弟子入りして、ようやく五年。
まだあどけなさの残る少年は、いつしか精悍な眼差しを秘めた青年になりつつあった。
ようやく職人としての基礎を身につけた彼を、「大人にさせてやる」
と親方が花町に連れてきたのである。
 
「お、親方、やっぱ俺……いいですよ」
 
うろたえて帰ろうとする伸介を
 
「大の男が情けねぇこと言ってんじゃねえ!
ここを知らなきゃ職人としても一人前にはなれねぇよ!」
 
と引きずって、自身馴染みの真汐楼に引っ張り込んだ親方は、
さっさと()の元へ姿を消してしまった。
一人残された伸介は、遣り手の案内するまま、二階の一室へと通された。
部屋の中にいたのは、一人の少女。
 
「いらっしゃい。真汐楼のお美生()です」
 
ふわっと微笑んだその顔は、どこか懐かしい、春の陽だまりを思わせた。
 
「し、伸介です」
 
おどおどする伸介に、お美生はにこりと笑顔を浮かべて
 
「伸介さんは、こちらは初めて?」
 
と聞いた。
 
「あ、う、うん……実は、そうなんだ。だから勝手がわかんなくて、
緊張しちまって……。ごめんな、俺の相手なんか、つまんねえだろ?」
 
美生の笑顔に釣られて本音が出てしまった伸介は、
言ってしまってから、はたと口を押さえた。
そんな伸介の様子に、お美生はくすくすと笑ってみせた。
 
「いいえ、遊びなれてるフリして女のことなんか何にもわかっていない、
いつものお客さんたちに比べたらずうっといいわ。
ねえ、伸介さんはいくつ? 見たところ私とそう変わらないようだけど……」
 
「じゅ、十八だ」
 
「あら、ピッタリ同じ!」
 
「え!? お前、大人っぽいなあ」
 
「あら、何それ、老けてるって言いたいの?」
 
「い、いやそうじゃなくて……」
 
お美生の明るく、気さくな態度に、伸介の緊張は徐々にほぐれていった。
二人はただひたすら、色々な話をした。故郷のこと、家族のこと、己の生き方のこと。
同じ貧しさを味わっていながら、家族のための金を得るために、
男と女が強いられる苦労の違い。まざまざと見せ付けられた現実が、伸介の胸を打った。
伸介はお美生の姿に、己を重ねた。お美生もまた伸介の中に、自らを見出していた。
二人が互いに惹かれあうのに、時間は必要ではなかった。
 
それから三年後、戦争が始まる。召集令状は、伸介の元にもやって来た。
お美生は彼を、待つと言った。伸介は、生きて帰って来れるかわからない。
お美生の年季は、いつ明けるかわからない。
それでも二人は、誓い合った。いつか必ず、共に生きようと……。
 
 
~~~

 
それから、更に五年が過ぎた。国は戦争に負け、花町は外国兵の支配下にあった。
客として遊郭に来ることができるのは、彼らだけだった。
戦争が終わるまでの三年間、伸介からの手紙はなかった。
「もう、生きてはいるまい」と、他ならぬ大工の親方に告げられても、お美生は彼を忘れなかった。
 
死線を越えた伸介がようやく日本に帰りついたとき、廓の入り口は
ジープによって塞がれ、一般人の立ち入りは禁止されていた。
それでも伸介は、毎日そこに立っていた。
真汐楼の二階から、ほんの少しでもお美生が顔をのぞかせる、それだけを祈って。
 
それから半年余り後、お美生はついに廓を抜けた。
伸介が初めて真汐楼を訪れたときと同じ、暑い夏の盛りの出来事だった。
兵士たちに人気のあったお美生を、何としても連れ戻そうとする
廓主を止めたのは、長年真汐楼に務める遣り手だった。
 
「あのままここに置いといても、あの娘は花をつける前に枯れちまう。
そうなったら処分が面倒だ。
どうせいなくなるなら、勝手に飛んで行ってくれた方がまだ気が楽ってもんだよ」
 

 
お美生が消えて一年後、遣り手の元に届いた便りには、
伸介とお美生の名前が並んで記されていた。





散りゆく葉

拍手[1回]

PR


追記を閉じる▲

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 
伸介が()を初めて訪れたのは、日の光が眩しい夏の盛りのことだった。
日中汗だくで働いた伸介に、「ご褒美だ」と親方が連れてきてくれたのが真汐楼()だった。
故郷の貧しい農村を離れ、大工の親方の元に弟子入りして、ようやく五年。
まだあどけなさの残る少年は、いつしか精悍な眼差しを秘めた青年になりつつあった。
ようやく職人としての基礎を身につけた彼を、「大人にさせてやる」
と親方が花町に連れてきたのである。
 
「お、親方、やっぱ俺……いいですよ」
 
うろたえて帰ろうとする伸介を
 
「大の男が情けねぇこと言ってんじゃねえ!
ここを知らなきゃ職人としても一人前にはなれねぇよ!」
 
と引きずって、自身馴染みの真汐楼に引っ張り込んだ親方は、
さっさと()の元へ姿を消してしまった。
一人残された伸介は、遣り手の案内するまま、二階の一室へと通された。
部屋の中にいたのは、一人の少女。
 
「いらっしゃい。真汐楼のお美生()です」
 
ふわっと微笑んだその顔は、どこか懐かしい、春の陽だまりを思わせた。
 
「し、伸介です」
 
おどおどする伸介に、お美生はにこりと笑顔を浮かべて
 
「伸介さんは、こちらは初めて?」
 
と聞いた。
 
「あ、う、うん……実は、そうなんだ。だから勝手がわかんなくて、
緊張しちまって……。ごめんな、俺の相手なんか、つまんねえだろ?」
 
美生の笑顔に釣られて本音が出てしまった伸介は、
言ってしまってから、はたと口を押さえた。
そんな伸介の様子に、お美生はくすくすと笑ってみせた。
 
「いいえ、遊びなれてるフリして女のことなんか何にもわかっていない、
いつものお客さんたちに比べたらずうっといいわ。
ねえ、伸介さんはいくつ? 見たところ私とそう変わらないようだけど……」
 
「じゅ、十八だ」
 
「あら、ピッタリ同じ!」
 
「え!? お前、大人っぽいなあ」
 
「あら、何それ、老けてるって言いたいの?」
 
「い、いやそうじゃなくて……」
 
お美生の明るく、気さくな態度に、伸介の緊張は徐々にほぐれていった。
二人はただひたすら、色々な話をした。故郷のこと、家族のこと、己の生き方のこと。
同じ貧しさを味わっていながら、家族のための金を得るために、
男と女が強いられる苦労の違い。まざまざと見せ付けられた現実が、伸介の胸を打った。
伸介はお美生の姿に、己を重ねた。お美生もまた伸介の中に、自らを見出していた。
二人が互いに惹かれあうのに、時間は必要ではなかった。
 
それから三年後、戦争が始まる。召集令状は、伸介の元にもやって来た。
お美生は彼を、待つと言った。伸介は、生きて帰って来れるかわからない。
お美生の年季は、いつ明けるかわからない。
それでも二人は、誓い合った。いつか必ず、共に生きようと……。
 
 
~~~

 
それから、更に五年が過ぎた。国は戦争に負け、花町は外国兵の支配下にあった。
客として遊郭に来ることができるのは、彼らだけだった。
戦争が終わるまでの三年間、伸介からの手紙はなかった。
「もう、生きてはいるまい」と、他ならぬ大工の親方に告げられても、お美生は彼を忘れなかった。
 
死線を越えた伸介がようやく日本に帰りついたとき、廓の入り口は
ジープによって塞がれ、一般人の立ち入りは禁止されていた。
それでも伸介は、毎日そこに立っていた。
真汐楼の二階から、ほんの少しでもお美生が顔をのぞかせる、それだけを祈って。
 
それから半年余り後、お美生はついに廓を抜けた。
伸介が初めて真汐楼を訪れたときと同じ、暑い夏の盛りの出来事だった。
兵士たちに人気のあったお美生を、何としても連れ戻そうとする
廓主を止めたのは、長年真汐楼に務める遣り手だった。
 
「あのままここに置いといても、あの娘は花をつける前に枯れちまう。
そうなったら処分が面倒だ。
どうせいなくなるなら、勝手に飛んで行ってくれた方がまだ気が楽ってもんだよ」
 

 
お美生が消えて一年後、遣り手の元に届いた便りには、
伸介とお美生の名前が並んで記されていた。





散りゆく葉

拍手[1回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック