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近代風?異世界掌編。同性愛要素あり。
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林檎のように赤い唇が自分のそれに触れた瞬間、僕は驚いて目を見開いた。アダムの、綺麗なきれいな緑の瞳が、僕をじっと見つめていた。僕はゆっくりと瞼を降ろした。拒むという選択肢は、その時の僕には無かった。僕には、君が全てだったから。君しか、いなかったから――
今思うと、君もそうだったのだと思う。君には僕しかいなかった。僕だけが、君を受け入れ、君に寄り添える存在だった。そう信じたいだけなのかもしれない。そうなりたかっただけなのかもしれない。でもね、アダム。僕はあの時、確かに幸せだったんだ……ううん、今でも。
閉じていた瞳を開けた。目の前には冷たい灰色の壁。遥か上方に位置する小さな窓から、申し訳程度に微かな光が漏れている。吐き気を催すほどの臭気にはもう慣れた。ただこの沈黙にだけは――君の声が聞こえない静けさにだけは耐えられない。アダム。君はどうしている? 僕はただ、君に会いたい。
アダム――美しい人だ、と僕は思う。そう言うと君は少し照れて、すぐに話題を逸らしてしまうけれど。初めて会ったのは八百屋の裏口だったろうか。やせ細り、薄汚れた少年が、ゴミ箱の傍にぼんやりと佇んでいた。
「これ、今から捨てるんだけど……いるかい?」
我ながら酷い台詞だったと思う。僕は君に、腐りかけの林檎を差し出した。君は枯れ枝のような手を伸ばして、ところどころ傷んで変色したそれを奪い取った。腐臭と芳香の狭間をたゆたう果汁に汚れた自分の手と、その汁を撒き散らしながら硬度を失った果実を貪る君の唇を見比べて、僕は頬を染めた。それから僕は、毎日のゴミ出しを自ら進んで引き受けるようになったんだ。
「……怒られないのか?」
初めて君の口から洩れた言葉は、その一言であったように思う。気まぐれに顔を見せる君を、ゴミの袋を抱えたまま裏口に佇んで待っていた僕に、現れた君は一瞬戸惑ったように立ちつくし、そう呟いた。
「そうだね、そろそろ気づかれているかも。でも、誰に迷惑をかけているわけでもないし……」
肩をすくめて応えた僕に、君は眉根を寄せた。
「そういう問題じゃないだろう。おまえと、店の評判が落ちる」
はっきりとした発音の、美しい声は少し意外だった。
「じゃあもう君はここには来ないの?」
焦るように問いかけた僕に、君は俯いた。
「それは……」
「ねぇ、名前は?」
返事に窮す君に向かって、話の流れからはほとんど関係の無い、けれどずっと聞きたかった問いを発すると、君は窺うようにこちらを見上げて、答えた。
「……アダム」
「僕はシンだよ。よろしく、アダム」
微笑んで手を差し出すと、君は真っ黒に汚れた自分の手を見て、一瞬躊躇したようだった。そんな君の様子に気づいていながら、僕は手を伸ばして君の右手を無理やり握った。もう八百屋には戻れない。そんなことを思いながらも、握り返してくれた感触が嬉しくて、僕は笑ったんだ。ねぇ、アダム。僕はあの瞬間知ったんだ。君が、僕の魂のもう半分を分け合って生まれた、大切な片割れだってことを――
僕が八百屋の丁稚を辞めて、この町で君と暮らし始めるまで、それほど多くの時間はかからなかったように思う。汚れを落として、清潔な衣服を纏った君は整った目鼻立ちをした美しい少年で、初めてその姿を見た時は息を飲んだ。一緒に食事をして、一緒に洗濯をして、一緒に眠るようになって。君は笑うようになった。泣くようになった。固く、艶やかな林檎を食む君の唇がその皮と同じくらい赤く色づいているのを見た時――僕はふと、泣きたくなった。ここに漂っているのは腐臭ではない、爽やかな、未だ瑞々しい果実の香り。僕にとって何よりも貴重で、かけがえのないもの。
アダム、僕はね。君が今でもあの香りの中で笑っていてくれるなら、後悔なんかしないよ。
~~~
目の前にある薄い唇に、燃えるような衝動を感じて口づけた。おまえは一瞬驚いたように黒い目を見開いたけれど、やがて瞼を閉ざして俺を受け入れた。その瞬間、俺は泣きたくなるような安堵と、深い絶望を感じたんだ。馬鹿じゃないのか、シン。拒んでくれればよかったのに。俺しかいないなんてそんな世界、おまえに与えたいわけじゃなかったのに――
今思えば、俺はおまえを楽園から深い闇の底に引きずり込んでしまったのだと思う。俺には何もなかった。両親も、生きる糧も、希望も。だけどおまえは違う。おまえには夢があった。生活があった。家族があった。それなのに、俺は全てをおまえに失わせてしまった。どうしてこんなことになった? 分かっている。俺が孤児で、おまえと同じ性に属しているからだ。
初めて出会った八百屋の裏口、あそこからやり直せたら。おまえは、黒い瞳に憐れみでも蔑みでもない表情を湛えて俺に林檎を差し出したけれど。俺は、あの林檎を受け取るべきじゃなかった。例え、寒空の下で野垂れ死んでいたとしても。
間違いはいくつもある。あの林檎を食べたこと、ひもじさに耐えかねて、二度、三度とあの八百屋に行ったこと。一番の過ちは、おまえに声をかけたことだ。餌付けをする馬鹿がいるから困るのだと、八百屋の主人に怒鳴られた時点でもうあそこを訪れるべきじゃなかった。それなのに、おまえが座り込んでいるから。赤くかじかんだ手で、袋を携えて佇んでいるから。声をかけてしまった。名前を告げてしまった。そうしたらもう――離れられなくなった。
「僕の家へおいでよ」
その言葉がどれほど嬉しかったか、きっとおまえには分からない。どこの馬の骨とも知れない俺と二人きりで暮らすことが、おまえにとって良い影響を及ぼすわけも無いことは知っていた。それでも、俺はおまえの手を取らずにはいられなかった。
「イヴになりたいな……。僕が、イヴなら良かったのに」
初めて他人と一緒に潜り込んだ、清潔なベッドの中でおまえは呟いた。
「シンは……シンでなきゃ意味がない」
ふるふると首を振った俺に、おまえは笑って俺の頭を撫でた。シン、おまえは何て沢山のものを、俺に与えてくれたんだろう。言葉も、感情も、思い出も、人として大切にしたいと思う全てのものを、おまえが、おまえだけが与えてくれた。おまえといるのは楽しかった。人生で初めての満ち足りた日々だった。そうしていつしか俺は、その優しい黒い瞳に、暖かな手に、不思議な胸の高鳴りを覚えるようになってしまった。
あの日、俺たちの関係が決定的な変化を起こした日。おまえは幸せそうに笑っていて、俺は哀しくて泣いていた。なぁ、シン。何で俺を受け入れた? 俺にはおまえだけだから、おまえを失うことを恐れたのに、おまえは俺のために自身が失われることを是としてしまった。そのことが、哀しいほどに分かりすぎて、切なくて、俺は――
~~~
「同性同士の姦淫は国教と国法において忌むべき大罪である。神を冒涜し、風紀を乱し、国に害為す異端者は即刻死罪に処すべし」
僕は顔を上げた。黒い服を着たいかめしい老人が何やらぼそぼそと呟いていた気がしたけれど具体的な内容は余り耳に入らなかった。国の掟なら知っている。今となっては馬鹿げたルールだ。僕の心は縛れない。僕の心を縛れるのは、アダム、君だけだ。君に出会って僕はそう感じるようになったけれど、君は違ったみたいだね、アダム。あの日から君は恐れるようになった。僕のこと、自分のこと、それから二人のことを。
ねぇ、アダム。だから君は、僕から離れていったの? だから君は、僕を――
~~~
「死刑は間も無く執行されます。被害者の立ち会いは許可されていますが、どうなされますか?」
無機質な印象を与える銀縁の眼鏡をかけた女が機械的に紡ぎ出した言葉に、黙ったまま頷いた。“被害者”という言葉が嗤える。被害者はシンの方だ。此処に佇む俺こそが、本当は死刑台に上るべきだった。どうでも良いと思っていたはずの国の掟が、重大な意味を持って俺にのしかかって来たのはシンと出会ってから。何にも縛られなかったはずの俺が、初めてルールを破ることへの恐怖を感じるようになった。シンを失うこと、その原因となる自分の想いと、この関係性への恐怖を――
いつか失うものなら、目の前で、今、俺の手によって……そう、思ったんだ。
~~~
ガラス越しに、君の顔が見える。相変わらず美しい、緑の瞳が僕を見つめる。幸せだよ、アダム。君に見送ってもらえる。最後まで君の、君のことだけを想って逝ける。愛してる、愛してるアダム。君に林檎を渡して良かった。君が飢えなくて、良かった。
~~~
「シン……シンッ!」
黒い瞳が一瞬緩み、そうして光を失った。取り乱してガラス窓に縋る俺を、憲兵たちが両側から抑え付ける。
「俺も殺せ! おまえたちだって気づいてるんだろう! 彼一人で罪は成立しない。……俺だって死刑だ!」
愛してる、愛してるシン。俺には、おまえしかいなかった。……おまえしか、いなかったんだ。どうしてそれが罪なんだ? あの林檎を食べなかったら、俺は飢えて死んでいた。それを正しいと言う神なんか、俺を救ってくれるわけ無いじゃないか。
銃声が響く。世界は異分子を排除した。国は罪人を裁いた。愛する対象に満ちみちた人々の決めたルールが、愛する対象を一つしか見出せなかった少年を殺した。
→後書き
関連作:『映らない真実』・『Unexsist』・『その花の名は』
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林檎のように赤い唇が自分のそれに触れた瞬間、僕は驚いて目を見開いた。アダムの、綺麗なきれいな緑の瞳が、僕をじっと見つめていた。僕はゆっくりと瞼を降ろした。拒むという選択肢は、その時の僕には無かった。僕には、君が全てだったから。君しか、いなかったから――
今思うと、君もそうだったのだと思う。君には僕しかいなかった。僕だけが、君を受け入れ、君に寄り添える存在だった。そう信じたいだけなのかもしれない。そうなりたかっただけなのかもしれない。でもね、アダム。僕はあの時、確かに幸せだったんだ……ううん、今でも。
閉じていた瞳を開けた。目の前には冷たい灰色の壁。遥か上方に位置する小さな窓から、申し訳程度に微かな光が漏れている。吐き気を催すほどの臭気にはもう慣れた。ただこの沈黙にだけは――君の声が聞こえない静けさにだけは耐えられない。アダム。君はどうしている? 僕はただ、君に会いたい。
アダム――美しい人だ、と僕は思う。そう言うと君は少し照れて、すぐに話題を逸らしてしまうけれど。初めて会ったのは八百屋の裏口だったろうか。やせ細り、薄汚れた少年が、ゴミ箱の傍にぼんやりと佇んでいた。
「これ、今から捨てるんだけど……いるかい?」
我ながら酷い台詞だったと思う。僕は君に、腐りかけの林檎を差し出した。君は枯れ枝のような手を伸ばして、ところどころ傷んで変色したそれを奪い取った。腐臭と芳香の狭間をたゆたう果汁に汚れた自分の手と、その汁を撒き散らしながら硬度を失った果実を貪る君の唇を見比べて、僕は頬を染めた。それから僕は、毎日のゴミ出しを自ら進んで引き受けるようになったんだ。
「……怒られないのか?」
初めて君の口から洩れた言葉は、その一言であったように思う。気まぐれに顔を見せる君を、ゴミの袋を抱えたまま裏口に佇んで待っていた僕に、現れた君は一瞬戸惑ったように立ちつくし、そう呟いた。
「そうだね、そろそろ気づかれているかも。でも、誰に迷惑をかけているわけでもないし……」
肩をすくめて応えた僕に、君は眉根を寄せた。
「そういう問題じゃないだろう。おまえと、店の評判が落ちる」
はっきりとした発音の、美しい声は少し意外だった。
「じゃあもう君はここには来ないの?」
焦るように問いかけた僕に、君は俯いた。
「それは……」
「ねぇ、名前は?」
返事に窮す君に向かって、話の流れからはほとんど関係の無い、けれどずっと聞きたかった問いを発すると、君は窺うようにこちらを見上げて、答えた。
「……アダム」
「僕はシンだよ。よろしく、アダム」
微笑んで手を差し出すと、君は真っ黒に汚れた自分の手を見て、一瞬躊躇したようだった。そんな君の様子に気づいていながら、僕は手を伸ばして君の右手を無理やり握った。もう八百屋には戻れない。そんなことを思いながらも、握り返してくれた感触が嬉しくて、僕は笑ったんだ。ねぇ、アダム。僕はあの瞬間知ったんだ。君が、僕の魂のもう半分を分け合って生まれた、大切な片割れだってことを――
僕が八百屋の丁稚を辞めて、この町で君と暮らし始めるまで、それほど多くの時間はかからなかったように思う。汚れを落として、清潔な衣服を纏った君は整った目鼻立ちをした美しい少年で、初めてその姿を見た時は息を飲んだ。一緒に食事をして、一緒に洗濯をして、一緒に眠るようになって。君は笑うようになった。泣くようになった。固く、艶やかな林檎を食む君の唇がその皮と同じくらい赤く色づいているのを見た時――僕はふと、泣きたくなった。ここに漂っているのは腐臭ではない、爽やかな、未だ瑞々しい果実の香り。僕にとって何よりも貴重で、かけがえのないもの。
アダム、僕はね。君が今でもあの香りの中で笑っていてくれるなら、後悔なんかしないよ。
~~~
目の前にある薄い唇に、燃えるような衝動を感じて口づけた。おまえは一瞬驚いたように黒い目を見開いたけれど、やがて瞼を閉ざして俺を受け入れた。その瞬間、俺は泣きたくなるような安堵と、深い絶望を感じたんだ。馬鹿じゃないのか、シン。拒んでくれればよかったのに。俺しかいないなんてそんな世界、おまえに与えたいわけじゃなかったのに――
今思えば、俺はおまえを楽園から深い闇の底に引きずり込んでしまったのだと思う。俺には何もなかった。両親も、生きる糧も、希望も。だけどおまえは違う。おまえには夢があった。生活があった。家族があった。それなのに、俺は全てをおまえに失わせてしまった。どうしてこんなことになった? 分かっている。俺が孤児で、おまえと同じ性に属しているからだ。
初めて出会った八百屋の裏口、あそこからやり直せたら。おまえは、黒い瞳に憐れみでも蔑みでもない表情を湛えて俺に林檎を差し出したけれど。俺は、あの林檎を受け取るべきじゃなかった。例え、寒空の下で野垂れ死んでいたとしても。
間違いはいくつもある。あの林檎を食べたこと、ひもじさに耐えかねて、二度、三度とあの八百屋に行ったこと。一番の過ちは、おまえに声をかけたことだ。餌付けをする馬鹿がいるから困るのだと、八百屋の主人に怒鳴られた時点でもうあそこを訪れるべきじゃなかった。それなのに、おまえが座り込んでいるから。赤くかじかんだ手で、袋を携えて佇んでいるから。声をかけてしまった。名前を告げてしまった。そうしたらもう――離れられなくなった。
「僕の家へおいでよ」
その言葉がどれほど嬉しかったか、きっとおまえには分からない。どこの馬の骨とも知れない俺と二人きりで暮らすことが、おまえにとって良い影響を及ぼすわけも無いことは知っていた。それでも、俺はおまえの手を取らずにはいられなかった。
「イヴになりたいな……。僕が、イヴなら良かったのに」
初めて他人と一緒に潜り込んだ、清潔なベッドの中でおまえは呟いた。
「シンは……シンでなきゃ意味がない」
ふるふると首を振った俺に、おまえは笑って俺の頭を撫でた。シン、おまえは何て沢山のものを、俺に与えてくれたんだろう。言葉も、感情も、思い出も、人として大切にしたいと思う全てのものを、おまえが、おまえだけが与えてくれた。おまえといるのは楽しかった。人生で初めての満ち足りた日々だった。そうしていつしか俺は、その優しい黒い瞳に、暖かな手に、不思議な胸の高鳴りを覚えるようになってしまった。
あの日、俺たちの関係が決定的な変化を起こした日。おまえは幸せそうに笑っていて、俺は哀しくて泣いていた。なぁ、シン。何で俺を受け入れた? 俺にはおまえだけだから、おまえを失うことを恐れたのに、おまえは俺のために自身が失われることを是としてしまった。そのことが、哀しいほどに分かりすぎて、切なくて、俺は――
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「同性同士の姦淫は国教と国法において忌むべき大罪である。神を冒涜し、風紀を乱し、国に害為す異端者は即刻死罪に処すべし」
僕は顔を上げた。黒い服を着たいかめしい老人が何やらぼそぼそと呟いていた気がしたけれど具体的な内容は余り耳に入らなかった。国の掟なら知っている。今となっては馬鹿げたルールだ。僕の心は縛れない。僕の心を縛れるのは、アダム、君だけだ。君に出会って僕はそう感じるようになったけれど、君は違ったみたいだね、アダム。あの日から君は恐れるようになった。僕のこと、自分のこと、それから二人のことを。
ねぇ、アダム。だから君は、僕から離れていったの? だから君は、僕を――
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「死刑は間も無く執行されます。被害者の立ち会いは許可されていますが、どうなされますか?」
無機質な印象を与える銀縁の眼鏡をかけた女が機械的に紡ぎ出した言葉に、黙ったまま頷いた。“被害者”という言葉が嗤える。被害者はシンの方だ。此処に佇む俺こそが、本当は死刑台に上るべきだった。どうでも良いと思っていたはずの国の掟が、重大な意味を持って俺にのしかかって来たのはシンと出会ってから。何にも縛られなかったはずの俺が、初めてルールを破ることへの恐怖を感じるようになった。シンを失うこと、その原因となる自分の想いと、この関係性への恐怖を――
いつか失うものなら、目の前で、今、俺の手によって……そう、思ったんだ。
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ガラス越しに、君の顔が見える。相変わらず美しい、緑の瞳が僕を見つめる。幸せだよ、アダム。君に見送ってもらえる。最後まで君の、君のことだけを想って逝ける。愛してる、愛してるアダム。君に林檎を渡して良かった。君が飢えなくて、良かった。
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「シン……シンッ!」
黒い瞳が一瞬緩み、そうして光を失った。取り乱してガラス窓に縋る俺を、憲兵たちが両側から抑え付ける。
「俺も殺せ! おまえたちだって気づいてるんだろう! 彼一人で罪は成立しない。……俺だって死刑だ!」
愛してる、愛してるシン。俺には、おまえしかいなかった。……おまえしか、いなかったんだ。どうしてそれが罪なんだ? あの林檎を食べなかったら、俺は飢えて死んでいた。それを正しいと言う神なんか、俺を救ってくれるわけ無いじゃないか。
銃声が響く。世界は異分子を排除した。国は罪人を裁いた。愛する対象に満ちみちた人々の決めたルールが、愛する対象を一つしか見出せなかった少年を殺した。
→後書き
関連作:『映らない真実』・『Unexsist』・『その花の名は』
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