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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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拍手ログ。『まぼろしの仮面』番外編。イヴェット視点。


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その方とお会いしたのは、わたくしが十二になったばかりのときだった。ようやく皇宮に上がれる年齢(とし)を迎えたわたくしは、一つ年下の皇女殿下のお話し相手として皇宮の中庭に入ることを許された。
 
「やぁ、君が今日から姫のお相手を務めてくださることになっているディヴリー侯爵のご令嬢?」
 
まるで大切な宝物でも抱くように、その腕に皇女(ひめ)を抱えて現れた、キラキラと輝く黄金の髪にサファイアのような瞳の青年。まるでおとぎ話に出てくる王子様のようなその方が、皇太子セドリック殿下なのだ、と一目で分かった。殿下の言葉に、彼の腕の中の皇女の表情(かお)がパッと明るいものへと変化する。
 
「セドリック、降ろして。わたくしもう自分でご挨拶くらいできるわ」
 
「はいはい。イヴェット嬢に失礼のないように、きちんとご挨拶して仲良くしていただくんだよ、リリアーヌ」
 
ポンポン、と優しく皇女の頭を撫でる優しげな手つきに、わたくしは初めて誰かを妬ましいと思う感情を知った。
 
 
~~~
 
 
セドリック様の命は、まるで“まぼろし”のように儚く消え失せてしまった。隣国エステンの王、ゲオルクに敗れて。ゲオルクはリリアーヌを己が后とし、我が国を乗っ取った。初めはその事実に憤慨していた父も、ゲオルクが後宮を開いた話を聞いた途端に態度が急変した。
 
「のう、イヴェット、そなた新帝の後宮に入らぬか? あの男はヴィラールの血を欲していると聞く。もし万が一おまえが最初の男子を生めば、皇太后となれるかもしれんぞ?」
 
呆れ返りながらもその言葉に頷いたのは、それがまたとない機会(チャンス)だと思ったから。リリアーヌと、あの男に復讐するための。わたくし自身の“まぼろし”のように儚かった“恋”を弔うための。
 
 
~~~
 
 
『ねぇ、どうしてリリアーヌと結婚なさって一年も経ちますのに、未だお手を触れられませんの?』
 
閨の中で問いかけた言葉に、あの方は笑顔でこう答えた。
 
『リリアーヌはね、私にとって何よりも大事な娘(こ)なんだ。あの娘が幼いころからずっとこの手で慈しみ、その成長を見守り、先帝陛下、今は亡き皇太后陛下と共に大切に育んできた……。だから、そう簡単に手折ってしまいたくはないんだ。しかるべき時期に、ちゃんとしたかたちで妻にしたい。だから待っているんだよ、あの娘が花開くときが来るのを』
 
皇帝に即位したばかりのセドリック様と、関係を持つ女は何人かいた。けれどその中の誰一人として、“側室”として正式に後宮に招かれた者はいなかった。先帝ユルバン陛下と同じように、セドリック様の後宮に住まうのも皇后ただ一人。リリアーヌ。セドリック様が大切に、大切に慈しみ育てた花。その花が主を裏切るというのか? 他の男に向けて芳香をまき散らし、美しい花弁を開いてみせようというのか?
 
 
~~~
 
 
「……何の真似だ、これは」
 
『もう諦めて後宮を去れ。今ならばまだ他の嫁ぎ先が見つかる』
 
父からそんな手紙を受け取ったのは、リリアーヌが二人目の皇子を生んだころだった。
 
それならばお父様、わたくしが何をしても、どんな復讐を遂げようとも、もう文句はありませんわね?
 
閨の中、すっかり寝入ったゲオルクの胸元に懐剣を突きたてようとしたわたくしの気配に、ゲオルクはさっと起き上がってわたくしの腕を押さえつける。
 
「復讐ですわ。憎い、憎い……あの方を殺した仇!」
 
更に暴れ回ろうと試みるも、強い力で抑え込まれてしまっては敵わない。わたくしは己の運命(さだめ)が此処までであることを知った。
 
「おまえといい、リリアーヌといい……セドリックというのは余程の色男であったと見える」
 
「おほほほほ!」
 
わたくしは思わず笑い出した。皇后がゲオルクをセドリック様だと思い込んでいる、という噂は聞いていた。事実、最初の子を身籠った辺りからリリアーヌのゲオルクに対する態度は一変したし、金を掴ませて口を割った皇后付き女官のカミーユもそう証言していた。
 
けれど、違う……そうね、リリアーヌ。あなたはあなたの復讐を。わたくしはわたくしの復讐を。
だってリリアーヌ、あなた気づいていないのかしら? あなたのやり方では、いつかセドリック様をも傷つけることになる。ゲオルクだけではない、あなただけではない。自分だけを見つめ、自分だけを愛するようにあなたを育ててきたあの方の心にまで牙を、爪を食いこませ、深く傷つけても良いというの? だからあなたが嫌いなのよ、リリアーヌ。美しく傲慢な皇女様! わたくしが誰よりも慕うあの方が、何よりも愛した皇后様!
 
「何だ……? 一体何が、そんなにおかしい? イヴェット」
 
どこか怯えるようにこちらを見るゲオルクの瞳の中に垣間見えるかすかな揺らぎ。ああ、リリアーヌ。きっとあなたの復讐は成功するわ。最も理想的で、最も残酷なかたちで!
 
「いいえ、別に何も。リリアーヌと……皇后様といつまでも仲睦まじゅう」
 
そう微笑んだ瞬間、わたくしの首は切り落とされた。
 
 
~~~
 
 
「皇后様……イヴェット様が」
 
震えながらシルヴィが告げた報せに、わたくしは溜息を吐いて悲しむふりをした。ゲオルクの命を狙ってきた刺客に襲われたというイヴェット。きっと殺したのはゲオルクだろう。哀れなイヴェット。可哀想なイヴェット。わたくしと真実(まこと)の夫婦になる前、幾人かいたというセドリック様の愛人の一人。
 
「それが、あなたの復讐だったのね……」
 
静かに呟いた言葉を、聞いている者は誰もいない。腕の中の赤子をそっと揺らす。イヴェットはきっとわたくしのことを、間違っていると言うに違いない。真っ直ぐで情熱的で、いつもいつもわたくしと張り合い、嫉妬の感情を隠そうともしなかった彼女に、わたくしは好感を抱いていた。ともすれば、羨ましさを感じるくらいに。
 
「それでもわたくしは、この道しか選べない……」
 
中庭から見上げる空はあのころと同じ。けれどその空と同じ色をしていたはずのあの方の瞳を、近ごろのわたくしはすっかり思い出せなくなっていた。




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その方とお会いしたのは、わたくしが十二になったばかりのときだった。ようやく皇宮に上がれる年齢(とし)を迎えたわたくしは、一つ年下の皇女殿下のお話し相手として皇宮の中庭に入ることを許された。
 
「やぁ、君が今日から姫のお相手を務めてくださることになっているディヴリー侯爵のご令嬢?」
 
まるで大切な宝物でも抱くように、その腕に皇女(ひめ)を抱えて現れた、キラキラと輝く黄金の髪にサファイアのような瞳の青年。まるでおとぎ話に出てくる王子様のようなその方が、皇太子セドリック殿下なのだ、と一目で分かった。殿下の言葉に、彼の腕の中の皇女の表情(かお)がパッと明るいものへと変化する。
 
「セドリック、降ろして。わたくしもう自分でご挨拶くらいできるわ」
 
「はいはい。イヴェット嬢に失礼のないように、きちんとご挨拶して仲良くしていただくんだよ、リリアーヌ」
 
ポンポン、と優しく皇女の頭を撫でる優しげな手つきに、わたくしは初めて誰かを妬ましいと思う感情を知った。
 
 
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セドリック様の命は、まるで“まぼろし”のように儚く消え失せてしまった。隣国エステンの王、ゲオルクに敗れて。ゲオルクはリリアーヌを己が后とし、我が国を乗っ取った。初めはその事実に憤慨していた父も、ゲオルクが後宮を開いた話を聞いた途端に態度が急変した。
 
「のう、イヴェット、そなた新帝の後宮に入らぬか? あの男はヴィラールの血を欲していると聞く。もし万が一おまえが最初の男子を生めば、皇太后となれるかもしれんぞ?」
 
呆れ返りながらもその言葉に頷いたのは、それがまたとない機会(チャンス)だと思ったから。リリアーヌと、あの男に復讐するための。わたくし自身の“まぼろし”のように儚かった“恋”を弔うための。
 
 
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『ねぇ、どうしてリリアーヌと結婚なさって一年も経ちますのに、未だお手を触れられませんの?』
 
閨の中で問いかけた言葉に、あの方は笑顔でこう答えた。
 
『リリアーヌはね、私にとって何よりも大事な娘(こ)なんだ。あの娘が幼いころからずっとこの手で慈しみ、その成長を見守り、先帝陛下、今は亡き皇太后陛下と共に大切に育んできた……。だから、そう簡単に手折ってしまいたくはないんだ。しかるべき時期に、ちゃんとしたかたちで妻にしたい。だから待っているんだよ、あの娘が花開くときが来るのを』
 
皇帝に即位したばかりのセドリック様と、関係を持つ女は何人かいた。けれどその中の誰一人として、“側室”として正式に後宮に招かれた者はいなかった。先帝ユルバン陛下と同じように、セドリック様の後宮に住まうのも皇后ただ一人。リリアーヌ。セドリック様が大切に、大切に慈しみ育てた花。その花が主を裏切るというのか? 他の男に向けて芳香をまき散らし、美しい花弁を開いてみせようというのか?
 
 
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「……何の真似だ、これは」
 
『もう諦めて後宮を去れ。今ならばまだ他の嫁ぎ先が見つかる』
 
父からそんな手紙を受け取ったのは、リリアーヌが二人目の皇子を生んだころだった。
 
それならばお父様、わたくしが何をしても、どんな復讐を遂げようとも、もう文句はありませんわね?
 
閨の中、すっかり寝入ったゲオルクの胸元に懐剣を突きたてようとしたわたくしの気配に、ゲオルクはさっと起き上がってわたくしの腕を押さえつける。
 
「復讐ですわ。憎い、憎い……あの方を殺した仇!」
 
更に暴れ回ろうと試みるも、強い力で抑え込まれてしまっては敵わない。わたくしは己の運命(さだめ)が此処までであることを知った。
 
「おまえといい、リリアーヌといい……セドリックというのは余程の色男であったと見える」
 
「おほほほほ!」
 
わたくしは思わず笑い出した。皇后がゲオルクをセドリック様だと思い込んでいる、という噂は聞いていた。事実、最初の子を身籠った辺りからリリアーヌのゲオルクに対する態度は一変したし、金を掴ませて口を割った皇后付き女官のカミーユもそう証言していた。
 
けれど、違う……そうね、リリアーヌ。あなたはあなたの復讐を。わたくしはわたくしの復讐を。
だってリリアーヌ、あなた気づいていないのかしら? あなたのやり方では、いつかセドリック様をも傷つけることになる。ゲオルクだけではない、あなただけではない。自分だけを見つめ、自分だけを愛するようにあなたを育ててきたあの方の心にまで牙を、爪を食いこませ、深く傷つけても良いというの? だからあなたが嫌いなのよ、リリアーヌ。美しく傲慢な皇女様! わたくしが誰よりも慕うあの方が、何よりも愛した皇后様!
 
「何だ……? 一体何が、そんなにおかしい? イヴェット」
 
どこか怯えるようにこちらを見るゲオルクの瞳の中に垣間見えるかすかな揺らぎ。ああ、リリアーヌ。きっとあなたの復讐は成功するわ。最も理想的で、最も残酷なかたちで!
 
「いいえ、別に何も。リリアーヌと……皇后様といつまでも仲睦まじゅう」
 
そう微笑んだ瞬間、わたくしの首は切り落とされた。
 
 
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「皇后様……イヴェット様が」
 
震えながらシルヴィが告げた報せに、わたくしは溜息を吐いて悲しむふりをした。ゲオルクの命を狙ってきた刺客に襲われたというイヴェット。きっと殺したのはゲオルクだろう。哀れなイヴェット。可哀想なイヴェット。わたくしと真実(まこと)の夫婦になる前、幾人かいたというセドリック様の愛人の一人。
 
「それが、あなたの復讐だったのね……」
 
静かに呟いた言葉を、聞いている者は誰もいない。腕の中の赤子をそっと揺らす。イヴェットはきっとわたくしのことを、間違っていると言うに違いない。真っ直ぐで情熱的で、いつもいつもわたくしと張り合い、嫉妬の感情を隠そうともしなかった彼女に、わたくしは好感を抱いていた。ともすれば、羨ましさを感じるくらいに。
 
「それでもわたくしは、この道しか選べない……」
 
中庭から見上げる空はあのころと同じ。けれどその空と同じ色をしていたはずのあの方の瞳を、近ごろのわたくしはすっかり思い出せなくなっていた。




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