忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


目次(欧風)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



国が敗(ま)けた。先帝の娘であり、現皇帝の后であるわたくしはこの国に唯一残された皇族としてどんな処遇を受けることも覚悟して簒奪者……いえ、勝者たちを皇宮の中に受け入れた。
 
 
~~~
 
 
「お初にお目にかかります、ヴィラール帝国皇后リリアーヌ様。これはこれは、噂以上にお美しくていらっしゃる」
 
「エステン王国国王陛下、ゲオルク様でございますね。皇帝陛下はあなたとの戦で討ち死にを遂げられたとのこと、もはやこの宮に残る皇族はわたくし一人。既にこの国には戦えるだけの力は残っておりません。この上はどうかわたくし一人の命を持って、兵や臣下、民たちに対しては寛大なご処置をいただけないでしょうか?」
 
目の前の玉座にドシリと座した野性味溢れる頑健な男が、わたくしの仇。わたくしの国を滅ぼし、わたくしの夫を殺し、今またわたくしの城まで奪い去ろうとしている、憎むべきエステンの国王・ゲオルク! その男の眼前に、今わたくしは跪いている。既に失われてしまったこの国の、最後の皇族としての務めを果たすために。
 
「無論です、皇后陛下。私はこの国を、平和的な手段で統治したいのです。そしてそのためには、あなたの存在が不可欠だ」
 
ニヤリ、と嗤いながら玉座を降りた男がわたくしの傍に近づいてくる。恨んでも、恨んでも恨み切れない仇、本当ならば刺し違えてでも、その命を奪ってしまいたい相手。
 
「あなたは先帝……いえ、もはや“先々帝”となられましたか、ユルバン陛下のたった一人の姫君とお聞きしました。そして皇帝……いえ、“先帝”セドリック陛下は元々はあなたの従兄、先々帝の甥であられたとか。つまりはこの国の“正当な”皇帝の血筋を引いているのはあなただけ。臣民の人望も厚いと言われるあなたが私の后となってくだされば、この国の臣も民も、私が皇帝となることに何も文句は言わなくなるでしょうね」
 
不意をつかれて顎を取られ、紡がれた言葉の意味を咀嚼する。同時に込み上げてくる激しい怒りに、身体が震え出し、思わず己の顎を掴む汚らわしい手を叩き落してしまった。
 
「いくら敗国の人間とはいえ、わたくしにも皇族としての誇りというものがございます! 陛下を……夫を奪った仇の后となるなど、誰が承知できましょうか!? それならばいっそあなたの国まで引き出され、卑しい民たちの前でこの首を切り落とされた方がマシです!」
 
激昂し叫んだわたくしにゲオルクはさっと身を翻し、さも心外である、といったようにわざとらしく溜息を吐いてみせた。
 
「おやおや、あなたは私の国の民を『卑しい』とおっしゃる。全くもって同感ですな。あなたの『皇族としての誇り』を踏みにじるような発言を平気でするこの私を国王に掲げているのですから。……まぁ、それもほんの五年前からのことでございますが」
 
妖しく嗤う男の表情(かお)に、この男がエステンの王に即位した際、この国まで流れきた噂が脳裏を過ぎる。
 
『エステン王国の新国王ゲオルクは、自分を一兵卒から将軍にまで取り立て、己が娘を妻として与えくれた先王ゴットホルトを暗殺し、王位についたのだ』
 
と。前国王の一人娘の婿として王位についた不気味な男。わたくしと極めて近い立場にある、その妃クリスティーネ王女に感じたいささかの同情。
 
わたくしの場合はまだ良かった。夫のセドリックとは十才年が離れていたものの、幼き日より婚約者として慣れ親しみ、王位の継承もわたくしの父が生きている間に穏やかなかたちで行われた。
三年前に他界した父。ゲオルクの即位と同時に、急速にその勢力を増してきた以前は小国であったはずの隣国・エステン王国。戦争が起こったのは、先帝であった父の崩御と同時だった。
当時ようやくわたくしと真実(まこと)の夫婦となったばかりのセドリックは、わたくしと少しもゆっくりと時間(とき)を過ごす暇(いとま)もなく、自ら戦場に出た。初めは圧倒的な数の優位を誇る我が国に勢いがあったはずの戦局は日に日に厳しさを増し、兵糧は尽き、民草は疲れ果て……そうして遂に、終わりの日がやってきた。
皇帝・セドリックの戦死。セドリックとわたくしとの間に子は無かった。わたくしは亡き父の一粒種。父のきょうだいたちも皆既に老い果て、戦う気力も無く隠れ震えているか他国に亡命し逃げ果てたかのどちらかであった。
 
セドリック……黄金の髪に青い瞳を宿した、兄のように優しいわたくしの従兄、何よりも大切な、愛すべき夫! どうして、その夫を殺した相手の元などに嫁げようか、それでなくとも、わたくしは幼き日よりセドリックしか知らずに育ったのだ。彼だけを見つめ、彼だけを愛し、彼の手のぬくもりだけを感じて育ったのだ。どうして今さら他の男の妻となることができようか。そんな辱めを受けるくらいなら、いっそ自らの手で……!
 
ぎゅっと拳を握りしめ、口をつぐんだわたくしの意図を察したのか、ゲオルクは素早い動きでわたくしの身体を己の元に引き寄せると、無理やり唇を寄せ、あろうことか口内に舌をねじ込んできた。
 
「……っ……無礼者! 何をする!?」
 
我が国の重臣や憎きエステン王国の家臣たちも居並ぶ前で交わされた濃厚な口付けに、わたくしは込み上げる衝動のままにゲオルクの頬を打った。
 
「いえ、皇后陛下が余りにも早まったご決断をなさろうとしたので、それをお止めしたまでのこと」
 
飄々と答える男に、わたくしはあの場で己がやろうとしていたことを全て知られていたことに気づき、羞恥と怒りで目の前が真っ白になった。
 
「いいですか、皇后陛下。私は逆らう臣は斬り殺し、従わぬ民は滅ぼしてしまえば良い、という考え方の持ち主です。もしあなたがお一人で早まったご決断をなされた場合、この国の臣民がどうなるか……ご自身の『皇族としての誇り』と照らし合わせてよくお考えいただきたい」
 
「無礼な! それではまるで皇后陛下に対する脅しではないか!」
 
立ち上がり、叫んだ我が国の臣の一人に向かい、ゲオルクの合図を受けたエステンの兵が真っ先に近づき、彼を背後から取り押さえて喉元に刃を向けた。
 
「ぐ、う……っ!」
 
苦しそうな彼の呻き声、首筋から流れ落ちた一筋の血を目にした瞬間、わたくしの唇は自ずからその言葉を紡いでいた。
 
「分かりました、あなたの……この国の、新たな主の后となることを受け入れましょう。それが、最後の皇族として残されたわたくしの務めであるのならば」
 
呆然と語られた言葉に、ゲオルクは高らかに笑い、エステンの兵士たちは沸き立ち、我が国の臣たちは悲鳴と怒号に崩れ落ちた。
 
「さすがは聡明な皇后陛下……いえ、これからはもう許嫁同士なのですから、リリアーヌと名をお呼びしても良いな。式の日取りはなるべく早い方がいいでしょう。ご希望のお日にちなどはございますか?」
 
「……叶うならば、セドリック様の……先帝陛下の喪が明けてから。それから約束して下さい、わたくしがあなたの后となる代わりに、この国の臣民には決して手荒なまねはせぬ、と。あなたも、あなたの臣や兵たちにも」
 
「もちろん、お約束致します、リリアーヌ。言ったでしょう? 私はこの国を『平和的な手段で統治する』ために、あなたを后に迎えるのだと」
 
胡散臭い微笑に恭しく口づけられた手を引き、ふと思い出したことを問うてみる。
 
「そういえばあなたは……お国元に王妃殿下を残しておいでなのではないですか? わたくしは側室の一人となるのですか? クリスティーネ様はご納得されて……」
 
わたくしの発言が終わらぬうちに、エステンの兵士たちが下品な笑い声を上げ始める。そんな兵士たちを宥めるように、ゲオルクは若干苦笑を浮かべながら私を見つめた。
 
「リリアーヌ、私の正妃クリスティーネは先日亡くなってしまったんだ……突然の、不幸な事故でね」
 
その、底冷えた眼差しが物語る真実。この男は、己が妃を殺したのだ! 己がエステン国王の座に着くためには必要不可欠であったであろう、王族の血を引く姫君を!
おそらくそれはエステン王国よりもずっと強大で、豊かな土地を持つ我が国を手に入れる算段がつき、もう彼女が必要ではなくなったから。この男は最初からこの国を乗っ取るつもりで、ゴットホルト王を、クリスティーネ王女を、セドリック様を!
それではわたくしも“必要ではなくなったら”殺されてしまうのだろうか?
 
……それも良い、どうせもう会いたい人はどこにもいない。この身は少しでもこの国の臣を、民を生き永らえさせるためだけにある。わたくしはただの人形も同然となって、この男の隣に在り続ければ良いのだから。







拍手[2回]

PR


追記を閉じる▲

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



国が敗(ま)けた。先帝の娘であり、現皇帝の后であるわたくしはこの国に唯一残された皇族としてどんな処遇を受けることも覚悟して簒奪者……いえ、勝者たちを皇宮の中に受け入れた。
 
 
~~~
 
 
「お初にお目にかかります、ヴィラール帝国皇后リリアーヌ様。これはこれは、噂以上にお美しくていらっしゃる」
 
「エステン王国国王陛下、ゲオルク様でございますね。皇帝陛下はあなたとの戦で討ち死にを遂げられたとのこと、もはやこの宮に残る皇族はわたくし一人。既にこの国には戦えるだけの力は残っておりません。この上はどうかわたくし一人の命を持って、兵や臣下、民たちに対しては寛大なご処置をいただけないでしょうか?」
 
目の前の玉座にドシリと座した野性味溢れる頑健な男が、わたくしの仇。わたくしの国を滅ぼし、わたくしの夫を殺し、今またわたくしの城まで奪い去ろうとしている、憎むべきエステンの国王・ゲオルク! その男の眼前に、今わたくしは跪いている。既に失われてしまったこの国の、最後の皇族としての務めを果たすために。
 
「無論です、皇后陛下。私はこの国を、平和的な手段で統治したいのです。そしてそのためには、あなたの存在が不可欠だ」
 
ニヤリ、と嗤いながら玉座を降りた男がわたくしの傍に近づいてくる。恨んでも、恨んでも恨み切れない仇、本当ならば刺し違えてでも、その命を奪ってしまいたい相手。
 
「あなたは先帝……いえ、もはや“先々帝”となられましたか、ユルバン陛下のたった一人の姫君とお聞きしました。そして皇帝……いえ、“先帝”セドリック陛下は元々はあなたの従兄、先々帝の甥であられたとか。つまりはこの国の“正当な”皇帝の血筋を引いているのはあなただけ。臣民の人望も厚いと言われるあなたが私の后となってくだされば、この国の臣も民も、私が皇帝となることに何も文句は言わなくなるでしょうね」
 
不意をつかれて顎を取られ、紡がれた言葉の意味を咀嚼する。同時に込み上げてくる激しい怒りに、身体が震え出し、思わず己の顎を掴む汚らわしい手を叩き落してしまった。
 
「いくら敗国の人間とはいえ、わたくしにも皇族としての誇りというものがございます! 陛下を……夫を奪った仇の后となるなど、誰が承知できましょうか!? それならばいっそあなたの国まで引き出され、卑しい民たちの前でこの首を切り落とされた方がマシです!」
 
激昂し叫んだわたくしにゲオルクはさっと身を翻し、さも心外である、といったようにわざとらしく溜息を吐いてみせた。
 
「おやおや、あなたは私の国の民を『卑しい』とおっしゃる。全くもって同感ですな。あなたの『皇族としての誇り』を踏みにじるような発言を平気でするこの私を国王に掲げているのですから。……まぁ、それもほんの五年前からのことでございますが」
 
妖しく嗤う男の表情(かお)に、この男がエステンの王に即位した際、この国まで流れきた噂が脳裏を過ぎる。
 
『エステン王国の新国王ゲオルクは、自分を一兵卒から将軍にまで取り立て、己が娘を妻として与えくれた先王ゴットホルトを暗殺し、王位についたのだ』
 
と。前国王の一人娘の婿として王位についた不気味な男。わたくしと極めて近い立場にある、その妃クリスティーネ王女に感じたいささかの同情。
 
わたくしの場合はまだ良かった。夫のセドリックとは十才年が離れていたものの、幼き日より婚約者として慣れ親しみ、王位の継承もわたくしの父が生きている間に穏やかなかたちで行われた。
三年前に他界した父。ゲオルクの即位と同時に、急速にその勢力を増してきた以前は小国であったはずの隣国・エステン王国。戦争が起こったのは、先帝であった父の崩御と同時だった。
当時ようやくわたくしと真実(まこと)の夫婦となったばかりのセドリックは、わたくしと少しもゆっくりと時間(とき)を過ごす暇(いとま)もなく、自ら戦場に出た。初めは圧倒的な数の優位を誇る我が国に勢いがあったはずの戦局は日に日に厳しさを増し、兵糧は尽き、民草は疲れ果て……そうして遂に、終わりの日がやってきた。
皇帝・セドリックの戦死。セドリックとわたくしとの間に子は無かった。わたくしは亡き父の一粒種。父のきょうだいたちも皆既に老い果て、戦う気力も無く隠れ震えているか他国に亡命し逃げ果てたかのどちらかであった。
 
セドリック……黄金の髪に青い瞳を宿した、兄のように優しいわたくしの従兄、何よりも大切な、愛すべき夫! どうして、その夫を殺した相手の元などに嫁げようか、それでなくとも、わたくしは幼き日よりセドリックしか知らずに育ったのだ。彼だけを見つめ、彼だけを愛し、彼の手のぬくもりだけを感じて育ったのだ。どうして今さら他の男の妻となることができようか。そんな辱めを受けるくらいなら、いっそ自らの手で……!
 
ぎゅっと拳を握りしめ、口をつぐんだわたくしの意図を察したのか、ゲオルクは素早い動きでわたくしの身体を己の元に引き寄せると、無理やり唇を寄せ、あろうことか口内に舌をねじ込んできた。
 
「……っ……無礼者! 何をする!?」
 
我が国の重臣や憎きエステン王国の家臣たちも居並ぶ前で交わされた濃厚な口付けに、わたくしは込み上げる衝動のままにゲオルクの頬を打った。
 
「いえ、皇后陛下が余りにも早まったご決断をなさろうとしたので、それをお止めしたまでのこと」
 
飄々と答える男に、わたくしはあの場で己がやろうとしていたことを全て知られていたことに気づき、羞恥と怒りで目の前が真っ白になった。
 
「いいですか、皇后陛下。私は逆らう臣は斬り殺し、従わぬ民は滅ぼしてしまえば良い、という考え方の持ち主です。もしあなたがお一人で早まったご決断をなされた場合、この国の臣民がどうなるか……ご自身の『皇族としての誇り』と照らし合わせてよくお考えいただきたい」
 
「無礼な! それではまるで皇后陛下に対する脅しではないか!」
 
立ち上がり、叫んだ我が国の臣の一人に向かい、ゲオルクの合図を受けたエステンの兵が真っ先に近づき、彼を背後から取り押さえて喉元に刃を向けた。
 
「ぐ、う……っ!」
 
苦しそうな彼の呻き声、首筋から流れ落ちた一筋の血を目にした瞬間、わたくしの唇は自ずからその言葉を紡いでいた。
 
「分かりました、あなたの……この国の、新たな主の后となることを受け入れましょう。それが、最後の皇族として残されたわたくしの務めであるのならば」
 
呆然と語られた言葉に、ゲオルクは高らかに笑い、エステンの兵士たちは沸き立ち、我が国の臣たちは悲鳴と怒号に崩れ落ちた。
 
「さすがは聡明な皇后陛下……いえ、これからはもう許嫁同士なのですから、リリアーヌと名をお呼びしても良いな。式の日取りはなるべく早い方がいいでしょう。ご希望のお日にちなどはございますか?」
 
「……叶うならば、セドリック様の……先帝陛下の喪が明けてから。それから約束して下さい、わたくしがあなたの后となる代わりに、この国の臣民には決して手荒なまねはせぬ、と。あなたも、あなたの臣や兵たちにも」
 
「もちろん、お約束致します、リリアーヌ。言ったでしょう? 私はこの国を『平和的な手段で統治する』ために、あなたを后に迎えるのだと」
 
胡散臭い微笑に恭しく口づけられた手を引き、ふと思い出したことを問うてみる。
 
「そういえばあなたは……お国元に王妃殿下を残しておいでなのではないですか? わたくしは側室の一人となるのですか? クリスティーネ様はご納得されて……」
 
わたくしの発言が終わらぬうちに、エステンの兵士たちが下品な笑い声を上げ始める。そんな兵士たちを宥めるように、ゲオルクは若干苦笑を浮かべながら私を見つめた。
 
「リリアーヌ、私の正妃クリスティーネは先日亡くなってしまったんだ……突然の、不幸な事故でね」
 
その、底冷えた眼差しが物語る真実。この男は、己が妃を殺したのだ! 己がエステン国王の座に着くためには必要不可欠であったであろう、王族の血を引く姫君を!
おそらくそれはエステン王国よりもずっと強大で、豊かな土地を持つ我が国を手に入れる算段がつき、もう彼女が必要ではなくなったから。この男は最初からこの国を乗っ取るつもりで、ゴットホルト王を、クリスティーネ王女を、セドリック様を!
それではわたくしも“必要ではなくなったら”殺されてしまうのだろうか?
 
……それも良い、どうせもう会いたい人はどこにもいない。この身は少しでもこの国の臣を、民を生き永らえさせるためだけにある。わたくしはただの人形も同然となって、この男の隣に在り続ければ良いのだから。







拍手[2回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック