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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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デンパンブックス『あのひと』より再録。拍手ログSSS。
遠距離恋愛中の女の子の想い。

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「遠い、なぁ……」

誰に呟くでもなく漏れた言葉は宙に舞う。
届かない、届かない。どんなに想っていても。

「早く帰ってこないかなー」

自分から行くことは出来ないから。

「怖い、もん……」

彼のことを信じていないわけじゃない。信じられないのは自分の方だ。
彼の、向こうでの生活、知らない町、知らない建物、知らない人……
それらを見てしまえば、ただでさえ不安に飲み込まれてしまいそうな
己の脆弱な心が、完全に挫けてしまうのではないか、と。
傷つきたくない。傷つけたくない。だからここを、動けない。

『来週は一旦帰るよ(^▽^)b』

何度も何度も確認したメールを、もう一度開く。

「あと、三日かぁ……」

彼が帰ってくると約束したはずの、週末。
具体的に何時の新幹線に乗るとか、土曜と日曜のどちらなら会えるのか、
という連絡は未だ無い。けれど彼はいつもこうなのだ。
突然ひょっこり帰ってきて、当たり前のように我が家の玄関のチャイムを鳴らす。

――ピンポーン――

そんなことを考えていると、一瞬本当にチャイムの音が聞こえた気がした。
こんな深夜に有り得ない、と思いながらも思わず玄関に向かって駆け出す。
ドタドタと階段を降りて扉を開けると、ピュウッと冷たい風が吹き込んできた。

「やっぱり、いるわけないよね……」

ため息を吐いて扉を閉め、鍵をかける。
いくら突然でも、彼の訪れはいつも家人が起きている時間帯だ。

 
~~~
 

『おばさん、こんばんは。ご無沙汰してますー。未優借りてってもいいですか?』

『あらあら爽くん、久しぶりねぇ、元気? ほら、未優、早く行ってらっしゃい!』

にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべる彼と、彼から受け取った土産に上機嫌な
母に、何が何だか分からないまま外に連れ出されるのがいつものパターンだ。
 

~~~
 

「未優? どうかしたの?」

物音に眠そうな目を擦りながら起き出して来たネグリジェ姿の母に、慌てて

「何でもない!」

と答える。

「そう?ならいいけど……」

母が寝室に戻る姿を確認して、ぎゅっと己の身体を抱きしめる。

寒いよ、寂しいよ。

「会いたい、なぁ……」

外を見れば真っ暗な闇の中に浮かぶ丸い月。
いつかの帰り道が、脳裏に過ぎる。

 
~~~
 

『爽は一人でも平気なんでしょ? 別にあたしがいなくても。
職場の同僚とか、友達とか、向こうの人たちがいれば、
別にわざわざこっち帰ってこなくても、平気なんでしょ?
寂しいとか、一緒にいたいとか思ってるの、あたしだけみたい』

デートの最中にかかってきた電話が長引いたことに
溜め込んできた不安が爆発して、思わず爽に吐き出したセリフ。
それは確かにその時の私の本音であったけれど、
我ながら酷い言葉を言ったと思う。

『ほんとに、自分だけだって思ってる?』

爽は静かだった。
じっと私の言葉に耳を傾けて、私の目を覗き込む。

『え……?』

見つめ返せば、ポンポン、と頭を撫でる優しい手。

『オレもいつも寂しいよ。いつも、いつも、会いたいって思ってるよ、未優に』

そう告げる彼の瞳が、声音が余りにも寂しげだったから。
鏡に映った私のようだったから。
その身体を、思わずぎゅっと抱きしめて謝った。

『ごめんね、ごめんね。爽……!』

月明かりが優しく私と爽を照らしたあの日。
別れ際はやっぱりちょっと寂しかったけど、いつものように淋しくはなかった。
 
 
~~
 

爽は私で、私は爽で。
私が寂しいとき、私が嬉しいとき、きっと彼も同じ気持ちを感じているのだろう、と。
そう思うと、知らず溢れる涙だって愛しい。

「寂しいけど……」

もう一度呟いて空を見上げる。滲んだ瞳に映る朧月。
今頃彼も、月を眺めているのだろうか。






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ギリシャ神話モチーフSSS。
マイケル・ジャクソン追悼とちょっと核批判っぽい(-_-;
(※やたら“ ”が多いので読みにくいかもしれませんm(__)m)

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「ジョン・レノンが死んで、マイケル・ジャクソンが死んで、
“僕”の時代(とき)は本当に終わってしまった。
いつまでもぐずぐずと此処に留まっているわけにはいかないよ」

「待て、待てよアポロン。“俺”はまだこの世界に居たい。生きていたいんだよ!
だから、“おまえ”もっ……!」

「何を言っているんだアレス。レコードやCDや、カセットテープやMDによって
音楽が世界中に運ばれていく時代は終わったんだ。
“世界中に広まる”という意味では同じだが、
形式的には音楽は再びかたちの無いものに戻ろうとしている。
それでなくとも、美しいものを好む“僕”にとって此処はこんなにも醜く、汚い。
正直に言って、近ごろ息がしづらいんだ。このまま此処にいては、
“僕”たちの魂は、“僕”たちの時代は汚されていくばっかりじゃないか」

「でも、“俺”たちは何度も見て、聞いてきただろう?
核の美しい花火、軍用機の轟音、機関銃の奏でる協奏曲……」

「何てことだ、アレス!君はあんなものを美しいと感じていたのか!?
信じられない!“僕”たちの時代を、“僕”たちの地球(ほし)
汚してきたのは他ならぬそいつらだと言うのに!」

「アポロン、“俺たち”は所詮見物人に過ぎない。
此処に生きるものどものすることに介入する権利も、力も無い。
ニンゲンの言うところの“神”であり、“神”ではない。
担当の箇所の、巡り合った“時代”を見守るだけ。
そうしてその“時代”が終わり、役目を終えると消えていく。死んでいく。
俺の担当は音楽じゃない。戦争と破壊だ。
核の誕生と同時に生まれた“俺”は、きっと当分この世に生き続けるだろうな」

「ああ、そうだねアレス。
“君”はレコードの誕生と同時に生まれた“僕”より後から此処に来た。
つまり、今去るべきは“僕”だけだ。
すぐにまた次の“僕”が、次の“アポロン”が“僕”の代わりに生まれるだろう。
“僕”が“死”を選ぶにも関わらず、“君”が“生”を望み続けるのは、
つまりはそういうことなんだろう……お別れだ、“アレス”」

「アポロン……“俺”は“おまえ”を失うことがどうしようもなく悲しい。
いつの“時代”でも、最初から一番近くにいたのはおまえだった。
敵への威嚇を示す太鼓の音、開戦を告げる笛の音……。
いつの“時代”でも、おまえとの別れはつらい。
それでも、出会えたことに後悔はしない。
“おまえ”が此処に居てくれて良かった。
ありがとう、“アポロン”、幸せだった……。
ごめんな、いっつもおまえの愛でるものを次から次へと壊しちまって」

「馬鹿だな、アレス。僕の音楽があったから、
君に“死”をもたらした、君の“時代”を君にとっては面白くない方向に
変えてしまったことだって何度もあったのに……。
そうだな、“僕”も“君”と出会えて良かったと思ってるよ、我が愛しき弟。
“君”と、これからやって来る新しい“アポロン”に、心からの祝福を……」

“アレス”の手を“アポロン”が力強く握った瞬間、その姿は光の中に消えた。

そうして、次にその光の向こうから姿を現した少年に向かって
“アレス”は出来るだけ優しく微笑んで、投げやりに問いかけた。

「やぁ、俺は“アレス”。気分はどうだい、新しい“アポロン”――?」
  





後書き
 


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今更ようやく消化できた気がするので・・・とりあえず上げてみます。

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祖父は絵が好きだった。ゴッホでもモネでもピカソでもない、
強いて言うなら竹久夢ニが初期に描いていたような、
大正から昭和にかけての子供向け、或いは若者たちを対象にした
雑誌の表紙や、挿し絵を集めた画集を何冊も持っていた。
現代(いま)の子供なら「シュール過ぎて怖い」と敬遠するであろうその絵柄が、
私にはとても美しく、かつ生々しくて、しかしどこか夢々しさを湛えた
芸術品のように思えた。
だから幼き日の私は、祖父の書斎に通い詰めてはそれらの画集を眺め、

「桃太郎はこの人の絵が一番良い」

「あの人が一番綺麗に描けたのは、きっと一寸法師のお姫様だね」

等と知ったかぶりをして好き勝手な論評を呟いていた。
祖父はそんな私を、ニコニコといつも笑顔で見守ってくれていた。
好きな絵を思う存分眺めることが出来る上、場合によっては祖父に細かい蘊蓄を
教えてもらえる、穏やかなその時間が、“少し大人びたコドモ”でいたかった私には
とても大切で、有意義なひとときだった。


~~~


そんな祖父の書斎に、めっきり足を運ぶことが少なくなってしまったのは
何時からだったのだろうか。

中学校へと進学した私は毎日を部活動に追われ、
祖父母と言葉を交わす機会は日に日に減っていった。
高校に入る頃には彼らと上手に会話を紡ぐ方法すら見失い、
祖父の書斎を訪れることもすっかり無くなってしまった。


~~~


そんな私が遠方の大学に進学することが決まり、
段ボール箱に慌てて荷物を詰め込んでいる時だった。
忙しなく動き回る私にそっと近づいてきた祖父はにっこりと笑みを湛え、

「夢ニの画集も、童話の画集も全部おまえにあげるから、持っていきなさい」

と告げた。そんな祖父に、正直言って“生活必需品を限られたスペースに
いかに詰め込むか”という問題で頭がいっぱいだった自分は

「一人暮らしのアパートなんだから、狭くてそんなの置けないよ。
ちゃんと独立して広い家に住めるようになったら改めてもらいに来るから、
それまではおじいちゃんが持っててよ」

とそっけなく返した。
面倒くさそうに答えた私に、どこか寂しそうに微笑ってみせた祖父。
今から思えば、祖父は予感していたのかもしれない。
私が狭い学生アパートに住んでいる間に、預けておいた画集全てを残して、
祖父は逝ってしまったのだから。



あの時、嘘でもいいから

「ありがとう、おじいちゃん。大事にするね」

と返事をしておけば良かった。
置き場所なんてどこでも良い、祖父からあの画集を受け取っておけば良かった。
昔と同じように喜んで、夢ニの描くなよやかな少女像について
ニ言三言会話を交わしておけば良かった。
実家の二階にある私の部屋にそれらを移すだけで、あの画集を大切にしていた
祖父の心を、ほんの少しでも救うことが出来たのではないだろうか。
家族の中で唯一同じものを見、感動し、美しいと思えた相手は、
祖父があの大事な画集を託して逝きたかった相手は、
きっと私だけであったのだろうから。

祖父の書斎に残された埃塗れの画集を見る度に、私の心に後悔の念が込み上げる。



祖父は元々、画家になりたかったのだと言う。
夢ニのように美しい少女像を描きたかったのだろうか。
子供向けのおとぎ話の、可愛らしくもシュールな挿し絵を描きたかったのだろうか。

画集に挟まれたスケッチには、若かりし日の祖母の顔、幼き日の伯母の顔、
父の顔、そうして最近描かれたであろう、私や妹や弟の顔。
祖母や伯母や父は、
果たしてその愛情に溢れたスケッチの存在を知っているのだろうか。
祖父の家はきょうだいが多く、貧しい北国に暮らしていた。
祖父が芸術の道を志すことは、時代が、家族が、
彼を取り巻く環境全てが許さなかった。
そのため祖父は結局堅実な公務員となり、鬱屈の全ては
唯一家族に逆らって見つけた彼自身の“神”へ祈ることで昇華した。
やがて教会の牧師の取りなしで祖母と出会い、家庭を持った祖父は、
少ない給料で少しずつ買い集めた画集に、そこに載る絵を描いた
“夢”を叶えた人々の中に、かつての己の姿を見出していたのだろうか。

祖母や伯母や父が全く興味を示さなかったそれらの画集を、

「おじいちゃん、これ、見てもいい!?」

と問いかけたときの祖父の嬉しそうな顔を、私は今でも忘れない。

いつか、祖父の画集をもらい受けることが出来る日が来るように、
祖父が必死に集めてきたであろうそれらをきちんと受け止められるように、
私自身も少しずつ、前に進んでいこうと思う。






後書き


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珍しくハピエンなSSS(笑)
現代・幼なじみ。

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入社三年目、初めての海外転勤が決まった。
 
「お前、まだ独身だろ?海外で独りは寂しいぞ~?
いくら出社すれば日本語の話せる同僚がいるっつっても、
家に帰ってテレビをつけても外国語、売ってるメシも非日本食。
付き合ってるやつがいるなら、絶対ここで決めといた方がいいって」
 
二年間の海外赴任を終えて帰ってきた先輩に告げられた言葉。
残念ながら一年付き合っていた年下の彼女とは三か月前に別れたばかり。
海外勤務は学生時代からの夢だったし、
向こうには一か月のホームステイ経験もある。
その間寂しいなんて一度も感じたことはなかったし……。
 
「まぁ、何とかなるだろ」
 
そう、思っていた。俺はまだ24才。
“身を固める”なんて、自分にはまだまだ早すぎる出来事だと思っていたのだ。
 
 
~~~
 
 
「な~んだ、引っ越しするって言うから何かもらえるもんあるかと思って
わざわざ来たのに、まだちっとも片付いてないじゃん」
 
辞令が出てから一週間。
畳まれたままの段ボール箱が壁際に数枚重なる散らかりっぱなしの
部屋に現われたのは、隣に住む幼馴染の美緒だった。
 
「いーんだよ、持ってくのは最小限の荷物だけにするから。
だっておまえ、海渡るんだぞ?
輸送費だけでどんだけかかると思ってんだよ?」
 
ベッドに横たわって雑誌を眺めながら返した言葉に、
彼女は少しムッとしたように反論した。
 
「この際だから、っていらないものとか整理しないの?
使えるもんあったら持ってこうと思ってたのに~!」
 
「なに、お前はどこぞのハゲタカ業者か?せこいな、相変わらず」
 
「だってそんなこと言って、真はぜーったいこの部屋散らかしたまま
出てくんだから。もうホントしょーがないよね。この段ボール勝手に
使っていいんでしょ?いいよ好きに整理させてもらうから。」
 
寝そべる俺の横でテキパキと段ボール箱を組み立て、
その辺に散らばった衣類や雑貨を詰めていく美緒の横顔は、
鼻が低いせいか余りきれいではない。
小さなころから一緒にいて、家族ぐるみの付き合いで、
お互いの部屋に出入りするのも馴染んだものだった。
昔から美緒は整理整頓が得意で、
だらしのない俺の部屋を片付けるのはいつも美緒の役目だった。
 
何で、おふくろじゃなくて美緒だったんだろう……?
 
そんな疑問を浮かべながらもう一度美緒を見直す。
俺が好きな映画のDVD、一時期ハマっていたゲームの機械、
実は密かに気に入っているUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみ……
乱雑に箱に突っ込んでいるようで、美緒は一つ一つを愛しむように、
優しい目で見つめながら、順番に箱に詰めていく。
いつも、いつも美緒はそうだった。
林間学校の前。修学旅行の前。
大学に進学するとき。就職して戻ってきたとき。
大切なものを忘れないように、俺のほしいものがすぐ傍に届くように、
必ず俺の部屋に来て、荷物を詰め、あるいは棚に並べていく。
普通なら、家族でもないのに恥ずかしいとか、
気持ち悪いとか思うのかもしれない。
でも、何だか俺にとっては美緒がそうしてくれるのが当たり前すぎて、
いいや、安心しすぎて全てを委ねてしまう。
向こうに行ったら、誰が俺の部屋を片付けてくれるんだろう?
誰が、俺に大事な荷物を渡してくれる?
忘れさせないでいてくれる?
そう思ったら、自然と唇が動いていた。
 
「あのさ、結婚しない?」
 
突然口から飛び出た言葉に、たぶん一番驚いたのは俺だったんじゃないかと思う。
目の前の美緒がキョトンとした顔でこちらを振り向いた。
 
「いや、あの今のは……っ!」
 
ポカンとした表情のまま固まる彼女に、慌てて何か続く言葉を探す。
俺と美緒は男も女もないころからの幼馴染で、
互いにちっともそういう感情はなくて、
元カノも元カレも知り合い同士で……って、何だか頭が混乱してきた。
どうしよう、どうしよう、とパニックに陥る俺に、美緒が静かに口を開いた。
 
「いいよ、って言ったら、一緒に連れてってくれるの?」
 
震えながら紡ぎだされた小さな声も、
少し潤んだ瞳で俺を見上げる美緒の顔もなぜだかすっごく可愛く思えて。
一気に頭の中がスッキリした俺は、こみ上げる衝動のまま、
棚からぼたもちのように飛び込んできた未来の花嫁の身体を、
思いっきり抱きしめた。




 
後書き
 


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拍手ログSSS。巴御前と木曾義仲がモチーフ。
本当に拍手は冒険の場です・・・。

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「巴、おまえ、もしかして俺を愛してるのか? 仕える主としてではなく、その……男として」

「あら、今頃気づいたんですか?」

間の抜けた顔で己を見詰める義仲を、凛々しき女武者は常のごとく静かな面で見返した。もしかしたら最後かもしれぬ寝物語にしては余りに無粋なこの会話も、巴にとっては馴染んだものだった。

義仲はいつでもそうだ。初めてこういう関係になった時も、子を身籠った時も、正室を迎えた時も巴を気遣うようなことは何も言わない。義仲にとって巴は、臣であり、友であり、妹であり、体の良い抱き枕。求められるのは“女”ではなくそれだけだと巴は知っていた。義仲は巴を可愛がるし、重く用いる。自分の傍から離さない。それだけで、巴にとっては十分だった。初めから愛情が芽生えたわけではない。ただ、がむしゃらに自分を求めてくる腕に、その優しさに、不器用さにほだされたというのが本当のところだろう。義仲が求めるものが、己が求めるものとは重ならないことを知っても、巴はただ静かに彼の傍に在り続けた。身体も、そして心も。

それなのに義仲は、巴に今すぐここを立ち去れと告げた。女としての望みを全て封じ込めて仕えてきた自分に、それはあんまりな命ではないか。巴は抗議した。

「何故です!? 何故私が今更殿のお傍を離れなくてはいけないのです!?」

いつも冷静で穏やかな巴の激昂する様に、義仲は少したじろいだ。

「いくら我が臣とはいえ、そなたは女子であろう? まだまだ生き抜けるものを……戦場で討ち死にすることはあるまい」

「女子? 私が女子であると……この期に及んで、しかも貴方がそれをおっしゃる?」

巴は笑い出した。義仲は奇異なものでも見るような目付きで、巴を見詰めた。

「ならば殿、これは女子としての願いでございます。最期の時を、愛しき男子と共にさせて下さいませ」

力強い眼差しが義仲の瞳を射た。



巴は大切な臣であり、良き理解者であり、可愛い妹であった。人の温もりに飢えた義仲に、初めてそれを教えてくれたのは巴の肌だった。戦場で傷つき、日に焼けたその肌の感触は滑らかとは言いがたかったが、どんなに荒んだ気分の時も、不思議とその肌に触れると安らいだ。ひびわれた唇から紡がれる言葉は辛辣で簡潔、妻たちのように甘やかで優しいものではなく、時に閨の中でいつまでも戦略について話し込むこともあったが、義仲にとっては満ち足りた時間であった。
正室や側室の代わりはいくらでもいるが、巴の代わりはどこにもいない。その感情の名を知らずしても、義仲にとって巴は必要不可欠な存在だった。だから、逃げよと告げたのだ。もしこの身が落ちぶれても、もし刃に切り裂かれても、巴が、巴さえいれば希望が見える気がしたのだ。この先の世界に、たとえ自分がいなかったとしても。

義仲はそっと巴の頬に触れ、まじまじとその顔を見つめた。巴は微動だにせぬまま、口元を引き結んで義仲を見る。切れ長の瞳、筋の通った鼻筋、形良い唇。

「普通の女子として暮らしていれば、いくらでも美しく化けたろうに……」

場違いな呟きに、巴は即座に言葉を返した。

「でも、殿のお傍には在れませぬ」

その時、義仲の胸に去来した津波のような想い。

全て、全て己が捨てさせた。女としての幸せ。美しさ。愛情。妻であること。母であること。そしてそのことに気づきもしなかった。巴がただ一つ望んだものさえ、今の今まで与えてやれなかった。

義仲は巴の身体を強く抱きしめた。

「やはりそなたは明日ここを去れ」

腕の中の身体が強張る。その耳元で、そっと囁く。

「愛しい女に生き延びてほしいと願う男の最後の頼みだ。聞き届けてはもらえないだろうか?」

愛する男の腕の中で、巴は初めて泣き崩れた。

「本当に殿は……大馬鹿者でございます」




 


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