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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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掌編。伊達政宗と正室・愛姫の夫婦喧嘩です。

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「……いい加減ここを開けたらどうだ!? ぶち抜いてやっても良いのだぞ!?」
 
「開けませぬ! 殿がわたくしに、皆に謝ってくださるまで絶対に開けませぬ! 皆にどれだけ酷いことを……わたくしの心に、どれだけの傷を負わせたか解っておいでなのですか!?」
 
襖一枚挟んで、もう一月。伊達政宗は正室である愛(めご)姫の部屋に一歩たりとも足を踏み入れることができずにいた。
 
愛姫はもう十年も前、戦国の世の荒波の中で危機に瀕していた小国・田村家の唯一の姫として希望を託され、伊達家の嫡男・政宗の正室に迎えられた。可愛らしくあどけない少女は義父にも、夫にも、義理のきょうだいたちにも暖かく迎えられ、まるで最初から伊達家の姫であったかのように、愛姫は伊達の水に馴染んだ。
 
特に、夫である政宗のことは出会いのときから兄のように慕い、誰よりも信頼していたのだ。
その信頼が、まさかこんなかたちで裏切られるとは!
 
愛姫は一月前の凄惨な出来事を思い出し、溢れ出る涙に両手で顔を覆った。
 
 
~~~
 
 
「愛、愛……目を覚ませ!起きろ! ……頼む、起きて、くれ……っ!」
 
耳元で響く聞き慣れた声の悲痛な叫びに、うっすらと目を開けた愛姫は、己の身体が酷くだるく、思うように動かせないことに気づいた。
 
「と、の……?」
 
顔を上げて夫の名を呼ぼうとする愛姫を、ぼんやりとした視界の向こうに映る老人が留めた。
 
「起き上がられてはなりません、奥方様。どうかそのまま、お楽に……ともかく、意識がお戻りになられて良かった」
 
穏やかに言葉を紡ぐその声音に、愛姫は彼が伊達家の侍医を務める優しい老医師であることを知った。
 
「わたくし、どうしてこのような……?」
 
相変わらず頭に靄がかかって記憶が判然としない。
確か最後に覚えているのは、朝食をいただいて……
 
「そなたは毒を盛られたのじゃ! 間諜は何処より紛れ来るか分からぬ。愛、そなたの身を危険にさらした罪、万死に値する。この政宗が何としてでも下手人を見つけ出してやる故、そなたは此処でよく養生せい!」
 
それだけを一気にまくし立てて疾風のように駆け去った夫に、愛姫は呆然として医師を見つめる。
 
「……まことに遺憾ながら、殿の申したことは全て真実にございます。奥方様に害をなした者どもは、必ずや殿によって成敗されることでしょう。どうか奥方様は何もお考えにならず、この離れにてゆっくりとお休み下さい……」
 
落ち着いた医師の言葉に誘われるように眠りに向かいながら、愛姫の心は目まぐるしく揺れ動いていた。
 
毒、暗殺、下手人、成敗……この戦国の世、誰を裏切り、誰に裏切られるか分からないことは愛姫とて、とうに解っていた。実母の生家である相馬家を追い詰めたのは愛姫の夫である政宗だ。そしてその政宗の父・輝宗が畠山に人質として捕えられた際、輝宗ごと畠山を撃ちとったのもまた政宗だ。
あれは、お義父(とう)様の命あってのことだった、と伺っているけれども……。
 
政宗はいつでも、言い訳をしない。大口を叩き、はったりをかましてみせることは幼き日よりよくあったものの、出てしまった結果に対しての嘘は、言い訳は一度も聞いたことがない。だから政宗が自分への“裏切り者”として、毒殺を目論んだ下手人としてどんな人物を見出したのかも、そして彼らにどんな処罰を下したのかも、包み隠すことなく自分に教えてくれるであろうことは予想できた。
自分には“覚悟”が足りなかったのだろうか。伊達の当主の正室としての覚悟、田村の唯一の姫としての覚悟が。
 
わたくしは一体誰を裏切り、誰に裏切られたというのか。
 
愛姫は眠りながら泣いた。目を覚ませば二度と涙を流すことは許されぬ。そう己に言い聞かせて、身体と心を癒すべく眠りについた、はずだった。
 
 
~~~
 
 
“毒殺未遂”より一週間が経ち、愛姫がようやく床の上に起き上がり、医師や政宗ともまともに会話を交わせるようになった頃、政宗はそれまでしばらく顔を見ていなかった、奥付きの侍女たちを伴って離れを訪れた。
 
「まぁ、おまえたち、久し振りだこと。殿、わたくしが寂しがっていると思ってわざわざお気を回して下さったのですか?どうせ間もなく奥にも帰れる身体になる、と、お医師もおっしゃっておりましたのに……」
 
夫の計らいに嬉しそうに顔をほころばす愛姫とは違い、侍女たちの顔は皆一様に強張り、青ざめていた。とても慕っている主と一週間ぶりに再会した顔、毒を盛られ寝込んでいた主を一週間ぶりに見舞う顔ではない。そのとき、愛姫の背を悪寒が駆け抜けた。
 
「愛、この中に田村より連れ参った女は何人おる?」
 
政宗のどこまでも静かな声音に、気圧されるように
 
「……乳母のおよしを含め、六人でございます」
 
と答えると、政宗の鋭い眼光が侍女たちの先頭に立つおよしをギラリと捕えた。
 
「残り五人の名を、全員答えてみよ」
 
「殿、それは……「いいから答えよ!」
 
夫の問いかけがどういう意味を持つのか、聞き出そうとした愛姫の言を遮り、政宗は怒鳴った。こうなった政宗はもう手の付けようがないことを、幼い頃より傍で過ごした愛姫はよく知っている。
とにもかくにも逆らわず、落ち着かれるのを待たなければ。
そのときの自分の選択を、今、愛姫は一生の過ちであったと悔いている。

あのとき、わたくしが名を口にしていなければ!
 
 
~~~
 
 
「おりょう、おえん、おかつ、おみち、おくにの五人でございますが……」
 
愛姫がそう答えた途端、五人の中で最も年若で、愛姫がまるで妹のように思い、親しく接していたおくにが潤んだ瞳で愛姫の元に取り縋った。
 
「お願いでございます、姫様! どうか、お助け下さい! わたくしは本当に何も存じませぬ! 本当に、姫様を害そうなどと夢にも……っ」
 
バサリッ
 
目の前で上がった血しぶきに、愛姫は己が目を疑った。
 
「この期に及んで白々しい。疑わしきは全て裁く。それが伊達の、この政宗の流儀だ」
 
侍女たちの悲鳴。逃げ惑う足音。その後に離れで起こった有様は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
 
そうして血塗れの離れから奥へと戻った愛姫は、残された数少ない……伊達に来てから迎えた侍女たちに、
 
「しばらくはお医師以外誰とも会いとうない」
 
とだけ伝え、夫に対して一切心を閉ざし、鍵を掛けた居室に閉じ籠るようになってしまった。
 
 
~~~
 
 
そうして、政宗は毎日毎晩その部屋の前で襖を叩き、「ここを開けろ!」と時に怒鳴り、時に懇願し、時に脅してみせる。
 
本当にわたくしの顔が見たいのならば、迷わずこの襖をぶち抜いてしまえばよろしいのに――

ふと浮かんだ己の考えを振り払うかのように愛姫はふるふると首を振った。
 
駄目だ、わたくしが簡単にそんなことを許してしまったら、生まれたときからわたくしを暖かく見守り、育て、この伊達まで付いてきてくれたおよしは、他の侍女たちの無念はどうなります!?
 
愛姫はもう一度己に言い聞かせ、今にも折れてしまいそうな心を奮い立たせる。
 
年端もゆかぬ少女だった、哀れ極まりないおくにの血しぶき。
いつも笑顔を絶やさず、親友のような関係だった同い年のおみち。
時に厳しく、時に優しく己を導いてくれた師のような存在だったおかつ。
女として美しく上品に装うことの大切さを教えてくれた艶やかなおえん。
母のおよしと共に、乳姉妹として私に付き従って伊達に赴いてくれた姉のようなおりょう。
どうして、どうして彼女たちが自分を裏切るわけがあろうか。殿は思い違いをなさっているのだ。今すぐに真犯人を見つけ出し、わたくしと彼女たちの霊に詫びてしかるべきなのだ……。
 
溢れる涙を拭いながら、愛姫はそんなことを思った。
 
 
~~~
 
 
「愛、愛……目を覚ませ」
 
そうして襖を挟んだ攻防が続いて一月以上が経った夜のことだった。いつかと同じく、寝ている愛姫の枕辺に聞き慣れた男の声が響いた。
 
「……! どうして……!? 誰が、入れてしまったのですか!?」
 
「別に誰も。幼き日のように、庭を通って少し、な」
 
悪戯に嘯いてみせる政宗に、これは片倉あたりの者が一肌脱いだのだな、と目星をつける。
 
「伊達の当主ともあろう方が、こんな恥知らずな……!」
 
と褥の上に起き上がり、正座して夫の前に向き直った愛姫が憤慨してみせると、
 
「その伊達の当主の正室ともあろう者がこのような有様ではな……。本当に、しっかりした側室を一人増やしてしまいたくなったくらいだ」
 
と胡坐をかいた政宗に飄々と反論されてしまった。その言葉にムッとして黙り込み、俯いてしまった愛姫の顔を、政宗がそっと覗きこむ。
 
「愛……今度(こたび)のこと、すまなかった。本当はおまえに毒を盛ったのは、我が母ではないかと言う者もおるのじゃ。だが俺はそれだけは……母上だけは、どうしても疑いとうなかった。だから、田村の者が犯人だと耳にし、すぐさま侍女たちを引っ立てておまえの目の前であんなことをしてしまった。詫びて済む話でないことは承知。だが一言、どうしても謝りたいのじゃ、おまえにだけは……。すまぬ、愛」
 
珍しくしおらしい政宗の態度に驚いて夫の顔を見上げる。政宗の母・義姫は伊達家と敵対する最上家の出身であり、いつも小国・田村の姫である愛姫を嫡男の正室に迎えてしまったことを快く思っていない風情であった。政宗自身もその片目の傷のせいか、母親に余り可愛がられたとは言えぬ幼少期を送っており、義姫に関わることは二人のどちらにとってもしこりとして残り、年若い伊達家の当主夫妻にとって最も大きな弊害であると言えた。
 
政宗がどれだけ自分を大切に思ってくれているか、愛姫は知っている。愛姫を害した者ゆえに、そう疑われる者ゆえに誰一人としてこの先息をさせておくのが許せなかったのであろうことも。愛姫を害そうとしたかもしれぬ者がこれから先も彼女の傍近く仕え、彼女が何度も危険にさらされることになれば、それこそ大胆なようで繊細、強いようで脆いこの男の心は日々摩耗され、いつか擦り切れてしまうだろう。だから、彼はあの場で侍女たちを“下手人”と信じて殺すしかなかった。
 
この事件がもっと早くに起きていれば、自分は伊達を飛び出し、田村に逃げ帰って夫の非道を父に訴えることが出来ただろうか。こんなにも長く、兄とも友とも夫とも慕い、誰よりも相手を理解できるような絆が育まれていなかったら……。
 
考えても栓なきこと、と愛姫は頭を振り、溜息を吐いた。愛姫の膝の上で固く握りしめられていた拳が不意に緩んだ様を見て、政宗はその手を取り、じっと愛姫の顔を見つめた。
 
「明日、共に墓に参って下さい。もし誰か一人本物の下手人がいたとしても、全員が全員わたくしを裏切っていたなどとは、わたくしも信じたくないのです。……殿が、どうしてもお義母(かあ)さまだけは疑えぬように」
 
愛姫の言に、政宗は真摯な姿勢で頷いた。片目しかない政宗の、澄んだ漆黒の眼差しが愛姫の心を射る。幼いころより慣れ親しんだ夫であるはずなのに、どこか気恥ずかしくなって再び俯いた愛姫を、政宗はまたじっと覗き込んだ。
 
「どうした、愛?」
 
「それで、その……本当なのですか、側室をお増やしになるという件は?」
 
頬を朱に染めて問いかけてくる妻に堪らず愛しさが込み上げ、政宗は久方ぶりに触れる正室の身体を思いっきり抱き締めた。
 
「そんなもの、冗談に決まっておろう! 当分は今のままで良い。正室のおまえがやはり一番大切だと、今回の件でほとほと身に沁みたからな!」
 
「またそんな調子の良いことばかり……」
 
溜息を洩らしながらも、愛姫の表情(かお)はいささか明るい。
 
およし、皆、本当にごめんなさい……。
 
心の中で命を落とした六人の侍女に謝りながらも、愛姫は政宗の妻としての道を選んだ。乱世に生きる夫を支え、助け、許し、受け入れることを。

 
~~~

 
その後、政宗との間に四人の子を儲けた愛姫は、夫の存命中は勿論、その死後にあっても伊達家を取りまとめる要としての役割を果たしぬき、『大名の妻の鑑』と讃えられる生涯を過ごすこととなる。





後書き
 

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「……いい加減ここを開けたらどうだ!? ぶち抜いてやっても良いのだぞ!?」
 
「開けませぬ! 殿がわたくしに、皆に謝ってくださるまで絶対に開けませぬ! 皆にどれだけ酷いことを……わたくしの心に、どれだけの傷を負わせたか解っておいでなのですか!?」
 
襖一枚挟んで、もう一月。伊達政宗は正室である愛(めご)姫の部屋に一歩たりとも足を踏み入れることができずにいた。
 
愛姫はもう十年も前、戦国の世の荒波の中で危機に瀕していた小国・田村家の唯一の姫として希望を託され、伊達家の嫡男・政宗の正室に迎えられた。可愛らしくあどけない少女は義父にも、夫にも、義理のきょうだいたちにも暖かく迎えられ、まるで最初から伊達家の姫であったかのように、愛姫は伊達の水に馴染んだ。
 
特に、夫である政宗のことは出会いのときから兄のように慕い、誰よりも信頼していたのだ。
その信頼が、まさかこんなかたちで裏切られるとは!
 
愛姫は一月前の凄惨な出来事を思い出し、溢れ出る涙に両手で顔を覆った。
 
 
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「愛、愛……目を覚ませ!起きろ! ……頼む、起きて、くれ……っ!」
 
耳元で響く聞き慣れた声の悲痛な叫びに、うっすらと目を開けた愛姫は、己の身体が酷くだるく、思うように動かせないことに気づいた。
 
「と、の……?」
 
顔を上げて夫の名を呼ぼうとする愛姫を、ぼんやりとした視界の向こうに映る老人が留めた。
 
「起き上がられてはなりません、奥方様。どうかそのまま、お楽に……ともかく、意識がお戻りになられて良かった」
 
穏やかに言葉を紡ぐその声音に、愛姫は彼が伊達家の侍医を務める優しい老医師であることを知った。
 
「わたくし、どうしてこのような……?」
 
相変わらず頭に靄がかかって記憶が判然としない。
確か最後に覚えているのは、朝食をいただいて……
 
「そなたは毒を盛られたのじゃ! 間諜は何処より紛れ来るか分からぬ。愛、そなたの身を危険にさらした罪、万死に値する。この政宗が何としてでも下手人を見つけ出してやる故、そなたは此処でよく養生せい!」
 
それだけを一気にまくし立てて疾風のように駆け去った夫に、愛姫は呆然として医師を見つめる。
 
「……まことに遺憾ながら、殿の申したことは全て真実にございます。奥方様に害をなした者どもは、必ずや殿によって成敗されることでしょう。どうか奥方様は何もお考えにならず、この離れにてゆっくりとお休み下さい……」
 
落ち着いた医師の言葉に誘われるように眠りに向かいながら、愛姫の心は目まぐるしく揺れ動いていた。
 
毒、暗殺、下手人、成敗……この戦国の世、誰を裏切り、誰に裏切られるか分からないことは愛姫とて、とうに解っていた。実母の生家である相馬家を追い詰めたのは愛姫の夫である政宗だ。そしてその政宗の父・輝宗が畠山に人質として捕えられた際、輝宗ごと畠山を撃ちとったのもまた政宗だ。
あれは、お義父(とう)様の命あってのことだった、と伺っているけれども……。
 
政宗はいつでも、言い訳をしない。大口を叩き、はったりをかましてみせることは幼き日よりよくあったものの、出てしまった結果に対しての嘘は、言い訳は一度も聞いたことがない。だから政宗が自分への“裏切り者”として、毒殺を目論んだ下手人としてどんな人物を見出したのかも、そして彼らにどんな処罰を下したのかも、包み隠すことなく自分に教えてくれるであろうことは予想できた。
自分には“覚悟”が足りなかったのだろうか。伊達の当主の正室としての覚悟、田村の唯一の姫としての覚悟が。
 
わたくしは一体誰を裏切り、誰に裏切られたというのか。
 
愛姫は眠りながら泣いた。目を覚ませば二度と涙を流すことは許されぬ。そう己に言い聞かせて、身体と心を癒すべく眠りについた、はずだった。
 
 
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“毒殺未遂”より一週間が経ち、愛姫がようやく床の上に起き上がり、医師や政宗ともまともに会話を交わせるようになった頃、政宗はそれまでしばらく顔を見ていなかった、奥付きの侍女たちを伴って離れを訪れた。
 
「まぁ、おまえたち、久し振りだこと。殿、わたくしが寂しがっていると思ってわざわざお気を回して下さったのですか?どうせ間もなく奥にも帰れる身体になる、と、お医師もおっしゃっておりましたのに……」
 
夫の計らいに嬉しそうに顔をほころばす愛姫とは違い、侍女たちの顔は皆一様に強張り、青ざめていた。とても慕っている主と一週間ぶりに再会した顔、毒を盛られ寝込んでいた主を一週間ぶりに見舞う顔ではない。そのとき、愛姫の背を悪寒が駆け抜けた。
 
「愛、この中に田村より連れ参った女は何人おる?」
 
政宗のどこまでも静かな声音に、気圧されるように
 
「……乳母のおよしを含め、六人でございます」
 
と答えると、政宗の鋭い眼光が侍女たちの先頭に立つおよしをギラリと捕えた。
 
「残り五人の名を、全員答えてみよ」
 
「殿、それは……「いいから答えよ!」
 
夫の問いかけがどういう意味を持つのか、聞き出そうとした愛姫の言を遮り、政宗は怒鳴った。こうなった政宗はもう手の付けようがないことを、幼い頃より傍で過ごした愛姫はよく知っている。
とにもかくにも逆らわず、落ち着かれるのを待たなければ。
そのときの自分の選択を、今、愛姫は一生の過ちであったと悔いている。

あのとき、わたくしが名を口にしていなければ!
 
 
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「おりょう、おえん、おかつ、おみち、おくにの五人でございますが……」
 
愛姫がそう答えた途端、五人の中で最も年若で、愛姫がまるで妹のように思い、親しく接していたおくにが潤んだ瞳で愛姫の元に取り縋った。
 
「お願いでございます、姫様! どうか、お助け下さい! わたくしは本当に何も存じませぬ! 本当に、姫様を害そうなどと夢にも……っ」
 
バサリッ
 
目の前で上がった血しぶきに、愛姫は己が目を疑った。
 
「この期に及んで白々しい。疑わしきは全て裁く。それが伊達の、この政宗の流儀だ」
 
侍女たちの悲鳴。逃げ惑う足音。その後に離れで起こった有様は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
 
そうして血塗れの離れから奥へと戻った愛姫は、残された数少ない……伊達に来てから迎えた侍女たちに、
 
「しばらくはお医師以外誰とも会いとうない」
 
とだけ伝え、夫に対して一切心を閉ざし、鍵を掛けた居室に閉じ籠るようになってしまった。
 
 
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そうして、政宗は毎日毎晩その部屋の前で襖を叩き、「ここを開けろ!」と時に怒鳴り、時に懇願し、時に脅してみせる。
 
本当にわたくしの顔が見たいのならば、迷わずこの襖をぶち抜いてしまえばよろしいのに――

ふと浮かんだ己の考えを振り払うかのように愛姫はふるふると首を振った。
 
駄目だ、わたくしが簡単にそんなことを許してしまったら、生まれたときからわたくしを暖かく見守り、育て、この伊達まで付いてきてくれたおよしは、他の侍女たちの無念はどうなります!?
 
愛姫はもう一度己に言い聞かせ、今にも折れてしまいそうな心を奮い立たせる。
 
年端もゆかぬ少女だった、哀れ極まりないおくにの血しぶき。
いつも笑顔を絶やさず、親友のような関係だった同い年のおみち。
時に厳しく、時に優しく己を導いてくれた師のような存在だったおかつ。
女として美しく上品に装うことの大切さを教えてくれた艶やかなおえん。
母のおよしと共に、乳姉妹として私に付き従って伊達に赴いてくれた姉のようなおりょう。
どうして、どうして彼女たちが自分を裏切るわけがあろうか。殿は思い違いをなさっているのだ。今すぐに真犯人を見つけ出し、わたくしと彼女たちの霊に詫びてしかるべきなのだ……。
 
溢れる涙を拭いながら、愛姫はそんなことを思った。
 
 
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「愛、愛……目を覚ませ」
 
そうして襖を挟んだ攻防が続いて一月以上が経った夜のことだった。いつかと同じく、寝ている愛姫の枕辺に聞き慣れた男の声が響いた。
 
「……! どうして……!? 誰が、入れてしまったのですか!?」
 
「別に誰も。幼き日のように、庭を通って少し、な」
 
悪戯に嘯いてみせる政宗に、これは片倉あたりの者が一肌脱いだのだな、と目星をつける。
 
「伊達の当主ともあろう方が、こんな恥知らずな……!」
 
と褥の上に起き上がり、正座して夫の前に向き直った愛姫が憤慨してみせると、
 
「その伊達の当主の正室ともあろう者がこのような有様ではな……。本当に、しっかりした側室を一人増やしてしまいたくなったくらいだ」
 
と胡坐をかいた政宗に飄々と反論されてしまった。その言葉にムッとして黙り込み、俯いてしまった愛姫の顔を、政宗がそっと覗きこむ。
 
「愛……今度(こたび)のこと、すまなかった。本当はおまえに毒を盛ったのは、我が母ではないかと言う者もおるのじゃ。だが俺はそれだけは……母上だけは、どうしても疑いとうなかった。だから、田村の者が犯人だと耳にし、すぐさま侍女たちを引っ立てておまえの目の前であんなことをしてしまった。詫びて済む話でないことは承知。だが一言、どうしても謝りたいのじゃ、おまえにだけは……。すまぬ、愛」
 
珍しくしおらしい政宗の態度に驚いて夫の顔を見上げる。政宗の母・義姫は伊達家と敵対する最上家の出身であり、いつも小国・田村の姫である愛姫を嫡男の正室に迎えてしまったことを快く思っていない風情であった。政宗自身もその片目の傷のせいか、母親に余り可愛がられたとは言えぬ幼少期を送っており、義姫に関わることは二人のどちらにとってもしこりとして残り、年若い伊達家の当主夫妻にとって最も大きな弊害であると言えた。
 
政宗がどれだけ自分を大切に思ってくれているか、愛姫は知っている。愛姫を害した者ゆえに、そう疑われる者ゆえに誰一人としてこの先息をさせておくのが許せなかったのであろうことも。愛姫を害そうとしたかもしれぬ者がこれから先も彼女の傍近く仕え、彼女が何度も危険にさらされることになれば、それこそ大胆なようで繊細、強いようで脆いこの男の心は日々摩耗され、いつか擦り切れてしまうだろう。だから、彼はあの場で侍女たちを“下手人”と信じて殺すしかなかった。
 
この事件がもっと早くに起きていれば、自分は伊達を飛び出し、田村に逃げ帰って夫の非道を父に訴えることが出来ただろうか。こんなにも長く、兄とも友とも夫とも慕い、誰よりも相手を理解できるような絆が育まれていなかったら……。
 
考えても栓なきこと、と愛姫は頭を振り、溜息を吐いた。愛姫の膝の上で固く握りしめられていた拳が不意に緩んだ様を見て、政宗はその手を取り、じっと愛姫の顔を見つめた。
 
「明日、共に墓に参って下さい。もし誰か一人本物の下手人がいたとしても、全員が全員わたくしを裏切っていたなどとは、わたくしも信じたくないのです。……殿が、どうしてもお義母(かあ)さまだけは疑えぬように」
 
愛姫の言に、政宗は真摯な姿勢で頷いた。片目しかない政宗の、澄んだ漆黒の眼差しが愛姫の心を射る。幼いころより慣れ親しんだ夫であるはずなのに、どこか気恥ずかしくなって再び俯いた愛姫を、政宗はまたじっと覗き込んだ。
 
「どうした、愛?」
 
「それで、その……本当なのですか、側室をお増やしになるという件は?」
 
頬を朱に染めて問いかけてくる妻に堪らず愛しさが込み上げ、政宗は久方ぶりに触れる正室の身体を思いっきり抱き締めた。
 
「そんなもの、冗談に決まっておろう! 当分は今のままで良い。正室のおまえがやはり一番大切だと、今回の件でほとほと身に沁みたからな!」
 
「またそんな調子の良いことばかり……」
 
溜息を洩らしながらも、愛姫の表情(かお)はいささか明るい。
 
およし、皆、本当にごめんなさい……。
 
心の中で命を落とした六人の侍女に謝りながらも、愛姫は政宗の妻としての道を選んだ。乱世に生きる夫を支え、助け、許し、受け入れることを。

 
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その後、政宗との間に四人の子を儲けた愛姫は、夫の存命中は勿論、その死後にあっても伊達家を取りまとめる要としての役割を果たしぬき、『大名の妻の鑑』と讃えられる生涯を過ごすこととなる。





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