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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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江戸末期風掌編。悲恋です。
以前デンパンブックス様『あのひと』に掲載していたものを加筆修正致しました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



青天に浮かぶ、真白な雲。雲の如く透き通り、雲の如く儚い。
そんな想いを、私は知っている。


~~~


「高江の方様には何と?」

「子らを立派に養育せよ、と」

「お鶴様には何と?」

「今後については万事手配したゆえ安堵いたせ、と」

「……透宮(とうのみや)様には何と?」

「……何と言えば、良いのだろうな」
 
薄暗い牢獄の中、寂しそうに呟いた横顔が、私の中に残る主の最後の面影。
西の帝との長きに渡る戦に破れ、己の命をもって過去を清算しようとする主と、
その最期の言葉を承るという名誉とも屈辱ともつかない役目を申し付けられた私。
それでも、幕府(こちら)側の者に最期の遺言を託すことを許したのは
敵であった西の帝の最後の温情と捉えるべきなのだろうか。
鉄の格子を挟んで己が主と向かい合うことになろうとは、夢にも思わなかった。
上様のお言葉を、書き留めることは許されていない。
そのため私は必死に上様のお声を、お姿を、仕草の一つですら
決して忘れることのなきよう、遺言を残される方々に寸分違わず
お伝えすることが出来るよう、しっかりと脳裏に焼き付ける。
思えば下級武士の一人に過ぎない己が真に主の役に立ったと言えるのは、
この瞬間だけであるかもしれない。後々私はその時のことを思い返し、自嘲した。

重臣たち、側仕えの小姓、嫡子の生母、一番の寵妾。
それらの人々に向けて、滑らかに紡ぎ出された言葉を、一言、一言反芻する。
上様は、まるでそれで全ての言葉は託したとばかり、
口をつぐんだまま黙り込んで俯いておられた。
朝廷(あちら)側より制限された時間が迫り、私の額に汗が滲む。
まさか、あの方(・・・)にご遺言を残されぬまま逝かれるわけにはゆくまい……。
最後にたった一人残されたご遺言の相手、上様の正室・透宮静子(しずこ)姫。
東と西の争いを鎮めるため、東の将軍である上様の元に嫁いできた、西の帝の姫。
お二人の夫婦仲は、『極めて悪い』とされている。
透宮様が上様の正室として迎えられてから、既に七年。
その間、彼は側室達との間に五人の子を生し、また身分の低い娘を城に招いて寵愛した。
正室の元に上様の訪いは無く、また公の場で将軍夫妻が並ぶ時も、二人の間に会話は無かった。

「上さ……」

「お時間でございます」

焦れた私が主の背中に呼び掛けた声は、看守の無情な声音に掻き消されてしまった。


~~~

 
西の(みやこ)の牢獄を追い出され、竹の柵越しに主の最期を見届けてから、急いで馬を駆った。
目指すは、上様と私の故郷である東の都。
上様が誰よりも大切に想っておられた方が、
きっと今もじっと堪えて主のお言葉を携えた私を待っているであろう、東の城。

きっと、上様は。
町娘を母に生まれ、将軍家の縁の端に連なるだけの、僻地の分家で育てられたあのひとは。
“生粋の姫宮”である透宮様への接し方が、分からなかっただけだったのだろう。
だってあのひとはあんなにも。
看守に追い立てられる私に向かい、愛しそうに、切なそうに呟いたのだ。

『……すまぬ、幸せに、と』

それが誰に向けられた言葉であるのか、分からぬほどの野暮ではない。
あの方の元に、行かなければ。誰よりもまず先に、伝えなくては。
その一心で、私は必死に馬を駆けた。


~~~


やっとの思いで東の城に帰りついてみれば、既に城中は人影もまばらであり、
上様の側室も寵妾たちも、皆城を去った後だった。このようなとき、女子(おなご)は冷たい。
面倒事に巻き込まれぬよう、あっという間に手の平を翻し、
また新たな養い手の元へと姿を消してしまうのだ。
そんな中で、不安を抱えながら窺い見た将軍正室の離れのみが、閑散とした城の中で
ただ一つ穏やかな輝きを放っていることに、私は小さな安堵を覚えた。
透宮様は西の帝の姫。例え西の軍勢に攻め入られても、手荒な扱いを受けることは決してない。
その関係性を考えれば、そうして彼女が城に残っている事実に何ら不思議は無かったとしても。

 
~~~


存外に質素な風情の部屋の中で、傍らに一人の若い侍女を従え、
ゆったりと脇息にもたれる透宮様の姿は、一幅の絵のように美しい。
まるでそこだけが、戦とは無関係の別世界であるかのように。

「上様の、ご最期は……?」

快く私を迎え入れた透宮様が真っ先に尋ねてきたのは、
己が父の命じた夫の最期の様子だった。

「ご立派な最期でした。
上様は最後のときまで真っ直ぐに、前を見据えておられました」

と答えれば、彼女は安心したようにゆったりと息を吐いた。

「それはようございました」

人の生死の話をしているとは思えない、優雅で柔らかな西の姫の物腰。

「透宮様に、『すまぬ』と。『幸せに』と、おっしゃっておいででした」

震える唇で言葉を紡げば、透宮様は涼しげな目元を見開いてこちらを見つめ直した。

「……上様は、透宮様を、深く想われておいでだったのですね」

と告げる私に、透宮様は静かに笑ってみせた。
今にも泣き出しそうな、どこか嬉しそうな、優しく哀しい微笑みだった。


~~~


『透宮様自害』の報を受けて同じ離れに駆け入ったのは、その翌日のこと。
前日透宮様の脇に控えていた侍女がたった一人、
褥の上に横たえられた美しい亡骸の傍に呆然と座していた。

「姫様はいつも、上様は良い方だ、とおっしゃっていました」

侍女は一瞬私の姿を認めると、すぐに元の如く視線を虚空に逸らし、
誰に言うともなしにぽつりぽつりと語り出した。
まだ年の若い、小奇麗な印象の娘の憔悴しきった姿が、胸に沁みた。

「私が『仮にもご正室というお立場でお迎えしておきながら、全くこちらへの
お渡りがないのは失礼ではありませんか!』と上様の陰口を叩くと、
いつも私を窘められて、『いいえ、良い方よ。私の旦那様ですもの』と」

侍女は声を震わせてすすり泣く。

「姫様は、馬鹿です。『妻が夫につき従うは当然のこと』と。
私がいくらお止めしても、お聞き下さらなくて。最初から、決まっていたのに。
姫様が嫁ぐ前から、帝は将軍を追い込むおつもりであられたのに。ご自身の
降嫁ですら、幕府を油断させるための策略に過ぎないと知っておられたのに。
西の京に、上様亡き後の再嫁先も、お決まりでいらしたのに……!」

くず折れる女の言葉に、口の中がカラカラと乾いてゆくのが分かった。

上様が七年もの間、透宮様に手を触れなかった理由。
不器用だっただけではない。知っていたのだ。
彼女がいずれ、西に帰るであろうことを。己と、幕府が迎えるであろう最期を。

何と言う想いだったのだろう、二人の間に生まれたものは。


~~~


「幸四郎様、いってらっしゃいまし」

「ちちうえ! いってらっしゃいましぃ!」

手を振る妻と子を振り返り、微笑みを返す。
一歩外に出れば、無限に広がる青空に、寄り添う雲が二つ。
眩しい思いで、それを見上げた。


~~~


あの日、透宮様の亡骸の前で、彼女は己の喉元に懐剣を突き立てようとしていた。
気がつけば私は必死に、女の手から懐剣を振り払っていた。

「……死んではならぬ。死んではならぬ!」

叫ぶ私を、女が鋭く睨みつける。

「私は姫様に拾われて育ったのです! 幼き日よりずっと、
ずっと姫様のお傍近く仕えさせていただいたおかげで、今があるのです!
……っ、姫様がおられなくては、生きていく意味がございませぬ!」

「ならば私と夫婦(めおと)になろう。上様と透宮様、
お二人がこの世で得られなかった幸せを……我らが、代わりにっ……!」

泣きじゃくる女を抱き締めながら、己の頬も涙で濡らしながら、
知らず叫んでいた言葉が、互いの主に届いたのだろうか。

共に暮らし始めて十年。穏やかで優しい時が、今の私を暖かく包みこんでいる。

祈りは、天へ。白き雲に手を合わせ、私は道を急ぐ。想いが、幸せに変わるように。




 
後書き
 

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青天に浮かぶ、真白な雲。雲の如く透き通り、雲の如く儚い。
そんな想いを、私は知っている。


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「高江の方様には何と?」

「子らを立派に養育せよ、と」

「お鶴様には何と?」

「今後については万事手配したゆえ安堵いたせ、と」

「……透宮(とうのみや)様には何と?」

「……何と言えば、良いのだろうな」
 
薄暗い牢獄の中、寂しそうに呟いた横顔が、私の中に残る主の最後の面影。
西の帝との長きに渡る戦に破れ、己の命をもって過去を清算しようとする主と、
その最期の言葉を承るという名誉とも屈辱ともつかない役目を申し付けられた私。
それでも、幕府(こちら)側の者に最期の遺言を託すことを許したのは
敵であった西の帝の最後の温情と捉えるべきなのだろうか。
鉄の格子を挟んで己が主と向かい合うことになろうとは、夢にも思わなかった。
上様のお言葉を、書き留めることは許されていない。
そのため私は必死に上様のお声を、お姿を、仕草の一つですら
決して忘れることのなきよう、遺言を残される方々に寸分違わず
お伝えすることが出来るよう、しっかりと脳裏に焼き付ける。
思えば下級武士の一人に過ぎない己が真に主の役に立ったと言えるのは、
この瞬間だけであるかもしれない。後々私はその時のことを思い返し、自嘲した。

重臣たち、側仕えの小姓、嫡子の生母、一番の寵妾。
それらの人々に向けて、滑らかに紡ぎ出された言葉を、一言、一言反芻する。
上様は、まるでそれで全ての言葉は託したとばかり、
口をつぐんだまま黙り込んで俯いておられた。
朝廷(あちら)側より制限された時間が迫り、私の額に汗が滲む。
まさか、あの方(・・・)にご遺言を残されぬまま逝かれるわけにはゆくまい……。
最後にたった一人残されたご遺言の相手、上様の正室・透宮静子(しずこ)姫。
東と西の争いを鎮めるため、東の将軍である上様の元に嫁いできた、西の帝の姫。
お二人の夫婦仲は、『極めて悪い』とされている。
透宮様が上様の正室として迎えられてから、既に七年。
その間、彼は側室達との間に五人の子を生し、また身分の低い娘を城に招いて寵愛した。
正室の元に上様の訪いは無く、また公の場で将軍夫妻が並ぶ時も、二人の間に会話は無かった。

「上さ……」

「お時間でございます」

焦れた私が主の背中に呼び掛けた声は、看守の無情な声音に掻き消されてしまった。


~~~

 
西の(みやこ)の牢獄を追い出され、竹の柵越しに主の最期を見届けてから、急いで馬を駆った。
目指すは、上様と私の故郷である東の都。
上様が誰よりも大切に想っておられた方が、
きっと今もじっと堪えて主のお言葉を携えた私を待っているであろう、東の城。

きっと、上様は。
町娘を母に生まれ、将軍家の縁の端に連なるだけの、僻地の分家で育てられたあのひとは。
“生粋の姫宮”である透宮様への接し方が、分からなかっただけだったのだろう。
だってあのひとはあんなにも。
看守に追い立てられる私に向かい、愛しそうに、切なそうに呟いたのだ。

『……すまぬ、幸せに、と』

それが誰に向けられた言葉であるのか、分からぬほどの野暮ではない。
あの方の元に、行かなければ。誰よりもまず先に、伝えなくては。
その一心で、私は必死に馬を駆けた。


~~~


やっとの思いで東の城に帰りついてみれば、既に城中は人影もまばらであり、
上様の側室も寵妾たちも、皆城を去った後だった。このようなとき、女子(おなご)は冷たい。
面倒事に巻き込まれぬよう、あっという間に手の平を翻し、
また新たな養い手の元へと姿を消してしまうのだ。
そんな中で、不安を抱えながら窺い見た将軍正室の離れのみが、閑散とした城の中で
ただ一つ穏やかな輝きを放っていることに、私は小さな安堵を覚えた。
透宮様は西の帝の姫。例え西の軍勢に攻め入られても、手荒な扱いを受けることは決してない。
その関係性を考えれば、そうして彼女が城に残っている事実に何ら不思議は無かったとしても。

 
~~~


存外に質素な風情の部屋の中で、傍らに一人の若い侍女を従え、
ゆったりと脇息にもたれる透宮様の姿は、一幅の絵のように美しい。
まるでそこだけが、戦とは無関係の別世界であるかのように。

「上様の、ご最期は……?」

快く私を迎え入れた透宮様が真っ先に尋ねてきたのは、
己が父の命じた夫の最期の様子だった。

「ご立派な最期でした。
上様は最後のときまで真っ直ぐに、前を見据えておられました」

と答えれば、彼女は安心したようにゆったりと息を吐いた。

「それはようございました」

人の生死の話をしているとは思えない、優雅で柔らかな西の姫の物腰。

「透宮様に、『すまぬ』と。『幸せに』と、おっしゃっておいででした」

震える唇で言葉を紡げば、透宮様は涼しげな目元を見開いてこちらを見つめ直した。

「……上様は、透宮様を、深く想われておいでだったのですね」

と告げる私に、透宮様は静かに笑ってみせた。
今にも泣き出しそうな、どこか嬉しそうな、優しく哀しい微笑みだった。


~~~


『透宮様自害』の報を受けて同じ離れに駆け入ったのは、その翌日のこと。
前日透宮様の脇に控えていた侍女がたった一人、
褥の上に横たえられた美しい亡骸の傍に呆然と座していた。

「姫様はいつも、上様は良い方だ、とおっしゃっていました」

侍女は一瞬私の姿を認めると、すぐに元の如く視線を虚空に逸らし、
誰に言うともなしにぽつりぽつりと語り出した。
まだ年の若い、小奇麗な印象の娘の憔悴しきった姿が、胸に沁みた。

「私が『仮にもご正室というお立場でお迎えしておきながら、全くこちらへの
お渡りがないのは失礼ではありませんか!』と上様の陰口を叩くと、
いつも私を窘められて、『いいえ、良い方よ。私の旦那様ですもの』と」

侍女は声を震わせてすすり泣く。

「姫様は、馬鹿です。『妻が夫につき従うは当然のこと』と。
私がいくらお止めしても、お聞き下さらなくて。最初から、決まっていたのに。
姫様が嫁ぐ前から、帝は将軍を追い込むおつもりであられたのに。ご自身の
降嫁ですら、幕府を油断させるための策略に過ぎないと知っておられたのに。
西の京に、上様亡き後の再嫁先も、お決まりでいらしたのに……!」

くず折れる女の言葉に、口の中がカラカラと乾いてゆくのが分かった。

上様が七年もの間、透宮様に手を触れなかった理由。
不器用だっただけではない。知っていたのだ。
彼女がいずれ、西に帰るであろうことを。己と、幕府が迎えるであろう最期を。

何と言う想いだったのだろう、二人の間に生まれたものは。


~~~


「幸四郎様、いってらっしゃいまし」

「ちちうえ! いってらっしゃいましぃ!」

手を振る妻と子を振り返り、微笑みを返す。
一歩外に出れば、無限に広がる青空に、寄り添う雲が二つ。
眩しい思いで、それを見上げた。


~~~


あの日、透宮様の亡骸の前で、彼女は己の喉元に懐剣を突き立てようとしていた。
気がつけば私は必死に、女の手から懐剣を振り払っていた。

「……死んではならぬ。死んではならぬ!」

叫ぶ私を、女が鋭く睨みつける。

「私は姫様に拾われて育ったのです! 幼き日よりずっと、
ずっと姫様のお傍近く仕えさせていただいたおかげで、今があるのです!
……っ、姫様がおられなくては、生きていく意味がございませぬ!」

「ならば私と夫婦(めおと)になろう。上様と透宮様、
お二人がこの世で得られなかった幸せを……我らが、代わりにっ……!」

泣きじゃくる女を抱き締めながら、己の頬も涙で濡らしながら、
知らず叫んでいた言葉が、互いの主に届いたのだろうか。

共に暮らし始めて十年。穏やかで優しい時が、今の私を暖かく包みこんでいる。

祈りは、天へ。白き雲に手を合わせ、私は道を急ぐ。想いが、幸せに変わるように。




 
後書き
 

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