忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


今更ようやく消化できた気がするので・・・とりあえず上げてみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



祖父は絵が好きだった。ゴッホでもモネでもピカソでもない、
強いて言うなら竹久夢ニが初期に描いていたような、
大正から昭和にかけての子供向け、或いは若者たちを対象にした
雑誌の表紙や、挿し絵を集めた画集を何冊も持っていた。
現代(いま)の子供なら「シュール過ぎて怖い」と敬遠するであろうその絵柄が、
私にはとても美しく、かつ生々しくて、しかしどこか夢々しさを湛えた
芸術品のように思えた。
だから幼き日の私は、祖父の書斎に通い詰めてはそれらの画集を眺め、

「桃太郎はこの人の絵が一番良い」

「あの人が一番綺麗に描けたのは、きっと一寸法師のお姫様だね」

等と知ったかぶりをして好き勝手な論評を呟いていた。
祖父はそんな私を、ニコニコといつも笑顔で見守ってくれていた。
好きな絵を思う存分眺めることが出来る上、場合によっては祖父に細かい蘊蓄を
教えてもらえる、穏やかなその時間が、“少し大人びたコドモ”でいたかった私には
とても大切で、有意義なひとときだった。


~~~


そんな祖父の書斎に、めっきり足を運ぶことが少なくなってしまったのは
何時からだったのだろうか。

中学校へと進学した私は毎日を部活動に追われ、
祖父母と言葉を交わす機会は日に日に減っていった。
高校に入る頃には彼らと上手に会話を紡ぐ方法すら見失い、
祖父の書斎を訪れることもすっかり無くなってしまった。


~~~


そんな私が遠方の大学に進学することが決まり、
段ボール箱に慌てて荷物を詰め込んでいる時だった。
忙しなく動き回る私にそっと近づいてきた祖父はにっこりと笑みを湛え、

「夢ニの画集も、童話の画集も全部おまえにあげるから、持っていきなさい」

と告げた。そんな祖父に、正直言って“生活必需品を限られたスペースに
いかに詰め込むか”という問題で頭がいっぱいだった自分は

「一人暮らしのアパートなんだから、狭くてそんなの置けないよ。
ちゃんと独立して広い家に住めるようになったら改めてもらいに来るから、
それまではおじいちゃんが持っててよ」

とそっけなく返した。
面倒くさそうに答えた私に、どこか寂しそうに微笑ってみせた祖父。
今から思えば、祖父は予感していたのかもしれない。
私が狭い学生アパートに住んでいる間に、預けておいた画集全てを残して、
祖父は逝ってしまったのだから。



あの時、嘘でもいいから

「ありがとう、おじいちゃん。大事にするね」

と返事をしておけば良かった。
置き場所なんてどこでも良い、祖父からあの画集を受け取っておけば良かった。
昔と同じように喜んで、夢ニの描くなよやかな少女像について
ニ言三言会話を交わしておけば良かった。
実家の二階にある私の部屋にそれらを移すだけで、あの画集を大切にしていた
祖父の心を、ほんの少しでも救うことが出来たのではないだろうか。
家族の中で唯一同じものを見、感動し、美しいと思えた相手は、
祖父があの大事な画集を託して逝きたかった相手は、
きっと私だけであったのだろうから。

祖父の書斎に残された埃塗れの画集を見る度に、私の心に後悔の念が込み上げる。



祖父は元々、画家になりたかったのだと言う。
夢ニのように美しい少女像を描きたかったのだろうか。
子供向けのおとぎ話の、可愛らしくもシュールな挿し絵を描きたかったのだろうか。

画集に挟まれたスケッチには、若かりし日の祖母の顔、幼き日の伯母の顔、
父の顔、そうして最近描かれたであろう、私や妹や弟の顔。
祖母や伯母や父は、
果たしてその愛情に溢れたスケッチの存在を知っているのだろうか。
祖父の家はきょうだいが多く、貧しい北国に暮らしていた。
祖父が芸術の道を志すことは、時代が、家族が、
彼を取り巻く環境全てが許さなかった。
そのため祖父は結局堅実な公務員となり、鬱屈の全ては
唯一家族に逆らって見つけた彼自身の“神”へ祈ることで昇華した。
やがて教会の牧師の取りなしで祖母と出会い、家庭を持った祖父は、
少ない給料で少しずつ買い集めた画集に、そこに載る絵を描いた
“夢”を叶えた人々の中に、かつての己の姿を見出していたのだろうか。

祖母や伯母や父が全く興味を示さなかったそれらの画集を、

「おじいちゃん、これ、見てもいい!?」

と問いかけたときの祖父の嬉しそうな顔を、私は今でも忘れない。

いつか、祖父の画集をもらい受けることが出来る日が来るように、
祖父が必死に集めてきたであろうそれらをきちんと受け止められるように、
私自身も少しずつ、前に進んでいこうと思う。






後書き

拍手[0回]

PR


追記を閉じる▲

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



祖父は絵が好きだった。ゴッホでもモネでもピカソでもない、
強いて言うなら竹久夢ニが初期に描いていたような、
大正から昭和にかけての子供向け、或いは若者たちを対象にした
雑誌の表紙や、挿し絵を集めた画集を何冊も持っていた。
現代(いま)の子供なら「シュール過ぎて怖い」と敬遠するであろうその絵柄が、
私にはとても美しく、かつ生々しくて、しかしどこか夢々しさを湛えた
芸術品のように思えた。
だから幼き日の私は、祖父の書斎に通い詰めてはそれらの画集を眺め、

「桃太郎はこの人の絵が一番良い」

「あの人が一番綺麗に描けたのは、きっと一寸法師のお姫様だね」

等と知ったかぶりをして好き勝手な論評を呟いていた。
祖父はそんな私を、ニコニコといつも笑顔で見守ってくれていた。
好きな絵を思う存分眺めることが出来る上、場合によっては祖父に細かい蘊蓄を
教えてもらえる、穏やかなその時間が、“少し大人びたコドモ”でいたかった私には
とても大切で、有意義なひとときだった。


~~~


そんな祖父の書斎に、めっきり足を運ぶことが少なくなってしまったのは
何時からだったのだろうか。

中学校へと進学した私は毎日を部活動に追われ、
祖父母と言葉を交わす機会は日に日に減っていった。
高校に入る頃には彼らと上手に会話を紡ぐ方法すら見失い、
祖父の書斎を訪れることもすっかり無くなってしまった。


~~~


そんな私が遠方の大学に進学することが決まり、
段ボール箱に慌てて荷物を詰め込んでいる時だった。
忙しなく動き回る私にそっと近づいてきた祖父はにっこりと笑みを湛え、

「夢ニの画集も、童話の画集も全部おまえにあげるから、持っていきなさい」

と告げた。そんな祖父に、正直言って“生活必需品を限られたスペースに
いかに詰め込むか”という問題で頭がいっぱいだった自分は

「一人暮らしのアパートなんだから、狭くてそんなの置けないよ。
ちゃんと独立して広い家に住めるようになったら改めてもらいに来るから、
それまではおじいちゃんが持っててよ」

とそっけなく返した。
面倒くさそうに答えた私に、どこか寂しそうに微笑ってみせた祖父。
今から思えば、祖父は予感していたのかもしれない。
私が狭い学生アパートに住んでいる間に、預けておいた画集全てを残して、
祖父は逝ってしまったのだから。



あの時、嘘でもいいから

「ありがとう、おじいちゃん。大事にするね」

と返事をしておけば良かった。
置き場所なんてどこでも良い、祖父からあの画集を受け取っておけば良かった。
昔と同じように喜んで、夢ニの描くなよやかな少女像について
ニ言三言会話を交わしておけば良かった。
実家の二階にある私の部屋にそれらを移すだけで、あの画集を大切にしていた
祖父の心を、ほんの少しでも救うことが出来たのではないだろうか。
家族の中で唯一同じものを見、感動し、美しいと思えた相手は、
祖父があの大事な画集を託して逝きたかった相手は、
きっと私だけであったのだろうから。

祖父の書斎に残された埃塗れの画集を見る度に、私の心に後悔の念が込み上げる。



祖父は元々、画家になりたかったのだと言う。
夢ニのように美しい少女像を描きたかったのだろうか。
子供向けのおとぎ話の、可愛らしくもシュールな挿し絵を描きたかったのだろうか。

画集に挟まれたスケッチには、若かりし日の祖母の顔、幼き日の伯母の顔、
父の顔、そうして最近描かれたであろう、私や妹や弟の顔。
祖母や伯母や父は、
果たしてその愛情に溢れたスケッチの存在を知っているのだろうか。
祖父の家はきょうだいが多く、貧しい北国に暮らしていた。
祖父が芸術の道を志すことは、時代が、家族が、
彼を取り巻く環境全てが許さなかった。
そのため祖父は結局堅実な公務員となり、鬱屈の全ては
唯一家族に逆らって見つけた彼自身の“神”へ祈ることで昇華した。
やがて教会の牧師の取りなしで祖母と出会い、家庭を持った祖父は、
少ない給料で少しずつ買い集めた画集に、そこに載る絵を描いた
“夢”を叶えた人々の中に、かつての己の姿を見出していたのだろうか。

祖母や伯母や父が全く興味を示さなかったそれらの画集を、

「おじいちゃん、これ、見てもいい!?」

と問いかけたときの祖父の嬉しそうな顔を、私は今でも忘れない。

いつか、祖父の画集をもらい受けることが出来る日が来るように、
祖父が必死に集めてきたであろうそれらをきちんと受け止められるように、
私自身も少しずつ、前に進んでいこうと思う。






後書き

拍手[0回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック