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『底にある幸せ』続編。ママ視点。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「たっだいまー! あれ? マイは? 帰ってないの?」
「図書館に籠って勉強してるよ……最近はずっと」
久々のオフを満喫して、帰宅したのは夜の八時過ぎ。
いつもならばこの“現代に生きる若者の無気力”をそのまま体現したかのように
床に寝そべる男と、思春期真っ盛りの割には可愛げのある愛娘が
揃って出迎えてくれる時間だった。
床に寝そべる男と、思春期真っ盛りの割には可愛げのある愛娘が
揃って出迎えてくれる時間だった。
「あらそうなの。折角あの子の好きなシュークリーム買ってきたのに……。
マイったら、いつの間に勉強に目覚めちゃったのかしら?」
マイったら、いつの間に勉強に目覚めちゃったのかしら?」
悪戯に問いかけてみるが、ユウジはもちろん無愛想な表情のまま答えない。
大袈裟に溜息を吐きながら、シュークリームを冷蔵庫にしまい終えて
リビングに戻ると、ユウジがおもむろに立ちあがって鍵を手にしたところだった。
リビングに戻ると、ユウジがおもむろに立ちあがって鍵を手にしたところだった。
「あら、出かけるの? 珍しい」
わざと目を見開いてみせると、またそっけなく
「あいつ、迎えに行ってくる」
とだけ答えて出て行ってしまった。
あれだけ分かりやすいのに、いつ切り出してくるつもりなのかしら?
わずかに苦笑をこぼしてその背を見送る。
季節はもうすぐ夏を迎える。就職活動の方は、まともに進んでいるのかしら?
~~~
「……ってね、私的には心配になるわけよ。
なんたってあの娘の親で、あの男の恋人だったんだもの」
ロックのバーボンを片手に愚痴をこぼす相手の“イソちゃん”は、
ユウジが元いたホストクラブのオーナーで、旧知の仲である。
ユウジが元いたホストクラブのオーナーで、旧知の仲である。
「うーん、やっぱ中卒だからなぁ。今不景気だし、中々安定した
昼の仕事はないみたいで、この間俺のとこに電話が来たよ」
昼の仕事はないみたいで、この間俺のとこに電話が来たよ」
「やっぱりぃ? もうイソちゃんに泣きが入ったかー。
マイ任せんの、やっぱり考え直そうかなぁ……」
マイ任せんの、やっぱり考え直そうかなぁ……」
眉間に皺を寄せて深い溜息を吐きだした私に、
初めにユウジを紹介した彼は慌ててフォローを入れた。
初めにユウジを紹介した彼は慌ててフォローを入れた。
「オイオイ、そう言ってやるなよ。あいつ、相当長いことがんばってたと思うぞ?
店辞める時点でマイコちゃんの名前出してたくらいだし」
店辞める時点でマイコちゃんの名前出してたくらいだし」
「えっ、ほんとぉ? 何て言って辞めたの?ユウジ」
驚いて問いかけた私に彼が話してくれたホスト・ユウジとの最後の会話は、
次のようなものだった。
次のようなものだった。
~~~
『辞める理由を聞いてもいいか?』
『マサコさんが辞めてもいい、って言ったんス』
『おまえ、本気でオンナのヒモになり下がる気か?』
『……マサコさんち、中学生のガキが一人いるんスよ』
『ああ、知ってるよ。マイコちゃんだろ?』
『そいつが、俺がマサコさんちにお世話になるようになって最初に
「おかえり」って出迎えてやったとき、めちゃめちゃ喜んだんス。
オレ、今まで自分がしたこととか言ったことで
あそこまで誰かに喜んでもらったことってなくて……』
「おかえり」って出迎えてやったとき、めちゃめちゃ喜んだんス。
オレ、今まで自分がしたこととか言ったことで
あそこまで誰かに喜んでもらったことってなくて……』
~~~
「オイオイおまえ、相手は中坊だぞ? って俺は思わずツッコミそうになったね。
あれから丸二年。よく我慢したよ、ユウジは」
あれから丸二年。よく我慢したよ、ユウジは」
感慨深げにうんうん、と頷くイソちゃんに私は少し口を尖らせる。
「当たり前じゃない、娘に手出したらすぐにでも追い出すわよ、
って最初に約束させたんだから。
『オレ、ロリコンじゃないから大丈夫っス』って言ってたくせに」
って最初に約束させたんだから。
『オレ、ロリコンじゃないから大丈夫っス』って言ってたくせに」
そもそもユウジが私の家に転がり込んだのは、
熱烈な年の差恋愛故でもホスト遊びに溺れた果てのことでもない。
熱烈な年の差恋愛故でもホスト遊びに溺れた果てのことでもない。
大喧嘩の末元カノの家を追い出されて行き場をなくしたユウジを、
イソちゃんの店の常連だった私が仕方なく“引き取ってあげた”のだ。
イソちゃんの店の常連だった私が仕方なく“引き取ってあげた”のだ。
幸いにも“あっち”の相性は良かったし、金をせびるわけでも暴力を振るう
わけでもなく邪魔にならないユウジのことを私は結構気に入っていた。
わけでもなく邪魔にならないユウジのことを私は結構気に入っていた。
だから、軽い気持ちで言ったのだ。
お互いの出勤前である夕方の時間、やたら時計と玄関を気にして
明らかに“行きたくない”という表情を浮かべていた彼に。
明らかに“行きたくない”という表情を浮かべていた彼に。
『ホスト、辞めたいなら辞めてもいいわよ。
私の稼ぎで十分やっていけるし、そもそもあなた、あの仕事向いてないと思うし』
私の稼ぎで十分やっていけるし、そもそもあなた、あの仕事向いてないと思うし』
と。軽い気持ちだったとはいえ、彼がホストに向かないと思ったのは本心だった。
いつも無表情で感情の起伏に乏しく、何事にもやる気が感じられない。
なんでイソちゃんがこんな男を雇ってしまったのか疑問だった。
そんな彼が、“仕事に行きたくない”という気持ちをあからさまにしているのが
何だかおかしくて、からかうつもりもあった。
何だかおかしくて、からかうつもりもあった。
ところが彼はその三日後、本当に仕事を辞めてきてしまった。
経済的にそこまで困窮することはなかったけれど、正直唖然としてしまったのは覚えている。
あれがまさか、マイのためだったなんて。
あの頃から、母親の私が気付かないあの娘の寂しさを埋めてくれていたなんて……。
~~~
「しっかしさ、あの能面みたいだったユウジが、マサコちゃんちに行ってから
大分変わったよな。ちょっと微笑ったり、ムッとした顔したりするようになった」
大分変わったよな。ちょっと微笑ったり、ムッとした顔したりするようになった」
イソちゃんの言葉に、またグラスを一口傾けてしんみりと頷く。
「そうねぇ。やっぱりそれって、マイのおかげなんでしょうねぇ……」
「なになに?マサコちゃんは一体どっちに嫉妬してんの?」
面白そうに問いかけてくる旧友に、
「大事に育てた我が子をいっぺんに二人手放すような気分なのよ、
子供のいないイソちゃんにはわかんないだろうけど」
子供のいないイソちゃんにはわかんないだろうけど」
と毒づいて舌を出した。それから鞄を引き寄せ、沢山の小さな紙片の束が
入ったケースの中から一枚の名刺を取り出して彼の手のひらに乗せる。
入ったケースの中から一枚の名刺を取り出して彼の手のひらに乗せる。
「これ、私からだってことは伏せてユウジに渡して。話はつけておいたから」
その紙切れに記されているのは、隣町にある小さな会社の社長の名前と連絡先。
私の長年の“お得意様”である彼は気の良い壮年の紳士だ。
「マサコちゃん……あんた、本当にいい女だな……」
少しだけ目を潤ませてこちらを見つめたイソちゃんに
「でもやっぱり複雑かも、自分の娘と棒姉妹になるなんて」
と返せば、彼は呆れて首を振り溜息を吐いた。
「……下ネタさえ言わなけりゃ、な」
→後書き
続編『幸せは底にある』(ユウジ視点)
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「たっだいまー! あれ? マイは? 帰ってないの?」
「図書館に籠って勉強してるよ……最近はずっと」
久々のオフを満喫して、帰宅したのは夜の八時過ぎ。
いつもならばこの“現代に生きる若者の無気力”をそのまま体現したかのように
床に寝そべる男と、思春期真っ盛りの割には可愛げのある愛娘が
揃って出迎えてくれる時間だった。
床に寝そべる男と、思春期真っ盛りの割には可愛げのある愛娘が
揃って出迎えてくれる時間だった。
「あらそうなの。折角あの子の好きなシュークリーム買ってきたのに……。
マイったら、いつの間に勉強に目覚めちゃったのかしら?」
マイったら、いつの間に勉強に目覚めちゃったのかしら?」
悪戯に問いかけてみるが、ユウジはもちろん無愛想な表情のまま答えない。
大袈裟に溜息を吐きながら、シュークリームを冷蔵庫にしまい終えて
リビングに戻ると、ユウジがおもむろに立ちあがって鍵を手にしたところだった。
リビングに戻ると、ユウジがおもむろに立ちあがって鍵を手にしたところだった。
「あら、出かけるの? 珍しい」
わざと目を見開いてみせると、またそっけなく
「あいつ、迎えに行ってくる」
とだけ答えて出て行ってしまった。
あれだけ分かりやすいのに、いつ切り出してくるつもりなのかしら?
わずかに苦笑をこぼしてその背を見送る。
季節はもうすぐ夏を迎える。就職活動の方は、まともに進んでいるのかしら?
~~~
「……ってね、私的には心配になるわけよ。
なんたってあの娘の親で、あの男の恋人だったんだもの」
ロックのバーボンを片手に愚痴をこぼす相手の“イソちゃん”は、
ユウジが元いたホストクラブのオーナーで、旧知の仲である。
ユウジが元いたホストクラブのオーナーで、旧知の仲である。
「うーん、やっぱ中卒だからなぁ。今不景気だし、中々安定した
昼の仕事はないみたいで、この間俺のとこに電話が来たよ」
昼の仕事はないみたいで、この間俺のとこに電話が来たよ」
「やっぱりぃ? もうイソちゃんに泣きが入ったかー。
マイ任せんの、やっぱり考え直そうかなぁ……」
マイ任せんの、やっぱり考え直そうかなぁ……」
眉間に皺を寄せて深い溜息を吐きだした私に、
初めにユウジを紹介した彼は慌ててフォローを入れた。
初めにユウジを紹介した彼は慌ててフォローを入れた。
「オイオイ、そう言ってやるなよ。あいつ、相当長いことがんばってたと思うぞ?
店辞める時点でマイコちゃんの名前出してたくらいだし」
店辞める時点でマイコちゃんの名前出してたくらいだし」
「えっ、ほんとぉ? 何て言って辞めたの?ユウジ」
驚いて問いかけた私に彼が話してくれたホスト・ユウジとの最後の会話は、
次のようなものだった。
次のようなものだった。
~~~
『辞める理由を聞いてもいいか?』
『マサコさんが辞めてもいい、って言ったんス』
『おまえ、本気でオンナのヒモになり下がる気か?』
『……マサコさんち、中学生のガキが一人いるんスよ』
『ああ、知ってるよ。マイコちゃんだろ?』
『そいつが、俺がマサコさんちにお世話になるようになって最初に
「おかえり」って出迎えてやったとき、めちゃめちゃ喜んだんス。
オレ、今まで自分がしたこととか言ったことで
あそこまで誰かに喜んでもらったことってなくて……』
「おかえり」って出迎えてやったとき、めちゃめちゃ喜んだんス。
オレ、今まで自分がしたこととか言ったことで
あそこまで誰かに喜んでもらったことってなくて……』
~~~
「オイオイおまえ、相手は中坊だぞ? って俺は思わずツッコミそうになったね。
あれから丸二年。よく我慢したよ、ユウジは」
あれから丸二年。よく我慢したよ、ユウジは」
感慨深げにうんうん、と頷くイソちゃんに私は少し口を尖らせる。
「当たり前じゃない、娘に手出したらすぐにでも追い出すわよ、
って最初に約束させたんだから。
『オレ、ロリコンじゃないから大丈夫っス』って言ってたくせに」
って最初に約束させたんだから。
『オレ、ロリコンじゃないから大丈夫っス』って言ってたくせに」
そもそもユウジが私の家に転がり込んだのは、
熱烈な年の差恋愛故でもホスト遊びに溺れた果てのことでもない。
熱烈な年の差恋愛故でもホスト遊びに溺れた果てのことでもない。
大喧嘩の末元カノの家を追い出されて行き場をなくしたユウジを、
イソちゃんの店の常連だった私が仕方なく“引き取ってあげた”のだ。
イソちゃんの店の常連だった私が仕方なく“引き取ってあげた”のだ。
幸いにも“あっち”の相性は良かったし、金をせびるわけでも暴力を振るう
わけでもなく邪魔にならないユウジのことを私は結構気に入っていた。
わけでもなく邪魔にならないユウジのことを私は結構気に入っていた。
だから、軽い気持ちで言ったのだ。
お互いの出勤前である夕方の時間、やたら時計と玄関を気にして
明らかに“行きたくない”という表情を浮かべていた彼に。
明らかに“行きたくない”という表情を浮かべていた彼に。
『ホスト、辞めたいなら辞めてもいいわよ。
私の稼ぎで十分やっていけるし、そもそもあなた、あの仕事向いてないと思うし』
私の稼ぎで十分やっていけるし、そもそもあなた、あの仕事向いてないと思うし』
と。軽い気持ちだったとはいえ、彼がホストに向かないと思ったのは本心だった。
いつも無表情で感情の起伏に乏しく、何事にもやる気が感じられない。
なんでイソちゃんがこんな男を雇ってしまったのか疑問だった。
そんな彼が、“仕事に行きたくない”という気持ちをあからさまにしているのが
何だかおかしくて、からかうつもりもあった。
何だかおかしくて、からかうつもりもあった。
ところが彼はその三日後、本当に仕事を辞めてきてしまった。
経済的にそこまで困窮することはなかったけれど、正直唖然としてしまったのは覚えている。
あれがまさか、マイのためだったなんて。
あの頃から、母親の私が気付かないあの娘の寂しさを埋めてくれていたなんて……。
~~~
「しっかしさ、あの能面みたいだったユウジが、マサコちゃんちに行ってから
大分変わったよな。ちょっと微笑ったり、ムッとした顔したりするようになった」
大分変わったよな。ちょっと微笑ったり、ムッとした顔したりするようになった」
イソちゃんの言葉に、またグラスを一口傾けてしんみりと頷く。
「そうねぇ。やっぱりそれって、マイのおかげなんでしょうねぇ……」
「なになに?マサコちゃんは一体どっちに嫉妬してんの?」
面白そうに問いかけてくる旧友に、
「大事に育てた我が子をいっぺんに二人手放すような気分なのよ、
子供のいないイソちゃんにはわかんないだろうけど」
子供のいないイソちゃんにはわかんないだろうけど」
と毒づいて舌を出した。それから鞄を引き寄せ、沢山の小さな紙片の束が
入ったケースの中から一枚の名刺を取り出して彼の手のひらに乗せる。
入ったケースの中から一枚の名刺を取り出して彼の手のひらに乗せる。
「これ、私からだってことは伏せてユウジに渡して。話はつけておいたから」
その紙切れに記されているのは、隣町にある小さな会社の社長の名前と連絡先。
私の長年の“お得意様”である彼は気の良い壮年の紳士だ。
「マサコちゃん……あんた、本当にいい女だな……」
少しだけ目を潤ませてこちらを見つめたイソちゃんに
「でもやっぱり複雑かも、自分の娘と棒姉妹になるなんて」
と返せば、彼は呆れて首を振り溜息を吐いた。
「……下ネタさえ言わなけりゃ、な」
→後書き
続編『幸せは底にある』(ユウジ視点)
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