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真汐楼のけち女郎、花笑(はなえ)と、帝国大学生の石山。
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花笑が初めての恋に落ちたのは、彼女が真汐楼に入って十年目、
ちょうど桜が見ごろを迎える春の盛りのことだった。
ちょうど桜が見ごろを迎える春の盛りのことだった。
名に似合わず、現実主義者の花笑は決して客に媚を売らず、
微笑んでも皮肉の笑みしか見せなかった。
微笑んでも皮肉の笑みしか見せなかった。
その気概が良いのだと、通って来る客は少なくはなかったが、
花笑は客の誰にも心を許しはしなかった。
花笑は客の誰にも心を許しはしなかった。
「男なんて、みぃんな馬鹿よ。所詮あたしたちは遊女。
相手をするのは金のためだけなんだから」
相手をするのは金のためだけなんだから」
遣り手の説教と全く同じ言葉を同輩に向かって嘯き、
少しでも金目のものがあると素早く手に入れてしまいこむ彼女は、
「けち女郎」として周囲から煙たがられていた。
少しでも金目のものがあると素早く手に入れてしまいこむ彼女は、
「けち女郎」として周囲から煙たがられていた。
そんな彼女の元に、ある日やって来た客が石山だった。
「ええ?嫌よ、学生さんなんてお金になんない客。誰か他の娘(こ)に回してちょうだい」
文句を言う花笑に、遣り手は苦い笑みを浮かべて
「他の娘はみぃんな接客中さ。今んとこ空いてんのはあんただけなんだ。さっさとお行き!」
と怒鳴った。花笑が渋々部屋に向かうと、そこには、既に一人の青年が座っていた。
「遅れてすいませぇん。花笑と申しますぅ」
ふてぶてしく挨拶をした花笑に、若者は礼儀正しく頭を下げた。
「石山です」
見れば、若者の手はがちがちに固まっており、
一目で廓という場所に慣れていないことが伺えた。
一目で廓という場所に慣れていないことが伺えた。
花笑はため息をつきながら、それでも社交辞令として、男に向かって問いかけた。
「石山さんは、学生さん?」
「はい、T帝国大学で勉強させていただいてます!」
急に笑顔になり、誇らしげに答えた男に、花笑は思わず笑みをこぼした。
「あたしみたいな妓に、そんなお上品な言葉を使うことなんかありませんよ。
大学、ってとこは楽しいんですかい?」
大学、ってとこは楽しいんですかい?」
花笑の問いに、石山は目を輝かせて
「そりゃあ、勿論! 入りたくて、入りたくて堪らなかった、憧れの学校なんだ」
と笑って答えた。
「へぇ、その大学で、ご学友にでも焚き付けられて悪所(こんなところ)に?」
悪戯に微笑んだ花笑に、石山は顔を真っ赤にさせて
「仲間内で花町に来たことがないのが俺だけで……カードの、罰ゲームだったんだ」
と小さく呟いた。
その日、石山は花笑に触れようとはしなかった。
二人が交わしたのは、他愛もない言葉だけ。
二人が交わしたのは、他愛もない言葉だけ。
氷のようだった花笑の顔に、柔らかな表情が甦り始めたのは、それからだった。
石山は定期的に真汐楼を訪れるようになった。
女将と遣り手は、そのことに余り良い顔をしなかった。
「前途ある学生さんの将来をダメにしちゃいけないよ」
と二人に再三注意された花笑が、石山にいくらもう来るなと頼んでも、
彼は静かに首を振るだけだった。その真剣な、そして激しい眼差しを
見て振り切れるほど、花笑の心は凍り付いてはいなかった。
彼は静かに首を振るだけだった。その真剣な、そして激しい眼差しを
見て振り切れるほど、花笑の心は凍り付いてはいなかった。
いつしか花笑の氷は跡形もなく溶かされていたのだ。
石山への想いという名の熱によって……。
しかし、学生の身である石山にとって、廓に通う金を維持し続けるのは困難なことだった。
いつ明けるとも知れぬ花笑の年季を待つだけの余裕は、二人にはなかった。
二人が決意を固めたのは、雪の狭間から小さなふきのとうが顔を出す、
そんな季節のことだった。
そんな季節のことだった。
花笑は、十年暮らした廓を抜けた。石山と共に向かった先は、故郷の霊山。
汽車の窓から身を乗り出して、花笑は叫んだ。
汽車の窓から身を乗り出して、花笑は叫んだ。
「見て、見て! お山が見える……!」
~~~
その山の麓から寄り添う男女の遺体が見つかったのは、それから三日後のことだった。
この世でただ一人愛した男と共に逝った、穏やかな女の死に顔には、誰も見たことがないほど美しい、花のような微笑が浮かんでいた。
→舞う花弁
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花笑が初めての恋に落ちたのは、彼女が真汐楼に入って十年目、
ちょうど桜が見ごろを迎える春の盛りのことだった。
ちょうど桜が見ごろを迎える春の盛りのことだった。
名に似合わず、現実主義者の花笑は決して客に媚を売らず、
微笑んでも皮肉の笑みしか見せなかった。
微笑んでも皮肉の笑みしか見せなかった。
その気概が良いのだと、通って来る客は少なくはなかったが、
花笑は客の誰にも心を許しはしなかった。
花笑は客の誰にも心を許しはしなかった。
「男なんて、みぃんな馬鹿よ。所詮あたしたちは遊女。
相手をするのは金のためだけなんだから」
相手をするのは金のためだけなんだから」
遣り手の説教と全く同じ言葉を同輩に向かって嘯き、
少しでも金目のものがあると素早く手に入れてしまいこむ彼女は、
「けち女郎」として周囲から煙たがられていた。
少しでも金目のものがあると素早く手に入れてしまいこむ彼女は、
「けち女郎」として周囲から煙たがられていた。
そんな彼女の元に、ある日やって来た客が石山だった。
「ええ?嫌よ、学生さんなんてお金になんない客。誰か他の娘(こ)に回してちょうだい」
文句を言う花笑に、遣り手は苦い笑みを浮かべて
「他の娘はみぃんな接客中さ。今んとこ空いてんのはあんただけなんだ。さっさとお行き!」
と怒鳴った。花笑が渋々部屋に向かうと、そこには、既に一人の青年が座っていた。
「遅れてすいませぇん。花笑と申しますぅ」
ふてぶてしく挨拶をした花笑に、若者は礼儀正しく頭を下げた。
「石山です」
見れば、若者の手はがちがちに固まっており、
一目で廓という場所に慣れていないことが伺えた。
一目で廓という場所に慣れていないことが伺えた。
花笑はため息をつきながら、それでも社交辞令として、男に向かって問いかけた。
「石山さんは、学生さん?」
「はい、T帝国大学で勉強させていただいてます!」
急に笑顔になり、誇らしげに答えた男に、花笑は思わず笑みをこぼした。
「あたしみたいな妓に、そんなお上品な言葉を使うことなんかありませんよ。
大学、ってとこは楽しいんですかい?」
大学、ってとこは楽しいんですかい?」
花笑の問いに、石山は目を輝かせて
「そりゃあ、勿論! 入りたくて、入りたくて堪らなかった、憧れの学校なんだ」
と笑って答えた。
「へぇ、その大学で、ご学友にでも焚き付けられて悪所(こんなところ)に?」
悪戯に微笑んだ花笑に、石山は顔を真っ赤にさせて
「仲間内で花町に来たことがないのが俺だけで……カードの、罰ゲームだったんだ」
と小さく呟いた。
その日、石山は花笑に触れようとはしなかった。
二人が交わしたのは、他愛もない言葉だけ。
二人が交わしたのは、他愛もない言葉だけ。
氷のようだった花笑の顔に、柔らかな表情が甦り始めたのは、それからだった。
石山は定期的に真汐楼を訪れるようになった。
女将と遣り手は、そのことに余り良い顔をしなかった。
「前途ある学生さんの将来をダメにしちゃいけないよ」
と二人に再三注意された花笑が、石山にいくらもう来るなと頼んでも、
彼は静かに首を振るだけだった。その真剣な、そして激しい眼差しを
見て振り切れるほど、花笑の心は凍り付いてはいなかった。
彼は静かに首を振るだけだった。その真剣な、そして激しい眼差しを
見て振り切れるほど、花笑の心は凍り付いてはいなかった。
いつしか花笑の氷は跡形もなく溶かされていたのだ。
石山への想いという名の熱によって……。
しかし、学生の身である石山にとって、廓に通う金を維持し続けるのは困難なことだった。
いつ明けるとも知れぬ花笑の年季を待つだけの余裕は、二人にはなかった。
二人が決意を固めたのは、雪の狭間から小さなふきのとうが顔を出す、
そんな季節のことだった。
そんな季節のことだった。
花笑は、十年暮らした廓を抜けた。石山と共に向かった先は、故郷の霊山。
汽車の窓から身を乗り出して、花笑は叫んだ。
汽車の窓から身を乗り出して、花笑は叫んだ。
「見て、見て! お山が見える……!」
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その山の麓から寄り添う男女の遺体が見つかったのは、それから三日後のことだった。
この世でただ一人愛した男と共に逝った、穏やかな女の死に顔には、誰も見たことがないほど美しい、花のような微笑が浮かんでいた。
→舞う花弁
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