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すれ違いと本当の気持ち。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
歯車が狂ってしまったのは、一体いつからだったのだろう?
『主任が会社を辞める』
そんな噂が流れてきたのは、付き合いだして数ヶ月経った頃だった。
「……独立する、ってホントなの?」
向かい合って料理を口に運ぶ相手に問いかければ
「ああ、耳が早いな。来月いっぱいで退社しようと思ってる」
と淡々とした答えが返ってきた。
暁が会社を辞めてしまえば、今までのように毎日顔を見ることは叶わないかもしれない。
約束された将来を捨てて一から会社を興して、成功する保証だってないのに……。
不安で堪らなくて、私との出会いの場所を捨ててしまう暁を恨みがましい目で
見詰めてしまう。そんな私に、暁は笑って
「何だよ、そんな顔するなよ。
……今の十倍稼がないと、結婚は考えないって言ったのお前だろ?」
と告げた。
「え……?」
付き合う前、飲み会の席で理想の夫の年収を聞かれた時、
とんでもない額を答えた気がするけど……まさか、その時から?
戸惑う私に、暁は小さな包みを差し出した。
「会社が軌道に載ったら……、ちゃんと、ここにプレゼントするから」
テーブル越しに、彼が触れた薬指が熱い。
開いた小さな包みの中には、私の誕生石、赤いガーネットのピアス。
「うん……待ってる」
いつもなら言ってしまうような『何よ、安物じゃない』なんて憎まれ口も不思議と出てこなかった。
だって、嬉しかったのだ。もっと高価なプレゼントをくれた彼は、それまでにも沢山いた。
けれどその時の私には、ダイヤよりもルビーよりも、ガーネットの輝きが何より眩しかったのだ。
~~~
そんな思い出とも、もうすぐお別れ。
私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
私は暁を裏切ったし、そもそも今は生きる世界だって違ってしまったのだ。
アーノルドはハンサムで優しいし、何よりお金持ちだ。
私は幸せになれる。彼を忘れることができれば……。
コンコン
刻限が来た。控えめにノックされたドアの向こうから、アーノルドが顔を覗かせる。
「ミチル? ……準備はいいかい?」
何かを問いたげな蒼い瞳に、微笑んで答える。
「ええ、大丈夫よ」
両耳のピアスを外し、私は立ち上がった。
『心納めの儀』に使われる封印の間には、
先祖の祖霊と話す?時に用いたのと同じような魔方陣が描かれていた。
そしてその中心に豪奢な飾りの付いた古々しい小さな箱が安置されている。
箱は不思議な淡い光を放っていた。あれがアーノルドの言うところの『心納めの箱』なのだろう。
「ミチル、いいかい? 君は今から一人であの中心まで行って、
神官が合図をしたらその『宝物』をあの箱の中に納めるんだ。一度あの箱の中に
納めてしまったら、持ち主が死ぬまで二度とあの箱は開けられなくなる……」
「ええ、分かった」
小さく頷いて、箱を見詰める。魔導師たちの詠唱が始まった。アーノルドがそっと私を促す。
箱の放つ白い光に向かって、私は魔方陣の中に一歩足を踏み出した。
~~~
「私と一緒にいても楽しくないの?」
「そんなわけ無いだろ?」
「じゃあどうしてあくびばっかりしてるのよ……」
「ごめん、ここマトモに最近寝れてなくてさ……」
始まりは、こんな会話からだったのかもしれない。
「どうして!? 約束したじゃない!」
「その日は打ち合わせがあってどうしても無理になったんだよ……」
「そう言って、先週も先々週もダメだったじゃない!
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
「ごめん……」
暁が、私に謝ることが増えた。会う時間が減った。
喧嘩の後、元気になるのではなく落ち込むことが増えた。
暁と一緒にいる自分が、自分と一緒にいる暁が嫌になった。
そんな時、登吾さんと出会った。彼は優しかった。甘ったるいお菓子のように。
今ここにいるアーノルドと、同じくらいに……。
~~~
気がつけば、箱の前でポロポロ涙を流していた。私は愚かだ。本当は気づいていたのに。
登吾さんを、アーノルドを、この世界を理由に逃げていただけ。
あのひとをどうしようもなく好きだという想いから……。
「アーノルドッ……ごめんっ……もう私、無理だよぅ……!」
ピアスを握り締めたまま、箱の前にくず折れた私に、周囲がどよめく。
そんなざわめきを制して、カツカツと近づいてくる足音。
「ミチル」
私の傍らに彼がしゃがみこむ気配。そちらを見ることができずに、泣き濡れた顔を横にそらす。
アーノルドは私の両頬を挟み込むように持ち上げ、目を合わせるとにこりと笑った。
「ようやく、素直になったね」
その瞬間、私の喉から嗚咽が漏れた。優しく涙を拭う指が、
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
「わたしっ……わたしっ……!」
「うん、うん、分かってるから。何も、言わなくていいから」
甘く、優しい、優しすぎるアーノルドの腕の中で、私は涙を流し続けた。
その場にいた全ての人々が、儀式の中止を悟っていなくなってしまうまで。
「ミチル、僕は君が好きだよ。好きだから、君を妃にと望んだし傍にいてほしいとも思ってる。
でも、それ以前に僕は君に幸せになってほしいと思ってるんだ。
何かに耐えているような哀しい顔で、傍にいてもらっても意味が無い。
僕は君に、笑っていて欲しいんだ。きっと、君には笑顔が一番似合うと思うから……」
泣き喚く私を抱きしめながら、アーノルドが耳元で囁き続けた言葉。
どうして、この人はこんなにも優しいのだろう?
どうして、この人はこんなにも欲しいものばかりくれるのだろう?
どうして私は、この人を一番に選べなかったのだろう?
「ミチル、君が一番望むものは何?」
泣き止んだ私を、アーノルドが真っ直ぐに見つめて問うてきた。
偽りを告げることは許されぬ瞳。もう、逃げるわけにはいかないのだ。
たとえ誰を傷つけることになっても、私が今まで一番大事にしてきた
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
「アーノルド……わたし……私は、帰りたい……」
掠れた私の呟き、いつも穏やかだったアーノルドの表情が一瞬強張ったのが分かる。
「う、ん……分かった」
アーノルドは一拍間を置いて頷くと、スッと踵を返した。
「アーノルド!?」
慌てて声をかけると、アーノルドは振り向かないまま
「ばばさまにすぐ連絡を取るよ。向こうの世界との繋がり方を把握してるのは彼女だけだ」
と片手を上げてみせた。
「それなら私も一緒に……」
と後を追いかけて、口を噤んだ。彼の肩が、小刻みに震えていることに気づいてしまったから。
「ミチル、ごめん。今は少し……独りにして」
アーノルドはそう呟いて扉を閉めた。私、本当にバカだ……!
唇を噛み、ピアスを手にした両手を握り締める。目の前には心納めの箱。
この中には、今までどのくらいの思い出が封じ込められてきたのだろう?
彼は気休め程度のもの、って言っていたけど、
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
もし、私が何も知らずにこの箱の中にピアスを放ってしまえたなら……
誰も、傷つくことなく全てが上手くいったのだろうか?
ぼんやりと箱を眺めながら考えても仕方のないことばかりが脳裏を過ぎる。
いいえ、アルは魔法の分からない私に説明も無くそんなことをさせたりなんかしない。
この期に及んで逃げ口上だなんて、やっぱり私は覚悟が足りない。
手の中のガーネットをじっと見つめる。これは私が決めたこと。
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
「もっと良い石、もらわなくちゃね」
耳にピアスを付け直した瞬間、思わず微笑がこぼれた。
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歯車が狂ってしまったのは、一体いつからだったのだろう?
『主任が会社を辞める』
そんな噂が流れてきたのは、付き合いだして数ヶ月経った頃だった。
「……独立する、ってホントなの?」
向かい合って料理を口に運ぶ相手に問いかければ
「ああ、耳が早いな。来月いっぱいで退社しようと思ってる」
と淡々とした答えが返ってきた。
暁が会社を辞めてしまえば、今までのように毎日顔を見ることは叶わないかもしれない。
約束された将来を捨てて一から会社を興して、成功する保証だってないのに……。
不安で堪らなくて、私との出会いの場所を捨ててしまう暁を恨みがましい目で
見詰めてしまう。そんな私に、暁は笑って
「何だよ、そんな顔するなよ。
……今の十倍稼がないと、結婚は考えないって言ったのお前だろ?」
と告げた。
「え……?」
付き合う前、飲み会の席で理想の夫の年収を聞かれた時、
とんでもない額を答えた気がするけど……まさか、その時から?
戸惑う私に、暁は小さな包みを差し出した。
「会社が軌道に載ったら……、ちゃんと、ここにプレゼントするから」
テーブル越しに、彼が触れた薬指が熱い。
開いた小さな包みの中には、私の誕生石、赤いガーネットのピアス。
「うん……待ってる」
いつもなら言ってしまうような『何よ、安物じゃない』なんて憎まれ口も不思議と出てこなかった。
だって、嬉しかったのだ。もっと高価なプレゼントをくれた彼は、それまでにも沢山いた。
けれどその時の私には、ダイヤよりもルビーよりも、ガーネットの輝きが何より眩しかったのだ。
~~~
そんな思い出とも、もうすぐお別れ。
私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
私だっていつかはこうしないといけない日が来る、って分かってた。
私は暁を裏切ったし、そもそも今は生きる世界だって違ってしまったのだ。
アーノルドはハンサムで優しいし、何よりお金持ちだ。
私は幸せになれる。彼を忘れることができれば……。
コンコン
刻限が来た。控えめにノックされたドアの向こうから、アーノルドが顔を覗かせる。
「ミチル? ……準備はいいかい?」
何かを問いたげな蒼い瞳に、微笑んで答える。
「ええ、大丈夫よ」
両耳のピアスを外し、私は立ち上がった。
『心納めの儀』に使われる封印の間には、
先祖の祖霊と話す?時に用いたのと同じような魔方陣が描かれていた。
そしてその中心に豪奢な飾りの付いた古々しい小さな箱が安置されている。
箱は不思議な淡い光を放っていた。あれがアーノルドの言うところの『心納めの箱』なのだろう。
「ミチル、いいかい? 君は今から一人であの中心まで行って、
神官が合図をしたらその『宝物』をあの箱の中に納めるんだ。一度あの箱の中に
納めてしまったら、持ち主が死ぬまで二度とあの箱は開けられなくなる……」
「ええ、分かった」
小さく頷いて、箱を見詰める。魔導師たちの詠唱が始まった。アーノルドがそっと私を促す。
箱の放つ白い光に向かって、私は魔方陣の中に一歩足を踏み出した。
~~~
「私と一緒にいても楽しくないの?」
「そんなわけ無いだろ?」
「じゃあどうしてあくびばっかりしてるのよ……」
「ごめん、ここマトモに最近寝れてなくてさ……」
始まりは、こんな会話からだったのかもしれない。
「どうして!? 約束したじゃない!」
「その日は打ち合わせがあってどうしても無理になったんだよ……」
「そう言って、先週も先々週もダメだったじゃない!
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
一体いつから会ってないと思ってるの!?」
「ごめん……」
暁が、私に謝ることが増えた。会う時間が減った。
喧嘩の後、元気になるのではなく落ち込むことが増えた。
暁と一緒にいる自分が、自分と一緒にいる暁が嫌になった。
そんな時、登吾さんと出会った。彼は優しかった。甘ったるいお菓子のように。
今ここにいるアーノルドと、同じくらいに……。
~~~
気がつけば、箱の前でポロポロ涙を流していた。私は愚かだ。本当は気づいていたのに。
登吾さんを、アーノルドを、この世界を理由に逃げていただけ。
あのひとをどうしようもなく好きだという想いから……。
「アーノルドッ……ごめんっ……もう私、無理だよぅ……!」
ピアスを握り締めたまま、箱の前にくず折れた私に、周囲がどよめく。
そんなざわめきを制して、カツカツと近づいてくる足音。
「ミチル」
私の傍らに彼がしゃがみこむ気配。そちらを見ることができずに、泣き濡れた顔を横にそらす。
アーノルドは私の両頬を挟み込むように持ち上げ、目を合わせるとにこりと笑った。
「ようやく、素直になったね」
その瞬間、私の喉から嗚咽が漏れた。優しく涙を拭う指が、
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
澄んだ蒼の瞳が、少しも責める響きのない声が堪らなく暖かくて……切ない。
「わたしっ……わたしっ……!」
「うん、うん、分かってるから。何も、言わなくていいから」
甘く、優しい、優しすぎるアーノルドの腕の中で、私は涙を流し続けた。
その場にいた全ての人々が、儀式の中止を悟っていなくなってしまうまで。
「ミチル、僕は君が好きだよ。好きだから、君を妃にと望んだし傍にいてほしいとも思ってる。
でも、それ以前に僕は君に幸せになってほしいと思ってるんだ。
何かに耐えているような哀しい顔で、傍にいてもらっても意味が無い。
僕は君に、笑っていて欲しいんだ。きっと、君には笑顔が一番似合うと思うから……」
泣き喚く私を抱きしめながら、アーノルドが耳元で囁き続けた言葉。
どうして、この人はこんなにも優しいのだろう?
どうして、この人はこんなにも欲しいものばかりくれるのだろう?
どうして私は、この人を一番に選べなかったのだろう?
「ミチル、君が一番望むものは何?」
泣き止んだ私を、アーノルドが真っ直ぐに見つめて問うてきた。
偽りを告げることは許されぬ瞳。もう、逃げるわけにはいかないのだ。
たとえ誰を傷つけることになっても、私が今まで一番大事にしてきた
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
自分自身が傷つくことになっても。
そう……今までの私は、結局自分を守ることしか考えていなかった。
そのことに気づかせてくれたのは……
「アーノルド……わたし……私は、帰りたい……」
掠れた私の呟き、いつも穏やかだったアーノルドの表情が一瞬強張ったのが分かる。
「う、ん……分かった」
アーノルドは一拍間を置いて頷くと、スッと踵を返した。
「アーノルド!?」
慌てて声をかけると、アーノルドは振り向かないまま
「ばばさまにすぐ連絡を取るよ。向こうの世界との繋がり方を把握してるのは彼女だけだ」
と片手を上げてみせた。
「それなら私も一緒に……」
と後を追いかけて、口を噤んだ。彼の肩が、小刻みに震えていることに気づいてしまったから。
「ミチル、ごめん。今は少し……独りにして」
アーノルドはそう呟いて扉を閉めた。私、本当にバカだ……!
唇を噛み、ピアスを手にした両手を握り締める。目の前には心納めの箱。
この中には、今までどのくらいの思い出が封じ込められてきたのだろう?
彼は気休め程度のもの、って言っていたけど、
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
本当に思い出を忘れたお妃様はいなかったのかしら?
もし、私が何も知らずにこの箱の中にピアスを放ってしまえたなら……
誰も、傷つくことなく全てが上手くいったのだろうか?
ぼんやりと箱を眺めながら考えても仕方のないことばかりが脳裏を過ぎる。
いいえ、アルは魔法の分からない私に説明も無くそんなことをさせたりなんかしない。
この期に及んで逃げ口上だなんて、やっぱり私は覚悟が足りない。
手の中のガーネットをじっと見つめる。これは私が決めたこと。
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
私は帰る。あのひとのいる世界に。例えあのひとが、私を待っていなくても。
「もっと良い石、もらわなくちゃね」
耳にピアスを付け直した瞬間、思わず微笑がこぼれた。
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