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「華の国はどうかしている! 七年前は芽(めい)を人質として差し出させ……今度は王女を妃にだと!?」
一目で歴戦の雄と分かる、凛々しき武官は足音も荒く現れるなり卓子に拳を打ち付けた。
「幹(かん)、落ち着け。確かに彼の国の帝は酷い。しかし……今、華に逆らえる者は存在しない」
傍らの椅子に座す端正な顔立ちをした青年が友を諌める。だがその表情(かお)も、憂いを帯びて硬い。翠の国の貴族として、将として責任を背負い、国を守り抜く矜持を持った若者たちにとって、余りにも惨い彼の国の仕打ち。そしてそれは同時に、彼らに忘れ得ぬ苦い思い出を蘇らせる。
「それでなくても、華の国に対しては芽のことがあった! 葉(よう)、おまえの妹にして私の許嫁だった芽は、王家の血筋を引いているという理由のみで彼の国に差し出され……だが彼の国の皇帝は、彼女の声を聞くことすらなく蛮賊の元へ追いやった! 今では生死すらもわからない……」
「幹……それは」
沈痛な空気が辺りを支配し、朗らかに微笑む彼の少女の姿が彼らの脳裏を過ぎった。
『お兄様、幹様、わたくしは平気です。喜んで両国の礎となりましょう……』
わざと明るい声で紡がれたその言葉に身を震わせたのが、つい昨日のことのように思われる。
「王女、羽樹(はじゅ)様にしてもそうだ。お生まれになったその時から……芽を奪われたあの日からはまして、彼女を、彼女こそは守り抜こうとお仕えしてきた只一人のお方だ。何故また華の国に奪われねばならない? 芽を奪った彼の国に……。何故だ、何故だ!?」
涙を流し激昂する友を、葉は憐れみと同情を込めて見つめた。
「幹……。羽樹様はおまえに想いを寄せておられる。おまえがそんな様子では、嫁がれる殿下がいかに辛く思われることか」
幹は俯いて首を振った。
「解っている、解っているのだ。私とて彼女が可愛い。妹のように慈しんできた、大切な女性(ひと)だ。そして芽のことは……何よりも、誰よりも愛していた」
友の心からの叫びに、葉は目を閉じて天を仰ぐ。
「幹……。芽は美しい娘だったな。聡明で、気高く、だからこそ贄に選ばれた。華の国で皇帝の寵を受けなかったのもそのためだろう。きっと芽は、おまえに操を捧げ通すつもりでいたに違いない。それがまさか、あんなかたちで仇となるとは……!」
封じてきたはずの悲しみが、憤りが、やるせなさが葉の胸に込み上げる。愛しい妹、大切な家族。彼の国はそれを理不尽に奪ったのだ。
「芽は誰よりも美しく聡い。あれほど素晴らしい女に惚れなかった皇帝は馬鹿だ。王女をそんな男の元へなど、あるまじき暴挙だ!」
憤怒にかられる友に、葉は危ういものを感じて腕を掴んだ。
「気持ちは解るが、幹。我が国の国王陛下が、既に頷かれてしまったことを……」
「ならば私の憎しみはどこへ向かえば良い!? 羽樹様の悲しみは、芽の苦しみは!」
曇りの無い瞳だった。ただ純粋に悲憤を湛えるその瞳に、葉は息を飲んだ。
「私は決めた、乱を起こす。この身がどうなろうと、この国がどう変わろうと、何としても羽樹様をお逃がしする」
「本気か、幹! そんなことをすれば、おまえはこの国の主に背くだけではない……。裏切りの果ては大国の軍勢でもって踏みにじられたこの地と、隷奴に貶しめられた数多の民草の怨嗟に満ちた地獄かもしれぬのだ! それでも……それでも、おまえは」
瞠目し叫んだ葉に、幹は意外なほど穏やかな声で告げた。
「そうとも、もう決めた。俺は地獄に落ちる。国を裏切り、民を捨てる……止めたいならば私を斬れ。斬らずに他の者に密告する気なら、私がこの場でおまえを斬る。さぁ葉……俺を、斬ってくれ」
友の顔から剛毅な武人の表情は消え、両眼はついぞ見ることの無かった熱い雫を湛えていた。葉は項垂れ、己が友を止める術を持たぬことに絶望した。
「……私も行こう。おまえと、共に」
その時、彼の閉じた瞼の裏に懐かしい妹の姿が浮かんだ。今から思えば国を裏切るという行為を正当化するための幻想に過ぎなかったのかもしれないが、微かに――微かに彼女が、自分に向かって微笑んだように葉には思われた。
「葉……感謝する」
幹は万感の思いを込めて友の手を握った。それから間もなく、二人の男の悲壮な決意は現実となり、美しき翠の国を戦火に包む――
~~~
少年は知らなかった。己の国が何故大国の軍勢に滅ぼされたのか。皆が敬い慕った将軍の犯した罪を。焼け落ちる城から逃げ延びた、たった一人の少女のことを。何も知らず、家を、親を、街を失った彼は――それから数年の後、憎しみを携えて華へと上る。
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「華の国はどうかしている! 七年前は芽(めい)を人質として差し出させ……今度は王女を妃にだと!?」
一目で歴戦の雄と分かる、凛々しき武官は足音も荒く現れるなり卓子に拳を打ち付けた。
「幹(かん)、落ち着け。確かに彼の国の帝は酷い。しかし……今、華に逆らえる者は存在しない」
傍らの椅子に座す端正な顔立ちをした青年が友を諌める。だがその表情(かお)も、憂いを帯びて硬い。翠の国の貴族として、将として責任を背負い、国を守り抜く矜持を持った若者たちにとって、余りにも惨い彼の国の仕打ち。そしてそれは同時に、彼らに忘れ得ぬ苦い思い出を蘇らせる。
「それでなくても、華の国に対しては芽のことがあった! 葉(よう)、おまえの妹にして私の許嫁だった芽は、王家の血筋を引いているという理由のみで彼の国に差し出され……だが彼の国の皇帝は、彼女の声を聞くことすらなく蛮賊の元へ追いやった! 今では生死すらもわからない……」
「幹……それは」
沈痛な空気が辺りを支配し、朗らかに微笑む彼の少女の姿が彼らの脳裏を過ぎった。
『お兄様、幹様、わたくしは平気です。喜んで両国の礎となりましょう……』
わざと明るい声で紡がれたその言葉に身を震わせたのが、つい昨日のことのように思われる。
「王女、羽樹(はじゅ)様にしてもそうだ。お生まれになったその時から……芽を奪われたあの日からはまして、彼女を、彼女こそは守り抜こうとお仕えしてきた只一人のお方だ。何故また華の国に奪われねばならない? 芽を奪った彼の国に……。何故だ、何故だ!?」
涙を流し激昂する友を、葉は憐れみと同情を込めて見つめた。
「幹……。羽樹様はおまえに想いを寄せておられる。おまえがそんな様子では、嫁がれる殿下がいかに辛く思われることか」
幹は俯いて首を振った。
「解っている、解っているのだ。私とて彼女が可愛い。妹のように慈しんできた、大切な女性(ひと)だ。そして芽のことは……何よりも、誰よりも愛していた」
友の心からの叫びに、葉は目を閉じて天を仰ぐ。
「幹……。芽は美しい娘だったな。聡明で、気高く、だからこそ贄に選ばれた。華の国で皇帝の寵を受けなかったのもそのためだろう。きっと芽は、おまえに操を捧げ通すつもりでいたに違いない。それがまさか、あんなかたちで仇となるとは……!」
封じてきたはずの悲しみが、憤りが、やるせなさが葉の胸に込み上げる。愛しい妹、大切な家族。彼の国はそれを理不尽に奪ったのだ。
「芽は誰よりも美しく聡い。あれほど素晴らしい女に惚れなかった皇帝は馬鹿だ。王女をそんな男の元へなど、あるまじき暴挙だ!」
憤怒にかられる友に、葉は危ういものを感じて腕を掴んだ。
「気持ちは解るが、幹。我が国の国王陛下が、既に頷かれてしまったことを……」
「ならば私の憎しみはどこへ向かえば良い!? 羽樹様の悲しみは、芽の苦しみは!」
曇りの無い瞳だった。ただ純粋に悲憤を湛えるその瞳に、葉は息を飲んだ。
「私は決めた、乱を起こす。この身がどうなろうと、この国がどう変わろうと、何としても羽樹様をお逃がしする」
「本気か、幹! そんなことをすれば、おまえはこの国の主に背くだけではない……。裏切りの果ては大国の軍勢でもって踏みにじられたこの地と、隷奴に貶しめられた数多の民草の怨嗟に満ちた地獄かもしれぬのだ! それでも……それでも、おまえは」
瞠目し叫んだ葉に、幹は意外なほど穏やかな声で告げた。
「そうとも、もう決めた。俺は地獄に落ちる。国を裏切り、民を捨てる……止めたいならば私を斬れ。斬らずに他の者に密告する気なら、私がこの場でおまえを斬る。さぁ葉……俺を、斬ってくれ」
友の顔から剛毅な武人の表情は消え、両眼はついぞ見ることの無かった熱い雫を湛えていた。葉は項垂れ、己が友を止める術を持たぬことに絶望した。
「……私も行こう。おまえと、共に」
その時、彼の閉じた瞼の裏に懐かしい妹の姿が浮かんだ。今から思えば国を裏切るという行為を正当化するための幻想に過ぎなかったのかもしれないが、微かに――微かに彼女が、自分に向かって微笑んだように葉には思われた。
「葉……感謝する」
幹は万感の思いを込めて友の手を握った。それから間もなく、二人の男の悲壮な決意は現実となり、美しき翠の国を戦火に包む――
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少年は知らなかった。己の国が何故大国の軍勢に滅ぼされたのか。皆が敬い慕った将軍の犯した罪を。焼け落ちる城から逃げ延びた、たった一人の少女のことを。何も知らず、家を、親を、街を失った彼は――それから数年の後、憎しみを携えて華へと上る。
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