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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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墓前』番外編。エドモンドの正妻・アマーリアのその後。

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「アマーリア、聞いてちょうだい! この娘(こ)ったら、新しいバリオーニ伯爵の花嫁になるのですってよ!」
 
「まぁお可哀想! あなたに続く、新しい犠牲者ね」
 
囃したてる仲間たちに促されてアマーリアが視線を向けると、そこにはそばかす顔の垢ぬけない娘が顔を真っ赤にして縮こまっていた。
 
「そう、それはおめでとう。バリオーニ領は良いところよ。アドルフォ様と仲良くね」
 
薔薇色の唇から紡がれた答えが余程意外だったのか、皆が呆気に取られたようにアマーリアを見つめる。
 
「ありがとうございます……! わたくし、アマーリア様に心から憧れておりました。あなた様のようになれるよう、精一杯努力いたします!」
 
すっかり感激した様子で瞳を潤ませながら胸の前で両手を組むその娘に、周囲からどっと笑い声が上がった。
 
「あら、それでは駄目よオルネラ。この人のようになったら、あなたまで一年と経たない内に都(ここ)に帰ってきてしまうわ!」
 
野次を飛ばす周囲に対し、アマーリアは黙って手にしていたグラスを傾ける。ざわめきの中、彼女の脳裏を過ぎるのは深い森と清らかなせせらぎ。澄みきった静寂、緩やかに流れる時間、果ての無い退屈。それらが今更になってどこか恋しく思える。だがその一方で、やはり心底それらを忌み嫌っていた自分にもまた気が付くのだ。
 
エドモンド。アマーリアのかつての夫。彼女は決して、彼を嫌って別れたわけではない。ただ、彼の心の深淵に住まうのが自分ではない、その事実に耐えられなかっただけなのだ。二人の間にあったものは一体何であったのだろうか? 花火のように一瞬で消え行く、激しくも儚い恋。けれどエドモンドの真実の愛は違った。熱を持っていることにすら気がつかない、永遠(とこしえ)に燻ぶり続ける埋み火だった。
 
「アマーリア! 麗しの我が従妹殿、おかえり、と言うべきかな?」
 
その時、一座を割って明るい声を響かせた青年がいた。
 
「ベルナルド! 雄々しきわたくしの従兄殿、随分意地悪な御挨拶ね」
 
無造作に背を流れゆく金の髪、少し垂れた目尻が妖しく艶めくベルナルドは、アマーリアの従兄にして侯爵家の世継ぎの君だ。懐かしい再会に、アマーリアは顔をほころばせた。
 
「少し話さないか? これでも君の帰りを待ち望んでいたんだ」
 
「まぁ、跡目殿の頼みでは断れないわね」
 
ベルナルドに差し出された手を取ってアマーリアが立ち上がると、群がる悪友たちは潮が引くように道を開けた。昔から、この従兄のさりげない心配りにどれだけ救われてきたことか。あの別れの日から初めて、今ようやくアマーリアの眦に熱い雫が込み上げた。 
 
「……奥様はお元気? お変りなくお過ごしかしら?」
 
その涙を堪えるように、人気の無い屋敷の奥の庭に腰を降ろし冗談混じりに問いかければ、ベルナルドは溜息を吐いて肩をすくめてみせる。 
 
「君こそ意地悪だな。相変わらずさ。息子のことは可愛がっているようだがね」
 
「都一の美女を執心の果て射止めた、と評判だったくせに」
 
わざとからかうようにアマーリアが返事を返せば、ベルナルドはまた苦笑してこう答えた。
 
「彼女には他に想う男がいるのさ。家の名と金の力で彼女をものにした俺のことは、きっと一生許せないんだろうよ」
 
俯いた瞳に、疲労と寂寞が滲む。どちらもこの華やかな青年には似合わないものだ。
 
「そういうものかしら」
 
アマーリアが呟くと、ベルナルドは話題を変えるように彼女に水を向けた。
 
「……君のことは、そうだな、正直意外だったよ」
 
憐れみの籠った眼差しに自尊心を刺激されて、アマーリアは従兄を睨んだ。
 
「あなたは知っていたんでしょう? あの小屋に住まっていた女のことを。あなたは都にいた頃のエドモンドと、とても仲が良かった」
 
「女を囲っていることは聞いていたよ。幼い頃、親しくしていた家令の娘のことも」
 
「酷いわ、黙っているなんて」
 
仕方ない、といった風情で答えるベルナルドにアマーリアが唇を尖らせてみせるが、彼は少しも悪びれない態でこう告げた。
 
「よくある話さ。エドモンドは君に夢中だったし、君がそんなことで傷つくとも思わなかった」
 
「そうね……確かに私は、傷ついてなんかいないわ」
 
乾いた声音で呟かれたそれが本心であることに、微かな虚しさと、そして安堵を覚えてアマーリアは息を吐いた。
 
「ではエドモンドを、憎んでいるかい?」
 
そんな彼女を窺うように、ベルナルドは問うた。
 
「いいえ、そういう感情は全くと言って良いほど沸いてこないの。確かに初めは腹が立ったし、羞恥と屈辱を感じたわ。でも、あの赤ん坊の瞳……あの、汚れを知らない無垢な緑を見たら、嫉妬も、憤りも、悲しみすらも感じなくなった」
 
ドレスの裾を直しながら淡々と語るアマーリアにベルナルドは目を見開き、そして労わるように微笑んで従妹を見つめた。
 
「……俺は、汚れを知っている君の青い瞳が好きだよ」
 
「……ありがとう、ベルナルド」
 
その夜、二人の間にあったものは穏やかな静寂。互いの傷を慰め合うには、ただそれだけで十分だった。
 
 
~~~
 
 
それから、ベルナルドはアマーリアの行く先々に姿を見せた。王族の夜会、私的な会合、庶民の祭りに至るまで……いつしかその姿が心無い人々の口の端に上るまで。
 
ある日、人目につかぬ屋敷の一角で、アマーリアはベルナルドの妻テレーザが声を荒げて夫に食ってかかる様を見てしまった。
 
「お願いでございます……あなた、どうかこれ以上、私の名誉を傷つけないで下さいまし!」
 
彼女の懇願は悲痛だった。アマーリアは静かにその場を去り、その足で父の元へと駆けこんだ。三十も年の離れたジョルダーニ侯爵と彼女の再婚が発表されたのはその翌日のこと。報せを聞いたベルナルドは、憤慨した様子で従妹の屋敷を訪れた。
 
「あんな老いぼれと結婚するのか? 本気なのか、アマーリア!」
 
「そうよ……私は、エドモンドとのことで結婚に必要なものが愛ではなく、安定だと気づいたのよ。私はこの先も変わらずにありたい。今のままの暮らしを続けて、人生を楽しみたいわ。それを叶えてくれるのが彼なのよ」
 
アマーリアは強い瞳で従兄を射た。ベルナルドは、その眼差しに沈黙で返さざるを得なかった。去りゆく彼の背に見える果てなき孤独を、アマーリアだけが見つめていた。
 
 
~~~
 
 
それから三月も経たぬうちに、アマーリアはジョルダーニ侯爵夫人となった。老齢の夫と穏やかな暮らしを始めた彼女の屋敷に、ある日ベルナルドの妻であるテレーザが慌てふためいて駆けこんできた。
 
「アマーリア様、お聞き下さい。ベルナルドが、我が夫が遠征軍に志願すると……! 異教徒を東の果てまで追いやるための終りなき戦です。いつ戻るとも知れませぬ。どうか、どうかお止め下さい……!」
 
必死の形相で己に取り縋るテレーザを、アマーリアは驚愕を浮かべて見やった。
 
「……私は、私はあなたに浅ましい嫉妬の情を抱いておりました。侯爵家の令嬢で、私よりもずっとあの人の魂の近くに寄り添っていたあなたに」
 
『君を見ていると、俺はとんでもない過ちを犯していたような気がしてくる。……さようなら、アマーリア。君のこれからの人生の安寧を祈るよ』
 
その時、アマーリアの脳裏を過ぎったのはつい先日屋敷を訪れた従兄の姿。結婚を祝いにやって来たはずの彼は、果たして最後まで「幸せを祈る」とは言わなかった。ただ一つ、口にしたのは別れの言葉。ベルナルドは、アマーリアが真に望むものを知っていたとでもいうのだろうか。あれは彼の覚悟であり、決別であったのかもしれない。あるいは、彼を引きとめることすらしない彼女に絶望して死地に赴く決意を固めたのかもしれない。
窓辺に飾られた一輪の花を、アマーリアはそっと見やった。おそらくはこれが最後になるであろう、従兄からの贈り物。彼女がそれまでの人生で受け取ったものの中で最も粗末なものに分類されるその花は、吹き込む風にゆらゆらと揺れていた。そこから漂う微かな、ほんの微かな香りが、アマーリアの胸の内に沁みついて離れなかったあの緑の記憶を徐々に薄れさせていった。






後書き
 

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「アマーリア、聞いてちょうだい! この娘(こ)ったら、新しいバリオーニ伯爵の花嫁になるのですってよ!」
 
「まぁお可哀想! あなたに続く、新しい犠牲者ね」
 
囃したてる仲間たちに促されてアマーリアが視線を向けると、そこにはそばかす顔の垢ぬけない娘が顔を真っ赤にして縮こまっていた。
 
「そう、それはおめでとう。バリオーニ領は良いところよ。アドルフォ様と仲良くね」
 
薔薇色の唇から紡がれた答えが余程意外だったのか、皆が呆気に取られたようにアマーリアを見つめる。
 
「ありがとうございます……! わたくし、アマーリア様に心から憧れておりました。あなた様のようになれるよう、精一杯努力いたします!」
 
すっかり感激した様子で瞳を潤ませながら胸の前で両手を組むその娘に、周囲からどっと笑い声が上がった。
 
「あら、それでは駄目よオルネラ。この人のようになったら、あなたまで一年と経たない内に都(ここ)に帰ってきてしまうわ!」
 
野次を飛ばす周囲に対し、アマーリアは黙って手にしていたグラスを傾ける。ざわめきの中、彼女の脳裏を過ぎるのは深い森と清らかなせせらぎ。澄みきった静寂、緩やかに流れる時間、果ての無い退屈。それらが今更になってどこか恋しく思える。だがその一方で、やはり心底それらを忌み嫌っていた自分にもまた気が付くのだ。
 
エドモンド。アマーリアのかつての夫。彼女は決して、彼を嫌って別れたわけではない。ただ、彼の心の深淵に住まうのが自分ではない、その事実に耐えられなかっただけなのだ。二人の間にあったものは一体何であったのだろうか? 花火のように一瞬で消え行く、激しくも儚い恋。けれどエドモンドの真実の愛は違った。熱を持っていることにすら気がつかない、永遠(とこしえ)に燻ぶり続ける埋み火だった。
 
「アマーリア! 麗しの我が従妹殿、おかえり、と言うべきかな?」
 
その時、一座を割って明るい声を響かせた青年がいた。
 
「ベルナルド! 雄々しきわたくしの従兄殿、随分意地悪な御挨拶ね」
 
無造作に背を流れゆく金の髪、少し垂れた目尻が妖しく艶めくベルナルドは、アマーリアの従兄にして侯爵家の世継ぎの君だ。懐かしい再会に、アマーリアは顔をほころばせた。
 
「少し話さないか? これでも君の帰りを待ち望んでいたんだ」
 
「まぁ、跡目殿の頼みでは断れないわね」
 
ベルナルドに差し出された手を取ってアマーリアが立ち上がると、群がる悪友たちは潮が引くように道を開けた。昔から、この従兄のさりげない心配りにどれだけ救われてきたことか。あの別れの日から初めて、今ようやくアマーリアの眦に熱い雫が込み上げた。 
 
「……奥様はお元気? お変りなくお過ごしかしら?」
 
その涙を堪えるように、人気の無い屋敷の奥の庭に腰を降ろし冗談混じりに問いかければ、ベルナルドは溜息を吐いて肩をすくめてみせる。 
 
「君こそ意地悪だな。相変わらずさ。息子のことは可愛がっているようだがね」
 
「都一の美女を執心の果て射止めた、と評判だったくせに」
 
わざとからかうようにアマーリアが返事を返せば、ベルナルドはまた苦笑してこう答えた。
 
「彼女には他に想う男がいるのさ。家の名と金の力で彼女をものにした俺のことは、きっと一生許せないんだろうよ」
 
俯いた瞳に、疲労と寂寞が滲む。どちらもこの華やかな青年には似合わないものだ。
 
「そういうものかしら」
 
アマーリアが呟くと、ベルナルドは話題を変えるように彼女に水を向けた。
 
「……君のことは、そうだな、正直意外だったよ」
 
憐れみの籠った眼差しに自尊心を刺激されて、アマーリアは従兄を睨んだ。
 
「あなたは知っていたんでしょう? あの小屋に住まっていた女のことを。あなたは都にいた頃のエドモンドと、とても仲が良かった」
 
「女を囲っていることは聞いていたよ。幼い頃、親しくしていた家令の娘のことも」
 
「酷いわ、黙っているなんて」
 
仕方ない、といった風情で答えるベルナルドにアマーリアが唇を尖らせてみせるが、彼は少しも悪びれない態でこう告げた。
 
「よくある話さ。エドモンドは君に夢中だったし、君がそんなことで傷つくとも思わなかった」
 
「そうね……確かに私は、傷ついてなんかいないわ」
 
乾いた声音で呟かれたそれが本心であることに、微かな虚しさと、そして安堵を覚えてアマーリアは息を吐いた。
 
「ではエドモンドを、憎んでいるかい?」
 
そんな彼女を窺うように、ベルナルドは問うた。
 
「いいえ、そういう感情は全くと言って良いほど沸いてこないの。確かに初めは腹が立ったし、羞恥と屈辱を感じたわ。でも、あの赤ん坊の瞳……あの、汚れを知らない無垢な緑を見たら、嫉妬も、憤りも、悲しみすらも感じなくなった」
 
ドレスの裾を直しながら淡々と語るアマーリアにベルナルドは目を見開き、そして労わるように微笑んで従妹を見つめた。
 
「……俺は、汚れを知っている君の青い瞳が好きだよ」
 
「……ありがとう、ベルナルド」
 
その夜、二人の間にあったものは穏やかな静寂。互いの傷を慰め合うには、ただそれだけで十分だった。
 
 
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それから、ベルナルドはアマーリアの行く先々に姿を見せた。王族の夜会、私的な会合、庶民の祭りに至るまで……いつしかその姿が心無い人々の口の端に上るまで。
 
ある日、人目につかぬ屋敷の一角で、アマーリアはベルナルドの妻テレーザが声を荒げて夫に食ってかかる様を見てしまった。
 
「お願いでございます……あなた、どうかこれ以上、私の名誉を傷つけないで下さいまし!」
 
彼女の懇願は悲痛だった。アマーリアは静かにその場を去り、その足で父の元へと駆けこんだ。三十も年の離れたジョルダーニ侯爵と彼女の再婚が発表されたのはその翌日のこと。報せを聞いたベルナルドは、憤慨した様子で従妹の屋敷を訪れた。
 
「あんな老いぼれと結婚するのか? 本気なのか、アマーリア!」
 
「そうよ……私は、エドモンドとのことで結婚に必要なものが愛ではなく、安定だと気づいたのよ。私はこの先も変わらずにありたい。今のままの暮らしを続けて、人生を楽しみたいわ。それを叶えてくれるのが彼なのよ」
 
アマーリアは強い瞳で従兄を射た。ベルナルドは、その眼差しに沈黙で返さざるを得なかった。去りゆく彼の背に見える果てなき孤独を、アマーリアだけが見つめていた。
 
 
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それから三月も経たぬうちに、アマーリアはジョルダーニ侯爵夫人となった。老齢の夫と穏やかな暮らしを始めた彼女の屋敷に、ある日ベルナルドの妻であるテレーザが慌てふためいて駆けこんできた。
 
「アマーリア様、お聞き下さい。ベルナルドが、我が夫が遠征軍に志願すると……! 異教徒を東の果てまで追いやるための終りなき戦です。いつ戻るとも知れませぬ。どうか、どうかお止め下さい……!」
 
必死の形相で己に取り縋るテレーザを、アマーリアは驚愕を浮かべて見やった。
 
「……私は、私はあなたに浅ましい嫉妬の情を抱いておりました。侯爵家の令嬢で、私よりもずっとあの人の魂の近くに寄り添っていたあなたに」
 
『君を見ていると、俺はとんでもない過ちを犯していたような気がしてくる。……さようなら、アマーリア。君のこれからの人生の安寧を祈るよ』
 
その時、アマーリアの脳裏を過ぎったのはつい先日屋敷を訪れた従兄の姿。結婚を祝いにやって来たはずの彼は、果たして最後まで「幸せを祈る」とは言わなかった。ただ一つ、口にしたのは別れの言葉。ベルナルドは、アマーリアが真に望むものを知っていたとでもいうのだろうか。あれは彼の覚悟であり、決別であったのかもしれない。あるいは、彼を引きとめることすらしない彼女に絶望して死地に赴く決意を固めたのかもしれない。
窓辺に飾られた一輪の花を、アマーリアはそっと見やった。おそらくはこれが最後になるであろう、従兄からの贈り物。彼女がそれまでの人生で受け取ったものの中で最も粗末なものに分類されるその花は、吹き込む風にゆらゆらと揺れていた。そこから漂う微かな、ほんの微かな香りが、アマーリアの胸の内に沁みついて離れなかったあの緑の記憶を徐々に薄れさせていった。






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