忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


※残酷描写がございます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ヒミコが山泰国の女王に即位して一つ季節が巡った。女王となっても彼女の日常は巫女の社で修行に明け暮れていた日々とそう変わるものではない。日夜神に祈りを捧げ、神の意を問われれば託宣を行う――ただ一つ違うのは、毎日のように館を訪れる弟・サオの存在だ。
十にもならぬ年で一人にしてしまった弟のことを、ヒミコは五年間案じ続けていた。一人前の巫女としての披露目の儀式で再会したサオは記憶にあるよりはるかに背も伸び、肩幅も広く――立派に育った彼の姿にどれほど安堵し喜んだことか。大臣アシナよりいずれは娘婿に、との話を聞かされた時は心から誇らしく思い、婚儀の日を待ち遠しく思ったものだが、結局彼の家には先年の神事で白羽の矢が立ち、娘トツカが贄となったためその夢は叶わぬまま消えた。職を辞したアシナはサオに後継を託そうとしたが、彼は若年であることを理由に任に就くことを拒み、一途にヒミコの傍に――女王と要人たちの橋渡し役を務めている。彼女の力が衰えぬための“儀式”を施すのもまた彼なのだ。
 
「あんな恥ずかしいこと、サオじゃなければとても……」
 
女王となったその夜から始まった“儀式”のことを思うと、ヒミコの頬は火で焼かれたように熱を持ってしまう。大任に慄く彼女を慰めるように、優しく、そして激しく触れ回る手の感触に不思議な安堵と快楽を覚える自分の心と身体を、清涼な空気に包まれて育った巫女であるヒミコは訝しく思うのだった。その時、小さく戸を叩く音が室に響いた。
 
「ヒミコ様、失礼致します。夕餉の支度ができましたが、お持ちしても?」
 
扉の向こうから呼びかける声に、ヒミコは火照った頬に手を当てたまま背後を振り向く。
 
「良いわ、ヤサカ。いつもありがとう」
 
声の主――サオ以外で彼女が唯一接触できる男性・ヤサカは、女王の世話役を申しつけられた青年であり、人好きのする穏やかな物腰と柔和な光を宿す瞳が印象的な好漢である。扉を開け室内に歩み入った彼は、微笑みながら女王の御前に膳を差し出した。ところが――
 
「うっ……!」
 
湯気の立つ椀を前にした途端、ヒミコは咳き込み、苦しそうに胃の腑のものを吐き出してしまった。
 
「ヒミコ様、どうなされました、女王様!」
 
慌てて声を上げ、背に腕を伸ばすヤサカに、ヒミコは俯いて首を振った。
 
「ごめんなさい、ヤサカ……近ごろ胸がむかむかして、いつも気分が悪いの。折角用意してくれたのに……」
 
「ヒミコ様……もしや」
 
女王の言葉に、ヤサカの脳裏を最悪の予感が過ぎる。前々から気にしてはいた。火急の用とは思えぬ口実を申し立て、毎夜のように館を訪れるサオの姿――いくら姉と弟とは言え、女王であり巫女である人の館に、仮にも臣の立場にある人間の過度に頻繁な訪れが許されて良いものだろうか。時には朝まで女王の部屋に籠ることもある。ヒミコの美しく結いあげられた黒髪が一筋ほつれ、整えられた純白の装束にわずかな乱れが見える朝――紙のように白いあの方の頬はほのかに朱を帯び、かすかに触れる指先はしっとりと湿り気を帯びている。そしてそんな朝には、必ずサオが共にいる。ヤサカは意を決して、彼の忠誠と憧憬の対象に向き合った。
 
「もしやあなたは、身籠られておられるのではございませんか……? それも、実の弟君の子を」
 
悲痛な世話役の声に、ヒミコは目を見開いた。
 
「そんなはずはない。実の弟の子を身籠るなど、聞いたことも無い話だわ」
 
「ではいつもサオ様がこの館をお訪ねになる時、お二人は一体何をなさっておいでなのです? 乱れた着物も、汚れた床も……私は全てを知っております」
 
押し殺したように紡がれた言葉に、ヒミコは呆然としたまま口を開いた。
 
「サオが……サオが私の“力”を高めるために必要な儀式だと……だから、だから私は」
 
「ヒミコ様……あなた方がなさっていたのは、夫婦(めおと)が子を生すための儀式です。同じ父母から生まれた者たちに、許された儀式ではございません!」
 
ヤサカは叫びながらヒミコを抱きしめた。焦がれた女王の身体は余りに細く、ヤサカの目からはとめどなく涙がこぼれた。
 
「女王様……ヒミコ様、館を……この国を出ましょう。私はあなたをお慕いしております。あなたがいつまでもこの国に、弟君に縛られることはありません」
 
「ヤサカ……」
 
初めて感じる弟以外の男の温もりに、ヒミコは虚ろな心のまま首肯した。信じていた弟の裏切りを眼前に突き付けられたことへの衝撃と、心の奥底で感じながらも見て見ぬふりをしてきた“罪”を断じられたことへの恐怖が、彼女を捉え、引き裂いたのだった。
 
 
~~~
 
 
ヤサカとヒミコは話し合い、長老たちが会合を開く日に館を抜け出すことを決めた。話し合いは大抵朝にまで及び、女王と彼らとの中継ぎ役であるサオは席を外せない。女たちが寝静まった深夜に、ヤサカがヒミコを密かに連れ出す計画だった。そうしてやって来たその日の夜、ヒミコは銅鏡の前に座し、静かに彼を待っていた。傍らに置いた燭台の明りが鏡を照らし、そこに映るおぼろな影を眺めながら、ヒミコは瞳を閉じた。その時――
 
「ぎゃああああああっ!」
 
木霊した恐ろしい悲鳴に女王はビクリと肩を震わせ、背後の扉を振り返る。カツカツと響く足音は、確実に女王の室に近づいていた。再び前に向き直れば、銅の鈍い輝きの中に青ざめ引きつる己の顔を見出し、ヒミコは唇を噛んで俯いた。考えたくない、けれどどこかでこうなることが分かっていた――否、己はそれを期待していたのかもしれぬ。気づいてしまった最悪の可能性に、ヒミコは愕然として己の身体を抱きしめた。ギイィ、と音を立てて扉が開かれる。果たして、鏡の向こうに映ったのは。
 
「ひっ……!」
 
「おや姉上、まだ起きておいででしたか」
 
淡々とした様子で断りも無く部屋の内に踏み行ってきたのはサオ、そしてその手の先に掲げられた血の滴る生首は、今宵彼女を連れ出すはずだった世話役のもの! ヒミコは言葉を失った。
 
「ぐ……うっ……サオ……おまえは、おまえは何と言うことをしたのですか!」
 
込み上げる吐き気に口元を押さえ蹲る姉に、サオは静かに歩み寄った。
 
「我らを裂こうとする不埒者を成敗していたのです。至極当然のことではございませんか」
 
「サオ、サオやめて……もうやめましょう。おかしいのよ、こんなことは。彼が、ヤサカが教えてくれたわ。あれは、あんなことは許されないと。これは……神にしか許されない行為だわ」
 
弱々しく腹を押さえながら泣き続けるヒミコの身体に、ヤサカの首を投げ捨てたサオは血まみれの手を回した。
 
「ならば神になれば良い……姉上が神でなければこの世の何者を神と呼べるというのです?」
 
ヒミコの背をゾクリと悪寒とも快楽とも言えぬ痺れが這い上がる。そのまま頬に手が伸ばされ、触れ合わされた唇に感じた鉄の味。視界の端に映った男の首に、ヒミコは身を捩らせてサオの腕を振り払い、渾身の力でその頬を打った。
 
「おまえは……おまえはっ!」
 
涙をいっぱいに溜めた瞳で己を睨みつけるヒミコを、サオは頬を押さえたまま呆然と見返した。
 
「私は神に仕える巫女です。倫(のり)を超えることなどできません。しばらく禊の社に籠り……おまえには会いません」
 
それだけを告げると、ヒミコは居室の奥の寝室へと素早く駆け込み、掛金をかけてしまった。
 
「何故です……何故ですか、姉上! 姉上っ!」
 
取りすがり叫ぶサオに、扉は無情な冷たさを返すだけだった。ヒミコとサオの、二度目の別離の始まりであった。






拍手[0回]

PR


追記を閉じる▲

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ヒミコが山泰国の女王に即位して一つ季節が巡った。女王となっても彼女の日常は巫女の社で修行に明け暮れていた日々とそう変わるものではない。日夜神に祈りを捧げ、神の意を問われれば託宣を行う――ただ一つ違うのは、毎日のように館を訪れる弟・サオの存在だ。
十にもならぬ年で一人にしてしまった弟のことを、ヒミコは五年間案じ続けていた。一人前の巫女としての披露目の儀式で再会したサオは記憶にあるよりはるかに背も伸び、肩幅も広く――立派に育った彼の姿にどれほど安堵し喜んだことか。大臣アシナよりいずれは娘婿に、との話を聞かされた時は心から誇らしく思い、婚儀の日を待ち遠しく思ったものだが、結局彼の家には先年の神事で白羽の矢が立ち、娘トツカが贄となったためその夢は叶わぬまま消えた。職を辞したアシナはサオに後継を託そうとしたが、彼は若年であることを理由に任に就くことを拒み、一途にヒミコの傍に――女王と要人たちの橋渡し役を務めている。彼女の力が衰えぬための“儀式”を施すのもまた彼なのだ。
 
「あんな恥ずかしいこと、サオじゃなければとても……」
 
女王となったその夜から始まった“儀式”のことを思うと、ヒミコの頬は火で焼かれたように熱を持ってしまう。大任に慄く彼女を慰めるように、優しく、そして激しく触れ回る手の感触に不思議な安堵と快楽を覚える自分の心と身体を、清涼な空気に包まれて育った巫女であるヒミコは訝しく思うのだった。その時、小さく戸を叩く音が室に響いた。
 
「ヒミコ様、失礼致します。夕餉の支度ができましたが、お持ちしても?」
 
扉の向こうから呼びかける声に、ヒミコは火照った頬に手を当てたまま背後を振り向く。
 
「良いわ、ヤサカ。いつもありがとう」
 
声の主――サオ以外で彼女が唯一接触できる男性・ヤサカは、女王の世話役を申しつけられた青年であり、人好きのする穏やかな物腰と柔和な光を宿す瞳が印象的な好漢である。扉を開け室内に歩み入った彼は、微笑みながら女王の御前に膳を差し出した。ところが――
 
「うっ……!」
 
湯気の立つ椀を前にした途端、ヒミコは咳き込み、苦しそうに胃の腑のものを吐き出してしまった。
 
「ヒミコ様、どうなされました、女王様!」
 
慌てて声を上げ、背に腕を伸ばすヤサカに、ヒミコは俯いて首を振った。
 
「ごめんなさい、ヤサカ……近ごろ胸がむかむかして、いつも気分が悪いの。折角用意してくれたのに……」
 
「ヒミコ様……もしや」
 
女王の言葉に、ヤサカの脳裏を最悪の予感が過ぎる。前々から気にしてはいた。火急の用とは思えぬ口実を申し立て、毎夜のように館を訪れるサオの姿――いくら姉と弟とは言え、女王であり巫女である人の館に、仮にも臣の立場にある人間の過度に頻繁な訪れが許されて良いものだろうか。時には朝まで女王の部屋に籠ることもある。ヒミコの美しく結いあげられた黒髪が一筋ほつれ、整えられた純白の装束にわずかな乱れが見える朝――紙のように白いあの方の頬はほのかに朱を帯び、かすかに触れる指先はしっとりと湿り気を帯びている。そしてそんな朝には、必ずサオが共にいる。ヤサカは意を決して、彼の忠誠と憧憬の対象に向き合った。
 
「もしやあなたは、身籠られておられるのではございませんか……? それも、実の弟君の子を」
 
悲痛な世話役の声に、ヒミコは目を見開いた。
 
「そんなはずはない。実の弟の子を身籠るなど、聞いたことも無い話だわ」
 
「ではいつもサオ様がこの館をお訪ねになる時、お二人は一体何をなさっておいでなのです? 乱れた着物も、汚れた床も……私は全てを知っております」
 
押し殺したように紡がれた言葉に、ヒミコは呆然としたまま口を開いた。
 
「サオが……サオが私の“力”を高めるために必要な儀式だと……だから、だから私は」
 
「ヒミコ様……あなた方がなさっていたのは、夫婦(めおと)が子を生すための儀式です。同じ父母から生まれた者たちに、許された儀式ではございません!」
 
ヤサカは叫びながらヒミコを抱きしめた。焦がれた女王の身体は余りに細く、ヤサカの目からはとめどなく涙がこぼれた。
 
「女王様……ヒミコ様、館を……この国を出ましょう。私はあなたをお慕いしております。あなたがいつまでもこの国に、弟君に縛られることはありません」
 
「ヤサカ……」
 
初めて感じる弟以外の男の温もりに、ヒミコは虚ろな心のまま首肯した。信じていた弟の裏切りを眼前に突き付けられたことへの衝撃と、心の奥底で感じながらも見て見ぬふりをしてきた“罪”を断じられたことへの恐怖が、彼女を捉え、引き裂いたのだった。
 
 
~~~
 
 
ヤサカとヒミコは話し合い、長老たちが会合を開く日に館を抜け出すことを決めた。話し合いは大抵朝にまで及び、女王と彼らとの中継ぎ役であるサオは席を外せない。女たちが寝静まった深夜に、ヤサカがヒミコを密かに連れ出す計画だった。そうしてやって来たその日の夜、ヒミコは銅鏡の前に座し、静かに彼を待っていた。傍らに置いた燭台の明りが鏡を照らし、そこに映るおぼろな影を眺めながら、ヒミコは瞳を閉じた。その時――
 
「ぎゃああああああっ!」
 
木霊した恐ろしい悲鳴に女王はビクリと肩を震わせ、背後の扉を振り返る。カツカツと響く足音は、確実に女王の室に近づいていた。再び前に向き直れば、銅の鈍い輝きの中に青ざめ引きつる己の顔を見出し、ヒミコは唇を噛んで俯いた。考えたくない、けれどどこかでこうなることが分かっていた――否、己はそれを期待していたのかもしれぬ。気づいてしまった最悪の可能性に、ヒミコは愕然として己の身体を抱きしめた。ギイィ、と音を立てて扉が開かれる。果たして、鏡の向こうに映ったのは。
 
「ひっ……!」
 
「おや姉上、まだ起きておいででしたか」
 
淡々とした様子で断りも無く部屋の内に踏み行ってきたのはサオ、そしてその手の先に掲げられた血の滴る生首は、今宵彼女を連れ出すはずだった世話役のもの! ヒミコは言葉を失った。
 
「ぐ……うっ……サオ……おまえは、おまえは何と言うことをしたのですか!」
 
込み上げる吐き気に口元を押さえ蹲る姉に、サオは静かに歩み寄った。
 
「我らを裂こうとする不埒者を成敗していたのです。至極当然のことではございませんか」
 
「サオ、サオやめて……もうやめましょう。おかしいのよ、こんなことは。彼が、ヤサカが教えてくれたわ。あれは、あんなことは許されないと。これは……神にしか許されない行為だわ」
 
弱々しく腹を押さえながら泣き続けるヒミコの身体に、ヤサカの首を投げ捨てたサオは血まみれの手を回した。
 
「ならば神になれば良い……姉上が神でなければこの世の何者を神と呼べるというのです?」
 
ヒミコの背をゾクリと悪寒とも快楽とも言えぬ痺れが這い上がる。そのまま頬に手が伸ばされ、触れ合わされた唇に感じた鉄の味。視界の端に映った男の首に、ヒミコは身を捩らせてサオの腕を振り払い、渾身の力でその頬を打った。
 
「おまえは……おまえはっ!」
 
涙をいっぱいに溜めた瞳で己を睨みつけるヒミコを、サオは頬を押さえたまま呆然と見返した。
 
「私は神に仕える巫女です。倫(のり)を超えることなどできません。しばらく禊の社に籠り……おまえには会いません」
 
それだけを告げると、ヒミコは居室の奥の寝室へと素早く駆け込み、掛金をかけてしまった。
 
「何故です……何故ですか、姉上! 姉上っ!」
 
取りすがり叫ぶサオに、扉は無情な冷たさを返すだけだった。ヒミコとサオの、二度目の別離の始まりであった。






拍手[0回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック