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結局Kimio Etoで出てきた曲5つほどDLしてしまった件(^ω^) うん、最近密林使いすぎだからi-t○nes自重な?ってこの前言い聞かせたばっかだよな?・・・i-p○dの中身がますますカオスになったでござる(-_-;) ヤベェ琴って意外と緩急アレンジ自在というかハマりそう。基本の音自体は上品でやさしげなのに、弾き方によって強めの音も響かせられる奥行き?がある。(和楽器極めればどれも結構そうなんだけど)なよやかな中にたち現れる一本筋の通った芯、といいますか。こういう曲、と捉えた瞬間にその印象が逃げていってしまうような、不思議な音色と曲調の変化が素晴らしい! 津軽三味線は母が青森出身なので小さい頃から聴いてたし、竹山氏とかのCDもあるんだけど。(そして上妻・Y兄弟ラインで完全に別の世界に旅立ってしまったことも・・・)最近はほぼギターのように弾きこなしてらっしゃる外国の方なんかをつべでお見かけしたりするし、北国の内に秘めた激しい情熱の表現が(以下略)と寂しい気持ちになることも正直ある(´-`)=3 それでもチャンネルちょいちょい覗いては、きゃりぱみゅアレンジとかの新鮮さを楽しんでもいるわけだけどね(笑)
てか今月密林にヘタ○ア新刊も頼んじゃってたわー。(ファン層的に書店購入が躊躇されるという、ヅカ本と純文は平気で買える私のよく分からない恥じらいの境界線(∩///∩) )でも歴オタだしさ。交わりたくないけど海外ウオッチ好きだしさぁ! てかリアルでイタリアに行ってた子の話がまんま過ぎて正直萌えざるを得なかった@真顔(本音ktkr)全く進撃以外はお兄さん、乙嫁、シュトヘル、大奥に信長系、という海外ネタか歴史マンガにしか手出してないですね最近(・・;) ぶっちゃけ現代日.本ものだとキャラの区別つかなくなるし。(うわぁ)
前記事で昔の洋楽ばっか聴いてた、って書いた話で、私がストーンズを好きなのは生きててくれるから、というのが最大の理由かもしれない、と。メンバーの入れ替わりはありましたけど、ミックが元気でバンドを続けて、曲やライヴも新しいのをやってくれる。60年代から活動してるバンドで80年代生まれの私がリアタイでそういうの見られたの、ストーンズくらいですよ。例えトシ行って衰えを感じようが、アルバムの内容がピンキリだろうが、とにかくあれだけ「聴くものがある」ことが嬉しくて堪らない。(この感覚は古いモンにハマってしまった人間じゃないと掴みにくいものかもしれない)Some GirlsとMiss Youが特に好きです。近所のオジサンから最初に借りたヤツだったからかも。全然順番追わずに所謂ジャケ借り(本にしろ何にしろ、ホント見た目に弱いんだよなー我ながら(^-^;)でした(笑)自分では懐事情の問題でForty Licks、Rolled Goldというベスト盤くらいしか持ってないんですが・・・。ウン、被りもあるけど特典が違うんだもん!あと新しい方が微妙に音質良くなってるかな、とか期待しちゃうじゃない? あー、オジサンちにまた出入りできたらなぁ(´ε` )←転職から失業して引っ越しちゃったんですよね、そのご一家。時々オジサン自らギター弾いたりもしてくれたなぁ。
あ、ティモシー・アーチャー読んでる間は分かりやすくストーンズ→ビートルズ→クイーン→衛藤公雄、と順を追ってBGMにしていました♪ フレディが死んだ時はエンジェルどんなリアクションだったんだろう?
で、今日ちょびちょび読んだ魯迅感想。
↓
てか今月密林にヘタ○ア新刊も頼んじゃってたわー。(ファン層的に書店購入が躊躇されるという、ヅカ本と純文は平気で買える私のよく分からない恥じらいの境界線(∩///∩) )でも歴オタだしさ。交わりたくないけど海外ウオッチ好きだしさぁ! てかリアルでイタリアに行ってた子の話がまんま過ぎて正直萌えざるを得なかった@真顔(本音ktkr)全く進撃以外はお兄さん、乙嫁、シュトヘル、大奥に信長系、という海外ネタか歴史マンガにしか手出してないですね最近(・・;) ぶっちゃけ現代日.本ものだとキャラの区別つかなくなるし。(うわぁ)
前記事で昔の洋楽ばっか聴いてた、って書いた話で、私がストーンズを好きなのは生きててくれるから、というのが最大の理由かもしれない、と。メンバーの入れ替わりはありましたけど、ミックが元気でバンドを続けて、曲やライヴも新しいのをやってくれる。60年代から活動してるバンドで80年代生まれの私がリアタイでそういうの見られたの、ストーンズくらいですよ。例えトシ行って衰えを感じようが、アルバムの内容がピンキリだろうが、とにかくあれだけ「聴くものがある」ことが嬉しくて堪らない。(この感覚は古いモンにハマってしまった人間じゃないと掴みにくいものかもしれない)Some GirlsとMiss Youが特に好きです。近所のオジサンから最初に借りたヤツだったからかも。全然順番追わずに所謂ジャケ借り(本にしろ何にしろ、ホント見た目に弱いんだよなー我ながら(^-^;)でした(笑)自分では懐事情の問題でForty Licks、Rolled Goldというベスト盤くらいしか持ってないんですが・・・。ウン、被りもあるけど特典が違うんだもん!あと新しい方が微妙に音質良くなってるかな、とか期待しちゃうじゃない? あー、オジサンちにまた出入りできたらなぁ(´ε` )←転職から失業して引っ越しちゃったんですよね、そのご一家。時々オジサン自らギター弾いたりもしてくれたなぁ。
あ、ティモシー・アーチャー読んでる間は分かりやすくストーンズ→ビートルズ→クイーン→衛藤公雄、と順を追ってBGMにしていました♪ フレディが死んだ時はエンジェルどんなリアクションだったんだろう?
で、今日ちょびちょび読んだ魯迅感想。
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『藤野先生』
田舎モンが珍しい留学生につい群がって世話焼きたがる気持ち、わかるー!(笑)今でもそういうトコあるんじゃないかな? 「ガイジンさんがやってるお店」ってだけで流行ったりするし^^ 今はネパール系の方が目立つ感じかなー?見た目が違うって意味で。しかし藤野先生教師の模範過ぎてワロタ。こんな先生と出会えたら人生幸せだろうな。結局仙台の医学校には短い滞在で先生との出会いもそれっきりなのに、生涯その写真を己を鼓舞する糧にしていた、という最後の独白が胸に沁みた。恐らく連絡を取れなかったのも、魯迅にとって彼の存在や心象が偉大すぎて「まだそれに己が見合わない、知らせられるほどの立場に到達できていない」という自身の高い志の表れでもあったわけですよね。昔の日/本人と大陸人との間に存在した確かな絆と、同時にやはり存在した差別意識や妬みの感情、そして彼に文学の道へ進むことを決意させた大陸の人々の膿んだ心の全てがうかがえて何か涙が出そうになった@大陸信者的に(´;ω;`) ホント、外来王朝が彼らを変えてしまったのか・・・? 数や文化で取り込んだのに、トップが自分たちではないという鬱屈が漢.民族をそうさせてしまったのか、やはり余りに数が多すぎ、国土が広大すぎる故に必死の生存競争の結果そうなったのか、何だか江戸くらいまでの日/本人が大陸の文化や偉人に抱いていた理想を思うと哀しすぎる。
『狂人日記』
前と同じで、この時代のまさに病んだ大陸の膿んだ人々の現実が「食人」という妄想に取りつかれた狂人一人の考えに全て詰め込まれているように感じた。アブ○ハムが息子を神に捧げたように、王に息子を捧げた古代の大陸の人間は何が違うというのだろう? やっぱり人間は基本的に野蛮で、周囲の人間がその本性に還ろうとしているように(『ティモシー・アーチャー~』のエンジェルのように「学びすぎた」)主人公は考えてしまったのかもしれない。悪を為した、またそれと見なされた人間はどんな残酷な手段を使ってでもトコトン罰する、というのは昔からの大陸の伝統で、それは常に内戦を繰り返し膨大な人口と多様な国や民族から成る土地の編み出した必死の知恵と言えるのかもしれない。その一環としての罰、あるいは何でも食べる漢方の国として食人という文化があった事実にもある程度の納得はできる。けれど魯迅の描く主人公「狂人」はソレに納得していない。「よくなろうとして人間を食わなくなった者こそがほんとうの人間になった」と信じているから。
彼は狂っていて妄想に取りつかれてしまい、実際に食人を考えたり実行する人間はほとんどいないと作中で明かしながらも、「人を食う人間は、どんなことだってやる。・・・仲間同士でも、やはり食うよ。ただ一歩だけ向きをかえれば、いますぐ改めさえすれば、みんな太平になるのだ」と主人公に言わせたセリフは、魯迅が大陸社会の同胞たち皆に向かって訴えたかった本音ではないだろうか、と切なくなりました(つД`) 県知事、旦那衆、役人、借金取り、大陸の庶民はいつでも“上”の者に虐げられ、鬱屈を感じている。せっかくこれだけの作家が彼らに対して小説という形で表したことを活かせずに、何も変わってないじゃん今も。何で?「四千年の食人の歴史を持っているおれ。はじめはわからなかったが、いまはっきりとわかった。ほんとうの人間にはめったに会えないということが!」その嫌悪すべき文化が完全に自身と切り離せない血肉となってしまっていることを悟り絶望する狂人が、最後に「人を食ったことのない子供なら、まだいるかもしれないではないか!子供を救え……。」と書き残したにも関わらず!悲劇すぎる(>_<) 魯迅が今の彼の地の有様を見たら一体何を思うだろうか? あちらの教科書には一応作品の記載がある、とは聞きましたが、彼の文を読んで何故(以下略)
明日はお待ちかね阿Qを読む予定です(・v・)b あと今はサヘルちゃんの影響で寺山修司行っときたい(笑)・・・う、うん、ブクオフにあると良いなー、なんて(^-^;
※深夜の病み吐き出し
↓
いやー、体重少し戻る→体脂肪率減るor体脂肪率改善→体重減る、の不健康ループから脱け出せない訳だが(^ω^) 何でだろう? ホントこれ以上ムリだっつの。「いい加減コメ食べろ」って、夕飯の米粉パン一切れがこの時間まで胃にズーンと来ちゃってるわけだが、今の状態でお米をがんばって詰め込んだとしてもトイレで丸出しルートしか想像がつかない。(マ○ちゃん正麺を初めて食べたあの日のように・・・。おいしかったんだけど、何故か体に合わなかったっぽい(-_-;) 汚い話で重ね重ねスミマセン)BMIはもう諦めるとして、他の数値はせめて標準に留まりたいでござる(>人<)ナモナモ
田舎モンが珍しい留学生につい群がって世話焼きたがる気持ち、わかるー!(笑)今でもそういうトコあるんじゃないかな? 「ガイジンさんがやってるお店」ってだけで流行ったりするし^^ 今はネパール系の方が目立つ感じかなー?見た目が違うって意味で。しかし藤野先生教師の模範過ぎてワロタ。こんな先生と出会えたら人生幸せだろうな。結局仙台の医学校には短い滞在で先生との出会いもそれっきりなのに、生涯その写真を己を鼓舞する糧にしていた、という最後の独白が胸に沁みた。恐らく連絡を取れなかったのも、魯迅にとって彼の存在や心象が偉大すぎて「まだそれに己が見合わない、知らせられるほどの立場に到達できていない」という自身の高い志の表れでもあったわけですよね。昔の日/本人と大陸人との間に存在した確かな絆と、同時にやはり存在した差別意識や妬みの感情、そして彼に文学の道へ進むことを決意させた大陸の人々の膿んだ心の全てがうかがえて何か涙が出そうになった@大陸信者的に(´;ω;`) ホント、外来王朝が彼らを変えてしまったのか・・・? 数や文化で取り込んだのに、トップが自分たちではないという鬱屈が漢.民族をそうさせてしまったのか、やはり余りに数が多すぎ、国土が広大すぎる故に必死の生存競争の結果そうなったのか、何だか江戸くらいまでの日/本人が大陸の文化や偉人に抱いていた理想を思うと哀しすぎる。
『狂人日記』
前と同じで、この時代のまさに病んだ大陸の膿んだ人々の現実が「食人」という妄想に取りつかれた狂人一人の考えに全て詰め込まれているように感じた。アブ○ハムが息子を神に捧げたように、王に息子を捧げた古代の大陸の人間は何が違うというのだろう? やっぱり人間は基本的に野蛮で、周囲の人間がその本性に還ろうとしているように(『ティモシー・アーチャー~』のエンジェルのように「学びすぎた」)主人公は考えてしまったのかもしれない。悪を為した、またそれと見なされた人間はどんな残酷な手段を使ってでもトコトン罰する、というのは昔からの大陸の伝統で、それは常に内戦を繰り返し膨大な人口と多様な国や民族から成る土地の編み出した必死の知恵と言えるのかもしれない。その一環としての罰、あるいは何でも食べる漢方の国として食人という文化があった事実にもある程度の納得はできる。けれど魯迅の描く主人公「狂人」はソレに納得していない。「よくなろうとして人間を食わなくなった者こそがほんとうの人間になった」と信じているから。
彼は狂っていて妄想に取りつかれてしまい、実際に食人を考えたり実行する人間はほとんどいないと作中で明かしながらも、「人を食う人間は、どんなことだってやる。・・・仲間同士でも、やはり食うよ。ただ一歩だけ向きをかえれば、いますぐ改めさえすれば、みんな太平になるのだ」と主人公に言わせたセリフは、魯迅が大陸社会の同胞たち皆に向かって訴えたかった本音ではないだろうか、と切なくなりました(つД`) 県知事、旦那衆、役人、借金取り、大陸の庶民はいつでも“上”の者に虐げられ、鬱屈を感じている。せっかくこれだけの作家が彼らに対して小説という形で表したことを活かせずに、何も変わってないじゃん今も。何で?「四千年の食人の歴史を持っているおれ。はじめはわからなかったが、いまはっきりとわかった。ほんとうの人間にはめったに会えないということが!」その嫌悪すべき文化が完全に自身と切り離せない血肉となってしまっていることを悟り絶望する狂人が、最後に「人を食ったことのない子供なら、まだいるかもしれないではないか!子供を救え……。」と書き残したにも関わらず!悲劇すぎる(>_<) 魯迅が今の彼の地の有様を見たら一体何を思うだろうか? あちらの教科書には一応作品の記載がある、とは聞きましたが、彼の文を読んで何故(以下略)
明日はお待ちかね阿Qを読む予定です(・v・)b あと今はサヘルちゃんの影響で寺山修司行っときたい(笑)・・・う、うん、ブクオフにあると良いなー、なんて(^-^;
※深夜の病み吐き出し
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いやー、体重少し戻る→体脂肪率減るor体脂肪率改善→体重減る、の不健康ループから脱け出せない訳だが(^ω^) 何でだろう? ホントこれ以上ムリだっつの。「いい加減コメ食べろ」って、夕飯の米粉パン一切れがこの時間まで胃にズーンと来ちゃってるわけだが、今の状態でお米をがんばって詰め込んだとしてもトイレで丸出しルートしか想像がつかない。(マ○ちゃん正麺を初めて食べたあの日のように・・・。おいしかったんだけど、何故か体に合わなかったっぽい(-_-;) 汚い話で重ね重ねスミマセン)BMIはもう諦めるとして、他の数値はせめて標準に留まりたいでござる(>人<)ナモナモ
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田舎モンが珍しい留学生につい群がって世話焼きたがる気持ち、わかるー!(笑)今でもそういうトコあるんじゃないかな? 「ガイジンさんがやってるお店」ってだけで流行ったりするし^^ 今はネパール系の方が目立つ感じかなー?見た目が違うって意味で。しかし藤野先生教師の模範過ぎてワロタ。こんな先生と出会えたら人生幸せだろうな。結局仙台の医学校には短い滞在で先生との出会いもそれっきりなのに、生涯その写真を己を鼓舞する糧にしていた、という最後の独白が胸に沁みた。恐らく連絡を取れなかったのも、魯迅にとって彼の存在や心象が偉大すぎて「まだそれに己が見合わない、知らせられるほどの立場に到達できていない」という自身の高い志の表れでもあったわけですよね。昔の日/本人と大陸人との間に存在した確かな絆と、同時にやはり存在した差別意識や妬みの感情、そして彼に文学の道へ進むことを決意させた大陸の人々の膿んだ心の全てがうかがえて何か涙が出そうになった@大陸信者的に(´;ω;`) ホント、外来王朝が彼らを変えてしまったのか・・・? 数や文化で取り込んだのに、トップが自分たちではないという鬱屈が漢.民族をそうさせてしまったのか、やはり余りに数が多すぎ、国土が広大すぎる故に必死の生存競争の結果そうなったのか、何だか江戸くらいまでの日/本人が大陸の文化や偉人に抱いていた理想を思うと哀しすぎる。
『狂人日記』
前と同じで、この時代のまさに病んだ大陸の膿んだ人々の現実が「食人」という妄想に取りつかれた狂人一人の考えに全て詰め込まれているように感じた。アブ○ハムが息子を神に捧げたように、王に息子を捧げた古代の大陸の人間は何が違うというのだろう? やっぱり人間は基本的に野蛮で、周囲の人間がその本性に還ろうとしているように(『ティモシー・アーチャー~』のエンジェルのように「学びすぎた」)主人公は考えてしまったのかもしれない。悪を為した、またそれと見なされた人間はどんな残酷な手段を使ってでもトコトン罰する、というのは昔からの大陸の伝統で、それは常に内戦を繰り返し膨大な人口と多様な国や民族から成る土地の編み出した必死の知恵と言えるのかもしれない。その一環としての罰、あるいは何でも食べる漢方の国として食人という文化があった事実にもある程度の納得はできる。けれど魯迅の描く主人公「狂人」はソレに納得していない。「よくなろうとして人間を食わなくなった者こそがほんとうの人間になった」と信じているから。
彼は狂っていて妄想に取りつかれてしまい、実際に食人を考えたり実行する人間はほとんどいないと作中で明かしながらも、「人を食う人間は、どんなことだってやる。・・・仲間同士でも、やはり食うよ。ただ一歩だけ向きをかえれば、いますぐ改めさえすれば、みんな太平になるのだ」と主人公に言わせたセリフは、魯迅が大陸社会の同胞たち皆に向かって訴えたかった本音ではないだろうか、と切なくなりました(つД`) 県知事、旦那衆、役人、借金取り、大陸の庶民はいつでも“上”の者に虐げられ、鬱屈を感じている。せっかくこれだけの作家が彼らに対して小説という形で表したことを活かせずに、何も変わってないじゃん今も。何で?「四千年の食人の歴史を持っているおれ。はじめはわからなかったが、いまはっきりとわかった。ほんとうの人間にはめったに会えないということが!」その嫌悪すべき文化が完全に自身と切り離せない血肉となってしまっていることを悟り絶望する狂人が、最後に「人を食ったことのない子供なら、まだいるかもしれないではないか!子供を救え……。」と書き残したにも関わらず!悲劇すぎる(>_<) 魯迅が今の彼の地の有様を見たら一体何を思うだろうか? あちらの教科書には一応作品の記載がある、とは聞きましたが、彼の文を読んで何故(以下略)
明日はお待ちかね阿Qを読む予定です(・v・)b あと今はサヘルちゃんの影響で寺山修司行っときたい(笑)・・・う、うん、ブクオフにあると良いなー、なんて(^-^;
※深夜の病み吐き出し
↓
いやー、体重少し戻る→体脂肪率減るor体脂肪率改善→体重減る、の不健康ループから脱け出せない訳だが(^ω^) 何でだろう? ホントこれ以上ムリだっつの。「いい加減コメ食べろ」って、夕飯の米粉パン一切れがこの時間まで胃にズーンと来ちゃってるわけだが、今の状態でお米をがんばって詰め込んだとしてもトイレで丸出しルートしか想像がつかない。(マ○ちゃん正麺を初めて食べたあの日のように・・・。おいしかったんだけど、何故か体に合わなかったっぽい(-_-;) 汚い話で重ね重ねスミマセン)BMIはもう諦めるとして、他の数値はせめて標準に留まりたいでござる(>人<)ナモナモ
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