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ぶっちゃけ朝から妹に5回くらい「タヒね」言われてちょっとファウスト行けるテンションじゃねーわ、と絵巻物本と昨日見っけた諸々パラパラめくってたんですけど。いやー、日/本のマンガ文化って今に始まったもんじゃないね!デフォルメの美しさと押し引きの技術が半端ない(@_@;) 西洋絵画ってまぁ大体がパトロンありの宗教画・偉人像ばっかでとにかくこれでもか!って解読しないといけないメッセージやキャラクター詰め込んでくるじゃないですか。でも日.本の絵巻って違うの、全体のバランス、余白だったり背景をどこまで描くかとか、人の表情や動きをどこまで見せるか、そっちの方に重点を置いてる。繋がって眺める巻物のせいか、とてもシンプルなんですよね。あくまでその場面で起こったこと、伝えたいストーリーだけを効果的に集中して描いている。でもってそこに登場する人々や動物たちの生き生きとしてコミカルな様!可愛いったらねーっつの(;´д`*)ハァハァ 「かわいい」の表面的概念は変わっても、ずーっとそういうネタやものを好んできたのは変わらないんだなウチら(笑)って改めて思います。
あと某放屁絵巻の結末が結構ブラックでビックリした(*_*; ほら、いざ展示されてるのって一部だけだったり混み混みでじっくり解説読めなかったりするじゃない・・・だからそん時に買った図録を見返してたらね、ちゃんとフルストーリーが書いてあって(^ω^)うおお知りたくなかったでござる! それと、鳥獣戯画の風刺画としての側面を改めて見直して、寺がソレを保管してきたのがすごいな、って。日/本って平気でそういうことやりよるよねー(^-^; 他の国だったら焚書もんやで、ってものが当の揶揄られてる相手のトコに大事に残ってる、とか。兎と蛙と猿と狐、それぞれに人格というか込められた皮肉があって、一般的なおちゃらけひょうきん者・茶化す側のビョンピョン兎とちょっとマヌケな勘違い蛙、賢ぶって偉そうに振る舞う猿、表には余り出なくてもコッソリたち振る舞って周囲のおこぼれ狙う狐、と上手く人間の個性それぞれを表してるなー、と。もちろんその滑稽さを含め、動きや表情は抜群に可愛いしね!
追記:安野さんの平家物語も見返してやっぱり大好きだなー、と涙が出た。敗者、一瞬で権力が入れ替わり都を追われる身となった人々、世の儚さをこうまで美しく描けるものか。オフィーリアの死にだって負けてないよ!しかも史実だ!(あちらさんは諸事情により?平家を発禁なさろうとしたこともあるようで・・・)私、こういうストーリーが盲目の琵琶法師によって全国津々浦々に語り続けられてきたような、それが赦されてきた日.本の文化や精神が大好きなんです。誇りを持って平家の落人を名乗る集落が全国にいくつある?(母方の祖父によると私もその血を引いているらしいですが^^)大鏡も吾妻鏡も容赦なく為政者のスキャンダルや悪口と取れないこともない記述載せてるし、帝と呼ばれる存在が唯一の国でフィクションのネタにどんだけ使われてんだよ(ノ∀`) 『とはずがたり』なんか文/春も真っ青の暴露本も良いとこ。しかも南北朝もめてる真っ最中に何やってんすか主.上(笑)そういうのを焼かない、処分しない、どころか貴族や当のネタにされてる一族の側で残してたり文化や教養として深く広く親しまれてきたり、って歴史が良いよネー、と思っちゃうんだ。恨むのではなく、貶め消し去るのでもなく、和して融け合う。このやり方は非常に誇れる発想なのではないかと。
で、今日もう一つ元気くれたのは何とも切ない山田詠美『タイニー・ストーリーズ』収録の電信柱とプリムラの恋話。笑えるんだけど、とっても切ない(´;ω;`) これも色々暗喩が秘められているのかなー? 世間の不条理に耐え、仲間以外にはグチも言えず動くこともできない電信柱さんが初めて知った恋。偶然足元に訪れた幸福を、プリムラの成長をずっと見守って、咲かんとする蕾に胸を高鳴らせて。そして迎えた蜜月、初めての幸せ。束の間のソレはあっという間に突然の終わりを迎え、プリムラの花言葉通り、電信柱は本当に無言の電信柱に戻ってしまう。何かすごくおかしくて哀しくて愛しい読後感でした( TДT)山田詠美やっぱ好きだな!
あと某放屁絵巻の結末が結構ブラックでビックリした(*_*; ほら、いざ展示されてるのって一部だけだったり混み混みでじっくり解説読めなかったりするじゃない・・・だからそん時に買った図録を見返してたらね、ちゃんとフルストーリーが書いてあって(^ω^)うおお知りたくなかったでござる! それと、鳥獣戯画の風刺画としての側面を改めて見直して、寺がソレを保管してきたのがすごいな、って。日/本って平気でそういうことやりよるよねー(^-^; 他の国だったら焚書もんやで、ってものが当の揶揄られてる相手のトコに大事に残ってる、とか。兎と蛙と猿と狐、それぞれに人格というか込められた皮肉があって、一般的なおちゃらけひょうきん者・茶化す側のビョンピョン兎とちょっとマヌケな勘違い蛙、賢ぶって偉そうに振る舞う猿、表には余り出なくてもコッソリたち振る舞って周囲のおこぼれ狙う狐、と上手く人間の個性それぞれを表してるなー、と。もちろんその滑稽さを含め、動きや表情は抜群に可愛いしね!
追記:安野さんの平家物語も見返してやっぱり大好きだなー、と涙が出た。敗者、一瞬で権力が入れ替わり都を追われる身となった人々、世の儚さをこうまで美しく描けるものか。オフィーリアの死にだって負けてないよ!しかも史実だ!(あちらさんは諸事情により?平家を発禁なさろうとしたこともあるようで・・・)私、こういうストーリーが盲目の琵琶法師によって全国津々浦々に語り続けられてきたような、それが赦されてきた日.本の文化や精神が大好きなんです。誇りを持って平家の落人を名乗る集落が全国にいくつある?(母方の祖父によると私もその血を引いているらしいですが^^)大鏡も吾妻鏡も容赦なく為政者のスキャンダルや悪口と取れないこともない記述載せてるし、帝と呼ばれる存在が唯一の国でフィクションのネタにどんだけ使われてんだよ(ノ∀`) 『とはずがたり』なんか文/春も真っ青の暴露本も良いとこ。しかも南北朝もめてる真っ最中に何やってんすか主.上(笑)そういうのを焼かない、処分しない、どころか貴族や当のネタにされてる一族の側で残してたり文化や教養として深く広く親しまれてきたり、って歴史が良いよネー、と思っちゃうんだ。恨むのではなく、貶め消し去るのでもなく、和して融け合う。このやり方は非常に誇れる発想なのではないかと。
で、今日もう一つ元気くれたのは何とも切ない山田詠美『タイニー・ストーリーズ』収録の電信柱とプリムラの恋話。笑えるんだけど、とっても切ない(´;ω;`) これも色々暗喩が秘められているのかなー? 世間の不条理に耐え、仲間以外にはグチも言えず動くこともできない電信柱さんが初めて知った恋。偶然足元に訪れた幸福を、プリムラの成長をずっと見守って、咲かんとする蕾に胸を高鳴らせて。そして迎えた蜜月、初めての幸せ。束の間のソレはあっという間に突然の終わりを迎え、プリムラの花言葉通り、電信柱は本当に無言の電信柱に戻ってしまう。何かすごくおかしくて哀しくて愛しい読後感でした( TДT)山田詠美やっぱ好きだな!
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