忍者ブログ
ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


映画館で観てきました~o(^▽^)o

愛には色んなかたちがある。田淵由美子さんの漫画で「愛っていつもきれいなハートの形とは限らないのよ」みたいなセリフがあったのを思い出しました。昔の自分は「何で好きなのにそんなことすんだよ」って突っ込んでたけど、それは私の物差しで測った見方であって、人それぞれ使う物差しは違うんだよね、と改めて。どれほど愛したかはどれほど相手の物差しを受け入れられるか、ってことなのかなー、としみじみ思いました。
お国と源さんが初め可哀想で感情移入しちゃってたけど、結局はあの二人の最期がある意味一番幸せだったんじゃないか。見初めてもらった旦那を裏切って殺してのうのうと伴蔵までたぶらかしながら情夫をかくまってる、酷い女っていう描かれ方だったのかもしれないけど、見方を変えればヘタに美人に生まれついちゃったせいで金持ち親父に弄ばれて、好きになった男はヘタレで、でもそうするしか生きていく術が無い、すっごく哀しくて愛しい女性に見えた。そんな彼女にすがる、彼女を失うことを何より一番恐れている源さんも良い。お国という一人の女にとって人生で初めて自分の思いのままになるものだったんじゃないかな、という共依存萌え!
お嬢さんと新三郎様はしょーもない事の元凶カップルだけど、ヤンデレの原点(・・・いやよく考えたら平安の時点で既にあったか/(^O^)\)だな、と感心しました。新三郎様なんだかんだ最後嬉しそうだったし。お嬢様の後を追うくらい彼女を愛していて、死んでなおその恋を遂げさせようと頑張る乳母の思いに胸打たれました。
そして伴蔵とお峰。初めから不倫でヒール気取りにしかなれないお国と源さんカップルとは違って、貧乏でしょーもないけど和やかに暮らしてた二人の“幽霊事件”後の有り様の対比が何とも言えず切なかったですねー。もう最後泣きそうになった。あそこでやったった!って感じで逃げるパターンかな、とも思ったのですが、お峰を抱きしめて慟哭する供蔵の姿が、「あー、やっぱり人間だなぁ」と。時々手段と目的が入れ替わってしまう、自分の立ち位置がわからなくなる、愚かさと脆さ、不完全ゆえの人間らしさというか。醜くて矛盾だらけでどうしようもないけれど、だからこそ愛しいという気持ちがこみ上げてきます。前半のコミカルさから一転して、陳腐にならなかったのは役者さんの力が大きいせいもあるのかな。
どんな綺麗事言っても世の中はゼロサムゲームにしかならないんだよね。もっと欲しいって思ったら奪るしかないもん。どっかで何かを犠牲にしてるんだ、って自覚した上で生きないとな、と改めて思いました。

拍手[0回]

PR


追記を閉じる▲

愛には色んなかたちがある。田淵由美子さんの漫画で「愛っていつもきれいなハートの形とは限らないのよ」みたいなセリフがあったのを思い出しました。昔の自分は「何で好きなのにそんなことすんだよ」って突っ込んでたけど、それは私の物差しで測った見方であって、人それぞれ使う物差しは違うんだよね、と改めて。どれほど愛したかはどれほど相手の物差しを受け入れられるか、ってことなのかなー、としみじみ思いました。
お国と源さんが初め可哀想で感情移入しちゃってたけど、結局はあの二人の最期がある意味一番幸せだったんじゃないか。見初めてもらった旦那を裏切って殺してのうのうと伴蔵までたぶらかしながら情夫をかくまってる、酷い女っていう描かれ方だったのかもしれないけど、見方を変えればヘタに美人に生まれついちゃったせいで金持ち親父に弄ばれて、好きになった男はヘタレで、でもそうするしか生きていく術が無い、すっごく哀しくて愛しい女性に見えた。そんな彼女にすがる、彼女を失うことを何より一番恐れている源さんも良い。お国という一人の女にとって人生で初めて自分の思いのままになるものだったんじゃないかな、という共依存萌え!
お嬢さんと新三郎様はしょーもない事の元凶カップルだけど、ヤンデレの原点(・・・いやよく考えたら平安の時点で既にあったか/(^O^)\)だな、と感心しました。新三郎様なんだかんだ最後嬉しそうだったし。お嬢様の後を追うくらい彼女を愛していて、死んでなおその恋を遂げさせようと頑張る乳母の思いに胸打たれました。
そして伴蔵とお峰。初めから不倫でヒール気取りにしかなれないお国と源さんカップルとは違って、貧乏でしょーもないけど和やかに暮らしてた二人の“幽霊事件”後の有り様の対比が何とも言えず切なかったですねー。もう最後泣きそうになった。あそこでやったった!って感じで逃げるパターンかな、とも思ったのですが、お峰を抱きしめて慟哭する供蔵の姿が、「あー、やっぱり人間だなぁ」と。時々手段と目的が入れ替わってしまう、自分の立ち位置がわからなくなる、愚かさと脆さ、不完全ゆえの人間らしさというか。醜くて矛盾だらけでどうしようもないけれど、だからこそ愛しいという気持ちがこみ上げてきます。前半のコミカルさから一転して、陳腐にならなかったのは役者さんの力が大きいせいもあるのかな。
どんな綺麗事言っても世の中はゼロサムゲームにしかならないんだよね。もっと欲しいって思ったら奪るしかないもん。どっかで何かを犠牲にしてるんだ、って自覚した上で生きないとな、と改めて思いました。

拍手[0回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック