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ほぼ対自分向けメモ録。ブックマーク・リンクは掲示板貼付以外ご自由にどうぞ。著作権は一応ケイトにありますので文章の無断転載等はご遠慮願います。※最近の記事は私生活が詰まりすぎて創作の余裕が欠片もなく、心の闇の吐き出しどころとなっているのでご注意くださいm(__)m
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本売りに行ったら就活講座代がカバーできたぜ(^^)b 帯はなるべく取っておくべき、と学んだ・・・。

スー・○ーさん想像以上に(元)似非活動家臭漂いまくりのネオ独裁者になる予感しかしないな、今のとこ。ロヒ○ギャの件といい「国家顧問」ポスト創設といい、外交一発目が中/国とか(^ω^;) いやミャ○マーにとって欠かすことのできない歴史的に大事な相手なのはわかるけど、彼女が高らかと理想に掲げていたはずの「人権」とやらはただ己の名を上げるための道具に過ぎなかったのだろうか?(´-`)
あとパ○マ文書、面白こっええ!早速個人的な最後の楽園と信じていたアイ○ランドのトップが辞任とか、マジかΣ(゜Д゜;) 北欧は世界で最も政治的透明性・報道の公平性が高い地域なんじゃなかったのー? こっちもただのヨーロッパイメージ補正ってやつでしたか・・・。あのくらいの規模の国で堂々と不正できちゃうとか、世間なんてもう何も信用できないなorz

以下、上巻読了の感想だよ!
まだ半分なんだけど、小さい頃からキリス○教や聖.書についてツッコんだり感じてきたモヤモヤの全てを作中で明確な言葉として説明してくれているようで何かスッキリ(笑)でもって、そんなこと何百年も、それこそ何万人単位の人が真剣にずっと考え調べ続けてきたことがバカらしいというか、余りに広く行き届き過ぎた一神教社会の哀れさだな、とも正直なところ思っちゃった(´・ω・`)
うちらってぶっちゃけ一国だけの行き止まりの島国だから、神仏習合にしたって大陸の文書と大.和朝.廷・Tenno家が権力を握っていく過程についても何も隠す必要ないじゃないですか。「だから何?」という当たり前の話で、一つの文化に属する国民・民族として共有し受け入れることができる。そんな事実で国の歴史や民衆の感情やTennoの権威は揺らがず、統治形態に支障をきたすことはない。けれどローマは領土を拡げすぎた。土地も習俗も信仰もバラッバラな諸民族を、一つの帝国の名の元にまとめ上げなければならなかった。そのために歴史を創作し、宗教を利用せざるを得なかった。彼らが一つになれるように、その意志が自動的に集約される絶対的な権威を生み出す必要があった。大学で習ったヨーロッパ史は主に経済・貿易・戦争が中心でしたが、キ○スト教史(ホント日/本史専攻でどんだけ余計な授業取ってたんだか(^ω^))で「キリ○ト教は封建体制確立のための最高の民衆統治システム」という話が出たのを思い出したなぁ。私はその時「え、階級制の根拠となる輪廻転生思想のヒ○ドゥー・仏.教系のが酷くね?(´-`)」と思ったんですが、あそこまで強力かつ組織的、大規模な洗脳・捏造・弾圧による古来の思想や信仰の根絶、そして今日に到るまで自由な学究的意見を表明することすら憚られるほどの社会的影響力の大きさ、トップの一挙手一投足がニュースになり、一国家という立場を得た後でも他国への政治的介入と受け取られかねない発言すら許容される事実に(イヤU N総長とかならまだわかるんだけどさ(・・;))、正直言ってうすら寒いものを感じざるを得ない。
ウチのTennoもそれに近い扱いなのかもしれませんけど、確かに今.上やその直接的なお身内への揶揄や非礼に当たるようなネタがタブー扱いされているのは確かだが、学術界で古代~近世のTennoに関するスキャンダラスな真実の追求が行えないなんてことはなく、大陸の史書とウチの“神話”を照らし合わせたりするのも普通に認められてるじゃん?(・ω・)「御/陵」認定食らっちゃった古墳が宮.内庁管轄になって入るのがめんどくさくなるくらいで。

マジでガチのクリ○チャン社会の人ってこんな面倒な心理抱えて生きてんのかー。信仰ってそんな大事なもんなの? 所詮人間が生み出した物語・ただの仕掛けに過ぎないのに? 歴史上当たり前に「必要とされた処置」であった事実を隠蔽するためにそこまで頑張らなきゃいけないといけないとか、バ○カンも可哀想やなぁ(@_@;) だってブッダなんかはそこまで人としての側面を隠していないというか・・・ルーツに関しても○ンドゥー元ネタでこの菩薩がこの神様と習合したよ!って一覧表が作れるくらいだからなぁ。まぁ宗教としての発想からして異なるみたいだから何とも言えないけど。あ、分かった仏.教で言えばシオン修道会とバチカ○の対立はブッダが涅槃に入った後の大乗と小乗の揉め事に似てるんだ(゜ロ゜)ピコーン! 真の教えに忠実な者が少数派となって虐げられ、より大衆的な分かりやすい形に曲げられた教えの方が広がって力を増していく。そして本来の「教祖」の意図はどこにも残らず伝わらない。
聖.書読んでて矛盾だらけの都合良い説教しやすいエピソードの寄せ集め、と感じたのも、三/位一/体という思想がどうしても理解できなかったのも、何故あの賢く見えて頑固だった祖父がその日.本人からすれば「異教」の教えに改宗できたのかも何となく見えてきたような・・・?(-_-;) イヤでもやっぱり信仰を持つという行為自体が私にはどうしても解りかねるし、向こうの社会で何故その秘密とやらが、その程度の内容がそこまで人類の歴史上の大問題とまで化してしまうのか(『ティモシー・アーチャー~』のアノキ探ししかり) 、あるいはソフィーが家族の信仰にそこまでショックを受ける感覚なんかも個人的にちょっと受け入れがたい。
あと関係ないかもですが最近のカト○ックの少年への性/的虐/待事件についても、ぶっちゃけ何を今さら一大スキャンダル扱いして騒いでんの?という印象なんだよね(-_-;) O武さんの件にしろ、障害があろうが修行積んだ聖職者だろうが、人間である以上本能から逃れられるはずはないのに、みんな今までどうやって処理してきたと思ってんの? 昔の日/本の仏.教だってそうだった。キリ○ト教だけが例外だったはずないだろ。妻帯や女.犯が禁止されたら、どこかに抜け道を見出すようになってんですよシムテム上、いや本能的にギリギリのラインを探し当てる嗅覚によってと言えば良いのか? 刑務所・軍隊・男子校、みんな同じ理屈じゃん。特に女性よりソッチの欲が強く、生存本能が刺激されるような場面に遭遇しやすい男性ならなおのこと。傷ついた少年たちがいると言うなら、いつまでも表面上の厳格な教義に囚われて上手い処理方法を生み出すこともなく隠蔽してきた教会、あるいはこういう歴史が恐らくは何百年と続いてきたはずで氷山の一角ですらあると推測できるのに、発覚が21Cの今頃まで遅れた上に信じがたいことでもあるかのように大騒ぎしている自分たちを、信者の側も反省するべき。盲目と無知は忠実なる信仰と紙一重なのかもしれないけれど、真に敬虔な信者だと言うなら尚更責任と監視の放棄は恥に他ならないことだと思う。長いカ○リックの禁欲的()な歴史の中には、薄々そういった行為や犯罪が行われていることを感じとりながら見て見ぬふりをしてきた人たちも少なからずいたはず。もしくは「司教様がそんなことなさるはずないだろ!」と被害者の訴えを叱り飛ばすような大人がいた時代や地域もあったかもね><; 性についてのトラウマ持ちAセクだからこそこういう問題については歴オタ的にも真剣に考えてしまうし、その結果「至極当たり前のネタを衝撃的なニュースとして今さら騒ぐとか、みんな何てバカなんだろう(;´д`)」と感じてしまうこともあってだな・・・。

まぁ宗教絡みは特に私は文化の終着点(笑)生まれの日/本人だし、クリスチャンとコミュニストの同居する家庭で育ち、、どうしようもなく日.本的なものに憧れる感情を抑えきれずに京都まで行った歴オタなので、我ながら妙な方向にカオスに歪んでいる自覚はあるんだけどさ( ´∀`;) でも一方でそれこそキリス○教に片足突っ込みつつずっと理解できずに悩んできた面もあるから、登場人物たちの真面目で深刻な気持ちをある程度推し量ることはできるし、歴オタとして真実に近づきたいという欲望や、それを見出しかけた時の高揚する気分も理解できます。けど、「だから何? それはそんな命かけたり組織ぐるみで守ったり追ったりしないといけないほどの情報なの?」ってどっちの側に対してもアホらしく感じてしまうんだよな(´д`)=3 唯一フツーに共感できるのは分かりやすく犯人と思われる外国人の逮捕に血道を上げるファーシュやコレ、フラ○ス警察の行動くらいかな。
あ、ダ・ヴィンチが誰よりも「神」に忠実であろうとした人物、というのは作者さんと同じ捉え方でホッとした(笑)あとイ○スへの同情と共感を抱いていたんじゃないかという点は・・・勝手な解釈かな?(^^; コンスタンティヌス、ヤマザキ○リさんのにもヘタ○アにも出てくるけど、チェーザレだけじゃなくて彼も若干信長と被る部分があるんだな、とちっとも信仰してないキ○スト教を利用した、とティービングが熱弁するくだりで思った。より壮大なスケールで実行できた人物なわけだけど。本能寺がなかったら日.本がどんな風に形を変えた国になっていたのか、妄想は尽きませんね☆

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まだ半分なんだけど、小さい頃からキリス○教や聖.書についてツッコんだり感じてきたモヤモヤの全てを作中で明確な言葉として説明してくれているようで何かスッキリ(笑)でもって、そんなこと何百年も、それこそ何万人単位の人が真剣にずっと考え調べ続けてきたことがバカらしいというか、余りに広く行き届き過ぎた一神教社会の哀れさだな、とも正直なところ思っちゃった(´・ω・`)
うちらってぶっちゃけ一国だけの行き止まりの島国だから、神仏習合にしたって大陸の文書と大.和朝.廷・Tenno家が権力を握っていく過程についても何も隠す必要ないじゃないですか。「だから何?」という当たり前の話で、一つの文化に属する国民・民族として共有し受け入れることができる。そんな事実で国の歴史や民衆の感情やTennoの権威は揺らがず、統治形態に支障をきたすことはない。けれどローマは領土を拡げすぎた。土地も習俗も信仰もバラッバラな諸民族を、一つの帝国の名の元にまとめ上げなければならなかった。そのために歴史を創作し、宗教を利用せざるを得なかった。彼らが一つになれるように、その意志が自動的に集約される絶対的な権威を生み出す必要があった。大学で習ったヨーロッパ史は主に経済・貿易・戦争が中心でしたが、キ○スト教史(ホント日/本史専攻でどんだけ余計な授業取ってたんだか(^ω^))で「キリ○ト教は封建体制確立のための最高の民衆統治システム」という話が出たのを思い出したなぁ。私はその時「え、階級制の根拠となる輪廻転生思想のヒ○ドゥー・仏.教系のが酷くね?(´-`)」と思ったんですが、あそこまで強力かつ組織的、大規模な洗脳・捏造・弾圧による古来の思想や信仰の根絶、そして今日に到るまで自由な学究的意見を表明することすら憚られるほどの社会的影響力の大きさ、トップの一挙手一投足がニュースになり、一国家という立場を得た後でも他国への政治的介入と受け取られかねない発言すら許容される事実に(イヤU N総長とかならまだわかるんだけどさ(・・;))、正直言ってうすら寒いものを感じざるを得ない。
ウチのTennoもそれに近い扱いなのかもしれませんけど、確かに今.上やその直接的なお身内への揶揄や非礼に当たるようなネタがタブー扱いされているのは確かだが、学術界で古代~近世のTennoに関するスキャンダラスな真実の追求が行えないなんてことはなく、大陸の史書とウチの“神話”を照らし合わせたりするのも普通に認められてるじゃん?(・ω・)「御/陵」認定食らっちゃった古墳が宮.内庁管轄になって入るのがめんどくさくなるくらいで。

マジでガチのクリ○チャン社会の人ってこんな面倒な心理抱えて生きてんのかー。信仰ってそんな大事なもんなの? 所詮人間が生み出した物語・ただの仕掛けに過ぎないのに? 歴史上当たり前に「必要とされた処置」であった事実を隠蔽するためにそこまで頑張らなきゃいけないといけないとか、バ○カンも可哀想やなぁ(@_@;) だってブッダなんかはそこまで人としての側面を隠していないというか・・・ルーツに関しても○ンドゥー元ネタでこの菩薩がこの神様と習合したよ!って一覧表が作れるくらいだからなぁ。まぁ宗教としての発想からして異なるみたいだから何とも言えないけど。あ、分かった仏.教で言えばシオン修道会とバチカ○の対立はブッダが涅槃に入った後の大乗と小乗の揉め事に似てるんだ(゜ロ゜)ピコーン! 真の教えに忠実な者が少数派となって虐げられ、より大衆的な分かりやすい形に曲げられた教えの方が広がって力を増していく。そして本来の「教祖」の意図はどこにも残らず伝わらない。
聖.書読んでて矛盾だらけの都合良い説教しやすいエピソードの寄せ集め、と感じたのも、三/位一/体という思想がどうしても理解できなかったのも、何故あの賢く見えて頑固だった祖父がその日.本人からすれば「異教」の教えに改宗できたのかも何となく見えてきたような・・・?(-_-;) イヤでもやっぱり信仰を持つという行為自体が私にはどうしても解りかねるし、向こうの社会で何故その秘密とやらが、その程度の内容がそこまで人類の歴史上の大問題とまで化してしまうのか(『ティモシー・アーチャー~』のアノキ探ししかり) 、あるいはソフィーが家族の信仰にそこまでショックを受ける感覚なんかも個人的にちょっと受け入れがたい。
あと関係ないかもですが最近のカト○ックの少年への性/的虐/待事件についても、ぶっちゃけ何を今さら一大スキャンダル扱いして騒いでんの?という印象なんだよね(-_-;) O武さんの件にしろ、障害があろうが修行積んだ聖職者だろうが、人間である以上本能から逃れられるはずはないのに、みんな今までどうやって処理してきたと思ってんの? 昔の日/本の仏.教だってそうだった。キリ○ト教だけが例外だったはずないだろ。妻帯や女.犯が禁止されたら、どこかに抜け道を見出すようになってんですよシムテム上、いや本能的にギリギリのラインを探し当てる嗅覚によってと言えば良いのか? 刑務所・軍隊・男子校、みんな同じ理屈じゃん。特に女性よりソッチの欲が強く、生存本能が刺激されるような場面に遭遇しやすい男性ならなおのこと。傷ついた少年たちがいると言うなら、いつまでも表面上の厳格な教義に囚われて上手い処理方法を生み出すこともなく隠蔽してきた教会、あるいはこういう歴史が恐らくは何百年と続いてきたはずで氷山の一角ですらあると推測できるのに、発覚が21Cの今頃まで遅れた上に信じがたいことでもあるかのように大騒ぎしている自分たちを、信者の側も反省するべき。盲目と無知は忠実なる信仰と紙一重なのかもしれないけれど、真に敬虔な信者だと言うなら尚更責任と監視の放棄は恥に他ならないことだと思う。長いカ○リックの禁欲的()な歴史の中には、薄々そういった行為や犯罪が行われていることを感じとりながら見て見ぬふりをしてきた人たちも少なからずいたはず。もしくは「司教様がそんなことなさるはずないだろ!」と被害者の訴えを叱り飛ばすような大人がいた時代や地域もあったかもね><; 性についてのトラウマ持ちAセクだからこそこういう問題については歴オタ的にも真剣に考えてしまうし、その結果「至極当たり前のネタを衝撃的なニュースとして今さら騒ぐとか、みんな何てバカなんだろう(;´д`)」と感じてしまうこともあってだな・・・。

まぁ宗教絡みは特に私は文化の終着点(笑)生まれの日/本人だし、クリスチャンとコミュニストの同居する家庭で育ち、、どうしようもなく日.本的なものに憧れる感情を抑えきれずに京都まで行った歴オタなので、我ながら妙な方向にカオスに歪んでいる自覚はあるんだけどさ( ´∀`;) でも一方でそれこそキリス○教に片足突っ込みつつずっと理解できずに悩んできた面もあるから、登場人物たちの真面目で深刻な気持ちをある程度推し量ることはできるし、歴オタとして真実に近づきたいという欲望や、それを見出しかけた時の高揚する気分も理解できます。けど、「だから何? それはそんな命かけたり組織ぐるみで守ったり追ったりしないといけないほどの情報なの?」ってどっちの側に対してもアホらしく感じてしまうんだよな(´д`)=3 唯一フツーに共感できるのは分かりやすく犯人と思われる外国人の逮捕に血道を上げるファーシュやコレ、フラ○ス警察の行動くらいかな。
あ、ダ・ヴィンチが誰よりも「神」に忠実であろうとした人物、というのは作者さんと同じ捉え方でホッとした(笑)あとイ○スへの同情と共感を抱いていたんじゃないかという点は・・・勝手な解釈かな?(^^; コンスタンティヌス、ヤマザキ○リさんのにもヘタ○アにも出てくるけど、チェーザレだけじゃなくて彼も若干信長と被る部分があるんだな、とちっとも信仰してないキ○スト教を利用した、とティービングが熱弁するくだりで思った。より壮大なスケールで実行できた人物なわけだけど。本能寺がなかったら日.本がどんな風に形を変えた国になっていたのか、妄想は尽きませんね☆

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