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ちょっと不思議系?の死ネタです。
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「人になりますか?蝶になりますか?」
蝶だった。
“神様”の使いだと言うその声の持ち主は、明らかに儚い蝶々の姿をしていた。
“神様”の使いだと言うその声の持ち主は、明らかに儚い蝶々の姿をしていた。
「あなた方はまだお若い。人としての生を全うした寿命とは言い難いし、
これと言って目立った悪行も為されていません。
神様はあなた方を哀れんで、新たな命を与えることをお望みです」
面食らった俺と傍らにいた同僚の木下をフォローするように、蝶は続ける。
ひらひらとたゆたう黒と黄の羽。鮮やかな色身を帯びたアゲハチョウ。
「けれど、いくら神様のお力を持ってしても、一度死んだ人間をそのまま
蘇らせることなど不可能です。そこで、選択していただきたいのです。
蝶の寿命を持った人として戻るか、人の寿命を持った蝶として生まれ変わるか」
余りにも唐突な宣言に、俺と木下は思わず顔を見合わせた。
俺たち二人の服装は職場の作業着のまま、別段今朝と何ら変わった様子もない。
「ここはどこなんだ?」
「おれたち……死んじゃったんすか?」
当然のごとく湧き出た疑問に、アゲハチョウはひらりと舞ってみせた。
すると不思議なことに、蝶の背後に広がる霞の向こうから現れたのは、
横たわる重機とその周囲に群がる人々の様子だった。
横たわる重機とその周囲に群がる人々の様子だった。
「若葉さん、あれ……!」
「おまえ、あそこは俺たちが作業していたところじゃないか!」
「ええ、そうです。残念ですがあなた方は亡くなりました。
あの鉄の塊に押しつぶされて。
あの鉄の塊に押しつぶされて。
蝶であったなら、ひらりと舞って逃れることができたでしょうに!」
アゲハチョウは歌うように囁きながら飛び回る。
俺は憎々しげにその姿を見つめ、木下は何故だかハッとしたように蝶を見つめた。
「神様は決断を迫られています。さぁ、どちらを選ぶのです?
あなた方は人になりますか?それとも蝶になりますか?」
~~~
結局俺は“奇跡の生還”を遂げた。
俺は人の寿命を持った蝶として生きることではなく、
蝶の寿命を持った人として死ぬことを選んだのだ。
俺は人の寿命を持った蝶として生きることではなく、
蝶の寿命を持った人として死ぬことを選んだのだ。
怪我一つなく重機の下から這い出た俺はマスコミに取り上げられ、
会社の同僚たちからは少し気味悪がられて長期の休暇を与えられたが、
正直言って俺には少しもゆっくり休んでいる余裕などなかった。
会社の同僚たちからは少し気味悪がられて長期の休暇を与えられたが、
正直言って俺には少しもゆっくり休んでいる余裕などなかった。
俺は連日、訝しむ後輩たちを呼び出しては知っている限りの仕事の
知識・手法を教え、自分という存在が本当に消える瞬間に向かって備えた。
知識・手法を教え、自分という存在が本当に消える瞬間に向かって備えた。
そして時間が出来ればなるべく実家に帰り、古い家のリフォームを依頼し、
親の口座にこれまで働いて貯めてきた金を全て移した。そしてそんな
俺の横には常に、小さなモンシロチョウが一羽、ひらひらと飛んでいた。
俺の横には常に、小さなモンシロチョウが一羽、ひらひらと飛んでいた。
「おい、おまえ。おまえが一人で蝶なんかを選んだせいで、俺は大損だぞ。
全くどうして何もかも、俺が一人でこなさなきゃならねぇんだ!?」
申し訳ない、とでも言うように俺の目線の下をフラフラと舞う蝶は、
あの日共に死に、そして袂を別った元同僚の木下だ。
彼はこれから長い長い生を、ただ蝶として花から花へと移ろいながら生き続ける。
彼を“彼”だと知っているのは、もうじき短い生を終えるであろう俺だけなのだ。
もう、彼は人間の言葉を紡げない。
木下は、妻や子や、知っている人間の誰一人とも会話を交わすことができず、
ただのモンシロチョウとして彼らの周りを飛び回りながら、
たった独りで生きてゆかなければならないのだ。
たった独りで生きてゆかなければならないのだ。
「そもそも何で、蝶だったんだろうな……?」
何もあんな、儚い、弱い、虫などにしなくても良いじゃないか。
せめて家族にペットとして飼われる余地のある犬や猫という選択肢は、
どうして選べなかったものか。
「神様って、蝶フェチなのかな……?」
昼食のパンを齧りながら呟いた俺の言葉に、
何かを訴えかけるように木下は顔の周囲を舞う。
何かを訴えかけるように木下は顔の周囲を舞う。
「やめろよ、鬱陶しいなぁ。おまえ、リンプンが付くだろうが」
思わず払いのけようとした手が、柔らかな羽に当たる。
すると木下(であるはずのモンシロチョウ)は緩やかに高度を下げ、
近くの岩の上へと止まった。
近くの岩の上へと止まった。
「え、もしかして今羽根痛めた?ごめんな、俺思わず……」
焦りを感じて声をかけると、木下は大丈夫だ、
というように羽根をパタパタと動かしてみせる。
ああ、木下は本当に蝶になってしまったのか。
大柄で愛想がよく、いつも明るく笑っていた一期違いの彼が、
これほど頼りなく、弱々しく、小さな生き物に――
俺はもう一度、岩の上に佇むモンシロチョウを見つめた。
「木下、おまえさぁ……この前弔問行った時、奥さん泣いてたぞ。
子供も、まだちっちゃいんだろ?
今さらだけどさ、俺はやっぱりもう一度人間の姿を見せてあげて、
色々きちんと準備した上で別れた方が良かったんじゃないかと思う」
ボソリと呟いた俺の言葉に、白い羽根は俯き加減に揺れた。
あの不思議な場所で、最後に見た“人間”の木下が脳裏を過ぎる。
『蝶になったら、どこまででも飛んで行けるんですよね?
生きられる限り、どこまででも……』
「木下、おまえ、最初から蝶になりたかったわけ?
おまえといい、神様といい、何だかなぁ……」
呆れたように吐き出した俺の向こうで、不意にモンシロチョウは飛び立った。
「おーい、次はおまえ、いつ戻ってくるんだー?」
俺の最期には戻ってこいよ、と叫びそうになった言葉を飲み込んだ。
そんな弱音が出そうになってしまったのはきっと、
たった一人の“共犯者”であるあいつを失うのが怖かったからなのだと思う。
そんな弱音が出そうになってしまったのはきっと、
たった一人の“共犯者”であるあいつを失うのが怖かったからなのだと思う。
誰だって、独りぼっちで死んでゆくのは怖いじゃないか。
~~~
それからも、毎日は慌ただしく過ぎて行った。
実家とアパートと職場の往復。
死んでいく者としての最後の務め。
人間は死ぬ時すらも自由にならない、って本当だな、
と今更ながらに自嘲する。
と今更ながらに自嘲する。
様々なしがらみに、世の中に縛られて生きている。
何て面倒くさい生き物なんだろう。
何て面倒くさい生き物なんだろう。
……それに比べてあいつはどうだ?
ある日突然蝶になったあいつは、葬儀の手間も、子供の養育も、
全て会社や身内に丸投げにして悠々自適に空を飛び回るあいつは!
「一緒に仕事をしていた時は、そんなこと少しも感じたりしなかったのにな……」
今日も頭上の斜め上を旋回するモンシロチョウを睨みつけ、
独り言のような呟きが漏れる。
独り言のような呟きが漏れる。
何故だか、今日は妙にやたら近くを舞っている小さな蝶々。
その様子に同僚たちも一人、二人と気付き始め、
「何ですかねこの蝶。追っ払いますか?」
と殺虫剤を持ち出す輩まで出る始末だ。
「いい、どうせ一匹だ」
木下、いい加減にしろ!そう、叫びかけた時だった。
「若葉さん、危ない!」
それは酷いデジャヴだった。
叫び声に振り向いた先には、重機ではなく巨大な倒木。
俺めがけてまっしぐらに倒れこんだ太い幹に、俺は為す術も無かった。
その時、俺は“一回目”の自分が確かに死んだことを知ったのだ。
「……木下、きの、した……聞こえるか?」
薄れゆく意識の下で、俺はすぐ傍を舞う白い蝶に気がついた。
「俺、わかったよ。なんでおまえが蝶を選んだか」
二度と話すことが叶わずとも、傍にいたい。見守り続けたい。
それが、彼らを遺した木下の贖罪。木下の責任。木下の愛情。
「それにな、俺、気づいたりもしたんだ。なんで神様が、蝶を選ばせたか」
儚いもの、弱いもの、人の手で簡単に踏みつぶしてしまえるもの――
それが、蝶なのだということに。
それが、蝶なのだということに。
「おまえ、本当は飛びたいんだろう?もう十分だ。
おまえの分まで、俺がやった。おまえはもう、此処に縛られなくていい。
おまえは、本当の、ほんとうに蝶になって……どこまでも、飛んでゆけ」
俺の言葉に、モンシロチョウはくるりと旋回し、空高く舞い上がった。
飛び去った白い軌跡を見つめて、俺は瞳を閉じる。
きっと神様は、“人”だった俺たちに知ってほしかったんだ。
蝶の身体で地上を舞い、蝶の目線で世界を眺め、蝶の口から糧を得て。
命の美しさを、命の豊かさを、命の儚さを――
木下、おまえはいい同僚だった。
俺が忘れていた心も、世界も、全ては蝶になったおまえが取り戻してくれた。
だから俺は、笑って死んでいける。
“人”の生を全うすることができた。
ありがとう、木下。
願わくば、俺も――
「今度は、蝶になりてーなぁ……」
不可思議な呟きを遺して事切れた男の傍に、
舞い降りたのは一羽のアゲハチョウだった。
舞い降りたのは一羽のアゲハチョウだった。
やがてどこからか現れたクロアゲハを従えて、二羽の蝶は空へと昇る。
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「人になりますか?蝶になりますか?」
蝶だった。
“神様”の使いだと言うその声の持ち主は、明らかに儚い蝶々の姿をしていた。
“神様”の使いだと言うその声の持ち主は、明らかに儚い蝶々の姿をしていた。
「あなた方はまだお若い。人としての生を全うした寿命とは言い難いし、
これと言って目立った悪行も為されていません。
神様はあなた方を哀れんで、新たな命を与えることをお望みです」
面食らった俺と傍らにいた同僚の木下をフォローするように、蝶は続ける。
ひらひらとたゆたう黒と黄の羽。鮮やかな色身を帯びたアゲハチョウ。
「けれど、いくら神様のお力を持ってしても、一度死んだ人間をそのまま
蘇らせることなど不可能です。そこで、選択していただきたいのです。
蝶の寿命を持った人として戻るか、人の寿命を持った蝶として生まれ変わるか」
余りにも唐突な宣言に、俺と木下は思わず顔を見合わせた。
俺たち二人の服装は職場の作業着のまま、別段今朝と何ら変わった様子もない。
「ここはどこなんだ?」
「おれたち……死んじゃったんすか?」
当然のごとく湧き出た疑問に、アゲハチョウはひらりと舞ってみせた。
すると不思議なことに、蝶の背後に広がる霞の向こうから現れたのは、
横たわる重機とその周囲に群がる人々の様子だった。
横たわる重機とその周囲に群がる人々の様子だった。
「若葉さん、あれ……!」
「おまえ、あそこは俺たちが作業していたところじゃないか!」
「ええ、そうです。残念ですがあなた方は亡くなりました。
あの鉄の塊に押しつぶされて。
あの鉄の塊に押しつぶされて。
蝶であったなら、ひらりと舞って逃れることができたでしょうに!」
アゲハチョウは歌うように囁きながら飛び回る。
俺は憎々しげにその姿を見つめ、木下は何故だかハッとしたように蝶を見つめた。
「神様は決断を迫られています。さぁ、どちらを選ぶのです?
あなた方は人になりますか?それとも蝶になりますか?」
~~~
結局俺は“奇跡の生還”を遂げた。
俺は人の寿命を持った蝶として生きることではなく、
蝶の寿命を持った人として死ぬことを選んだのだ。
俺は人の寿命を持った蝶として生きることではなく、
蝶の寿命を持った人として死ぬことを選んだのだ。
怪我一つなく重機の下から這い出た俺はマスコミに取り上げられ、
会社の同僚たちからは少し気味悪がられて長期の休暇を与えられたが、
正直言って俺には少しもゆっくり休んでいる余裕などなかった。
会社の同僚たちからは少し気味悪がられて長期の休暇を与えられたが、
正直言って俺には少しもゆっくり休んでいる余裕などなかった。
俺は連日、訝しむ後輩たちを呼び出しては知っている限りの仕事の
知識・手法を教え、自分という存在が本当に消える瞬間に向かって備えた。
知識・手法を教え、自分という存在が本当に消える瞬間に向かって備えた。
そして時間が出来ればなるべく実家に帰り、古い家のリフォームを依頼し、
親の口座にこれまで働いて貯めてきた金を全て移した。そしてそんな
俺の横には常に、小さなモンシロチョウが一羽、ひらひらと飛んでいた。
俺の横には常に、小さなモンシロチョウが一羽、ひらひらと飛んでいた。
「おい、おまえ。おまえが一人で蝶なんかを選んだせいで、俺は大損だぞ。
全くどうして何もかも、俺が一人でこなさなきゃならねぇんだ!?」
申し訳ない、とでも言うように俺の目線の下をフラフラと舞う蝶は、
あの日共に死に、そして袂を別った元同僚の木下だ。
彼はこれから長い長い生を、ただ蝶として花から花へと移ろいながら生き続ける。
彼を“彼”だと知っているのは、もうじき短い生を終えるであろう俺だけなのだ。
もう、彼は人間の言葉を紡げない。
木下は、妻や子や、知っている人間の誰一人とも会話を交わすことができず、
ただのモンシロチョウとして彼らの周りを飛び回りながら、
たった独りで生きてゆかなければならないのだ。
たった独りで生きてゆかなければならないのだ。
「そもそも何で、蝶だったんだろうな……?」
何もあんな、儚い、弱い、虫などにしなくても良いじゃないか。
せめて家族にペットとして飼われる余地のある犬や猫という選択肢は、
どうして選べなかったものか。
「神様って、蝶フェチなのかな……?」
昼食のパンを齧りながら呟いた俺の言葉に、
何かを訴えかけるように木下は顔の周囲を舞う。
何かを訴えかけるように木下は顔の周囲を舞う。
「やめろよ、鬱陶しいなぁ。おまえ、リンプンが付くだろうが」
思わず払いのけようとした手が、柔らかな羽に当たる。
すると木下(であるはずのモンシロチョウ)は緩やかに高度を下げ、
近くの岩の上へと止まった。
近くの岩の上へと止まった。
「え、もしかして今羽根痛めた?ごめんな、俺思わず……」
焦りを感じて声をかけると、木下は大丈夫だ、
というように羽根をパタパタと動かしてみせる。
ああ、木下は本当に蝶になってしまったのか。
大柄で愛想がよく、いつも明るく笑っていた一期違いの彼が、
これほど頼りなく、弱々しく、小さな生き物に――
俺はもう一度、岩の上に佇むモンシロチョウを見つめた。
「木下、おまえさぁ……この前弔問行った時、奥さん泣いてたぞ。
子供も、まだちっちゃいんだろ?
今さらだけどさ、俺はやっぱりもう一度人間の姿を見せてあげて、
色々きちんと準備した上で別れた方が良かったんじゃないかと思う」
ボソリと呟いた俺の言葉に、白い羽根は俯き加減に揺れた。
あの不思議な場所で、最後に見た“人間”の木下が脳裏を過ぎる。
『蝶になったら、どこまででも飛んで行けるんですよね?
生きられる限り、どこまででも……』
「木下、おまえ、最初から蝶になりたかったわけ?
おまえといい、神様といい、何だかなぁ……」
呆れたように吐き出した俺の向こうで、不意にモンシロチョウは飛び立った。
「おーい、次はおまえ、いつ戻ってくるんだー?」
俺の最期には戻ってこいよ、と叫びそうになった言葉を飲み込んだ。
そんな弱音が出そうになってしまったのはきっと、
たった一人の“共犯者”であるあいつを失うのが怖かったからなのだと思う。
そんな弱音が出そうになってしまったのはきっと、
たった一人の“共犯者”であるあいつを失うのが怖かったからなのだと思う。
誰だって、独りぼっちで死んでゆくのは怖いじゃないか。
~~~
それからも、毎日は慌ただしく過ぎて行った。
実家とアパートと職場の往復。
死んでいく者としての最後の務め。
人間は死ぬ時すらも自由にならない、って本当だな、
と今更ながらに自嘲する。
と今更ながらに自嘲する。
様々なしがらみに、世の中に縛られて生きている。
何て面倒くさい生き物なんだろう。
何て面倒くさい生き物なんだろう。
……それに比べてあいつはどうだ?
ある日突然蝶になったあいつは、葬儀の手間も、子供の養育も、
全て会社や身内に丸投げにして悠々自適に空を飛び回るあいつは!
「一緒に仕事をしていた時は、そんなこと少しも感じたりしなかったのにな……」
今日も頭上の斜め上を旋回するモンシロチョウを睨みつけ、
独り言のような呟きが漏れる。
独り言のような呟きが漏れる。
何故だか、今日は妙にやたら近くを舞っている小さな蝶々。
その様子に同僚たちも一人、二人と気付き始め、
「何ですかねこの蝶。追っ払いますか?」
と殺虫剤を持ち出す輩まで出る始末だ。
「いい、どうせ一匹だ」
木下、いい加減にしろ!そう、叫びかけた時だった。
「若葉さん、危ない!」
それは酷いデジャヴだった。
叫び声に振り向いた先には、重機ではなく巨大な倒木。
俺めがけてまっしぐらに倒れこんだ太い幹に、俺は為す術も無かった。
その時、俺は“一回目”の自分が確かに死んだことを知ったのだ。
「……木下、きの、した……聞こえるか?」
薄れゆく意識の下で、俺はすぐ傍を舞う白い蝶に気がついた。
「俺、わかったよ。なんでおまえが蝶を選んだか」
二度と話すことが叶わずとも、傍にいたい。見守り続けたい。
それが、彼らを遺した木下の贖罪。木下の責任。木下の愛情。
「それにな、俺、気づいたりもしたんだ。なんで神様が、蝶を選ばせたか」
儚いもの、弱いもの、人の手で簡単に踏みつぶしてしまえるもの――
それが、蝶なのだということに。
それが、蝶なのだということに。
「おまえ、本当は飛びたいんだろう?もう十分だ。
おまえの分まで、俺がやった。おまえはもう、此処に縛られなくていい。
おまえは、本当の、ほんとうに蝶になって……どこまでも、飛んでゆけ」
俺の言葉に、モンシロチョウはくるりと旋回し、空高く舞い上がった。
飛び去った白い軌跡を見つめて、俺は瞳を閉じる。
きっと神様は、“人”だった俺たちに知ってほしかったんだ。
蝶の身体で地上を舞い、蝶の目線で世界を眺め、蝶の口から糧を得て。
命の美しさを、命の豊かさを、命の儚さを――
木下、おまえはいい同僚だった。
俺が忘れていた心も、世界も、全ては蝶になったおまえが取り戻してくれた。
だから俺は、笑って死んでいける。
“人”の生を全うすることができた。
ありがとう、木下。
願わくば、俺も――
「今度は、蝶になりてーなぁ……」
不可思議な呟きを遺して事切れた男の傍に、
舞い降りたのは一羽のアゲハチョウだった。
舞い降りたのは一羽のアゲハチョウだった。
やがてどこからか現れたクロアゲハを従えて、二羽の蝶は空へと昇る。
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